2008年09月12日

性について 42

1898年に、発表された、神経症の病因論におけるセクシャリティという、論文で、フロイトは、神経衰弱、ヒステリー症候群、不安神経症における、マスターベーションの、病因的役割を、明らかにした。

そこでは、また、強迫神経症の、発生における、マスターベーションの、重要性も、指摘された。

強迫観念の発生は、マスターベーションとの、熾烈な戦いの後に、一定の潜伏期間をおいて、表面に現れるという。
そこでは、マスターベーションが、見かけ上、負けただけで、単に抑圧されているにすぎない。
そこから、生じる、不満足感による抑制は、知的抑制ともなるという。

フロイトの手紙に、
マスターベーションこそ、唯一にして最大の習慣であり、根源的欲求であると、そして、アルコールとか、モルヒネ、タバコといった嗜好品への欲求は、その代替物、代用品に過ぎないという結論に達したのです。
とある。

1919年、子供が叩かれる、との、題された論文で、フロイトは、その頃、一般的だった、性的空想について、論じている。

この空想には、それに続く、マスターベーションによる、甘美な感覚と、羞恥心、罪悪感という、激しい感情とが、混合しているというもの。
そして、最初は、自発的に、やがて、強迫的になり、空想は、果てしなく、反復されてゆく。

更に、マゾヒスティックな空想による、マスターベーション以外では、性的快感を、得られないという、マゾヒストもいるとされた。

フロイトは、男女を問わず、成人の中でも、頻繁に、マスターベーションが行われてると、考えていた。

それに、付随した、羞恥心のせいで、隠されることにより、様々な、神経症の原因となると、判定した。

患者がつねに自分の性的習慣と闘っていることを、そしていつもその闘いに敗れて絶望に追いやられていることを医者が理解すれば、そしてさらに、患者からその秘密を聞き出し、その重みを軽減し、そこから抜け出すために助力しようと努めれば、治療効果は必ずや報われるはずである。
フロイト

医者は、マスターベーションの告白が、得られたら、その習慣を、改めさせることだというのである。

こうした治療は、病院施設で、監視の元で、行われなければならないのである。
そうしなければ、自慰者は、安易な充足手段に戻る。

フロイトは、自慰者を、モルヒネ、コカイン、睡眠剤の中毒患者と、同じように、考えた。

つまり、自慰というものが、為されない場合は、薬物に頼るという、考えだったといえる。
今なら、笑い話である。

医者は、夫婦の、一方あるいは、両方を神経症の危険に晒したくない場合は、夫婦の性生活を、問い、新婚初夜から、妊娠の回数を減らすという目的で、中絶性交、つまり、オナニズムに頼っていないかを、知るべきであるとする。

フロイトは、避妊手段に、経口避妊薬が、発明されることを、願っていたという。

フロイトも、矢張り、古い人間で、
苦労することなく、安易な方法で、大きな目的が達成できるということを、教える、この悪癖によって、人格を堕落させる。
と言うのである。

それに対して、作家、カール・クラウスは、シニカルに、論理を逆転させる。
性交とは、マスターベーションの不満足な代用品に過ぎない。

この言葉は、実に、的を得ている。
現在、マスターベーションの、優位性というものは、セックスを考える上で、重要なものになっていると、思われる。
セックスとは、何かと、問う時、マスターベーションとは、何かを、問うことで、理解される。
そして、性的満足というものは、何かと問う時も、である。

さて、1910年、ウィーンにて、精神分析学学会で、オナニズムおよび、その他の自己性愛的行為についての、議論が交わされた。

それは、自慰論という、題で、その年に、刊行されている。

全員が一致した意見
オナニズム行為に伴う、あるいはその代わりをする空想の重要性について。
M・クラインは、子供の遊戯をマスターベーション的空想の表現と見なす。

オナニズムに起因し、それに結びついた罪の意識の重要性について。
どのような条件においてオナニズムが有害であるかを定性的に決定することの不可能性について。

一致を見なかった種々の見解
オナニズムの身体的影響の否定に関して。
オナニズムの有害性全般の否定に関して。
罪悪感の起源に関して、不満足感から直接に由来するという見解と、そこに社会的要素を認める、あるいはそれぞれの場合について、幼児期オナニズムの偏在性に個人的差異を認める見解とがあった。

最後に、不確かなままに残ってしまった重要な問題
それが確認されたとして、オナニズムの有害性のメカニズムについて。
現在の神経症とオナニズムとの病因論的関係について。

フロイトは、神経症の発生に関して、容易に満足が得られるせいで、幼児的性目標の固着と、心的幼児性の中に、停止したままでいることが、可能になるという点で、明確に、オナニズムの有害な影響を、認めている。

能力が有り余っているとき、高潔であることは、なかなか難しい。オナニズムは、美徳の欠如であると同時に、逆に、欠如の美徳ともなる。
フロイト

それは、
マスターベーションの有害性は、それに伴う罪悪感と結びつき、そこには悪循環のようなものができあがり、罪悪感をなだめようとしてマスターベーション的満足に回帰し、それがまた罪悪感を生み出してしまうのだ。
要するに、思春期以前の子供のマスターベーションは有害ではないとしても、青春期を過ぎて成人の年齢に達してもなお持続する場合には、必ずしも害がなくはないということである。
オナニズムの歴史 ジャック・デュシェ

この後、フロイトの、弟子達の時代が、来るのである。



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ベトナムへ 12

レディボーイの、福祉施設に出掛けた、スタッフが、中々戻らないので、六時前に、電話をした。
すると、今戻るところだという。

五時間ほど、その施設で過ごしていたことになる。
その報告が、楽しみだった。
しかし、私は、簡単に書くことにする。
いずれ、彼が、詳しく書くことになると思う。

タイ政府の支援ではなく、アメリカの民間団体と、タイの民間団体が、支援金を出して、レディボーイのための、レディボーイによる、万相談所だった。

どんな相談にも、のってくれるのが、自分と同じ、レディボーイなのである。
医者の診療もあり、ホルモン投与なども行う。

それで得た情報は、何から何まであったという。
生活のことから、噂話まで、

その、活動は、チェンマイまで、広がっているとのこと。
そして、ゲイ関係の施設とも、連携としているようである。
パタヤには、別に、ゲイの福祉施設もある。

何と、スタッフは、会員になり、会員証まで、持ってきた。

すっかり、レディボーイになっていた。
人生とは、実に面白い。
人は行為によって、成りたいものに、なれるのである。

タイでは、レディボーイで、通したら・・・
そうだね、である。

バンコクに出た時も、レディボーイの恰好で、行ったから、楽しい。
ホテルに、入った時は、女と、認識された。

そこで、面白いことが、起こった。
何度か、出入りしていて、彼が、男用になっていた時、二人で、フロントから鍵を渡して貰った。
その時、フロントの女性が、スタッフに、あなたは、どこへ行くのと、声を掛けた。

その、安いゲストハウスのようなホテルは、フロントが、厳しく出入りを、確認している。それが、安心で、私も、そのホテルに泊まるのである。

一緒ですと、スタッフが答えると、フロントの女性は、私に、あの、もう一人の女性はと、尋ねるのである。

えっーーーもう一人の女性・・・

あっ
スタッフが、何と、日本語に訳すと、私は、おかまです。時々、女になったり、男になったりしますと、説明したのである。

唖然とした表情を見て、私は、笑った。
タイでは、当たり前の感覚で、受け入れるが、まさか、日本の、おかまが、という、複雑な表情である。

一件落着したが、後で、あの女性は、食事の時でも、他のスタッフに、ちょっと、泊まっている日本人がさあー、おかまでさー、などと、噂すると、想像した。

ということで、レディボーイの施設侵入は大成功だった。
アジアのトランスジェンダーの問題に、関わるつもりである。

帰国して、数日後に、韓国で、23歳の役者が、テレビで、ゲイであることをカミングアウトすると、すべの仕事が、キャンセルになり、絶望して、自殺したという、ニュースが、入った。
そして、続けて、そのような、自殺が、続いた。

