2008年11月01日

もののあわれ312

門うち叩かせ給へば、心も知らぬ者のあけたるに、御車をやをら引き入れさせて、丈夫妻戸を鳴らしてしはぶけば、少納言言聞き知りて出で来たり。惟光「ここにおはします」と云えば、少納言「幼き人は大殿籠もりてなむ。などかいと夜深うは出でさせ給へる」と、もののたよりと思ひて言ふ。源氏「宮へわたらせ給ふべかなるを、その先に、聞えおかむとてなむ」と宣へば、少納言「何事か侍らむ。いかにはかばかしき御いらへ聞えさせ給はむ」とて、うち笑いていたり。




門を叩かせると、何も事情を知らない、門番が、門を開ける。
車を、静かに引き入れて、惟光が、妻戸を叩いて、咳払いをする。
少納言が、惟光と、知り出て来た。
少納言は、幼い方は、お休みです。どうして、こんな夜更けに、お出ましになりましたと、言う。どこからかの、帰り道だと、思うのである。
源氏は、父宮の、お邸に、お引き移りされるとのこと。その前に、一言、申し上げたく思います。と、仰ると、少納言は、何事で、ございましょう。どのような、返事を申し上げたらいいのやらと、言い、笑うのである。



君入り給へば、いとかたはらいたく、少納言「うちとけてあやしきふる人どもの侍るに」と聞えさす。源氏「まだおどろい給はじな。いで御目さまし聞えむ。かかる朝霧を知らでは寝るものか」とて入り給へば、「や」とも聞えず。



源氏は、中に入ると、少納言は困りきり、行儀の悪い恰好で、年寄りどもも、寝ておりますと、言う。
源氏は、まだ、お目覚めではないでしょう。さあ、起こしてあげましょう。こんな朝霧を知らずに、寝ているなんてと、仰りつつ、お入りになるので、もし、との、言葉さえ、口から出ないのである。


源氏は、強行突破するのである。




君はなに心もなく寝給へるを、いだきおどろかし給ふに、おどろききて、「宮の御迎へにおはしたる」と、寝おびれて思したり。御髪掻きつくろひなどし給ひて、源氏「いざ給へ。宮の御使ひにて参り来つるぞ」と宣ふに、あらざりけりとあきれて、恐ろしと思ひたれば、源氏「「あな心憂。まろも同じ人ぞ」とて、かき抱きて出で給へば、丈夫少納言など、「こはいかに」と聞ゆ。




若君は、何も知らずに寝ていたが、君が、抱いて起こすと、目覚めて、父宮が、迎えに来たのだと、寝惚けて思う。
髪の乱れを手で、直している。
源氏は、さあ、いらっしゃい。宮様の、お使いで、私が参りましたと、仰る。
違う人だと、若君は、驚き、怖がる。
源氏は、これは、どうしましたか。私も、宮様と、同じですと、仰り、抱かかえて、お出になる。
惟光や、少納言は、これは、何となさいますと、申し上げる。




惟光も、少納言も、驚いている。
まさか、連れて出るとは、思わないのである。




源氏「ここには常にもえ参らぬが、おぼつかなければ、心安き所にと聞えしを、心憂くわたり給ふべかなれば、まして聞えがたかるべければ。人一人参られよかし」と宣へば、心あわただしくて、少納言「今日はいと便なくな程経て、さるべきにおはしまさば、ともかうも侍りなむを、いと思ひやりなき程の事に侍れば、侍ふ人々苦しう侍るべし」と聞ゆれば、源氏「わし。のちにも人は参りなむ」とて、御車寄せさせ給へば、あさましう、「いかさまに」と思ひあへり。若君もあやしと思して泣い給ふ。少納言止め聞えむ方なければ、よべ縫いし御衣ども引きさげて、自らも、よろしききぬ着かへて乗りぬ。




源氏は、ここには、始終参れないのが、気がかりで、安心な所へと、申したが、つれなくも、宮家へ、お引き移りとの事。それでは、お便りも、いたしにくかろう。誰か、一人御供されよと、仰る。
気が急いて、少納言は、今日は、どうも、困ります日でございます。
宮様が、お越し遊ばします。どのように、申し上げましょう。
後のご縁があれば、そのように、なると・・・
まことに、思いもかけぬ、今日のこと。お付する、私どもも、困りますことで。
源氏は、それでは、よい。後から、誰か参れ。
御車を、縁に、寄せられるので、女房たちは、呆れて、どうしたものかと、皆々、心配する。
若君も、変だと気づき、泣くのである。
少納言は、引き止めることもできず、昨夜、縫っていた、お召し物を、何枚か手にして、自分も、見苦しくない着物を、着て、お車に、乗られた。


源氏の、強硬手段に、なす術も無く、従うという、寸歩である。

物語は、終わりを迎える。
そして、それが、お話の山場である。
息もつかずに、読ませる場面である。

ここまでして、源氏は、何を手に入れたいのか。

自分が慕う、藤壺の宮に似た幼女に、託す思い。
幼女性愛ではない。
色好みの、極地である、理想の女性を、育てるという、思い。

女性である、紫式部が、男性に指南しているようである。
ここまで、至るのが、色好みである、というふうに。
女が、思い通りに、育てられるものか、試して、みよと、言うようである。


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2008年11月02日

もののあわれ313

二条院は近ければ、まだ明うならぬ程におはして、西の対に御車寄せて降り給ふ。若君をば、いと軽らかに、掻き抱きて降ろし給ふ。少納言、「なほいと夢のここちし侍るを、いかにし侍るべき事にか」と、やすらへば、源氏「そは心ななり。御みづから渡し奉りつれば、帰りなむとあらば送りせむかし」と宣ふに、わりなくて降りぬ。



二条の院は、近く、まだ空が明けないうちに、到着した。
西の対に、車を寄せて、降りられる。
少納言は、本当に、夢の中にいるようです。どうしたら、いいのやら、と躊躇う。
源氏は、それは、お心に任せる。本人をお連れしたのだから、そちが、帰ろうと、言うならば、送ってあげようと、言う。
しょうがなく、車を降りた。




俄かにあさましう、胸も静かならず、「宮の思し宣はむ事。いかになり果て給ふべき御有様にか。とてもかくても、たのもしき人々に後れ給へるがいみじさ」と思ふに、涙の止まらぬを、さすがにゆゆしければ、念じたり。




急なことであり、呆れて、胸が静まらない。
宮様は、なんと、仰るのか。
若君は、結局は、どんな、身の上になるのだろうか。
何にせよ、頼みに思う方々に、先立たれてしまったというのが、不幸なのであると、涙が、止まらないが、ともかく、若君の、お輿入れという事になったのだから、涙は、縁起でもないことと、堪えているのである。

