2008年10月05日

神仏は妄想である 164

鎌倉仏教の祖師たちは、日蓮をはじめとして、法然、親鸞、道元と、経典の勝手な解釈、勝手な妄想により、新宗教を立てたということ、明確である。

「独自の読み」といえば聞えはいい。だが実態は主観に基づいた顕示欲の何物でもない。先にも述べたが、私たち日本の思想を論ずる際に、しばしば、いわゆる新仏教をその代表としてとりあげてきた。だが、これまであげた例から知られるように、彼らの理論はその根本において、現代人の目からすれば、到底容認しえないような飛躍と恣意に満ちているのである。
佐藤弘夫

佐藤氏は、本覚論と、新仏教の関係が、異質であるといっても、その自己の主観に基づいて、典籍を自由に読み替え、論理のギャップ、すなわち、矛盾を信念によって、埋めようとする姿勢は、同じものではないかという。

中世自体が、異様な雰囲気を、醸し出す時代である。
極端な、主観主義が、まかり通ったのである。
であるから、彼ら、新仏教の始祖たちは、堂々と、主観と、信念で、押し通したのである。

中世は、偽書まみれである。
ここでは、それを、取り上げている暇は、無いが、その偽書を根拠として、鎌倉仏教の発生もあると、言う。

一つだけ、オマケに、書く。
本覚讃と呼ばれる、中には、繰り返し理容された、詩句が多い。
その中で、最も、愚かしい詩句である。

女人は地獄の使なり よく仏の種子を断つ
外面は菩薩に似て 内心は夜叉のごとし

女は、地獄の使いである。男を誘惑して、仏になるための、種を断つというのである。
凄まじいばかりの、女性蔑視、男性中心主義である。

その反面、大寺院の僧たちは、妻子を持つという、愚劣ぶりであるから、手に負えない。
親鸞が、妻帯する以前から、本音と、建前として、本音は、妻を持ちセックス三昧を繰り返していた僧たちも、数多い。
親鸞は、それに比べて、まだ、真面目に、女犯に、取り組んだのである。

この、根拠なき、偽書などを、日蓮も、日蓮遺文に、よく引用しているのである。

偽作された、片言隻語は、数多くあり、中世では、当たり前だった。
その、偽作された言葉が、独り歩きして、当然の時代だというから、驚く。

何故、中世は、そんな時代になったのかは、学問としての、仏教の書物が、平安期まで、どんどんと流れてきて、それを、咀嚼するのに、時間がかかったが、中世、おおよそ、12世紀から、一般的に仏教が広がり、学問というより、信仰に重きが置かれてきたからである。

大陸から、もたらされた、情報では、追いつかなくなったのである。
更に、伝統的、官寺の仏教は、大衆に応えることが、出来ないレベルだったということもある。

実存的レベルでの、救済という、言葉を使う研究家もいる。
救済を、大衆が欲したのか。
それが、問題である。

大衆は、教えられて、救済があるということに、気づくのである。
それは、余計な妄想であった。
しかし、当時の時代性が、求めたと、考えることにする。

そこで、仏教の原点に立ち返ろうとした、仏教者たちが、膨大な教学体系を飛び越えて、ストレートに、本仏に向かったと、分析するのだが。
要するに、直接、仏に尋ねるという、とんでもないことを、思いついたのである。
勿論、妄想である。

そして、我は聞いた仏の声と、言葉をということになる。

更に、中世、平安後期になると、中国に出掛ける留学層もいたが、初期の頃とは、打って変わる。
学ぶだめではなく、由緒ある、遺跡を巡礼して、そこで、仏に逢うことだった。
平安初期まで、続いた、学ぶための、仏教が、信仰を強固にするための、ものになっていった。

中世は、異常事態が発生したということである。

一つだけ、象徴的な言葉を、紹介する。
垂迹という、言葉である。
本地垂迹などといわれて、例えば、天照大神は、大日如来の、化身であるという、考え方である。
本地が、どこで、垂迹が、どこかという、テーマが、目白押しだった。
それは、空海から、はじまる、考え方である。
いずれ、書く。

中世は、この、垂迹思想が、花盛りであった。
神仏混合の、真っ只中の、時代だった。
神に、読経するのも、当たり前である。
その神の後に、仏がいるのである。

古来からの、神々は、他界の仏が、衆生を浄土に導くために、顕現した、垂迹であると、考えたのである。
それは、なんと、仏像などの、モノにも、当て嵌められた。

仏像信仰も、当然容認された。
それ自体が、仏の化身なのである。

しかし、そのこと自体も、鎌倉仏教の始祖たちは、否定した。
仏に直結する、我が教えなのである。
当然、既成仏教界からは、迫害を受けるのである。

国の仏教から、大衆、民の仏教へと、変転する様である。
ここの、時代性を見つめて、彼らを検証しなければ、本当の意味で、理解出来ないと、共に、現代には、それは、終わった思想であるということである。
更に、私が言うように、神仏は、妄想でなのである。

鎌倉仏教の始祖たちが、作り上げた、仏の観念や、救いの観念は、すでに、無いものである。
彼らが、信じきった、仏典や、その他諸々の、偽書から、作り上げた、教えなるもの、最早、その核心が、誤りであることが、解ったのである。

ファンタジーであった。
一見に値する、思想ではあろうが、別段、特別に知ることもない。
文学として、評価するのであり、宗教、信仰として、受け入れるべきものではないのである。
ホント、お疲れ様でした、という、ところである。



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2008年10月06日

神仏は妄想である 165

日蓮を書いている。
日蓮を信仰の中心にしている人には、私が、読み込みが浅く、浅はかであると、言うだろう。

しかし、実は、私が宗教家で、最も、一番最初に、敬意を表し、その様を真似たのが、日蓮である。

小学四年生だった。
学校の図書館から、本を借りることが出来る、学年になり、早速、私は、図書館から、本を借りる。
その最初が、世界の偉人伝である。
四年生用という、本棚から、借りるのである。

そこで、日蓮の伝記を、読んだ。
感動した。
なんて、強い人だろう。迫害の場面では、手に汗握り、日蓮のために、題目を唱えた。すると、私の題目によって、日蓮は、迫害を、物ともせずに、超えて行く。
であるから、私が題目を、唱え始めたのは、10歳からである。
それ以後、唱え続けた。

カトリックの洗礼を、受ける日の前日の、夜の夢は、忘れない。
一人の僧が現れて、私に、本当に洗礼を受けるのかと、問う。
受けるというと、それでは、と、私を、地獄の場に連れて行き、その様を見せた。

地獄についての、知識はなかった。しかし、それが、地獄の場であることを、知っていた。
不思議な夢だった。
その、僧は、一度だけ出て来た。

夢である。

単なる夢である。

それから、私は、カトリック、キリスト教の思想を、六年間に渡り、学ぶことになる。それは、徹底していた。
徹底的に、キリスト教というものを、学んだ。そして、唯一これこそが、人類の救いであると、信じた。

更にである。
青年期特有の、憂鬱ぎみの心に響いたのが、仏教であった。
宗派ではない。仏教なのである。
浄土経典、真言宗系、曹洞宗、道元の修証儀などは、いつも、読んでいた。というより、読経していた。

