2008年09月02日

ベトナムへ 2

1954年から、1975年の十年間の、ベトナムでの、死者数は、米軍が、58000名強、ベトナム側は、300万人である。

名高いベトナム戦争の、犠牲者である。

アメリカ人が、一人死ぬと、ベトナム人が、50人死ぬのである。しかし、ベトナム人の犠牲者は、民間人も含むので、更に多いはずである。

ベトナム戦争の大義は、ドミノ理論であった。
つまり、南ベトナムが、共産主義の手に落ちると、タイ、インドネシア、フィリピン、日本などの、アジア諸国が、ドミノゲームのように、次々に倒される危険がある、というものである。

1954年、ディエンビエンフーで、フランスが大敗して、北が勝利した時、アメリカ政府は、アメリカ在住カトリック教徒の、ゴー・ディン・ジエムを担ぎ出し、北緯17度線を、軍事境界線として、ベトナム共和国を急遽設立し、ジエムを大統領に据えた。

そして、南と、北を、ジュネーブ協定で、分離を認めさせたのである。

それはまた、北の、急進を好まない、中国の考えとも、一致した。

一方、ホーチミンは、この戦争を、植民地から、ベトナム民族を解放する、民族解放の戦いと、意味づけた。

さて、この、ホーチミンとは、今のホーチミン市のことである。
つまり、人の名を冠して、名づけられた町である。
昔は、サイゴンと、言った。
サイゴン陥落とは、ベトナム戦争終結の言葉とされた。

私は、ホーチミンに出掛けた。
現在のベトナムを、理解する上で、ホーチミンについてを、語ることが、必至である。

ホーチミンは、1890年5月19日に、ゲアン省ナムダン県キムリエン社、つまり、キムリエン村で、生まれた。
本名は、グエン・シン・クンである。

父は、グエン・シン・サックといい、彼は、第三子である。
父のサックは、村で寺子屋の先生をしつつ、勉強を続けて、1901年に、科挙に合格する。
科挙とは、官使東洋試験である。

だが、サックは、フランスが祖国を植民地にしたことを、憤慨する、愛国者であった。
それゆえ、フランス保護の下にある、官使の生活に馴染むことが出来ず、結果、アルコール依存症が原因で、トラブルを起こし、失職する。

クンは、父親の窮状を助けるために、フランスに渡り、定期航路の雑用係りに就いて、ベトナムと、フランスを往復しつつ、父親に仕送りを続けた。

そして、父の愛国の精神を受け継ぎ、フランスにて、祖国の独立を要求する、運動に参加するようになる。

1919年、ベルサイユ講和会議にて、アメリカの、ウッドロー・ウイルソン大統領に直訴しようと、ベトナム人の祖国解放のための八項目要求、という請願書を作成した。
その時、ベトナムの代表として、ホーチミンが使用した名前が、グエン・アイ・クォックというもの。クォックとは、愛国者という意味である。

グエンという苗字は、ベトナムで、一番多い、苗字であり、ベトナム人の愛国者ということで、たちまち、ベトナムの人々の間に、知れ渡った。

そして、政治的活動をしているうちに、左化、左傾してゆくのである。
更に、フランス社会党の創設メンバーとなるが、フランス人の、植民地の惨状に対する理解の無さに、憤ることになる。
その時、レーニンの、植民地問題に関する理解ある論文を読み、急速に、共産主義に、親近感を抱くようになる。

更に、フランス共産党の創設に参加するということになり、その後、コミンテルンのメンバーとして、モスクワに移住するのである。

それから、ベトナム解放のために、本部を説得して、活動の中心を、中国に移すことになる。

ここで、問題は、民族解放を求める、愛国の精神が、それを、理解するという共産主義というものに、曳かれたのであり、共産主義に曳かれたのではないということである。
ここのところを、理解しないと、ホーチミンの主義を、理解出来ない。
共産主義が、主ではない。
民族解放という、愛国精神が、主体なのである。

色々な、研究家が、ホーチミンの思想について語るが、私は、ここのところで、明確にしておきたいと、思う。

方法の問題である。
主義の問題ではない。

自主独立、自主統治である。
それは、後でも語るが、ベトナムの今後の、民主化のために、必要なことである。
現政権である、ベトナム共産党の、共産共和国ではなく、民主共和国にならなければ、発展は無いのである。