少納言、乳母の心境である。

さすがにゆゆしければ
という、部分に、お輿入れという、勝手な訳を入れる。
今までの、訳の、定番を載せた。

私は、涙を流しつつも、これは、ゆゆしきことと、思うとした方が、すっきりする。

果たして、源氏は、強行に、若君を連れて来たのであり、後戻りは、出来ない。
父宮に、対して、どのように対処するのか。



こなたは住み給はぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御帳御屏風など、あたりあたり、したてさせ給ふ。御凡帳の帷子引き下し、御座など、ただひきつくろふばかりにてあれば、東の対に、御宿直もの召しに遣はして、大殿籠もりぬ。若君は、いとむくつけう、いかにする事ならむ、と、ふるはれ給へど、さすがに声たててもえ泣き給はず。若君「少納言がもとに寝む」と宣ふ声、いと若し。源氏「今はさは大殿籠もるまじきぞよ」と教へ聞え給へば、いとわびしくて、泣き臥し給へり。乳母はうちも臥されず、ものも覚えず起きいたり。




こちらは、お住みにならない、対であり、御帳台などもなかった。ベッドである。
惟光を、呼んで、御帳台や、屏風その他、色々と、用意させる。
御帳台の帷子を、引き下して、ご座所なども、引き述べる用意である。座る場所である。
東の対に、夜具を取り寄せに、人をやり、お休みになった。
夜具とは、布団である。
若君は、とても、不安で、どうしたものかと、震えているが、さすがに、声に出して泣くことはない。
少納言のところで、寝ると言う。その声が子供である。
いと若し。若い声、子供の声。
源氏は、もう、大きくなったので、そんな寝方をされるものではありませんと、教える。
しかし、悲しく、泣きながら、横におなりになる。
乳母は、横になるどころではない。
ものも覚えず起きいたり。
呆然と、うつらうつらしつつ、正気無くと、訳すのか。



明け行くままに見わたせば、大殿の造りざま、さらにも言はず。庭の砂子も玉を重ねたらむやうに見えて、かがやくここちするに、はしたなく思ひいたれど、こなたには、女なども侍らざりけり。うとき客人などの参るをりふしの方なれば、男どもぞ御簾の外にありける。かく人迎へ給へり、とほの聞く人は、「誰ならむ。おぼろげにはあらじ」とささめく。




明け行くにつれて、少納言が、辺りを見回すと、御殿の造りや、室内の装飾は、見事である。庭の砂さえ、玉を敷いたよう見えて、輝いているようである。
自分などは、こんな場所に相応しくないと、小さくなっていた。だが、この対には、女は、いないようである。
時々の、お客が、参上する場所なのである。
男たちが、御簾の外で、控えている。
女君を、お迎えになると、耳にする者は、誰だろうか、只者ではない、などと、ひそひそ、話している。




御手水御粥などこなたに参る。日高う寝起き給ひて、源氏「人なくてあしかめるを、さるべき人々、夕づけてこそは迎へさせ給はめ」と宣ひて、対に童女召しにつかはす。「小さきかぎり、ことさらに参れ」とありければ、いとをかしげにて四人参りたり。君は御衣にまとはれて臥し給へるを、せめて起こして、源氏「かう心憂くなおはせそ。すずろなる人は、かうはありなむや。女は心やはらかなるなむよき」など、今より教え聞え給ふ。




お手水や、食事なども、こちらに、持って参る。
日が高くなってから、起きられて、源氏は、召使がいなければならない、適当な人々を、夕方になったら、呼び寄せるがいいと、仰る。
対の屋に、女の童を呼びに、人をやらせる。
源氏は、小さいのばかりに、参らせよとのことで、とても可愛い四人が、上がって来た。
若君は、お召し物に、くるまり、寝ていたが、源氏が、無理に起こして、そんなに、すねては、駄目ですよ、薄情者は、いけません、女は、おとなしいほうが、いいのです、などと、今から、教えるのである。


源氏にとっても、若君にとっても、新しい生活が、始まるのである。

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2008年11月03日

もののあわれ314

御かたちは、さしはなれて見しよりも、いみじう清らかにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵、あそび物ども、取りにつかはして見せ奉り、御心につく事どもをし給ふ。やうやう起き居て見給ふに、にび色のこまやかなるが、うち萎えたるどもを着て、何心なくうちえみなどして居給へるが、いとうつくしきに、われもうちえまれて見給ふ。




御かたち、とは、器量はということで、離れて見たよりも、いみじう、とても、綺麗であるという。
やさしく、お話して、面白い絵や、遊び道具を、あれこれと、取り寄せて、見せたまうのである。気に入りそうなことを、して上げる。
若君は、ようやく起き出して、御覧になる。
その姿は、色の濃い、喪服の皺になったものを、重ねて着ている。そして、無邪気に笑うのが、とても、可愛いので、源氏も、自然、笑みを浮かべて、御覧になる。


源氏物語は、当時の敬語で、書かれているということが、特徴であり、驚きである。それが、文章の格調を、高くしている。

東の対にわたり給へるに、立ち出でて、庭の木立、池の方などのびき給へば、霜枯の前栽、絵にかけるやうにおもしろくて、見も知らぬ四位五位こきまぜに、ひまなう出で入りつつ、「げにおかしき所かな」と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするも、はかなじや。




源氏が、東の対においでになったので、若君は、端に出て、庭の植木や、池の方などを、覗かれると、霜枯れの植え込みは、絵に描いたように、美しく、見たこともない、四位や、五位の人々が、色とりどりの衣が、入り交じり、出たり入ったりしている。
若君は、本当に、面白いところだと、思うのである。
そこらの、屏風や、面白い絵などを、見て回り、楽しんでいるのが、いじらしいのである。

はかなじや
これは、作者の思いであろう。
それは、愛くるしいとも、不憫だとも、言える。




君は二日三日内へも参り給はで、この人をなつけ語らひ聞え給ふ。やがて本にと思すにや、手習ひなど、様々に書きつつ見せ奉り給ふ。いみじうをかしげに書き集め給へり。「武蔵野と云えばかこたれぬ」と紫の紙に書い給へる墨つきの、いと殊なるを取りて見い給へり。少し小さくて、

源氏
ねは見ねど 哀れとぞ思ふ 武蔵野の 露わけわぶる 草のゆかりを

とあり、源氏「いで君も書い給へ」とあれば、若君「まだようは書かず」とて見上げ給へるが、なに心なくうつくしげなれば、うちほほえみて、源氏「よからねど、むげに書かぬこそわろけれ。教え聞えむかし」と宣へば、うちそばみて書い給ふ手つき、筆とり給へる様の、幼げなるも、らうたうのみ覚ゆれば、心ながらあやしと思す。若君「書き損なひつ」と、恥ぢて隠し給ふを、せめて見給へば、

若君
かこつべき ゆえを知らねば おぼつかな いかなる草の ゆかりなるらむ

と、いと若けれど、生ひ先見えてふくよかに書い給へり。故尼君のにぞ似たりける。「今めかしき手本ならはば、いとよう書い給ひてむ」と見給ふ。雛など、わざと屋ども造りつづけて、もろともに遊びつつ、こよなき物思ひの紛らはしなり。



君は、二日三日と、宮中へも、参上せず、この人を、なつけようと、お話し相手をお勤めする。
そのまま、手本になると、思うのか、筆や、絵など、色々書いては、お見せする。
素晴らしく、立派なものを、沢山書いた。
武蔵野と言うと、感無量との、紫の紙に、書かれた、筆の、格別に見事なものを、若君は、手にして、御覧になる。
少し、小さい文字で、

