2008年09月05日

ベトナムへ 5

安くて、快適な、少し階段がしんどいホテルに、落ち着いた。

何度も、階段の上がり降りをしていると、次第に、慣れてきたが、普段あまり、歩くことの無い生活を、痛感した。
しかし、私は、運動やスポーツは、しない。絶対に、しない。
あれ程、体に悪いものは、無いからである。

普通の生活をしていれば、人間の体は、自然に、健康体になるようになっている。
要するに、何事も、適度にしていれば、いいのだ。
食べ過ぎ、呑み過ぎ、やり過ぎが、一番悪いのである。

その反対の、節制というものも、度を越すと、体に悪い。

そんなことは、普通に考えていれば、解ることである。
更に、生きていることが、一番健康に悪い。
死ねば、すべて解決する。

二年続けて、胃痙攣のような痛みに、襲われた。
三年目に、検査をして、胃潰瘍であると診断され、更に、胃カメラを飲んで、検査をすると、ピロリ菌によるものとのことで、ピロリ菌除去の薬と、一年程、薬を飲み続けて、完治した。
しかし、私は、ガンであることを、望んだ。
ガン保険を掛けていて、ガンと、診断されると、大金が、貰えるのである。

楽しみにして、行きつけの病院に行くと、先生が、胃潰瘍と、十二指腸潰瘍と言うので、がっくり、した。

今なら、初期の胃ガンならば、一週間ほどの入院で済む。
それに、保険会社に、怨みがあり、何とか、大金を取ってやろうと思っていたのである。

この話は、旅日記に関係ないので、以下省略する。

さて、その部屋から、何度も出掛けた。
食事をするため、水を買うため、インターネットをするため、そして、衣服の支援をするためである。

縫ぐるみの話は、書いたので、衣服支援の話である。
大半を、道端で、差し上げることになった。
ホーチミンの街中である。

東京の街中で、衣服支援をするようなものである。
その、大半は、子供を連れて物売りをしている、女性たちであった。

私は、一々、子供服を持っています、必要ですかと、尋ねて、必要だといわれると、バッグを、開いて、その子に合うサイズの服を探した。
それを、周囲の人も見ている。
そして、私たちを、微笑みつつ、見ている。

ベトナムの人は、笑わないと、言った。本当に、彼らを、笑わせるのは、至難の業である。
しかし、子供服を差し上げていると、皆、私たちに、微笑むのである。

さて、少し難しい話になるが、ベトナム経済について、書く。

1986年に、ベトナム共産党は、ドイモイという、刷新政策を採用した。
中国の、改革・開放路線から、八年後のことである。

その同じ年、ソ連では、情報公開と、ペレストロイカ、刷新政策を掲げた。

ベトナム共産党は、従来の社会主義の政策では、時代に適応せずに、機能不全を起こしていると、自覚していたのである。
特に、改革派のリーダーたちが、目覚めた。

ベトナムの大きな問題は、ベトナム戦争の後遺症である。
敗者となった、南ベトナムの、サイゴン、現在のホーチミンを中心とする、南部が、勝者である、北の首都であるハノイと、その周辺の、北部より、経済的に発展する条件と、要素が、揃っていたことである。

しかし、敗者が、生成発展し、勝者である、北が、それを追いかけるという図は、政治的に、不可能であった。
そこで、考え出されたのが、南部、中部、北部という、それぞれの地域で、独自の発展を考えるという、戦略を立てることになるのだ。

ところが、ベトナムは、戦争でも、経済でも、多々試練を受ける。
ソ連の崩壊によって、東側の経済支援が、止まった。
故に、財政破綻である。

1986年から、1990年の、インフレ率は、774パーセントである。

国家が管理する経済システムを、計画経済という。
国民の生活が、国によって、丸抱えされる、システムである。
しかし、この制度では、簡単に言うと、皆、同じである。つまり、誰もが、皆、同じ服を着て、同じものを食べて、没個性を生きるしかない。
しかし、果たして、そんな生活が、続くだろうか。
まして、世界の状況が、次第に、明らかになる時代である。

しかし、計画経済から、市場経済に移行するというのは、ただ事ではない。

そのために、必要なインフラの整備などを、考えても、気の遠くなるような、大事である。

ベトナムの最大の問題は、今も、解決されていない。
それは、経済の核である、鉄が作れない、石油の精製が出来ず、原油を輸出して、更にそれを、輸入するという。
そして、通貨主権が確率していないことである。
現在の、ドンも、オーストラリアで、造られている。