1941年、ホーチミンは、30年ぶりに、祖国に戻り、祖国解放のために、指導力を発揮する。

1945年8月から9月にかけての、権力の真空の間に、一気に、独立を勝ち取るのである。

9月2日に、ベトナム民主共和国の独立を、一方的に宣言し、初代国家主席に就いた。

翌年、46年から始まった、第一次インドシナ戦争を指揮する。
54年、先に書いた通り、フランスに致命的な敗北を与えて、戦争に勝利する。

だが、大国が指導権を握る、ジュネーブ会議にて、北緯17度線を軍事境界線とされ、ホーチミンも、従わざるを得なかったのである。

その、カラクリは、東西冷戦が始まり、ベトナムも、その最前線の一つとなっていたからである。

そして、間も無く、ベトナム戦争が勃発する。
ホーチミンは、70歳を超えていたが、軍事問題では、最高指導者として、国民を鼓舞し続けた。

1969年9月2日に、亡くなった。

一旦、ホーチミンについては、置いて、おく。その思想については、実に謎に包まれているのである。


初めての、共産国に入国するという気持ちは、何とも言えないものだった。
事前に、ホーチミンには、公安や、私服警察などが、至るところにいて、見張りをしていると、聞いていた。
更に、路上では、喧嘩などしては、公安に捕まるということも。
また、観光客のための、警察も、緑の制服で、至る所にいるのである。

私が感じたのは、タクシーなどを頼む時も、私服警官のように人に頼むと、ボラれないで済むというものだった。
その人が、警官が否かは、確認できないが・・・

観光客のための、というより、それも、観光客を見張るというものと、考えて良いと思う。

道端で、一人の幼児を抱えて、宝くじを売る、女性に、縫ぐるみを差し上げた時、歩いていた一人の男が、俺にも、と言い、近づいてきたと、すると、至る所から、人が駆けつけて、縫ぐるみを下さいと言う。
その時、矢張り、人が集うので、公安、警察の人が、近づいて来たと、スタッフが言う。

すべての、縫いぐるみが無くなり、人も去って、安堵したが、集会が、禁止されているとのこと。
着物姿の日本人が、人を集めて、何をしているのか、ということになるのである。

ちなみに、最も、貧しい人は、宝くじや、ガム、ティッシュを売り歩く。
日本では、道端で、配られるティッシュである。

一度、私は、夜の食事をしてい時、物売りが、しつこくて、大声を上げて、怒った。
すると、あたり一面が、静まり返った。
皆、私を注目した。
これは、ヤバイと思った。

騒然とした雰囲気は、他の国では、見られないものだった。
私の、怒りまくりは、共産国では、ご法度である。

元々、声が大きい私だが、ホーチミンでは、怒るのを、抑えると、決めた。



posted by 天山 at 12:35| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 151

ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる。
道元

これは、実に美しい大和言葉である。

ただ、我が身も、心を離れ、忘れて、仏の家に、投げ入れて、仏の方から、来てくれる。これに、従うのである。力も入れず、心の働きもない。そうすれば、生死というものを、離れ、つまり、その観念を離れて、仏となる。
ということである。

いかがだろうか。
これには、騙される。
勘違いする。
読んだだけで、何か救われたような気持ちになる。

言葉の、恐ろしさを知らない人が、これに、やられる。

その気になるのである。

仏の方から、来てくれる。
どこかで、聞いたような、話である。
そうそう、念仏、浄土門の時に、話した、書いた。
阿弥陀仏が、救うというものである。
ただ、念仏することによって、弥陀の本願に、救われるという、ものである。

魔界の教えである。

すると、もっと、凄いのは、念仏しなくても、救われるという、考えである。
ちなわち、弥陀の本願は、一人が救われなければ、我が身の救いは、無いというのであるから、念仏しない者でも、救うということである。

このように、突き詰めてゆくと、とんでも、ハップンという、恐ろしい、境地に至る。
マジである。
マジで、そのように、考える。

三蔵法師玄奘の時までは、よかった。
辛うじて、救われない者もいる。
仏に成れない者も、いると、教えた。

要するに、馬鹿は、死んでも馬鹿ですという、教えである。
それが、どこで、どう間違ったのか、あるいは、変節したのか、アホになったのか、狂ったのか、皆救われる。皆、仏になるという、耳障りの良い言葉を、並べ立て始めたのである。