般若心経を、百日絶えず、唱え続けていたこともある。
勿論、法華経も、ことあるごとに、唱えた。
先祖供養と証して、一人で、唱えていた。
家は、浄土宗であるが、何でも、唱えた。

更に、他宗教の、経典、新興宗教の経典なるもの、大半を読破した。

比較検討するのではない。
そのまま、素直に受け入れるのである。

今は、大半を捨てたが、世界統一教会、モルモン経典、ものみの搭、更に、新宗教として、登場した、多くの出版物を読んだ。
オウム真理教の、本も、読んだ。
幸福の科学は、一時期、流行して、どんどんと、本が入ってきた。

そして、衝撃だったのは、昔の言い方を、すれば、心霊である。
霊的能力者の存在である。
テレビ番組で、霊媒にかかった、霊との、会話もした。
それは、私には、衝撃だった。
それを、真とするか、偽とするかは、今は、書かない。

死んでからも、漂う霊の存在に、衝撃を受けた。
更に、読経をすることによって、それらの霊が、上昇する、浄化するということである。
勿論、中には、それをも拒み、そこに、自縛する霊もいた。

人間とは、何か。
深夜、考え続けた時期がある。
死んでも、死んでいない人間の、魂。

およそ、二十年間の、札幌生活を捨てて、鎌倉に転居した。
意味は無い。
ただ、鎌倉に住むというだけのことである。

その三年間の、地獄の日々は、今も、思い出すのを、嫌悪する。

パニック障害と、抑鬱の合併症に、一日を生きることが、綱渡りのような、日々だった。
それなのに、私は、一日、四五時間、鎌倉を歩いた。
勿論、日蓮ゆかりの地にも、出掛けた。

辻説法の場所は、通り道だった。

これを書くと、長くなるので、ここで省略する。

仏の滅度したまへる後の、恐怖の悪世の中において、我らまさに広く説くべし。諸々の無智なる人の、悪口し罵詈する等、及び刀杖を加ふる者あらんも、我らみなさまに忍ぶべし。
日蓮

法華経を広めることは、迫害を受けることであると、信じた日蓮である。
迫害されることは、それが、真実のものであるから、だと。

末法思想という、根拠無き、思想によって、危機感を募らせる。更に、正法が行われないから、国が乱れ、天災が起こり、他国の侵入がある等々。

独断と偏見は、免れない。
自業自得を、これ仏の云々と、やると、手がつけられないのである。

日蓮なくば誰か法華経の行者として仏語を助けん。
日蓮

どうして、ここまで、イッだの。
イッてしまったのだ。

彼は、仏、つまり、仏陀に代表される、仏を知っていたのか。
日蓮の仏は、日蓮だけのものである。
日蓮の仏が好きな人は、それで、いい。
しかし、法然の、親鸞の、道元の仏が、好きな人もいる。
それは、性格である。
更に、仏という存在を置かずに、死ぬ人も多い。

日蓮は、自分以外の仏を、奉ずる者を、地獄に落ちるという。
多くの、日蓮に関する、著作を読むが、皆々、日蓮の凄さ、素晴らしさ、その、仏法の有り様を、評価する。

私は言う。
あれは、日蓮だけのための、仏の思想である。

日蓮が、生きるために、必要だった、日蓮の仏観である。

私は、日蓮の思想、政治に関する考え方、宗教論は、いらない。
ただし、私が、日蓮を、評価することが、一点だけある。

それは、手紙である。
信者に向けた、手紙に、表の、日蓮ではない、実に、温かい人柄の、日蓮がいる。

そのようにしか、生きられないことは、理解したが、その思想は、妄想である。
日蓮の描く、仏というものは、無い。
完全なる、妄想である。
何となれば、法華経とは、架空のお話である。

そこのみから、なにがしかの思想を、築く者、多数。
多数というより、甚だしき数である。

ハリーポッターを、利用して、思想を作るのである。それに、似る。
ちなみに、大乗仏典は、すべて、そうである。
更に言えば、宗教経典は、すべて、そうである。

人間が想像した、幻想のお話である。
文学として、対処するのが、真っ当な感覚である。
拝む、祈る、など、とんでもない、暴挙である。

どうしても、拝むもの、祈るものが、欲しい人は、自然に拝み、祈るべきである。
神仏によって、生かされて生きるのではない。
人間は、自然によって、生かされて、生きるのである。

神の言葉など無い。
それは、幻聴であり、精神異常である。

鎌倉仏教の始祖たちは、幻聴を聞いたのである。
精神異常である。
そして、それは、時代性である。

今の時代には、通用しない。

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もののあわれ286

尼君

おひ立たむ ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えむ空なき

また居たるおとな、「げに」とうち泣きて
女房

初草の おひ行く末も 知らぬ間に いかでか露の 消えむとすらむ

と聞ゆる程に、僧都あなたより来て、僧都「こなたはあらはにや侍らむ。けふしも端におはしましけるかな。かの上の聖の方に、源氏の中将の、わらはやみまじなひにものし給ひけるを、只今なむ聞きつけ侍る。いみじうしのび給ひければ、知り侍りながら、御とぶらひにもまうでざりける」と宣へば、尼君「あないみじや、いとあやしき様を人や見つらむ」とて、簾おろしつ。



尼君
これから育つ、若草を残して、露は消えてゆく。そんな消え行く空は、どこにもありません。
そこに居た女房が、本当ですと、言いつつ泣く。
初草が、生長していく先も解らず、どうして、露は、消えてしまうのでしょう。
と、申し上げるうちに、僧都がやってきて、ここは、外から、丸見えです。今日にかぎって、尼君は、端近くに出でて、おいでになります。この上の、聖の坊に、源氏の中将が、おこりの、まじないに、お出でになったことを、たった今、聞き付けました。
源氏の君は、たいそうなお忍びでいらして、私は知らずにいて、お見舞いにも、伺っていません。と、仰るので、尼君は、まあ、大変なこと。たいそう見苦しい様を、誰かが、見ていなかったのかと、御簾を、下ろした。



僧都「この世にののしり給ふ光る源氏、かかるついでに見奉り給はむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の愁忘れ、よはひのぶる人の御有様なり。いで御消息聞えむ」とて立つ音すれば、帰り給ひぬ。


僧都が、今、世間で、評判の高い光源氏を、こうした機会に、見申し上げませんか。世を捨てた法師の心にも、世を忘れ、寿命も延びるほどの、君のご様子です。さて、ご挨拶を、申し上げましょう。と、立つ音がするで、源氏は、その場から、離れて、帰られた。



源氏を、一目見ようと、法師が言う。
それは、世を忘れ、寿命も延びるほどの、美しい源氏だというのである。
しかし、作者は、源氏を、ただ、光るばかりに、美しいとしか、書かないのである。



「あはれなる人を見つるかな。かかればこの好きものどもは、かかるありさまをのみして、よくさるまじき人をも見つくるなりけり。たまさかに立ち出づるだに、かく思ひの外なる事を見るよ」と、をかしうおぼす。「さても、いとうつくしかりつるちごかな。なに人ならむ。かの人の御かはりに、明け暮れの慰めにも見ばや」と思ふ心、深うつきぬ。



