2008年09月04日

神仏は妄想である 153

日蓮にゆく。

日蓮は、仏陀を知らない。
それは、実在の仏陀を知らないというのではない。
仏陀の教えを知らない。
彼が、知った、仏教は、天台である。
ここに、彼の悲劇がある。

下々の、身分である、単なる僧の一人が、国の政治に、物申すという、暴挙をなした。
何故か。
国を案じたか。
違う。
自己顕示欲と、名利の何物でもない。

千葉の貧しい漁民の子に生まれて、天下を目指すとしたなら、身分の意識曖昧な、仏教という、場から、はじめなければ、彼の野心を、満たすことはない。
高僧になれば、身分を超えて、ゆける。

法華経を称えること、天台を真似て、祈祷をなすこと、真言に真似て、題目を唱えること、念仏に真似て、末法思想は、厭離穢土の浄土門を、真似た。
さらに、安国を述べること、仏教の護国を、真似た。
そこに、オリジナルは、無い。

更に、鎌倉では、神道をも、学んだ。
故に、神棚の前でも、法華経を唱えるという、行為が、日蓮から、はじまった。

後の人、法然は、理で悟り、親鸞は、情で悟り、日蓮は、意で、悟るというが、そんなことはない。
皆、それは、迷いである。

彼が、他宗のすべてを、罵り、攻撃したのは、それらに、最も関心を抱いたからである。
彼の、不屈の精神は、偉くなり、人に尊敬されること、それに、尽きる。

彼の、行動は、すべて、裏目に出た。

仏僧は、多く、偏屈であり、天邪鬼が多い。
私自身がそうであるから、それを、理解する。

人の意表を突き、飄々として、いられる。
あえて、物議を醸し出す。
日蓮は、それの、典型である。
彼の、教義の屁理屈は、何のことは無い。

日蓮の目的は、解った。
それでは、日蓮を見る。

「立正安国論」にみられる日蓮の抱いた疑惑そのものは必ずしも新しいとは言えない。源平合戦から承久の変まで、なぜ多くの天皇が悲運のうちに倒れて行ったか。安徳帝や、承久の変で配流となった三上皇を悼んでいるが、そこに古代風の「鎮護国家」にむすびついた一種の「神国思想」がみられる。また内乱を通しての犠牲者と、そこに生ずる無常観は当時の誰しも抱いたところである。或いはなぜ天災地異がくりかえされるのか。鎌倉の大地震や、疫病飢餓の発生を深く憂えているが、これも当然のことだ。内乱と天災と疫病と、歴史は恐怖の歴史だという実感に立っていることは、いずれの出家者にも共通している。
亀井勝一郎 日本人の精神史


何も、新しいものではない。
そして、注目すべきは、彼は、日本という国に、その精神的支柱として、君臨すべくの、活動であるということ。
それは、野心である。


では日蓮の独自性はどうにあるか。いまのような疑惑に直面して、法華経を根本とするととともに、それ以外の一切の経典と宗派に対して、強烈な折伏力を発揮し、その結果として生ずる受難において、信仰の証をたてようとした点である。

と、亀井は言う。さらに

法華経専修による宗教改革力を爆発させたようなものである。法華経そのものは聖徳太子の時代以来、ひろく読まれてきた。様々な性格の菩薩が登場し、劇的に構成された多彩な大乗経典であり、芸術の上にも多くの影響を与えてきた。しかし、日蓮のように読んだものはひとりもいなかった。

そうである。
日蓮のように、あの、御伽噺を、あのように、読んで、解釈したものはいない。
それに、注目すべきであろう。

日蓮の、末法思想は、膨大な仏典の、どこにも、出てこない。というより、そんな、考え方は無い。
それは、中国の一人の、誇大妄想の僧の、アイディアから、生まれた、思想というより、戯言である。

末法という、考え方に、強迫された。
要するに、末法思想の、強迫神経症である。

更に、日蓮は、その、末法というものに、撹乱され、今こそ、我が、我が、我がと、自我意識を、拡大させた。
とてつもない、妄想の中に、身を埋没させたのである。

それに、拍車をかけたのが、名利である。


日蓮の考えた末法の世とは、折伏の時機であった。接受ではもはやまにあわぬとみたところに、彼の危機感があったということである。法華経を護るため、様々な経文から、折伏の必要と必然性をあきらかにしようとしている点に、きわだって特徴がみられる。
亀井勝一郎

法華経については、後で、じっくりと、検証する

日蓮の、迷いは、正法というものと、釈迦の説いた教えの、根本であるという、ものである。
要するに、信じた。
何をか。
自分の妄想を、信じ込んだのである。

これこそ、正法、釈迦が、説いたもの。
信じるしかない。
釈迦に会っていないのだから。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナムへ 4

私は、ホテルの部屋で、ゆっくりと、眠れるタイプである。
よく、人には、不思議がられるが、ホテルでは、何も無いからである。
電話も無い。今は、携帯があるが・・・海外では、無用である。
本も読まない、書くことも無い。要するに、眠ることしかない、空間になるのだ。

ゆっくり寝るためには、ホテルが一番であると言うことは、旅寝が良いということである。

最初の日は、夜九時に寝た。
ただ、いつもより早いため、深夜二時頃に目が覚めて、しょうがなく、缶ビールを飲んだ。
それから、また、寝て、朝五時過ぎに、目覚める。

ホーチミンの朝は、早く、五時過ぎから、人が動き出している。
朝の屋台の、準備である。
そして、お客は、六時を過ぎると、やってくるという。

七時頃に行くと、すでに、混雑している状態である。

まず私は、ホテル並びの、レストランに入り、コーヒーを注文した。
濃いコーヒーをお湯で割り、砂糖を入れず、ブラックで、味わいを楽しむ。しかし、慣れていないせいか、胃に負担が大きい。

屋台の朝食は、明日からにしようと、そこで、サンドイッチを頼む。
屋台の値段に比べると、五倍程、高いのである。

ある程度のレストランだと、英語が出来るウエイトレスがいる。
そこで、少しばかり、色々なことを尋ねた。

日本から、少し衣服を持ってきている。必要な人はいるかと、尋ねると、沢山いると言う。
どの辺りに持って行けばいいかと、また、尋く。
地図で、私たちの泊まるホテルから近い、大きな通りの辺りを指し、ここに沢山の人が住んでいて、衣服の必要な人は、いるという。

こんな、街中でも、と、思った。
もっと、郊外になるのではないかと、思えたが、違った。
本当は、車をチャーターして、町を抜けて、村村に、行くつもりだったが、ホーチミンの街中で、衣服を渡せるとは、と、ウーンと、考えた。

しかし、街中を歩けば、貧しい人こそ、街中にいて、暮らしていると、知る。

町を抜けて、村に向かえば、ほとんどは、農業をしている人々である。
後で、ベトナムの、経済政策について書くが、農業に従事する人々は、今、大変な状況にある。

兎も角、それでは、ホーチミンの街中を歩いてみることにした。

その前に、チェックアウトが、正午なので、二泊するホテルを、探すべく、付近を歩くことにした。

ホテルの状態を知りたいということもあり、手当たり次第に、アタックした。
そして、それぞれの部屋を見せて貰う。

ホテル料金は、すべて、ドルである。
20ドル前後が、相場である。
30ドルも出すと、高級感がある。
つまり、三千円程度で、良い部屋に泊まれるのである。
ただし、高級ホテルは、200ドルを平気で、超える。二万円である。まあ、日本では、普通の料金である。

