2008年09月16日

ベトナムへ 16

小西さんと、食事を終わり、小西さんが、私たちに、どこか行きたいところは、無いですかと、尋ねた。

私は、首相府の、反政府団体、民主主義市民連合が、集結している場所に、行きたいと言った。
それではと、タクシーに乗り向かった。
外務省からは、危険地区に指定されている。

バリケードの張られている、手前で、タクシーを降りて、歩いた。
入り口が、高くなり、簡易の梯子がかけられてある。
そこを、上って、また、降りる。
降りると、身体検査をされた。
危険物の有無を調べるのだろう。

それを、終えて、すぐに、出店が続いている。
私たちは、一つの出店で、パタパタと、拍手替わりの、手のオモチャを買う。
一つ、25バーツである。
小西さんは、お子さんの、お土産に買った。

私は、その、パタパタを、鳴らして歩いた。
更に、バリケードの中では、演説が、繰り返されていて、時々、歓声が上がり、その、パタパタを、鳴らすので、私も一緒に、鳴らした。

そのうちに、両手を上げて、歩いた。
勿論、和服姿の者は、私の一人のみ。
だが、目立つほどではない。
しかし、目を合わせる人は、皆、私に、笑顔を向ける。

集会の周辺は、すべて、屋台で、埋まっていた。
この、集まりに、便乗しての、商売もあった。
服屋さんから、一般の屋台の食べ物屋である。
端的に言うと、お祭りである。

そして、スピーカーから、演説の声が流れる。
私も、何か演説したい気持ちに、駆られた。
すると、小西さんも、そうだと言う。
何か、意見を述べたくなる気分である。

丁度、舞台では、全国から集った、様々な、市民グループの代表が、一人一人、挨拶していたようである。

無料炊き出しのコーナーには、人が列を作っていた。
和やかな、反政府運動という、イメージである。

だが、私が、帰国した日の、午後、ソムチャイ首相の施政方針演説を阻むために、国会を包囲した、反政府派は、一時、首相や、議員を、閉じ込めることになり、警察が、催涙弾を発砲した。
また、与党の政党本部前の、爆発により、二名が死亡した。
朝からの、負傷者は、400人を、超えたという。

簡単に説明すると、ソムチャイ首相は、対話路線を取るつもりだったが、反政府側は、あくまでも、タクシン元首相系の政権の永久追放なのである。

反政府派との、仲介役として、副首相に就任した、元首相経験者の、チャワリット副首相も、混乱の責任を取って辞任した。

ただ、タイの国会議員は、市民運動に対する、催涙弾などの使用に、反対する者多く、それにより、野党・民主党、上院議員などが、抗議のために、国会に出席せず、演説に対する討論も無かった。

ただし、タクシン元首相の追放の時は、五万人の市民が、集ったが、現在は、一万五千人程度で、縮小している。
また、与党側も、進展しない状態に、手詰まり感があり、硬直状態が続く。

連立政権なので、野党・民主党と、他の政党が、連立すると、政権交代が、出来るので、それで、一件落着するのではと、私は、見ている。

要するに、タクシン元首相が、いかに、国を利用して、金儲けをしたかということである。
そのために、法整備も、整えるという、国を売ると言える、やり方である。

タクシンを支持したのは、最も貧しい、東北部・イサーンと、北部である。
金をばら撒き、票を得たと、聞いたが、それは、貸付たのだという。
100バーツで、利息が、1バーツだというから、驚いた。
数である。
金持ちは、どうしても、金持ちになってゆくのである。

勿論、医療費無料などの、政策もあるが、単に、税金を投入して、自分には、関係ない。だから、南部に行った時に、タクシンが、遊説に来たら、殺すという者、多々いたのである。
南部に対する、政策は、何もなしなのである。
更に、南部が、最も税金を払っているという、カラクリである。

南部のマレーシアに近い、一部では、テロが多発して、独立を求めている。
タイの、イスラム圏である。

さて、私たちは、首相府を取り囲んでいる道を、ぐるりと、周り、元の場所に出た。

何の、危険なことはなかった。
逆に、タイ、バンコクの市民と、良い交流が出来たと思う。
私の姿は、一度見ると、忘れられないのである。
着物で、素足の日本人である。

周辺の道路は、渋滞が続いていた。
ようやく、タクシーを捕まえて乗ったが、中々、先に進まない。

あまりに、長くかかったせいか、タクシー運転手が、料金を、まけてくれた。

タクシーを降りた側の、喫茶店に入り、小西さんと、スタッフの野中と、三人で、話した。
特別の話ではないが、私は、わざわざ、チェンマイから、私たちに逢うために出て来てくれた、小西さんには、本当に感謝した。

