2008年10月26日

もののあわれ306

君は、上を恋ひ聞え給ひて、泣き臥し給へるに、御遊びがたきどもの、女童「直衣着たる人のおはする、宮のおはしますなめり」と聞ゆれば、起き出で給ひて、若君「少納言よ。直衣着たりつらむはいづら。宮のおはするか」とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし。源氏「宮にはあらねど、また思し放つべうもあらず。こち」と宣ふを、はづかしかりし人と、さすがに聞きなして、あしう言ひてけり、とおぼして、乳母にさし寄りて、若君「いざかし、ねぶたきに」と宣へば、源氏「今更に、など忍び給ふらむ。この膝の上に大殿籠れよ。今少し寄り給」と宣へば、乳母の「さればこそ、かう世づかぬ御程にてなむ」とて、押し寄せ奉りたれば、何心もなく居給へるに、手をさし入れてさぐり給へれば、なよよかなる御衣に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに探りつけられたる程、いとうつくしう思ひやらる。手をとらへ給へれば、うたて例ならぬ人の、かく近づき給へるは恐ろしうて、若君「寝なむと言ふものを」とて強ひて引き入り給ふにつきて、すべり入りて、源氏「今はまろぞ思ふべき人。な疎み給ひそ」と宣ふ。




若君は、お祖母様を慕い、寝床で、泣いている。
お相手する者が、直衣を着たお方が、お出でです。宮様が、お出でなのでしょうと、申したので、起き上がり、少納言、直衣を着た方は、どちら、宮様が、お出でなのですかと、言いつつ、近づいてくる声は、実に可愛いのである。
源氏は、宮様ではないが、お疎まれずに、されなくてもいい者です。さあ、こちらへ、と、仰る。
あの方だと、子供ながらも、知っていて、悪いことをしてしまったかのように、乳母にすり寄り、眠いので、行こうよと、仰るので、源氏は、今になって、どうして、隠れようとするのですか。私の膝の上で、お休みなさい。もう少し、傍にいらっしゃいと、言う。
乳母とは、少納言のことである。
こんな訳ですから・・・これ程、わけがわからない様子ですから、と、手で押しやると、押しやられるままに、無心に座っている。
凡帳ごしに、手を入れて、探ると、柔らかな着物の上に、髪がつやつやと、かかり、その裾がふさふさと、手に探り当てられ、さぞかし、可愛いと思われる。
手を掴まえたので、親しくない人が、近寄ってきたと、怖くなったのか、寝ようと、言う。
引き離して、引っ込むのである。
源氏は、今からは、私が可愛がって上げます。嫌がらないで、と言う。


はづかしかりし人
その人の前では、振る舞いが、許される人という意味である。

手をさし入れてさぐり給へれば
源氏と、若君のいる母屋の間に、御簾がかかっている。その間に、手を入れるのである。


なよよかなる御衣
着慣れたもの。仕立て卸したものではない、着物である。



乳母「いで、あなうたてや。ゆゆしうも侍るかな。聞えさせ給ふとも、さらに何のしるしも侍らじものを」とて、苦しげに思ひたれば、源氏「さりとも、かかる御程を、いかがあらむ。なほ、ただ世に知らぬ心ざしの程を、見果て給へ」と宣ふ。



乳母は、まあ、とんでもありません。滅相も無いことです。何を、仰っても、まるで、わかりませんと、困り果てて言う。
源氏は、幾らなんでも、こんな小さな方を、なんとかするものですか。
何度も申し上げますが、私の愛情を、よくよく見てくださいと、仰る。


乳母は、考え過ぎたのだ。
しかし、これは、幼女愛とでもいうのか。
今では、ロリコンである。



ゆゆしうも侍るかな
滅相も無いことです。

こんな、小さな子に、まさか、ということである。
紫式部も、飛んでいるものである。
しかし、当時は、そういうことも、あったということを、知る。
世界最初の、小説に、世界最初の、幼女愛が、語られるとは。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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