痛ましいことである。
ただ、ゲイであるということでの、差別である。
韓国でも、ゲイは、盛んである。
しかし、根強い差別がある。それは、キリスト教である。
あの、排他的、非寛容の教えである。
これを、書き始めると、止まらなくなるので、別の機会にする。

その夜、初めて、少し高めの、レストランに行き、ステーキを食べることにした。
二人で、1000バーツの食事をした。
勿論、スタッフは、女に化けた。

生きるということは、演じることである。
親を演じ、子を演じ、男を演じ、女を演じ、夫を演じ、妻を演じる。
演じる時は、徹底して、演じることである。
それが、私の教えである。

私の本来は、何も変わらない。
故に、成りたいものに、なればいい。
私は、木村天山を演じている。

ドロボーは、物を盗んで、はじめて、ドロボーになる。
物を盗みたいと考えている時は、ドロボーではない。
行為して、はじめて、ドロボーになるのである。

聖者になりたければ、聖者を演じるとよい。
演じ続けて死ぬと、聖者として、生きたことになる。

成りたいものになれ、とは、私の教えである。

その端的な、生き様が、レディボーイである。
実に、興味がある。

今日の寝る場所を確保し、今日の食べ物を確保するために、人は生きる。辛いときは、夢や理想を思い描いて、脳内物質の、快楽物質を出して、乗り切る。
生きるとは、そういうことである。

そして、その大半は、死ぬまでの、暇潰しなのである。

暇潰しに、命懸けになるほど、面白いことはない。

老死を逃れることは、出来ない。
事実である。
人は、事実のみを、生きる。
真実などは、人の数ほどある。
真実、真理が、一つであるというのは、支配するための、策略である。
宗教を見れば、解る。
主義を見れば、解る。
あれらは、糞でもくらえ、である。

ステーキは、実に、拙かった。
後悔しても、始まらない。
いつも、家では、北海道からの、贈り物である、ステーキを食べているのである。
板を食べているようであった。

コックが出てきて、私を見るので、頷いて、拙いと思念を送るが、コックは、自信を持っている。美味いと、私が言っていると、信じている。
信じる者は、騙される。

1000バーツ、約3300円と、奮発したのにーーーー

帰りは、屋台で、スイカと、パイナップルを買った。
40バーツ、約130円。

あの、固いステーキ肉を、消化するために、体は、どんなにストレスかと、思いつつ、早々に寝ることにした。

明日の一日は、マッサージに賭けることにした。
パタヤは、実は、タイ全国から、マッサージ嬢が集う場所でもある。
下手も、上手も、色気も、タイマッサージのすべてがある。

今回は、最後に、五十過ぎのおばさんに、目の覚める、マッサージのテクニックを見た。
私は、彼女をマッサージの名人と見た。
彼女の胸には、誇り高い、タイマッサージのライセンスの、名札がついていた。

そして、もう一人は、東北部イサーンから出て来たという、23歳のマッサージ嬢である。
その親切と優しさに、私は、心で泣いた。

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2008年09月13日

性について 43

フロイトの弟子たちは、それぞれに、マスターベーションに関する、提案ないし、理解を示したが、それを、一々取り上げることは、省略する。

ここで、マスターベーションを禁止するということについて、時代に先駆けて、精液漏、という著作を出した、マルコ博士の、考え方を、紹介する。

禁欲は、生理的法則に反すると、マルコは述べた。
マスターベーションを覚えてから、それを、禁欲することは、かえって害があると、主張するのである。

以下、彼の文を転写する。
禁欲している青年は、すぐに、何となく気分がすぐれず、不安で、悲しい気分に襲われる。やがていらいらしてぼんやりと夢見がちになり、満たされぬ欲望に心は絶え間なくつきまとわれ、眠りはエロティックな夢に頻繁に乱され、夢精したりすることもある。さらに禁欲を続ければもっと重大な障害を引き起こしかねず、この点から考えると、何も知らぬうちの禁欲のほうが、快楽を知ってしまってからの禁欲よりは、害は少ないということになろう。というのも、後者の場合、本能の力と習慣の頑固さに、さらに性器感覚の後天的活動が付け加わるからである。すでに述べた性格の変化に続いて、脳にも重い障害が起こる。神かがり的な思想、性欲異常、強姦、男色、獣姦・・・

最後の方は、蒙昧である。

マスターベーションを快楽と、認めているのが、決定的である。
ただ、快楽を知ってからの、禁欲が、脳の障害や、性欲異常、男色、獣姦とは、行き過ぎである。

ただし、精神分析時代以降は、マスターベーションに対する、タブーというものが、消滅しつつあったということは、言える。

ただ、フロイトの影響は、長く続く。
結果、性欲行動に対しては、社会が、何らかの、抑圧を加えることであると、その理論による、教育のあり方が、推奨された。
つまり、抑制、禁止、抑圧である。

だが、それとは、逆に、その、抑圧により、神経症の原因となるというもの、である。
結局のところ、フロイトは、制御と強制を選ばざるを得なかったといえる。

そこで、反旗を翻したのが、弟子の、ウィルヘルム・ライヒである。

彼は、オーガズムの治療的効用を説き、性的抑圧を、権威主義的社会に連なるものとして、見たのである。

マスターベーションを、小児期および思春期のセクシャリティにおけるまったく正常な過渡的一形態であると、強調する。
彼は、それは、全くの無害であると、主張した。

青少年が、マスターベーションを始めるにさいして、両親や教会の偏見に毒されずにいるかぎりにおいては、無害であると、画期的な見解を、述べた。

初めは、誰もが、健全であったのに、それが、脅されて、酷い悪いこと、更には、罪意識まで、植え付けられるということに、反論したのである。

更には、マスターベーションには、何ら害がないのに、それに対する、罪悪感を植えつけるために、身体的、心理的な障害をもたらすのであると、述べた。

更に、性的、社会的秩序が性的関係の障害となるという問題が、問題であると言う。
そうした、障害のせいで、若者は、退行し、実現可能になった、自然目的から、逸脱した行為、小児的な空想に、後戻りすると。

つまり、マスターベーションは、開放的機能を果たすと、掲げたのである。

私は、ここに、初めて、マスターベーションの、目的、更に、マスターベーションの人間性というものを、発見したと思う。

動物は、基本的に、マスターベーションをしない。
更にである。
マスターベーションの歴史の豊かな民族の、芸術性は、実に高いのである。
それは、つまり、マスターベーションとは、人間としての、証であるともいえるのである。

その他、フロイトの弟子達は、様々な、見解を述べるが、ライヒで、十分であろう。

だが、結果的に見ると、社会は、マスターベーションに対しての、偏見と、禁止解除が、遅々として進まなかった。
私は、それは、宗教ゆえであるという。

宗教の基本的姿勢は、人間の欲望を、手玉に取り、それを、握ることで、支配するという、実に、悪知恵の持ち主たちが、支配する。
罪悪感を、植えつけて、信者を、威圧するというのは、特に、キリスト教の、お得意な、やり口である。

あなたは、罪人であると、堂々と言うあたりが、実に、傲慢不遜である。
人の罪など、構っている暇がない程、罪深い者が、指導者なのであるから、手がつけられない。

さて、罪悪感と、不安に結び付けられた、マスターベーションの有害性が、最終的に、放棄されるのは、1940年の、ホルトの論文である。

子供の病気、という本である。

それが、テキストとなり、ついに、「こうした禁止は、教養のない人々の間ばかりではなく、時して、医者の間にさえも見られる、という、見解になったのである。

そこに、至るのでには、様々な人たちの、努力があった。

例えば、古代ギリシャ、ローマでの、頻繁に行われた、オナニズムの歴史を説く者。

1947年の「児童および青少年の心的発達」という本を書いた、ピションは、「男性のマスターベーションは、かつて言われていたような恐ろしげな障害をもたらすものでは決してない。しかし、それには疲労が伴う。児童や青少年においては、やり過ぎれば、心臓にいくらか負担がかかることになる」と書く。

