2008年09月07日

ベトナムへ 7

ベトナム共産党の、計画経済の話を書いた。
そして、それを、市場経済に移行するという、試みが、なされた。

ドイモイ、という、刷新経済である。
今までは、国が、丸抱えでやってきた、国民は、非常に戸惑ったはずである。
何せ、お金など、使用することがなかった人々である。

その混乱は、余りある。
1986年12月からの、市場経済の様を、俯瞰してみる。

確かに、ドイモイ政策が、軌道に乗り出すと、ベトナムは、少しつづ、インフレから脱し、市場経済システムが、うまく推移して、ある程度の体制が、整えられた。

1989年に、東西冷戦状態が、終結して、社会主義は、機能しなくなる。
市場経済を導入して、それを成功させるべく、歩むこと以外に道がないことを、知ることになる。

ベトナムは、カンボジアとの、和平の成功もあり、国際社会は、ベトナムに対する、経済制裁を解除して、国際社会への、復帰を促した。
それは、実に、良きことだった。
国際社会から、孤立しては、どうしようもない。
未だに、国際社会から、平気で孤立し、国民を、塗炭の苦しみに、追い込めている、アホな国もある。

勿論、共産主義を、掲げて、全体主義にある、国である。

最も、ベトナムの、経済を変容させたのは、アメリカとの、関係だった。

その前に、1991年に、中越戦争以来断絶していた、中国との国交を正常化している。

ベトナム戦争終結して、20年を経た、1995年7月、長い交渉の末に、アメリカとの、国交正常化が、成立した。
その直後、アメリカの承認を受けて、アセアンに加盟することが、許された。

これにより、国際社会に、完全復帰したのである。
最大のポイントである。

1996年以降は、インフレも、4,9パーセントと、安定する。
年間GDP成長率は、約7パーセント。
一度それが、下がったのは、97年の、タイからはじまった、アジア通貨危機の時である。

そして、21世紀に入ると、成長率7,5パーセントと、堅調な経済成長である。

一人当たりの、平均所得が、二倍以上になるという状況である。
ドイモイ政策の直後は、一人当たりの、GDPが200ドルだったのが、2006年の、20年後は、約600ドルになるという状態である。
20年で、三倍になるというのは、僥倖である。

ただしである。
世界の基準で見ると、年間200ドルというのは、一日50セントであり、一日一ドルという基準を満たしていない、極貧である。
それが、三倍になって、一ドル50セントになったというもので、貧しさは、極貧から、抜け出たということである。

ちなみに、日本の場合は、2006年の、一人当たりは、三万五千ドルである。
五十分の一の、GDPである。

国連開発計画が、毎年発行している、人間開発指数というもので見れば、日本は、大体、十位以内にあり、ベトナムは、2005年で、177カ国の105番目である。

しかし、国民の生活は、確実に、豊かになったといえる。
国民の生活を、ミクロ経済という。
全体経済を、マクロ経済という。
マクロでは、問題があっても、ミクロでは、改善されたと、考えていい。

ただし、である。

ここからが、ベトナムの大きな、問題である。

この、二十年間の経済を、俯瞰すると、発展、成長といっても、実際は、経済の根本を、築いていないというのが、実感である。

ベトナム自体が、新たなる産業を起こし、国際的に通用するような、物を生み出していないのである。
発展成長は、単に、外国政府からの、ODA、そして、国際金融機関の融資、外国企業の、直接投資などによるものであり、外国からの、支援や、投資によって、輸出額が、伸びているだけである。

その間、ベトナムがやったことは、石油、米、コーヒー、海産物、野菜、果物などの、一次産物の輸出だけである。

つまり、ベトナム経済の発展成長とは、幻想なのである。

経済成長著しいベトナムの、云々というのは、嘘なのである。

ベトナムには、実は、一次産物しか無いのである。

原油産出が、年間1200トン以上あっても、自国では、精製出来ず、シンガポールに輸出し、そこで、精製されたものを、輸入しているという、仰天。

そして、大規模な製鉄所が無いために、ほとんどの、鉄鋼製品を輸入しているのである。

産業化出来ないということは、蓋を開ければ、実は、何も無いということと、同じである。

これについては、戦争後遺症を、見なければならない。
実は、ベトナム戦争を、私は、語りたくないのである。
それには、大きな負い目がある。

私自身の問題ではない。
日本の、ベトナム戦争に対する、態度と、平和運動をした者どもの、怠慢やるせない、怒りの思いがあるからである。

例えば、あの頃、ベトナム戦争反対を掲げた世代は、今、何をしているのだろうか。
青春の思い出として、思い出しているとしたら、アホ、馬鹿、間抜け、もう一つ、ついでに、自害して果てろ、である。

