2008年09月01日

ベトナムへ 1

今回の旅を、書き始めるに当たって、非常に良い問題提起を、受けた。

それは、バンコクに出た、5日の日曜日、チェンマイから、慧燈財団の小西さんが、わざわざやって来られて、色々と、お話を聞いた中にあった。

チェンマイで、日本のボランティア団体、NPO関係、そして、地元の、ボランティア団体の人々が、集い、ディスカッションをしたという。
その時、タイ側の人から、こんなことを、日本側の人々が、質問されたという。

日本人の、ボランティア団体の、主旨は、何ですか。
欧米のボランティアの人々の、目的は、キリスト教の布教であると、解りますが、日本の人の、目的が、解らない。
日本国内でも、助けを、必要としている人がいるでしょう。それなのに、何故、タイに来て、ボランティア活動をしているのですか。
そこには、どんな目的があるのですか。
タイを、何か別の目的で、支配したいのかと、考えてしまいます。と、言ったという。

日本国内でも、何にもやらない者が、それに似たような、海外ボランティアをする前に、日本国内の、助けを必要としている人のために、云々という人がいる。

これについて、論じていると、終わらないエッセイになるので、ある程度の、結論的、見解を書く。

ボランティアをするのに、どこの場所などに、拘る必要はない。
国内で、する人もあれば、海外でする人もいる。
それは、どちらでも、いい。

その人の、体質や、性格などによるものだと、思われる。

国内で、しないで、海外でするとは、云々という言う者、それでは、何をしているのかといえば、何もしてないのである。
こういうのは、言葉遊びの何物でもない。

一つ、私の例を、上げると、衣服支援をしているが、それは、すべて、一度着たものである。
一度、人の手を通した衣服を貰うということに、抵抗ある、日本人は、多い。
中には、貧しくても、人様の着たものなど、着られないという人もいるだろう。そして、プライドがある。
幼児、子供の場合も、その親が、受け取るとは、限らないのである。

更にである。
私の、衣服支援は、実に、支援は、困難であり、至難であると言う。
どんなに、貧しいといわれる人にも、生きる尊厳のブライドというものがある。

投げ捨てるようにして、支援をすれば、受け取るどころか、怨みに、変わるだろう。

私は、日本から、衣服を持ってきました。
もし、必要であれば、差し上げたいと思います。
と、必ず言う。

更に、ある年齢の人々には、中学生、高校生程度の人には、いずれ、日本は、あなたたちに、助けてもらうことがあります。そのために、友達になりたいと、思います。
よろしければ、必要なものを、差し上げます。

ラオスで、支援した、スタッフは、一度、二三枚の、衣服を、持参して、村人のところに行き、このようなものを、持ってきましたが、必要ですかと、尋ねて、支援している。

差し上げることは、至難の業なのである。

更にである。
私は、対面での、支援をしている。
一人一人との、語り合いである。
観念の、語り合いではない。

世界の平和について、いくら、語り合っても、平和は、訪れない。しかし、そうして、世界の平和について、語り続ける、アホが、多い。

さて、もう一つ、実に、ゆゆしき、問題がある。
法人として、活動しているように、見せかけて、実は、単なる、金集めである。
それらは、現地の人の見抜かれている、はずである。
しかし、日本では、見抜けない。

タイで、優雅に、暮らすために、ボランティアに似たことを、行い、日本での支援金を、集めるという、面々である。

つまり、それは、商売なのである。
そのように、ある、団体もある。

組織が大きくなれば、なるほど、使途不明金が、多くなる。

結論は、私は、私個人による、支援をするということである。
NPOなどの、法人にしない。
責任も、私一人に、帰結する。

ちなみに、私は、日本国内でも、支援活動をすることにした。
沖縄は、ホームレス天国である。
温かいからだ。
それでは、沖縄には、テラの会の、根幹である、戦争犠牲者の追悼慰霊を、するために、出掛けるので、そこで、衣服支援をするというものである。