私には、興味の無いホテルである。

別に、貧乏旅行を、気取る訳ではないが、安くて、良いホテル、ゲストハウスに泊まるということが、楽しいのである。
高級ホテルにはない、現地の人との、交流がある。
それは、追々書いてゆく。

一時間以上も、回ってみた。それも、一丁角である。
随分とホテルがある。

その中で、一泊、15ドルの部屋があるという、ホテルに着いた。
早速、部屋を見せてもらうが、その前に、受付の女の子が、一人用ですと、言った。
一人用なら駄目かと、二人で話していると、女の子が、一人用でも、二人で、泊まれますと、言う。

変な話であるが、日本のように、一人一泊、幾らではない。部屋、一つについて、幾らなのである。
だから、三人で、泊まっても、15ドルなのである。

さて、私たちは、部屋に案内された。
ところが、一階から、二階、そして、三階と上がるが、階段が長いのである。
えー、まだ、上るの。

その部屋は、四階にあった。
ホテルは、五階建てである。

私は、息を切らせていた。

広くて良い部屋である。
古いが、設備も整っている。つまり、ホットシャワーであり、エアコンもあり。
大きな、ベッドが、どんと、置いてある。
天井が高く、一面窓で、開放感に溢れる。

天井が高いということは、階段が長いということ。
いちいち、あの、長い階段を上るということになる。
しかし、15ドルは、安い。

いい、いい、とは、言いつつ、スタッフが、私に、大丈夫と、尋く。
階段のことである。
エレベーターが無いということが、致命的である。
しかし、もし、若ければ・・・勿論、私も若いが、即決まりである。

フロントに、戻り、後で来ると言って、一度、ホテルに戻ることにする。

その間に、二件のホテルを見たが、矢張り、四階のホテルの部屋が、一番安い。

面白いのは、日本人だと知ると、まず、一番高い部屋を紹介される。
それで、決まりだと、相手が、思いこむ。
金持ちに見られるのである。

22ドルの、小奇麗なホテルの部屋に戻り、さて、どうすると、二人で、相談する。
問題は、ただ、階段である。
ただ、それだけでである。
それなら、問題はないということになった。
最後の私の、答えは、運動になる、という結論である。

二泊で、30ドルは、安い。
三千円である。
あの、ホテルに決めた。

早速、荷造りをして、チェックアウトの準備である。

支援物資を運んで、あの四階を上るというのが、難だったが、閃いた。フロントに、支援の衣服の二つのバッグを、預けるのだ。
ああ、これは良いアイディアだった。

最初のホテルに、泊まり続けると、余計に、12ドルかかる。その金額は、それからの、すべての食費分である。

私は、荷物を持って、意気揚々と、次のホテルに向かった。
歩いて、五分もかからない、場所である。

ホテル探しのお蔭で、その辺りの地図が頭に入った。

午前十一時前でも、部屋が空いていれば、チェックイン出来るのである。

中小路を、見下ろせる、大きな窓から、辺りの風景を、眺めて、満足した。
バスタオル二枚のみの、シンプルな備品。
歯ブラシも、二本セットがあった。シャンプー、リンスの、使いきりのもの、それぞれ、一つ。
これで、十分である。

昔、私は、日本で言うところの、高級ホテルに、泊まった経験は多いが、何故か、今の方が楽しいのである。
何故か。
根っからの貧乏好きなのであろうと、思う。
それで、今は、イメージが貧乏なので、貧乏なのである。
だが、それを、楽しめるというのは、傲慢であることを、知っている。
ホーチミンの人に、私は貧乏ですなど言えば、軽蔑されるだろう。

貧乏人が、ベトナムになど、来れるものではない。
意識を認識し、それを判断するということは、実に、難しいものである。
posted by 天山 at 12:36| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月05日

性について 35

さて、心理学では、明確に、男である、女であるという、判定は、出来ないでいる。

そして、また、心理学は、その前に、人間の孤独感というものを、性にあると、判定している。
つまり、分離不安というものである。

生命の基本は、アメーバであった。それは、分裂によって、数を増やす。種の保存のために、どんどんと、分裂する。
分裂によって、元の個体は、無くなるが、個体としての、死というものはない。

ところが、雄、雌と、個体が分かれてから、つまり、有性動物になると、生殖のために、一時的に結合するが、結局、別々に死というものを、迎える存在になる。

雄と、雌という、悲劇は、あまりある。
更に、人間だけが、死ぬことを知っているという、悲劇である。

上記の、分離不安と、死ぬことを知った人間が、性というものを、通して、格闘してきた、歴史的事実は、実に、涙ぐましいものがある。

それゆえに、性は、宗教とも、密接な関わりを持った。

それは、人間の根源的な、存在の孤独となる、性を有する人間の、苦悩である。

マスターベーションの歴史について、詳しく紹介するが、マスターベーションでは、決して得られない、存在の孤独感の満たしである性というもの。
青年は、一日の何度も、マスターべーションを繰り返す。
悲しい程、ペニスをしごくのである。
しかし、孤独という、心的状態からは、逃れられないのである。

そして、それは、相手に向かう。
この場合は、異性というものである。
ただし、異性愛という言葉は、同性愛という言葉の後に、出来上がったということを、付け加えておく。

同質異性を求める、人間の性である。
更に、異質同性を、求める、同性愛という、限りなく、不毛であり、限りなく、人間らしい性の状態もある。

同性愛に関しても、別に、論じる。

個体として、そして、性としての、孤独を与えられた人間の取るべき道は、結合である。

不足を感じたものに対する、憧れが、男は、ペニスの挿入可能な、膣を、そして、膣を持つ女は、そこに、入れてくれるペニスを、求める。

束の間、男と女は、一体になる。
ほんの、束の間である。

人間は、その誕生から、次々と、切り離されていく我という意識を、持つ。
それが、人間の孤独感という意識を作り出し、その実存の意識は、不安に、象徴される。

キリスト教的実存主義の、キルケゴールは、死に至る病であると、不安を捉えた。彼の、軽薄さは、性というものに、深く触れずに、信仰という、妄想に頼ったことである。

さて、他者を、意識し、世界を意識する人間を、成長するという。
その、実存の意識に目覚めるということは、存在の哀しみである。

いみじくも、釈迦仏陀が、生老病死を、苦であると、観たことは、正しい。
苦であるというより、実は、悲、なのである。

生老病死は、悲であると、言い直すことにする。

生まれた子供が、最初に、気づくことは、フロイトがいうように、口唇愛期と呼んだ、時期である。
しゃぶることの、快感は、実は、分離不安を静めるものである。

セックスの際に、しゃぶるのが、大好きという人は、これである。

ある青年が、相手の女が、自分のペニスを、夢見心地で、しゃぶるのを見て、俺も、ペニスをしゃぶってみたくなったと言う。
そこで、友人に、その話を持ちかけたところ、友人は、俺は、その趣味じゃないと、断られたと言う。
同性愛行為ではない。
彼は、単純に、女が、何故、あのような、表情で、自分のペニスをしゃぶるのかを、突き止めたくなったのである。

