2008年09月10日

ベトナムへ 10

パタヤ
バンコクから、高速道路に乗ると、約一時間少しで、着く。
昔、私が出掛けた時は、三時間ほどかかった、記憶がある。
その、昔出掛けた時、それほどの歓楽街とは知らず、ただ、滞在していた、三日間、散歩を楽しんでいた。

その時、日本からのツアー客のおじさんたちが、夕方になると、ホテルロビーに集い、皆で、出掛けていたのは、集団売春に行くためとは、後で知る。

ビーチ沿いに、色鮮やかな電灯をつけて、女たちが、客を呼ぶ姿は、今も変わらない。
そこで、女と交渉して、一夜を買うということも、知らなかった。

ただ私は、タイという国に行ってみたいという気持ちだけで、バンコク、パタヤへの、フリーツアーに、申し込んだ。

今、まさか、こんな活動をするために、パタヤを、訪れるとは、全く知らない。

1960年代、ベトナム戦争に従軍していた、アメリカ兵の、保養地、娯楽地として、拓かれた町である。

今では、日本人のみならず、欧米人にも、人気のアジアを代表するリゾート地としてある。

そして、ゲイ天国、更に、レディーボーイ天国である。
ゲイが遊ぶなら、パタヤである。また、レディーボーイが、普通にいる。

私は、二年前に、ある人の付き合いで、パタヤに来ている。
バンコクと、パタヤで、一週間滞在した。
それが、タイ国王在位、60周年記念式典の日に、バンコクにいた。
天皇陛下と、同じ日程だったと、後で知る。

バンコクのホテルロビーで、その式典を見ていた。
以前の、タイ旅行記にも、書いた記憶がある。

チャオプラヤー川での、式典の様も、丁度通りすがりに見た。
市民は、王様の黄色のシャツを着て、バンコク市内は、黄色で、埋まっていた。

その式典の際、国王は、つねに、天皇陛下の隣で、親しくお話していたという。
国王は、天皇に、特別の思い入れがある。
その一つに、今は、当たり前になった、淡水魚である、鯛に似た魚を、昭和天皇が、国王に贈った。国王は、それを、増やし、川に放流して、それが、今タイの国民の上質な蛋白源になっているという。

バンコクの、スワナプーム空港に、飾られる、その時の記念写真でも、天皇皇后陛下は、前列、国王と、王室の、次に並ぶ。
私も、その前で、写真を撮ってきた。

丁度、その場に、空港の清掃職員たちが、地べたに座り、休んでいた。
私が、写真を撮るのを、見て、皆、微笑んでいた。

良く私が、タイの人に、キングオブ、プーミポン、ジャパニーズ、エンペラー天皇、ベストフレンドと言っている。
変な英語だが、内容は、通じる。

タイに行き、国王の歌が流れると、起立し敬意をはらい、国王のことを、好きだと言うと、必ず、嬉しそうに、ありがとう、と言われる。

バンコク、スクンビットのナナ駅近くの、屋台連合のような、場所で、朝七時頃、コーヒーを飲んでいると、皆、出店の準備で、大忙しである。
そんな時、国王の歌が流れる。
私たちは、起立して、それを、聞いている。

そんな私たちに対して、その屋台の皆は、現地の人と同じように扱う。いや、それ以上に、親切にしてくれる。

色々と、話はあるが、先に進まないので、省略する。

唯一言、軍事力の無い、権威というものが、平和を、もたらす。
それを、私は、ゆるやかな、王制という。
天皇は、その存在の象徴である。日本の象徴だけではない。
無形の権威というものの、象徴である。
その、権威の幻想は、国家幻想として、非常に有効に生かされるものである。

老荘が、言う、道にある、無用の用とは、無形の権威のことである。
私は、そのように、解釈している。

さて、今回、パタヤに行くというのは、遊びたいからだ、と言えば、納得するであろうから、遊びに来たと言う。

一つは、衣服支援であり、一つは、トランスジェンダーの、施設見学と、その、取り組みを知りたいということである。

衣服支援は、ベトナムで、半分程、差し上げた。
残りを、パタヤである。
縫ぐるみは、数点残っていた。別のバッグににも、忍ばせていた。

縫ぐるみは、ビーチで働く人の、子供たちに差し上げた。
一人の子に、上げると、その親が、まだ、あすこにいると、言うので、ビーチに行くと、幼い子が、一人いて、差し出すと、すぐに受け取った。その横に、眠っていた、幼児の横に、一つを置いた。
その親は、手を合わせて、お礼を言う。

パタヤでも、縫ぐるみは、売られている。
キティーちやんも、ドラエモンも、ある。だが、すべて、大型であり、あれは、男が女に、プレゼントして、セックスのきっかけにするようである。

