2008年09月17日

性について 47

私の知り合いの、整体師が、大学に依頼されて、身体についての、講義をした。
その時、マスターベーションについて、触れたらしい。
すると、講義が終わって、一人の男子学生が訪ねてきたという。

彼は、マスターベーションを知らないと、言った。そして、先生、それを、教えてくださいと言うので、驚いたとのこと。

受験勉強に明け暮れて、更に、過保護な母親に育てられ、彼は、自分の性器にさえ、興味を持つことが無かったのである。

整体師は、丁寧に、方法を教えたという。

過保護、過干渉は、このような男を、作るのである。
実に、それは、不自然なことである。

マスターベーションはセックスの基本です。なにも子供やどっちつかずの愛人やひとり暮らしの老人のためにあるわけではありません。マスターベーションとは、生涯を通じて自分で自分を愛することなのです。
と、始まる、画期的な、本を書いたのは、ベティー・ドットソンである。
アメリカの、画家、作家、セックス教育家である。

特に、彼女は、女性に、マスターベーションを勧めた。

エイズの時代とあれば、せめて安全なセックスの代表としてマスターベーションが脚光を浴びてもよさそうなものですね。けれど、ひとりでセックスを楽しむことはいまだに白眼視されています。
と、続ける。

社会がマスターベーションを否定するから、性的な抑圧が生まれるのです。子供から大人にいたるまでみんながマスターベーションをうしろめたく思っています。マスターベーションがだめとなれば、パートナーとセックスするしかありません。わたしは性的抑圧を解く鍵がマスターベーションにあると信じています。「不感症」だと思い込んでいる女性、パートナーとのセックスでオーガズムを得られない女性にはとくにいえることです。

こうして、彼女は、女性のための、マスターベーションについて書き続ける。
更に、その方法まで、伝授するという。

先の整体師も、身体感覚のためには、マスターベーションが必要であという。更に、男女の交わりというものを、男が本当に知るためには、異物を入れるという、女性の心理を、理解するために、男は、まず、自分の尻に、指でも入れて、どういう感覚か、知るべきだとも言うのである。

女の八割から、九割の、不定愁訴は、セックスの問題であると、言明もする。

人間の体は、セックスをするために、作られてもある。
更に、性的快感を得るためにも、作られてある。
それを、抑圧しようとするのは、大半が宗教である。何故か、それは、人間を支配するに、最も弱い部分を握れば、いとも簡単に、支配できるからだ。

ゲイバッシングが激しい地域は、宗教家や、政治家が、こぞって、率先的にそれを、行う。何故か。ゲイ集団が、立ち上がれば、革命さえも、起こり得るからである。
差別し、その動きを止めておかなければならないのである。

為政者や、支配者にとって、恐ろしいのは、個人が、目覚めることである。
個に目覚めてもらっては、困る。集団として、扱い、集団として、支配したいのである。

人間の性本能を握れば、その人間のすべてを、掌握することにもなるのである。

マスターベーションを、抑圧し、罪と定めた、特にカトリック教会は、それで、多くの人を、恐怖に突き落とした。更に、それを罪意識と認識させることで、告白室にて、自白させ、えげつない好奇心の司祭が、その細部に渡って、信者の語らせるという、趣味の悪いことをする。

懺悔をするほどの、罪意識とは。
非常に恐ろしい、支配欲である。

しかし、時代は、それに勝った。

マスターベーションはこのうえなく自然な性行為です。エロティックな気持を引き出す方法、自分の性器を好きになり性的な自信をつける方法―――性的な目覚めを高め、性の不安やタブーをなくす最良の方法といえるでしょう。とくに女性は、愛する人にはっきり意思を伝える勇気をつちかうことができます。どうしてほしいかと訊かれたとき、「まあ、貴方のしてくれることならなんでもいいの」なんて見えすいたうそはもうたくさん。
ドットソン

セルフラブ
私が私を愛するとき
ベティードットソン著

欧米の文化とは、違い、日本には、明確に、マスターベーションを抑圧し、禁止するものがなかった。
非常に解放されたものだったことは、幸いである。
ただし、明治期に、西洋文化と、キリスト教文化の輸入で、それらが、タブー視される。
西洋の医学の権威もあり、自慰は、体に悪いものという、イメージを持つようになり、更に、罪悪感をも、植えつけるようになる。

日本の性は、おおらかであり、華やかだった。
しかし、明治期からの、影響は、昭和初期、戦後まで続く。
そして、セックス解放の波がきた。
フリーセックスで、抑圧されていたものが、爆発した。

しっかりと、マスターベーションをしない者が、性行為をするということになった。
更に、現代は、中学生、小学生にまで、セックスは浸透している。
決して、セックスによって満足感を得られない、未熟な女の子が、セックスを求めて、生涯に渡って後悔するであろう、行為に身を委ねる。

更に、援助交際という、耳障りの良い、売春行為である。

妊娠中絶と、年端も行かない女の子が、悲劇を体験するという、悲劇的時代である。

何事も、順序というものがある。
手続きを、踏まなければ、解らないことがあるのだ。
性は、正に手続きを、踏んで、成長するものである。

性は、生そのものに、密接に結びつくものである。
自分の性を、扱えない者は、自分の生を扱えないとも、言えるのである。

愛するとは、知ると、同義語である。
私を愛せないで、どうして、他者を愛することが、出来るだろうか。



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ベトナムへ 17

私は、王様のいる国、タイが好きである。
無形の権威というものが、社会には必要である。
現国王は、国民の期待に、若い時から、応えてきた。

自らも、出家し、そして、王位を守り、政治的には、中立を保つ。
しかし、ここ一番という時、国民は、王の指示を仰いだ。

現在も、政府側、反政府側も、国王支持である。
国民の、90パーセント以上が、国王支持である。
その、支持率を、保ち続けてきたということは、並大抵ではない。

クーデターの度に、国王の信任を得るということが、前提になった。
世界広しといえども、そのような、国王は、どこにもいない。

宗教界、仏教の主は、主として、政治は、国民にという、国王の意志と、人柄が、そのようにさせるのであろう。

世界の識者は、政治は、国民の手で、修めるべきであり、国王を、持ち出すことのないようにと、言うが、それぞれの、民主化という形があってよい。
国王、絶対君主という、時代ではない。

アメリカが、イラクにアメリカ型の、民主化を、求めても、成る訳が無い。
その土地、民族性によるものである。

天皇が、祈りの象徴であるように、タイの国王も、祈りの象徴として、ありたいと、願っていることだろう。
国民は、誰もが、私を省みなくても、国王は、私のために、祈っておられる。
これこそ、国家幻想の、大元である。

無形の権威である。

しかし、現実問題、選挙によって、選ばれた政治家が、政治を行うべきである。
そして、選挙によって、政治を、修めるべきである。

いつも、軍が、クーデターを起こして、国王の信任を得て、暫定政権を作り、そして、選挙し、政府を立ち上げというのは、お終いにした方がよい。

タクシンの場合は、王制を廃止し、大統領制を示唆したことも、大きな反感を、国民から買ったのである。
やったことも、悪だが、言動も、悪乗りである。

また、問題は、タクシン政権寄りの、政党が存続し、選挙で、勝っていることである。何故か。そこに、何か、意味がある。利権であろうと、思う。
タクシンは、相当に金持ちであるが、実は、タイ国民は、知っている。

タイ国王は、世界で、一番の金持ちである。
正確な数字は、忘れたが、兎に角、世界一金持ちの、国王である。
中華系タクシンごときに、タイという国を、則られてたまるか、というところだろう。

