2008年11月12日

もののあわれ323

八月廿余日、宵過ぐるので待たるる月の心もとなきに、星の光ばかりさやけく、松の梢吹く風の音心細くて、いにしへの事語り出でて、うち泣きなどし給ふ。いと良き折かななど思ひて、御消息や聞えつらむ、例のいと忍びておはしたり。月やうやう出でて、荒れたるまがきのほど疎ましく、うちながめ給ふに、琴そそのかされて、ほのかに掻き鳴らし給ふ程、けしうはあらず。少し気近う今めきたる気をつけばや、とぞ、みだれたる心には、心もとなく思ひ居たる。人目しなき所なれば、心安く入り給ふ。命婦を呼ばせ給ふ。




葉月、二十日過ぎ、夜更けまで出ない月が、待ち遠しい。
星の光だけが、冴え渡る。
松の梢を吹く風の音も、心細く、姫君は、昔のことなどを、語り、涙する。
命婦は、丁度よい折だと、お便りを、差し上げ、君は、いつものように、お忍びで、いらした。
月が、次第に登り、荒れた、まがきのあたりを、照らすのも、気味悪く思っていらっしゃるのではと思う。
命婦に勧められて、姫の弾く琴の音も、まんざらではない。
少しは、優しく、今流行りなところを、持たせたいと、浮ついた心から、命婦は、物足りなく思うのである。
人目の無い所であるから、君は、気兼ね無しに、お入りになる。
命婦を呼ばせた。


自然描写が、美しい。
非常に、微妙、曖昧な、風景描写である。

松の梢の吹く風の音心細くて
そこに、星の光ばかりさやけく、のである。
月は、出ない。

荒れたるまがき
竹や柴で、作った垣根である。
それが、見苦しいのである。
つまり、姫の境遇に、重ねられる。

こういう、情景を、後に、侘しいと、言うようになる。
そして、その、侘しさが、美の意識によって、侘びとして、茶の湯などに、生かされることになる。

侘びはまた、寂びを、伴うのである。
共に、自然が醸し出す、風情であり、それを、そのままに、少しの、手を加えて、美に、仕立て上げるという、感性の、細やかさは、言いようが無い。

人工的といわれる、寸前で、止まる。
その、止まるべき、程度を、美意識として、認識した。
自然無視の、姿勢ではない。
自然を、最大限に、生かし尽くすのである。

自然が、無ければ、この、日本の美も、美意識も無い。



今しも驚き顔に、命婦「いとかたはらいたきわざかな。しかじかこそおはしましたなれ。常にかう恨み聞え給ふを、心にかなはぬ由をのみ、いなび聞え侍れば、自ら道理も聞え知らせむ、と宣ひ渡るなり。いかが聞え返さむ。なみなみのたはやすき御ふるまひならねば心苦しきを、物越しにて、聞え給はむ事聞こ召せ」と言へば、いと恥づかしと思ひて、姫「人に物聞えむやうも知らぬを」とて、奥ざまへいざり入り給ふ様、いと初々しげなり。うち笑ひて、命婦「いと若々しうおはしますこそ心苦しけれ。限りなき人も、親などおはして扱ひ後見聞え給ふ程こそ、若び給ふも道理なれ。かばかり心細き御有様に、なほ世をつきせず思し憚るは、つきなうこそ」と、教え聞ゆ。さずかに、人の言ふ事は強うもしなびぬ御心にて、姫「答へ聞えで、ただ聞けとあらば、格子など鎖してはありなむ」と宣ふ。命婦「すのこなどは便なう侍りなむ。おしたちて、あはあはしき御心などは、よも」など、いとよく言ひなして、二間の際なる障子、手づから、いと強く鎖して、御褥うち置きひき繕ふ。



お出でになるのを、今初めて知ったような顔をして、命婦は、本当に困りましたことです。こういう方が、お出でになりました。いつも、ご返事がないと、小言を申されるのですが、私の一存ではと、お断りしますと、それでは、仔細は、私が言うと、かねがね仰っておいででした。
どう、お返事したものでしょう。
普通の人の、気軽な、お出ましとは違います。お気の毒ですから、襖を隔てて、あちらの、申し上げることを、お聞きくださいと、言うと、決まり悪いと、思い、姫は、お話など、出来ませんと、奥の方へ、引っ込んでしまうのも、うぶな様子である。
命婦は、微笑んで、いつまでも、お子様でいらっしゃるのが、気がかりでございます。
どんな身分の方でも、親御がいらして、お世話なさり、後見する間は、子供でいても、いいものですが、頼る人のいないご様子で、いつまでも、引っ込みじあんでは、おかしうございますと、教える。
とは、言うものの、人の言うことを、強く拒まない性格なので、姫は、お返事は、しませんが、ただ、お聞きするだけなら、格子に錠をして、お会いしますと、言う。
命婦は、縁側などは、失礼です。無理に軽々しいことを、考えるなんて、そんなことは、などと言いつつ、客間との間の、襖に、命婦が、自ら、錠を下ろして、座布団を、用意する。


しかじかこそおはしましたなれ
姫に、話たことを、省略するという、描き方である。

奥ざまへいざり入り給ふ様
同時は、室内では、立って歩くことなく、膝行、いざって動いた。
今では、茶室などで、そのようないざり方をする。

あはあはしき御心
軽率な、軽薄なという意味。

よも
よもしたまはじ、の、略である。
まさか、そんなことは、である。
ここでは、まさか、そんなことを、なさることはない、である。

御しとねうち置きひき繕ふ
敷物。綿のない座布団。

細やかなる、様子が、見て取れる。

姫の言葉である、ただ聞けとあらば、格子など鎖してありなむ、とは、姫のプライドであろうか。

お話を、伺えといえば、障子を隔てて、聞きましょうと、言うのである。

作者は、矢張り、姫にも、敬語を使っている。

この、物語の格調の高さである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。