2008年09月09日

ベトナムへ 9

ここで、一度、ベトナムから、離れることにする。

ホーチミンでは、三泊した。その後、私たちは、バンコクに向かった。
ボッタクリのタクシーではない、正規の運賃を支払う、タクシー乗り場が、ホテルの並びにあった。

8ドルが、相場だと知っていたので、前日、予約をして、確認した。
確かに、空港までは、8ドルである。
そこには、運転手ではない、何の役目なのか、必ず、受付の者がいた。特に、事務所がある訳ではない。

もしかしたら、政府関係の、旅行者向け担当の、職員かもしれないと、思った。
その人に、8ドルを支払うと、それで、オッケーである。

バンコクまでは、一時間半の飛行機の旅であるが、出国手続きが必要だ。

私たちは、ホテルを九時過ぎに出た。
丁度、車や、バイクの込み合う時間帯を、空港に向かった。
海外では、兎に角、早め早めに、行動するようにしている。何が起こるか、解らない。

比較的スムーズに車は、進んだ。といっても、大変な道路事情である。
カーレースのような、運転に、感心して、乗っていた。

一時の飛行機であるから、11時までに行けばよい。
しかし、車は、10時前に到着した。

次の時は、路線バスを利用しようと、思っている。何せ、3000ドンである。
15000ドンが、一ドルであるから、25セントということになる。
また、路線バス乗り場も、知ったので、それで空港まで行くことにする。

ホーチミンの、タンソンニャット空港は、こじんまりとしている。日本の地方の、空港のようである。

まだ、登場手続きが始まっていないので、空港内の、唯一の、オープンカフェに入り、コーヒーを頼む。
何と、8ドルである。
とんでもない、料金で、驚いた。

しかし、空港は、どこも値段が高い。
私は、どうどうと、買い置きの、果物などを、取り出して、そこで食べることにした。そうそう、ヨーグルトも、あった。

私の旅の楽しみは、地元のスーパーや、商店で、買い物をすることである。
時に、それらを、すべて食べられないで、日本に持ち帰ることもある。
しかし、それは、違法である。
果物などの、生ものは、持ち込み禁止。

トイレに立ちつつ、ボードを見て、手続き開始を、待つ。
二度目のトイレの時に、手続き開始の、点滅である。

ベトナム航空の、チェックインカウンターに向かう。
混雑していないのが、いい。
待つことなく、スムーズに手続きが進み、そのまま、出国手続きに向かう。

そこで、また、あの、ブーである。
荷物をベルトに乗せて、門をくぐる時に、ブーと鳴る。
面倒だが、着物の袖の物を、すべて出す。
しかし、腹を指摘された。
これは、脂肪だと、言いたかったが、言葉が解らない。

担当の女が、帯を取れと指示する。また、ここで、裸になるのか。
グアムの空港で、パンツ一貫になったことを、思い出した。
ここは、穏便に、穏便にと、静かに、帯を解く。

同行の野中が、ライターを袖に入れるから、ブーと鳴るのだと言う。
最初から、ライターを取り出して、籠に入れるべきだと、言う。
解った、解った。

私の場合は、声が大きいので、相手を威圧するらしいのである。
最初に、大声を出すと、相手は、怯む。
しかし、生来のもの。どうしようもない。
だが、兎に角、穏便を心がける。

驚いたとこは、出発ロビーには、日本人が多い。
皆、ホーチミンを通り、バンコクに向かう人なのである。
そして、韓国人である。

喫煙室に入ると、日本語と、韓国語が、耳に入る。
飛行機に乗り込むまで、一時間半を、私は、喫煙室に出たり入ったりを、繰り返した。

喫煙室というのは、実に、面白いのである。
密室で、多くの人が、タバコを吸う。そして、それぞれの会話である。
聞くともなく、聞いていると、しょうもないことを、話していたりする。

フリーツアーで、旅行している人もいるようで、何となく浮かない顔をしていたりする。
ただ、旅の疲れのみで、旅の楽しみを感じていないようである。
中年のおじさんが、一人旅なのであろう。バンコクの旅行案内を、真剣に見ている。
カップルは、倦怠感に溢れている。
旅の間は、セックス三昧で、それだけで、疲れるのだろう。

