2008年11月16日

もののあわれ


晴れぬ夜の 月待つ里を 思ひやれ 同じ心に ながめせずとも

口々に責められて、紫の紙の、年へにければ灰おくれ古めいたるに、手はさすがに文字強う、中さだの筋にて、上下ひとしく書い給へり。見るかひなううち置き給ふ。いかに思ふらむ、と思ひやるも、安からず。
「かかる事を悔しなどは言ふにやあらむ。さりとていかがはせむ。我はさりとも心長く見はててむ」とおぼしなす御心を知らねば、かしこにはいみじうぞ嘆い給ひける。





晴れない夜の、月を待つ、私の心を、知ってください。
焦がれる思いは、同じではないとしても。

口々に促されて、紫の紙の、年が経て、古くなっているものに、文字は、さずかに、力強く、中古風の書であり、上と下を、揃えて、お書きになった。
しかし、君は、御覧になり、面白くなくて、そのまま、下に置かれた。
姫君は、どう思っているのかと思うと、心が穏やかではない。
こういうことを、悔しいと、言うのだろうか。だからといい、どうしようもないこと。自分は、それでも、気長に、最後まで、面倒を見ようと思う。と、考えた。
その心を知らず、あちらでは、大変、嘆いていたのである。


我はさりとも心長く見はててむ
それでも、私は、姫を、気長く、面倒みようと思う心が、好色、好き者の、根性である。
はい、さようなら、ではない。
最後まで、面倒を見ることが、好色者の、粋なのである。


姫の書がもまた、源氏を、うんざりさせた。
当時の女性の、書は、流し書きである。
ところが、姫は、力強く、しっかりと、昔風に、書いたのである。

これでは、恋心も、冷める。



大臣、夜に入りて罷で給ふに、ひかれ奉りて、大殿におはしましぬ。行幸の事を興ありと思ほして、君達集まりて宣ひ、おのおの舞ども習ひ給ふを、その頃の事にて過ぎ行く。物の音ども、常よりも耳かしまがしくて、方々いどみつつ、例の御遊びならず。大篳篥・尺八の笛などの、大声を吹き上げつつ、太鼓をさへ高欄のもとにまろばし寄せて、手づからうち鳴らし、遊びおはさうず。御いとまなきやうにて、切におぼす所ばかりこそ、ぬすまはれ給へ、かのわたりには、いとおぼつかなくて、秋、暮れはてぬ。




左大臣が、夜になって、退出されるのに、つられて、君も、大臣邸にいらした。
行幸の楽しさを期待して、若様方が、集まって、お話をされ、めいめいの舞の、数々を習うのを、その頃の仕事にして、月日が過ぎてゆくのである。
楽器の音なども、いつもより、喧しく、皆様、競争での、練習である。
いつもの、音楽の催しとは、違うのである。
大篳篥、おおひちりき、尺八の笛などが、大きな音を立てて、高く吹き上げ、太鼓までも、高欄の傍にころがして、若様方自身が、打ち鳴らし、合奏する。
この有様であるから、君も、暇を見つけられず、是非にと思う所だけは、何とかして、都合をつけて、お出かけになるのだが、あの姫君の所は、ご無沙汰のままである。
そうして、秋が、終わってしまった。

太鼓は、本来、楽人が叩くものだが、今回は、貴族も、縁側近くで、叩くのである。
合奏は、舞のための、音楽である。




なほ頼み来しかひ無くて、過ぎ行く。行幸近くなりて、試楽などののしる頃ぞ、命婦は参れる。源氏「いかにぞ」など、問ひ給ひて、いとほしとはおぼしたり。有様聞えて、命婦「いとかうもて離れたる御心ばへは、見給ふる人さへ心苦しく」などね泣きぬばかり思へり。心にくくもてなして止みなむ、と思へりし事を、くたけていける、心もなくこの人の思ふらむをさへおぼす。



姫君の方としては、頼みにしていたことが、そのままに、月日が過ぎてゆく。
行幸が、近くなり、試楽、音楽会などて、騒いでいる頃に、命婦が、参上した。
源氏が、どんな様子かと、お尋ねになる。
気の毒ではあると、思っている。
姫君の様子を、申し上げて、命婦は、こんなにまで、捨てておかれましたら、お傍の者さえ、辛いことです。などと、泣かんばかりの様子である。
床しい人と、思わせる程度で、止めようと、思っていたのであろうと、命婦の気持を、思う。
その計画を、駄目にしたのは、思いやりが無いと、命婦は、思っているだろうと、思う。
そこまで、源氏は、気にする。


御心ばへは
その心の有様である。


心にくくもてなして
心にくくと、思えばである。

くたいてける
くたしての音便であり、計画を駄目にした。
予想を台無しにしたのである。
砕いてしまった、とも言える。

思ふらむをさへおぼす
相手の思うことを、想像するのである。


正身の、物は言はでおぼしうづもれ給ふもいとほしければ、源氏「いとまなき程ぞや。理なし」と、うち嘆い給ひて、源氏「物思ひ知らぬやうなる心ざまを、懲さむと思ふぞかし」と、ほほえみ給へる、若う美しげなければ、我もうち笑まるる心地して、「わりなの、人に怨みられ給ふ御齢や、思ひやり少なう、御心のままならむも道理」と思ふ。この御しそぎの程過ぐしてぞ、時々おはしける。

その心の有様である。




本人が、物も言わずに、塞ぎ込んでいる様を、思うにつけ、気の毒で、源氏は、あまりに、幼い姫君の、心根を、懲らしてあげようと、思うと、笑って言う。
そのお顔が、若々しく、可憐で、命婦自身も、つい、微笑んでしまいそうになる。
女に怨まれるのも、仕方のない年頃。女に同情がなく、我がままをなさるのも、無理が無いと、命婦は、思う。
源氏は、この行幸の、忙しい準備の時期を、過ぎてから、時々、通うようになった。

いとかうもて離れたる御心ばへは
特に、離れた心、つまり、女を、振り向きもしない心。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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