母親の母乳を吸うことは、性生活全体の出発点となり、後年のあらゆる性的満足の類のない手本となる。
フロイト

しかし、幼児も、成長する。
母乳から、引き離される時期がくる。
それが、スムーズに進まない時、幼児が受けたショックは、後々に、重大な、神経症の原因ともなる。

子供返りという状態がある。
子供の時期に、受けられなかった、不足を補う行為である。
必ず、この、口唇期のやり直しが、必要になる。

大人になっても、この時期の、コンプレックスが、飲酒や、タバコ、そして、麻薬などの行為に走らせること、多々あり。

生物学の後では、心理学に、多くよる、人間の性である。

幼児期に、男は、ペニスの去勢不安を持ち、女は、ペニス羨望を持つ。

最初、人は、皆、自分と同じだと、信じる。
勿論、大人になっても、自分と人は、同じだと、憶測、推測で、人を判断するが、それが、実は、自分の姿だとは、気づかない。

嫌な人が、全く自分と同じ傾向を持つ人だったということは、多々ある。

幼児は、皆、自分と同じように、ペニスがある、ペニスが無いと、信じる。しかし、自分と別のものを持つ、異性を見て、仰天する。

そこから、観念が、植え付けられる。
男の子、女の子である。

それが、その社会の歴史、伝統、習慣、教育によって、為される。
服装から、何から何まで、男の子と、女の子として、区分けされる。
それに、違和感を抱く子供がいるのだが、親は知らない。また、知らない振りをする。

ある、同性愛の、若者が、母親に告白した。
すると、母親は、今のうちよ、いずれ治ると言ったというから、驚く。

通念というものが、一人歩きして、平然として、人を裁くようになる。
通念とは、常識ではない。

男は、女を好きになるものだという観念である。
男は、女を求めるものだという、観念である。

これが、また、宗教的に、決定されると、歴史的悲劇が、起こるのである。


posted by 天山 at 00:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 155

日蓮の矛盾と、回心は、西嘉年間に、起こった、大飢饉と、地震である。

日蓮が布教を、はじめたのは、鎌倉である。
大飢饉が起こった時、地獄絵が、現れる。

鎌倉の、町全体が、死体で、埋まる。

中世の、死者は、海岸に捨て置かれた。
酷い時は、道端に捨てられた。幕府が、見かねて、道端に死体を捨てるなと、禁止したほどである。
火葬されるのは、一部の特権階級である。

さて、大飢饉と、地震の様を見て、その被害の甚大さに、日蓮は、驚く。

天変地異や飢饉、疫病があまねく天下に満ち、広く地上を覆っている。馬牛は路上に倒れ伏し、死者の屍と骨は道にあふれている。・・・
食を求めてさすらう人々は目に溢れ、死人は視野に満ちている。しかばねを積み上げれば望楼となるほど高く、横に並べれば橋となるありさまである。
立正安国論

ここには、仏の教えなど、何ほどのものでないことを、悟る、ものがあったと、思える。
それこそ、悟りである。
仏の教えなど、役に立たないのである。
しかし、それならば、仏の教えを捨てるか。
捨てられないのである。

何故か。
人は、生きられるようにしか、生きられないからである。
もし、日蓮が、仏の道を止めて、庶民のために、尽くす生き方を選んでも良かったが、いかんせん、彼は、無力である。
飢餓に苦しむ人を、助けられない。
自分が、食べるのも、やっとである。

ここが、考えどころである。
宗教家というものは、宗教家にしか、なれないのである。

後に、日蓮を、迫害する、良観という、極楽寺の僧侶がいるが、彼は、鎌倉の福祉事業を、一手に、引き受けた。
しかし、日蓮は、それを、罵倒するのである。
その理由が、奮っている。

偽善であるというのだ。
偽善でも何でも、である。助けの必要な人を助けるということ、急務である。

川を見れば、橋を架け、病人を見れば、治すのである。
良観が、手がけた病人で、助かった者は、四万六千人、治らなかった者、一万四百五十人などと書かれる。
これは、社会的に、大変な福祉事業である。

日蓮は、それでは、何をしたのか。
何もしない。
ただ、内にあるものに、目を向けて云々という。

あの、イエスキリストでさえ、人はパンのみに生きるのではなく、神の言葉によると、言う。つまり、パンも必要なのである。そして、神の言葉も、必要なのだ、と。

日蓮が、律国賊と、罵倒したのは、この、律宗の良観のことであろう。
しかし、律宗は、人間の行いを正すのは、世の中を正すという、教えがあり、良観としては、宗派の教え通りを、行ったのである。

ところが、日蓮の言い分は、国賊であるというから、救いようがない。
更に、彼によって、日蓮の、法難が起こったという。
勿論、良観から、すれば、平穏な鎌倉に、とんでもない嵐を、起こす日蓮の存在は、とんでもない者との、意識があっただろう。

日蓮は、何もせずに、批判をする。
以後、日蓮が、行ったことは、何一つ、社会の役に立たないのである。

人の行為を、偽善であるというほどの、何物も、日蓮は、持たない。つまり、説得力に欠ける。これは、日蓮の、ある種の病である。
つまり、人格障害である。

生まれ持っての、傲慢不遜である。
意思の強さと、人が言うが、それは、違う。
傲慢不遜が、意思の強さに、見えただけである。

何せ、日蓮宗である。
唯一、自分の名を冠して、宗派が、起こるという、自己顕示欲は、ただ事ではない。

ある、仏教家が、日蓮を、擁護して、きっと、仏教は、内外不二と言うので、良観のやり方が、外向過ぎると、言いたかったという。
自分の内で、修行を深めることと、外へ出て、人を救うことと、どちらかに、ウエートが、かかるのは、良くないと。

こんな程度が、常識的な、仏教家として、著書を著しているのである。

日蓮は、自分の無力に、嫌気が差して、良観の、行為を嫉妬したと、みてよい。
日蓮の、一生を、見れば、何一つとして、社会活動は、していない。
ただ、正法をのみ、云々という、妄想に生きたのである。

念仏無間とは、念仏宗は、無間地獄に落ちる。
禅天魔は、禅宗は、天魔である。天の魔物がすることであるという。

私に言わせれば、題目盲目である。

立正安国論を、見れば、一言で、誤っている神仏を、拝んでいるから、国に、難が起こるという、子供のような、議論である。

それから、日蓮教学なるものが、出来あがるが、偽書まみれである。
本当と、嘘の区別が、つかなくなり、議論の議論に陥り、果ては、疲れて、日蓮宗の僧侶たちは、在家よりも悪い生活態度である。
何一つ、社会の役に立たないという、役立たずであるから、終わっている。

ちなみに、日蓮宗を、大きく分けると、身延山の、日蓮宗と、富士の日蓮正宗がある。
別段、区分けするほどのものではいない。
同じ穴の狢である。

さて、題目、一筋に至った、日蓮の、絶対主観を、ゆっくりと、見つめてゆくことにする。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナムへ 5

