2008年10月24日

もののあわれ304

忌など過ぎて、京の殿になむ、と聞き給へば、程経て、自らのどかなる夜おはしたり。いとすごげに荒れたる所の、人少ななるに、いかに幼き人、恐しからむ、と見ゆ。例の所に入れ奉りて、少納言、御有様など、うち泣きつつ聞え続くるに、あいなう御袖もただならず。



忌なども、終わり、京の邸に帰ったと、お聞きになったので、しばらくして、ご自身で、お暇な夜に、お出でになった。
とても、凄いと思えるほど、荒れている邸で、住む人も少ないため、どんなに、幼い人は、怖がっているのかと、思う。
先日の席に、お通しして、少納言は、尼君の、臨終の様子を、泣きつつ、申し続けるのである。
源氏は、いつしか、袖も絞るほどに、涙を流すのである。

忌 いみ
忌中を過ぎてということ。
物忌みなどという、言葉もある。

ここで、私の独断の説を言う。
いみ、意味という言葉の、意味とは、何か、である。

意味があるという時、人は、これをすると、こういう、結果が、あるということを、意味が在るという。
また、意味の無い人生は、無いという時の、意味とは、何か。
言葉では、計り知れない意味というものを、言葉で、語り尽くすということは、戦後から、特に強くなった。

無意味とは、何も、結果が、現れないこと。
Aから、Bという、結果があることを、意味という。
無意味とは、何も結果が無い。

この意味づけを、行うことを、哲学するといい、また、意味付けを、思想とも、言う。
しかし、日本には、伝統として、意味のあることは、無いのである。
つまり、無意味なのである。
ただ、行為のみがある。
行為に、意味を、見出す必要は無い。

究極を言えば、人生には、意味が無いとも言える。
意味を求めて、妄想の思想に染まる人の多いこと。

生きるということで、すでに、生きるという、行為を為しているのであり、それ以上を詮索しないのである。
意味を見出せば、意味に捕らわれ、意味に拘る。
意味自体に、実は意味が無いのである。
これが、日本の思想であり、更に西洋の思想というものとは、隔絶し、乖離するのである。西洋思想によって、日本を解釈しては、誤る。

人は、無意味を生きていると、言えば、今時の人は、恐れおののくだろうが、実は、人生には、意味が無いのである。

日本の伝統は、あるがままの、自然に沿い、自然に添って生きること、それ自体で、善しとしたのである。

それを、精神的遺伝子に持っているのである。

例えば、政治を見る。
民主主義であり、選挙によって、議会制民主主義というものを、描いているのだか、それは、アメリカ型の、政治を、真似ているだけで、何も、変わっていないのである。

それは、日本には、革命というものが、歴史に一つも、見えないということからも、解る。
大化の改新や、明治維新は、革命ではない。

身内の争いと、端的に言う。

政治家も、選挙に受かると、それで、政治家であると、思いこむ。
実は、日本人の政治というのは、まつりごと、という言葉で、表されるように、奉り事なのである。
その、主は、天皇である。
天皇の政、奉り事を、継承してきた民族である。

ゆえに、どんなに政治が、乱れても、革命は、起きないのである。
潜在的に、そのようになっている。

お上の考え方から、今もって、抜けていないし、抜けられなくていいのである。
であれば、天皇親政を行うのが、最も理想的なのである。

現在の政治形態を、不満に思っても、諦めるのである。
それが、潜在性の、政治感覚なのである。

諦めるとは、単なる、捨ててしまうのではない。
お上に、お任せするのが、一番良いと、潜在的に思うのである。
だから、政治が、政治家が、今もって、成長、成熟しない。

その良い例が、世襲である。
世襲を、容認する程、日本人は、アメリカ型の民主化というものが、理解出来ないでいる。

戦わずして、和を、貴ぶのは、日本の伝統であるから、一番理想的な、政治形態が、天皇陛下の、お心に、お任せして、粛々と、従うというのが、最も、理想的なのである。

逆に、共産主義などの、革命などは、起こりえないし、成功したならば、日本人という民族は、いなくなる。滅びるということである。

政治家による、政治より、官僚による、政治が、日本では、当然の如くにある。それは、天皇親政のままであることだ。
しかし、現在の官僚は、明治期の官僚と違う。それが、大きな問題なのである。
大臣が、変わっても、特別、大きな違いは無いのは、官僚政治だからである。
それ以上の、政治は、また、無いのである。

だが、象徴天皇を、政治の主にすると言えば、この日本の伝統を、理解出来ない、あるいは、知らない者が、騒ぐのである。
その、騒ぎは、時代と、逆行するというだろう。
実は、それが、時代の最先端を行くのである。

日本の天皇が、欧米諸国に、敬意を表されるのは、その歴史と伝統である。
また、共産国にても、天皇に対する敬意があるという、驚きである。

天皇が、任命する、上院議員と、国民が選挙で、選ぶ下院議員で、日本の政治を、行うと、理想的である。
最後の、承認を天皇が、行えば、国民は、粛々と従うのである。
今の、状態と、何ら変わらないのである。
今も、へんてこりんな、政治に、粛々と従っているのである。

国体を、意識して、政を、行う天皇に、承認されることは、未来の日本にとって、実に、良い事である。
政治家は、今の時代しか、見えない、見ないからである。
しかし、天皇は、2668年の、歴史と、伝統を持って、未来を、見詰めるから、国にとって善いことを、最優先して、決定するのである。

最も理想なのは、天皇は、金に目が眩むことがないという、ことも、その一つである。

私は、そう思うのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第7弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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