縫ぐるみが、友好の物になるとは、全く考えなかった。
やってみなければ、解らない。
それらは、すべて、私が、ゴミの日に、拾い集めたもので、その一つ一つを、選別して、バッグに押し込んだものである。

勿論、差し上げるものであるから、清め祓いをしてある。

さて、問題である。
15年ほど前、パタヤで、とんでもない事件があった。
五十代になる、日本人の男が、幼児を数名部屋に、連れ込み、性的暴行を行ったというもの。
幼児の、叫び声に、近所の人が駆けつけると、幼児を犯そうとしていたという。
即座に、警察である。
その場で、逮捕された。

貧しい子供たちに、物を上げたり、食べ物を与えたりして、性的行為をする者、多々あり。
児童買春ではない。
幼女、児童暴行である。

まだある。
今度は、女である。
日本では、教師をしていた女が、浜辺で、物売りをしている、少年を、ホテルの部屋に連れ込み、犯したというもの。
女が、少年を犯すというのは、どんなことか、想像するが、勃起させて、自分の膣に入れたのでろあうと、想像する。

パタヤでの、日本人に対する、感情は、最低最悪になった。

売春で、生活を立てている、真っ当な、売春という、仕事がある。
そうではなく、全く、性的対象にならない、幼児、児童を、性的対象にするという、稚拙である。

それが、私の心に、記憶として、沈んでいた。
それが、今回の、衣服支援の主旨である。
つまり、名誉挽回である。

着物を着て、バッグを持って、パタヤを回った。
現地の人に、手渡したかったのである。

最初は、スラムに向かった。
一つ、スタッフが覚えていた、バラック小屋が立つスラムに向かったが、着いてみると、スラムは、見事に、アパートが立ち並んでいたのである。
きっと、政府の指示により、そのように、スラムを変えたのであろう。

住む家が、そのようになると、住む人の気持ちも、変わる。
経済的に、以前と、同じでも、気持ちが違う。

小屋のような、雑貨屋さんの、ベンチで、休み、さて、どうするかと、考えた。
スタッフが、タイ語で、その店のおばさん、あいるは、おばあさんに、子供の衣服があるが、必要ですかと、尋ねた。
すると、おばさんは、必要だと言う。

それでは、と、スタッフが、取り出し始めたが、私は、シャツを三枚だけにした。
これでは、私の主旨が違う。
私は、一人一人に、差し上げたいのであり、支援をしてくれた人にも、手渡しで、差し上げると、言っていると、スタッフに言った。

幾人かの、子供が、お菓子を買いに来た。
そこで、私は、彼らに、シャツを取り出して、日本語で、プレゼントと言って、差し出したが、受け取らない。

アパートに住むようになり、少し意識が変わったのだろう。
しかし、アパートから出て来る、女は、厚化粧して、何の商売をしているかは、解る。
子供たちの、衣服も、決して、粗末なものではない。

私は立ち上がり、戻ることにした。

そこを、抜ける時、一人の男の子がいた。
父と母もいた。
私は、子供用の、ズボンを取り出して、必要でいすかと、母親に尋いた。
母親は、頷く。
私が、それを差し上げると、バイクに跨り、出掛ける前だった、父親が、コープクンカップ、ありかとうと、言う。

物を差し上げるということが、どんなに大変なことか。
くれてやる、のではない、差し上げるのである。

支援は、至難である。
どんなに、貧しくても、生きる尊厳という、プライドがある。

アイアム、ジャパニーズ
私は、差し上げる度に、そう言う。
勿論、着物を着ているから、当然、日本人であることは、解るだろう。しかし、あえて、私は、日本人ですと言う。



posted by 天山 at 12:40| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 40

1965年、アメリカで、ジョンソンが書いた。

マスターベーションは身体に何ら害を及ぼすものではないし、精神病の原因になるものでもない。それは、後の結婚生活の中での性的な悦びを妨げるものではない。

ここに、はじめて、マスターベーションに関して、光が、射した。
いかに、蒙昧な認識が、まかり通っていたかである。

私は、その歴史を見て、唖然とした、呆然とした。
何ゆえに・・・
これ程まで、マスターベーションを血祭りに上げたのか。
その最初は、勿論、宗教である。
そして、最も、その宗教の中で、マスターベーションが、華やかだったかということも、である。

こういう、蒙昧を、糞でも、食らえという。

社会全体がこぞってマスターベーションの追及に血道を上げる、そこにある種の自己満足が伴っていた。描写する自己満足、そして、鞭打つという自己満足が。その執拗さの中に、改悛した大人たちの側からの声が、自分たち自身の古傷がより強く痛みをもって感じられるほどに、その言葉と方法がよりいっそう斬新なものになってゆくおとなたちの声が聞き取れはしないだろうか?
ジャック・デュシェ