平和行進など、誰でも出来る。
サルでも、犬でも、猫でも、出来る。
ベトナム戦争を終結させたのは、誰であろう。
ベトナム人である。

途中で、誰も止められなかった。
そして、それは、日本の太平洋戦争にも、行き着く問題なのである、私には。

最新兵器の、アメリカとの、戦いに、ベトナム人は、着の身着のままで、戦った。
特に、南で戦う民族戦線のベトナム人は、アメリカ軍から略奪したり、闇市の横流しされた武器を使うという、ゲリラ戦を、戦った。

それを、調べて、私は、反吐が出た。

アリと象の戦いと、言われたという。

それでも、ベトナムは、アメリカを大敗させた。
その、ベトナム人の、戦闘的能力は、どこから、くるものなのかと、私は、ベトナムに、ベトナム人に、非常に興味を持ち、更に、畏敬の思いに溢れた。

ベトナム人と、友人になれば、世界に怖いモノ無しであると、思った。

嫌でも、ベトナム戦争を見渡し、そして、日本が、ベトナムと、特に友好関係を結ぶことを、考える。

タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシア、マレーシアなど、東南アジア、東アジアとの、連携が、日本の存続に関わる、大事なのである。

そこまで、この、ベトナムの旅日記で、書こうと思っている。
ただし、これが最後のベトナムでははない。
最初のベトナムである。

足繁く、ベトナムに通い続ける覚悟があって、こうして、検証して、書くのである。


posted by 天山 at 12:38| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 158

空海は、インド・バラモンの呪術を持って霊的存在に対処する。
日蓮は、それを、真似て、陀羅尼で、対処する。

日蓮は、法華経の行者と自ら名乗り、霊的存在と対処し、その弟子たちも、行者として、霊的存在に対処した。
それは、現在も、行われている。

彼らの、言葉にすると、不成仏霊ということになる。
それは、日蓮宗系の、霊能者などにも、引き継がれて、法華経を持って、霊的存在に対処するという形である。

空海の、真言密教の方法と、日蓮宗系の、所作には、違いがあるが、それは、専門的というか、個々人で、違うゆえに、一概に、書くことは、出来ない。

ここで、面白いのは、成仏、不成仏という言葉である。
一体、何を基準として、不成仏というのか。
それは、単に、幽霊という形で、現れる霊に対する所作でもある。

マスコミなどが、放送するものは、それである。
見える形で、霊的存在を、示すものだから、放送という形を取れるが、見えなければ、出来ない。

人に霊が、憑いて、何やら喋らせたりする。
それを、取り除くという方法である。
霊の存在を、信じない人には、催眠術のように、見える。

それ以前に、不成仏霊について、少し言う。

あちらの世界に行けない霊である。
つまり、この世に、留まり、浮遊する。
何故か。
思いである。強い思いが、そうさせる。
しかし、子供の霊などもいる。
強い思いがなくても、いる。何故か。
よく解らないのである。

死んだということを、意識しない場合が、多い。
何故か。
死後の世界を、受け入れないからである。

事故多発地帯に、多く幽霊が、出ると言われる。
それは、そこで亡くなった人が、そこに、留まるからである。
その霊を、不成仏霊と言う。

私の言葉にすれば、次元移動出来ない、霊であり、不成仏ではない。
人間は、成仏するものではない。というより、成仏というものは、観念である。

仏になる。
死んだら、仏になると、観念するという、誤りである。

それでは、日本の伝統では、命 みこと、になると言う。
自然に隠れた存在になると、考えて、お隠れになると言う。
つまり、次元を別にするということである。

総称して、神になるとも、言う。
しかし、一神教の神観念ではない。
超越した、存在ではない。
この世に、また、あの世に、超越した存在は無い。
それは、信仰である。
信じる行為で、それを、生み出す。

我は、神であると、出て来るモノは、霊である。
単なる、霊である。
新興宗教の教祖たちは、皆、この、霊に、やられた。

迷い、浮遊する、そして、成仏せずに、苦しむ霊を、読経により、引き出し、それらを、納得させて、成仏させるという、行がある。

確かに、それは、事実としてある。
霊が、障り、不調和を起こすというものである。
それなりに、処置をすると、それが収まり、正常に戻る。
しかし、これが、実に、難あり。
確認する術が無いのである。