天台である。
中国の僧、天台チギという者。
つまり、解釈である。
解釈は、事実ではない。


栗田勇氏の、引用も、面倒になったが、面白い話が載っている。
カトリックの、徳の高い、修行僧や、神父は、医者にかからないというものである。
何故なら、病は、神が与えたもうたものである。
故に、それは、人為をもって、手を入れてはならないと、考えるというのである。

エホバの証人、ものみの搭という、カルト系キリスト教は、輸血を禁止する。
我が子が、手術をするのに、輸血を拒否するという、アホ、馬鹿、間抜けの、親がいる。
今は、法律で、未成年者の場合は、輸血が、出来るようになった。

さて、解釈を、持っての、教えとは、全く、筋違いになるのである。

おわかりか、皆様、宗教とは、如何様にも、解釈出来るということ。
気が狂えば、狂うほど、とんでも、解釈になるのである。
そして、それを、人に押し付ける。
信じさせる。

これは、暴力である。

神父は、神の意志ゆえに、病と、闘わないのである。
よろしい。
その本人がそれで、いい気分ならば、言うことはない。
何ゆえの、医学であろうか。
それを、考える。

あたかも、信仰深い、立派な態度に見えるようだが、単なる勘違いである。

助かるものなら、助かった方がいい。
二度とない、人生である。

前世というものがあろうが、この時、この私という、存在は、唯一の存在である。
二度と、この私という意識は、現れない。

道元は、生死を、離れたところに、仏というものを、置いている。いや、生死が、仏の命であるという。

一体、何を言いたいのか。
仏の境地とは、そういうものなのか。
あるいは、仏という存在が、生死を、超えたものなのか。

それでは、仏として、尊敬された、仏陀は、どうか。
死んだ。

今は、仏陀は、死んでいないのである。この世に、存在しない。
仏が、生死を、超えたものということは、証明出来ない。

思い余った末の言葉である。

信仰に、つきものな、我を、何かに、任せるという、境地を言うのだろう。
仏という、訳のわからないものに、我を任せて、どうする。

生死を離れ、仏となる。
それでは、道元は、仏になったのか。
何故、我、仏になれり、と、書かないのか。

ここに、道元の、不案内がある。
つまり、迷いである。

どうせ行くなら、我、仏となれり、でいい。


ただ、その道元も、矢張り、大和心に、戻っている。
次の、文である。

仏となるに、いとやすきみちあり。もろもろの悪をつくらず、生死に著するところなく、一切衆生のために、あわれみふかくして、上をうやまい下をあわれみ、よろずをいとうこころなく、ねがう心なくて、心におもうことなく、うれうることなき、これを仏となづく。又ほかにたずぬることなかれ。

これを、仏というと、明確にした。

それは、悪を行わない。
生死に、執着しない。
みんなのために、哀れみ深く。
上を敬い、下を憐れみ。
すべてのことを、厭わない。
願う心もなく、心に思うこともない。
憂いに沈まずにいる。
それを、仏だというのである。

願うことなく、心に思うこととは、妄想である。
それでは、仏という妄想を捨てるべきである。

何も、仏になる必要はない。
大和心を、生きればいいのだ。

おほいなる やわらぎの こころ である。
大和心を、仏であると、最後に、締めくくる。

それでは、次に、道元の、大和心に至る道を見て、道元を終わることにする。

結局、仏教の究極が、大和心であるということ、実に、明確である。
道元、辞世の句である。
また見んと おもいし時の 秋だにも 今夜の月に ねられやはする

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 32

受精卵がその発生プログラムを開始するとすべてのことは粛々と進行する。あるタイミングで特別なスイッチがオンになり、次の瞬間にはオフになる。そのかわり前の段階のスイッチオンに反応して、次のスイッチがオンになる。このカスケードは連鎖しながら各細胞に微小な変化をもたらす。スイッチがオンになる、とは特定の遺伝子が活性化されて細胞内に新しいタンパク質が出現する、ということである。スイッチがオフになる、とはそのタンパク質が分解されて細胞内から消えるということである。
福岡伸一

