2008年10月25日

もののあわれ305

少納言「宮に渡し奉らむと侍るめるを、故姫君の、いとなさけなく憂きものに思ひ聞え給へりしに、いとむげに児ならぬ齢の、まだはかばかしう人のおもむけをも見知り給はず、中空なる御程にて、あまたものし給ふなる中の、あなづらはしき人にてや交り給はむなど、過ぎ給ひぬるも、世とともに思し嘆きつるも、しるき事多く侍るに、かくかたじけなきなげの御言の葉は、のちの御心もたどり聞えさせず、いと嬉しう思ひ給へられぬべき折節に侍りながら、少しもなずらひなるさまにもものし給はず、御年よりも若びてならひ給へれば、いとかたはらいたく侍り」と聞ゆ。



少納言は、宮様のお邸に、お移しするとのことですが、亡き尼君は、なき姫君が、辛く悲しいものと、思った邸へ、まるっきり子供でもなく、さりとて、大人でもない、まだ不安定な年頃では、大勢の姫君の、中での、なぶられ者になりはしないかと、気にして、嘆いて、おりました。
その通りと、思われますことが、多々あります。
このような、恐れ多い、かりそめのお言葉を、後々の、思し召しまでも、考えませんで、まことに、嬉しいことではありますが、ご本人が、釣り合いのとれますような、ふうではなく、お年よりも、子供じみた、お育ちですので、まことに、困りました。と、申し上げる。

実に、難しい、というか、面倒な、話である。と、共に、文章である。
現代訳にするには、面倒臭いのである。

中空なる御程にて
中途半端であるので、ということになる。
子供でもなく、さりとて、大人でもなく、微妙な年頃で、そのー、あのー、云々というのである。

故姫君とは、尼君の娘で、若君の母のこと。

これで、当時の、やり取りの様が、解るというもの。
物言いは、優雅であろう。
時間も、たっぷりある。
情報は、極端に少ない。

源氏物語を理解するということは、あの当時の時間感覚に、立ち戻るということである。

一日、24時間という、現代の感覚では、とうてい想像がつかない。
当時の時間感覚は、現代の、24時間の、倍の時間感覚であろうと、思われる。

私は、源氏物語を、書き写しながら、いかに、生き急いでいるかと、思うのである。
このように、人と会話をしたことがない。




源氏「何か。かう繰り返し聞え知らする心の程を、つつしみ給ふらむ。そのいふかひなき御有様の、あはれにゆかしく覚え給ふも契りことになむ、心ながら思ひ知られける。なほ人伝ならで、聞え知らせばや。

あしかわの 浦にみるめは 難くとも こは立ちながら かへる波かは

めざましからむ」と宣へば、少納言「げにこそいとかしこけれ」とて、

寄る波の 心も知らで 若の浦に 玉藻なびかむ 程ぞうきたる

わりなきこと」と聞ゆる様のなれたるに、少し罪許され給ふ。源氏「なぞ越えざらむ」と、うち諳じ給へるを、身にしみて若き人々思へり。




源氏は、何かと言う。
これは、いえいえ、とか、なんのなんの、とか、大そうなことではないという、意味。
こんなに、重ね重ねて、説明した思いを、なぜ、遠慮されるのか。その、子供じみた様子を、可愛く思う、懐かしく思うのも、特別の縁であろう、と言う。
ここでの、契り、とは、宿縁のような意味合い。
男と女が、契るのは、セックスすることである。和泉式部も、端的に、契りて、と言う。
我ながら、つくづくと、縁の深さを、感じたのです。
矢張り、じかに、申し上げたい。

あしかわの うらにみるめは かたくとも こはたちながら かへるなみかは
若の浦の藻は、少なくても、寄せたままで、返る波ではない。
若君に、お会いできずに、帰れない、帰れようか。である。

あしわか、とは、若い葦のはえている和歌の浦で、若君のこと。
波は、源氏である。
みるめ、とは、見る目と、藻を、懸けるのである。

酷すぎるだろうと、源氏が言うと、少納言は、まことに、恐れ多いことです、と

よるなみの こころもしらで わかのうらに たまもなびかむ ほどぞうきたる

寄せる波の、思いも、知らずに、若の浦の、玉藻が、なびいて、浮いたことと、思いましょう。
ご真意も、確かめずに、仰せに従えましょうか。

困りますことです、と、申し上げる。
その様子は、心得たもので、許す気にもなる。
源氏は、逢わずにおかぬ、という言葉を、若い女房たちは、身に染みて、思うとある。
何故、身に染みて、思うのか。

少納言は、男女の、やり取りを、知り尽くしている。
そのやり取りは、見事である。

源氏も、引かない。
少納言も、うまく対応する。

逢わずにおかないと、源氏は、言う。

女房たちは、源氏の好色に、うずうずする程の、思いなのである。

凄いわーという、ことである。
少女のうちから、育てようとしている。
ある種の、憧れもある。
そこまで、男に、思われたら・・・
本望であろう、女としては、である。

勿論、今の時代であれば、犯罪行為になるのであるが。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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