さて、この問題は、そろそろ、省略して、旅の続きを書く。

小西さんと、別れて、私たちは、一度ホテルに戻り、休んだ。
少し、疲れを感じた。
明日、ベトナムを経由して、帰国するのである。

10日間の旅も終わる。
そして、更に、ベトナムでの、五時間あまりに、追悼慰霊の儀を行うと、決めた。

食事である。
何を食べるか。
私は、屋台連合の、スープライスしか、思い浮かばない。

40バーツ、約130円である。
エビと、イカの入った、シーフードを食べる。

スタッフの野中は、レディボーイに逢うというので、別々に行動することにした。
しかし、私は、屋台連合に行くことを言った。
野中が、先に部屋を出た。
30分ほどして、私も、部屋を出た。

もう、顔馴染みになった、おじさんに、シーフードのスープライスと、言う。
夜の屋台は、混雑している。
地元の人が多いが、欧米人もいる。
一つだけ空いていた、道沿いの椅子に座る。

息子なのだろうか、男の子が、運んできた。
食べ始めると、男の子は、お椀に、何かを持ってきた。
私の食べている、どんぶりに、それを、入れようとするので、制して、その、お椀の中に入っているものの、匂いを嗅いだ。
酢である。
スープライスには、酢を、入れると、はじめて知る。

私は、それを、受け取って、少し入れて食べてみた。
悪くないので、もう少し、足した。
長い間に、出来た食べ物には、良い食べ方がある。
更に、生野菜が出ることもある。
こうして、バランスの良い食事を、思いついてきたのである。

衣食住には、民族の心が、宿る。

食べ終わって、さて、どうしようかと、思った。
最後の夜であるから、少し、歩道に並んだ、夜店を見ることにした。
あるならば、ロウソクを買おうと思った。

亡きカウンターテナーの、藤岡宣男に、燈すロウソクである。
ほとんど、バリ島やタイで、ロウソクや、線香、お香を買う。

歩いていると、スタッフの野中に逢う。
今、レディボーイと、別れてきたという。
それで、一緒に、ロウソクを探した。
10個で、100バーツの、ロウソクを見つけて買った。
それで、夜の歩きは、終わりである。

野中は、レディボーイの子と、食事をしたというので、ホテルに戻ることにした。

その、レディボーイの子は、23歳で、両親が無くなり、祖母と暮らす。
女の体になるために、女装して、体を売る。
前回来た時、野中が、声を掛けて、知り合ったのだ。

ショートは、1000バーツ。平均は、2000バーツである。
野中は、前日に、2000バーツを渡している。
話を聞かせて貰い、そのお礼である。
約、6600円であり、高額である。

彼、いや、彼女は、日本円にして、25万円を目指している。
最低の手術費である。

見た目は、女性である。
美しく、可愛い。

ただ、生活費に、一ヶ月、最低でも、日本円で、15000円必要である。
バスで、二時間ほどもかかる、スクンビットに出て来る。
朝、九時頃から、夜の六時頃まで、道端に立つ。
夜に渡っては、仕事は、しないという。
毎日、お客がいる訳ではない。
早く女の体に、ならなければならないので、この仕事で、稼ぐしかないのである。

その辺一帯は、女も、レディボーイも、立つ激戦区である。
だが、皆、仲間であり、仲良しである。

以前来た時より、人数が増えていた。
女が多い。肌の色の違う女もいる。
そして、驚くことは、白人もいるのである。ハーフなのであろうか。

彼女たちは、実に親切である。
その訳は、普通に接してくれる人だからである。
体を売る人ではない、普通の人として、付き合う、話し掛けるからである。
私は、よく、道を尋ねる。一緒に、着いて来てくれることもある。

部屋に戻ると、野中は、彼女のことを、心配していた。
唇に、明らかに、ヘルペスが出来ている。そして、口が臭うという。
絶対コンドームを使うことだと、言ったという。
そして、約束させたと言う。

実は、コンドームや、ラブオイルも、準備して差し上げることもある。
バリ島にも、それらを持って行った。

チェンマイでは、白人のおばさんが、ボランティアで、売春を仕事にする女、男、レディボーイに、コンドームと、ラブオイルを配っている。
ラブオイルは、傷がつかないように、である。
傷口から、菌が入るからである。

先の、レディボーイの、Kは、まだ仕事を始めたばかりで、その時、コンドームを使っていなかった。そこで、野中が、コンドームを渡した。
そのせいか、日本に帰国しから、野中に毎日、電話が来るようになった。
お金を出して欲しいというものだった。

女になって、あなたと、云々という、電話である。
私たちは、それに対して、はっきりと、させるべきだと、お金は無い、ただ、出来ることは、病気にならないように、必要な物を、渡すことしか、出来ないと、言った。

日本人は、お金を、持っているとの、いつもの先入観である。
だが、彼女、Kも、私たちが、安いホテルに泊まり、屋台で、食事をするのを、見て、了解したはずである。

なんてったって、私のタイでの、恰好は、タイ人が、寝る時の恰好をしているとのこと。
そんなことは、露知らず、タイパンツと、ティーャツで、闊歩しているのである。

知らないことは、恐ろしいことである。

マッサージをする時、私のはいている、タイパンツより、上等なパンツを出されて、唖然とすること、あり。
向こうも、変な日本人と、思っていることだろうと、思う。

私の場合は、丸裸が、一番、上等に見えるかもしれない・・・
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2008年09月18日

ベトナムへ 18

朝、九時半を過ぎたので、早めに空港へ向かうことにする。
一時間半の飛行時間でも、出国するのである。
二時間前までに、行くこと。
更に、何があるか解らないので、早めに向かう。

タクシーの交渉である。
小西さんから、タクシー運転手が、本当にキレると、必ず殺すという話を聞いた。
車内に、銃を隠し置いているという。

あらあら、それでは、喧嘩は出来ない。残念。
ということで、タクシーを捕まえて、合掌して、サワディーカップと、笑顔で、近づき、英語で、スワナプーム、エアポートターミナルと言って見た。
ハウマッチ。
400バーツである。いいじゃない。500バーツと、言われるかと思った。
勿論、高速料金すべて、含めてである。

一度、カオサンから乗り込んだタクシーは、500バーツで、すべて含むと言ったが、高速料金のたびに、請求し、更に、チップまで、要求してきた者もいる。
また、逆に、突然、捕まえた、タクシーは、300バーツで、高速を通らず、猛スピードで、走った若者がいた。
スタッフ曰く。きっと、暴走族だったんだ、と。

今回の運転手さんとは、和やかに過ごした。ゆったりとした、タイ語で語り掛ける。そして、今度来る時は、呼んで下さいと、名刺を渡された。

実は、今回の旅は、細かなところで、色々と、人の心の機微に触れ、更に、旅が楽しいものになっていた。
こういう、言い方をする。何かに、守られているようである。

怒り心頭ということが、無いのである。
ベトナムの一件を別にしては。

早めについてみると、まだ、受付が、始まっていない。
私は、このスワナプーム空港が、大好きである。
一階に下りる。
大食堂に行く。
旅行客もいるが、矢張り、職員が多い。

入り口で、100バーツ分のチケットを買う。余ると、現金に戻してくれる。
いたいた、私たち二人は、無愛想な女がいることを、確認。
混雑時は、三人の女が、チケット販売にいる。
その女は、真ん中にいた。
スタッフは、その女が嫌いである。あまりの、無愛想にである。

ニコリともしない。
お金を、受け取ると、投げつけるように、チケットを出す。
とっとと、行けという、雰囲気。
しかし、私は、それが、楽しい。
真ん中の女に、お金を出すように、右の女に、差し出した。
どうだ。