源氏は、あはれなる人を見つるかな、と思う。
この場合は、可愛い女童を見たことをいう。
こんな具合だから、あの色好みの者たちは、しきりに、忍び歩きをして、よくも、めったに見つけられそうにもない、女を見つけ出すのだ。私は、たまたま、出掛けただけなのに、このような、思いがけなく、出会うものだと、興味深く思うのである。
しかし、それにしても、可愛らしい子であった。
どんな人であろうか。あのお方の、身代わりとして、朝夕の、心の慰めに、あの子を、眺めたいものだと、思う。その心、実に、深いものであった。


かの人の御かはり、とは、藤壺のことである。
この時、源氏は、女の子と、藤壺が、血のつながるものだとは、知らない。

それにしても、紫式部は、とんでもない、ストーリィーを、思いついたものである。
源氏物語は、彫刻のように、出来ている。
全体の姿を、頭に入れて、それを、コツコツと、仕上げる様子に、描いてゆくのである。


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神仏は妄想である 165

日蓮を書いている。
日蓮を信仰の中心にしている人には、私が、読み込みが浅く、浅はかであると、言うだろう。

しかし、実は、私が宗教家で、最も、一番最初に、敬意を表し、その様を真似たのが、日蓮である。

小学四年生だった。
学校の図書館から、本を借りることが出来る、学年になり、早速、私は、図書館から、本を借りる。
その最初が、世界の偉人伝である。
四年生用という、本棚から、借りるのである。

そこで、日蓮の伝記を、読んだ。
感動した。
なんて、強い人だろう。迫害の場面では、手に汗握り、日蓮のために、題目を唱えた。すると、私の題目によって、日蓮は、迫害を、物ともせずに、超えて行く。
であるから、私が題目を、唱え始めたのは、10歳からである。
それ以後、唱え続けた。

カトリックの洗礼を、受ける日の前日の、夜の夢は、忘れない。
一人の僧が現れて、私に、本当に洗礼を受けるのかと、問う。
受けるというと、それでは、と、私を、地獄の場に連れて行き、その様を見せた。

地獄についての、知識はなかった。しかし、それが、地獄の場であることを、知っていた。
不思議な夢だった。
その、僧は、一度だけ出て来た。

夢である。

単なる夢である。

それから、私は、カトリック、キリスト教の思想を、六年間に渡り、学ぶことになる。それは、徹底していた。
徹底的に、キリスト教というものを、学んだ。そして、唯一これこそが、人類の救いであると、信じた。

更にである。
青年期特有の、憂鬱ぎみの心に響いたのが、仏教であった。
宗派ではない。仏教なのである。
浄土経典、真言宗系、曹洞宗、道元の修証儀などは、いつも、読んでいた。というより、読経していた。

般若心経を、百日絶えず、唱え続けていたこともある。
勿論、法華経も、ことあるごとに、唱えた。
先祖供養と証して、一人で、唱えていた。
家は、浄土宗であるが、何でも、唱えた。

更に、他宗教の、経典、新興宗教の経典なるもの、大半を読破した。

比較検討するのではない。
そのまま、素直に受け入れるのである。

今は、大半を捨てたが、世界統一教会、モルモン経典、ものみの搭、更に、新宗教として、登場した、多くの出版物を読んだ。
オウム真理教の、本も、読んだ。
幸福の科学は、一時期、流行して、どんどんと、本が入ってきた。

そして、衝撃だったのは、昔の言い方を、すれば、心霊である。
霊的能力者の存在である。
テレビ番組で、霊媒にかかった、霊との、会話もした。
それは、私には、衝撃だった。
それを、真とするか、偽とするかは、今は、書かない。

死んでからも、漂う霊の存在に、衝撃を受けた。
更に、読経をすることによって、それらの霊が、上昇する、浄化するということである。
勿論、中には、それをも拒み、そこに、自縛する霊もいた。

人間とは、何か。
深夜、考え続けた時期がある。
死んでも、死んでいない人間の、魂。

およそ、二十年間の、札幌生活を捨てて、鎌倉に転居した。
意味は無い。
ただ、鎌倉に住むというだけのことである。

その三年間の、地獄の日々は、今も、思い出すのを、嫌悪する。

パニック障害と、抑鬱の合併症に、一日を生きることが、綱渡りのような、日々だった。
それなのに、私は、一日、四五時間、鎌倉を歩いた。
勿論、日蓮ゆかりの地にも、出掛けた。

辻説法の場所は、通り道だった。

これを書くと、長くなるので、ここで省略する。

仏の滅度したまへる後の、恐怖の悪世の中において、我らまさに広く説くべし。諸々の無智なる人の、悪口し罵詈する等、及び刀杖を加ふる者あらんも、我らみなさまに忍ぶべし。
日蓮

法華経を広めることは、迫害を受けることであると、信じた日蓮である。
迫害されることは、それが、真実のものであるから、だと。

末法思想という、根拠無き、思想によって、危機感を募らせる。更に、正法が行われないから、国が乱れ、天災が起こり、他国の侵入がある等々。

独断と偏見は、免れない。
自業自得を、これ仏の云々と、やると、手がつけられないのである。

日蓮なくば誰か法華経の行者として仏語を助けん。
日蓮

どうして、ここまで、イッだの。
イッてしまったのだ。

彼は、仏、つまり、仏陀に代表される、仏を知っていたのか。
日蓮の仏は、日蓮だけのものである。
日蓮の仏が好きな人は、それで、いい。
しかし、法然の、親鸞の、道元の仏が、好きな人もいる。
それは、性格である。
更に、仏という存在を置かずに、死ぬ人も多い。

日蓮は、自分以外の仏を、奉ずる者を、地獄に落ちるという。
多くの、日蓮に関する、著作を読むが、皆々、日蓮の凄さ、素晴らしさ、その、仏法の有り様を、評価する。

私は言う。
あれは、日蓮だけのための、仏の思想である。

日蓮が、生きるために、必要だった、日蓮の仏観である。

私は、日蓮の思想、政治に関する考え方、宗教論は、いらない。
ただし、私が、日蓮を、評価することが、一点だけある。

それは、手紙である。
信者に向けた、手紙に、表の、日蓮ではない、実に、温かい人柄の、日蓮がいる。

そのようにしか、生きられないことは、理解したが、その思想は、妄想である。
日蓮の描く、仏というものは、無い。
完全なる、妄想である。
何となれば、法華経とは、架空のお話である。

そこのみから、なにがしかの思想を、築く者、多数。
多数というより、甚だしき数である。

ハリーポッターを、利用して、思想を作るのである。それに、似る。
ちなみに、大乗仏典は、すべて、そうである。
更に言えば、宗教経典は、すべて、そうである。

人間が想像した、幻想のお話である。
文学として、対処するのが、真っ当な感覚である。
拝む、祈る、など、とんでもない、暴挙である。

どうしても、拝むもの、祈るものが、欲しい人は、自然に拝み、祈るべきである。
神仏によって、生かされて生きるのではない。
人間は、自然によって、生かされて、生きるのである。