安くて、快適な、少し階段がしんどいホテルに、落ち着いた。

何度も、階段の上がり降りをしていると、次第に、慣れてきたが、普段あまり、歩くことの無い生活を、痛感した。
しかし、私は、運動やスポーツは、しない。絶対に、しない。
あれ程、体に悪いものは、無いからである。

普通の生活をしていれば、人間の体は、自然に、健康体になるようになっている。
要するに、何事も、適度にしていれば、いいのだ。
食べ過ぎ、呑み過ぎ、やり過ぎが、一番悪いのである。

その反対の、節制というものも、度を越すと、体に悪い。

そんなことは、普通に考えていれば、解ることである。
更に、生きていることが、一番健康に悪い。
死ねば、すべて解決する。

二年続けて、胃痙攣のような痛みに、襲われた。
三年目に、検査をして、胃潰瘍であると診断され、更に、胃カメラを飲んで、検査をすると、ピロリ菌によるものとのことで、ピロリ菌除去の薬と、一年程、薬を飲み続けて、完治した。
しかし、私は、ガンであることを、望んだ。
ガン保険を掛けていて、ガンと、診断されると、大金が、貰えるのである。

楽しみにして、行きつけの病院に行くと、先生が、胃潰瘍と、十二指腸潰瘍と言うので、がっくり、した。

今なら、初期の胃ガンならば、一週間ほどの入院で済む。
それに、保険会社に、怨みがあり、何とか、大金を取ってやろうと思っていたのである。

この話は、旅日記に関係ないので、以下省略する。

さて、その部屋から、何度も出掛けた。
食事をするため、水を買うため、インターネットをするため、そして、衣服の支援をするためである。

縫ぐるみの話は、書いたので、衣服支援の話である。
大半を、道端で、差し上げることになった。
ホーチミンの街中である。

東京の街中で、衣服支援をするようなものである。
その、大半は、子供を連れて物売りをしている、女性たちであった。

私は、一々、子供服を持っています、必要ですかと、尋ねて、必要だといわれると、バッグを、開いて、その子に合うサイズの服を探した。
それを、周囲の人も見ている。
そして、私たちを、微笑みつつ、見ている。

ベトナムの人は、笑わないと、言った。本当に、彼らを、笑わせるのは、至難の業である。
しかし、子供服を差し上げていると、皆、私たちに、微笑むのである。

さて、少し難しい話になるが、ベトナム経済について、書く。

1986年に、ベトナム共産党は、ドイモイという、刷新政策を採用した。
中国の、改革・開放路線から、八年後のことである。

その同じ年、ソ連では、情報公開と、ペレストロイカ、刷新政策を掲げた。

ベトナム共産党は、従来の社会主義の政策では、時代に適応せずに、機能不全を起こしていると、自覚していたのである。
特に、改革派のリーダーたちが、目覚めた。

ベトナムの大きな問題は、ベトナム戦争の後遺症である。
敗者となった、南ベトナムの、サイゴン、現在のホーチミンを中心とする、南部が、勝者である、北の首都であるハノイと、その周辺の、北部より、経済的に発展する条件と、要素が、揃っていたことである。

しかし、敗者が、生成発展し、勝者である、北が、それを追いかけるという図は、政治的に、不可能であった。
そこで、考え出されたのが、南部、中部、北部という、それぞれの地域で、独自の発展を考えるという、戦略を立てることになるのだ。

ところが、ベトナムは、戦争でも、経済でも、多々試練を受ける。
ソ連の崩壊によって、東側の経済支援が、止まった。
故に、財政破綻である。

1986年から、1990年の、インフレ率は、774パーセントである。

国家が管理する経済システムを、計画経済という。
国民の生活が、国によって、丸抱えされる、システムである。
しかし、この制度では、簡単に言うと、皆、同じである。つまり、誰もが、皆、同じ服を着て、同じものを食べて、没個性を生きるしかない。
しかし、果たして、そんな生活が、続くだろうか。
まして、世界の状況が、次第に、明らかになる時代である。

しかし、計画経済から、市場経済に移行するというのは、ただ事ではない。

そのために、必要なインフラの整備などを、考えても、気の遠くなるような、大事である。

ベトナムの最大の問題は、今も、解決されていない。
それは、経済の核である、鉄が作れない、石油の精製が出来ず、原油を輸出して、更にそれを、輸入するという。
そして、通貨主権が確率していないことである。
現在の、ドンも、オーストラリアで、造られている。

最大の問題は、共産党の一党独裁である。

ここで、共産主義の、理想的哲学を云々しても、始まらない。
本当の共産主義によれば、中国や、ソ連とは、違う理想的な、共産主義が、実現するという、アホや、馬鹿の話を、聞いていられる場合ではないのである。

ベトナムを、指揮しているのは、20名ほどの、リーダーであるという。極端な、中央政権である。
それも、旧ソ連で、教育された、爺さんたちであるから、万事休すということになる。
すでに、ソ連は、崩壊して、もう、旧ソ連で、学んだものが、生かせる時代ではない。

余談であるが、共産主義国家とは、汚職天国国家である。

現在の、ベトナムも、ご多分に漏れず、汚職花盛りである。
日本の、ODAによる支援政策で、日本側の代理店が、ベトナムの役人の口利に、大金が、賄賂として動いたという話は、私が、ベトナムに出掛ける前だった。

勿論、汚職は、民主国家にも多いが、共産国家は、半端ではないということである。
中国を上げるまでもないが、金持ちは、共産党の幹部に関係する、親子兄弟、親戚である。

王制廃止しても、それに変わる存在が、共産主義幹部ということで、話にならないのである。

さて、それでは、国民の暮らし、その経済活動は、どのようになっているのか。

これをまた、書くのは、大変なことであるが、それを、知らなければ、ベトナムでの、支援活動の道が、見えないのである。

極貧から、貧しさへと、言われるが、ベトナムの農村などは、また、極貧に近づいているのである。

実は、私がベトナムに興味を、持ったのは、ベトナム戦争ではない。
約、20年前のことである。
日本の、ドックフードの会社が、ベトナムの海岸地方の、小魚を買い漁って、その漁民たちが、それにより、食べ物にも困り、塗炭の生活を強いられていると、聞いた時である。

金にあかせて、日本が、とんでもなく、傲慢に振舞っていた時代のことである。

申し訳ないなー、と思っていた。
だが、その時期は、私も、金儲けに、奔走していた時期である。
一人で、五人前の仕事をして、普通のサラリーマンの十人前の、年収があった時期である。

今は、人に貰って食う生活である。
ホント、人生って、楽しいものである。
今、現在、私の部屋には、人から頂いた米が、50キロある。
posted by 天山 at 12:37| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月06日

神仏は妄想である 157

日蓮の、絶対主観主義は、まず、念仏宗に、向けられる。
この、現実を見ずに、極楽往生という、妄想の世界を求めている念仏宗は、何事かということである。
法然に対する、罵詈雑言は、甚だしい。