こんなことで、意気がっても、しょうがない。
ところが、楽しいのである。

さて、チャーハンを頼む。
安くて、大盛りである。側にある、野菜は、取り放題である。
野中が、それを大量に取る。自分は、食べないので、野菜だけにするつもりだ。
そして、私は、チキンが食べたくて、チキンを指差した。
店員は、笑顔で、チキンを目の前で、パンパンと、切ってくれる。と、更に、ご飯も、盛り付けた。アッ、それは、いらない。と、思っても、言葉が出ない。
一人前が、出て来た。スープもついた。

これは、食べ切れない分量である。

全部で、80バーツ。約270円。

頑張って食べた。一生懸命に、食べた。

野中は、バリバリと、生野菜を食べている。

食べ終えて、残りのチケットを、返金してもらう。
最初から、現金にすれば、いいのにと、いつも、思う。

搭乗手続き開始の、表示が、点滅している。
四階まで、エレベーターで、上がる。
ベトナム航空に進む。

支援物資が、無いので、実に、楽チンである。
出国手続きも、問題無し。

必ず、立ち寄る、アイスクリームを食べる店に寄る。
腹一杯だが、アイスクリームを注文する。

その時、ワンカップで、150バーツで、ツーカップで、300バーツである。
しかし、二つ分の、分量のカップでは、270バーツである。ということは、それを、注文し、それぞれ、一つを食べると、30バーツが、浮くことに、気づいた。
しかし、注文した後である。
次に来た時に、そうしょうと、話し合った。
話し合うようなことではないが、30バーツ得するということが、大問題なのである。

ところが、私は、立ち上がって、二つ頼んだでしょう。
これは、270バーツだから、二つで、270バーツは、駄目と、日本語で、言った。意味が通じたらしく、女は、憮然として、300バーツと、言う。

ああー
駄目、か。
食べていると、別の女の子が、笑顔で、私に挨拶する。
そうだ、二リットルのペットボトルに手をつけていない。次の手荷物検査では、水は、持って入れないと、彼女に、渡す。
コープクンカー。
もう、帰るの、またね。
日本語である。
しかし、意味が通じる。

その子に、手を振り、手荷物検査に進む。
アメリカの飛行機は、次も、検査がある。搭乗待合室に入る前である。
また、検査―――
テロが、本当に、怖いのである。

ベトナム航空は、国際線であるから、食事が出ることを、忘れていた。
あらら、また、食べることに。

まだ、時間があるので、別の待合室の、喫煙室に行く。
勝手知ったる、のである。
誰もいないはずが、職員が、たむろして、タバコをふかしていた。
皆、若い男たちである。

一人の、より、若い男に声を掛けた。
どこから、来たの。要するに、タイのどこの出身と、尋く。
ところが、英語が駄目である。

自分も、英語が出来ないのに、英語が話せるかと、尋く、私。
少しだけ。

それでは、あなたは、男が好きか、女が好きか。
これも、駄目。
野中に通訳を頼む。
しかし、ね。最初に、そんなこと、尋く、の。
いいから、尋いて。

女が好きだって。
残念。私の好みなのに。
野中が、愕然として、通訳しない。

彼は、ターミナルの、警備である。
しかし、そのように、見えない服装をしている。
きっと、エージェントなのだろう。でも、エージェントっていう、意味が、解らない。

特別警備役で、スーツで、警備をしているのであろう。
アラッ、普通の客も、入って来た。私のような人がいるのである。

広くて、大きい、スワナプーム国際空港は、私の好きな場所である。
この、スワナプームという言葉を、覚えるのに、実に時間がかかったのであるが。
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2008年09月19日

性について 49

ベティー・ドットソンの体験を、そののまま、書き写すことで、十分に効果があると、思うので、少し、拾いつつ、書き写す。

離婚後初めて結んだ関係が、わたしにとって性のターニングポイントとなりました。――

わたしが結婚時代のうしろめたいマスターベーションについて話すと、彼も自分の体験を語ってくれました。十七年間の結婚生活のあいだにじょじょに「色あせていった」セックスのこと。性行為はまったく型どおりのものとなってしまい、性的な抑圧とコミュニケーションのなさもたまらなかったこと。その分バスルームでこっそりマスターベーションをしてオーガズムを得ていたこと。
ドットソン

私の相談者も、一時期、若いと呼べる年齢の、オーガズムの問題が多かった。
結婚、独身共に、最後まで、セックスを持続出来ない問題、つまり、中折れと、彼女との、セックスで、満たされなく、一人マスターベーションにのみ、快感を得るというもの。

若者、三十前後の、中折れの問題は、深刻だった。
途中で、セックスが不可能になるのである。

上記、十七年間の、夫婦生活を、続けている者は、大半が、すでに、セックスなどしていないか、おざなり、パターン化、男だけが、満足して、妻は、体を提供する、単なる、性処理の道具と、化すのである。

彼は目先の変わったセックスに焦がれていたましが、浮気はしないと約束していたし、浮気相手を見つけるにはあまりにも理想が高すぎました。残された道はマスターベーションしかありません。楽しく出来ればそれはそれでかまわなかったでしょう。ところが、わたしと同じように彼も欲求不満と罪悪感にさいなまれたのです。やがて自尊心がむしばまれ、自分のことを薄汚い中年男と思うようになったのです。

彼と語り合ううち、セックスに否定的な社会がいかにわたしたちを抑圧しているかわかってきました。自分の体に触れて快感を得るのでさえ、うしろめたく思わずにはいられないなんて。そう考えると怒りに駆られ、わたしは金輪際、性的な罪悪感を抱くのはやめにしようと決めたのです。もううしろめたいなんて思うもんですか。教会や国家のいうことなどおかまいなしに、情熱的にセックスの奥義を探ってみせる。セックスや快感について学ぶなら、心の広い恋人をもつのがいちばんです。

ブレイクとわたしはじきに伝統的な性的役割を乗り越えました。どちらも健全な好奇心に駆られ、上になったり下になったり、交互にオーラルセックスやエロチックな「手淫」をするなどして、受け身や攻めの実験に励んだのです。

ここで、彼女は、教会と、国家のいうことなどと、言う。
いかに、教会と、国家意識が強いことかが、解る。
日本人は、宗教や、国家意識を、セックスと、結びつけることは、数少ないクリスチャン以外にいないだろうと、思える。

セックスは、宗教と、国家とは、別物であると、考える。

一神教の世界は、個人の生活の中に、確実に、侵入している。勿論、夫婦のベッドの中にも、侵入しているのである。

彼女は、ブレイクと、伝統的な、性的役割を乗り越えたと、書いている。
つまり、男は、女を道具とし、更に挿入して、セックスが成り立つという、考え方である。

性関係の上でも、同等の関係を築くというもの。
これは、多分に、彼女の、女性解放、つまり、ウーマンリブ運動、フェミニストとしての、活動参加に刺激を受けている。
全米女性機構というものに、参加していた。しかし、そこでも、セックスに関しての、意識は、低いものだった。

アメリカでは、60年代、セックスパーティーがたけなわになる。そこでは、女同士が、セックス遊びをする機会もあった。彼女は、そこで、女とも、楽しめることを、覚えて、バイセクシャルと、称するようになる。

更に、70年代、ヘテロセクシャル・フェミニストと、レズビアン・フェミニストとの、内ゲバが、起こる。

自称バイセクシャル・フェミニストのわたしとしては、どちらとも決めかねました。純粋なレズビアンになって男性に対するエロチックな感情を抑えるのはいやだったし、かといって、純粋なヘテロセクシャルになって女性に対するエロチックな感情を抑えるのもいやでした。