実際、心臓に負担がかかるのは、45歳前後からの、マスターベーションであることは、現代の、日本社会である。

ストレスの多い、中高年が、マスターベーションをして、心臓発作を起こすことは、有り得る。
一回の、射精にかかる、体力消耗は、100メートルを、全力疾走した時の、ものと似ていると言われる。
中高年の、マスターベーションは、その感触を楽しむことを、主にした、マラソン型マスターベーションが、理想である。

射精をしない、マスターベーションを、楽しむべきである。
後で、マスターベーション、及び、セックスの最高指導の、手引きを紹介することになるが、中高年、高齢者も、性を楽しむべきなのである。

しかし、それは、若者時代の、回想ではない。
新しい、性の楽しみ方である。

中高年の場合の、マスターベーションは、射精しない、感触の楽しみを続け、何度かに、一度、射精の快感を得るという、マスターベーションの、極意がある。

もう少し、この歴史を俯瞰してみる。

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ベトナムへ 13

タイマッサージは、お寺で、資格を出すのが、正式である。
マッサージをはじめる前に、合掌する。
しかし、それが、今は、あまり見られなくなった。
お寺以外でもマッサージスクールが出来たようである。

三ヶ月、毎日、理論から実技まで、みっちりと、学ぶ。そこで、資格を得て、それぞれ、お勤めしたり、自分で店をはじめたりする。

勿論、お金の無い人は、見よう見まねで、する場合もある。

パタヤは、ありとあらゆる、マッサージ嬢がいる。また、ボーイズマッサージもある。
男だけの、マッサージ店である。
男も女も、受けられるが、ゲイに人気がある。

今回は、すべて、新しい店を探して行った。

ホテル近くにも、数え切れないほど、マッサージの店がある。
最初に出掛けた店は、ホテル並びの店。
タイマッサージ一時間、200バーツ、約660円。

四十代のベテランだった。
強さも、まずまず。
基本通りである。特に、タイマッサージは、下半身、脚と、足裏が中心である。
脚を揉み解すと、体液の流れがよくなり、楽になる。

それと、同じ位に、上半身に、力を入れると、いいと、いつも、思っている。
何も話すことなく、黙って、受けた。
上手の部類に入る。

それから、翌日は、足裏、フットマッサージを受けた。
若い人でも、上手である。

ただ、フットマッサージで、効いたのは、ベトナムで、一度だけ受けた、9ドルのフットマッサージだった。
観光客を相手にする店である。

足裏に、棒で、刺激を与えるもので、タイでも、使用する人もいるが、ベトナムの、それは、非常に強い刺激を与える。
つまり、痛いのである。
私は、その治療法を知っているで、痛みが、後で、楽に変わるので、我慢出来たが、はじめての人は、我慢出来ない痛さである。

勿論、彼女は、強さは、いいかと、聞いた。オッケーと、言って、続けてもらった。

腕を揉み、更に、最後に、背中と、肩をやってくれた。
それがまた、強い。
ベトナム人らしい強さである。

驚いたのは、私の肩の、凝りを、肘で、潰そうとしたことである。
全身を掛けて、肩の凝りを取るという。
これには、感心した。

実に満足して、帰国する前にも、ホーチミンに立ち寄るので、時間があれば、また、来ようと思ったほどだ。

さて、パタヤである。

路地にあるマッサージ店の人々は、人懐っこくて、水ば出すし、終わると、丁度昼時で、食事をはじめている嬢もいた。
そこに、座れといわれ、豚の頭を解体して、茹でたものを、一緒に食べろと言う。

戸惑っていると、一つ、一つと、取って、差し出してくれる。
私は、これが、どの部分かと、気になったが、折角の行為と、恐る恐る食べてみた。

一人の、嬢が、非常に臭い魚の、漬物みたいなものを、もち米につけて、差し出した。
とても、臭いが、食べてみると、美味しい。だが、危険である。一度で、止めた。

更に、もち米を、タレにつけて、差し出してくれた。
辛いその、タレは、タイのいつものもの。
もち米を、タレにつけて、それだけで、食事が終わることもある。

随分と親切である。
明日は、タイマッサージをしに来ると、言って、退散した。

そこの、マッサージ嬢も、多く、イサーンから、働きに出て来ていた。
そこで、働いて、郷里の親に、仕送りをしているのである。

翌日の、朝、開店の十時に、スタッフも連れて、行ったが、まだ、店が開いていない。
休みかと、思ったが、休みだとは、言ってなかったと、並びにある、マッサージ店を、見ると、隣が開いている。その隣は、まだ、開いていない。マッサージ店が、三件並んでいるのである。

隣の嬢たちは、皆、店の前で待機していた。
朝の食事をしている嬢もいる。

店の前に立つと、オーナーが、声を掛けてくる。
それじゃあと、いうことで、スタッフは、フットマッサージを受けることになった。
私は、何にするか、考えた。

タバコをふかした。
そして、皆のいる、店先に座り、嬢たちの、様子を見ていた。
雑誌を見ていた嬢の、隣に座ったので、一緒に、その雑誌を見ることになった。
タイ女性の、モデルたちの、写真が出ている。
隣の嬢が、セクシーと言う。私も、頷く。

どこから来たの。
イサーンから。
そう、私も、ウドンターニ、ノンカーイに行った、よ。
私の町は、その下の方にある。
町の名前を聞いたが、知らない町である。

言葉を交わしているうちに、私は、彼女に、オイルマッサージをしてもらうことにした。
一時間、300バーツが、相場だが、路地にあるためか、250バーツである。

スタッフは、すでに、フットマッサージを始めていた。
私は、オイルなので、中のブースに入る。
腰巻一つで、受けるのが、普通だが、それぞれの店のやり方がある。

彼女は、バスタオルを持って、シャワー室に、案内した。
そこで、シャワーを浴びる。
彼女は、外で、待っていた。
そして、ブースに案内される。
カーテンで、仕切られている、ブースに入る。

どうするのか。
伏せて寝るようにいわれた。
その通りにすると、バスタオルを外された。全裸である。

足から、オイルが塗られて、はじまった。
だいたい、オイルマッサージは、気持ちがよくなり、寝てしまう。
だが、私の場合は、相手が、疲れている場合など、それらを、受けるので、逆に、マッサージが終わると、どっと疲れることもある。

オイルマッサージは、危険である。
若く、健康でなければ、やられる方が、具合が悪くなる。
年配の人には、タイマッサージを、オイルマッサージは、若い人にが、いい。

だんだと、気持ちよく、うとうとする。
そして、背中が終わると、仰向けになる。
このまま、なのか。
この年になると、恥ずかしくなくなり、そのまま、仰向けになる。

彼女は、何事もなく、始めた。
全裸である。
股間に、タオルを当てない。
薄暗いので、いいのか。

これは、しかし、若い男なら、少し困るだろうと、思う。
だが、マッサージを受けていて、勃起する程度が、良い状態だとのこと。
リラックスし、更に、神経が、亢進することなのである。
交感神経の亢進で、勃起する。
しかし、副交感神経も、働く。
それが、うまくミックスして、快適、快感を生む。

やはり、うとうとした。

彼女は、お客主体で、お客が、タオルを求めると、タオルを掛けるのだと、後で気づく。

ゆったりとした気持ちになり、終了した。
その間、向こうで、フットマッサージを受けている、スタッフと、嬢との、会話が弾んでいる。

彼女は、トントンと、私の肩を叩き、起こした。
そして、再び、シャワー室に、案内する。
そこで、シャワーを浴びていると、何と、中に彼女が入ってきた。

そして、シャボンを取り、私の背中から、足まで、洗ってくれるのである。
はじめての、ことである。
更に、胸まで、洗った。
淡々と行う。
私は、彼女に、水がかからないようにして、浴びたが、彼女は、意に介さず、サービスする。