さらに、苦悩に喘ぐ人々を助けることのない、本覚思想も、何物でもない。

そして、何を思ったのか、法華経を流布することによって、この現実世界を、変革するというのである。
それの、端的な方法が、題目である。

おかしいでしょう。
念仏などしていて、この現実世界を救えるか、と言いつつ、それと、同じように、題目を唱えて、この世に、浄土を、建設するというのである。

念仏は、死後の世界で、日蓮は、この世に、浄土である。
違うように、見えるが、彼の行動を見れば、実は、同じことなのであるが・・・

だって、日蓮は、何も、していないのです、よ。現実世界に。

その前に、法華信仰でも、その行を唱題するという行為は、平安期から、持経者と呼ばれる、民間の布教者たちによって、行われていたのである。
それは、下賎な人とも言われる人々に、広められていた。
簡単な、方便の行と言われて、正統的な、仏教からは、度外視されていたのである。

それを、日蓮は、取り入れた。

面白いのは、日蓮の、法華経の読み方である。

法華経は、釈迦が、仏滅後に、衆生を救うために、この経典を、地湧 じゆ、の、菩薩に、授けたとある。
しかし、末法の、それも、何も知らない衆生が、出来ることは、知れている。
仏が、万人の成仏を願い、この経典を授けたと、信じれば、どのうよにすれば、いいのだろうかと、考える。最も、易い方法である。

題目、それだと、直感的に、悟ったと、言うが、思い付きであろう。
念仏も、あるし、ね。

日蓮が、佐渡に流された時、更に、その考えを深めて、とんでもない、妄想を起こす。

つまり、仏が、授けた法とは、実は、法華経ではなく、その題目だったというのである。

それでは、ここで、法華経について、書きたいところだが、それをすると、膨大な量になるので、後にする。

日蓮の、思い込みは、自分が、法華経の地湧の菩薩だと、信じたことである。
勿論、それまでも、我が、我がという意識、自己意識肥大は、十分にあったが、受難を受けて、さらに、精神的に、変調をきたしたのである。

例えば、あの、鎌倉時代である。
時の執権北條氏に、念仏攻撃を超えて、それを、許している、幕府の過ちを正すと、立正安国論を提出するというのであるから、仰天である。
心ある、学者は、宗教レベルを超えて、念仏のような邪悪な宗教を、野放しにする、鎌倉幕府に、訴えるという、行為である、と書くが、そんなものではない。あまりに、道を外している。要するに、狂気である。

とても、通常の神経ではない。
その時代の、身分感覚から見ても、信じられない行為なのである。

その、提出した後で、すぐに、念仏宗が、日蓮を、襲う。
それは、幕府の誰かが、目を通して、とんでもないことを、書いていると、念仏宗に、教えたのであろう。

ここで、何故、日蓮が、幕府に対して、そのようなことが、出来たのかという、問題に、ズレた、感覚の者が、日蓮の出生の秘密があるという。
それは、やんごとなきお方の、落胤ではないかというものである。

漁師の息子などではない。実は、日蓮は、公家の血を引くもの、など等の説である。
故に、幕府は、無視出来なかった、云々である。

事後預言ならば、何とでも言える。

仏法の、良し悪しを、正しく判断し、正法をもって、国を安泰にすることこそ、幕府の役割である。との、忠告は、気違い沙汰である。

それは、地獄に落ちる行為であると、高々と宣言するという様。
時代が、違えば、病院行きである。

中世はみだりに他宗を誹謗することはタブーの時代だった。まして権力批判など問題外である。一時期アウトローとみなされていた法然流の専修念仏も、この時期には体制仏教の一翼を担っていた。その根絶を主張し、幕府の怠慢を言葉鋭く糾弾し、北條時頼や後鳥羽院が地獄へ堕ちたと公言する日蓮は、客観的にみれば明らかに許容される一線をふみ超えていた。日蓮がみずから望んで嵐の中に突入していくのである。
佐藤弘夫 偽書の精神史

それを、法難というから、呆れるのである。
日蓮は、仏陀の教えを知らない。
自業自得、因果応報。
中道の心。
戦うのではない。戦う場所から、逃れるのである。それが、仏陀である。

仏教の中で、日蓮宗系は、兎に角、戦うとい言葉が好きである。
仏陀の、教えを知らない。
しかし、正法である、仏法であると、言う。
こういうのを、手がつけられないと、言う。

日本政府は、どこかの、無人島を、日蓮宗系の人々に、開放し、そこで、好きなだけ、題目を上げて、意気揚々と生活できるように、すると、いい。
そこでこそ、仏法の国であると、認めて、日蓮島として、特別地区に指定すると、いい。

日蓮を見ていると、信じるという行為の、最極端を見るようである。

伊豆に流罪の前後から、法華経の行者であると、名乗るようになり、更に、激しく、すべてを、批判した。いや、非難である。

法華経は、最高の法である。
その、正法を、信奉する、我が、何故、このような、受難を受けなければならないのか。
すると、法華経には、なんと、自分のことが、書かれているではないか。

つまり、仏滅後に、この経典を、実践する者、三類の強敵が、現れて、様々な試練が、降りかかるというものである。

私は、何度も、信仰とは、極めて個人的な情緒であるゆえ、それに対して、否定することは、無いと、言った。
しかし、盲信、狂信、という、逸脱した、勿論、信仰は、一度、逸脱して、冷静な意識に戻るものであるが、それを、続行させる意識とは、病である。

法華経とは、ファンタジーである。
当時、書かれた時代の、ファンタジーである。

真理とか、真実などというものは、星の数ほどある。
唯一とか、正法とかは、信じる人のみに、通じることである。

正気に戻れ、と、言う。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 36

人類史上、男と女の分化はおよそ対立というものの最もきわだった投影の一つであり、男性的・女性的という観念は初期の人類にとって対比対立のそもそもの原型にほかならない。
エーリッヒ・ノイマン 女性の深層


今では、男性的、女性的という象徴的表現を、誰もが受け入れるようになっている。

更に、心理学では、男性的なものを、意識、女性的なものを、無意識と、同一視する場合もあるほどだ。

これも、原初的状況である、男性的意識というものが、母性的無意識から、誕生するという局面から、発生しているという、驚きである。

心理学も、その、男性性というものを、母性から、発するものと、認識するのである。

母なるものとは、そういうことである。
すべては、母から生まれるのであり、父からではない。

旧約聖書の神という、意識が、父なるものということには、実に作為があるといえる。
男性原理により、支配を企むという、作為である。

更に、それから、派生した、キリスト教も、イスラム教も、男性原理としての、神の意識を、言うのである。
決して、母なるものを、重大視しない。

作為を、持って書かれたものは、すべて、男性原理である。
古事記なども、高天原を、治める、天照大神は、イザナギから、生まれでた。つまり、イザナミではなく、父から、生まれでたものである。
実に、作為がある。

だが、生物学でも、心理学でも、結果は、母なるもの、女性から、すべが始まることを、教える。

男の子は、母親に対する、最初の関係で、男性的・女性的という、対立原理を経験し、男性的なものが確立されて、男として、自己自身との同一性に至る。また、至ろうとする。そして、原初の母との、関係を放棄するのである。
しかし、矢張り母から出たものである。

男としての、同一性に至らない場合、男の子は、そのセクシャリティに戸惑う。
少年期の、一時期、男の子は、男でも、女でもない時期を、過ごす。
中性期間とでもいう、時期である。