ここに、欧米人と、日本人との、大きな差があることが、解る。
セックス、性的な関係における、捉え方が、全く違うのである。

日本人は、秘め事として、深める。
例えば、バイセクシャルであっても、その行為は、極めて個人的な、行為にあるのだが、彼女のように、公言して憚らないように、自己主張しなければならない、社会である。

抑圧が、強い分だけ、自己主張も、強くなる。

しかし、いずれにせよ、差別意識は、ある。

男と、女の性的関係を、ヘテロセクシャルと呼び、同性愛を、ホモセクシャル、更に、バイセクシャルと、区別を置くのである。
ただし、いずれは、その垣根も、取り払われる時期、時代がくる。

その魁は、試験管ベービィーである。
妊娠に関しての、意識が大きく変化すれば、もはや、セクシャリティに関しての、差別意識も、薄まる。ただし、宗教が、それをどのように、位置づけるかは、不明である。

彼女は、年下のセックスフレンドとの、関係で、強制的な一夫一婦制、理想化されたロマンチックな恋愛、依存したセックスを、女性の禍の元と、認識する。

その、ローラとの関係から、抜粋する。

わたしたちはだんだとおたがいに楽しめるようなテクニックを身につけました。カトリックの家庭で育ったせいで、ローラのセックスはみじめなものでした。わたしとつきあうようになってはじめてマスターベーションでオーガズムに達する方法を学んだのです。初めはオーラルセックスをしてみましたが、ふたりとも不安になってしましいました。わたしがやってあげているとき、ローラはつぎは自分の番だとプレッシャーを覚えるし、わたしはローラにやってもらっているとき、こんなに時間をとらせていいのかと心配になるし。そこでおたがいにオーガズムを与えてあげるのはあきらめ、かわりにマスターベーションをすることにしたのです。

そして、二人は、充実した性的関係を築くことになる。

ローラとわたしはロマンチックなセックスのイメージを抱くのではなく、エロチックな愛のイメージを描いたのです。いよいよ別れの日がきたときも、愛は憎しみに変わらず、かけがえのない友情をいまもなおつづけています。

その方法は、マッサージとマスターベーションを組み合わせ、交互に相手のオーガズムを高めるというもの。
一人が、バイブレーターを使い、もう一人が、官能的な愛撫をして、ヴァバナやアナルに挿入する。
時には、一つのバイブレーターを同時に使うなど。

下になった者がバイブレーターを感じる位置にあて、上になった者は快感を得るために体を動かさなければなりません。わたしたちはいつもかわるがわるやったものです。

女同士でも、十分に、性的快感を得て、そして、十分に満足した、オーガズムを感じられるという。
つまり、性の解放である。
更に、性とは、何かということを、考える、きっかけになる行為である。


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性について 48

ロミオのペニスがジュリエットのカントに入ったらオーガズム、なんてロマンチックな幻想を抱くのはもうやめにしょう。女性が自分でオーガズムに達することができれば、それで感度は抜群なのです。「不感症」は男性の作った言葉。正常位でたった二、三分のうちにオーガズムなんか得られるもんですか。いい思いをするのは男性だけです。実際、性行為だけでいつもオーガズムに達する女性など、ほとんどいません。(男性が亀頭をいじらずにオーガズムを得ようとするようなもの)。セックスはいつも楽しいものとはかぎらないけれど、オーガズムとはほとんど無縁の女性に、セックスを楽しめるといっても無理な話です。
ドットソン

挿入で、オーガズムに達する時間は、およそ、20分程度である。
しかし、20分という時間は、長い。
初心者、更に、結婚生活が長くなると、男は、さっさと、射精して終わるセックスである。

キンゼイ博士の報告によると、挿入してからの、ピストン運動は、全米平均で、たったの二分半である。
アメリカのポルノ映画などで、延々とピストン運動を繰り返しているのは、理想なのである。

相手の反応など、眼中に無い男が、多くなるし、多いのである。

更に、女が、セックスで、快感とか、楽しみを覚えるのは、そうとうの、熟練が必要である。
成熟しない体での、セックス行為は、全く、論外である。

女の体を、成熟させるほど、男は、時間を使えるだろうか。
それは、宗教の修行にも似る。

女が、自分で、自分の体を、成熟させるには、マスターベーションが、一番の方法であると、いえる。

セックスには「正しい」方法も「最高の」方法もないのだとわかってしまえば、あとはあふれんばかりの愛とオーガズムが待っています。
ドットソン

百人百様の人の、性があり、セックスがあるということ。
それを、知るためにも、マスターベーションは、欠かせない。
勿論、性にも、セックスにも、興味の無い人には、必要なことではない。
稀に、そんな人がいるものである。
それが、不感症として、男に判断される場合が多いが、お門違いである。単に、興味が無いのである。

クリトリスの決定的な役割はもう周知の事実。ヴァギナの内側にあってオーガズムを引き起こすという最近の「Gスポット」理論にもかかわらず、クリトリスはやはり第一のセックス器官です。わたしはこれまでのところまだGスポットなるものが見つかっていません。でも一方では「Gスポット」が大好きな友人もいますから、それはそれで素敵なことでしょう。
ドットソン

女の膣にある、Gスポットは、自分でも、解らないことが多い。
上向きで、膣の上部を撫でてゆくと、ある箇所に、ザラザラとした、部分がある。それが、Gスポットと呼ばれる地帯である。
そこに、ペニスの摩擦が、加えられて、オーガズムに導くのである。

勿論、それは、また、人それぞれの形や、位置がある。
それを、自分で探す女もいる。
また、男もいる。
そこへの、ペニス以外の刺激は、端的に指である。
その部分を、軽く撫でる、軽く叩くのである。

ヴァギナへの挿入はとてもエロチックなこと。わたしたちの性器は外部も内部もすばらしい感覚をかもしだしてくれます。挿入だけでオーガズムを得たい人、性行為の最中に直接クリトリスを刺激してほしい人、オーラルセックスを好む人。そして、わたしのようになにもかもほしい人だっているのです。もちろんマスターベーションも含めて。
ドットソン

性、セックスに貪欲になることを、淫乱と認識するのは、男の理論である。
性、セックスを楽しむ、求めることは、生を、豊かに求めることでもある。

ドットソンは、ボディーセックスの、ワークショップを開始した。
ヨガ、カンフーの運動、食べ物、健康についての話し合い、性器の検討、マスターベーション歴の披露、自分のオーガズムの説明であり、彼女は、更に、マスターべションの実技指導も、行う。

ある晩、マスターべションの実演が終わったあと、いかにも内気そうな女性がいつか本物のクライマックスを見てみたいといいだしました。ローラとわたしはすかさずバイブレーターのスイッチを入れ、オーガズムへとまっしぐら。事が終わると、いっせいに拍手喝采がわき起こったのです。ほかのグループでも好評を博し、こんなことをして大丈夫かしらという不安も、取り越し苦労に終わりました。
ドットソン

実は、オーガズムというものも、人それぞれである。
小さな山が何度もおとずれるタイプと、一度に、ドカンとくるタイプなどである。

延々と、クリトリス刺激を、繰り返して、延々と、オーガズムを楽しむという、タイプもいる。

オーガズムの話になったとき、みんなのイメージはどうもあいまいでした。オーガズムはおもに感情の問題だとか、取るに足らない快感とか、まったくの謎とか、ありもしないロマンチックな期待を抱いていた女性。イッたことがないと思っていたら、じつはオーガズムが小さなだけだった女性。これはポルノ小説の読みすぎです。
ドットソン