ねはみねど あわれとぞおもふ むさしのの つゆわけわぶる くさのゆかりを

根は、見えないが、可愛いと思う。武蔵野の露を分けずに、我が物と、できない、草にゆかりの、この草を

根は見ねど、とは、寝に、掛けている。寝てはみないがということになり、大胆な歌である。もっと、説明すると、まさに、エロスである。これ以上は、省略する。

と書いてあるものを、源氏は、さあ、書いてみなさいと、仰る。
若君は、まだ上手に、書けませんと言う。
それが、無邪気で可愛いので、微笑み、上手でなくても、何も書かないというのは、いけません。教えて上げましょう。と仰ると、少し、横を向いて、お書きになる手つき、筆を持つ様子の、不釣合いな具合も、可愛いのである。
心ながらあやしと思ほす
そのように、思うが、怪しいのである。妖しいのかも、しれない。
若君は、、書き損じたと、恥ずかしがって、お隠しになるのを、無理に御覧になる。

若君
かこつべき ゆえをしらねば おぼつかな いかなるくさの ゆかりなるらむ

あなたが、感慨無量という、訳が解りません。それで、気になります。どんな草のゆかり、なのでしょう。

この、ゆかり、縁とは、源氏が、心を寄せるお方である。その、ゆかりにある、若君である。

と、いかにも、子供らしい。
しかし、将来の上達が、伺える。
ふっくりとした、筆である。
亡くなった、尼君の、筆に似る。
今、流行の、手本を習えば、とても、上手になられるだろうと、御覧になる。
人形なども、わざわざ、御殿を造り並べて、一緒に遊ぶ。
またとない、煩悶の気晴らしである。

こよなき物思ひの紛らはしなり
物思いとは、悩み事、色々と、考えること、など、精神的な、不安定さ、抑鬱状態である。
平安期は、特に、そのような、抑鬱状態が、続いていた。
それは、平和だったからだと、思われる。
歴史的に、束の間の、平和を享受していたのである。

物思う人は、どこかに、憂いを持つのである。
その、憂いを、直接的表現を、避けて、自然の風物に託して、詠い上げる。
それが、伝統となってゆく、過程が、面白い。

生きることが、憂きことと、感得したのである。
それが、生老病死を、苦とする、仏教を受け入れやすくしたと、いえる。

万葉の、野性味が、分解、分析されて、微妙曖昧な、心の綾に、取り入れられる。
文化というもの、日本では、病なのである。

欧米の文化とは、武器を使用せずに、民を治めるという意味である。
日本のそれを、文化と、翻訳したが、実は、文化に近い訳とは、芸能である。
武器を用いずに、民を支配するというのではなく、芸能を、持って民を支配するという方が、あっている。

精神的な、有様を持って、文化と言うことが、できないのが、日本の文化であり、それは、病である。

日本の文学は、病にあり、それが、健康的になるのは、何と、太平洋戦争の、敗戦後である。

万葉以後から、千年ほど、日本の精神は、病の中にあった。
それゆえ、もののあわれ、という、心境風景も、生まれた。

怪我の功名は、まさに、千年を掛けて、築き上げられるのである。


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2008年11月04日

もののあわれ315

かのとまりし人々、宮わたり給ひて尋ね聞え給ひけるに、聞えやる方なくてぞ、侘びあへりける。「しばし人に知らせじ」と、君も宣ひ、少納言も思ふ事なれば、せちに口がためやりたり。ただ、「行方も知らず、少納言がいて隠し聞えたる」とのみ聞えさするに、宮もいふかひなう思して、「故尼君も、かしこにわたり給はむ事を、いとものしと思したりし事なれば、乳母の、いとさしすぐしたる心ばせのあまり、おいらかに、わたさむを便なし、などは言はで、心にまかせて、いてはふらかしつるなめり」と、泣く泣く帰り給ひぬ。




若君なき家で、残った女房たちは、宮様の、お越しになっての、お尋ねに、お返事のしようもなく、皆、困惑した。
しばらくは、誰にも、知らせるなと、君も言う。
少納言も、同じ考えである。
固く口止めをして、ただ、どことも知れず、少納言がお連れましたとだけ、申し上げるので、宮も、どうしようもなく、亡くなった尼君も、あちらに、引き移ることを、嫌っていたゆえ、乳母が、考えて、お渡しするのは、困るとは、言わずに、自分の考えで、連れて行ったのであろうと、泣き泣き、お帰りになった。

源氏が、女房たちに、口止めしたのである。そして、乳母である、少納言も、同じ考えである。



父宮「もし聞き出で奉らば告げよ」と宣ふもわづらはしく。僧都の御もとにも尋ね聞え給へど、あとはかなくて、あたらしかりし御かたちなど、恋しく悲しと思す。北の方も、母君を憎しと思ひ聞え給ひける心も失せて、わが心にまかせつべう思しけるに、違ひぬるは、口惜しう思しけり。



父宮は、もし、居所が、わかったら、報せてくれとの、お言葉も、女房たちには、苦しいものであった。
僧都の元にも、お尋ねになったが、手掛かりもない。
惜しい程の、器量なども、思い出されて、恋しく悲しいと、父宮は、思うのである。
北の方も、若君の母を憎いと思っている気持も、消えうせて、思い通りに、育ててみようと、思っていたが、その、当てが外れたので、残念に思う。


違い
たがい、とは、思うこと、うまくいかないという、意味。




やうやう人参り集りぬ。御遊がたきの童女ちごども、いとめづらかに今めかしき御有様どもなれば、思ふことなくて、遊びあへり。君は、男君のおはせずなどして、さうさうしき夕暮などばかりぞ、尼君を恋ひ聞え給ひて、うち泣きなどし給へど、宮をばことに思ひ出で聞え給はず。もとより見ならひ聞え給はでならひ給へれば、今はただこののちの親を、いみじうむつびまつはし聞え給ふ。物よりおはすれば、まづ出で迎ひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りいて、いささか疎く恥づかしとも思ひたらず。さるかたに、いみじうらうたきわざなりけり。



次第に、女房たちが、若君の所に、寄り集まった。
遊び相手の、女の童やも稚児たちも、またとない、珍しい雰囲気、今めかしき、つまり、新しい感覚で、大満足である。
若君は、男君、源氏のことである。が、いらっしゃらない時や、寂しい夕暮れの時などは、尼君を慕い、泣いたりするが、父宮のことを、思い出すこともない。
もともと一緒に暮らしていなかったからか、今は、この後の親、源氏に、すっかり親しんでいる。
源氏が、帰ると、誰よりも、先に出迎えて、嬉しそうに、お話になる。
源氏に抱かれても、嫌がらず、恥ずかしいと、思うこともない。
そうした、遊び相手として、いみじうらうたきわざ、実に可愛らしいのである。




さかしら心あり、なにくれとむつかしき筋になりぬれば、わがここちも、少し違ふふしも出で来や、と心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかの事、おのづから出で来るを、いとをかしきもと遊びなり。むすめなどはた、かばかりになれば、心安くうちふるまひ、隔なきさまに臥し起きなどは、えしもすまじきを、これは、いと様変はりたるかしづきさなり、とおぼいためり。