感動した。

それが、終わると、すっと、シャワー室から、抜けて、待っている。
バスタオルで、体を覆い、ブースに戻り、着替える。
その間、ベッドの端に、腰掛けて待っている。

その、控え目な、対応に、私は、思わず、先にチップを出した。
100バーツ。
チップは、20バーツと、決めていたし、また、出さない時もある。しかし、今回は、彼女の行為に感動して、100バーツにした。
それを受け取ると、合掌して、コープクンカーといい、感謝する。

実に、気分の良いものだった。
路地裏の店、特有のものだろう。

次も、機会があれば、彼女に、オイルマッサージをしてもらいたいと、思った。
そう思うのも、はじめてである。
悪い気を受けなかったのである。
posted by 天山 at 12:41| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

性について 44

性教育という目的のもとに、マスターベーションについてもわずかなりとも言及した初めてのフランス語の文献は、おそらく、1939年に出版されたカルノー医師の「愛のために」であろう。
1968年を境にした、この件に関する見解の変化は、目を見晴らせるものである。それまで、多くの著者たちはそれを徹底的に断罪し、過ちや罪と見なしてきた。ありうべき一つのステップと考えられることはあっても、やがて乗り越えられねばならないものであった。1965年、アメリカで、ジョンソンが先陣を切って、十二歳の子供たちに向けてこう書いている。「マスターベーションは、身体に害になることはないし、精神病の原因になることもありません。それに、将来の結婚生活において性的な喜びを損なうこともありません」この時以降、それを全面的に断罪するものは皆無となり、不安は沈静化され、罪悪視に終止符が打たれてゆく。マスターベーションは、少なくても少年においては、正常な、普通のものと見なされる。少女たちに関しては、その統計上の数値は調査によって大きな隔たりがある。いずれにしても、時々の、過度のものでないかぎり、それは危険なものではない。
オナニズムの歴史 ジャック・デュシェ

ここまでに至る、道のりは、実に長かったのである。

それ以降、思春期、自分の体を意識し、発見する、性器的快楽を発見する過渡期としての、時期にあっては、それは、正常なことであり、罪悪感を持つべきものではない、そこから、解放されるものである、という、世論になっていったのである。

成人してからも、性的パートナーの不在を代替するものでなければ、何ら憂慮するものではないとなる。

それから、マスターベーションに関する、肯定的な、意見が、相次いだ。

例えば、生物学的に、マスターベーションは、緊張の放出であるというもの。
心理学からは、愛情コミュニケーションの練習であり、単なる、孤独な快楽以上のものである、など。

過去の、蒙昧さ、狂気さに、逆襲するかのような、発言が、相次いだようである。

そして、生物学者でもあった、アルフレット・キンゼイの、確かな統計方法に基づく、「男性の性行動」と「女性の性行動」が、注目された。

それぞれ、1948年と、1953年の出版である。

夢精と区別される、マスターベーションに関する数値を、上げている。
男性の、85パーセントは、思春期に、それを経験し、成人したのちも、継続して行う者がいる。

定義として、マスターベーションは、外的な対象を使わずに、もっぱら、自分自身の身体に依存して、満足を得るという、自己性愛的行動を意味する。
自己性愛的活動は、ほとんどの場合、性感帯への、身体の他の部分、つまり、手などの接触によるものである。

キンゼイによれば、二十歳前の少年の、95パーセントが、マスターベーションを体験していると、報告された。
女子の場合は、83パーセントである。

つまり、圧倒的多数が、それを、体験しているということだ。

ただし、女子の場合は、手による摩擦のみをマスターベーションと見なすとすれば、その数値は、低いものとされた。

いずれにせよ、この数値から、マスターベーションは、正常な行為であると、判定された。
つまり、多数である。多数が、行うことは、正常行為なのである。

その中で、罪悪感が伴うとした男子は、26パーセントである。更に、それらの男子は、治療が必要だとも、考えていた。

マスターベーション擁護の発言が面白い。
愛情コミュニケーションの練習である。
マスターベーションをしながら、セックスすることを何千回も夢見ている。
それは、他者への、欲望を育んでいるのだ。
マスターベーションは、あらゆる意味で、愛する技術への関与であり、その習得であり、単なる手による刺激には、還元しえないものである。

常にと言うわけでないにしても、純然たる排泄欲求であった初めてのマスターベーション行為もやがて、パートナーを思い描く想像力に富んだ行為となり、つまり、まさしく成人のセクシャリティと、それに結びついた快楽の習得のようなものと言えなくはない。とすれば、それはまぎれもない教育的役割を持つことになる。場合によっては、空想の中に同性愛的なものが含まれることがあり、そのことで不安を感じる若者もいる。しかし実際は、そうした空想はこの時期の初めにあっては、ほとんど正常なものと見なされうるのである。異性との交際の機会のない単一の性集団の中でしばしば見られる相互マスターベーションも、必ずしも同性愛的傾向の兆しとは限らない。
ジャック・デュシェ

思春期に、マスターベーションを経験しない者の方が、多数になり、過去とは、逆転の様である。
しかし、しない者が、病的という訳ではない。

更に、現在では、性感染症などの意味から、マスターベーションによる、性的解放が、実に意味深いものとなっている。

エイズ問題が起こった時、アメリカでは、互いのマスターベーションを見せ合いながらの、マスターベーションルームという場所が、出来たくらいである。

また、妊娠に対する、恐れからの、マスターベーションの推奨もされたのである。

それでは、簡単に、避妊具の普及、例えば、ピルなどの普及によって、マスターベーションの頻度が減ったのかととえば、それを示す、統計的数字は、存在しないのである。

性的に、成熟する、つまり、異性間にしろ、同性間にしろ、セックスパートナーがいても、心理的、情緒的なことにより、マスターベーションは、持続されるものであると、いえる。

更に、マスターベーションを、楽しむべくの、大人のオモチャの世界は、凄まじく、進歩、発展しているのである。

ジャック・デュシェは、マスターベーションによって、これといった葛藤もなしにオーガズムを得ることができるなら、それは言わば、性的成熟のステップとなる。との、言葉を、掲げている。

更に、現代の、マスターべーションに関する、様々な見解を見ることにする。


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ベトナムへ 14

明日は、バンコクへという前日の、夕方、ホテルの斜め前の、マッサージ店に入った。

いつも、数名の嬢たちが、料金表を掲げて、客引きをしていた。
そこで、一時間のタイマッサージを頼んだ。

五十代の、おばさんが着いた。
マッサージ室は、三階にあった。細長いビル一つが、マッサージ店だった。
誰もいない、だだっ広い部屋に、ベッドが並んである。
窓際のベッドに案内されて、二時間にした方がいいというのである。
二時間なら、350バーツで、得だよと。

もし、下手糞なら、二時間は、苦痛だと思った。これは、賭けである。
まだ、今日は、お客が一人もいないので、押し売りしているのかもしれない。
オッケーというまで、食い下がるので、オッケーと、答えた。

そして、マッサージがはじまった。
足裏から、脚全体にかけての、マッサージは、巧い。
そして、更に、上半身にきた。
いつもと違う。
このおばさんは、手、肘、足、膝と、縦横無尽に使って、私の体を、少しつづ、ずらしつつ、わき腹まで、揉んだ。
わき腹は、余ほどの人でなければ、事故にもなるので、揉まない。

これは、巧い。
最後になった時、太股の、内側を、足で揉んだから、驚いた。
そして、私の体を、少し横にし、背中を膝で、押すように、揉む。
今までにない、マッサージのテクニックを、幾つも見た。

自分の体重を巧く利用するのも、上手である。
見事だった。
プロの仕事である。

そして、終わり、私は、100バーツのチップを渡した。
そして、素晴らしいマッサージですと、英語で言った。
おばさんは、英語がペラペラである。

そして、言うには、タイマッサージは、二時間必要だという。
一時間では、やり切れないとのこと。
これから、タイマッサージを受ける時は、二時間やるようにしてくださいと、言われたのである。

イートさん、番号15。
店の名刺に、サインをして貰う。
パタヤでの、タイマッサージは、このおばさんに決まりである。
フットマッサージは、前回来た時の、ボーイマッサージ店の一人のボーイである。
力が強く、足裏を、ぐいぐいと押す。足裏は、どんなに強くとも、事故は、起きない。
そして、オイルマッサージは、あの、イサーン出身の、嬢である。