さて、受精後、約七週間を経ると、ある特別なタンパク質が作られる。
それは、細胞核の内部に入り込み、その中を拡散しつつ、自分の居場所を探す。

ここまでは、基本仕様である。

ここからが、初めて、行く先が分かれるという、岐路である。

染色体がXXならば、その岐路は、何の問題もなく、続行される。
だが、染色体XYならば、特別な状況が起こる。

その、特別な状況は、非常に険しい道のりである。
Y染色体の定めである。

SRY遺伝子が、活性化されると、SRY遺伝子のメッセージを伝えるべく、RNAが数多く転写される。
そして、その情報が翻訳されて、SRYタンパク質が作られる。

SRYタンパク質は、DNA結合能を持つ、特殊なタンパク質である。
それは、細胞核の内部に入り込み、拡散しつつ、結合すべき場所を探す。
その場所とは、ゲノムDNA上の、特別な配合である。

SRYタンパク質が、その配合に結合すると、配列の直後に位置する、遺伝子から、RNAの転写が開始される。
それが、更に翻訳されて、タンパク質が、作られる。

SRYタンパク質によって、スイッチが入る遺伝子は、複数あるといわれる。

つまり、情報が、増幅されるのである。
だが、科学では、未だ、SRYの指令を受ける、遺伝子は、解明されていない。
しかし、それが、行われる過程は、明らかにされつつある。

それを、ミュラー管抑制因子と呼ぶ、タンパク質の一種である。
それは、ミュラー管のみに、働くものである。

それは、生殖器を形成している、組織の中にある、細胞に、そのタンパク質を作らせるという、働きを持つ。

ミュラー管は、基本仕様に従えば、何事もなく、プログラムに添って、進行されるが、ミュラー管抑制因子を受け取った、ミュラー管の細胞群は、徐々に小さくなり、やがて消滅する。

こうして、基本仕様の、卵管、子宮、膣になるべき、細胞群を失った、女として、男が、誕生するのである。

そこからが、大変な活動なのである。

つまり、女を壊してしまったのであるから、それを、作り変えることになる。

膣が、開口する必要がなくなった、割れ目を閉じる作業が、はじまる。
肛門に近い側から、細胞と細胞の、接着を行う。
縫い合わせるわけである。

更に、男性ホルモンの生産と、放出である。

更に、ミュラー管抑制因子を作り出した細胞の近くに、別の細胞の一群がある。
この細胞は、SRYの指令を、受けて、テストステロンという、男性ホルモンを、作り出すのである。
それが、付近の細胞に、放出される。

胎児の、生殖器には、ミュラー管とともに、ウォルフ管が、平行してある。

ミュラー管も、ウォルフ管も、発見した人の名をつけたもの。

ウォルフ管は、テストステロンに、晒されると、分化、成長を始めて、精巣上体、輸精管、
精嚢など、精子の輸送を行う管を作る。

ウォルフ管の、奥には、原始生殖細胞が位置する。
この時点で、ミュラー管は、すでに、消滅している。
ミュラー管抑制因子に、晒されると、消えるからである。

基本仕様の場合であれば、卵細胞になるはずだったものが、テストステロンを、浴びることによって、原始生殖細胞は、精子細胞を作る、精巣になるのである。

原始生殖細胞は、左右に分かれた卵管の奥にあるはずだったが、精巣に変わると、徐々に下降をはじめる。

下降した精巣は、割れ目を閉じて、合わせた場所まで、下がる。
その部分は、女性器の、大陰唇を縫い合わせたものである。
こうして、陰嚢が、出来る。

ウォルフ管の、反対側は、外へ通じる出口であるが、精巣で作られた精子を、ウォルフ管が作り出した通路、つまり、精巣上体に入り、輸精管を経て、精子の貯留槽である、精嚢に入る。

射精時に、精嚢は、0,8秒間隔で、強く収縮し、精子を射精管を通して、放出させる。

だが、この時点では、ペニスが、出来ていない。

ここで、解ることは、男は、女の体から、発祥しているということである。
更に、ペニスの作られ方を、みると、男は、女より、不完全であるということが、解る。

次に書くが、尿道は、尿だけではなく、精子も、運ぶ管であるということ。

女の尿道は、尿だけのもの。
男は、それを、兼ねているのである。

人間の、生命基本仕様が、女であること。
要するに、生物学的に、男は、女の、まがい物であるということである。

女に、なれなかった、女、それを、男という。いや、オスといっておく。女になれなかった、メス、それを、オスと、呼ぶ。


posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 31

精子には、二通りある。
外形は、差がない。

それには、色がついていた。
第一染色体から第22染色体の、22本の染色体と、小さな23番目の染色体に、Y染色体を持つ精子は、青い色である。

第一染色体から第22染色体の22本の染色体と、小さくない、第23染色体を持つ精子が、赤い精子である。

]染色体は、Y染色体の、五倍の大きさである。

男の、源は、実に頼りない、遺伝子レベルで見ると、小さな存在である。
しかし、である。
そこには、何と、一ページにして、約1000字、それが、数万以上のページからなる、情報が、詰め込まれてるという。

