2008年11月10日

もののあわれ321

君は、深うしも思はぬ事の、かう情なきを、すさまじく思ひなり給ひにしかど、「かうこの中将の言ひありきけるを、言多く言ひなれたらむ方にぞ靡かむかし。したり顔にて、もとの事を思ひ放ちたらむ気色こそ、憂はしかるべけれ」と思して、命婦を、まめやかに語らひ給ふ。



君は、深くも、思っていなかったことが、このように、すげない様子で、興ものらない気持だったが、こんなに、中将が、追っかけている上は、熱心で口達者な人に、靡くことだろう。その時になって、得意顔で、先に言い寄った自分を、袖にしたように思われては、不愉快だと、思う。
そして、命婦に、更に相談するのである。



源氏「おぼつかなう給ふにこそあらめ。さりとも、短き心はえ使はぬものを。人の心ののどかなることなくて、思はずにのみあるになむ、おのづからわが過になりぬべき。心のどこかにて、親兄弟のもてあつかひうらむるもなう、心やすからむ人は、なかなかなむらうたかるべきを」と、宣へば、命婦「いでや。さやうにをかしき方の御笠宿りには、えしもや、と、つきなげにこそ見え侍れ。偏に物づつみし、ひき入りたる方はしも、ありがたうものし給ふ人になむ」と、見る有様語り聞ゆ。源氏「らうらうしうかどめきたる心はなきなめり。いと児めかしうおほどかならむこそ、らうたくはあるべけれ」と、思し忘れず宣ふ。



源氏は、はっきりせずに、よそよそしくしていらっしゃるが、どうも気になる。
浮気者と、疑っていらっしゃるのだろう。
いくらなんでも、移り気な生まれではない。
女が、信頼してくれず、意外な仕打ちをするものだから、ついつい、こちらの、無責任になってしまうこともある。
信頼してくれる女で、面倒な親兄弟もなく、気楽な女なら、かえって、可愛いものと、仰る。
命婦は、いえいえ、歌にあるような、風流なお宿など、そんなことは、考えられないことです。けれども、ただ、はにかんでばかりで、控え目で、ことに関しては、近頃、珍しい方ですと、知っている様子を話す。
源氏は、すました、才走るところはないようだ。あどけなく、おっとりしているなら、それは、可愛そうだと、夕顔のことを、思い出して、言う。



中将への、対抗意識で、女を口説き落とそうとする源氏である。
命婦に、相談するのである。

さやうにをかしき方の御笠宿り
そのような、風流な、宿は、云々。
当時の風流とは、歌に歌われるような、ことであり、現在のそれとは、少し違うと、思われる。

雨が降り、その雨宿りに、人の家の軒先を借りる。すると、そこには、美しい女がいて、恋に落ちる、などという、風情である。

また、木陰で、雨宿りしていると、女が現れて、恋に落ちる。
当時の、出会いの様々な、形を、歌うものに、御笠宿り、という言い方をするのである。

風流という言葉は、後々の言葉である。

雅から、風雅が、生まれ、更に、侘びという、風流に発展する。

次第に、剥げ剥げ落としてゆく過程にある、風流、風情である。
これについては、室町期の文芸の時に、しっくりと、書くことにする。

らうらうしうかどめきたる心
才走ったところのない。すましたところのない。
自然体であるということ。

らうらうしう かどめき 
角めき、であろう。
貴意が高く、気取った女は、現代も多い。
それは、角めきたる、なのである。


わらわ病にわづらい給ひ、人知れぬ物思ひの紛れも、御心のいとまなきやうにて、春過ぎぬ。

おこり病にかかった。
湿疹である。
秘めたる、物思いから、とんでもない間違いをなさり、お心の休まる暇もない有様で、いつの間にか、春が過ぎて、夏を終わった。


人知れぬ物思い
これは、藤壺との、密会のことである。
とんでもない、間違いである。
父帝の愛する女である。

この短い、文に託して、作者は、多くのことを語る。



秋の頃ほひ、静かに思し続けて、かの砧の音も、耳につきて聞きにくかりしさえ、恋しう思し出でらるるままに、常陸の宮にはしばしば聞え給へど、なほおぼつかなうのみあれば、世づかず心やましう、負けてやまじの御心さへ添ひて、命婦を責め給ふ。



秋になり、静かに、思い出に耽りつつ、あの砧の音が、耳について、煩かったことなど、懐かしく思い出されるにつけて、常陸宮の姫君へは、たびだひ、お手紙を上げるが、やはり、一向に、お返事がないのである。
男の気持が、解らないのが、腹立たしく、このまま、引き下がる訳には、いかないと、意地もあり、命婦を責めるのである。

争いのない、平安時代の、貴族の典型的な、遊びの有様を、描く、源氏物語である。

人は、色恋にある時、争いをしない。
人殺しをするより、性愛を、追い求める方が、平和である。
世界最初の小説には、戦争の場面が、一切無いのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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