パタヤマッサージの顛末を終える。

さて、私は、バンコクに、バスで行こうと考えていた。が、ホテルに、車チャージの、コナーがあるので、料金を尋ねる。
800バーツ、1200バーツ、1500バーツ以上とある。
お勧めは、1200バーツ、約4000円のコースで、高速料金が含まれている。
800バーツは、高速料金が含まれない。車の質も違うと、後で、スタッフに教えられた。

バスは、一等エアコンバスで、一人約200バーツである。しかし、バス停までタクシーに乗り、降りてから、また、タクシーなど利用すると、色々と、お金が掛かるし、いちいち交渉しなければならない。面倒である。
よしと、1200バーツに、決めた。
出発は、一時である。
チェックアウトが、十二時なので、昼を食べて、行くことにした。

ところが、タクシー運転手は、十二時に、待機して待っていた。
それならと、乗り込んだ。
食べ物は、屋台で買った物が、多少あったので、それを、食べることにした。

バンコクまでの、高速道路は、スムーズに進んだが、バンコク市内に入ると、渋滞である。
スクンビットのナナ駅に近づくと、更に渋滞。

三時を過ぎた。
ようやく、運転手が、横道に入り、一気に、ソイ11に入った。
目印の、セブンイレブンがあったので、そこで、降りる。
旅行雑誌で、見た、ゲストハウスに泊まってみたいと、思ったのだ。
しかし、ほぼ満室で、ツインルームは、一泊しか出来ない。
900バーツである。

確かに、民家風で、緑に囲まれている。が、実に、不自然な感じである。周囲の形態と、違和感があり過ぎる。そして、少し高慢な、態度は、人気があるのだろう。
更に、フロントの横に、セックス目的の方は、お断りしますと、書かれてある。

どういうことだろうか。
つまり、売春する者を、連れ込むなということ、なのであろうか。
ラブホテルのように、使用するなと、いうことか。

確かに、欧米人のセックスは、長時間に渡り、更に、音が大きい。造りの粗雑な、部屋は、隣近所に迷惑である。
それにしても、わざわざ、そんなことを、書くとは・・・
それが、楽しみで、きている人もいるはず。

まあ、それぞれの、ハウスの、方針があっていい。
結局、私たちは、いつもの、600バーツという安いゲストハウスに向かった。
スタッフが、連れ込み宿という、ゲストハウスである。
私は、アンタ、連れ込み宿でも、ゲストハウスに替わりないと言った。私は、気に入っている、のだ。

今回は、オーナーさんが、フロントにいた。
オーナーさんは、日本に、十ヶ月過ごしたことがあるという。ただし、日本語は、ちょっと待って、ありがとう、さようなら、しか、出来ないと言う。
とても、親日溢れる、おじさんだった。

二泊することにした。つまり、バンコク滞在は、そこのみである。

部屋に、荷物を置いて、すぐに、食事に出た。
スタッフは、逢う人がいるので、私一人で、いつもの、屋台連合のような、ビルの横にテントを張っている屋台に出掛けた。
そこで、スープライスを頼む。
しかし、最初、それが、通じないのである。
ライスに、ラーメン丼を、ジェスチャーしたが、それなら、あちらの、麺屋だと、言われる。違う、違う。ライスに、と言うと、おじさんは、ご飯を大盛りに丼に盛る。違う違う。ライスに、スープ、スープという。
ようやく、おじさんは、スープライスかと言う。
ライススープと、スープライスは、違うのか・・・

とても、疲れた。
しかし、次からは、おじさん、私の顔を見ると、スープライスかと、尋くようになる。

何度聞いても、その、スープライスの、タイ語が、覚えられないのである。

食事は、ほとんど、そこでした。
そして、その近くのインド料理の店で、カレーを食べる。
その辺りは、インド、アラブ料理の店が、多い。アラブのテレビ番組を点けている店もある。
黒尽くめの、イスラムの女性の姿が目立つ。
そして、ホテル横の小路は、アフリカ系である。

更に、ナナ駅の付近には、女性、レディボーイの、ゴーゴーバーが、多い。
夕方からは、歩道に、長く、ナイトバザールがはじまるという、混雑さである。

食べ物の、屋台も多く出る。
毎日が、お祭りである。

スタッフは、一人のレディボーイと、逢っていた。
泊まるホテルを教えてくれたのも、そのレディボーイである。
朝から、レディボーイたち、女性たちの、立ちんぼがいる。
その皮膚の色が、多くなった。
黒人の、女性も、白人の女性も、立つようになったのである。
タイ人ばかりではない。

その夜、スタッフは、女装して、私をレディボーイの、ゴーゴーバーに連れた。
ビル全体が、ゴーゴーバーである。
何件もの店が、客引きをしている。

私は、はじめて、ゴーゴーバーに入ることになった。
音楽に合わせて、レディボーイたちが、水着姿で、踊る。
驚くほど、美しい人、可愛らしい人、様々である。
中には、吉本、お笑いという人もいるが、それもまた、楽しい。

しかし、長くは、いられなかった。
音楽と、照明に耐えられない。

私を指名してと、皆々、訴える。
指名をして、店から連れ出すのに、600バーツを払う。そして、後のことは、交渉次第である。

飲み物を運んでくる者も、レディボーイなのであるが、舞台に立てない、ちょっと、面白、レディボーイである。
しかし、必死で生きているのは、伝わる。

オレンジジュースを飲み終えて、清算する。
二人で、160バーツ程度。安い。
すると、子豚顔の、飲み物係りの、レディボーイが、チップ頂戴と言う。
20バーツという、ケチ臭いチップを上げて、退散した。

私のスタッフは、女性に見られたことに、満足していた様子。
そこで、一言。やるなら、徹底して、やるべきだと。
女に、見せるのではなく、女であること。

役者は、それに、見せるのではなく、それに、成るのであり、名優は、それに成るのである。

スタッフは、私に、日舞を教えて欲しいという。しぐさは、学ぶ必要があると、気づいたのだ。
所作は、教育される必要がある。

私は、踊りつつ、ホテルに向かった。
手踊りである。誰も気づかない程度である。

それが、最も楽しかった。
教養というものは、そういうものである。
人に見せるものではなく、私が楽しむもの。それが、教養である。
自己満足の、何物でもない。

蒸した、とうきびと、枝豆を買う。
20バーツ。
屋台のおばさんに、焼いたエビを、勧められたが、100バーツである。それは、高い。私のような、貧乏人には、手が出ないもの。

本当は、食べたいが、我慢する。
その、我慢が快感になる。

酒を飲まずに、早々に寝ることにする。
明日は、チェンマイから来てくださる、小西さんと、会う。

posted by 天山 at 12:41| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

性について 45

1968年の、革命的理論支柱の、ライヒの思想から、マスターベーションに関する、意見が、それに、準じて、出された。

禁止することを、禁止するというような、過激なものまである。
マスターベーションを禁止することを、禁止するというのであるから、穏やかではない。

しかし、フロイト、スピッツなど、初期の精神分析学者たちは、行き過ぎた、禁止と、その悪影響を告白した人たち自身が、矛盾した、折衷的態度を余儀なくされたという、見方もある。

衝動の抑圧こそが、神経症の危険を伴うとした、精神分析学が、解決の糸口を、見つけ出すには、大変な、努力がいる。

地獄の罰という、呪いと、脅迫によって、強化された、罪悪感の、マスターベーションは、フロイトの発見に至るまで、更に、それでも、それ以降続いた、罪悪感の後に、新しい考え方が、セクシャリティの好ました進展のために、ある種の、バランスの取れた、適度のフラストレーションが必要であるという、考え方が、登場したのである。