韓国人の、おじさんたちは、元気である。
缶ビールを飲みつつ、タバコを吸い、大きな声で、談笑している。

若者の、一人旅の姿を、あまり見なくなった。
それより、三十代の男の姿が、目立つ。
バンコクで、どこの売春宿にするかと、思案している風情である。

日本で出来ない遊びを、思う存分、バンコクで晴らす、そんな雰囲気。
と、それを、想像する私の、想像力も、貧弱である。

だが、証拠は、ある。
後で、バンコクの、スクンビット地区に、行くが、そこで、立つ、売春の女、レディーボーイから話を聞くと。日本のサラリーマンの、お客が多いという。
少しの時間しかない。その少しの時間を、立ちんぼの、女と、また、レディーボーイと、過ごすというのである。

彼女たちは、売春宿より、断然安い。
一時間の、ショートだと、1000バーツである。約、3300円。
二時間で、2000バーツ。約6600円。
女好きでも、レディーボーイを買う日本人が多いと、聞いて、驚く。

レディーボーイ曰く、だって、私たち、男なの体、知り尽くしているのよ。
そりゃあ、そうだ。元は、男である。

さて、いよいよ、飛行機に乗り込む。
客が、意外に少ない。これは、寝られると、思った。

日本と違い、すべてのお客が機内に入ると、出発である。
時間通りではない。
さっさと、飛び立つ。
私は、それが、気に入っている。もたもたするのは、嫌いだ。
はい、全員乗りました。よし、行くぞ。
そして、動き出す。

カンボジアの上を飛んでいる、と、私は、窓から、下の風景を見下ろす。
近いうちに、カンボジアにも行く。
王国であるから、いい。王様のいる国には、親近感が、持てる。

カンボジアは、ポル・ポトによって、知的階級が、皆殺しにされて、一番必要なことは、教育である。
勿論、貧しさは、また、格別であろう。
日本のボランティア団体も、多く活動している。
特に、学校建設である。

一時間半の、飛行時間であるから、忙しい。
お絞りが、出て、飲み物があり、食事である。

オチオチ、寝てられない。
三席に体を、横たえていると、乗務員に起こされる。
飲み物は、何。
えーと、オレンジジュース。
ビールや、ワインもある。
しかし、私は、飛行機の中で、アルコールを、飲みたいとは思わない。

食事が終わり、横になっていると、着陸の準備です、という、アナウンスが流れる。
と、聞える。ベトナム語であるから、解らないが、機体が、激しく揺れるので、下降しているのだろう。

落ちることなく、バンコク、スワナプーム空港に、到着である。

あー、懐かしい。
私は、この空港が、大好きである。
なんか、自分の物のように、思えるのである。ホント、お目出度い。

入国、そして、荷物を受け取り、市内へ出る。

ここからである。
今までの方法を、止めた。
そのまま、外に出ると、タクシー乗り場がある。そこには、決められたタクシー乗車の場所と共に、個別にタクシーを売り込む人たちで、ごった返している。
私は、あえて、そこを避けて、出発ロビーに上がり、そこから、外に出る。

そこには、客を乗せて、到着したタクシーがいる。
そのタクシーを捕まえるのである。
戻りの、客がいるというのは、彼らにとっては、実に得である。
そこでは、こちらの言い分が通る。

空港から、直接、パタヤに向かう。
1500バーツで、交渉した。だいたい、それくらいで、まずまずである。
普通の車で、タクシーではなかった。
安いと、1300バーツでも行く。
何でも、相場というものがある。
あまり、叩いても、気分が悪いことになる。

約4500円である。
パタヤまでは、一時間ほどかかる。
高速道路も含めての値段であるから、納得。

パタヤのことを、説明しつつ、旅を進めてゆく。



posted by 天山 at 12:39| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 39

11世紀の、グレゴリウス教会改革に先立つ時代にあって、全般的に罰は、厳しいものだったが、淫らな思いや、マスターベーションは、一番軽い罰が適用されていた。

だが、一般の人々に対する、個人的な性的行為に、教会が、果たして、何事か、管理することが、出来たのかということは、不明である。
信者の多くは、教育の無い農民が主である。

キリスト教、この場合は、カトリックが、結婚を解消できないものとして、定着させる。
それは、教会の、七つの秘蹟の一つとされる。
しかし、それに関しても、どの程度の、強制力があったのかは、不明である。

よって、確実なことは、聖職者に関することである。

1050年頃に、教皇に提出された、改革草案の中に、ピエール・ダミアンが残した、情報がある。
自然に反する悪徳が、癌のように、聖職者たちを蝕んできた、というものである。