朝来て、最終便で、チェンマイに戻るのである。

小西さんは、私が、児童買春について、調べたいと言ったことを、心配してくださり、何事かあれば、必ず連絡くださいと言って下さった。

更に、バンコクの風俗に関しても、案内して下さると言う。
ハッポン通りなどの、有名風俗街である。
ボーイゴーゴーバーには、男も女も、ボーイを買いに来るという。
その値段は、男より、女が買う方が、倍高いというから、驚きである。

ハッポンについては、昔から知っていた。
アジアの女たちを、買い漁った男の手記なども、読んでいた。
売春天国タイという言葉が、出来た時、タイ政府が、その撤回を世界的に、呼びかけたことがある。

しかし、貧しい国からは、売春は、無くならない。
振り返れば、敗戦の日本も、戦後長い間、売春で、皆、食いつないできた。
韓国も、売春で、外貨を稼いだ時期がある。
そして、フィリピンも。

私は、売春も、文化であると、見ている。
誤解を、恐れずに言えば、食って寝る場所を、確保するために、売春も、堂々たる、仕事であり、労働である。

ただし、幼児、児童買春は、別物。
それは、罪である。
幼児、児童は、自分で、選択する力は、無いし、保護される権利がある。

児童買春は、人身売買である。
貧しい所から、子供を買い、そして、売る。
買った者は、子供を物として、扱う。
それこそ、基本的人権の無視である。

こんなことを、許せるはずがない。

だが、問題は、それを、買う者がいるという、現実である。
幼児性愛、児童性愛である。
これらは、治療が必要である。

さて、六時を過ぎたので、私たちは、小西さんと、お別れすることにした。

タクシーを待つ小西さんに、私は、大丈夫ですかと、言った。
言った後で、大丈夫ですかと、言われるのは、私の方だと笑った。
本当に、笑って別れた。
感謝である。

丁度、これを書いていた時、ニュースが入った。
タイの、アヌンポン陸軍司令官が、16日、地元テレビに出演し、国会を包囲した、反政府団体、民主主義市民連合の支持者たちに、警察が、強制排除し、死傷者が出たことに、私が、首相なら、辞任すると、痛烈に首相を非難した。

また、地元メディアも、一斉にソムチャイ首相の責任を追及した。
王室、司法も、反政府団体寄りの姿勢を示す。
クーデターについては、介入を否定したが、さらなる衝突の場合は、行政権の停止もありうる、としている。
つまり、軍が介入する可能性である。
また、クーデターを、反政府団体も、望んでいるようである。

そして、もう一つの、問題がある。
カンボジアとの、世界遺産であるクメール寺院プレアビヒア周辺の、国境問題である。
両国の軍高官が、共同パトロールの実施で、合意したが、タイ政局の混乱が、紛争激化の、きっかけとなった。

タイ政府が、カンボジアによる、寺院の世界遺産に登録申請に、同意したことから、民主主義市民連合が、売国行為と、激しく批判した。

更に、市民連合の支持者が、7月15日に、寺院に侵入したことから、両軍の展開という事態を、引き起こしたのである。

いずれにせよ、政権存亡の危機的状態である。
寺院自体は、国際司法裁判所で、カンボジア領と認定されている。国際的には、タイの内政混乱が、紛争激化の原因と、見られる。

王室、司法も、反政府寄りであるということは、先が見えるのである。

タイのプーミポン王は、タイの民主化を望んでいるが、矢張り、王様の指導が必要なのであろうか。
それぞれの、民主化というものがあっても、いい。
タイは、王様主導の民主化であって、いいと思うが・・・


posted by 天山 at 12:42| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 46

キンゼイ博士の、セクシャリティの研究は、性行動に他ならず、統計的数字に基づき、その多様性を、明らかにしたといえる。

マスターズとジョンソンは、性関係の生理学を研究し、その臨床的記述から、性的障害の、プロトコルを作成した。
機能不全に関しては、カップルを切り離せない単位とみなして、治療を行った。