最大の問題は、共産党の一党独裁である。

ここで、共産主義の、理想的哲学を云々しても、始まらない。
本当の共産主義によれば、中国や、ソ連とは、違う理想的な、共産主義が、実現するという、アホや、馬鹿の話を、聞いていられる場合ではないのである。

ベトナムを、指揮しているのは、20名ほどの、リーダーであるという。極端な、中央政権である。
それも、旧ソ連で、教育された、爺さんたちであるから、万事休すということになる。
すでに、ソ連は、崩壊して、もう、旧ソ連で、学んだものが、生かせる時代ではない。

余談であるが、共産主義国家とは、汚職天国国家である。

現在の、ベトナムも、ご多分に漏れず、汚職花盛りである。
日本の、ODAによる支援政策で、日本側の代理店が、ベトナムの役人の口利に、大金が、賄賂として動いたという話は、私が、ベトナムに出掛ける前だった。

勿論、汚職は、民主国家にも多いが、共産国家は、半端ではないということである。
中国を上げるまでもないが、金持ちは、共産党の幹部に関係する、親子兄弟、親戚である。

王制廃止しても、それに変わる存在が、共産主義幹部ということで、話にならないのである。

さて、それでは、国民の暮らし、その経済活動は、どのようになっているのか。

これをまた、書くのは、大変なことであるが、それを、知らなければ、ベトナムでの、支援活動の道が、見えないのである。

極貧から、貧しさへと、言われるが、ベトナムの農村などは、また、極貧に近づいているのである。

実は、私がベトナムに興味を、持ったのは、ベトナム戦争ではない。
約、20年前のことである。
日本の、ドックフードの会社が、ベトナムの海岸地方の、小魚を買い漁って、その漁民たちが、それにより、食べ物にも困り、塗炭の生活を強いられていると、聞いた時である。

金にあかせて、日本が、とんでもなく、傲慢に振舞っていた時代のことである。

申し訳ないなー、と思っていた。
だが、その時期は、私も、金儲けに、奔走していた時期である。
一人で、五人前の仕事をして、普通のサラリーマンの十人前の、年収があった時期である。

今は、人に貰って食う生活である。
ホント、人生って、楽しいものである。
今、現在、私の部屋には、人から頂いた米が、50キロある。


posted by 天山 at 12:37| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 155

日蓮の矛盾と、回心は、西嘉年間に、起こった、大飢饉と、地震である。

日蓮が布教を、はじめたのは、鎌倉である。
大飢饉が起こった時、地獄絵が、現れる。

鎌倉の、町全体が、死体で、埋まる。

中世の、死者は、海岸に捨て置かれた。
酷い時は、道端に捨てられた。幕府が、見かねて、道端に死体を捨てるなと、禁止したほどである。
火葬されるのは、一部の特権階級である。

さて、大飢饉と、地震の様を見て、その被害の甚大さに、日蓮は、驚く。

天変地異や飢饉、疫病があまねく天下に満ち、広く地上を覆っている。馬牛は路上に倒れ伏し、死者の屍と骨は道にあふれている。・・・
食を求めてさすらう人々は目に溢れ、死人は視野に満ちている。しかばねを積み上げれば望楼となるほど高く、横に並べれば橋となるありさまである。
立正安国論

ここには、仏の教えなど、何ほどのものでないことを、悟る、ものがあったと、思える。
それこそ、悟りである。
仏の教えなど、役に立たないのである。
しかし、それならば、仏の教えを捨てるか。
捨てられないのである。

何故か。
人は、生きられるようにしか、生きられないからである。
もし、日蓮が、仏の道を止めて、庶民のために、尽くす生き方を選んでも良かったが、いかんせん、彼は、無力である。
飢餓に苦しむ人を、助けられない。
自分が、食べるのも、やっとである。

ここが、考えどころである。
宗教家というものは、宗教家にしか、なれないのである。

後に、日蓮を、迫害する、良観という、極楽寺の僧侶がいるが、彼は、鎌倉の福祉事業を、一手に、引き受けた。
しかし、日蓮は、それを、罵倒するのである。
その理由が、奮っている。