ドットソンの結論も、オーガズムは、人によって、随分と違うということだった。

以前、私は、できそこないの男たち、という本を紹介しつつ、男の体を、解説した。
女の体の未分化なもの。
女の、陰部を縫い合わせて、作られた、男性器であると。

ペニスは、クリトリスから、出たものであり、クリトリスの特大型である。
逆にいえば、クリトリスは、ペニスの、亀頭部分である。

クリトリスマッサージこそ、マスターべーションの基本である。

もう少し、ドットソンの試みを見ることにする。


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ベトナムへ 19

ベトナムに到着して、即座に、8ドルのタクシーに乗り、メーソン広場に向かった。
そこには、ベトナムの英雄、チャン・フン・ダオの像がある。

およそ、800年前、日本では、鎌倉時代である。
三度にわたり、ベトナムに侵入してきた、元の大軍を破り、救国の雄となった。

タクシーを降りて、すぐに歩き出し、川沿いに向かった。
慰霊に、相応しい場所を探す。
丁度、川に突き出た、船着場のような、場所があり、そこで、追悼慰霊の儀を、行うことにした。

夕暮れ迫る頃である。

まだ、人影まばらである。
バイクに、カップルが、いた。
スタッフが、白人の夫婦が、じっと、こちらを、見ていたというが、私は、気がつかなかった。

すぐに、用意していた、白紙を、枝に取り付けて、御幣を作る。
枝は、公園の、一枝を貰った。
いつも、その地にある、枝を使う。
榊でなければならないということは、一切無い。

今回は、清め祓いのみであり、神呼びをして、霊位を、置かない。
ただ、言霊により、清め祓いをするのみ。
祝詞を唱えて、しばし、黙祷する。

御幣を太陽にかざして、その、気を頂き、四方を清め祓う。

何と清清しいことであろうか。
私の勝手な、思いである。
これが、私のやりたいことである。

何故、それをするのかと、言われれば、それを、やりたいのだとしか、答えられない。

見える世界は、見えない世界に支えられてある。
それ以外の、言葉は、無い。

いずれは、ベトナムの日本人村にも行くことであろう。
そこは、ホイアンという、ベトナム中部、フエの南にある町である。

来遠橋という、1593年に、日本人が作った橋があり、町のシンボルでもある。
橋を、境に、東側に日本人街、西に中国人街がある。

橋の中央には、舟の安全を祈願する、小さな寺がある。

1999年に、世界遺産に指定された。
ホイアンについては、いずれ旅した後で書く。

ちなみに、フエを中心とした、中部では、日本語熱が、高い。
ベトナム政府は、年間、1000億円を援助する日本に対して、学校教育の場で、日本語授業の選択で、応える。

また、ホーチミンの高校でも、日本語は、選択科目にある。

さて、急ぎ、追悼慰霊の儀を、終わり、私たちは、傍のレストランに入った。
まだ、準備の時間であるようだが、快く、受け入れてくれた。
川沿いに面した、オープンカフェに、座り、ベトナムコーヒーを注文する。

ボーイたちが、まだ、仕事前で、休んでいた。
話をしたいが、英語も、通じない。
ただ、ニコニコと、笑いあうだけである。

ベトナム人が、笑う。
私は、その僥倖に、何度も出会った。

着物の、珍しさもあるのか・・・
解らない。
しばし、そこで、休む。

写真を見ると、最初に撮ったものより、慰霊後の方が、明るいのである。
不思議である。
不思議なことは、この世に、数多くある。
不思議は、不思議で、いい。
偶然でも、いい。
詮索する必要は無い。

空港に行くまでは、まだ時間があるので、ベンタイン市場に歩いて向かう。
しかし、夕暮れ時の、ラッシュである。
車と、バイク軍団の中を、道路を横断するのは、勇気がいる。

とてもじゃないが、怖すぎる。
ビュンビュンと、その走る中を、横切るのである。
心臓ドキドキ。

ようやく、市場に着いたが、疲れた。
本当に、疲れた。

ところが、市場の中は、お終いである。
皆、本日の、後片付けをしている。勿論、食堂も、である。
あららららら
と、思いきや、市場の横の広場に、屋台である。

見事に変身している。

雨が降ってもいいように、テントが、張られている。
そこを通ると、呼び込みが、激しい。
時々、変な日本語で、呼び止められる。

私は、フォーを食べるつもりである。
海鮮のフォーである。
専門店を、探すが、呼び込みに、止められる。
フォーと言うと、オッケーオッケーと、言うが、スタッフの野中が、ここは、専門店じゃないと言うので、また、先に進む。
そして、フォー専門の店に、入った。

ところで、私は、呼び込みを、無視しているのではない。
必ず、声を掛ける。
日本語である。
いい、男だねーーー
可愛いーーー
皆、意味が解るのか、照れ笑いする。

メニューには、日本語も、載っているから、ありがたい。
写真を示し、注文する。
同じものを、二つ注文し、もう一つ、余計なものを、注文したが、忘れた。
料金は、高めである。

三万ドン以上であるから、米ドルでは、2ドル以上であり、日本円では、約200円以上となる。

そうそう、水を買った。
一万ドンである。
あれっ、高い。5000ドンではなかったのか。
すると、野中が、メーカー物だよ、と言う。
観光客用なのであろう。

致し方ない。
この、みみちさは、日本に戻っても、続く。

ベトナムの感覚で、日本の店の、料金を判断するから、とんでもなく、高く感じる。
立ち食いソバが、最も理想的になる。

そして、8ドルで、乗るタクシーの場所に移動した。
と、その前に、公園を通るのである。
その公園で、女の子三人に、話し掛けられた。

高校生が、二人、一人は、大学生である。
英語が、話したいようで、一生懸命に話しかけてくる。

実は、私と、野中は、着物姿である。
話をして気づくと、私たちの周囲に、人が群がっていた。驚いた。
30人以上はいる。
私たちを、見て微笑んでいる。

これは、一曲歌うか、舞うかと、思ったほどである。
しかし、時間を見ると、駄目。
しょうがない。次のチャンスだと、カーモーン、ありがとうと、言って、その場を離れた。

女の子たちは、スイユアゲンである。
何とも、ベトナムの最後は、皆に、送られた気分であった。

8ドルの、タクシーに乗り込み、空港へ、向かう。
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2008年09月20日

性について 50

女性解放、つまり、フェミニストとして、ベティ・ドットソンは、セルフ・ラブ、つまり、女性のマスターベーションを勧める。

相手が恋人であろとう、バスタブであろうと、ぬいぐるみのクマであろうと、張り型であろうと、指であろうと、舌であろうと、バイブレーターであろうと、オーガズムはオーガズムでありオーガズムでありオーガズムなのです。
ドットソン

そして、自分のマスターベーションを記述するのである。

ある晩、メークアップ用の鏡についている拡大鏡を使い、自分がマスターベーションしている姿をのぞいてみました。まさに絶景で、エロチックな映画をミニチュアスクリーンで見ているような感じではありませんか。そこでいつもと違う方法も試してみました。陰唇が濃い赤に変わり、興奮するにつれクリトリスが大きくなっていくのがわかります。ヴァギナに指を三本入れてマッサージするとますます潤い、愛液が光を浴びてきらきらと輝きます。最後には激しく手を動かし、イク寸前には意識がもうろうとした状態。オーガズムに達したとき、まぶたを閉じて映画の幕は降りました。

