2008年11月03日

もののあわれ314

御かたちは、さしはなれて見しよりも、いみじう清らかにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵、あそび物ども、取りにつかはして見せ奉り、御心につく事どもをし給ふ。やうやう起き居て見給ふに、にび色のこまやかなるが、うち萎えたるどもを着て、何心なくうちえみなどして居給へるが、いとうつくしきに、われもうちえまれて見給ふ。




御かたち、とは、器量はということで、離れて見たよりも、いみじう、とても、綺麗であるという。
やさしく、お話して、面白い絵や、遊び道具を、あれこれと、取り寄せて、見せたまうのである。気に入りそうなことを、して上げる。
若君は、ようやく起き出して、御覧になる。
その姿は、色の濃い、喪服の皺になったものを、重ねて着ている。そして、無邪気に笑うのが、とても、可愛いので、源氏も、自然、笑みを浮かべて、御覧になる。


源氏物語は、当時の敬語で、書かれているということが、特徴であり、驚きである。それが、文章の格調を、高くしている。

東の対にわたり給へるに、立ち出でて、庭の木立、池の方などのびき給へば、霜枯の前栽、絵にかけるやうにおもしろくて、見も知らぬ四位五位こきまぜに、ひまなう出で入りつつ、「げにおかしき所かな」と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするも、はかなじや。




源氏が、東の対においでになったので、若君は、端に出て、庭の植木や、池の方などを、覗かれると、霜枯れの植え込みは、絵に描いたように、美しく、見たこともない、四位や、五位の人々が、色とりどりの衣が、入り交じり、出たり入ったりしている。
若君は、本当に、面白いところだと、思うのである。
そこらの、屏風や、面白い絵などを、見て回り、楽しんでいるのが、いじらしいのである。

はかなじや
これは、作者の思いであろう。
それは、愛くるしいとも、不憫だとも、言える。




君は二日三日内へも参り給はで、この人をなつけ語らひ聞え給ふ。やがて本にと思すにや、手習ひなど、様々に書きつつ見せ奉り給ふ。いみじうをかしげに書き集め給へり。「武蔵野と云えばかこたれぬ」と紫の紙に書い給へる墨つきの、いと殊なるを取りて見い給へり。少し小さくて、

源氏
ねは見ねど 哀れとぞ思ふ 武蔵野の 露わけわぶる 草のゆかりを

とあり、源氏「いで君も書い給へ」とあれば、若君「まだようは書かず」とて見上げ給へるが、なに心なくうつくしげなれば、うちほほえみて、源氏「よからねど、むげに書かぬこそわろけれ。教え聞えむかし」と宣へば、うちそばみて書い給ふ手つき、筆とり給へる様の、幼げなるも、らうたうのみ覚ゆれば、心ながらあやしと思す。若君「書き損なひつ」と、恥ぢて隠し給ふを、せめて見給へば、

若君
かこつべき ゆえを知らねば おぼつかな いかなる草の ゆかりなるらむ

と、いと若けれど、生ひ先見えてふくよかに書い給へり。故尼君のにぞ似たりける。「今めかしき手本ならはば、いとよう書い給ひてむ」と見給ふ。雛など、わざと屋ども造りつづけて、もろともに遊びつつ、こよなき物思ひの紛らはしなり。



君は、二日三日と、宮中へも、参上せず、この人を、なつけようと、お話し相手をお勤めする。
そのまま、手本になると、思うのか、筆や、絵など、色々書いては、お見せする。
素晴らしく、立派なものを、沢山書いた。
武蔵野と言うと、感無量との、紫の紙に、書かれた、筆の、格別に見事なものを、若君は、手にして、御覧になる。
少し、小さい文字で、

ねはみねど あわれとぞおもふ むさしのの つゆわけわぶる くさのゆかりを

根は、見えないが、可愛いと思う。武蔵野の露を分けずに、我が物と、できない、草にゆかりの、この草を

根は見ねど、とは、寝に、掛けている。寝てはみないがということになり、大胆な歌である。もっと、説明すると、まさに、エロスである。これ以上は、省略する。

と書いてあるものを、源氏は、さあ、書いてみなさいと、仰る。
若君は、まだ上手に、書けませんと言う。
それが、無邪気で可愛いので、微笑み、上手でなくても、何も書かないというのは、いけません。教えて上げましょう。と仰ると、少し、横を向いて、お書きになる手つき、筆を持つ様子の、不釣合いな具合も、可愛いのである。
心ながらあやしと思ほす
そのように、思うが、怪しいのである。妖しいのかも、しれない。
若君は、、書き損じたと、恥ずかしがって、お隠しになるのを、無理に御覧になる。

若君
かこつべき ゆえをしらねば おぼつかな いかなるくさの ゆかりなるらむ

あなたが、感慨無量という、訳が解りません。それで、気になります。どんな草のゆかり、なのでしょう。

この、ゆかり、縁とは、源氏が、心を寄せるお方である。その、ゆかりにある、若君である。

と、いかにも、子供らしい。
しかし、将来の上達が、伺える。
ふっくりとした、筆である。
亡くなった、尼君の、筆に似る。
今、流行の、手本を習えば、とても、上手になられるだろうと、御覧になる。
人形なども、わざわざ、御殿を造り並べて、一緒に遊ぶ。
またとない、煩悶の気晴らしである。

こよなき物思ひの紛らはしなり
物思いとは、悩み事、色々と、考えること、など、精神的な、不安定さ、抑鬱状態である。
平安期は、特に、そのような、抑鬱状態が、続いていた。
それは、平和だったからだと、思われる。
歴史的に、束の間の、平和を享受していたのである。

物思う人は、どこかに、憂いを持つのである。
その、憂いを、直接的表現を、避けて、自然の風物に託して、詠い上げる。
それが、伝統となってゆく、過程が、面白い。

生きることが、憂きことと、感得したのである。
それが、生老病死を、苦とする、仏教を受け入れやすくしたと、いえる。

万葉の、野性味が、分解、分析されて、微妙曖昧な、心の綾に、取り入れられる。
文化というもの、日本では、病なのである。

欧米の文化とは、武器を使用せずに、民を治めるという意味である。
日本のそれを、文化と、翻訳したが、実は、文化に近い訳とは、芸能である。
武器を用いずに、民を支配するというのではなく、芸能を、持って民を支配するという方が、あっている。

精神的な、有様を持って、文化と言うことが、できないのが、日本の文化であり、それは、病である。

日本の文学は、病にあり、それが、健康的になるのは、何と、太平洋戦争の、敗戦後である。

万葉以後から、千年ほど、日本の精神は、病の中にあった。
それゆえ、もののあわれ、という、心境風景も、生まれた。

怪我の功名は、まさに、千年を掛けて、築き上げられるのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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