一つないし、集団で行われるマスターベーション、太股による男色ないし完全な男色、・・・
それが、八人とか十人とかで行われてきたことは周知の事実である。

西洋の、マスターベーションの歴史を俯瞰してみると、マスターベーションというものが、多くの人々に、盛んになりだしたのは、19世紀になってからである。
それ以前は、マスターベーションも、実に曖昧模糊としている。

つまり、マスターベーションというものも、歴史的社会性というものが、影響する。

聖職者たちの他に、一般信徒の、情報もある。
男性のマスターベーション、女性のマスターベーション、手によるマスターベーション、道具を使用したマスターベーション、相互にするマスターベーションなどである。

しかし、聖職者たちの、マスターベーションの方が、確実であったということが、解る。

一般信徒の生活の中に、入り込んで、その性的行為を見つけ出すことは、大変である。

聖職者たちは、修道院という、場所での生活である。
男性は、男のみ、女性は、女のみである。
更に、当時の、修道院は、食べるに困る者なども、入るのであるから、性的行為は、乱れて当然である。

宗教修行の場所は、宗派問わず、そういう行為に、溢れている。
一時的、男色行為などは、当たり前であろう。

ロシア正教などは、三割が、同性愛者であると、断言できるのである。

同性愛を禁止する宗教の、内の中は、それで溢れているのである。

同性間の、タガが、外れると、それは拡大する。

マスターベーションの、歴史において、サミュエル・オーギュスト・ダヴィド・アンドレ・ティソー博士をおいて、他には、いない。

その過激思想は、20世紀の初頭に至るまで、凄まじい影響力を与えた。
聖職者と、医療関係者によって、熱烈に擁護され、支持された。

若い良心を毒し、精神分析の発見に至るまで、その当初は、ウィーン学会まで、口ごもるほどであった。

ティソーの、その思想の有害性には、異論を挟む余地がない。

神に対する罪であった、マスターベーションが、ティソーによって、医学的に有害であり、更に、社会規範ないし、美学に抵触するものとなった。

18世紀に、病気とされた、マスターベーションは、個人と社会双方の死を意味するものとなると、オナニズムの歴史のデュシェは、言う。

1754年に刊行された、ティソーの最初の、種痘の正しさという著作は、天然痘の種痘の有効性を主張するものだった。

貧民にも、尽くし、ローザンヌの神様と呼ばれたほど、もっとも名の知れた医師であった。

彼の、オナニズムは、天然痘と同じように、災禍と、見なされた事実は、絶大である。
その、著作は、オナニアについてーーーマスターベーションによって引き起こされる病気についての論考、である。

この本は、1760年から、1842年まで、30回以上版を重ねた。

1764年に出たフランス語の、序文である。
私がここで記述しようと思ったことは、マスターベーションによって引き起こされる病気についてであり、マスターベーションの罪についてではない。そもそもそれが自殺行為であることが論証されるなら、もうそれだけで罪の証明は十分ではあるまいか。
こうした事柄においては、理性によって納得させることに過大な期待を寄せるべきではなく、むしろ、集めるのが追いつかないほどの実例によって恐怖を与えることのほうがましである。

ティソーは、1715年に出版されたオナニアという匿名のものに、ベッカーズ博士という名を与え、加えて、オナニアは、罪、悪徳、そしてその恐るべき結末に対する強烈な呪詛の書である。それが罪であるのは、この行為が精液の喪失によって生殖を損ない、もって、人間そのものを損ない、ひいては、種の破壊につながるゆえんである、と書く。

そこで、掲げられた、項目である。
すべての知的能力の衰弱
体力の完全な衰退
合併症としての激しい苦痛
顔面の膿庖
その第一原因である生殖器官自体の障害
腸機能に破綻をきたすケース
である。

彼は、何の根拠もない、精液の喪失における、去勢と同じ影響を掲げた。

その一つ一つの事例は、省略するが、何の目的で、それを書いたのか、不思議である。
悪魔憑きとでも、言い得る、その姿勢は、如何ともし難い。

私が、悪魔憑きという理由は、その後、聖職者、医学者だけではなく、思想家たちにまでも、大きな影響を与え、更に、その影響は、第二次世界大戦後になるまで、定説として、続いたことである。

1965年の、アメリカ、ジュンソンによる、言葉が出るまで、続いたのである。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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