神の言葉など無い。
それは、幻聴であり、精神異常である。

鎌倉仏教の始祖たちは、幻聴を聞いたのである。
精神異常である。
そして、それは、時代性である。

今の時代には、通用しない。

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2008年10月07日

もののあわれ287

うち臥し給へるに、僧都の御弟子、惟光を呼び出でさす。ほどなき所なれば、君もやがて聞き給ふ。僧都「過りおはしましける由、唯今なむ人申すに、驚きながら候ふべきを、なにがしこの寺に籠り侍りとはしろしめしながら、忍びさせ給へるを、憂はしく思ひ給へてなむ。草の御むしろも、この坊にこそまうけ侍るべけれ。いと本意なきこと」と申し給へり。



横になっていると、僧都のみ弟子が、惟光を、取次ぎを通じて、呼び出した。
広くないところであるから、源氏の耳にも、話し声が聞える。
僧都は、お通りの由、ただいま初めて、人より、承りました。
取次ぎ、急ぎ参上いたすところ、拙僧、この寺に籠もりおりますことは、ご存知でいらせられながらも、ご内密に遊ばしたこと、お怨みに存じまして、差し控えたことです。
旅のお宿も、当寺に、ご用意したしましょう。残念至極の儀との、ご口上である。

憂はしく思ひ給へて
怨みますというのは、二人が、親しい関係なのである。
水臭いと言うのである。

草の御むしろ
藁である。草を敷いた御座所というところである。粗末な、寝床である。



源氏「いぬる十よ日の程より、わらはやみにわづらひ侍るを、度重なりて耐へ難く侍れば、人の教へのままに、にはかに尋ね入り侍りつれど、かやうなる人の、しるしあらはさぬ時、はしたなかるべきも、ただなるよりはいとほしう思ひ給へつつみてなむ、いたう忍び侍りつる。今そなたにも」と宣へり。



源氏は、惟光を、通して、去る十日ほどから、おこりに、悩みまして、何度も、発作を起こし、苦しくて我慢が出来ずに、人の教えに任せて、急に、ここまで訪ねて来ました。
これほどの人が、祈祷をしても、効き目がなかったのは、間の悪さもあり、気の毒と、思いまして、遠慮しました。
それで、隠していたのです。
いずれ、そちらに、参りましょうと、仰った。


ただなる人よりは
普通の行者より。
自分が訪ねる程のことだった。



すなはち僧都参り給へり。法師なれど、いと心はづかしく、人がらもやんごとなく、世に思はれ給へる人なれば、軽々しき御有様を、はしたなうおぼす。かく籠れる程の御物語など聞え給ひて、僧都「同じ柴の庵なれど、すこし涼しき水の流れも御覧ぜさせむ」と、切に聞え給へば、かのまだ見ぬ人々に、ことごとしう言ひ聞かせつるを、つつましうおぼせど、あはれなりつる有様もいぶかしうて、おはしぬ。



折り返して、僧都が、お伺いに来た。
法師ではあるが、たいそう気がおけて、人柄も高いと世間から思われている人であるから、君は、ご自分の、気軽な様子を、きまり悪く思われる。
僧都は、こうして、籠もっている、間のお話をして、わたくしも、同じ柴の庵ですが、少しは、涼しく、泉の流れもございますので、お目にかけましょうと、しきりに、言うのである。
それでは、あの、まだ、自分を見たことのない人々に、仰々しく話して聞かせたことを、恥ずかしく思われるが、可愛らしくいた、女の子の様子も、気がかりで、お出かけになった。


僧都が、先ほど、自分のことを、尼君たちに、話したことを、思い出し、源氏は、恥ずかしく思うのである。
しかし、興味もあり、出向くことにした。


ここで、身分というものの、感覚が解る。
最初は、取次ぎの者が、口上を述べる。そして、次に、本人が現れて、お話する。
それも、兎に角、取次ぎが、必要なのである。
すぐに、直接、言葉を、交わすことは無い。

お連れの者を、通して、まず、対話が始まるのである。
奥床しさである。

礼儀、所作として、それを、皆、身につけていたのである。
手順である。

実は、目上の人に、目を見て、真っ直ぐ話すというのは、失礼なことである。
静かに、視線を下に向けて、目上の人の言葉を聞く姿勢が、好まれる。

目を見て、真っ直ぐに話せというのは、欧米の礼儀作法を、真似てからである。
あちらは、堂々と、自己主張しなければ、成り立たない社会なのである。
しかし、国際化である。
国を出たら、そのようにしなければ、ならない。
言うべきことは、言うという、姿勢が、国際化の、第一歩である。
しかし、日本人としては、実に、しんどい、作法である。

場の空気で、日本人は、察するという、能力に冴える。
だが、あちらでは、それが通用しない。
言葉に、しなければ、解らないのである。

空間の美学というものが、日本美学にはある。
それは、人間関係にも、あるのだ。

日本人が、相手の目を見て話す時は、命をかける時である。
武士ならば、刀に手をかける時である。

源氏物語は、身分の高い方に対して、すべて敬語で、書かれている。
私の訳は、それを、時に無視している。
であるから、源氏物語を、読めば、自然に、敬語の語感を、知ることになる。

古語の語感てあるが、それは、敬語の基礎である。
語感というものに、言葉の意味があることを、日本人は知っていた。
光る源氏という、言い方は、敬語なのである。
光るが、尊敬語になっている。尊称になっている。

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神仏は妄想である 166

浄土宗は、釈迦の分身の阿弥陀仏を有縁の仏と思ひて、救主を捨てたり。禅宗は、下賎の者、一分の徳有りて父母を下ぐるがごとし。仏をさげ、経を下す。これ皆、本尊に迷へり。
日蓮

日蓮は日本国の棟梁なり。予を失ふは日本国の柱を倒すなり。只今に自界反逆難とて、どうしうちして、他国侵逼難とて、この国の人々他国に打ち殺さるるのみならず、多くいけどりにせらるべし。建長寺、寿福寺、極楽寺、大仏、長楽寺等の一切の念仏者、禅僧等が寺搭をば焼きはらひて、彼らが頸を由比の浜にて切らずば、日本国必ずほろぶべし。
日蓮

これは、真っ当な感覚か。

仏法と、言いつつ、頸を刎ねろとは、恐れ入る。
日蓮は、完璧に、仏法というものを、知らないのである。

仏陀の、教えを知らない者が、平気で、仏法を語ることが、出来る時代性だったといえる。

勿論、頸を刎ねられることになったのは、自分である。
そして、それを、今度は、だから、我は、正しい。
迫害があるから、こそ、法華経の行者たるものと、言う。

ここ、ここに至ると、弁明の余地なし。

何故、このように、なったのか。
つまり、イッてしまったのか。
精神分析が必要である。

それは、省略する。

ともかく、これを、始祖として、日蓮宗なる、教団があるということであり、更に、新興宗教系には、この日蓮の、考えを継ぐ者が多い。

更に、である。
日蓮教学というから、笑うしかない。

だから、私は、これに、引き続き、長くなるが、法華経というものを、見ることにする。
その前に、日蓮の別の顔を、見ることにする。
そこに、だけ、日蓮の人間性が、ある。

手紙である。
象徴的な、文を載せる。

人は生まれて死するならひとは、智者も愚者も上下一同に知りて候へば、始めてなげくべし、おどろくべしとはをぼえぬよし、我も存じ、人にもをしへ候へども、時にあたりて、ゆめかまぼろしか、いまだわきまへがたく候。まして母のいかんがなげかれ候らむ。