偽善であるというのだ。
偽善でも何でも、である。助けの必要な人を助けるということ、急務である。

川を見れば、橋を架け、病人を見れば、治すのである。
良観が、手がけた病人で、助かった者は、四万六千人、治らなかった者、一万四百五十人などと書かれる。
これは、社会的に、大変な福祉事業である。

日蓮は、それでは、何をしたのか。
何もしない。
ただ、内にあるものに、目を向けて云々という。

あの、イエスキリストでさえ、人はパンのみに生きるのではなく、神の言葉によると、言う。つまり、パンも必要なのである。そして、神の言葉も、必要なのだ、と。

日蓮が、律国賊と、罵倒したのは、この、律宗の良観のことであろう。
しかし、律宗は、人間の行いを正すのは、世の中を正すという、教えがあり、良観としては、宗派の教え通りを、行ったのである。

ところが、日蓮の言い分は、国賊であるというから、救いようがない。
更に、彼によって、日蓮の、法難が起こったという。
勿論、良観から、すれば、平穏な鎌倉に、とんでもない嵐を、起こす日蓮の存在は、とんでもない者との、意識があっただろう。

日蓮は、何もせずに、批判をする。
以後、日蓮が、行ったことは、何一つ、社会の役に立たないのである。

人の行為を、偽善であるというほどの、何物も、日蓮は、持たない。つまり、説得力に欠ける。これは、日蓮の、ある種の病である。
つまり、人格障害である。

生まれ持っての、傲慢不遜である。
意思の強さと、人が言うが、それは、違う。
傲慢不遜が、意思の強さに、見えただけである。

何せ、日蓮宗である。
唯一、自分の名を冠して、宗派が、起こるという、自己顕示欲は、ただ事ではない。

ある、仏教家が、日蓮を、擁護して、きっと、仏教は、内外不二と言うので、良観のやり方が、外向過ぎると、言いたかったという。
自分の内で、修行を深めることと、外へ出て、人を救うことと、どちらかに、ウエートが、かかるのは、良くないと。

こんな程度が、常識的な、仏教家として、著書を著しているのである。

日蓮は、自分の無力に、嫌気が差して、良観の、行為を嫉妬したと、みてよい。
日蓮の、一生を、見れば、何一つとして、社会活動は、していない。
ただ、正法をのみ、云々という、妄想に生きたのである。

念仏無間とは、念仏宗は、無間地獄に落ちる。
禅天魔は、禅宗は、天魔である。天の魔物がすることであるという。

私に言わせれば、題目盲目である。

立正安国論を、見れば、一言で、誤っている神仏を、拝んでいるから、国に、難が起こるという、子供のような、議論である。

それから、日蓮教学なるものが、出来あがるが、偽書まみれである。
本当と、嘘の区別が、つかなくなり、議論の議論に陥り、果ては、疲れて、日蓮宗の僧侶たちは、在家よりも悪い生活態度である。
何一つ、社会の役に立たないという、役立たずであるから、終わっている。

ちなみに、日蓮宗を、大きく分けると、身延山の、日蓮宗と、富士の日蓮正宗がある。
別段、区分けするほどのものではいない。
同じ穴の狢である。

さて、題目、一筋に至った、日蓮の、絶対主観を、ゆっくりと、見つめてゆくことにする。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 35

さて、心理学では、明確に、男である、女であるという、判定は、出来ないでいる。

そして、また、心理学は、その前に、人間の孤独感というものを、性にあると、判定している。
つまり、分離不安というものである。

生命の基本は、アメーバであった。それは、分裂によって、数を増やす。種の保存のために、どんどんと、分裂する。
分裂によって、元の個体は、無くなるが、個体としての、死というものはない。

ところが、雄、雌と、個体が分かれてから、つまり、有性動物になると、生殖のために、一時的に結合するが、結局、別々に死というものを、迎える存在になる。

雄と、雌という、悲劇は、あまりある。
更に、人間だけが、死ぬことを知っているという、悲劇である。

上記の、分離不安と、死ぬことを知った人間が、性というものを、通して、格闘してきた、歴史的事実は、実に、涙ぐましいものがある。

それゆえに、性は、宗教とも、密接な関わりを持った。

それは、人間の根源的な、存在の孤独となる、性を有する人間の、苦悩である。

マスターベーションの歴史について、詳しく紹介するが、マスターベーションでは、決して得られない、存在の孤独感の満たしである性というもの。
青年は、一日の何度も、マスターべーションを繰り返す。
悲しい程、ペニスをしごくのである。
しかし、孤独という、心的状態からは、逃れられないのである。