それから、彼女は、自分のマスターベーションの高まりゆく、過程を書き付ける。

女性の、マスターベーションの様子を、ここまで、書きつけたものを、私は知らない。
ポルノ小説ではない。あくまでも、実践であり、本当のことなのである。

更に、それを、公開して、女性にオーガズムをと、唱える行為は、女性解放、フェミニズムという、思想に裏付けられたもの。
それでなければ、ここまで、赤裸々に、自分のマスターベーションを語らない。そして、語らないことが、彼女以前の、女性たちだった。

それは、語らないこと。秘密であり、タブーだった。
女が、性の楽しみを、求めるということは、あらゆる意味で、画期的なことであり、すべての、タブーを破る行為でもある。

だが、その後、アメリカでは、セックスカウンセラー及び、セックスセラピストという、職業が、現れるのである。

マルチプル・オーガズム革命と、言われる。
略して、MO革命である。
それも、紹介することにするが、もう少し、ドットソンの、進展を見る。

70年代の終わりまで、わたしはマスターベーションでバイブレーターしか使ったことがありません。その後また、挿入のほうも試してみることにしました。シリコンの張り型にオイルを塗り、ヴァギナの入り口にあてがい、同時にバイブレーターでクリトリスを刺激します。ゆっくりとじらすように挿入しながら、ヴァギナの筋肉を締めたり緩めたり。イキそうになる直前、張り型を中に入れたまま、両足でぎゅっと締めつけます。両手でバイブレーターをつかみ、お尻に力を入れ、オーガズムへと駆けのぼります。

更に、驚くべきは、マスターベーションに、二時間をかけるということだ。

十五分間の小休止のあいだに訪れるさざ波のようなオーガズムも大好きでした。それでまた元気になるし、緊張感をやわらげてくれます。二時間にわたる儀式のしめくくりは大波のようなオーガズム。エロチックな想像にふけりながら、体のありとあらゆる部分を使って波に乗るのです。これぞ快楽主義の極地。大きな波がくるたびに、私は笑い、泣き、うめきました。三回か四回これがつづいたあとは、もうオーガズムを越え、エクスタシーの境地に入っていきます。そして10分後、ようやく夢の世界から現実の世界へと戻ってきます。

そして、彼女は、いつに、マスターベーションによる、瞑想法を獲得するという。

確かに、体力的にも、非常に興味深いものがある。
民族的な、体力なのかと、考える。
ここまで、徹底したマスターベーションの、行為には、脱帽する。

ただし、彼女は、単なる淫乱ではないということである。
淫乱と、彼女のオーガズム追及は、根本的に違う。
それは、彼女には、思想があるからである。

「よい子」になりたいと思うがゆえに、性欲は文字どおり見殺しにされがちです。抑圧が高じれば、性器で受ける感覚は脳へ伝わらなくなります。有名な心理学者、ウィルヘルム・ライヒは自著「オーガズムの機能」のなかでつぎのように述べています。「オーガズムとは、なんの抑圧もなしに性的エネルギーの流れに身をまかせること、つまり、無意識のうちに全身を快感に襲わせ、完全な性的興奮状態に陥ること」いいえて妙ですが、長いことわたしにはあてはまりませんでした。ご多分にもれず、わたしも完全なオーガズムに達することができなかったからです。

彼女は言う。

30代半ばまで、わたしは始終二日酔い、慢性的な筋肉痛、運動不足、栄養不良に悩まされていました。どれもエロチックな感覚の妨げとなるものばかりです。精神的にも罪悪感、恐れ、怒り、自己憐ぴんなどに駆られ、エロチックな思考どころではありません。心身ともにこのありまさでは、性的エネルギーの流れは食い止められてしまいます。オーガズムはしゃっくりみたいに小さなものしか得られませんでした。

彼女も、長年、性的抑圧に悩み続けたのである。
世の中全体の、性的なものに対する、抑圧は、自然、子供の頃から、覆いかぶさるのである。

彼女の言う、開放とは、無意識の解放でもある。
ライヒの言う、何の抑圧もなく、性的エネルギーに身を任せること。
それを、実行するには、今までの、観念を捨てつくすことなのである。

ただ、ここで、無意識の解放というのは、実に、難しく、人によっては、恐ろしいことである。
無意識とは、普段、表に出ないものであり、それは、夢などで、解消されるものである。それが、性によって、解放されたとすると、社会的にも、混乱が生じることもある。つまり、無意識の解放は、支配からの解放である。

教義や、社会システム、国家からの、解放も意味する。

これは、精神、心の解放であり、そのまま、主張になる。
性感の解放から、社会運動へと、発展することもある。

ゲイ運動を恐れるのは、何も、ノーマル、ヘテロセクシャリティの人ではない。
宗教や、国家であり、支配者、為政者たちである。
更に、差別主義者である。

たった一人の女の、オーガズムが、世の中を動かすこともある。
社会学の立場から、この、マスターベーションというものを、見つめてみたいという、欲求に駆られるのである。

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ベトナムへ 20

世界的に見ても、グローバル化が進み、世界が単一市場になると、貧富の差が激しくなる。

私の訪れた、ホーチミンは、急速な勢いにて、外資の導入が行われたことにより、他のベトナムとは、違う。
高級ホテルや、デパートは、欧米、日本と、何も変わらない。

しかし、中部の、農村地帯は、まだ極めて貧しい。
更に、その高原地帯の少数部族は、より深刻な貧しさである。
飢餓寸前の生活を送る人もいるという。

平等という言葉ほど、ベトナムに合う言葉は、無い。
それがあったから、ベトナムは、やってきたのである。

つまり、社会主義の精神が、ベトナム流に解された。
30年以上に渡る戦争である。
その間、庶民は、貧しさは、分かち合うもの、そして、そこから、相互に助け合う、扶助の精神が生まれたのである。

今は、具体的に書くことは出来ないが、ベトナムの人は、一部の人が豊かに成るよりも、全体が平等の方が理想だと、考えている。それは、今もある。
それが、ベトナムを救うのである。

同じ社会主義でも、他の社会主義とは、別物である。
国民レベルにおいて行われる、社会主義である。
支配する者の、社会主義ではない。それは、おおよそ、全体主義に陥る。更に、幹部のための、主義になる。

しかし、問題がある。
矢張り、戦争の後遺症である。
同じ民族が戦った内戦でも、あったということである。
家族でも、南と、北として、戦うこともあったという。

平等思想は、特に北に属する人に共有されるが、南の人とは、別物である。
地域による、政治的、社会的格差というものを、考えなければならない。

簡単に言う。
経済的に貧しい、北の社会主義が、豊かな、南の資本主義を破った戦争であり、北の人が、目にしたのは、サイゴンの、豊かさに溢れ、繁栄した街である。
そこに、北の幹部が大挙して、移住し、公的機関の職務に就いた。
そして、強制的に、社会主義の名の元、南の人を追い出して、自分たちのものにした。それは、勝者である行動である。

更に、悲劇は、社会主義の、最も悪い面である、旧南政府や、軍関係者を、再教育と、称して、強制収容所に入れて、何年間も、強制労働と、思想改造に、従事させたことである。

この行為は、南の人から見ると、占領軍同様に、見えた。
共産党という、占領である。
更に、北と、共に戦った、南ベトナム解放戦線は、戦争中は、その存在を主張したが、前後は、冷遇された。

これは、実に、共産党の悪趣味を見る思いであるが、解放戦線という組織は、実は、共産党の秘密党員で構成された、党の別部隊であったと、宣言したのである。
それは、共産党以外の、愛国主義を基盤にして、解放戦線に参加した南の人の、主体性を、否定したものである。