弔いの言葉である。
実に、情に篤く、悲しみを共に悲しむ人かと、思う。
日蓮の、手紙は、見事であり、そして、大和言葉である。

身延入山後の生活は、凍死、餓死の危険もあった。
その時、信者からの供養を受けて、餅九十枚、山芋五十本を送られた時の手紙である。

去年の十一月より冬積もりて、山里路たえぬ。年返れども、鳥の声ならでおとづるる人なし。友にあらずば誰か問ふべきと心細くして過し候ところに、元三の内に、餅九十枚、満月の如し。心中も明らかに、生死の闇も晴れぬべし。あはれなり、あはれなり。

日蓮の信仰は、本当は、こうだったと、思えるのである。

始祖たちが、結局、大和心に、戻り、仏法というものを、理解したと、私は、考える。
つまり、鎌倉という、舞台で、皆々、それらを、演じたのである。

更に、日蓮の、面目が、自己反省の文にある。

日蓮も又かく責めらるる先業なきにあらず。・・・
日蓮今生には貧窮下賎の者と生まれ、センダラが家より出たり。心にこそすこし法華経を信じたる様なれども、身は人身に似て畜身なり。

法華経の行者は誰なるらむ。求めて師とすべし。

センダラとは、漁師の家である。

ここを見ると、日蓮は、イッてはいたが、正気であったと、思える。

何度も言うが、結局、大和言葉による、文になると、皆々、正気を、取り戻すことである。
つまり、漢語の、漢籍に、やられたということである。
何やら、あたかも、重大なことのような、気分になるという。

私の好きな、手紙の言葉は、
まず臨終を習いて、後に、侘事を成すべき
である。
つまり、死ぬ者であることを知り、その後、人生の諸相を生きるべきだという。

つまり、死ぬことを知れば、後は、死ぬまでの、暇潰しであるというふうに、考えるのである、私は。

門弟にあてた手紙である。
ただ女房と酒うちのみて、南無妙法蓮華経ととなへ給へ。苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思ひあわせて、南無妙法蓮華経とうち唱へ居させ給へ。

女房と、酒を飲んで、題目を唱えよ。
苦は苦である。楽は楽である。
苦楽は、共にあると思いつつ、題目を唱えよ。

門弟に、この程度の手紙ならば、実に、理解出来る。
やさしい人柄である。
どこにも、攻撃するものはない。

歴史の人物を見ていれば、その人物の、働きが、その時代が、求めるものだったと、理解する。時代性と、時代精神である。

鎌倉時代は、異常事態だったと、思える。

そしてまた、人は生きるべきようにしか、生きられない、ということである。

ちなみに、日蓮が、国から大師号というものを、与えられたのは、亡くなってから、640年近く後の、大正十年、1921年である。
一番最後に、大師号を頂いている。
国を思うた心が、ようやく、認められたのか。
大師号を、贈られている、僧は、23人いる。


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2008年10月08日

もののあわれ288

げにいと心殊に由ありて、同じ木草をも植えなし給へり。月もなき頃なれば、鑓水に篝火ともし、燈籠などにも参りたり。南表いと清げにしつらひ給へり。そらだきもの心にくく薫り出で、名香の香などにほひ満ちたるに、君の御追ひ風いとことなれば、内の人々も心づかひすべかめり。



なるほどに、同じ草木でも、格別の心して、風情あるように、植えられている。
月もない頃なので、庭の鑓水に篝火をともし、燈籠にも、灯が輝くのである。
南正面の、座敷をきれいに整えてある。
空焚きした香が、奥床しく薫る。
ご仏前の、香の匂いも、漂っている。
そこに、君の衣装からの香も格別なものであるから、奥にいる女たちも、気を使っているのであろう。


そらだきもの心にくく薫り出で
室内を薫りで、包むのである。
そして、更に
名香の香などにほひ満ちたるに
それは、仏に奉る香りである。
また、さらに
源氏の君の、衣装の香りである。

紫式部の、筆が冴える。

当時の、日常生活を見れば、何故、香りがふんだんに使用されるかが、解る。
まだ、風呂の習慣がないのである。水浴び程度であるから、貴族は、体から、衣装まで、香を焚いて、薫らせたのである。

部屋の中に、奥床しく薫る香の匂いとは、そのまま、奥床しさに通じる。
特に、残り香という、漂う香りを好んだ。

源氏の衣装には、高貴な香りが、焚き籠められていたはずである。
いつも、源氏が通る後には、香の匂いが、漂う。

香を特別に嗅ぐ行為を、香を聞くという。
それは、静かな音を、聴きつける行為に似ているからだ。
目の前にある、香を、嗅いで、静かに顔を横にして、息を吐くのである。
その、行為が、聴きつけるように、見えることから、香を聞くという。



僧都、世の常なき御物語、後の世の事など聞え知らせ給ふ。「我が罪の程恐ろしう、あぢきたなき事に心をしめて、生ける限り、これを思ひなやむべきなめり。まして後の世のいみじかるべき」おぼし続けて、かうやうなるすまひもせまほしう覚え給ふものから、昼の面影心にかかりて恋しければ、源氏「ここにものし給ふは誰にか。尋ね聞えましき夢を見給へしかな。今日なむ思ひ合はせつる」と聞へば、うち笑ひて、僧都「うちつけなる御夢語りにぞ侍るなる。尋ねさせ給ひても、御心劣りせさせ給ひぬべし。故按察使大納言は、世ににくて久しくなり侍りぬれば、え知ろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが妹に侍る。かの按察使かくれて後、世をそむきて侍るが、此の頃わづらふ事侍るにより、かく京にもまかでねば、たのもし所に籠りてものし侍るなり」と聞え給ふ。



僧都は、この世は、無常であることや、死後の事となどを話して、聞かせる。
君は、我が事の罪業が恐ろしく、このような、けしからぬことをして、生きている間、この事を、悩み続けるのであろう。まして、後の世に、苦しむことは、大変だと思うのである。
こんな生活をと、思いつつも、昼間見た、顔立ちが、気になり、恋しく思い、ここに、住まわれているのは、どなたですか。お尋ね申したい夢を見ました。今日、はじめて思い当たりました、と言う。
僧都は、微笑み、突然に、夢のお話ですか。お尋ね遊ばしても、ご期待はずれあそばすと思いますが、故按察使 こあぜちの大納言は、みまかりましてから、随分になります。
ご存知では、ないでしょう。
その北の方と申すのが、拙僧の妹でございます。
あの、按察使が亡くなりましてから、出家しました。
この頃は、病で、拙僧が、このように、京にも出ませんために、ここを頼りにして、ここにいます。と、言上される。