さかしら心
嫉妬心である。
嫉妬心がつき、何かと、難しい関係になったら、自分の心にも、ぴったりとしないものも、あるかもしれないと、思われる。
相手の女を、恨みもし、それで、思いがけない、離婚ということもある。
これは、しかし、面白い遊びである。
自分の娘でも、これくらいの年になると、気楽に振舞い、馴れ馴れしくすることは、できない。
これは、大変、様変はりたる、かしづきさなり。
つまり、風変わりな、かしづき、秘蔵っ子である。
と、おぼいためり、つまり、と、思ったとか、である。
最後は、作者の、注訳である。


これで、若紫を、終わる。

世界最初の小説に、幼女拉致、偏愛の様が、描かれるという有様である。
兎に角、すべてが初の試みである。
源氏物語にはじまり、源氏物語に終わるという、実に、いつまでも、新鮮な、千年の物語である。

タブーというものを、置かないという意味でも新鮮である。

私は、まだ、誰も発見していない、源氏物語を、見たいと思っている。そして、私の訳は、あくまでも、もののあはれ、という、心象風景を見るためのものであるということである。
訳に、拘る必要はない。
名訳は、多いが、原文には、勿論、適わないのである。
何度も言うが、敬語で、書かれたという意味でも、この物語は、意外性に、溢れている。

紫式部が、扱う物語の人々は、すべて、紫式部より、身分が高いということである。
それも、また、紫式部の、たいした玉であることを、思わせる。

要するに、登場人物を、徹底的に、突き放しているのである。
彼女は、この世に、憂いている。
いつも、心は、憂きことなのである。

日本人の、抑鬱状態をも、最初に発見したのであろう。
そこから、辛うじて、逃れる意味でも、物語の創作が、必要だった。
芸術というものは、そういうことかもしれない。
死ぬまでの、暇潰しの、最良の行為であろう。


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2008年11月05日

もののあわれ316

末摘花 すえつむはな

源氏、十八歳から十九歳である。

思へどもなほ飽かざりし夕顔の露におくれしここちを、年月経れど思し忘れず、ここもかしこも、うちとけぬ限りの、気色ばみ心深き方の御いどましさに、け近くうちとけたりしあはれに似るものなう、恋しく思ほえ給ふ。



思い出し、思い出ししても、飽きることなく、夕顔が露のように、消えてしまったことを、年月を経ても、忘れることができない。
他の女は、気を許さない者ばかりで、気取りや、思慮深さの張り合いである。
夕顔は、親しみがあり、隔てもなかった。あの、可愛い夕顔に、似た者は、いないと、恋しく思い出す。

あはれに似るものなう
いかに、似た者がいないかという、強調である。
それを、あはれ、という言葉で、表現する。

夕顔が、亡くなったことを、露におくれしここちを、と、表現する。
原文は、まさに、名文である。
原文が、そのまま、もののあわれ、というものを、描くのである。




「いかで、ことごとしき覚えはなく、いとらうたげならむ人の、つつましきことなからむ、見つけてしがなし」と、こりずまに思しわたれば、すこしゆえづきて聞ゆるわたりは、御耳とどめ給はぬ隈なきに、さてもやと思し寄るばかりの気配あるあたりにこそは、一行をもほのめかし給ふめるに、靡き聞えずもて離れたるは、をさをさあるまじきぞ、いと目慣れたるや。つれなう心強きは、たとしへなうなさけおくるるまめやかさなど、あまり物の程知らぬやうに、さてしも過ぐしはてず、名残なくくづほれて、なおなおしき方に定まりなどするもあれば、宣ひさしつるも多かりけり。


なんとか、大そうな身分ではなく、可憐な、気兼ねのいらない、人を見つけたいものだと、性懲りも無く、思うのである。
そう、思っているのは、作者である。
こりずまに思しわたれば、とは、作者の意見であろう。
すこしゆえづきて聞ゆるわたりは
何か少しでも、噂があれば、聞き捨てにされないで、云々。
これならと、思われる所には、手紙をやってみる。
それを、振り切る人は、まずもっていないとは、新鮮な思いが、しないのである。と、作者が、顔を出している。
と言っても、すげなく、気の強いのは、言いようも無く、気持の荒い堅苦しさなどは、身の程知らずも、甚だしいが、結局、そのままに通すこともせず、昔の強さは、どこへやらで、妻の座に、片付いてしまう女もいる。
言い寄ったままで、やめることも、多々あった。

このように、源氏を、どうしょうもない男のように、書きつけるのである。
懲りもせずに、色々と、女を物色するのである。

物語の毒は、これである。
性懲りも無く、女を捜し続けるという、男の姿。
更に、一人や二人ではない。数限りない。
そのような男の、姿を、千年前に、物語にするという、根性は、大したものだ。
今も、男は、この闇から、抜けられないでいるし、また、これからも、続くであろう。それを、見抜いた紫式部である。

男の問題は、すべて、ここにある。

散文小説は、源氏物語の、一部をテーマに書かれる。
例えば、江戸時代の、井原西鶴は、そこで、色事のみに、焦点を当てて、書き付けた。
源氏物語を読むことのない、作家というものも、この物語の潜在的、言葉の伝統に、あるのである。

何故なら、漢字かな混じり文の、先駆けが、源氏物語であり、その延長にあるからだ。

源氏物語を、読み通して、なお、小説を書きたいと思うか、否かである。

時代や、設定が、変わるが、問題の質は、変わらない。
矢張り、千年を経た物語だと、言える。



かの空蝉を、物の折々には、ねたう思し出づ。萩の葉も、さりぬべき風の便りある時は、おどろかし給ふ折もあるべし。火影の乱れたりし様は、またさようにても見まほしく思す。おほかた、名残なき物忘れをぞ、えし給はざりける。



かの空蝉とは、ははぎ、のこと。空蝉のヒロインである。
萩の葉とは、空蝉の、継娘で、軒端の萩である。

あの空蝉を、思い出して、癪にさわる時もある。
萩の葉も、適当な時を見つけて、お手紙をやることも、あるだろう。
灯火の光に、見た、打ち解けた姿を、もう一度、見たいものだと、思う。
何事も、忘れることが、出来ない方なのである。
と、作者の、感想である。

源氏の、容姿は、見えないが、源氏という、男のあり様、心のあり様が、次第に、見えてくる。
容姿は、兎に角、美しいの、一点張りである。決して、具体的な、ことは、書かない。
それは、つまり、嘘の話なんですよ、と言っているのである。

この、段の、末摘花は、その容姿を、容赦なく、描く。
その、醜い様を、これでもかと、書く。

女だから、女に容赦なく、書けるというものではない。
更に、源氏の容姿を、曖昧模糊とするのである。
そこに、作者、紫式部の、魂胆がある。

私は、人間の、あはれの様を、描いているのです、よ、という、強烈なメッセージである。
更に、人間のみならず、あはれ、という、風景からは、何物も、逃れ得ないのです、というのである。
私も、その、もののあわれ、というものを、見詰めている。