霊的能力者と言われる者たちは、多くは、精神疾患的である。
また、人格としても、未熟である。
自己顕示欲によって、成る人もいる。

多く、霊的能力があると、言う人は、何のとりえが無いゆえに、その自己顕示を満たすべく、霊的能力があると、演じる。

それの、恰好の、お経が、法華経である。
悪魔のお経であるから、言霊が強い。
特に、漢訳されたことにより、更に、それが増した。
いずれ、法華経について、書くことになるが、内容は、ハリーポッター並の、ファンタジーである。

釈迦仏陀が、最後に説いた教えというが、それは、後世の人の、言うことであり、根拠が無い。
しかし、多くの人が騙される。
騙されるような、お経である。
つまり、如何様にも、解釈が出来るのである。

白隠という、禅師も、最初は、法華経を、単純なお経と見ていたが、次第に、法華経の、凄さが、解ったという。それは、単に、法華経に、取り込まれただけである。

漢訳された時、妙法蓮華経と、訳された時、魔が入った。
みょう ほうれんげ きょう
妙法は、つまり、真理の法は、蓮華の、つまり、蓮の花の如くにあり、である。

大乗仏典というものは、後々、編纂されたものであり、誰が書いたのかも、特定出来ない。
創作の話から、あれほどの、教義を作り出すものであるから、相当に、おかしい、変なものである。

文学として、扱った時のみ、正しい。

南無阿弥陀仏も、おかしいが、創作の、お経に、帰依するという、南無妙法蓮華経は、更に、おかしい。
それが、本地の仏から、出たものと、信じた日蓮は、おかしい。
その、おかしさに、気付いて、いなければ、法華経を唱える者は、地獄に落ちるということになる。

仏教は、経典を掲げて、宗派を起こす。
新興宗教では、阿含経を掲げるものもある。涅槃経を掲げるものもある。
甚だしいのは、般若心経のみで、詐欺のような、宗教を立てる者もある。

霊を祓うと、一心に、般若心経を唱える集団もある。

三蔵法師玄奘の漢訳が、日本の大乗仏典の多くである。
玄奘は、法相宗を起こした。
その、法相宗の、教義というか、考え方を知らないで、唱えるという、愚行である。

玄奘は、大乗を学ぶために、命懸けで、天竺に旅した。
最高学府ナーランダにて、学び、唐に戻り、翻訳をはじめた。
そこでは、大乗のみならず、小乗も、学びつくした。
とんでもない程の、優秀な頭脳により、最高学府の、最高に達したのだ。

玄奘の、教えには、仏に成れない者がいるというものがある。
人を五種に、分けて、最後の、一種に、仏に成れないものがいると、打ち立てた。

これが、天台との、違いである。
最澄は、お育ちが良いのか、人は皆、仏に成ると、掲げた。
天台宗は、名門である。
鎌倉仏教の、祖師たちは、皆、これに習った。
大きな間違いの元である。

天台という、新興宗教が、仏教を堕落させ、破壊し、とんでも仏教にした。
以後、日本仏教は、誤り続けて、今日に至る。
その、天台とは、中国僧、天台チギによる。
三千大千世界というものを、立てた。一念は、三千世界に通じるというものである。

ちゃかす訳ではないが、五千でも、六千で、なんぼでもいい。要するに、心の広さを言うのである。しかし、天台は、仏の世界を言う。

そして、もし、この三千世界を主にして、経典を解釈するというなら、それなりの、直感的解釈がある。
何事もそうであるが、人類は、先のものを批判することによって、生成発展してきた。
その、批判の精神とは、精神進化の、成果である。
批判の精神を、失うことは、精神的死を意味する。
いずれ、それについても、書くことにする。

さて、
人を、皆、救うというから、大乗仏教はいいという、お馬鹿な、仏教家や、識者がいるが、あれは、生業である。
それで、食っているのである。
ホント、いい気なものである。

私は、このエッセイを書いて、食っていけないのである。
それでも、書くというのは、わかるかなーーー
芸術活動である。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 37

