2008年09月11日

ベトナムへ 11

パタヤでのホテルは、日本から予約していた。
インターネット利用の場合は、割引になるということで、一泊だけを、予約したが、思わぬほどに、格安だった。
一泊、700バーツが、400バーツで、泊まれるのである。
約、1300円である。更に、朝食付である。
それならと、ホテルは、そこに決めて、三泊することにした。

ノース・パタヤと、サウス・パタヤの真ん中辺り、中心の少し奥に入った場所である。
そのまま、西に歩くと、ビーチに出る。
ただし、ビーチには、一度だけ、支援物資を担いで行ったのみ。
物売りが、煩いので、一切行かない。

朝は、ホテルの朝食で、十分で、昼、夜の食事を、近くの、食堂でする。
現地の人の、食堂である。

昼は、麺類を食べた。
好きな麺を指差して、ポークと言えば、豚肉が入り、チキンと言えば、鶏肉が入る。本当は、シーフードにしたいが、庶民の店には、無い。
40バーツ程度である。130円程度。

今回は、屋台の果物を、よく買って食べた。
スイカ、パイナップルが、美味しい。
そして、焼きとうきびと、紫芋の焼き芋である。
果物は、10バーツで、焼き芋などは、20バーツ。

衣服のバッグを持って、汗だくになり、喉が渇いて、路地の屋台に行き、スイカと、パイナップルを、食べた。
両隣に、麺類と、お惣菜の屋台があった。
一人の女の子が、お手伝いで、小さなビニール袋に、タレを入れて、ゴムで縛っていた。

そこで、私が、女の子に合う、可愛い服を取り出して、スタッフに、タイ語で、必要ですかと、言わせた。
すると、傍の母親が、声を上げて、喜んだ。
女の子も、それを、持って笑みを浮かべる。
いい光景である。

スタッフが、この辺りに、子供たちは、いますか。
日本から、子供の服を持ってきて、必要な人に、上げていますと、タイ語で言うと、何と、いるという。
どこに。
ここに。

ここ。
そう、ここ。私の子供は、男の子が、四人いますと言う。
つまり、男の子の物が、欲しいと、いうこと。
そこで、私は、四本のズボンを出した。
大きさは、どうか。
丁度いい。コープクンカー、ありがとう、と、何度も言う。

こんな所で、支援するとは・・・

屋台で、物売りする人は、女性が多い。それで、家計を支える。場合によっては、女手一つで、子供を育てている。

母親は、感謝の気持ちを、言葉では足りないようで、手を差し出してきた。
握手をした。すると、女の子も、手を差し出す。
その前に、手を合わせて、お礼を言うのである。

私は、日本人です、と言うと、両側のおばさんたちも、解る解る、ジャパニーズスタイルと、着物を指す。

暫く、立ち話をした。
果物が、甘いとか、名前の知らない果物の、説明を受けたりと。
その大半は、解らない。タイ語である。

ズボンを差し上げた母親は、私に、スイカをもう一つと、勧めてくれたが、もう大丈夫と、断った。
次も、又来ますと言って、歩き始めた。

気温は、それほど高くないが、物を持って歩くと、汗だくになる。

そこは、サウス・パタヤの方面になり、少し町外れになる。
しかし、その小路を歩くと、バーが多い。
こんな場所に、バーがあるよと、スタッフに言うと、そうだそうだ、この辺りだよ、ゲイタウンはと、言う。
よくよく、看板を見ると、良いボーイの店とか、男の何とかという、看板が多い。

つまり、地元のゲイの集う場所なのである。
ボーイズタウンである。
街中の、ゲイバーではない。つまり、男の子たちを、売る店ではなく、地元のゲイの出会いの場所なのである。
街中には、ゲイ・ショーパブもあり、男の子たちが、パンツ一つで、舞台で踊り、指名を受けるのを待っているバーもある。

私も、一度、そこに飲みに出たいと思っていた場所である。
しかし、結局、夜になると、疲れて、一度も、出かけなかった。

だが、昼間は、男の姿より、女の方が多い。
準備のための、掃除などをしているのだろうか。
中には、食事をしている女もいる。

オープンにしているので、椅子の腰掛けようと思えば、腰掛けられそうである。

しかし、その周辺は、夜になると、テーフルと椅子を出して、本格的ゲイスポットになるようである。

パタヤは、ゲイと、レディボーイのことを知らないと、面白くない町である。

さて、余談だが、パタヤでは、世界のレディボーイ大会が、行われる。
今、マスコミに出ている、はるな愛という、レディボーイは、そこに出て、四位になったが、実は、日本人で、特別賞を取ったレディボーイがいる。