勝利に導いたのは、共産党であるという、喧伝である。

解放戦線に、参加した人々には、勲章以外、何の特典も、保障もなかった。
それは、勝利を独占する行為であり、その共産党の姿勢に、失望したのである。

更に、共産党は、南の政府関係者、主なる者たちの、子弟には、大学の入学資格を、認めなかった。
この、処置が、中国系の人、南政府関係者の家族たちを、ボートピープルとさせた。

南の人は、北の共産党が、南を征服したのであると、考えるようになるのである。
その、しこり、は、戦後30年を経ても、解消されていない。

しかし、南の政治的敗者である事実がある反面、経済的には、南の方が、急速に発展しているという事実。
その社会も、階層化が進み、利害関係も多様化しているのである。

全体から見ても、南は、北より、益々豊になり、その格差は、四倍から、六倍といわれる。

さて、そこで、ドイモイ政策という、市場経済を導入した、ベトナムは、政治的に、市場経済を主導できる状態ではないと、思われる。

問題は、頭の切り替えである。
共産主義による、共和制では、もはや、先に進まないのは、目に見えている。
民主化である。民主共和国である。

貧しさを分かち合う社会主義から、豊かさを競い合う資本主義への移行は、社会主義では、動きが取れない。

今、ベトナムは、社会主義時代の、生活保障が、廃止され、資本主義社会で、発達した、社会保障は、国家財政不足のために、全く導入されない。

つまり、粗野な資本主義であり、新しい風、新しい考え方を、取り入れなければ、成り立たないのである。

更に、である。
共産党員になる者が、激減しているのである。
特に、若い世代では、極端に少ない。
党員になると、特典、特権が、一杯与えられるというのに、である。

特に、都会の若者には、人気が無い。
当然である。
党の方針に、忠実に従うことを、求められる。
個人的な、自由な発言、思考が、制限される。
更にである、マルクス・レーニン主義、共産党の歴史などを、義務として、強制されて、学ばせられるのである。

研究者ならば、わかるが、すでに、終わった、主義を、学んで、どうするのか。
それは、宗教の教義や、誇大妄想の指導者が、行う方法である。

思考停止にするというのは、最大の悪である。

世界の情報が、手に入る時代、若者は、見抜いている。
キャリアとして、共産党に入ることは、将来的に、マイナスになるだろうと。
それは、終わったものである、という意識からだ。

また、南では、共産党に入ることは、一種の裏切り行為ともなる。
北は、南を、占領した敵だとの、意識であるからだ。

ここでは、これ以上、書くことは、出来ないが、共産党員の特典など書くと、驚くべき、実態が見えるのである。

共産国は、賄賂天国だと、言った。
ベトナムも、然り。

バンコクから、再度、ホーチミンに着いて、市内に出るため、入国することにした。
その時に、税関に出す用紙を提出する。
半券を貰う。
それを、出国の際に、提出する。

今回、スタッフの野中が、出国の際に、それを、見失った。
探していると、係員が、早く来いと、急かす。
賄賂を受け取る、チャンスと、見た。

半券が無い。
10ドルである。
どうでもいいような、半券である。それを、回収する作業に、必ず無くす人もいるとの、想定で、賄賂を得られるのである。

ベトナム、いや、共産国は、この手の、作業が多い。
日本では、お役所仕事とでも、言うか。

実は、その時、私は、スタッフを、怒鳴り散らして、その対応を見たいという、欲求に駆られたが、穏便にという、目標を立てたので、その場を去った。
待合室で、半券が出て来た時も、再度、行って、10ドルを、取り戻そうかとも、思ったが、いやいや、次のチャンスがあると、止めた。
これから、長い付き合いを、しなければならないのである。
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2008年09月21日

性について 51

子供時代と結婚時代のマスターベーションは、とにもかくにも「見つからないこと」。わたしは物音を立てずにさっさとイケるよう、自分を訓練しました。恋人や夫と一緒のときは、荒い息づかいを避け、ほとんど体を動かさず、けっして汗をかかず。「女らしいオーガズム」のために、いつも自分を抑えたのです。セックスをきまり悪く思っていたから。
ドットソン

こういう、女性は、多い。
私も、多く聞いた。
恋人とのセックスの後、恋人が、寝息を立てると、自らマスターベーションで、イクというのである。
つまり、セックスでは、得れらないのだ。
また、それを、相手が知らないともいえる。
女の演技に、男は、騙される。

さて、ドットソンのボディーセックス・ワークショップに参加した、女性達の報告である。

48歳にして初めてオーガズムに達したという、女性は、
ある晩、新しいバイブレーターをクリトリスにあてること二時間、ベッドから放り出されそうなほど激しいオーガズムにいたったのです。バイブレーションこそ彼女の体が求めていた刺激でした。彼女の夫も二時間がんばれるほどスタミナはありません。ふたりは新しいセックスライフに胸はずむ思い。性行為は前戯となり、夫がイッたあと、キスしたり抱き合ったしながら、彼女はバイブレーターでイク。かくしてふたりは性の蜜月にひたりました。

次は、結婚して、10年、子供は一人、オーガズムはゼロの女性、
絶望的な気分だというのです。最後の望みをバイブレーターに託し、夜な夜な性器にあてがいました。今度こそ絶対に快感を体験してやるんだとばかりに。最初のうちはひりひりし、快感どころか苦痛でしかありません。彼女はいらだちました。けれど、少なくとも苦痛があるということは「あそこ」にも感覚が宿っているということ。あきらめるわけにはいきません。さらに練習を重ね、バイブレーターをそっとあてるようにすると、少しずつ快感が得られるようになりました。

レズビアンの友人は30代半ばで初めてバイブレーターによってオーガズムを得ました。それから一年と経ないうちに、恋人とのオーラルセックスでもオーガズムが得られるようになりました。五年後、手によるマスターベーションを覚えたときはそれこそ大はしゃぎ。もう機械や相手に頼らなくてもいいとわかったのだから。彼女はもう自分でオーガズムをつくりだすことができるのです。

32歳になる女性は、
10年間、バイブレーターでしかオーガズムが得られませんでした。やっと結婚相手にめぐり合ったとき、セックスの際にもオーガズムを得たいと思うようになりました。まずはマスターベーションのパターンを変え、バイブレーターとクリトリスのあいだに手をいれてみることにしました。じょじょに軽い刺激にも反応できるようになりました。半年後、自分の手でイクことを覚え、ついには夫の手でクリトリスを刺激してもらいながら、セックスの最中に難なくオーガズムが得られるようになりました。

さて、そのうちに、ドットソンは、あることに、気づく。
セクシャルというものについて、その区別的差別に、気づくのである。

股のあいだの性的なレッテルにこだわるなんてばかげています。

更に、彼女の意識が、解放されたといえる。
要するに、
たんに「セクシャル」といえばいいものを、ヘテロセクシャル、バイセクシャル、ホモセクシャルなどと称するかぎり、わたしたちはいつまでも分断されたまま。自由な幸福を追い求めるためなら、どんな形の性的快楽であろうと、応援しようではありませんか。オーガズムはオーガズムでありオーガズムなのだから。

キリスト教という、世界にあって、この発言は、画期的過ぎるのである。

教会を代表する、ローマカトリックは、快楽、更に、快感というものを、禁止するのである。キリスト教原理主義なども、そうである。
つまり、夫婦のセックスも、生殖のためのものであり、快感や、快楽を感じる行為は、禁止するのである。