あぢなき事に心をしめて
けしからぬこと。
よからぬこと。
それに、心を囚われている、のである。

かうやうなるすまひもせまほしう覚え
このような、出家生活をすれば、罪業消滅もなるのだろうがと、思うのである。
しかし、それよりも、誘惑に駆られるのである。

我が身を、罪深いと、感じつつも、昼間の、顔立ちが、気になる、源氏である。

夢を見たことが、このことだったと、実に、うまい嘘をつくものである。

作者は、本当のような、嘘の話を、事細かに、丁寧に書き綴る。



源氏「かの大納言の御むすめ、ものし給ふと聞き給へしは。すきずきしき方にはあらで、まめやかに聞ゆるなり」と、おしあてに宣へば、僧都「娘ただ一人侍りし。亡せて此の十よ年にやなり侍りぬらむ。故大納言、内に奉らむなど、かしこういつき侍りしを、その本意のごとくもものし侍らで、過ぎ侍りにしかば、ただこの尼君一人もてあつかひ侍りし程に、いかなる人のしわざにか、兵部卿の宮なむ、忍びて語らひつき給へりけるを、もとの北の方、やむごとなくなどして、やすからぬ事多くて、明け暮れ物を思ひてなむ、なくなり侍りにし。物思ひにやまひづくものと、日に近く見給へし」など申し給ふ。



源氏は、その大納言に娘さまがいられると耳にしました。その方は。
いえ、浮いた心からではありません。真面目に、申し上げるのです。と、あてずっぽうに言う。
僧都は、娘が、一人ございます。
亡くなって、十何年になりましょうか。
故大納言は、宮仕えに差し上げようとの、つもりがあって、たいそう大事にしていました。
その望みが叶わぬうちに、亡くなりましたので、ただこの尼君が、一人で、世話をしております。
どういう者の、手引きか、兵部卿の宮様が、こっそりと、通われて、宮様のご本妻が、お家柄のことで、色々あったりと、おもしろくない事が、あれこれとあり、日夜物思いのし通しで、亡くなりました。
心痛で、病になるものと、身近に見ましたことです。と、言う。

いかなる人のしわざにか
誰かの頼みにより。
もとの北の方 やむごとなくなどして
元来の奥方のことであり、その方は、身分の高い方である。

当時の、身分制度というものが、解る。
今で言えば、家柄である。

姫つきの女房が、宮に頼まれて、事を運んだ。
兵部卿が、密かに、逢いに来ていたが、色々と心配事になり、それで、病気になって、亡くなったのである。

それは、娘は、兵部卿が父であるということになる。
物語は、このように、おもしろく展開してゆく。
源氏は、この娘を、どうするのか。

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神仏は妄想である 167

日蓮を終わるに当たって、今一度、信仰というものを、考えてみる。

特に、日蓮の場合は、今まで日本には、無い、信仰のあり方だった。
どちらかというと、一神教に近い。
唯一の道を、特に強調する。
更に、経典の読み方である。

法華経にある、隠れて見えないもの、文底にあるものは、題目であるという、発見というか、勘違いというか、勝手な妄想である。

イスラムの預言者、ムハンマドを思い出すとよい。
非常に、その精神構造が似ている。

その言葉の中には、およそ、宗教とは、かけ離れた、勝ち負けという言葉が、多く出る。
これは、日蓮宗系の、集団に多いが、勝ち負けが好きである。
闘争を、好むのである。そして、その闘争が大きければ、大きいほど、正しいと思う、思い込む。

更に、自分たちが、勝手に作り上げた言葉で、議論するという、とんでも、議論好きな者となる。

日蓮教学を、お勉強して、それに則って、何やら言うから、混乱する。
更に、言葉の多くが、確信につながる。
その多くは、洗脳である。
おおよそ、自己洗脳に至るのである。

そして、信仰とは、自己洗脳といえることが、日蓮宗系の人々を見ると、良く解る。
他宗を、攻撃するが、イスラムと、同じで、派閥の方に対する、攻撃の方が強い。
同じ、法華経を奉じる集団にも、容赦の無い、攻撃を加える。
果たして、それが、宗教というものなのだろうか。

勿論、宗教という概念は、西洋の宗教学からのもので、日本には、宗教という概念は無い。
日本には、神の思想であり、宗教ではない。
神という言葉を、使用しなくても、いい。
実際は、カミという言葉は、外来語であり、カム、であり、カムイである。アイヌ民族は、カムイと呼ぶ。
日本の場合は、自然に隠れる、様々な働きを、主と、見立てる。
屁理屈は無い。

屁理屈が無いことを、教義がないという、言い方をする。
勿論、教義など、必要ない。
自然の働きを、見つめていれば、すべてが、解るようになっている。

故に、西洋の宗教という概念で、日本の神信仰を、見る場合は、所作しかない。
所作とは、行為である。
その、行為の中にある、見えないものを、西洋の人は、観ることが出来ない。
そして、仏教、特に、日蓮宗系には、見えない。

文字面にあるもの、のみに、信仰がある。
要するに、観念と、洗脳である。

恐ろしいのは、久遠の仏を、仏ならしめたもの、それが、法華経であるという、短絡的思考法である。
一体、日蓮は、仏というものを、何と見立てたものか。
そして、その、法華経は、誰が書いて、誰が訳したものなのか。

妙法蓮華経と、訳したのは、クマラジューである。
三蔵法師玄奘の、前の時代の人である。
日蓮は、梵語を知っていたのか。
仏陀の言葉を、どこで聞いたのか。
経典を通して、聞いた、知ったのである。

冷静であれば、そのことを知る。そして、天竺を目指しても、いい。
現に、玄奘は、天竺を目指し、その多くの経典を、運び、訳したのである。

出来上がっている、料理に、少し手を加えて、新しい教えのように、装うという手は、イスラムと同じである。

日蓮の血の中には、セム的民の血が流れていたのかもしれない。
あの、激しさは、半端ではない。
更に、妄想は、また、激しい。

天台の、最澄は、法華経を身読しなかったという。
唯一、身を持って読んだのは、日蓮であるというのだ。

自己申告である。
そして、成仏というものも、自己申告なのである。

何度も言うが、法華経は、特に、ファンタジー性の強い、経典である。故に、如何様にも、解釈が出来る。
次々に、法華経を、解釈する人々が、現れる。
不思議である。
物語としては、面白いが、そこに、真実や、架空の仏云々となると、妄想、幻想以外の何物でもなくなる。

法華経を通して、仏陀の教えを、読むと、大半が誤る。
仏陀は、法華経が言う言葉を、発していない。

すべての、大乗経典に言えるが、創作である。

死ぬまでの、暇潰しに、作り上げたお話である。

当時、滅後も、尊敬されていた、釈迦仏陀を、出汁にしての、作り事である。
大乗は、今でいえば、在家の信者が、主となり、そこに、小乗といわれる専門の、釈迦仏陀の言葉を、扱う僧たちとの、共同で、始まった、同好会である。

釈迦仏陀の、言葉に近いものは、初期仏典にしかない。
それも、単なる、呟きのような、戯言のような言葉である。
それは、釈迦の生活指導の言葉の、名残であるから、威力は無い。

大乗仏典が出来た、あの当時のインドを、知るべきである。

それで、私は、それについても、書くことにした。

インド思想について、触れることにする。
インド思想史から、釈迦の言葉を見れば、少しは、冷静に対処できるだろう。

大乗の教えを、それこそ、命懸けで、天竺に行き、習い修めた、玄奘は、はっきりと、仏種に、五種ありと言う。
そして、その中で、仏になれない者がいると、言明する。
仏種の無い者である。
すべての人の心に、仏が在るというのは、勘違いも、甚だしい。
勿論、最澄、天台の教えからである。
そこから、変質し、誤った。

