2008年09月13日

ベトナムへ 13

タイマッサージは、お寺で、資格を出すのが、正式である。
マッサージをはじめる前に、合掌する。
しかし、それが、今は、あまり見られなくなった。
お寺以外でもマッサージスクールが出来たようである。

三ヶ月、毎日、理論から実技まで、みっちりと、学ぶ。そこで、資格を得て、それぞれ、お勤めしたり、自分で店をはじめたりする。

勿論、お金の無い人は、見よう見まねで、する場合もある。

パタヤは、ありとあらゆる、マッサージ嬢がいる。また、ボーイズマッサージもある。
男だけの、マッサージ店である。
男も女も、受けられるが、ゲイに人気がある。

今回は、すべて、新しい店を探して行った。

ホテル近くにも、数え切れないほど、マッサージの店がある。
最初に出掛けた店は、ホテル並びの店。
タイマッサージ一時間、200バーツ、約660円。

四十代のベテランだった。
強さも、まずまず。
基本通りである。特に、タイマッサージは、下半身、脚と、足裏が中心である。
脚を揉み解すと、体液の流れがよくなり、楽になる。

それと、同じ位に、上半身に、力を入れると、いいと、いつも、思っている。
何も話すことなく、黙って、受けた。
上手の部類に入る。

それから、翌日は、足裏、フットマッサージを受けた。
若い人でも、上手である。

ただ、フットマッサージで、効いたのは、ベトナムで、一度だけ受けた、9ドルのフットマッサージだった。
観光客を相手にする店である。

足裏に、棒で、刺激を与えるもので、タイでも、使用する人もいるが、ベトナムの、それは、非常に強い刺激を与える。
つまり、痛いのである。
私は、その治療法を知っているで、痛みが、後で、楽に変わるので、我慢出来たが、はじめての人は、我慢出来ない痛さである。

勿論、彼女は、強さは、いいかと、聞いた。オッケーと、言って、続けてもらった。

腕を揉み、更に、最後に、背中と、肩をやってくれた。
それがまた、強い。
ベトナム人らしい強さである。

驚いたのは、私の肩の、凝りを、肘で、潰そうとしたことである。
全身を掛けて、肩の凝りを取るという。
これには、感心した。

実に満足して、帰国する前にも、ホーチミンに立ち寄るので、時間があれば、また、来ようと思ったほどだ。

さて、パタヤである。

路地にあるマッサージ店の人々は、人懐っこくて、水ば出すし、終わると、丁度昼時で、食事をはじめている嬢もいた。
そこに、座れといわれ、豚の頭を解体して、茹でたものを、一緒に食べろと言う。

戸惑っていると、一つ、一つと、取って、差し出してくれる。
私は、これが、どの部分かと、気になったが、折角の行為と、恐る恐る食べてみた。

一人の、嬢が、非常に臭い魚の、漬物みたいなものを、もち米につけて、差し出した。
とても、臭いが、食べてみると、美味しい。だが、危険である。一度で、止めた。

更に、もち米を、タレにつけて、差し出してくれた。
辛いその、タレは、タイのいつものもの。
もち米を、タレにつけて、それだけで、食事が終わることもある。

随分と親切である。
明日は、タイマッサージをしに来ると、言って、退散した。

そこの、マッサージ嬢も、多く、イサーンから、働きに出て来ていた。
そこで、働いて、郷里の親に、仕送りをしているのである。

翌日の、朝、開店の十時に、スタッフも連れて、行ったが、まだ、店が開いていない。
休みかと、思ったが、休みだとは、言ってなかったと、並びにある、マッサージ店を、見ると、隣が開いている。その隣は、まだ、開いていない。マッサージ店が、三件並んでいるのである。

隣の嬢たちは、皆、店の前で待機していた。
朝の食事をしている嬢もいる。

店の前に立つと、オーナーが、声を掛けてくる。
それじゃあと、いうことで、スタッフは、フットマッサージを受けることになった。
私は、何にするか、考えた。

タバコをふかした。
そして、皆のいる、店先に座り、嬢たちの、様子を見ていた。
雑誌を見ていた嬢の、隣に座ったので、一緒に、その雑誌を見ることになった。
タイ女性の、モデルたちの、写真が出ている。
隣の嬢が、セクシーと言う。私も、頷く。

