2008年11月11日

もののあわれ322

源氏「いかなるやうぞ。いとかかる事こそまだ知らね」と、いとものしと思ひて宣へば、いとほしと思ひて、命婦「もて離れて、似げなき御事とも、おもむけ侍らず。ただ大方の御物づつみのわりなきに、手をえさし出で給はぬとなむ見給ふる」と、聞ゆれば、源氏「それこそは世づかぬ事なれ。物思ひ知るまじき程独り身をえ心に任せぬ程こそ、さやうにかがやかしきも道理なれ。何事も思ひしづまり給へらむと思ふにこそ。そこはかとなく、つれづれに心細うのみ覚ゆるを、同じ心に答へ給はむは、願ひかなふ心地なむすべき。何やかやと世づける筋ならで、その荒れたるすのこに佇ままほしきなり。いとうたて心得ぬ心地するを、かの御ゆるしなくともたばかれかし。心いられし、うたてあるもてなしには、よもあらじ」など、語らひ給ふ。




源氏は、一体、どうしたことだ。今まで、こんなことは、あったことがないと、大変、不快そうであるので、命婦は、気の毒に思い、お話にもならない、不釣合いな、ご縁と申し上げたことは、ありせん。ただ、何事にも、むやみに、物恥ずかしくされるので、お手も、出さないのだと、思いますと、申し上げる。
源氏は、それこそは、世づかぬことなれ、情が無いと言うだと、言う。
物心つかない頃とか、我が身を思う通りに出来ない頃ならば、恥ずかしがるのも、解るが、もう、万事において、分別がついていると思えば、言うのだ。
どうしたわけか、何も手がつかず、先も短い気がする。こちらと、同じような心境なら、お返事を下されば、願いも叶うと思うが。
何やかやと、色恋沙汰ではなく、ただ、あの荒れた、すのこ、縁の所で、しばらく、お話がしたいのだ。
何とも、おかしな、気持がするが、姫のお許しがなくても、お前が、何とか、段取りを、つけてくれないか。
やきもきさせたり、酷い仕打ちは、しないだろうなと、お頼みになる。


さやうにかがやかしきも道理なれ
道理とは、物事の、ことわり、である。
かがやかしき、とは、恥ずかしい、赤面するという意味。

その荒れたるすのこに佇ままほしきなり
すのこは、ぬれえん、濡れ縁である。
建物の周囲に、設けられてある。縁側。
男の訪問を、最初は、すのこにも、座らせないのが、礼儀である。



なほ、世にある人の有様を、大方なるやうにて聞き集め、耳とどめ給ふ癖のつき給へるを、さうざうしき宵居などに、はかなきついでに、さる人こそとばかり聞え出でたりしに、かくわざとがましう宣ひ渡れば、なまわづらはしく、女君の御有様も、世づかはしく、由めきなどもあらぬを、なかなかなる導きに、いとほしきことや見えむ、なんど思ひけれど、君のかうまめやかに宣ふに、聞き入れざらむも、ひがひがしかるべし。父親王おはしける折にだに旧りにたるあたりとて、おとなひ聞ゆる人もなかりけるを、まして、今は浅茅わくる人もあと絶えたるに、かく世にめづらしき御気配の漏りにほひ来るをば、なま女はらなども笑み設けて、「なほ聞え給へ」とてそそのかし奉れど、あさましう物づつみし給ふ心にて、ひたぶるに見も入れ給はぬなりけり。



なににせよ、このお方が、世の女の話を、よそ事のようにして、聞いていらして、実は、深く耳に留めている癖が、ついているとは、知らずに、座が白ける様子から、話題を探していた、宵。
ふっとした、話のついでに、「こういう方がおいででと、だけ申し上げたのに、このように、改まり、何度も、催促されるので、いささか、煩くもあり、また女君の様子も、付き合い上手ではなく、なまじ、手引きをして、お気の毒な事が起こるかもしれないと、思う。
でも、君が、これほど、真剣におっしゃるのに、知らぬ顔も、出来ないし、意地が悪いと、思われる。
姫の御父上様が、ご存命の時でさえ、時世に取り残されたところだからと、お訪ねする人もいなかったのだから、今では、更に、荒れ果てたお邸を、訪れる人はいないので、このような、世にも、稀な、お方のお手紙を拝見すると、なっていない女房なども、笑顔になり、これは、お返事なさいませと、お勧めするが、姫は、大変な恥ずかしがりやで、全然、読むこともしないのである。
と、作者は、命婦の心境を、語る。

浅茅わくる人もあと絶えたるに
荒れ果てた邸に、訪ねる人である。

なま女
つまらない、未熟な女房のこと。




命婦は、「さらばさりぬべからむ折に、物越しに聞え給はむ程、御心につかずは、さても止みねかし。また、さるべきにて、仮にもおはし通はむを、とがめ給ふべき人なし」など、あだめきたるはやり心はうち思ひて、父君にも、かかる事なども言はざりけり。



命婦は、それでは、都合の良い時に、襖越しに、お話をなさつてください。
お気に召さなければ、そのまま、おやめ下さい。
それとも、また、ご縁があり、暫くの間なり、通いになりましても、咎める人もいません。
などと、浮気で、調子に乗る女ゆえに、ふと、そう思い、父である、兵部大輔、だゆうに、も、何も話さなかった。


とがめ給ふべき人なし
後見人が、いないという。
要するに、干渉する人がいないのである。

命婦一人の思いと、作者の思いが、綴られる。

作者は、命婦を、あだめきたるはやり心はうち思ひてと、言う。
何事にも、調子に乗る女と、言うのである。

女が、女に対しては、実に、厳しい目を向けるのである。

それが、この、段の面白さでもある。

いつの世も、女が、女を見る目と、品定めする目は、厳しいものがある。

命婦は、姫が、控え目であり、更に、超不細工であることを、知っているのであろう。
それで、源氏に対しても、程々にと、意見するのであるが、源氏は、気づかない。
見ないうちは、解らないのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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