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2008年11月06日

もののあわれ317

左衛門の乳母とて、大弐のさしつぎにおぼいたるが娘、大輔の命婦とて、内に侍ふ、わかんどほりの、兵部の大輔なる娘なりけり。いといたう色好める若人にてありけるを、君も召し使ひなどし給ふ。母は筑前の守の妻にて、下りければ、父君のもとを里にて行き通ふ。



左衛門の乳母と言って、大弐の尼君に次いで、大切にされている者の娘が、大輔、たゆう、の命婦と呼ばれて、御所にお仕えしている。
皇族の血筋を引く、兵部の大輔である人の、娘である。
まだ若く、中々の発展家であり、君も、お召し使いなさったりした。
母は、筑前の守の妻となり、夫と、一緒に赴任したので、父君の元を里として、御所に通っている。




故常陸の親王の、末にまうけていみじうかなしづき給ひし御娘、心細くて残り居たるを、もののついでに語り聞えれば、あはれの事や、とて、御心とどめて問ひ聞き給ふ。命婦「心ばへかたちなど、深き方はえ知り侍らず。かいひそめ。人疎うもてなし給へば、さべき宵など、ものごしにてぞ語らひ侍る。琴をぞなつかしき語らひ人と思へる」と聞ゆれば、源氏「三つの友にて、今一くさやうたてあらむ」とて、源氏「われに聞かせよ。父親王の、さやうの方にいとよしづきてものし給うければ、おしなべての手にはあらじとなむ思ふ」と、宣へば、命婦「さやうに聞こし召すばかりにはあらずや侍らむ」と言へど、御心とまるばかり聞えなすを、源氏「いたう気色ばましや。この頃の朧月夜に忍びて物せむ。罷でよ」と宣へば、わづらはし、と思へど、内わたりものどやかなる、春のつれづれに罷でぬ。




なき常陸の親王が、晩年にもうけて、大そう可愛がって大事に、育てられた姫君が、父君にも、先立たれて、心細く、暮らしているということを、何かのついでに、申し上げた。
すると、源氏は、気の毒だと、お心が、動き、お尋ねになる。
命婦は、ご性質や、ご器量など、詳しいことは、存じません。ひっそりと、暮らしているようで、誰にも、会いません。
何かの用の時には、夕方、凡帳ごしで、お話されます。
琴のみを、ただ親しいお相手として、思っておいでとか。
源氏は、その琴を、聞かせてくれ。父宮は、音楽に、大そうおたしなみが深くておいでだった。姫君も、並大抵のお手並みではないだろうと、仰る。
命婦は、それほど、お聞きになられるものでも、ございませんでしょう、と言うが、その話し振りは、そそのかすように言う。
源氏は、思わせぶりだ。この頃の、朧月夜に、こっそりと、行ってみよう。お前も、退出せよと、仰せられる。
困ったと、思うが、御所の用事も、特に無い、春の暇な日に、お出掛けになったのである。




父の大輔の君はほかにぞ住みける。ここには時々ぞ通ひける。命婦は、継母のあたりは住みもつかず、姫君のあたりを睦びて、ここには来るなりけり。



父の大輔の君は、よそに住んでいる。ここには、時々、伺うのだが、命婦の継母のいる家には、いずらいゆえに、姫君のお傍を慕って、こちらには、よく来るのだった。



宣ひしもしるく、十六夜の月をかしき程におはしたり。命婦「いとかたはらいたきわざかな、物のね澄むべき夜の様にも侍らざめるに」と聞ゆれど、源氏「なほあなたに渡りて、ただ一声ももよほし聞えよ。空しくて帰らむが、妬かるべきを」と宣へば、うちとけたるすみかにすえ奉りて、うしろめたうかたじけなし、と思へど、寝殿に参りたれば、まだ格子もさながら、梅の香をかしきを見出してものし給ふ。




お言葉通り、十六夜の月の美しい時に、おいでになった。
命婦は、申し訳ないことです。琴の音の冴える夜でありませんが、と、申し上げる。
源氏は、いやいや、あちらにいって、ほんの一曲でも、お勧めしておくれ。このまま、帰るのは、残念だと、言う。
取り散らかしている自分の部屋に、お待ち願うのは、気遣われるし、もったいないことだと思いつつも、姫のおられる、寝殿に上がる。
まだ、格子もそのままに、梅の香りが、ゆかしく漂う庭を、見詰めておいでになるのである。


寝殿とは、主人のいる正殿である。
昼間のままに、格子が、上がっているのである。

源氏は、命婦の部屋に通されたのである。
直接、姫に会わないというところが、奥床しい。




よき折りかな、と思ひて、命婦「御琴の音いかにまさり侍らむ、と思ひ給へらるる夜の気色に、さそわれ侍りてなむ。心あわただしきき出で入りに、え承はらぬこそ口惜しけれ」と言へば、姫「聞き知る人こそあなれ。百敷に行きかふ人の聞くばかりやは」とて、召し寄するも、あいなう、いかが聞き給はむ、と胸つぶる。



よき機会かと思い、命婦は、お琴の音が、どんなに良く聞えることかと思われます、今宵に誘われまして、伺いました。お伺いするたびに、お忙しいようですが、お聞かせいただけず残念ですと、言うと、姫は、音楽に、嗜みの深い人もいることですね。御所に出入りする方に、聞かせる程のものではありませんが、と、琴を召し寄せるのも、どんなものかと、君は、どのように、お聞きになるのだろうと、胸をドキドキさせるのである。

百敷 ももしき、とは、都や、大宮人などにかかる、枕詞であった。
転じて、皇居、御所を指す言葉となる。

当時、琴は、楽器の中で、一番、品格が高いとされた。


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2008年11月07日

もののあわれ318

ほのかに掻き鳴らし給ふ、をかしう聞ゆ。何ばかり深き手ならねど、物の音がらの筋殊なる物なれば、聞きにくくも思されず。いといたう荒れ渡りて、さびしき所に、「さばかりの人の、古めかしう、所狭く、かしづきすえたりけむ名残なく、いかに思ほし残すことなからむ。かやうの所にこそは、昔物語にもあはれなることどももありけれ」など思ひ続けても、「物や言ひ寄らまし」と思せど、「うちつけにや思さむ」と、心恥ずかしくて、やすらひ給ふ。




かすかに、お弾きになる音は、結構に聞える。
第一級のお手並みとは、いかないが、琴の音は、その物自体が、格別のものなので、聞きにくいとも、思われない。
一面、荒れ果てた、寂しい所で、かつては、常陸の宮ほどのお方が、昔風に、仰々しく大事に育てただろう。が、今は、その跡形もなく、姫君は、色々と悩みの多いことだろう。
こんな所でこそ、昔の物語でも、心に染みるものが、感じられるのだ。などと、思い続けて、言葉を掛けたい気持もあるが、不躾であろうと、気後れがするのである。

心恥ずかしく
躊躇う気持。
初心、うぶ、である。
源氏の中には、まだ、初心な気持がある。

あはれなることどもありけれ
人生は、そののみである。
あはれ、なることども、で、満ち溢れている。
思い出は、嬉しいものでも、思い出として、思う時、それは、悲しみがつきまとう。
その、悲しみは、また、愛しみ、とも書く。

