2008年09月01日

神仏は妄想である 150

生より死にうつると心うるは、これあやまり也。生はひとときのくらいにて、すでにさきあり、のちあり。
道元


生と死を分けて考えてはいけない。その事実を事実として徹底的に受け入れてしまえ、と道元は繰り返し言います。それは何故か。人間は生きている状態から、死んでいくという別の状態へ移っていくのだと考えるから誤りが生ずる。これは、いつも道元が好んで用いる考え方です。
栗田勇

春は春であって、春以外のものは何もない。秋は秋というもので、これが移っていく、つまり時間的な経過によって変化するということはない。春は春のうちに春以上のものがある。つまり空がある。花が咲き、鳥が歌うという現象の奥に、目に見えないある宇宙、絶対的な実相がある。
栗田勇

空という、実相というものがあるということを、言うのであろう。
それは、理解する。

その、空という、実相が、目の前の花になり、鳥が歌うということである。
それも、理解する。


それでは、もののあわれについてで、紹介した、古今集の仮名序を、再度見る。

和歌、やまとうたは、人の心を種として、万、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事・業しげきものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひだせるなり。花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして、天地、あめつちを動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士、もののふの心をもなぐさむるは、歌なり。

とうであろか、私は、こちらの、心象風景を取るものである。

空とか、実相などという言葉はない。
この世の生きるものに、限りない慈愛の風景を抱くのである。
歌の道。
日本の歌道は、すでに、それらの、理屈を、超えていたのである。


そこで生は、「ひとときのくらい」だと言う。くらいというのは現象、位相のこと。ひとときというのは、しばらくの間という意味ではなく、全体、まるまるさそれで全部の時、つまり永遠のいまの意。生は生というものでまとまった様相であり、永遠の変わらぬ姿である。
だから、生きているということは、死と比べて生きているということではない。生きているということの中には、絶対的な今しかない。あるいは生以上のものしかない。空しかない。
栗田勇


歌道では、空などとは、言わない。
今、目の前にあるものを、慈しみ、歌い上げる。
それだけで、いい。
この世の、すべてを、受容する。

あえて、そのものを、超えたところの、空とか、実相などは、必要ないのである。

更に、言えば、絶対的な今、生以上のものしかないと、いうが、人は、確実に死ぬのである。

容赦なく、死ぬ。
必ず、死ぬ。
生が、今しかないというのと、同じく、死も又、今しかないという、その、死を、人は、確実に迎える。

理屈を言うのではない。
だから、それが、何だって言うのだということになる。
つまり、それは、迷いなのである。

生きとし、生ける、いづれか歌をよまざりけり、という方が、やさしいのである。
優しいのである。

人命とは、呼吸の間である、などと、アホにことに、感心しているより、歌の一つでも、詠むことである、と、私は言う。

吸う息、吐く息の間に、命というものがあるなどという、浅はかな、言葉の世界に酔っているうちは、悟りなど、開ける訳が無い。

明日とか、やがてそのうちということはない。今日の今、せっかくの今この今を、仏道に、つまり真理の道に身を投げ入れて、いつのときがあるだろうか。この覚悟が生死を超えます。
栗田勇

栗田氏は、道元を、理解しやすいように、紹介する。
私は、栗田氏の、文章に対して、敬意を表する。

さて、真理の道に、身を投げ入れてというが、人には真理というものが、人の数だけあるということを、知らないらしい。
仏道を、真理とは、笑わせる。

たかが、仏の道である。
たった、一つの道である。
それ以外に、真理というものが無いというならば、それは、浅はか、愚かというものである。

道元が、芸術家であれば、許せる。

松尾芭蕉は、今日の発句は、今日の辞世という心持で、俳句を、詠む。
それならば、おおいに、納得する。

歌は、すべて、挽歌である。
皆々、歌詠みは、その心持で、歌を詠む。
そこに、この人の世の、儚いという、明確な、意識がある。
儚いとは、はかないのであり、あはれ、なのである。