フラストレーションが、人格を形成するものである。

突然の、宣言のような、言葉が飛び出す。

アンナ・フロイトは、人格形成にとって、その価値を強調し、子供も、納得しうる、マスターベーションに対する、闘いを重視したのである。

かつてのように、野蛮で、サディスティックなものではなく、フラストレーションの修練は、漸進的で、各人の感受性と、忍耐力に合わせて、勧められるものである、という。

面白い議論は、成人になっても、オナニーが続けられ、性的結合を目的とする、成人の唯一の、セクシャリティ表現を、回避するまでに至る、反抗的オナニー、それは、まさに、無意識のうちに、留められた心的幼児性への、固着であるというものだ。

病理学からの、対応は、性器的快感の発見という過渡期の現象として、全く正常なものであるという、見解である。

ただし、マスターベーションは、性的能力の十全たる表現と、見なしえないという。
それは、せいぜい待機行動、思春期の初めての興奮から、十全な性生活へ至るまでの、道において、不可避なものである、待機行動にすぎないとも、いう。

いまだ夢の中でしか実現でなかった性関係の先取りする代用品のようなものにすぎない。
ジャック・デュシェ

精神分析から、性感帯の、暫時的発見と、それらの部位の興奮は、リビドーが、どこかに、固着してしまわない限り、段階を追って、やがて、性器的セクシャリティに、到達すると、考える。

ここで、リビドーの固着が、うまくいかなかった場合や、歪んだ場合などに、成人になってから、性的事件の引き金になったりする。
性的的快感を、全うに体験することが、大切なことなのである。

でなければ、生き物を、殺すことによって得る、快感を、性的快感として、持つ場合もあるということだ。
または、色々に変形して、性器的快感を得ることになる。
異常性愛と、言われる行為になるのだが、日本には、異常でもなんでもない。そのように、成長させてしまったのである。

さて、欝状態の若者の、マスターベーションは、主題を欠き、陰鬱で、罪悪感を伴った、快楽という、気分的不安定さを、帯びることになる。
それは、強迫観念の部類になり、また、脅迫行動に至ることもある。
更に、それに、サディスティックや、サドマゾヒスティックな、色調を帯びることもあり、そうなると、治療が必要となる。

幼児期の、多機能的、多種多様のセクシャリティが、徐々に、整ってゆく過程における、性器的成長の過程で、起こるものを、心理学で、探っていたようである。

それに、深入りすると、性についての、論旨が、更に広がるので、止めておく。

さて、どの調査も、女子より、男子の方が、頻度が高いという、結果がある。

男子の場合は、明確に、性器を意識でるのに対して、女子は、性器が、内に在るという感覚なので、その意識は、顕著ではない。
ただし、女子も、自然のうちに、マスターベーションの行為を、多く体験する。
女子の、マスターベーションは、曖昧という言葉が、合う。
意識して、明確に、マスターベーションとい行為に、至るには、それなりの、年齢が必要である。

マスターべションは、男子にとっては性的成熟のために重要な役割を演じるが、女子の性的発育においては事情は異なる。両性間の解剖学的差異が、おそらく、そこで部分的に何らかの役割を果たしているのであろう。男の子は、自分の身体の特徴と、それを際立たせる生理反応に気づかないわけにはゆかないし、必要とあらば勃起がそのことを思い出させてくれる。女の子の場合は市場が違い、欠如しているもの、切断されてしまったものとして確認することしかできない。
デュシェ

そして、男が、思春期で、最も、激しい性的衝動を覚える。
愛情的交歓や、性行為の優しさなどを、知るのは、後のことである。
しかし、女は、それと、逆になるのである。
男が、異性関係に至るまで、マスターベーションによって、満足しているのに大して、女は、マスターベーションをするにしても、欲望ではなく、相手のためという、感情的なものが、先になる。

つまり、女は、欲望よりも、最初は、情緒による性的満足感を、求めるというのである。
それに対して、男は、欲望が先に立つ。

そこで、どうしても、その性的行為には、差異が出る。
そこが、男と女の溝なのである。

性行為を、早く求めるのは、男である。
女は、性行為より、情緒的関係を求める。

しかし、只今の、中学生、高校生の付き合いという前提は、性行為に、結び付けられているのが、現状であり、それを、大人が、理解し、把握できないでいる。

マスターベーションの歴史を、俯瞰してきたが、今なら、この過程自体が、お笑いものである。

20世紀後半の、性行動の、目まぐるしさといったらない。
男のマスターベーション入門などの、記事が、その手の、雑誌に載るほどになり、フリーセックスを経て、更に、マスターベーションの効用が、語られる。

マスターベーションで、痩せるなどという、歌い文句で、女のマスターベーションを、推奨するという、記事なども、雑誌に載せられた。
それが、今は、中国、上海で、流行っているというから、驚く。

現代の語るマスターベーションの、新しい展開を見て、更に、マスターベーションの効用というものを、見ることにする。

そして、飽くなき性の快感の、追求というものを、見ることによって、人間の性とは、何かを、問うことにする。


posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナムへ 15

旅の最終日、チェンマイから来られる、小西さんにお逢いする。
約束の時間は、正午である。
有名ホテルのロビーで落ち合うことになっていた。

ゲストハウスから、歩いて、5分である。

その朝、七時を過ぎたので、屋台連合に行く。
屋台連合とは、私が勝手に名づけているので、その辺りに行って、屋台連合と聞いても、通じない。

皆さんと、顔馴染みになった。
向こうから、コーヒーと、聞いてくる。
コーヒーを頼み、その小路で、絞りたてジュースを作るおばさんから、20バーツのジュースを買う。
何も手を加えない、本当のジュースである。
オレンジの甘さのみ。日本の冬ミカンに似ている、ミカンである。

ジュースを飲み、コーヒーを飲んで、何を食べるか、考える。
スタッフは、少年のようになり、私の前にいる。
不思議なことで、レディボーイを続けていると、素になった時、少年のようになるのが、不思議である。
矢張り、少年は、中性なのである。

ここで、少年の美について、書きたいが、それは、性についてで、書くことにする。

実は、一つ書き忘れたことがある。
衣服支援の子供服が、少し余っていた。

スタッフが、マッサージをしたいというので、私がいつも行く、安いマッサージの嬢を紹介した。
私が連れて行った。そのまま、私は、部屋に戻った。
すると、担当したのは、別の中年の女性だったという。

私の紹介した嬢は、中年の女性に、客を譲ったことになる。
それは、中年の女性には、まだ、客がつかなかったので、嬢が、譲ったと思える。
そういう、優しさがある。
皆、苦労しているから、人の苦労が解る。

その中年の女性と、マッサージをしながら、話していると、彼女には、三人の男の子がいて、別々に暮らしているとのこと。
子供たちは、学校で暮らしているのである。

母子家庭で、皆で、暮らせるだけの、収入がないのである。
タイは、福祉政策が、非常に遅れている。

そこで、スタッフが、子供服を、少し持って来ているが、必要ですかと、尋ねた。
彼女は、必要、必要、欲しいと、言う。

マッサージを終えて、部屋に戻った、スタッフは、急いで、残りの、衣服を集めて、彼女に持って行った。
私は、それを見ていた。

戻ってくると、他の者も、出て来て、皆で、それを見て、良質な物で、自分も着れるものがあるという、女性もいたという。
小柄な女性は、子供用でも、着られる。

バンコクでも、必要な人がいる。
都会だからこそ、必要な人がいる。
貧しいゆえに、都会に出て働くという、感覚は、当たり前である。

これは、口伝えで、私たちの活動が伝えられると、ここでも、必要な人は、多くいるのだろうということに、気づいた。

バンコクには、カンボジア、ラオス、ミャンマーからも、働きに出ている人が多い。
ラオスの少女が、体を売れるようになると、立ちんぼになることも、多々あり。

成人になり、覚悟して、体を売るということに、何の問題もない。
寝る場所の確保と、食べることの、権利は、誰にもある。
何ら、恥じることはない。

人様に、世話にならず、自分で、自分の生活を、賄うのである。

実は、パタヤでも、ベッドメークする、女たちと、色々と話すことが出来た。
出稼ぎの人が多い。
丁度、子供服の下に、女性用の、ナイトガウン、寝巻きに出来る物が、数点入っていた。それを、彼女たちに、差し上げた。
大喜びで、それから、私たちは、実によくしてもらった。