歳月は、人の心に、慈しみの心を作る。



命婦かどある者にて、いたう耳ならさせ奉らじと思ひければ、命婦「曇りがちに侍るめり。客人の来むと侍りつる、いとひ顔にもこそ。いま心のどかにを。御格子まいりなむ」とて、いたうもそそのかさで、帰りたれば、源氏「なかなかなる程にても止みぬるかな。物聞き分く程にもあらで、ねたう」と、宣ふ気色、をかしと思したり。源氏「同じくは、け近き程の立ち聞かせさせよ」と、宣へど、心にくくて、と思へば、命婦「いでや、いとかすかなる有様に思ひ消えて、心苦しげにものし給ふめるを、うしろめたき様にや」と、言へば、「げに、さもあること。にはかにわれも人もうちとけて語らふべき人の際は際とこそあれ」など、あはれに思さるる人の程なれば、源氏「なほ、さやうの気色をほのめかせ」と、語らひ給ふ。




命婦は、気の利いた者で、あまり長くは、聞かせない方がいいと思い、空が曇ってきました、実は、お客様が来ることになっていましたが、こうして居まして、わざと避けているように思われましても、また後で、ゆっくりと、お聞かせ下さい。御格子を、下ろしますと、程よいところで、切り上げた。
源氏のところに、戻ると、源氏が、惜しいところで、やめたものだ。良し悪しを聞き分ける間もなく、残念だと、仰る様子は、興味を感じているのである。
同じ聞くのなら、もう少し、近くで、聞きたいものだと、仰るが、命婦は、床しく思われたところで、止めておこうと思う。
いでや、いとかすかなる有様
いえいえ、お心細いお暮らしで、お心も、弱り、可愛そうでございます。
うしろめたき様にや
気が咎めますので。
と言うと、源氏は、そうだな、すぐに気兼ねなく話をする者は、身分の低い者。などと、気の毒に思われる姫の、身の上であると、思う。
源氏は、それでは、私の気持を伝えておくれと、仰る。



また契り給へる方やあらむ、いと忍びて帰り給ふ。命婦「上の、まめにおはしますともてなやみ聞えさせ給ふこそ、をかしう思う給へらるる折々侍れ。かやうの御やつれ姿を、いかでかは御覧じつけむ」と聞ゆれば、たち返り、うち笑ひて、源氏「異人の言はむように、
咎なあらはされそ。これをあだあだしきふるまひと言はば、女の有様苦しからむ」と宣へば、あまり色めいたり、と思して、折々かう宣ふを、恥ずかしと思ひて、ものも言はず。



他に用事でもあるのか、目立たぬように、帰られる。
命婦が、主上が真面目に過ぎますと、案じていましたが、おかしくなってしまう時が、随分ありました。こんなお忍びの姿を、よもやお見かけすることは、ないでしょうと、申し上げると、源氏が、引き返してきて、笑いながら、他の人ならば兎も角、あまりはっきり言うな。私を派手な振る舞いと言うなら、女の浮気は、もっと、見苦しいだろうと、仰るので、命婦は、自分が、尻軽な女だと、時々おっしゃるので、そう思われたと思い、きまり悪く、沈黙した。


命婦の、上というのは、源氏の父、天皇のこと。
主は、源氏が、真面目だと思っているのである。
それなのに、今夜の姿を見たら・・・いや、見ることは、ないでしょうと言う。
そこで、源氏は、やり返すのである。

このような、細やかな、問答を書き綴るという、紫式部の筆である。
見事というしかない。

御やつれ姿
身分を隠して、粗末な衣服を着るということ。

あだあだしきふるまひ
派手な振る舞いで、まめまめしいという、細かな振る舞いの、逆である。

あまり色めいたり
色めき、つまり、恋多き、奔放なという感触、意味の言葉である。

命婦は、源氏に、時々、そのように言われるのだろう。

アメリカ人の、日本文学研究者である、ドナルド・キーン博士は、太平洋戦争の時に、源氏物語を読んで、非常に感動したという。それは、戦争の無い太平の時代の物語があるという、驚きだったという。
確かに、源氏物語には、戦争の場面は、皆無である。

淡々と、貴族社会の、安穏振りを書き綴っているのである。
これを、色恋の物語であると、決め付けてしまい、その価値を見出せなかった人もいる。
ところが、この物語に、流れる、もののあはれ、というものを観た人は、驚嘆したのである。

もののあわれは、こうこうこういうものですという、論理ではなく、物語の中に、書き込んだということである。
そして、それは、日本の文化、精神史に、強く残り、様々な、文化の表現方法が、その、手法で、もののあわれ、というものを、尋ねているという、風情である。

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2008年11月08日

もののあわれ319

寝殿の方に、人の気配聞くやうもや、と、思して、やをら立ちのき給ふ。透垣のただ少し折れ残りたるかくれの方に立ち寄り給ふに、もとより立てる男ありけり。誰ならむ、心かけたるすき者ありけり。と、思して、陰につきて立ち隠れ給へば、頭の中将なりけり。



寝殿の方に、姫のご様子を聞ける術もあろうかと、思いになり、そっと、お出かけになる。
透垣、すいがい、が、わずかに折れ残る、物陰に、お立ちになる。
と、そこに、前から立っている男がいた。
誰か。姫に思いをかけている、好色、好き者がいたのだと、思う。
陰に沿ってお隠れになると、何と、頭の中将である。




この夕つ方、内裏よりもろとも罷で給ひける。やがて大殿にも寄らず、二条の院にもあらで、引き別れ給ひけるを、いづちならむ、と、ただならで、われも行く方あれど、あとにつきてうかがひけり。あやしき馬に、狩衣姿のないがしろにて来ければ、え知り給はぬに、さすがに、かう異方に入り給ひぬなれば、心も得ず思ひける程に、物の音に聞きついて立てるに、帰りや出で給ふ、と、した待つなりけり。



今日の夕方、御所から、一緒に退出されながら、君は、そのまま、大臣邸にも寄らず、二条の院とも、別な方向に行かれたので、何処へ行くのかと、ただならで、いぶかしく思い、自分も、行く先があったが、後をつけて、様子を伺っていた。
粗末な馬に乗り、狩り衣姿の粗末な服装で、後をつけた。
君は、気づかなかったのである。
しかし、こんな、思いもしない場所に、お入りになったこと、納得できないでいた。
琴の音が、漏れてきたので、それに、聞き入っているうちに、君も、お帰りになられるだろうと、心待ちに待っていたのである。



君は、誰とも見分き給はで、われと知られじ、と、ぬき足に歩みのき給ふに、ふと寄りて頭の中将「ふりすてさせ給へるつらさに、御送り仕うまつりつるは、
もろともに 大内山は 出でつれど 入る方見せぬ 十六夜の月