Y染色体から男性化の最初の命令が発せられなければ、生命は仮にXYの遺伝子型を持っていても、デフォルトとして女性となる。これが、XY female(男性型女性)だ。これも両性具有の一形式である。
福岡伸一

デフォルト=本来のプログラム。本来のプログラムとは女性を指す。
福岡伸一 できそこないの男たち

私は、これを、書きたいがために、染色体の話を書くのである。

人間の本来のプログラムとは、女性なのである。

生物学、分子生物学から、検証すれば、男は、女の、変形であるということ。
つまり、旧約聖書は、完全に誤っているということである。
アダムのわき腹の骨の、一本から、女を創ったという、神もどきが、嘘八百であること。

男は、女から、生まれ出るものであり、更に、男は、女という、基本形があって、成り立つという、遺伝子学である。

それでは、生命誕生、受精の瞬間から、眺めてみる。

受精卵の、プログラムは、一瞬も止まることなく、不可逆的な進行を開始する。
その時、卵子に飛び込んだ精子が、赤いものか、青いものかは、解らない。
この時点では、染色体が、XXなのか、XYなのか、判別できないということである。

受精卵のプログラムは、生命の基本仕様によって、進められる。

受精卵は、分裂を繰り返し、瞬く間に、膨大な数に、膨れ上がる。
球状の細胞塊となる。

塊は、ボールのようであり、中空の、がらんどうの構造である。

ボールの皮にあたる部分は、細胞で、埋め尽くされる。
やがて、ボールの皮の一部が、内側にめり込むように、侵入する。
この、侵入路に、原腸と、名をつけた。

つまり、それは、身体を貫く、腸になるのである。

人間は、管であると、言う。
口から、肛門までの、管を持つ者が、人間である。

さて、U字にめり込んだ皮は、向こう側の皮に達すると、皮と皮が、融合して、そこに、口が開く。その瞬間、侵入路は、開通して、最初に侵入が始まった部位が、肛門となる。

この、管に、皺が出来たり、くびれたり、突起が出来、前後左右が、区別される。

受精後、六週間で、生き物は、一センチになる。

不釣合いな、大きな頭、目や耳などの、くぼみ、突起ができる。
背中の曲線は、短い尾まで続く。
しかし、一週間もすると、急速に、ヒトらしくなる。

頭が丸くなり、首が出来る。体調は、二センチちかくなる。

さて、そこである。
この時に、股を見ると、そこには、染色体が、いかなる形でも、同じものが見える。

割れ目である。

すべての、胎児は、染色体の型に、関係なく、受精後、約七週目までは、同じ道を、辿るのである。

生命の、基本仕様は、女である。

基本仕様のプログラムのままに、進行すれば、割れ目は、女の生殖器になるのである。

その、割れ目から、ミュラー管という、細い陥入路が、奥に伸びて、膣になり、奥に行くに従い、広がり、子宮、卵管を作る。

卵管の一番奥には、原始生殖細胞が現れて、それが、卵子を作るのである。
卵巣である。

更に、割れ目の中央に出来た、膣口の上に、腎臓に伸びる尿道が開通する。
そして、上方の舳先には、とがった、陰核が作られる。

これが、生命発生の、基本仕様である。

それでは、男の場合は、どうなのであろうか。

それが、女の変形になるのである。

割れ目を閉じ合わせることから始まる。
その跡が、見える。
睾丸を包む、陰嚢の、袋の真ん中に、肛門からかけての、一筋の縫い目がある。
それは、何と、ペニスの付け根にいたり、ペニスの裏側、亀頭まで至る。

蟻の門渡り、といわれる、部分である。

この筋こそ、生命の基本仕様に、介入して、カスタマイズされたことを、示す痕跡である。割れ目の。
誰が、それを、行ったのか。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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