更に、続けると

十九世紀の思想に染み付いた個人と社会の堕落という観念が目に見える形になったもの、それがマスターベーション行為の咎で、有罪とされた人間、死を宣告された人間の典型的なプロフィールに他ならないのだ。彼らを慄かせ、自分自身で恐がるために、見たと信じることを微に入り細に入り描写する、それはもはやほとんど除き趣味であり、時代の文化を映し出した幻想によって育まれた覗き趣味である。

それを、推し進めたのが、医学という名の、科学であるから、手が付けられない。

例えば、仏教思想は、すでに、医学、科学の、発見したものを、見ていたのだという、アホ、馬鹿、間抜けたちがいる。
事後預言のように、後で意味をつけて、仏教思想は、すでに・・・云々とやる、アホ。
般若心経を、科学で、論ずるという、アホ。

桃太郎でも、浦島太郎でも、何でも、科学で、解説出来るのである。
どんぐりころころ、どんぐりこ、という、歌でも、である。

話が、大きくずれたので、元に戻る。

さて、マスターベーションが、付帯現象でしかなく、その観察記録という、信憑性も、客観性もない、記録を見ると、今では、全く、原因とは、考えられないもの、例えば、身体的障害、知的障害、道徳的障害、などなと、きりがないのである。

マスターベーションは、素人目にもすぐ見てとれる。顔色は蒼白くくすみ、目は窪み、周りには隈ができ、表情には、羞恥と悲哀と不安が混然となって現れている。
ガルニエ

更に、
衰弱し、生気を失い、身体的にも精神的にも虚弱になった人たちをどれほど見たことだろうか。
と、続くのである。

西洋骨相学のガルの考え方を、取り入れた、モレルという、有名な変質理論の中にも、マスターベーションは、人間性を密かに侵し破壊する災禍の一つに数えられる。ペストにも戦争にも、天然痘にも、いや、同様の病気が一塊になっても、この致命的な悪習のもたらす惨状には太刀打ちできないと、言う。

それらが、聖書による、権威で、基礎づけられるという、仰天である。

ちなみに、旧約聖書の中には、夢精を対象にした、清めの規則について書かれているが、マスターベーションに関する、記述は、無い。

更に、新約聖書の中にも、無い。
カトリックの教義の元となる、パウロの書簡の中にも、不道徳に関することは、書かれていても、マスターベーションについては、明確な、記述は無い。

ただし、欲望に身を任せることの、一つに、マスターベーションを当て嵌めると、それは、不道徳になる。

パウロは、男と男が、淫らなことをするという、行為を罪であると、書くが、マスターベーションについての、言及は無い。

何事も、罪とか、やってはいけないという事は、多くの人が、やっていたということであり、男と男が、淫らなことをするという、風習があったということである。

無知蒙昧の、一端を、ランダムに書いてみると、まず、マスターベーションは、インポテンツの恐れあり。
ひ弱で、虚弱で病弱な子供が出来る。
死が、堕落した自慰者の不可避的な末路となる。
これは、お馬鹿としか、言いようが無い。自慰が、死ぬに結びつくのではなく、誰もが、死ぬ。

十九世紀の、精神医学というものは、知的障害者を、堕落した人間であると、判断した。
そこで、過度のオナニズムが、原因であると、言われた。

ただ、中には、フランスの医師、アルノー・ド・ヴィルヌーヴのように、長く溜まった精液は、毒になるとして、健康のために、マスターベーションを勧めた者もいる。
これは、極めて、稀なケースである。

性的機能の不充足、禁欲が、精神異常の原因となるとも、考えた者もいる。

ただし、多数は、過度のマスターベーションによって、卒中、咳、微熱、過剰発汗、栄養失調、肺結核、あらゆる精神病を経て、死に至るという、考え方であった。

精神異常の他に、更に、細分化された、障害の原因にもされた。

真性てんかん、幻覚、妄語、ヒステリー様痙攣、心臓、肺、生殖器官。
面白いのは、陰茎と、陰嚢の肥大、陰唇と陰核は、長くなる。
自慰者の特徴は、しゃがれ声である等。

1855年に、パリにて行われた、裁判があった。
女性教員が、折檻で、生徒の一人を殺したというものである。

死んだのは、五人のイギリス人少女の、一番年長の少女だった。

内容は、悪い習慣に染まっており、それを矯正するために、折檻したというものである。
悪い週間とは、勿論、マスターベーションである。

日本では、女の子の、マスターベーションの報告より、圧倒的に、男の子の、オナニズムが、多数である。
西洋は、女も、性的快楽を、思う存分に楽しむという、民族性を、感じる。

自慰者の救済のために、互いに協力し合うという、驚きの事実もある。
監視し、躾、治療するというのである。


posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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