と、恨むるも、ねたけれど、この君と見給ふに、少しをかしうなりぬ。
源氏「人の思ひ寄らぬ事よ」と、にくむにくむ、

源氏
里わかぬ 陰をば見れど 行く月の いるさの山を 誰かたづぬる



君は、まだ、誰なのか、見分けがつかないであろうと察する。そこで、気づかれまいと、抜き足、差し足で、その場を、離れようとすると、男が、すっと寄ってきた。
ふりすてさせ給へるつらさに、後を追ってまいりました。

もろともに おおうちやまは いでつれど いるかたみせぬ いざよいのつき

ご一緒に、御所は、出ましたが、どこかへ隠れてしまいました。
入る方見せぬ
何処へ行く
十六夜の月
源氏のこと

と、からんでくるのが、憎らしいが、なんだ、頭の中将かという気持もある。
少し、おかしくなった。
源氏は、驚いたことをすると、にくむにくむ、憎らしがりつつ、

さとわかぬ かげをばみれど ゆくつきの いるさのやまを たれかたづぬる

あちこちと、歩き回るが、行く先まで、追いかける人がいるだうろか。

陰をば見れど 行く月の 誰かたづぬる
まさか、行く先を、つけてくるとは。

若者らしい、好奇心に満ち溢れている。
暇といえば、暇である。
その時代、その時代に、楽しみは、あったのである。



頭の中将「かう慕ひ歩かば、いかにせさせ給はむ」と、聞え給ふ。頭の中将「まことは、かやうの御ありきには、随身がらこそはかばかしき事もあるべけれ。後らせ給はでこそあらめ。やつれたる御ありきは、軽々しき事も出で来なむ」と、おし返しいさめ奉る。かうのみ見つけらるるを、ねたしと思せど、かの撫子はえ尋ね知らぬを、重き功に、御心のうちに思し出づ。




中将は、こうして、つきまといましたら、どうしますと、言う。
本来ならば、このような、出歩きは、御供次第で、都合よく出来るものです。おいてきぼりに、しないで下さい。お忍び歩きは、間違いも起こります。と、君を、諌める。
いつも、このような、見つけられるのは、ねたしと思せど、しゃくだと、思うが、あの、撫子ばかりは、さすがの中将も、探し出せないのを、我が手柄と、心の内で、思うのである。



中将の嫉妬ともとれる、言動は、おもしろい。
互いに、好色の者だが、また、互いに、好意を持つ者である。

男女の関係と、男同士の関係の、曖昧さが、自然と、滲み出る場面である。

時は、平安時代の、平安とした、時代である。
色好みと、男女の性愛の様々を、描くが、男色に関しては、知らぬ振りをしている。しかし、作者は、随所に、それらを、散りばめている。

この、平安の、性愛の様、江戸時代にまで、続く。
更に、庶民に広がると、それは、江戸元禄の、華やかさになる。
井原西鶴、男色大鑑などの、作品も、出来る訳である。
勿論、好色一代男も、である。

性愛は、戦いを超えるものである。

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2008年11月09日

もののあわれ320

おのおの契れる方にもあまえて、え行き別れ給はず。一つ車に乗りて、月のをかしき程に雲隠れたる道の程、笛吹き合はせて大殿におはしぬ。先駆などもおはせ給はず、忍び入りて、人見ぬ廊に、御直衣ども召して著かへ給ひ、つれなう今来るやうにて、御笛ども吹きすさびておはすれば、おとど、例の、聞き過ぐし給はで、高麗笛取り給へり。いと上手におはすれば、いと面白う吹き給ふ。中務の君、わざと琵琶は弾けど、頭の君心かけたるをもて離れて、ただこのたまさかなる御気色のなつかしきをば、えそむき聞えぬに、おのづから隠れなくて、大宮なども、よろしからず思しなりたれば、物思はしくはしたなき心地して、すさまのじげに寄り臥したり。絶えて見奉らぬ所にかけ離れなむも、さすがに心細く、思ひ乱れたり。




それぞれ、契れる方、つまり、約束の女の所へは、別れて行く気持にならず、一つの車に相乗りして、月が風情を残した、名残の道を、笛を合奏しつつ、大臣邸においでになった。
先払いなどもせずに、そっと入り、人目のない廊下に、直衣などを持ってこさせて、お着替えになり、何食わぬ顔で、今来たばかりのようにして、笛などを吹きなさる。
すると、左大臣は、例によって、聞き流さず、高麗笛を取り出した。大変、上手なので、見事に、お吹きになる。
琴を取り寄せて、御簾の中でも、この道に、嗜む女房たちに、弾かせるのである。
中務の君は、なかつかさの君は、もっぱら琵琶を弾くのだが、中将が思いを寄せているのを、袖にして、ただ、この際の、お見えの優しい君から、離れることが出来ず、それが、自然に出て、大宮なども、けしからぬと、近頃思うので、物憂く、堪らない気持がして、面白くなさそうに、物に寄りかかっている。
全く、お目にかからない所に、行くのも、心細く、思い悩むのである。

中務の君
葵の上付きの、女房である。

大宮
左大臣の北の方。桐壺帝の妹である。
つまり、葵、頭の中将の母になる。

大宮は、頭の中将の、色好みに、けしからんと、思うようで、それでも、源氏の傍には、いたいと思う。よって、不自然な、恰好で、その場にいる。
すさまじげに寄り臥したり
寄りかかって、横になるのか、楽な姿勢でいるのか。


女の所には、行かず、二人で、戻って、何やら、遊ぶという風情が、面白い。




君達は、ありつる琴の音を思し出でて、あはれげなりつるすまひの様なども、やうかへてをかしう思ひ続け、あらましごとに、「いとをかしうらうたき人の、さて年月を重ね居たらむ時、見そめていみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりやわが心もさまあしからむ」などさへ、中将は思ひけり。この君のかう気色ばみありき給ふを、まさにさては過ぐし給ひてむや、と、なまねたうあやふがりけり。




君達は、先ほどの、琴の音を思い出し、寂しそうだった、様子なども、少し変わっていると、趣深く思う。有り得ないことだが、いかにも、美しく、可愛い人が、あのように、年月を重ねて住んでいるとして、愛人として、良い女であれば、人に騒がれるほどに、心も、迷うだろうかと、中将は、思う。
この君が、こんなに、身を入れて、通うのであるから、とても、手に入らないだろうと、何となく、悔しく思うのと、不安に思う。

あらましごとに
有り得ないことである。
見初めていみじう心苦しくは
愛人として、交際する。

気色ばみありき給ふ
源氏の行動である。
身を入れて、通う、つまり、うろつきまわるのである。

まさにさては過ぐし給ひてむや
手に入らないだろうと、思う。そして
なまねたうあやふがりけり
妬ましいと、あやふがり、不安を覚える。

一体、どういうことか。
自分も、手に入れたいが、源氏には、適わない。しかし、源氏が、手に入れて、没頭するのは、それまた、少し不安なのである。

頭の中将も、源氏が好きなのである。

色好みを、行動しているのだが、頭も、源氏が好きで、さて、どうしたらいいのか。
一番、近い道は、源氏と、同じように、色好みを行為して、源氏と、同調するのである。それで、辛うじて、源氏と、同じ波長を持って、源氏と対する。