どこから来たの。
イサーンから。
そう、私も、ウドンターニ、ノンカーイに行った、よ。
私の町は、その下の方にある。
町の名前を聞いたが、知らない町である。

言葉を交わしているうちに、私は、彼女に、オイルマッサージをしてもらうことにした。
一時間、300バーツが、相場だが、路地にあるためか、250バーツである。

スタッフは、すでに、フットマッサージを始めていた。
私は、オイルなので、中のブースに入る。
腰巻一つで、受けるのが、普通だが、それぞれの店のやり方がある。

彼女は、バスタオルを持って、シャワー室に、案内した。
そこで、シャワーを浴びる。
彼女は、外で、待っていた。
そして、ブースに案内される。
カーテンで、仕切られている、ブースに入る。

どうするのか。
伏せて寝るようにいわれた。
その通りにすると、バスタオルを外された。全裸である。

足から、オイルが塗られて、はじまった。
だいたい、オイルマッサージは、気持ちがよくなり、寝てしまう。
だが、私の場合は、相手が、疲れている場合など、それらを、受けるので、逆に、マッサージが終わると、どっと疲れることもある。

オイルマッサージは、危険である。
若く、健康でなければ、やられる方が、具合が悪くなる。
年配の人には、タイマッサージを、オイルマッサージは、若い人にが、いい。

だんだと、気持ちよく、うとうとする。
そして、背中が終わると、仰向けになる。
このまま、なのか。
この年になると、恥ずかしくなくなり、そのまま、仰向けになる。

彼女は、何事もなく、始めた。
全裸である。
股間に、タオルを当てない。
薄暗いので、いいのか。

これは、しかし、若い男なら、少し困るだろうと、思う。
だが、マッサージを受けていて、勃起する程度が、良い状態だとのこと。
リラックスし、更に、神経が、亢進することなのである。
交感神経の亢進で、勃起する。
しかし、副交感神経も、働く。
それが、うまくミックスして、快適、快感を生む。

やはり、うとうとした。

彼女は、お客主体で、お客が、タオルを求めると、タオルを掛けるのだと、後で気づく。

ゆったりとした気持ちになり、終了した。
その間、向こうで、フットマッサージを受けている、スタッフと、嬢との、会話が弾んでいる。

彼女は、トントンと、私の肩を叩き、起こした。
そして、再び、シャワー室に、案内する。
そこで、シャワーを浴びていると、何と、中に彼女が入ってきた。

そして、シャボンを取り、私の背中から、足まで、洗ってくれるのである。
はじめての、ことである。
更に、胸まで、洗った。
淡々と行う。
私は、彼女に、水がかからないようにして、浴びたが、彼女は、意に介さず、サービスする。

感動した。

それが、終わると、すっと、シャワー室から、抜けて、待っている。
バスタオルで、体を覆い、ブースに戻り、着替える。
その間、ベッドの端に、腰掛けて待っている。

その、控え目な、対応に、私は、思わず、先にチップを出した。
100バーツ。
チップは、20バーツと、決めていたし、また、出さない時もある。しかし、今回は、彼女の行為に感動して、100バーツにした。
それを受け取ると、合掌して、コープクンカーといい、感謝する。

実に、気分の良いものだった。
路地裏の店、特有のものだろう。

次も、機会があれば、彼女に、オイルマッサージをしてもらいたいと、思った。
そう思うのも、はじめてである。
悪い気を受けなかったのである。


posted by 天山 at 12:41| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 43

フロイトの弟子たちは、それぞれに、マスターベーションに関する、提案ないし、理解を示したが、それを、一々取り上げることは、省略する。

ここで、マスターベーションを禁止するということについて、時代に先駆けて、精液漏、という著作を出した、マルコ博士の、考え方を、紹介する。

禁欲は、生理的法則に反すると、マルコは述べた。
マスターベーションを覚えてから、それを、禁欲することは、かえって害があると、主張するのである。

以下、彼の文を転写する。
禁欲している青年は、すぐに、何となく気分がすぐれず、不安で、悲しい気分に襲われる。やがていらいらしてぼんやりと夢見がちになり、満たされぬ欲望に心は絶え間なくつきまとわれ、眠りはエロティックな夢に頻繁に乱され、夢精したりすることもある。さらに禁欲を続ければもっと重大な障害を引き起こしかねず、この点から考えると、何も知らぬうちの禁欲のほうが、快楽を知ってしまってからの禁欲よりは、害は少ないということになろう。というのも、後者の場合、本能の力と習慣の頑固さに、さらに性器感覚の後天的活動が付け加わるからである。すでに述べた性格の変化に続いて、脳にも重い障害が起こる。神かがり的な思想、性欲異常、強姦、男色、獣姦・・・