私の、活動の根幹は、あくまでも、戦争犠牲者の追悼慰霊である。
日本人だけではない。
日本が、攻撃したり、また、日本軍のために、働いた人々の、追悼慰霊である。

この、追悼慰霊がなければ、私の支援活動も無い。
意味を成さない。
追悼慰霊と、いう、目に見えない行為を、支援という一つの、目に見える形にしたのである。

そして、衣服とは、現在只今、日本では、フリーマーケットや、リサイクルバザーでも、衣服の大半は、売れずに、処理するために、金がかかると、聞いている。
この、豊かな日本では、良質の衣類が、捨てられている。

私も、衣類の捨てる日に、少しばかり、近所を歩いてみた。
すると、そこに、捨てられた物は、すべて、着られるものである。
驚いた。
衣服も、使い捨てなのかと、思えた。

それを、拾い、洗濯をして、干してみると、新しいものと、変わらないのである。

また、今回、ベトナムの人と、お近づきになれた、多くの縫ぐるみは、すべて、私が、拾ったものである。

ゴミ袋に、一つ分である。
何の、問題もないものだった。
その、一つ一つを、点検して、私が、袋に詰めたのである。

貧乏人の、私が、志して、支援をするのは、捨てられる物なのである。
それを、貰って頂くのである。

支援は、至難の業であり、支援は、実に困難な行為なのである。

もし、日本人に、拾った物を、上げたら、何と言われるか。

日本には、物に、心が宿るという、考え方がある。
私は、一度捨てられた物に、心を込めて、差し上げる、という、行為を、アジアの国で、行っているのである。

そこには、何故、日本で、云々という、議論の次元ではないという、こと。

私の、活動は、実に、多岐に渡るテーマを、見いだす。

追悼慰霊から、支援に、至り、更に、それぞれの国の、福祉政策の在り方を、見るもの。
日本が、立派な福祉国家であることが、解る。
勿論、上を見れば、キリが無い。

さて、もう一つは、トランスジェンダーの問題である。
この頃、NHKが、それらの問題を、多く取り上げるようになったという。
その、真意はよく解らないが、今の日本は、テレビの全体主義が、闊歩しているから、一応は、良い事だと、言っておく。

タイの、歓楽地パタヤでは、トランスジェンダーによる、トランスジェンダーのための、福祉施設がある。
公的機関ではなく、アメリカと、タイの有志による、寄付によって、行われている。
今回は、そこで、長い時間、多くの情報を得たのである。

更に、ゲイによる、ゲイのための、施設もある。
次は、そこに、行く計画である。

明治維新は、多くの国の有様を、見聞したことにより、開国と、大政奉還という、大事業を行った。
外の国を、見なければ、我が国の有様を、判断するには、足りないのである。

後進国には、日本では失われた良き文化を見る。
それを、保護しつつ、新しい時代や、世紀に生きる、生き方を、模索する、人々がいる。

私は、それを、30円から、50円程度で、食事が出来る、屋台で食べつつ、考えている。

そんな場所に、そんな安いゲストハウスがあったの。
その辺りに、立つ、売春婦や、体を売る、レディーボーイに、尋ねると、親切に、教えてくれる。

巷の情報は、彼女たち、彼らに、適わない。

バンコク、スクンビットの一角の、中小路で、一人の女性から、日本語で、声を掛けられた。
傍に、座る、物乞いのおばさんがいる。
この、おばさんは、可愛そうな人、20バーツ上げてください。

どうして、日本語ができるの。
学校で、習ったの。
あなたは、何をしているの。
会社が、潰れて、今は、悪いことをしているの。

悪いこととは、売春である。
私は、食べるためにすることで、悪いことは、一つも無いと言った。
そうした出会いが、私の活動の根幹である。

ベトナムへの、長い旅がはじまる。


posted by 天山 at 12:35| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 150

生より死にうつると心うるは、これあやまり也。生はひとときのくらいにて、すでにさきあり、のちあり。
道元


生と死を分けて考えてはいけない。その事実を事実として徹底的に受け入れてしまえ、と道元は繰り返し言います。それは何故か。人間は生きている状態から、死んでいくという別の状態へ移っていくのだと考えるから誤りが生ずる。これは、いつも道元が好んで用いる考え方です。
栗田勇