屈折した、同性愛感情である。

実に、面白い、描き方をする。



その後、こなたかなたより、文などやり給ふべし。いづれも返り事見えず、おぼつかなく心やましきに、「あまりうたてもあるかな。さやうなる住まひする人は、物思ひ知りたる気色、はかなき木草、空の気色につけても、とりなしなどして、心ばせおしはからるる折々あらむこそあはれなるべけれ、重しとしても、いとかうあまりうもたらむは、心づきなくわるびたり」と、中将はまいて心いられしけり。例の隔て聞え給はぬ心にて、頭の中将「しかじかの返り事は見給ふや。こころみにかすめたりしこそ、はしたなくてやみにしか」と愁ふれば、「さればよ、言ひ寄りけるをや」と、ほほえまれて、源氏「いさ、見むとしも思はねばにや、見るとしもなし」と答へ給ふを、人わきしけると思ふに、いとねたし。




その後、お二方とも、手紙を差し上げることになることでしょう、とは、作者の解説。
どちらにも、返事がなくて、気になり、面白くもない。
どうも、ひどい。ああいう所に住んでいる人は、物思い知りたる気色、物に感じる心が、豊かなものだ。木とか、草に、空の有様にも、歌に詠み、女の気立てがあっていいものなのに。重しとしても、慎重に育てられたとしても、引っ込み思案では、面白くないと、頭の中将は、まいて心いられしけり、いらいらしていた。
いつもの、解放した気安さから、あの方の、返事は、御覧になりましたか、試しに、出してみたのですが、取り付く暇もなく、それっきりですと、話すと、源氏は、やっぱり、口説いたんだと、笑う。
さあ、見ようとも思わないし、見たいという、訳でもないし、と、答えると、さては、相手は、分け隔てをしていると、いとねたし、悔しいのである。

しかじかの返り事
かくかく、しかじか、と、内容を省略している。
前後の、関係で、この、しかじかのことが、理解出来る。

色好み、好色の遊びごとの中に、人生を、凝縮して表現した、物語である。
草や、木の如く、人間の、儚さというものを、描きつつ、その心模様に、もののあわれ、というものを、見続けた、紫式部である。

夫、亡き後、子育てをしつつ、死に物狂いで、この物語に、何事かを託した。しかし、それを、特に強調することもない。
ただ、風景に、その気色に、作者のあはれ、というものを、描くのである。


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2008年11月10日

もののあわれ321

君は、深うしも思はぬ事の、かう情なきを、すさまじく思ひなり給ひにしかど、「かうこの中将の言ひありきけるを、言多く言ひなれたらむ方にぞ靡かむかし。したり顔にて、もとの事を思ひ放ちたらむ気色こそ、憂はしかるべけれ」と思して、命婦を、まめやかに語らひ給ふ。



君は、深くも、思っていなかったことが、このように、すげない様子で、興ものらない気持だったが、こんなに、中将が、追っかけている上は、熱心で口達者な人に、靡くことだろう。その時になって、得意顔で、先に言い寄った自分を、袖にしたように思われては、不愉快だと、思う。
そして、命婦に、更に相談するのである。



源氏「おぼつかなう給ふにこそあらめ。さりとも、短き心はえ使はぬものを。人の心ののどかなることなくて、思はずにのみあるになむ、おのづからわが過になりぬべき。心のどこかにて、親兄弟のもてあつかひうらむるもなう、心やすからむ人は、なかなかなむらうたかるべきを」と、宣へば、命婦「いでや。さやうにをかしき方の御笠宿りには、えしもや、と、つきなげにこそ見え侍れ。偏に物づつみし、ひき入りたる方はしも、ありがたうものし給ふ人になむ」と、見る有様語り聞ゆ。源氏「らうらうしうかどめきたる心はなきなめり。いと児めかしうおほどかならむこそ、らうたくはあるべけれ」と、思し忘れず宣ふ。



源氏は、はっきりせずに、よそよそしくしていらっしゃるが、どうも気になる。
浮気者と、疑っていらっしゃるのだろう。
いくらなんでも、移り気な生まれではない。
女が、信頼してくれず、意外な仕打ちをするものだから、ついつい、こちらの、無責任になってしまうこともある。
信頼してくれる女で、面倒な親兄弟もなく、気楽な女なら、かえって、可愛いものと、仰る。
命婦は、いえいえ、歌にあるような、風流なお宿など、そんなことは、考えられないことです。けれども、ただ、はにかんでばかりで、控え目で、ことに関しては、近頃、珍しい方ですと、知っている様子を話す。
源氏は、すました、才走るところはないようだ。あどけなく、おっとりしているなら、それは、可愛そうだと、夕顔のことを、思い出して、言う。



中将への、対抗意識で、女を口説き落とそうとする源氏である。
命婦に、相談するのである。

さやうにをかしき方の御笠宿り
そのような、風流な、宿は、云々。
当時の風流とは、歌に歌われるような、ことであり、現在のそれとは、少し違うと、思われる。

雨が降り、その雨宿りに、人の家の軒先を借りる。すると、そこには、美しい女がいて、恋に落ちる、などという、風情である。

また、木陰で、雨宿りしていると、女が現れて、恋に落ちる。
当時の、出会いの様々な、形を、歌うものに、御笠宿り、という言い方をするのである。

風流という言葉は、後々の言葉である。

雅から、風雅が、生まれ、更に、侘びという、風流に発展する。

次第に、剥げ剥げ落としてゆく過程にある、風流、風情である。
これについては、室町期の文芸の時に、しっくりと、書くことにする。

らうらうしうかどめきたる心
才走ったところのない。すましたところのない。
自然体であるということ。

らうらうしう かどめき 
角めき、であろう。
貴意が高く、気取った女は、現代も多い。
それは、角めきたる、なのである。


わらわ病にわづらい給ひ、人知れぬ物思ひの紛れも、御心のいとまなきやうにて、春過ぎぬ。

おこり病にかかった。
湿疹である。
秘めたる、物思いから、とんでもない間違いをなさり、お心の休まる暇もない有様で、いつの間にか、春が過ぎて、夏を終わった。


人知れぬ物思い
これは、藤壺との、密会のことである。
とんでもない、間違いである。
父帝の愛する女である。

この短い、文に託して、作者は、多くのことを語る。



秋の頃ほひ、静かに思し続けて、かの砧の音も、耳につきて聞きにくかりしさえ、恋しう思し出でらるるままに、常陸の宮にはしばしば聞え給へど、なほおぼつかなうのみあれば、世づかず心やましう、負けてやまじの御心さへ添ひて、命婦を責め給ふ。



秋になり、静かに、思い出に耽りつつ、あの砧の音が、耳について、煩かったことなど、懐かしく思い出されるにつけて、常陸宮の姫君へは、たびだひ、お手紙を上げるが、やはり、一向に、お返事がないのである。
男の気持が、解らないのが、腹立たしく、このまま、引き下がる訳には、いかないと、意地もあり、命婦を責めるのである。

争いのない、平安時代の、貴族の典型的な、遊びの有様を、描く、源氏物語である。

人は、色恋にある時、争いをしない。
人殺しをするより、性愛を、追い求める方が、平和である。
世界最初の小説には、戦争の場面が、一切無いのである。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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