そして、それは、相手に向かう。
この場合は、異性というものである。
ただし、異性愛という言葉は、同性愛という言葉の後に、出来上がったということを、付け加えておく。

同質異性を求める、人間の性である。
更に、異質同性を、求める、同性愛という、限りなく、不毛であり、限りなく、人間らしい性の状態もある。

同性愛に関しても、別に、論じる。

個体として、そして、性としての、孤独を与えられた人間の取るべき道は、結合である。

不足を感じたものに対する、憧れが、男は、ペニスの挿入可能な、膣を、そして、膣を持つ女は、そこに、入れてくれるペニスを、求める。

束の間、男と女は、一体になる。
ほんの、束の間である。

人間は、その誕生から、次々と、切り離されていく我という意識を、持つ。
それが、人間の孤独感という意識を作り出し、その実存の意識は、不安に、象徴される。

キリスト教的実存主義の、キルケゴールは、死に至る病であると、不安を捉えた。彼の、軽薄さは、性というものに、深く触れずに、信仰という、妄想に頼ったことである。

さて、他者を、意識し、世界を意識する人間を、成長するという。
その、実存の意識に目覚めるということは、存在の哀しみである。

いみじくも、釈迦仏陀が、生老病死を、苦であると、観たことは、正しい。
苦であるというより、実は、悲、なのである。

生老病死は、悲であると、言い直すことにする。

生まれた子供が、最初に、気づくことは、フロイトがいうように、口唇愛期と呼んだ、時期である。
しゃぶることの、快感は、実は、分離不安を静めるものである。

セックスの際に、しゃぶるのが、大好きという人は、これである。

ある青年が、相手の女が、自分のペニスを、夢見心地で、しゃぶるのを見て、俺も、ペニスをしゃぶってみたくなったと言う。
そこで、友人に、その話を持ちかけたところ、友人は、俺は、その趣味じゃないと、断られたと言う。
同性愛行為ではない。
彼は、単純に、女が、何故、あのような、表情で、自分のペニスをしゃぶるのかを、突き止めたくなったのである。

母親の母乳を吸うことは、性生活全体の出発点となり、後年のあらゆる性的満足の類のない手本となる。
フロイト

しかし、幼児も、成長する。
母乳から、引き離される時期がくる。
それが、スムーズに進まない時、幼児が受けたショックは、後々に、重大な、神経症の原因ともなる。

子供返りという状態がある。
子供の時期に、受けられなかった、不足を補う行為である。
必ず、この、口唇期のやり直しが、必要になる。

大人になっても、この時期の、コンプレックスが、飲酒や、タバコ、そして、麻薬などの行為に走らせること、多々あり。

生物学の後では、心理学に、多くよる、人間の性である。

幼児期に、男は、ペニスの去勢不安を持ち、女は、ペニス羨望を持つ。

最初、人は、皆、自分と同じだと、信じる。
勿論、大人になっても、自分と人は、同じだと、憶測、推測で、人を判断するが、それが、実は、自分の姿だとは、気づかない。

嫌な人が、全く自分と同じ傾向を持つ人だったということは、多々ある。

幼児は、皆、自分と同じように、ペニスがある、ペニスが無いと、信じる。しかし、自分と別のものを持つ、異性を見て、仰天する。

そこから、観念が、植え付けられる。
男の子、女の子である。

それが、その社会の歴史、伝統、習慣、教育によって、為される。
服装から、何から何まで、男の子と、女の子として、区分けされる。
それに、違和感を抱く子供がいるのだが、親は知らない。また、知らない振りをする。

ある、同性愛の、若者が、母親に告白した。
すると、母親は、今のうちよ、いずれ治ると言ったというから、驚く。

通念というものが、一人歩きして、平然として、人を裁くようになる。
通念とは、常識ではない。

男は、女を好きになるものだという観念である。
男は、女を求めるものだという、観念である。

これが、また、宗教的に、決定されると、歴史的悲劇が、起こるのである。


posted by 天山 at 00:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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