皆、人が、仏に成るなど、有り得ないのである。
勿論、私は、仏ではなく、日本の伝統にある、神、命、みこと、になるのであるが。

更に、仏の下に、神々がいるとする、神という観念も、日本のものではないと、言った。
日本の、カムは、仏教でいう神とは、次元も質も、違う。
誤るな。
霊的レベルが、違う。


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2008年10月09日

もののあわれ289

さらばその子なりけり、と、おぼし合はせつ。御子の御筋にて、かの人にも通ひ聞えたるにや、と、いとどあはれに、見まほし。人の程もあてにをかしう、なかなかのさかしら心なく、うち語らひて、心のままに教へおぼし立てて見ばや、とおぼす。



それでは、その娘の子なのであると、思い当たった。
宮様の血筋である。それで、あの方にも、似ているのかと、思う。
そう思うと、いっそう可愛らしく、逢いたくなる。
人柄も、上品で、美しい。変なでしゃばりもない。
一緒に暮らして、思いのままに、教え育ててみたいと、思うのである。

それは、兵部卿と、憧れの藤壺が、兄弟であり、その娘は、藤壺の姪ということになるのである。

いとどあはれに 見まほし
なお一層に、あはれに思うのである。
この、あはれ、とは、可愛い、美しい。と、思えるのである。

あはれというものを、すべてに、おける感動を、表すという人もいる。
それも、一つの、あはれの、表情である。



源氏「いとあはれにものし給ふ事かな。それはとどめ給ふかたみもなきか」と、幼なかりつる行方の、なほ確かに知らまほしくて、問ひ給へば、僧都「なくなり侍りし程にこそ侍りしか。それも女にてぞ。それにつけて、物思ひのもよほしになむ、よはひの末に思ひ給へ嘆き侍るめる」と聞え給ふ。さればよ、とおぼさる。



源氏は、いとあはれに思いますと、言う。
この、あはれは、可愛そうだということになる。
その方は、お残しなさった、忘れ形見もないのですか、と、あの幼女の身元が知りたくて、尋ねる。
僧都は、ちょうど、亡くなる頃に生まれました。それも、女の子でして。その子がまた、心痛の種になると、妹は、晩年になり、愚痴っています、と言う。
では、矢張りと、思うのである。



源氏「あやしき事なれど、幼き御後見見におぼすべく、聞え給ひてむや。思ふ心ありて、行きかかづらふ方も侍りながら、よに心のしまぬにやあらむ、独住にてのみなむ。まだ似げなき程と、常の人におぼしなずらへて、はしたなくや」など宣へば、僧都「いとうれしかるべきおほせ言なるを、まだむげにいはけなき程に侍るめれば、戯にても御覧じ難くや。そもそも女人は人にもてなされて、おとなにもなり給ふものなれば、委しくはえとり申さず。かの祖母に語らひ侍りて聞えさせむ」とすくよかに言ひて、ものごとは様し給へれば、若き御心にはづかしくて、えよくも聞え給はず。僧都「阿弥陀仏ものし給ふ堂に、する事侍る頃なむ。初夜未だ勤め侍らず。すぐして侍はむ」とて、のぼり給ひぬ。



源氏は、変な話ですが、私に、その幼い方の、お世話をさせて下さりませと、お話ししてくださいませんか。少しばかり、考えるところが、あります。
かかわりのある者も、おりますが・・・
まるで、気が合わないというか、独り暮らしばかりで。
まだ、似合わないと、世間の男のように、私のことを、考えては、きまりが悪いのですが。
と、仰ると、僧都は、誠に、ありがたいお言葉です。
まだ、一向に、ものの解らない年頃です。
ご冗談にも、お世話して下さることは、出来ないと思います。
いったい、女は、男によって、一人前になるものですから、私からは、詳しいことは、申し上げられません。
あの子の、祖母に相談しましょう。と、素っ気無く言う。
堅苦しい様子で、源氏は、若さゆえに、間の悪い気持ちで、うまく話が出来ないで、いた。
僧都は、阿弥陀仏をお祭りしてある、お堂に、お勤めをする時刻です。
初夜を、まだ勤めていませんので、すまして参ります。と言い、御堂にお上がりになった。


行きかかづらふ方も侍りながら
正妻の元に通うということ。行きべき所もあるが。

常の人におぼしなずらへて
結婚しか考えない男たと、同じように、考えられないで、欲しいと、言うのである。

戯れ御覧じ難くや
妻とするには、幼いのである。

僧都は、源氏の申し出に、戸惑い、真意を測りかねるのである。
源氏も、自分の申し出が、何やら、恥ずかしい。
一体、源氏は、何を考えているのか。
可愛らしい女の子を、自分の好みに、育てたいと、思うが、それは、真っ当なことなのか。

ここに至ると、源氏の好色も、少し、意味合いが違ってくるのである。
源氏には、幼女趣味もあるのか。

その、源氏の心象風景が、次の、描写にあると、思われる。



君は心地もいとなやましきに、雨すこしうちそそぎ、山風ひややかに吹きたるに、滝のよどみも勝りて、音高う聞ゆ。すこしねぶたげなる読経の、絶え絶えすごく聞ゆるなど、すずろなる人も、所がらものあはれなり。まして、おぼしめぐらす事多くて、まどろまれ給はず。初夜と言ひしかども、夜もいたう更けにけり。内にも、人の寝ぬけはひしるくて、いと忍びたれど、数珠の脇息にひきならさるる音ほの聞え、なつかしううちそよめく音なひ、あてはかなり、と聞き給ひて、程もなく近ければ、外に立てわたしたる屏風の中を、すこしひき開けて、扇をならし給へば、覚えなきここちすべかめれど、聞き知らぬようにや、とていざり出づる人あなり。



君は、気分が悪いのである。
そこへ、雨が、すこしうちそぞき、パラパラと降ってきた。
山風も、冷え冷えとして、吹く。
滝も、水が多くなったのか、音が高く聞える。
少し、眠そうな読経の声が、途切れ途切れに、凄く聞こえる。
心無い者でも、こういう場所では、あはれに思う。この場合の、あはれ、というのは、静粛に、という意味か、静かなる心という意味か。
色々と、思いめぐらすことが多い、君は、しかし、それどころではないようで、うとうとすることもない。
初夜というが、夜は、すっかり更けている。
奥のほうでは、人の寝ていない様子が解る。
辺りを、はばかっているが、数珠が脇息に触れる音が、仄かにも聞える。
うれしい、静かな衣擦れの音が、上品だと思う。
広くない、近いことゆえ、外側に立て連ねた、屏風の中ほどを、少し開けて、扇を鳴らすと、奥の方では、思いがけない感じがするようだが、聞えないふりが出来ないとあり、にじり出る者がいる。


このような、細かな描写は、紫式部の得意である。
当時の様、実に目に見えるようである。

なつかしううちそよめく音なひ
なつかしい、とは、心に響くであろう。そして、うちそよめく、とは、微妙な音である。静かな音。
これは、このまま、原文の言葉を、味わうしかない。

扇をならし給へば
扇を鳴らすのは、人を呼ぶということである。
それを聞いた、女房たちは、無視することも出来ず、どうしょうかと、逡巡して、出たり入ったりするのである。
相手は、源氏であるから、どう、対処していいのやら。
その辺りの、描写は、原文のままの方が、実感として、伝わるのである。