一人のおばさんは、子供がいるというので、子供服を見て、選んで貰った。
その選んだ服を、静かな笑みを浮かべて見ていた。
きっと、子供に着せる時の、様子を思い浮かべているのであろう。

差し上げた時に、その場にいなかった女性がいて、元気な女性が、彼女には、何か無いのかと、言われた。
すべての、衣服を出して、彼女に合うものを、探して、渡した。

その時、支援の形の無形さを、思った。
臨機応変である。
必要な人に、差し上げる。

苦労している人は、優しいのである。人の痛みが解る。
そして、自分一人が良くなればいいとは、思わない。助け合う心で、支えあうのである。

バンコクに行く日の朝、ベッドメークで、廊下に座り、待機していた皆と、出掛けに会った。
次は、いつ来るの。その時も、このホテルに泊まるか。
また、このホテルに泊まるので、逢えるよ。
イサーン出身の女性が、皆の代表になり、待っている、と言う。
次は、いつになるのと、言う。
来年、来る。
来年って、いつ。
年が明けたら、来ると、言うと、納得した。

部屋から出る時は、皆、忙しかったが、一人の女性が、私たちが、部屋から、出る時、荷物まで、持って下に降りてくれた。

清算し、チェックアウトが、スムーズに終わるのを、見届けて、さようならと、言って、また上がって行った。

こうなれば、私たちは、彼女たちの知り合いである。
単なる、客の一人ではない。
次に行く時、更に、衣服を持って行けば、必要な人のいる場所を、教えてくれる。
彼女たちが、橋渡しをしてくれるだろう。

そして、本当に切実に、必要な人の存在も、彼女たちは、知っているはずである。

追悼慰霊から、子供服支援、衣服支援になり、そして、人と人の付き合いになり、情けある付き合いになり、その相手が、日本人である。

私の願いであること、成就せり、である。

前置きが長くなったが、小西さんとは、正午に会って、食事をすることにした。

小西さんについては、以前の旅日記は、何度も書いているので、改めて、説明はしない。

タイ北部の、慰霊地については、ほぼすべてを把握している方である。
皆、小西さんを、頼り、取材や、慰霊に訪れる。
マスコミ関係から、政治家、その関連の方々。
要するに、タイ北部の、慰霊については、スペシャリストである。

そして、小西さんは、事実を知る人である。
日本軍、日本兵の、事実を知る人で、それを、しっかりと整理して、書かれると思う。
多くの、誤解や、偏見を取り去り、事実を書くのである。

また、遺骨収集も行い、実際に、日本兵が、どのような亡くなり方をしたのかも、見ている。

更に、タイで、日本人として、生きている。
迎合は、しない。
真っ当な日本人として、国際人である。

海外で、日本人としてあることは、そののまま、国際人なのである。
日の丸を背負うことが、国際人の、第一歩である。
自分の国に、誇りを持てない人を、どこの国の人も、信用しない。
posted by 天山 at 12:42| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

性について 46

キンゼイ博士の、セクシャリティの研究は、性行動に他ならず、統計的数字に基づき、その多様性を、明らかにしたといえる。

マスターズとジョンソンは、性関係の生理学を研究し、その臨床的記述から、性的障害の、プロトコルを作成した。
機能不全に関しては、カップルを切り離せない単位とみなして、治療を行った。

その治療に当たり、マスターベーションが、一定の役割を演じることから、マスターベーションの研究が、セクソセラピーに、直接連動するものとなった。

マスターベーションは、種々の性的機能不全に対する行動療法の一部とされ、射精不全、自己刺激によって、射精を促すという、初歩的治療と、オーガズム不全に対しては、ロ・ピッコロが、十二段階の、マスターベーション・プログラムを開発したのである。

自己肯定に基づいたテクニック、起こりうる葛藤の軽減、寛容さ、そうしたことの積み上げによって、マスターベーション行為は、相互的な性関係へのいわば端緒となる優れた「教育的経験」として再発見され、そういうものとして実践されてゆくことになる。膣性交によってはオーガズムに達することのできない人たちでも、マスターベーションのような他のタイプの刺激によってそれが可能となるのである。
ジャック・デュシェ

私の手元には、アメリカの、セックスセラピストの、本がある。
驚くべき、その、セックスマスターを、後で、公開することにする。

さて、性の解放から、すでに、30年以上を経ようとしている。
現代は、性の百花繚乱である。
フリーセックスなどいう、言葉も聞かれないほど、性は、解放された。

中高生が、付き合うということは、セックスがあるということである、という時代になった。

それは、簡単な、避妊法によって、更に、拍車がかかったといえる。
これで、セクシャリティと、生殖の分離が可能になり、今まさに、性というものを、新しい思想、言葉で語る時代に突入したといえる。

更に、ビルという、避妊薬の登場で、それが、加速したのである。

人間の性は、どこへ行くのか。

セクソロジーという、新しい学問が、登場した。
日本では、まだまだ、それが、遅れているが、最早、遅れていい訳ではない。

セクソロジーは、まさに、オーガズムを目的とする、学問である。
共有された、より良いオーガズムと、最高の調和の究極的段階としての、オーガズムの一致を、掲げる。

オーガズムの権利である。
ところが、それが義務化することで、新しい悩みが、起こる。
もし、それが、満たされない時、誰もが、快感を感じるという、様々な性感の探求という形で、具体化されるようになる。

一時期、女の性感帯の、震源地である、Gスポットの体系的探求という、提唱がなされた。

膣壁にある、Gスポットの位置確認まで、されるようになった。

さらにである。
大人のオモチャの開発による、更なる性的刺激の、探求である。
ここまでくると、何といってよいのか。

いかがわしい広告の、文句を見てみると、それは、一目瞭然である。

このように、見てゆくと、マスターベーションは、いつでも、手軽に、本質的、基本的、探究の要素となりえるのである。

要するに、マスターべーションというものに、新しい価値づけを、与えることになったと、考えてよいのだ。

マスターベーションも、十分満足を得る性的行為であるということだ。

そこで、オナニストという、言葉が出来たくらいである。
男とも、女とも、関係しない、自己性愛型人間である。

ある若者は、女との付き合いの、煩雑さに、うんざりして、自ら、オナニストと、任じて、女からの、誘いを断るという。
彼、曰く、女との、セックスに至るまでの、過程における、諸々の、手続きが、面倒であるとのこと。

そんなに、苦労せずとも、マスターベーションで、十分に満足し、セックス、つまり、性交する、相手というものの存在を、置かないという、スタイルも、ありなのである。

オナニズムの、歴史は、抑圧の歴史であった。
しかし、今、いや、すでに、オナニズム、マスターベーションの解放である。

それに対する、宗教、特に、ローマカトリックなどの、見解などは、省略する。
未だに、カトリック教会は、マスターベーションを否定するという、時代錯誤である。

勿論、その根拠は無い。
単に、快楽は罪である、のである。

少年が、マスターベーションを覚えた時の感激を、芸術文芸家は、大地との、交わりと、称賛する者もいる。

五本の指で、乙女を作り
マスターベーションをしよう。それは神の快楽だ。

歌いたいのは、孤独な愛
たった一人で、誰の助けも借りず
自立した愛、それがマスターベーション

私たちはみんな、子供のときからマスターベーションをし、そして、死ぬまですることができる。方法、程度、頻度などは問題ではない。それは汚れたことでも、危険なことでも、非難すべきことでもない。むしろそれは、自分自身の身体と、そこから引き出しうる快感を知るための訓練である。そのことは、他者の身体を理解するために、そして、セックスで与え、与えられる快感を理解するためには不可欠のことである。
ハウ・ツー・セックス

ちなみに、日本のマスターべーションの歴史は、実に、古い。
西洋のような、抑圧の時代が無いのである。

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ベトナムへ 16

小西さんと、食事を終わり、小西さんが、私たちに、どこか行きたいところは、無いですかと、尋ねた。

私は、首相府の、反政府団体、民主主義市民連合が、集結している場所に、行きたいと言った。
それではと、タクシーに乗り向かった。
外務省からは、危険地区に指定されている。