必ず朽ちる肉体を、持つ人間の、そのままの、姿をこそ、見つめ続ける行為こそ、真っ当な、生きる道であろう。
この世は、無常でよし。
儚くて、よし。
あはれ、で、よし。
生死に、七転八倒するも、よし。

息切れれば、死ぬ。
死人に口なしである。それで、よし。

問答無用に、人は死ぬ。
それで、よし。
言うことも無い。

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ベトナムへ 1

今回の旅を、書き始めるに当たって、非常に良い問題提起を、受けた。

それは、バンコクに出た、5日の日曜日、チェンマイから、慧燈財団の小西さんが、わざわざやって来られて、色々と、お話を聞いた中にあった。

チェンマイで、日本のボランティア団体、NPO関係、そして、地元の、ボランティア団体の人々が、集い、ディスカッションをしたという。
その時、タイ側の人から、こんなことを、日本側の人々が、質問されたという。

日本人の、ボランティア団体の、主旨は、何ですか。
欧米のボランティアの人々の、目的は、キリスト教の布教であると、解りますが、日本の人の、目的が、解らない。
日本国内でも、助けを、必要としている人がいるでしょう。それなのに、何故、タイに来て、ボランティア活動をしているのですか。
そこには、どんな目的があるのですか。
タイを、何か別の目的で、支配したいのかと、考えてしまいます。と、言ったという。

日本国内でも、何にもやらない者が、それに似たような、海外ボランティアをする前に、日本国内の、助けを必要としている人のために、云々という人がいる。

これについて、論じていると、終わらないエッセイになるので、ある程度の、結論的、見解を書く。

ボランティアをするのに、どこの場所などに、拘る必要はない。
国内で、する人もあれば、海外でする人もいる。
それは、どちらでも、いい。

その人の、体質や、性格などによるものだと、思われる。

国内で、しないで、海外でするとは、云々という言う者、それでは、何をしているのかといえば、何もしてないのである。
こういうのは、言葉遊びの何物でもない。

一つ、私の例を、上げると、衣服支援をしているが、それは、すべて、一度着たものである。
一度、人の手を通した衣服を貰うということに、抵抗ある、日本人は、多い。
中には、貧しくても、人様の着たものなど、着られないという人もいるだろう。そして、プライドがある。
幼児、子供の場合も、その親が、受け取るとは、限らないのである。

更にである。
私の、衣服支援は、実に、支援は、困難であり、至難であると言う。
どんなに、貧しいといわれる人にも、生きる尊厳のブライドというものがある。

投げ捨てるようにして、支援をすれば、受け取るどころか、怨みに、変わるだろう。

私は、日本から、衣服を持ってきました。
もし、必要であれば、差し上げたいと思います。
と、必ず言う。

更に、ある年齢の人々には、中学生、高校生程度の人には、いずれ、日本は、あなたたちに、助けてもらうことがあります。そのために、友達になりたいと、思います。
よろしければ、必要なものを、差し上げます。

ラオスで、支援した、スタッフは、一度、二三枚の、衣服を、持参して、村人のところに行き、このようなものを、持ってきましたが、必要ですかと、尋ねて、支援している。

差し上げることは、至難の業なのである。

更にである。
私は、対面での、支援をしている。
一人一人との、語り合いである。
観念の、語り合いではない。

世界の平和について、いくら、語り合っても、平和は、訪れない。しかし、そうして、世界の平和について、語り続ける、アホが、多い。

さて、もう一つ、実に、ゆゆしき、問題がある。
法人として、活動しているように、見せかけて、実は、単なる、金集めである。
それらは、現地の人の見抜かれている、はずである。
しかし、日本では、見抜けない。