私と同じ、北海道出身で、今は、故郷に帰って、ブログで、色々と書いている。
それは、スタッフが、調べていた。
まだ、レディボーイの存在が、知られていない時期の、快挙を成し遂げた、レディボーイであるとのこと。

その、スタッフが、いよいよ、レディボーイの施設への、侵入を果たすために、苦心惨憺して、レディボーイを演じることになったが、どういう訳か、その気になって、パタヤでは、私と同行する以外は、レディボーイとして、通したのである。

やれば、やれるものである。
勿論、顔立ちなどに、ある程度の要素が必要であるが、元から、色白なので、うまく化けることが出来たのである。

しかし、最初は、放任していたが、一度、その化粧に、私は、つい、アンタ、それなら、レディボーイではなく、吉本になってしまうよと、言った。
レディボーイの前に、お笑いだと、言った。
それは、彼の心を、傷つけたらしく、部屋に戻ってすぐに、顔を洗い、化粧を落とした。

悪かったと、思い、私が、化粧の伝授をした。
実は、私は、北海道にいた頃、テレビに十年ほど出ていて、おおよそ、化粧の仕方を知っていた。

出演する前に、スタイリストから、化粧されるのである。
私は、男用の化粧が嫌で、いつも、女性ベースにしてもらっていた。
男用の化粧は、顔が少し黒っぽくなるのである。

それで、女性ベースの化粧法を、少し知っていた。
また、カウンターテナーの藤岡宣男が、出演前に、化粧をしていたのを、見ているので、自然に覚えたのである。

知っているのに、何で早く教えてくれないと、怒りつつ、彼は、私の言うとおりに、化粧をした。
すると、何と、自然な化粧で、美しい女の子の顔になったのである。
成功である。

私の教訓。
いつも、自然に化粧をするように。そして、肌のために、潤いを忘れないこと。
絶えず、顔を気にすること。
そうして、話していると、センセイ、もしかして、本当は、化粧したいんじゃないの、である。

これで、私が美しくなったら、世の中の人は、どうなるの。
子供、産めないだけで、何でも出来る人になるよ、と、大声で、答えた。

力むことはないのだが、疲れが、出始めていたのである。

スタッフは、自信を取り戻し、翌日、レディボーイの福祉施設に、一人で、出掛けた。
そして、半日、戻って来なかった。


posted by 天山 at 12:40| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 41

それでは、19世紀の、精神分析を開始した、フロイトを見ることにする。

フロイトは、初めて、子供のセクシャリティを発見した。

幼児の旺盛な、セクシャリティ、多形倒錯的なセクシャリティの、発現があり、五歳くらいから、思春期に至るまでの、潜在期となる。
この間に、子供は、知的、道徳的に著しい成長を遂げて、セクシャリティに関する、すべてのことを、抑圧するという。

その抑圧は、フロイト以前は、性生活、セクシャリティは、生殖能力と混同され、更に、性というものが、思春期から始まるものと、されていた。

勿論、フロイトは、幼児のセクシャリティが、成人と同じような形で、発現するというのではない。

幼児の、性衝動は、多種多様で、発現は、うつろいやすい。
厳密な意味では、エロティックなものとは、いえない。

それを、前提にして、幼児にも、性感帯たる性質を備えているという。
そうした刺激は、まず、口腔領域、次に肛門領域に移り、さらに、身体全体にまで、広がる。

口は、口唇的性器である。
おしゃぶりが、性的能力の、発見への道を拓き、肛門部位を、制御する練習が、マスターベーション的なものと、見なされた。

これら、性的刺激の最初の諸形態は、前性器帯と、呼ばれるものである。
口と、肛門という、消化器の、両極に関わる。

人間は、考える葦ではなく、人間は、考える、管なのである。

口唇期、肛門期、その次が、性器である。
性器が、支配的な役割を、演じる、男根期が、続く。

ここに至り、マスターベーションを、免れることが、出来なくなる。

1905年に、刊行された、セクシャリティの理論に関する三つのエッセー、とともに、マスターベーション、1910年のウィーン精神分析学会での十四の議論と、題された、論文は、マスターベーションを、精神分析学から、捉えようとした、新しい試みである。