それが、第二次成長が、著しくなり、男性としての、機能が、発達して、自分が、男であることに、目覚める。気づくのである。
女ではないと。

しかし、その過程で、どうしても、違和感を持つ男の子もいる。
トランスジェンダーといわれる、男の子たちである。
勿論、女の子にも、ある。

トランスジェンダーについては、別に、詳しく書くことにする。

男の、変化は、女のそれとは別に、実に大きな差異が存在する。
少年から、青年、成人、そして、老年に至る、肉体的変化は、精神的な変化が、伴う。
女の、発達の推移とは、明らかに、異なるのである。

性ホルモンによる制約は心的な制約と密接につながっているのである。
エーリッヒ・ノイマン

母親との、原初の関係から、身を引き離して、それに対する、客観的認識に至ることにより、初めて、男性的といわれるものが、自己発見と、自己確立を達成する。
これが、うまくいかない場合は、母権的な近親相姦の段階で、去勢されると、いわれる。

意識の発達における最初の段階というものは、そもそも女性的なものから男性的なものが、母親から息子が、離脱することにほかならない。
エーリッヒ・ノイマン

これにより、男は、深い孤立感というものを、抱くようになる。
孤立感は、自我の目覚めである。
男は、自分が、孤独な存在であることに、気づくのである。

母からの、分離が、男の成長であり、男の孤立感を深め、更に、孤独感に至るのである。
だが、逆に、この孤独感が、男を、生きようとさせる原動力にもなるといえる。

それでは、女は、どうか。

女性においては自己発見は始めから存在している。なぜなら、女性にあっては自己発見と本源的関係とは一致することができるからである。
ノイマン

女は、本源的関係の中に留まり、その中で、自己を発達させ、自己に到達できる。
つまり、生きやすいのである。
自己疎外という感覚も、抱くことがない。

男が、この状態に置かれることは、去勢の危機に晒されるが、女は、それでいいのである。

女性における根本的状態が、自己発見と本源的関係との一致である以上、女性は初めから、自然のままなる全体性と完結性に恵まれているのに対して、男性はこれが欠けているのである。
ノイマン

男の中にも、女性性があり、女の中にも、男性性があると、発見したものは、ユングである。

その、男性性と、女性性というものも、母性というものから、生まれている。
生む力のあるものは、母性なのである。
つまり、母性からは、逃れなれないのが、人間の、セクシャリティであると、いえる。

母性からの分離が、男性であり、母性との、同一性が、女性である。

肉体的にも、心理的にも、完全な男というものは、存在しないと、早々に結論づけておく。

それでは、男性性は、何によって、支えられるのか。
私は、それは、マスターベーションであると、言明する。

マスターベーションにより、男性性は、回復する。
この、エッセイは、性について、である。
性から見た、男性性というものを、掲げるならば、それ以外に無い。
女が、唯一、理解できないものは、射精感覚である。
それが、また、男の唯一の、頼みの綱でもある。

射精感覚を、追及して、男が、築き上げたものとは、何か。
それが、人類史を、創ったとも、いえる。

射精感覚が、無ければ、男は、すでに、この世に、いなかったと、いえるのである。


posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナムへ 6

ホーチミンで、衣服の半分ほどを、差し上げた。
残りの半分は、タイのパタヤで、差し上げたいと思っていた。
縫ぐるみは、ホーチミンで、ほとんど、なくなっていた。ゴミ袋一枚分の、分量だった。
別の、バッグに、少しだけ、残っていたのみ。

ここで、気の重いことを書く。
ホーチミンにて、サイゴン川で、慰霊の儀を、執り行おうと思っていた。
しかし、それさえ、間々ならない気分で、過ごしていた。

町の至る所、空気の違う場所が、多かった。
霊的空間である。

これは、私の妄想である。と、言っておく。
やたらに、疲れて、精神的に、動揺するのである。
これは、単なるものではない。単なるとは、通常の、幽霊が出るというようなものではない、ということである。

結局、慰霊の行為は、行わずに、タイに向かった。
しかし、バンコクからホーチミン、そして、日本に帰国する日、五時間という余計な時間があり、一度、空港を出て、サイゴン川で、慰霊した。
それは、後で、書く。

私は、衣服を街中で、差し上げつつ、あるカトリック教会に出た。
大きな教会である。
あえて、名前は、記さない。

ほとんど、霊の溜まり場となっていた。
重い空気が、教会を覆い尽くしている。
ルルドの聖母の祈りのコーナーも、その隣の、聖母のコーナーも、恐ろしく、空気が重い。
聖母のコーナーとは、聖母に、色々な名称をつけて、奉るのである。
無原罪の聖母とか、ルルドの聖母とか、である。

無原罪とは、聖母マリアには、初めから、原罪がなかったという、教会の、教義である。
聖母信仰は、新しい土地に、キリスト教を根付かせるために、縦横無尽に利用された。
日本では、聖母観音と言われるように、である。

聖堂には、入れなかった。
通常は、カトリック教会の、聖堂の扉は、いつも、24時間開いているものである。
開かれた教会である。
しかし、ホーチミンでは、危険が[危ない]ために、ミサ礼拝の時間以外は、閉じているのだろう。
どうしても、入りたい場合は、司祭館に申し出れば、聖堂に入ることが、出来る。

教会の上空に、多くの霊的存在が、集っていると、感じた。
しかし、私は、一切の霊的所作を行わなかった。
教会の上空を、天国と、思い込んでいるならば、致し方ないのである。

ベトナムには、その他、仏教も、イスラムも、中国寺院もある。
私のホテルの並びには、小乗仏教の寺院があり、毎朝夕、読経していた。
朝は、五時に鐘が鳴る。
その寺院も、自由に入ることは、出来なかった。
いかに、ドロボーさんが、いるかということだ。

また、カオダイ教という、習合宗教もある。不思議な国である。

これでは、慰霊の儀など、到底出来るものではないと、感じたのである。が、矢張り、最後の最後に、執り行った。そして、来る度に、それを、行おうと思ったのである。

ベトナム人の、信仰については、また別の機会に、書くことにする。
私も、まだ、調べつくしていないし、それについて、ベトナムの人と、話をしていない。

ただ、精霊信仰のようなものもあり、非常に不気味な、供え物で、精霊信仰のような行為をしているのを、見た。
鳥の丸焼きに、線香を幾本も立てて、その周囲に、水や、何やかにやと、奉っていた店もある。
ブラジルの、黒魔術のような感覚で、それを、見た。

そして、単に、線香だけを、家の前に、捧げているだけのものも、見た。
タイの、精霊信仰とは、違うものである。
タイの場合は、可愛らしいのである。楽しい感じがするのだが、ベトナムの場合は、少し違う。
重いのである。

また、多く見たのは、中華系の信仰である。
仰々しいのは、開店する店の前に、沢山の茶碗に、水やご飯、鶏肉、豚肉などを置いて、御祭りしているものである。
また、天神というものか、二体ほどの像の両側に、いつも、赤い電燈を点けている。
たまに、タイでも、見掛けるものである。