タイで、優雅に、暮らすために、ボランティアに似たことを、行い、日本での支援金を、集めるという、面々である。

つまり、それは、商売なのである。
そのように、ある、団体もある。

組織が大きくなれば、なるほど、使途不明金が、多くなる。

結論は、私は、私個人による、支援をするということである。
NPOなどの、法人にしない。
責任も、私一人に、帰結する。

ちなみに、私は、日本国内でも、支援活動をすることにした。
沖縄は、ホームレス天国である。
温かいからだ。
それでは、沖縄には、テラの会の、根幹である、戦争犠牲者の追悼慰霊を、するために、出掛けるので、そこで、衣服支援をするというものである。

私の、活動の根幹は、あくまでも、戦争犠牲者の追悼慰霊である。
日本人だけではない。
日本が、攻撃したり、また、日本軍のために、働いた人々の、追悼慰霊である。

この、追悼慰霊がなければ、私の支援活動も無い。
意味を成さない。
追悼慰霊と、いう、目に見えない行為を、支援という一つの、目に見える形にしたのである。

そして、衣服とは、現在只今、日本では、フリーマーケットや、リサイクルバザーでも、衣服の大半は、売れずに、処理するために、金がかかると、聞いている。
この、豊かな日本では、良質の衣類が、捨てられている。

私も、衣類の捨てる日に、少しばかり、近所を歩いてみた。
すると、そこに、捨てられた物は、すべて、着られるものである。
驚いた。
衣服も、使い捨てなのかと、思えた。

それを、拾い、洗濯をして、干してみると、新しいものと、変わらないのである。

また、今回、ベトナムの人と、お近づきになれた、多くの縫ぐるみは、すべて、私が、拾ったものである。

ゴミ袋に、一つ分である。
何の、問題もないものだった。
その、一つ一つを、点検して、私が、袋に詰めたのである。

貧乏人の、私が、志して、支援をするのは、捨てられる物なのである。
それを、貰って頂くのである。

支援は、至難の業であり、支援は、実に困難な行為なのである。

もし、日本人に、拾った物を、上げたら、何と言われるか。

日本には、物に、心が宿るという、考え方がある。
私は、一度捨てられた物に、心を込めて、差し上げる、という、行為を、アジアの国で、行っているのである。

そこには、何故、日本で、云々という、議論の次元ではないという、こと。

私の、活動は、実に、多岐に渡るテーマを、見いだす。

追悼慰霊から、支援に、至り、更に、それぞれの国の、福祉政策の在り方を、見るもの。
日本が、立派な福祉国家であることが、解る。
勿論、上を見れば、キリが無い。

さて、もう一つは、トランスジェンダーの問題である。
この頃、NHKが、それらの問題を、多く取り上げるようになったという。
その、真意はよく解らないが、今の日本は、テレビの全体主義が、闊歩しているから、一応は、良い事だと、言っておく。

タイの、歓楽地パタヤでは、トランスジェンダーによる、トランスジェンダーのための、福祉施設がある。
公的機関ではなく、アメリカと、タイの有志による、寄付によって、行われている。
今回は、そこで、長い時間、多くの情報を得たのである。

更に、ゲイによる、ゲイのための、施設もある。
次は、そこに、行く計画である。

明治維新は、多くの国の有様を、見聞したことにより、開国と、大政奉還という、大事業を行った。
外の国を、見なければ、我が国の有様を、判断するには、足りないのである。

後進国には、日本では失われた良き文化を見る。
それを、保護しつつ、新しい時代や、世紀に生きる、生き方を、模索する、人々がいる。

私は、それを、30円から、50円程度で、食事が出来る、屋台で食べつつ、考えている。

そんな場所に、そんな安いゲストハウスがあったの。
その辺りに、立つ、売春婦や、体を売る、レディーボーイに、尋ねると、親切に、教えてくれる。

巷の情報は、彼女たち、彼らに、適わない。

バンコク、スクンビットの一角の、中小路で、一人の女性から、日本語で、声を掛けられた。
傍に、座る、物乞いのおばさんがいる。
この、おばさんは、可愛そうな人、20バーツ上げてください。