ここには、旧約聖書から続く、女性蔑視、いや、女性奴隷化の考え方がある。
女は、子供を生む為の道具なのである。
家畜と同じように、数えていた時期が長いのである。

女には、性の快感を、与えない。しかし、男は、どうしても、射精時の、快感がある。それで、よしとする。
甚だしい、女性奴隷化である。

イスラムでは、女性に、ブルカをかぶせて、男を、その気にさせるな、という。
決められた男だけに、体を晒せである。
ここにも、女性奴隷化がある。

しかし、アラブの性愛は、実に凄まじいものがある。
ドットソンの考え方を、すでに、超えていたのである。
イスラム以前の、アラブの性愛は、多様だった。

イスラム圏の国では、同性愛者を、死刑にするが、実際、アラブの性愛には、同性愛の快楽の華やかな歴史がある。

セックス、及び、その快楽を禁止するのは、ただ、為政者と、宗教指導者の、支配欲なのである。

仏教にも、性に対する、抑圧がある。
釈迦仏陀が、修行者たちに、女の膣に、ペニスを入れてはならないと、言明した。
そして、一般信者にも、性欲の抑制をした。

心と、魂の救いを説くという、詭弁で、体というものを、蔑ろにした罪は、甚だしく重い。
体の救いは、心と、魂の救いでもあるはずだ。
体を、厭うという、考え方は、大きな誤りである。

体と、心は、連動している。
それは、脳科学よっても、解る。
更に、それによって、禁欲、修行の激しいものは、脳内に特別な快楽物質を出すことが、解った。
抑圧によって、得られるという、快感である。
勿論、それが失敗すると、人間喪失、人格破綻に陥る。

性的快楽も、修行という、我慢の行でも、快楽物質が、脳内に出る。

性的快感でも、悟りの境地に達することが出来ると、言える。
そこで、ドットソンは、セックス、オーガズム瞑想というものに、気づくのである。

勿論、悟りとは、何かと、問われれば、解らないと、私は言う。

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ベトナムへ 21

簡単に、日本と、ベトナムの関係を、俯瞰する。

1992年のODA再開がなされてから、十数年間に渡る、日本のODAによる、工事の全容には、凄いものがある。

ハノイと、ハイフォンを結ぶ、国道の整備、橋梁の架設、多くの国道の整備がされた。
南部と、北部を分ける、ダナンと、フエの中間にある、ハイヴァン峠のトンネル工事によって、90分もかかった、道が、20分で、通過するようになった。

ハノイのノイバイ空港の現代化、ホーチミンのタンソニャット国際空港の新設も、日本のODAである。

更に、多くの湾岸施設の改修や、下水道の工事、僻地の、小学校建設、などなど、甚だしいほどの、協力である。

2006年には、ズン首相が、来日し、ハノイと、ホーチミンを結ぶ南北高速鉄道と、南北縦貫高速道路、また、ITを中心とした、ホアラック・ハイテクパークの建設を、主要な、三つの、ODA案件として、日本政府に要請した。

兎に角、日本が、ベトナムに、大変な支援をしているということ、である。
これを、両国の国民が、知るべきである。

共に、日本企業の進出である。
トヨタ、ホンダ、キャノンなど、日本を代表する多国籍企業の多くが、ベトナムに工場を持つ。
中小企業の数も多くなり、開発中を含めて、150以上あると、いわれる。

ベトナム政府は、2010年までに、一人当たりの、GDPを、1100ドル程度にすることを、目標としている。

ベトナムが、市場として、次第に成長していることも、重要な要素である。
ホーチミンには、中間層といえる、階層も、出てきている。

二年前の、06年、日本からの、直接投資は、許可ベースで、約14億ドルと、過去最高になった。

中でも、IT産業である。
データ処理、ソフト開発などを、下請けに出すというものが、急増である。

ベトナムに出掛ける、日本人観光客の数は、駐ホーチミン日本総領事館によれば、昨年の、07年は、年間、41万8000人になったという。

更に、私が注目したのは、高齢者の、長期滞在である。
老後の生活を、ベトナムで、過ごすという、高齢者が増えているといわれる。

ベトナムでは、相互扶助の精神が、残り、温かい人情がある。
そして、年長者に対する、尊敬である。
つまり、ベトナム人の、中に、分け入ってゆくと、本当のベトナム人の気質が、現れるということである。

笑わないベトナム人は、実は、深い付き合いで、人情味溢れる付き合いに変容してゆくのである。

それが、今回の私の体験した、成果でもある。
それが、縫ぐるみが、きっかけになったという・・・

そして、衣服の支援である。
まさか、ホーチミン市内で、差し上げることになるとは、予想していなかったのである。

車をチャーターして、ホーチミンから出る計画だった。

これは、個人活動であるから、本当に、ささやかな行為である。
大量の衣類を持っては、行けないが、個人レベルでの、付き合いが出来る。そして、本当のベトナム人の持つ、人情に触れられる。

これからの、抱負を言えば、ホーチミンにて、ベトナムの人との付き合いを、深めて、ベトナム中部の、農村、そして、少数部族の人々に、支援したいと、思う。

日本のボラティア団体、個人的活動と、多くの日本人が、ベトナムにて、奉仕活動をしている。
それは、また、目覚しいものがある。

国際社会の、グローバル化というものを、しっかりと、理解していると、国境を超える。
市民レベルでは、国境を超えているのである。

うまく行けば、市民レベルで、平和を築くことが、出来るはずである。
誇大妄想の、全体主義指導者が、現れなければ。

一番、最初に、提案したことであるが、何故、日本人が、他国で、ボランティア活動をするのか。
日本でも、貧しい人、助けを必要としている人がいる。
当然の話である。

しかし、グローバル化を、理解すれば、国境は、関係ない。
ベトナムの若者が、日本の高齢者介護に、出て来ることもある。

思考も、グローバル化するべきなのである。

国内で、ボランティアする人も、海外で、ボランティアする人も、その、性格と、好みである。
それを、誰も裁けない。
ましてや、何もしない、出来ない者が、それを、批判し、更に、非難することなど、出来ない。

やりたい場所で、やれることを、する。
世界は、一つであることを、その行為に、託す。
素晴らしいことである。

それが、一つの主義や、主張、更に、教義に基づくものではなく、知性と感性と、理性によって、行う。
実に、新しい世紀の、行動である。

人類を救うために、云々という、お説に、惑わされないことである。

特に、日本人の行動は、宗教の布教でもなく、主義の公布でもない。
純粋に、人間としての、行動である。
純粋な人間の行動というのは、これでなければ、いけないという、観念を作らない。

柔軟に対処する。
臨機応変な対応が出来る。

新興宗教の、言い分がある。
本当の救いは、正しい教えによって、人を導くことであると。
それは、物資支援よりも、大切なことであると。
精神の救い、心の救いのみが、正しいというのである。

私は言う。
勝手な、精神であり、勝手な心というものを、作り上げて、それを、救うという、誇大妄想は、救いようがない。

大昔に、日本に仏教を伝えた人々がいる。
命懸けで、海を渡った。それは、時代性である。
その時代に必要とされた。

大昔の、観念から抜け出ない者が、教えを説くのである。

仏教の国に、キリスト教を布教するという、お馬鹿な真似は、止めるがいい。
更に、日本の新興宗教の輩、多数。
教線を広げることが、組織の、発展を促す。商売ではないのである。
それぞれの、土地に、合ったもの、伝統と、伝承がある。
それを、破壊することなく、知性と、理性に従い、行為行動すること。

それ以下に、新しい時代、新しい世紀に、生きるべき道は無い。

人類を救うために、という、言葉は、戯言である。
一人も、救えない者が、何をかいわんやである。

私は、一人の人間も、救うことが出来ないという、真実に立って、行為する。

真理の教えというものは、無い。
あれば、妄想である。
それを、信じると、ほぼ、思考が停止する。
別の人の、人生となる。
書き足りないが、終わることにする。
posted by 天山 at 12:45| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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