道端に、線香のみが、数本あるものもある。

自然に、身についた浮遊霊に対する所作であると、思う。
東南アジアは、浮遊霊の、宝庫ともいえる。
それらが、精霊として、扱われるのである。

私が感じたのは、それではない。
塊と、表現するのが、一番合っている。
空気の圧さを感じさせる、塊である。
これは、戦争犠牲者の霊であろうと、思う。

既存の宗教は、それの、清め祓いが、出来ない。
例えば、小乗仏教というか、仏教には、本来、死者のための、慰霊という行為は無い。また、キリスト教も、無いのである。

仏教は、仏になるための教えであり、キリスト教は、天国に入る教えである。

先祖崇敬、慰霊は、皆、民族宗教による。

小乗に支配される国では、人生をそのまま受け入れるという、諦観派である。
今の状態は、前世での、結果であると、考えるから、その現状を受け入れる。そして、布施をすることによって、来世を良くしようとする。
それが、タイでは、タンブンと言い、お寺に、寄進するのである。
貧しい人に布施をするより、まず、お寺に布施する。

ただ、救いは、タイは、福祉政策が無いゆえ、お寺が、それを、する。
少年僧の受け入れは、実に、見事な、福祉である。
寺に入れば、食べて、学べるのである。

ただし、女には、それが無い。
それで、ようやく、人々の懇願で、タイの寺でも、女子部を作るところもあるという。ただし、それは、少年僧の下に位置し、少年僧の予算の、余りで、行うという。

貧しい少女たちは、そこで、食べて、学ぶことが出来る。
しかし、予算が、足りない。
慧燈財団の小西さんが、その施設を視察した。
女の子たちに、何か足りないものがありますかと、尋ねると、バスタオルと、生理用品だと、答えたという。
そこで、小西さんは、160人分のバスタオルを、寄付したという。

ベトナムの、福祉政策は、どうかといえば、無いに、等しい。
これは、また、改めて、書く。

仏教の、供養という行為は、仏、菩薩、そして、生きている貴い人にするものである。
死者に対する、回向というものは、随分と後のことである。
つまり、死者に読経するという形は、仏陀滅後、1500年経てからである。

読経は、すべて、我が身の功徳のためである。
キリスト教の祈りも、神に対する、感謝と賛美である。イスラムも、然り。
道教、儒教も、様々ないみにおいて、現世利益が、主である。

死者に対する、所作は、後々、付けたしのように、行われるようになった。

イエス・キリストは、死者は、死者に任せるがよい、との、名言がある。
それより、神の国と、その義を求めよ、なのである。

確かに、因果応報、自業自得が、事の理であるから、死者の霊も、それに任せられる。だが、である。

それは、認識不足である。

死者の霊の存在の有無を論じるのではない。
在るものなのである。
その証拠が、地場の、磁気である。
宗教施設に出掛けて、具合の悪くなる人は、それを、体で、感じるものである。
霊感など、必要無い。それを、感じる人がいる。
posted by 天山 at 12:38| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

性について 37

我が指の
天翔ける淵に蟻が一匹
なんとキモチの良いことよ
良いことよ

古代アテネの詩人アマリウスは、手をつかうオナニーを、このように絶賛している。
指先でペニスの、様々な箇所を自由自在に愛撫できることの、喜びを表現する。

へのこ良か
良か泣くべな
左手(ゆんで)のよ
左手の
夜なべ

日本、中国地方の、俗謡である。
手のオナニーの素晴らしさが、歌われている。

キリスト教とセクシャリティは、伝統的に相性が悪かった。他方、脱宗教化を目指した社会の歴史においてもつい最近に至るまで、こと自慰に関しては、やはり道徳的断罪だけが問題だった。保守主義から、共和主義者、カトリック信者から自由思想家に至るまでの、こうした自慰断罪の執念は、十八世紀のティソーのベストセラーによって口火を切られた反自然キャンペーンを経て、十九世紀に最高潮に達した。
オナニズムの歴史 ディデエ・ジャック・デュシェ

明治以降、西洋から、入ってきた、思想は、いやがおうにも、日本人に影響を与え、更に、今までになかった、道徳的という行為にまで、発展した。
それ以前の、道徳とは、儒教による、公的生活の規範だった。
個人の生活の、更に、個人の性的関心ごとには、触れることは、少なかった。
それゆえ、西洋のオナニーから、眺めてみることにする。

西洋人のオナニーの定義を見る。
勿論、文献は、聖書である。

旧約聖書に、登場する、オナンである。

オナンの兄、エルは、子を残さぬままに、死んだ。
婚姻制度によって、ユダの二番目の息子である、オナンが兄嫁のタマルを娶るのである。
創世記第38章

直系の子孫を遺すことが、目的である。

ところで、聖書によれば、オナンは、生まれてくる子供が、自分のものとはならないと、知って、兄嫁と、交わる度に、精液を地に漏らすのである。
それが、エホバの神の怒りに触れた。
そして、死んだ。

未完の中絶性交が、神の怒りに触れたのではなく、掟に従わなかったことが、怒りに触れた。
ちなみに、エホバの神とは、実に、殺しの好きな神である。

そこから、オナニズムという言葉が、現れ、更に、それが、マスターベーションとつながる。しかし、マスターベーションの、言語学的起源についての、定説は無い。

手と汚すという言葉に、由来するといわれるが、男性生殖器と、興奮、刺激という、言葉に由来するというものがある。

16以前のフランスの辞書には、どちらの言葉も、見当たらない。
15680年に、モンテーニュが、マスターベーションは、1787年に、サドが使ったことが、最初だと言われる。
つまり、自慰者である。

更に、この間に、刊行され、ディドロとダランベールの百科事典に、医学病理用語として、マスターベーションとして、長い記述がある。

オナニズムと、マスターベーションという言葉の、混乱が何故起こったのかということは、解明されないままである。

1715年に、オナニアと、題された匿名の本が、ロンドンで出版された。
そこには、セルフ・ポリューションという言葉が使われている。
オナニズムという言葉は、無い。

1758年に、ラテン語で、書かれた、ローザンヌの医師、サミュエル・オーギュスト・ダヴィド・ティソーによって書かれた、マスターベーションに伴う病気についての論考、との題での、論文がある。

それが、1760年に、フランス語で、訳されてから、決定的な、第一歩を踏み出すことになった。
その、題名は、オナニズムーあるいはマスターベーションによって引き起こされる病気についての生理学的論考、である。

その後は、オナニーと、マスターベーションは、混同されて、今に至る。

同じ意味合いで、使用される言葉と、なった。

神学より、先に、医学が、一歩を踏み出した。そして、それに、神学が、追い込むようにして、定義を始めたと、言ってよい。

そうして、恐ろしい時代の幕開けが始まるのである。

教会はつねに、人間の身体に疑いの目を向け、それを価値の低いものと見なし続けてきた。身体が復権され、性欲と性的行為とが認められるようになったのはつい最近のことにすぎない。それがはりか、自慰に伴う罪悪感に、医学的な理由づけが大きな影を落としてきたことも事実である。「肉欲の罪」は、とりわけ、個体と種の保存のための衛生規則に対する違反と結び付けられることになる。医者と神学者は、こうして、救済の問題、医学の証明を媒介にして天から地に戻された救済の問題を前にして、一致協力しあったのである。
ジャック・デュシェ