最後の方は、蒙昧である。

マスターベーションを快楽と、認めているのが、決定的である。
ただ、快楽を知ってからの、禁欲が、脳の障害や、性欲異常、男色、獣姦とは、行き過ぎである。

ただし、精神分析時代以降は、マスターベーションに対する、タブーというものが、消滅しつつあったということは、言える。

ただ、フロイトの影響は、長く続く。
結果、性欲行動に対しては、社会が、何らかの、抑圧を加えることであると、その理論による、教育のあり方が、推奨された。
つまり、抑制、禁止、抑圧である。

だが、それとは、逆に、その、抑圧により、神経症の原因となるというもの、である。
結局のところ、フロイトは、制御と強制を選ばざるを得なかったといえる。

そこで、反旗を翻したのが、弟子の、ウィルヘルム・ライヒである。

彼は、オーガズムの治療的効用を説き、性的抑圧を、権威主義的社会に連なるものとして、見たのである。

マスターベーションを、小児期および思春期のセクシャリティにおけるまったく正常な過渡的一形態であると、強調する。
彼は、それは、全くの無害であると、主張した。

青少年が、マスターベーションを始めるにさいして、両親や教会の偏見に毒されずにいるかぎりにおいては、無害であると、画期的な見解を、述べた。

初めは、誰もが、健全であったのに、それが、脅されて、酷い悪いこと、更には、罪意識まで、植え付けられるということに、反論したのである。

更には、マスターベーションには、何ら害がないのに、それに対する、罪悪感を植えつけるために、身体的、心理的な障害をもたらすのであると、述べた。

更に、性的、社会的秩序が性的関係の障害となるという問題が、問題であると言う。
そうした、障害のせいで、若者は、退行し、実現可能になった、自然目的から、逸脱した行為、小児的な空想に、後戻りすると。

つまり、マスターベーションは、開放的機能を果たすと、掲げたのである。

私は、ここに、初めて、マスターベーションの、目的、更に、マスターベーションの人間性というものを、発見したと思う。

動物は、基本的に、マスターベーションをしない。
更にである。
マスターベーションの歴史の豊かな民族の、芸術性は、実に高いのである。
それは、つまり、マスターベーションとは、人間としての、証であるともいえるのである。

その他、フロイトの弟子達は、様々な、見解を述べるが、ライヒで、十分であろう。

だが、結果的に見ると、社会は、マスターベーションに対しての、偏見と、禁止解除が、遅々として進まなかった。
私は、それは、宗教ゆえであるという。

宗教の基本的姿勢は、人間の欲望を、手玉に取り、それを、握ることで、支配するという、実に、悪知恵の持ち主たちが、支配する。
罪悪感を、植えつけて、信者を、威圧するというのは、特に、キリスト教の、お得意な、やり口である。

あなたは、罪人であると、堂々と言うあたりが、実に、傲慢不遜である。
人の罪など、構っている暇がない程、罪深い者が、指導者なのであるから、手がつけられない。

さて、罪悪感と、不安に結び付けられた、マスターベーションの有害性が、最終的に、放棄されるのは、1940年の、ホルトの論文である。

子供の病気、という本である。

それが、テキストとなり、ついに、「こうした禁止は、教養のない人々の間ばかりではなく、時して、医者の間にさえも見られる、という、見解になったのである。

そこに、至るのでには、様々な人たちの、努力があった。

例えば、古代ギリシャ、ローマでの、頻繁に行われた、オナニズムの歴史を説く者。

1947年の「児童および青少年の心的発達」という本を書いた、ピションは、「男性のマスターベーションは、かつて言われていたような恐ろしげな障害をもたらすものでは決してない。しかし、それには疲労が伴う。児童や青少年においては、やり過ぎれば、心臓にいくらか負担がかかることになる」と書く。

実際、心臓に負担がかかるのは、45歳前後からの、マスターベーションであることは、現代の、日本社会である。

ストレスの多い、中高年が、マスターベーションをして、心臓発作を起こすことは、有り得る。
一回の、射精にかかる、体力消耗は、100メートルを、全力疾走した時の、ものと似ていると言われる。
中高年の、マスターベーションは、その感触を楽しむことを、主にした、マラソン型マスターベーションが、理想である。

射精をしない、マスターベーションを、楽しむべきである。
後で、マスターベーション、及び、セックスの最高指導の、手引きを紹介することになるが、中高年、高齢者も、性を楽しむべきなのである。

しかし、それは、若者時代の、回想ではない。
新しい、性の楽しみ方である。

中高年の場合の、マスターベーションは、射精しない、感触の楽しみを続け、何度かに、一度、射精の快感を得るという、マスターベーションの、極意がある。

もう少し、この歴史を俯瞰してみる。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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