バリケードの張られている、手前で、タクシーを降りて、歩いた。
入り口が、高くなり、簡易の梯子がかけられてある。
そこを、上って、また、降りる。
降りると、身体検査をされた。
危険物の有無を調べるのだろう。

それを、終えて、すぐに、出店が続いている。
私たちは、一つの出店で、パタパタと、拍手替わりの、手のオモチャを買う。
一つ、25バーツである。
小西さんは、お子さんの、お土産に買った。

私は、その、パタパタを、鳴らして歩いた。
更に、バリケードの中では、演説が、繰り返されていて、時々、歓声が上がり、その、パタパタを、鳴らすので、私も一緒に、鳴らした。

そのうちに、両手を上げて、歩いた。
勿論、和服姿の者は、私の一人のみ。
だが、目立つほどではない。
しかし、目を合わせる人は、皆、私に、笑顔を向ける。

集会の周辺は、すべて、屋台で、埋まっていた。
この、集まりに、便乗しての、商売もあった。
服屋さんから、一般の屋台の食べ物屋である。
端的に言うと、お祭りである。

そして、スピーカーから、演説の声が流れる。
私も、何か演説したい気持ちに、駆られた。
すると、小西さんも、そうだと言う。
何か、意見を述べたくなる気分である。

丁度、舞台では、全国から集った、様々な、市民グループの代表が、一人一人、挨拶していたようである。

無料炊き出しのコーナーには、人が列を作っていた。
和やかな、反政府運動という、イメージである。

だが、私が、帰国した日の、午後、ソムチャイ首相の施政方針演説を阻むために、国会を包囲した、反政府派は、一時、首相や、議員を、閉じ込めることになり、警察が、催涙弾を発砲した。
また、与党の政党本部前の、爆発により、二名が死亡した。
朝からの、負傷者は、400人を、超えたという。

簡単に説明すると、ソムチャイ首相は、対話路線を取るつもりだったが、反政府側は、あくまでも、タクシン元首相系の政権の永久追放なのである。

反政府派との、仲介役として、副首相に就任した、元首相経験者の、チャワリット副首相も、混乱の責任を取って辞任した。

ただ、タイの国会議員は、市民運動に対する、催涙弾などの使用に、反対する者多く、それにより、野党・民主党、上院議員などが、抗議のために、国会に出席せず、演説に対する討論も無かった。

ただし、タクシン元首相の追放の時は、五万人の市民が、集ったが、現在は、一万五千人程度で、縮小している。
また、与党側も、進展しない状態に、手詰まり感があり、硬直状態が続く。

連立政権なので、野党・民主党と、他の政党が、連立すると、政権交代が、出来るので、それで、一件落着するのではと、私は、見ている。

要するに、タクシン元首相が、いかに、国を利用して、金儲けをしたかということである。
そのために、法整備も、整えるという、国を売ると言える、やり方である。

タクシンを支持したのは、最も貧しい、東北部・イサーンと、北部である。
金をばら撒き、票を得たと、聞いたが、それは、貸付たのだという。
100バーツで、利息が、1バーツだというから、驚いた。
数である。
金持ちは、どうしても、金持ちになってゆくのである。

勿論、医療費無料などの、政策もあるが、単に、税金を投入して、自分には、関係ない。だから、南部に行った時に、タクシンが、遊説に来たら、殺すという者、多々いたのである。
南部に対する、政策は、何もなしなのである。
更に、南部が、最も税金を払っているという、カラクリである。

南部のマレーシアに近い、一部では、テロが多発して、独立を求めている。
タイの、イスラム圏である。

さて、私たちは、首相府を取り囲んでいる道を、ぐるりと、周り、元の場所に出た。

何の、危険なことはなかった。
逆に、タイ、バンコクの市民と、良い交流が出来たと思う。
私の姿は、一度見ると、忘れられないのである。
着物で、素足の日本人である。

周辺の道路は、渋滞が続いていた。
ようやく、タクシーを捕まえて乗ったが、中々、先に進まない。

あまりに、長くかかったせいか、タクシー運転手が、料金を、まけてくれた。

タクシーを降りた側の、喫茶店に入り、小西さんと、スタッフの野中と、三人で、話した。
特別の話ではないが、私は、わざわざ、チェンマイから、私たちに逢うために出て来てくれた、小西さんには、本当に感謝した。

朝来て、最終便で、チェンマイに戻るのである。

小西さんは、私が、児童買春について、調べたいと言ったことを、心配してくださり、何事かあれば、必ず連絡くださいと言って下さった。

更に、バンコクの風俗に関しても、案内して下さると言う。
ハッポン通りなどの、有名風俗街である。
ボーイゴーゴーバーには、男も女も、ボーイを買いに来るという。
その値段は、男より、女が買う方が、倍高いというから、驚きである。

ハッポンについては、昔から知っていた。
アジアの女たちを、買い漁った男の手記なども、読んでいた。
売春天国タイという言葉が、出来た時、タイ政府が、その撤回を世界的に、呼びかけたことがある。

しかし、貧しい国からは、売春は、無くならない。
振り返れば、敗戦の日本も、戦後長い間、売春で、皆、食いつないできた。
韓国も、売春で、外貨を稼いだ時期がある。
そして、フィリピンも。

私は、売春も、文化であると、見ている。
誤解を、恐れずに言えば、食って寝る場所を、確保するために、売春も、堂々たる、仕事であり、労働である。

ただし、幼児、児童買春は、別物。
それは、罪である。
幼児、児童は、自分で、選択する力は、無いし、保護される権利がある。

児童買春は、人身売買である。
貧しい所から、子供を買い、そして、売る。
買った者は、子供を物として、扱う。
それこそ、基本的人権の無視である。

こんなことを、許せるはずがない。

だが、問題は、それを、買う者がいるという、現実である。
幼児性愛、児童性愛である。
これらは、治療が必要である。

さて、六時を過ぎたので、私たちは、小西さんと、お別れすることにした。

タクシーを待つ小西さんに、私は、大丈夫ですかと、言った。
言った後で、大丈夫ですかと、言われるのは、私の方だと笑った。
本当に、笑って別れた。
感謝である。

丁度、これを書いていた時、ニュースが入った。
タイの、アヌンポン陸軍司令官が、16日、地元テレビに出演し、国会を包囲した、反政府団体、民主主義市民連合の支持者たちに、警察が、強制排除し、死傷者が出たことに、私が、首相なら、辞任すると、痛烈に首相を非難した。

また、地元メディアも、一斉にソムチャイ首相の責任を追及した。
王室、司法も、反政府団体寄りの姿勢を示す。
クーデターについては、介入を否定したが、さらなる衝突の場合は、行政権の停止もありうる、としている。
つまり、軍が介入する可能性である。
また、クーデターを、反政府団体も、望んでいるようである。

そして、もう一つの、問題がある。
カンボジアとの、世界遺産であるクメール寺院プレアビヒア周辺の、国境問題である。
両国の軍高官が、共同パトロールの実施で、合意したが、タイ政局の混乱が、紛争激化の、きっかけとなった。

タイ政府が、カンボジアによる、寺院の世界遺産に登録申請に、同意したことから、民主主義市民連合が、売国行為と、激しく批判した。

更に、市民連合の支持者が、7月15日に、寺院に侵入したことから、両軍の展開という事態を、引き起こしたのである。

いずれにせよ、政権存亡の危機的状態である。
寺院自体は、国際司法裁判所で、カンボジア領と認定されている。国際的には、タイの内政混乱が、紛争激化の原因と、見られる。

王室、司法も、反政府寄りであるということは、先が見えるのである。

タイのプーミポン王は、タイの民主化を望んでいるが、矢張り、王様の指導が必要なのであろうか。
それぞれの、民主化というものがあっても、いい。
タイは、王様主導の民主化であって、いいと思うが・・・
posted by 天山 at 12:42| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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