我が指の
天翔ける淵に蟻が一匹
なんとキモチの良いことよ
良いことよ

古代アテネの詩人アマリウスは、手をつかうオナニーを、このように絶賛している。
指先でペニスの、様々な箇所を自由自在に愛撫できることの、喜びを表現する。

へのこ良か
良か泣くべな
左手(ゆんで)のよ
左手の
夜なべ

日本、中国地方の、俗謡である。
手のオナニーの素晴らしさが、歌われている。

キリスト教とセクシャリティは、伝統的に相性が悪かった。他方、脱宗教化を目指した社会の歴史においてもつい最近に至るまで、こと自慰に関しては、やはり道徳的断罪だけが問題だった。保守主義から、共和主義者、カトリック信者から自由思想家に至るまでの、こうした自慰断罪の執念は、十八世紀のティソーのベストセラーによって口火を切られた反自然キャンペーンを経て、十九世紀に最高潮に達した。
オナニズムの歴史 ディデエ・ジャック・デュシェ

明治以降、西洋から、入ってきた、思想は、いやがおうにも、日本人に影響を与え、更に、今までになかった、道徳的という行為にまで、発展した。
それ以前の、道徳とは、儒教による、公的生活の規範だった。
個人の生活の、更に、個人の性的関心ごとには、触れることは、少なかった。
それゆえ、西洋のオナニーから、眺めてみることにする。

西洋人のオナニーの定義を見る。
勿論、文献は、聖書である。

旧約聖書に、登場する、オナンである。

オナンの兄、エルは、子を残さぬままに、死んだ。
婚姻制度によって、ユダの二番目の息子である、オナンが兄嫁のタマルを娶るのである。
創世記第38章

直系の子孫を遺すことが、目的である。

ところで、聖書によれば、オナンは、生まれてくる子供が、自分のものとはならないと、知って、兄嫁と、交わる度に、精液を地に漏らすのである。
それが、エホバの神の怒りに触れた。
そして、死んだ。

未完の中絶性交が、神の怒りに触れたのではなく、掟に従わなかったことが、怒りに触れた。
ちなみに、エホバの神とは、実に、殺しの好きな神である。

そこから、オナニズムという言葉が、現れ、更に、それが、マスターベーションとつながる。しかし、マスターベーションの、言語学的起源についての、定説は無い。

手と汚すという言葉に、由来するといわれるが、男性生殖器と、興奮、刺激という、言葉に由来するというものがある。

16以前のフランスの辞書には、どちらの言葉も、見当たらない。
15680年に、モンテーニュが、マスターベーションは、1787年に、サドが使ったことが、最初だと言われる。
つまり、自慰者である。

更に、この間に、刊行され、ディドロとダランベールの百科事典に、医学病理用語として、マスターベーションとして、長い記述がある。

オナニズムと、マスターベーションという言葉の、混乱が何故起こったのかということは、解明されないままである。

1715年に、オナニアと、題された匿名の本が、ロンドンで出版された。
そこには、セルフ・ポリューションという言葉が使われている。
オナニズムという言葉は、無い。

1758年に、ラテン語で、書かれた、ローザンヌの医師、サミュエル・オーギュスト・ダヴィド・ティソーによって書かれた、マスターベーションに伴う病気についての論考、との題での、論文がある。

それが、1760年に、フランス語で、訳されてから、決定的な、第一歩を踏み出すことになった。
その、題名は、オナニズムーあるいはマスターベーションによって引き起こされる病気についての生理学的論考、である。

その後は、オナニーと、マスターベーションは、混同されて、今に至る。

同じ意味合いで、使用される言葉と、なった。

神学より、先に、医学が、一歩を踏み出した。そして、それに、神学が、追い込むようにして、定義を始めたと、言ってよい。

そうして、恐ろしい時代の幕開けが始まるのである。

教会はつねに、人間の身体に疑いの目を向け、それを価値の低いものと見なし続けてきた。身体が復権され、性欲と性的行為とが認められるようになったのはつい最近のことにすぎない。それがはりか、自慰に伴う罪悪感に、医学的な理由づけが大きな影を落としてきたことも事実である。「肉欲の罪」は、とりわけ、個体と種の保存のための衛生規則に対する違反と結び付けられることになる。医者と神学者は、こうして、救済の問題、医学の証明を媒介にして天から地に戻された救済の問題を前にして、一致協力しあったのである。
ジャック・デュシェ


ちなみに、1995年に、出版された、英語版の日本語訳、セルフ・ラブという、本を手にしている。

副題は、私が私を愛するとき、である。
これは、捨ててしまう可能性があった。しかし、今手元にあり、利用価値が、見出されて、私は、満足している。

著者は、ベティー・ドットソンで、画家、作家、セックス教育家であり、マスターベ-ションや、セックステクニック指導者としても、名高い女性である。
特に、女性の、マスターベーションを推奨している。
マスターベーションが、特に、男性向きだったものを、女性に解放した、貢献は、大きい。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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