2008年10月27日

もののあわれ307

あられ降り荒れて、すごき夜の様なり。源氏「いかで、かう人少なに心細うて、過ぐし給ふらむ」と、うち泣い給ひて、いと見捨て難き程なれば、源氏「御格子まえりね。もの恐ろしき夜の様なめるを、宿直人にて侍らむ。人々近う侍はれよかし」とて、いと慣れ顔に、御帳の内に入り給へば、あやしう思ひのほかにも、とあきれて、誰も誰も居たり。乳母は、うしろめたなうわりなしと思へど、あらましう聞え騒ぐべきならねば、うち嘆きつつ居たり。



あられが、激しく降り、凄い夜である。
源氏は、どうして、このような少ない人数では、心細い、暮らしを続けて行かれましょうか。と、泣かれて、とても、見捨てては、帰りにくい様子である。
源氏は、御格子を下ろしなさい。不気味な今夜の様子、お泊り番を、勤めよう。皆、傍に寄りなさい。と、仰る。
いつも、し慣れているように、御帳台の中に入りになる。
それは、大変驚くべき、振る舞いである。一同は、呆然とする。
乳母は、気が気でなく、ご無理なことと、思うが、声を荒げて、騒ぐわけにはいかない。溜息を、ついて御傍にいた。


御帳台とは、寝床、ベッドである。
そこに、源氏が入るというのである。
通常は、ゆゆしきことである。
しかし、皆、呆然として、従うしかない。



若君は、いと恐ろしう、いかならむとわななかれて、いとうつくしき御はだつきも、そぞろ寒げに思したるを、らうたく覚えて、ひとへばかりをおしくくみてわが御ここちも、かつはうたておぼえ給へど、あはりにうち語らひ給ひて、源氏「いざ給へよ。をかしき絵など多く、雛遊びなどする所に」と、心につくべき事を宣ふけはひの、いとなつかしきを、幼なきここちにも、いといたうもおぢず、さすがにむつかしう、寝も入らずおぼえて、みじろぎ臥し給へり。



若君は、すっかり、怖がり、どうなることと、身も震えている。
美しい肌も、何やら、寒そうである。
それを、源氏は、可愛く思い、単の衣を着せる。
その行為は、少し変だと思われるが、しみじみとした、お話振りで、こちらに、いらっしゃい、面白い絵もあり、お人形遊びも、出来ますよ。と、若君の、気に入るようなことを、仰る様子が、とても、優しい雰囲気で、子供ながらも、怖がらない様子。
しかし、落ち着かないで、寝られもしないで、もじもじと、横になっている。



若君が、裸であるということがわかる。
ひとへばかりをおしくくみて
肌着を、着せるのであるから、裸でいたということだ。

それに対して、源氏は、
かつはうたておぼえ給へど
と、自分のしていることを、思うと、大変なことをしていると、思うのである。

この辺りは、実に、色っぽいのである。
紫式部は、さらりと、書いているが、裸体の幼女に、源氏が、下着を着せるという行為である。

乳母を、はじめ、女房たちも、唖然某然である。
更に、相手が、身分の高い、源氏の君である。
何も、言えないのである。



夜ひと夜風吹き荒るるに、女房「げに、かうおはせざらましかば、いかに心細からまし。同じくは、よろしき程におはしまさましかば」と、ささめき合へり。乳母は、うしろめたさに、いと近うさぶらふ。風少し吹き止みたるに、夜深う出で給ふも、事あり顔なりや。



一晩中、激しい風が吹きまくるので、女房たちは、本当に、こうして、お出でいただかなかったら、どんなに心細かったことでしょう。お似合いの、お年頃だったらと、ひそひそ、話し合うのである。
乳母は、気にかかり、お傍に、控えている。
風が少し収まったので、夜の深いうちに、お出になる。
どこか、女の所から、お帰りするみたいだ。

事あり顔なりや
とは、作者の感想である。



源氏「いとあはれに見奉る御有様を、今はまして片時の間もおぼつかなかるべし。明け暮れながめ侍る所に渡し奉らむ。かくてのみはいかが。ものおぢし給はざりけり」と宣へば、女房「宮も御迎へになど聞え給ふめれど、此の御四十九日過ぐしてや、など思ひ給ふる」と聞ゆれば、源氏「たのもしき筋ながらも、よそよそにてならひ給へるは、同じうこそ疎うおぼえ給はめ。今より見奉れど、浅からぬ心ざしは勝りぬべくなむ」とて、かい撫でつつ、返り見がちにて出で給ひぬ。



源氏は、まことに、お気の毒な様子です。
これからは、今まで以上に、少しの間も、気がかりです。
朝から晩まで、一人で寂しくしている所から、お連れいたします。
これでは、とても、暮らすことはできないでしょう。
よく、怖がらなかったものです。と、仰る。
女房は、宮様も、邸にお迎え申そうなど仰せになるのですが、こちらの、四十九日を済ませてからにと、考えております、と申し上げる。
源氏は、頼みにすべき、方ではありますが、別々に、お暮らしになっていたゆえに、若君にとっては、私と同じように、よそよそしく、感じられたのでしょう。
昨今の付き合いながら、本当のところ、私の方が、思いは深いものがあります。と、仰り、若君を撫で付けて、振り返り、振り返り、お出になったのである。

明け暮れながめ侍る所に渡し奉らむ
一人でも、大丈夫な所であろう。つまり、自分の所である。
つまり、一人で、寂しくない場所に、である。
このような、原文が、難しいと、感じる。

女房の言う、宮とは、若君の父親のことであり、源氏は、頼りにすべき方というが、自分の方が、一層、情けが深いのだと、言う。

女房たちが、若君が、それなりの年だったら、いいのにと、話すのである。
そうすれば、源氏に面倒を見てもらっても、大丈夫だと。しかし、この年では、どうすることも出来ないと、思っている。

ところが、源氏は、自分の所に、連れて行くということになる。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。