春は春であって、春以外のものは何もない。秋は秋というもので、これが移っていく、つまり時間的な経過によって変化するということはない。春は春のうちに春以上のものがある。つまり空がある。花が咲き、鳥が歌うという現象の奥に、目に見えないある宇宙、絶対的な実相がある。
栗田勇

空という、実相というものがあるということを、言うのであろう。
それは、理解する。

その、空という、実相が、目の前の花になり、鳥が歌うということである。
それも、理解する。


それでは、もののあわれについてで、紹介した、古今集の仮名序を、再度見る。

和歌、やまとうたは、人の心を種として、万、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事・業しげきものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひだせるなり。花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして、天地、あめつちを動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士、もののふの心をもなぐさむるは、歌なり。

とうであろか、私は、こちらの、心象風景を取るものである。

空とか、実相などという言葉はない。
この世の生きるものに、限りない慈愛の風景を抱くのである。
歌の道。
日本の歌道は、すでに、それらの、理屈を、超えていたのである。


そこで生は、「ひとときのくらい」だと言う。くらいというのは現象、位相のこと。ひとときというのは、しばらくの間という意味ではなく、全体、まるまるさそれで全部の時、つまり永遠のいまの意。生は生というものでまとまった様相であり、永遠の変わらぬ姿である。
だから、生きているということは、死と比べて生きているということではない。生きているということの中には、絶対的な今しかない。あるいは生以上のものしかない。空しかない。
栗田勇


歌道では、空などとは、言わない。
今、目の前にあるものを、慈しみ、歌い上げる。
それだけで、いい。
この世の、すべてを、受容する。

あえて、そのものを、超えたところの、空とか、実相などは、必要ないのである。

更に、言えば、絶対的な今、生以上のものしかないと、いうが、人は、確実に死ぬのである。

容赦なく、死ぬ。
必ず、死ぬ。
生が、今しかないというのと、同じく、死も又、今しかないという、その、死を、人は、確実に迎える。

理屈を言うのではない。
だから、それが、何だって言うのだということになる。
つまり、それは、迷いなのである。

生きとし、生ける、いづれか歌をよまざりけり、という方が、やさしいのである。
優しいのである。

人命とは、呼吸の間である、などと、アホにことに、感心しているより、歌の一つでも、詠むことである、と、私は言う。

吸う息、吐く息の間に、命というものがあるなどという、浅はかな、言葉の世界に酔っているうちは、悟りなど、開ける訳が無い。

明日とか、やがてそのうちということはない。今日の今、せっかくの今この今を、仏道に、つまり真理の道に身を投げ入れて、いつのときがあるだろうか。この覚悟が生死を超えます。
栗田勇

栗田氏は、道元を、理解しやすいように、紹介する。
私は、栗田氏の、文章に対して、敬意を表する。

さて、真理の道に、身を投げ入れてというが、人には真理というものが、人の数だけあるということを、知らないらしい。
仏道を、真理とは、笑わせる。

たかが、仏の道である。
たった、一つの道である。
それ以外に、真理というものが無いというならば、それは、浅はか、愚かというものである。

道元が、芸術家であれば、許せる。

松尾芭蕉は、今日の発句は、今日の辞世という心持で、俳句を、詠む。
それならば、おおいに、納得する。

歌は、すべて、挽歌である。
皆々、歌詠みは、その心持で、歌を詠む。
そこに、この人の世の、儚いという、明確な、意識がある。
儚いとは、はかないのであり、あはれ、なのである。

必ず朽ちる肉体を、持つ人間の、そのままの、姿をこそ、見つめ続ける行為こそ、真っ当な、生きる道であろう。
この世は、無常でよし。
儚くて、よし。
あはれ、で、よし。
生死に、七転八倒するも、よし。

息切れれば、死ぬ。
死人に口なしである。それで、よし。

問答無用に、人は死ぬ。
それで、よし。
言うことも無い。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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