その治療に当たり、マスターベーションが、一定の役割を演じることから、マスターベーションの研究が、セクソセラピーに、直接連動するものとなった。

マスターベーションは、種々の性的機能不全に対する行動療法の一部とされ、射精不全、自己刺激によって、射精を促すという、初歩的治療と、オーガズム不全に対しては、ロ・ピッコロが、十二段階の、マスターベーション・プログラムを開発したのである。

自己肯定に基づいたテクニック、起こりうる葛藤の軽減、寛容さ、そうしたことの積み上げによって、マスターベーション行為は、相互的な性関係へのいわば端緒となる優れた「教育的経験」として再発見され、そういうものとして実践されてゆくことになる。膣性交によってはオーガズムに達することのできない人たちでも、マスターベーションのような他のタイプの刺激によってそれが可能となるのである。
ジャック・デュシェ

私の手元には、アメリカの、セックスセラピストの、本がある。
驚くべき、その、セックスマスターを、後で、公開することにする。

さて、性の解放から、すでに、30年以上を経ようとしている。
現代は、性の百花繚乱である。
フリーセックスなどいう、言葉も聞かれないほど、性は、解放された。

中高生が、付き合うということは、セックスがあるということである、という時代になった。

それは、簡単な、避妊法によって、更に、拍車がかかったといえる。
これで、セクシャリティと、生殖の分離が可能になり、今まさに、性というものを、新しい思想、言葉で語る時代に突入したといえる。

更に、ビルという、避妊薬の登場で、それが、加速したのである。

人間の性は、どこへ行くのか。

セクソロジーという、新しい学問が、登場した。
日本では、まだまだ、それが、遅れているが、最早、遅れていい訳ではない。

セクソロジーは、まさに、オーガズムを目的とする、学問である。
共有された、より良いオーガズムと、最高の調和の究極的段階としての、オーガズムの一致を、掲げる。

オーガズムの権利である。
ところが、それが義務化することで、新しい悩みが、起こる。
もし、それが、満たされない時、誰もが、快感を感じるという、様々な性感の探求という形で、具体化されるようになる。

一時期、女の性感帯の、震源地である、Gスポットの体系的探求という、提唱がなされた。

膣壁にある、Gスポットの位置確認まで、されるようになった。

さらにである。
大人のオモチャの開発による、更なる性的刺激の、探求である。
ここまでくると、何といってよいのか。

いかがわしい広告の、文句を見てみると、それは、一目瞭然である。

このように、見てゆくと、マスターベーションは、いつでも、手軽に、本質的、基本的、探究の要素となりえるのである。

要するに、マスターべーションというものに、新しい価値づけを、与えることになったと、考えてよいのだ。

マスターベーションも、十分満足を得る性的行為であるということだ。

そこで、オナニストという、言葉が出来たくらいである。
男とも、女とも、関係しない、自己性愛型人間である。

ある若者は、女との付き合いの、煩雑さに、うんざりして、自ら、オナニストと、任じて、女からの、誘いを断るという。
彼、曰く、女との、セックスに至るまでの、過程における、諸々の、手続きが、面倒であるとのこと。

そんなに、苦労せずとも、マスターベーションで、十分に満足し、セックス、つまり、性交する、相手というものの存在を、置かないという、スタイルも、ありなのである。

オナニズムの、歴史は、抑圧の歴史であった。
しかし、今、いや、すでに、オナニズム、マスターベーションの解放である。

それに対する、宗教、特に、ローマカトリックなどの、見解などは、省略する。
未だに、カトリック教会は、マスターベーションを否定するという、時代錯誤である。

勿論、その根拠は無い。
単に、快楽は罪である、のである。

少年が、マスターベーションを覚えた時の感激を、芸術文芸家は、大地との、交わりと、称賛する者もいる。

五本の指で、乙女を作り
マスターベーションをしよう。それは神の快楽だ。

歌いたいのは、孤独な愛
たった一人で、誰の助けも借りず
自立した愛、それがマスターベーション

私たちはみんな、子供のときからマスターベーションをし、そして、死ぬまですることができる。方法、程度、頻度などは問題ではない。それは汚れたことでも、危険なことでも、非難すべきことでもない。むしろそれは、自分自身の身体と、そこから引き出しうる快感を知るための訓練である。そのことは、他者の身体を理解するために、そして、セックスで与え、与えられる快感を理解するためには不可欠のことである。
ハウ・ツー・セックス

ちなみに、日本のマスターべーションの歴史は、実に、古い。
西洋のような、抑圧の時代が無いのである。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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