ちなみに、1995年に、出版された、英語版の日本語訳、セルフ・ラブという、本を手にしている。

副題は、私が私を愛するとき、である。
これは、捨ててしまう可能性があった。しかし、今手元にあり、利用価値が、見出されて、私は、満足している。

著者は、ベティー・ドットソンで、画家、作家、セックス教育家であり、マスターベ-ションや、セックステクニック指導者としても、名高い女性である。
特に、女性の、マスターベーションを推奨している。
マスターベーションが、特に、男性向きだったものを、女性に解放した、貢献は、大きい。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 158

空海は、インド・バラモンの呪術を持って霊的存在に対処する。
日蓮は、それを、真似て、陀羅尼で、対処する。

日蓮は、法華経の行者と自ら名乗り、霊的存在と対処し、その弟子たちも、行者として、霊的存在に対処した。
それは、現在も、行われている。

彼らの、言葉にすると、不成仏霊ということになる。
それは、日蓮宗系の、霊能者などにも、引き継がれて、法華経を持って、霊的存在に対処するという形である。

空海の、真言密教の方法と、日蓮宗系の、所作には、違いがあるが、それは、専門的というか、個々人で、違うゆえに、一概に、書くことは、出来ない。

ここで、面白いのは、成仏、不成仏という言葉である。
一体、何を基準として、不成仏というのか。
それは、単に、幽霊という形で、現れる霊に対する所作でもある。

マスコミなどが、放送するものは、それである。
見える形で、霊的存在を、示すものだから、放送という形を取れるが、見えなければ、出来ない。

人に霊が、憑いて、何やら喋らせたりする。
それを、取り除くという方法である。
霊の存在を、信じない人には、催眠術のように、見える。

それ以前に、不成仏霊について、少し言う。

あちらの世界に行けない霊である。
つまり、この世に、留まり、浮遊する。
何故か。
思いである。強い思いが、そうさせる。
しかし、子供の霊などもいる。
強い思いがなくても、いる。何故か。
よく解らないのである。

死んだということを、意識しない場合が、多い。
何故か。
死後の世界を、受け入れないからである。

事故多発地帯に、多く幽霊が、出ると言われる。
それは、そこで亡くなった人が、そこに、留まるからである。
その霊を、不成仏霊と言う。

私の言葉にすれば、次元移動出来ない、霊であり、不成仏ではない。
人間は、成仏するものではない。というより、成仏というものは、観念である。

仏になる。
死んだら、仏になると、観念するという、誤りである。

それでは、日本の伝統では、命 みこと、になると言う。
自然に隠れた存在になると、考えて、お隠れになると言う。
つまり、次元を別にするということである。

総称して、神になるとも、言う。
しかし、一神教の神観念ではない。
超越した、存在ではない。
この世に、また、あの世に、超越した存在は無い。
それは、信仰である。
信じる行為で、それを、生み出す。

我は、神であると、出て来るモノは、霊である。
単なる、霊である。
新興宗教の教祖たちは、皆、この、霊に、やられた。

迷い、浮遊する、そして、成仏せずに、苦しむ霊を、読経により、引き出し、それらを、納得させて、成仏させるという、行がある。

確かに、それは、事実としてある。
霊が、障り、不調和を起こすというものである。
それなりに、処置をすると、それが収まり、正常に戻る。
しかし、これが、実に、難あり。
確認する術が無いのである。

霊的能力者と言われる者たちは、多くは、精神疾患的である。
また、人格としても、未熟である。
自己顕示欲によって、成る人もいる。

多く、霊的能力があると、言う人は、何のとりえが無いゆえに、その自己顕示を満たすべく、霊的能力があると、演じる。

それの、恰好の、お経が、法華経である。
悪魔のお経であるから、言霊が強い。
特に、漢訳されたことにより、更に、それが増した。
いずれ、法華経について、書くことになるが、内容は、ハリーポッター並の、ファンタジーである。

釈迦仏陀が、最後に説いた教えというが、それは、後世の人の、言うことであり、根拠が無い。
しかし、多くの人が騙される。
騙されるような、お経である。
つまり、如何様にも、解釈が出来るのである。

白隠という、禅師も、最初は、法華経を、単純なお経と見ていたが、次第に、法華経の、凄さが、解ったという。それは、単に、法華経に、取り込まれただけである。

漢訳された時、妙法蓮華経と、訳された時、魔が入った。
みょう ほうれんげ きょう
妙法は、つまり、真理の法は、蓮華の、つまり、蓮の花の如くにあり、である。

大乗仏典というものは、後々、編纂されたものであり、誰が書いたのかも、特定出来ない。
創作の話から、あれほどの、教義を作り出すものであるから、相当に、おかしい、変なものである。

文学として、扱った時のみ、正しい。

南無阿弥陀仏も、おかしいが、創作の、お経に、帰依するという、南無妙法蓮華経は、更に、おかしい。
それが、本地の仏から、出たものと、信じた日蓮は、おかしい。
その、おかしさに、気付いて、いなければ、法華経を唱える者は、地獄に落ちるということになる。

仏教は、経典を掲げて、宗派を起こす。
新興宗教では、阿含経を掲げるものもある。涅槃経を掲げるものもある。
甚だしいのは、般若心経のみで、詐欺のような、宗教を立てる者もある。

霊を祓うと、一心に、般若心経を唱える集団もある。

三蔵法師玄奘の漢訳が、日本の大乗仏典の多くである。
玄奘は、法相宗を起こした。
その、法相宗の、教義というか、考え方を知らないで、唱えるという、愚行である。

玄奘は、大乗を学ぶために、命懸けで、天竺に旅した。
最高学府ナーランダにて、学び、唐に戻り、翻訳をはじめた。
そこでは、大乗のみならず、小乗も、学びつくした。
とんでもない程の、優秀な頭脳により、最高学府の、最高に達したのだ。

玄奘の、教えには、仏に成れない者がいるというものがある。
人を五種に、分けて、最後の、一種に、仏に成れないものがいると、打ち立てた。

これが、天台との、違いである。
最澄は、お育ちが良いのか、人は皆、仏に成ると、掲げた。
天台宗は、名門である。
鎌倉仏教の、祖師たちは、皆、これに習った。
大きな間違いの元である。

天台という、新興宗教が、仏教を堕落させ、破壊し、とんでも仏教にした。
以後、日本仏教は、誤り続けて、今日に至る。
その、天台とは、中国僧、天台チギによる。
三千大千世界というものを、立てた。一念は、三千世界に通じるというものである。

ちゃかす訳ではないが、五千でも、六千で、なんぼでもいい。要するに、心の広さを言うのである。しかし、天台は、仏の世界を言う。

そして、もし、この三千世界を主にして、経典を解釈するというなら、それなりの、直感的解釈がある。
何事もそうであるが、人類は、先のものを批判することによって、生成発展してきた。
その、批判の精神とは、精神進化の、成果である。
批判の精神を、失うことは、精神的死を意味する。
いずれ、それについても、書くことにする。

さて、
人を、皆、救うというから、大乗仏教はいいという、お馬鹿な、仏教家や、識者がいるが、あれは、生業である。
それで、食っているのである。
ホント、いい気なものである。

私は、このエッセイを書いて、食っていけないのである。
それでも、書くというのは、わかるかなーーー
芸術活動である。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。