2008年11月06日

もののあわれ317

左衛門の乳母とて、大弐のさしつぎにおぼいたるが娘、大輔の命婦とて、内に侍ふ、わかんどほりの、兵部の大輔なる娘なりけり。いといたう色好める若人にてありけるを、君も召し使ひなどし給ふ。母は筑前の守の妻にて、下りければ、父君のもとを里にて行き通ふ。



左衛門の乳母と言って、大弐の尼君に次いで、大切にされている者の娘が、大輔、たゆう、の命婦と呼ばれて、御所にお仕えしている。
皇族の血筋を引く、兵部の大輔である人の、娘である。
まだ若く、中々の発展家であり、君も、お召し使いなさったりした。
母は、筑前の守の妻となり、夫と、一緒に赴任したので、父君の元を里として、御所に通っている。




故常陸の親王の、末にまうけていみじうかなしづき給ひし御娘、心細くて残り居たるを、もののついでに語り聞えれば、あはれの事や、とて、御心とどめて問ひ聞き給ふ。命婦「心ばへかたちなど、深き方はえ知り侍らず。かいひそめ。人疎うもてなし給へば、さべき宵など、ものごしにてぞ語らひ侍る。琴をぞなつかしき語らひ人と思へる」と聞ゆれば、源氏「三つの友にて、今一くさやうたてあらむ」とて、源氏「われに聞かせよ。父親王の、さやうの方にいとよしづきてものし給うければ、おしなべての手にはあらじとなむ思ふ」と、宣へば、命婦「さやうに聞こし召すばかりにはあらずや侍らむ」と言へど、御心とまるばかり聞えなすを、源氏「いたう気色ばましや。この頃の朧月夜に忍びて物せむ。罷でよ」と宣へば、わづらはし、と思へど、内わたりものどやかなる、春のつれづれに罷でぬ。




なき常陸の親王が、晩年にもうけて、大そう可愛がって大事に、育てられた姫君が、父君にも、先立たれて、心細く、暮らしているということを、何かのついでに、申し上げた。
すると、源氏は、気の毒だと、お心が、動き、お尋ねになる。
命婦は、ご性質や、ご器量など、詳しいことは、存じません。ひっそりと、暮らしているようで、誰にも、会いません。
何かの用の時には、夕方、凡帳ごしで、お話されます。
琴のみを、ただ親しいお相手として、思っておいでとか。
源氏は、その琴を、聞かせてくれ。父宮は、音楽に、大そうおたしなみが深くておいでだった。姫君も、並大抵のお手並みではないだろうと、仰る。
命婦は、それほど、お聞きになられるものでも、ございませんでしょう、と言うが、その話し振りは、そそのかすように言う。
源氏は、思わせぶりだ。この頃の、朧月夜に、こっそりと、行ってみよう。お前も、退出せよと、仰せられる。
困ったと、思うが、御所の用事も、特に無い、春の暇な日に、お出掛けになったのである。




父の大輔の君はほかにぞ住みける。ここには時々ぞ通ひける。命婦は、継母のあたりは住みもつかず、姫君のあたりを睦びて、ここには来るなりけり。



父の大輔の君は、よそに住んでいる。ここには、時々、伺うのだが、命婦の継母のいる家には、いずらいゆえに、姫君のお傍を慕って、こちらには、よく来るのだった。



宣ひしもしるく、十六夜の月をかしき程におはしたり。命婦「いとかたはらいたきわざかな、物のね澄むべき夜の様にも侍らざめるに」と聞ゆれど、源氏「なほあなたに渡りて、ただ一声ももよほし聞えよ。空しくて帰らむが、妬かるべきを」と宣へば、うちとけたるすみかにすえ奉りて、うしろめたうかたじけなし、と思へど、寝殿に参りたれば、まだ格子もさながら、梅の香をかしきを見出してものし給ふ。




お言葉通り、十六夜の月の美しい時に、おいでになった。
命婦は、申し訳ないことです。琴の音の冴える夜でありませんが、と、申し上げる。
源氏は、いやいや、あちらにいって、ほんの一曲でも、お勧めしておくれ。このまま、帰るのは、残念だと、言う。
取り散らかしている自分の部屋に、お待ち願うのは、気遣われるし、もったいないことだと思いつつも、姫のおられる、寝殿に上がる。
まだ、格子もそのままに、梅の香りが、ゆかしく漂う庭を、見詰めておいでになるのである。


寝殿とは、主人のいる正殿である。
昼間のままに、格子が、上がっているのである。

源氏は、命婦の部屋に通されたのである。
直接、姫に会わないというところが、奥床しい。




よき折りかな、と思ひて、命婦「御琴の音いかにまさり侍らむ、と思ひ給へらるる夜の気色に、さそわれ侍りてなむ。心あわただしきき出で入りに、え承はらぬこそ口惜しけれ」と言へば、姫「聞き知る人こそあなれ。百敷に行きかふ人の聞くばかりやは」とて、召し寄するも、あいなう、いかが聞き給はむ、と胸つぶる。



よき機会かと思い、命婦は、お琴の音が、どんなに良く聞えることかと思われます、今宵に誘われまして、伺いました。お伺いするたびに、お忙しいようですが、お聞かせいただけず残念ですと、言うと、姫は、音楽に、嗜みの深い人もいることですね。御所に出入りする方に、聞かせる程のものではありませんが、と、琴を召し寄せるのも、どんなものかと、君は、どのように、お聞きになるのだろうと、胸をドキドキさせるのである。

百敷 ももしき、とは、都や、大宮人などにかかる、枕詞であった。
転じて、皇居、御所を指す言葉となる。

当時、琴は、楽器の中で、一番、品格が高いとされた。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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