三つのエッセーで、子供のセクシャリティを、擁護し、マスターベーションが、重要な位置を占め、自己性愛的快楽の、特権的な表現であると見なしている。

子供の、オナニズムは、子供に普遍的に見られる、性活動の一つに他ならないということである。

この、基本概念を維持しつつ、思春期のマスターベーションと、それに、伴う空想の問題にまで、広げてゆく。

フロイトによれば、男根期は、同時に、エディプス・コンプレックスの時期でもある。
そこには、去勢不安が、隠される。
性器に手を触れる、子供に対してされる、脅迫によって、誘導される不安である。

何らかの、混乱により、この、コンプレックスの解消が、妨げられると、この時期を、越えて、マスターベーションが持続すると、考えた。

フロイトが、提示した、マスターベーションの、三つの段階である。

幼児のマスターベーション
性的充足のための、すべての自己性愛的活動がある。
小児のマスターベーション
四歳くらいからはじまり、すでに明確に、性感帯に固定される。
子供の第二期、四年目くらいに、はじまるマスターベーションを、尿道性愛的なものと、見なしている。
この期間は、フロイトが、後に、男根期として、記述することになる。

尿道性愛と、男根性愛とは、非常に密接に関連しあうのである。
子供の、遺尿は、マスターベーションと、同じものと、解釈される。
フロイトは、夜尿は夢精に対応すると、言う。

さらに、肛門括約筋の収縮に付随した、快感の性化と、マスターベーションの快感とが、大便を漏らす子供と、肛門粘膜の快感とが、関連づけられてゆく。

思春期のマスターベーション
子供のオナニズムと、関連するが、潜在期によって、隔てられ、性の発展段階は、潜在期によって、二つに、分けられる。
男根期と、思春期に、確立される、本来の意味での性器体制の二つである。

思春期には、それまでの、部分的性感帯の優位の下に、服従して、部分衝動は、最終的快感の達成のために、協力するとなる。
思春期の、マスターベーションは、小児期の、マスターベーションの、延長にあると、いう。

更に、フロイトは、マスターベーションに伴う、空想に、とりわけ重要性を、認めた。
神経症患者の多くが、その障害の原因を、思春期のマスターベーションに、起因する傾向があることに、注目したのである。

この、空想に、大きな問題がある。
その、有害性も、その空想にあるとしたのである。
マスターベーションという行為、以前に、その空想に、注目したといえる。

それは、他の方法では、不可能な、エディプス願望の、現われである、近親相姦的空想を想像して、満足せしめる行為であり、それは、後に、性的不能症の原因となるなど、すべての、想像の産物をして、強烈な罪悪感の、源流になるというものである。

今では、フロイト流も、一つの見方として、冷静に判断できる。
この、空想力が、芸術にまで、高まるということを、知らない。
すべて、病理として、扱ったのである。

日本の、精神分析も、欧米から、見習ったものであるが、そのまま、使用することに、無理があった。
一時期、それだけに、絞って、判断しようとしたが、破綻した。
それは、たった一つの方法だったのである。

例えば、フロイト流に、言えば、口唇期が、一生続く人もいる。また、男根期が、肛門期が、一生続く人もいる。

飛躍するが、ウォシュレットという、トイレの機能が、ついて、肛門感覚が、退化してしまったということに、気づく人は、少ない。

あれは、非常に、機能として、賛美されるものだが、使用を始めると、肛門が、鈍化して、肛門に、最初に水をあてないと、便意が、起こらないという人が出てくる。

五十代からの年齢の人は、特にそうである。
更に、一見、清潔に思えるが、全く逆である。

肛門には、それなりの、菌があるゆえに、菌から守られるという。それを、綺麗にするのであるから、非常に、他の菌に、弱くなる。

更に、直腸の動きを、鈍化させるので、直腸癌にも、かかりやすくなるのである。

便をするわけではないが、肛門に、水をあてて、ストレスを解消する人もいる。つまり、肛門性愛の変形である。

慣れると、肛門の中に、水が入るようになり、一種の肛門性交のような、具合になり、その、快感が、たまらなくなる。
要するに、アナルセックスの、変形である。

入れる快感と、排泄する快感を、味わうことが出来るのである。

東南アジアの国々で、便の後で、左手で、尻を拭くというのとは、根本的に違うのである。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。