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神仏は妄想である 168

法華経について、書く。
中央公論社の大乗仏典を、基底にし、その解釈を、立正佼成会という、新宗教をはじめた、庭野日敬さんの、解り易いものを使う。
庭野さんは、実に解りやすく、法華経の新しい解釈という、本を書いた。

その考え方をも、批判しつつ、書く。
また、途中で、切り捨てることもある。
別の、法華経講義を、使用することもある。

初めから、このような言葉がでる。
大切なのは、「事実」ではなく、「真実」です。仏がわたしたちに教えてくださろうとする「真実」なのです。ですから実際にはありそうもないことが書いてあっても、その文字の、その文章の表面を突きぬけた奥にある「真実」、仏が教えてくださろうとする「真実」をこそ、しっかりとつかまねばならないのです。

一見、とても、優しく、頷く言葉だが、これこそ、嘘である。

真実が大切だという。
最初から、実際にはありえないことが書いてあるというのである。
その文字、文章の、表面を突き抜けた奥にあるものが、真実だという。
そして、それが、解釈によって、自由自在になるのである。
錯乱した人は、錯乱したまま、解釈する。

仏陀の説いたものを、その真実を、戯曲風にして、書き上げたものである。

真実を重視し、事実を無視するから、同じ門でも、派閥が出来る。それは、解釈の仕様である。そして、あろうことか、敵対し、攻撃し、果ては、殺しあうという、大矛盾である。

現在用いられている、法華経の、訳者は、鳩摩羅汗、くまらじゅう、である。
その翻訳、漢訳には、多くの人が、関わった。
そこで、庭野さんは、
およそ二千人にもおよんだといわれています。ですから、インドのことばから中国語に訳されても、釈尊の教えはほとんど誤りなく伝えられていると断じてさしつかえないわけです。
と、寝惚けたことを、言う。

二千人が、かかわっても、誤れば、誤る。逆に、多くの人が、関われば、関わるほど、誤ることもある。
上記、実に、主観的である。

宗教家は、主観主義である。

その後、中国では、天台大師といわれる者が、大乗小乗の経典を極めつくして、仏陀の真意は、ここにありと、法華玄義、法華文句、摩可止観を著した。
天台宗である。

難波、現在の大阪に、法華経が着いたのは、577年といわれる。
聖徳太子が、その解説書を書いている。
ほけきょうぎしょ
日本最古の書物である。

以来、1400年、そして、聖徳太子の、その後、700年目に日蓮が出た。
そして、現在は、我が我が、法華経の真髄であるという者、多数。

法華三部経
無量義経
妙法蓮華経
仏説観普賢菩薩行法経

「無量義」というのは、「数かぎりない意味をもった教え」という意味ですが、この説法の中で、その「数かぎりない意味をもった教えはただひとつの真理から出てくるのだ」ということが説かれてあります。そのひとつの真理というのは「無想」ということですが、それについて詳しくおっしゃっておられません。それで、どうもはっきり解らないのです。では、どこでそれが解決されるのか。もちろん、次に説かれる「法華経」においてなのです。「法華経」で、それをあますところなくお説きになられるわけです。そして、その数かぎりない教えは、せんじつめればこの「法華経」に説く真理に帰するのだと、ご一代のご説法の中でも最も中心になる教えを、ここで明らかにしていらっしゃるのです。
庭野

釈迦仏陀は、そんなことを、一言も、言わない。
言うのは、法華経の作者である。

この、真理という言葉が、実に、曲者である。
真理とか、真実という言葉を使う時、人は、明確に嘘であると、知っているか、あるいは、主観的観念で、言うか、である。

もし、真理というものがあって、それを、あますところなく、説くというならば、それは、嘘である。
何となれば、この世の言葉で、すべてのものを、明らかに語ることは、出来ないと、それこそ、宇宙の法を知った者なら、知っている。

あますところなく、すべてを、説いたというのは、全くの嘘であることは、今の世界を見れば、一目瞭然である。
それが、一つの迷いであるから、世界は、混沌としているのである。

詐欺師に多いのが、この文章の、奥の奥にある、真実という。
勿論、そんなものは、無い。有る訳が無い。

深読みする、行間を読むという程度のものではないのである。
新しい、意味をつけるのである。
つまり、解釈という。
それは、単なる一つの解釈である。

実は、仏陀は、解釈を必要としない、言葉を述べた。

ダンマパダより

虚ろな言葉、それは千あろうとも
平和をもたらすわずか一言の言葉に及ばない

虚ろな詩歌、それは千あろうとも
平和をもたらす一編の詩歌に及ばない

虚ろな経文、それは百行あろうとも
平和をもたらす一行の言葉に及ばない

千の戦に勝つより尊いこと
それは自分自身に打ち克つこと

その時ひとは真の勝利を手にする
その勝利は決して失われることはない
天界の天使も
地獄の悪魔も
誰であれ、その勝利を奪い取ることはできない

功徳を得ようと
百年ひたすら神を崇め
千の供物を捧げようと
千に及ぶ世俗の願望を断ち
百年にわたり森のなかで聖火を守り続けようとも
自らを克服したひとに、ひと目でも拝礼できるなら
それに勝ることはない

そのようなひと
善きこと清きことを知り尽くす「己を統べる者」そのひとを
仰ぎ敬うなら
この世で真の人生を
そして、美しきもの、強いもの、歓びを
勝ちとることができるだろう

一日でもよい、深い瞑想の日を過ごしなさい
間違った行いのなかで百年過ごすよりよい

一日でもよい、深い洞察の日を過ごしなさい
無知のなかで百年過ごすより

一日でもよい、決意をもって日を過ごしなさい
怠惰のなかで百年過ごすより

一日でもよい、事物が生じては滅するさまに
想いをめぐらし、過ごしなさい

一時間でもよい、不滅の生命を知りなさい

一瞬でもよい、無上の真理の時を過ごしなさい
今この一瞬のなかで

上記を、誰かの解釈で、教えられ、納得しても、詮無いこと。
仏陀は、己自身が、それを理解するまで、待てという。

しかし、それも、寝惚けた言葉の数々である。
釈迦仏陀から、直接聞いて、ああ、そうなのと、思うのである。

言葉というものは、実に空しいものである。

法華経を解釈する者、多々、屁理屈の極みをゆく。
更に、である。
私は、知った者となれば、万事休す。

仏教の、考え方で、言えば、この世に生まれたということが、すでに、迷いである。
悟った人は、仏陀であり、生まれることが無い。生まれる必要が無い。

生まれたということが、迷いであるという、仏教というもの、甚だ笑う。
生まれなければ、法華経も何も無い。

転生輪廻。
生まれ変りというものは、次元を別にするのである。
つまり、この世の言葉で、語り切れるものではない。
更に、悟りというものも、この世の次元ではない。
とすると、この世の言葉で、悟りを、語ることは、誤りである。

よって、いい気な者である。

釈迦は、悟って、すぐに、この世を去るという決心をした。当然である。悟ったのであるから。
ところが、梵天という、化け物が出て来て、その教えを述べ伝えよと、そそのかす。
つまり、釈迦も、魔界の化け物に、誘惑された。
本当に、悟ったの・・・
である。

最後に、釈迦が、悟っていなかったという、証拠を書くことにする。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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