どうして、日本語ができるの。
学校で、習ったの。
あなたは、何をしているの。
会社が、潰れて、今は、悪いことをしているの。

悪いこととは、売春である。
私は、食べるためにすることで、悪いことは、一つも無いと言った。
そうした出会いが、私の活動の根幹である。

ベトナムへの、長い旅がはじまる。
posted by 天山 at 12:35| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

性について 31

精子には、二通りある。
外形は、差がない。

それには、色がついていた。
第一染色体から第22染色体の、22本の染色体と、小さな23番目の染色体に、Y染色体を持つ精子は、青い色である。

第一染色体から第22染色体の22本の染色体と、小さくない、第23染色体を持つ精子が、赤い精子である。

]染色体は、Y染色体の、五倍の大きさである。

男の、源は、実に頼りない、遺伝子レベルで見ると、小さな存在である。
しかし、である。
そこには、何と、一ページにして、約1000字、それが、数万以上のページからなる、情報が、詰め込まれてるという。

Y染色体から男性化の最初の命令が発せられなければ、生命は仮にXYの遺伝子型を持っていても、デフォルトとして女性となる。これが、XY female(男性型女性)だ。これも両性具有の一形式である。
福岡伸一

デフォルト=本来のプログラム。本来のプログラムとは女性を指す。
福岡伸一 できそこないの男たち

私は、これを、書きたいがために、染色体の話を書くのである。

人間の本来のプログラムとは、女性なのである。

生物学、分子生物学から、検証すれば、男は、女の、変形であるということ。
つまり、旧約聖書は、完全に誤っているということである。
アダムのわき腹の骨の、一本から、女を創ったという、神もどきが、嘘八百であること。

男は、女から、生まれ出るものであり、更に、男は、女という、基本形があって、成り立つという、遺伝子学である。

それでは、生命誕生、受精の瞬間から、眺めてみる。

受精卵の、プログラムは、一瞬も止まることなく、不可逆的な進行を開始する。
その時、卵子に飛び込んだ精子が、赤いものか、青いものかは、解らない。
この時点では、染色体が、XXなのか、XYなのか、判別できないということである。

受精卵のプログラムは、生命の基本仕様によって、進められる。

受精卵は、分裂を繰り返し、瞬く間に、膨大な数に、膨れ上がる。
球状の細胞塊となる。

塊は、ボールのようであり、中空の、がらんどうの構造である。

ボールの皮にあたる部分は、細胞で、埋め尽くされる。
やがて、ボールの皮の一部が、内側にめり込むように、侵入する。
この、侵入路に、原腸と、名をつけた。

つまり、それは、身体を貫く、腸になるのである。

人間は、管であると、言う。
口から、肛門までの、管を持つ者が、人間である。

さて、U字にめり込んだ皮は、向こう側の皮に達すると、皮と皮が、融合して、そこに、口が開く。その瞬間、侵入路は、開通して、最初に侵入が始まった部位が、肛門となる。

この、管に、皺が出来たり、くびれたり、突起が出来、前後左右が、区別される。

受精後、六週間で、生き物は、一センチになる。

不釣合いな、大きな頭、目や耳などの、くぼみ、突起ができる。
背中の曲線は、短い尾まで続く。
しかし、一週間もすると、急速に、ヒトらしくなる。

頭が丸くなり、首が出来る。体調は、二センチちかくなる。

さて、そこである。
この時に、股を見ると、そこには、染色体が、いかなる形でも、同じものが見える。

割れ目である。

すべての、胎児は、染色体の型に、関係なく、受精後、約七週目までは、同じ道を、辿るのである。

生命の、基本仕様は、女である。

基本仕様のプログラムのままに、進行すれば、割れ目は、女の生殖器になるのである。

その、割れ目から、ミュラー管という、細い陥入路が、奥に伸びて、膣になり、奥に行くに従い、広がり、子宮、卵管を作る。

卵管の一番奥には、原始生殖細胞が現れて、それが、卵子を作るのである。
卵巣である。

更に、割れ目の中央に出来た、膣口の上に、腎臓に伸びる尿道が開通する。
そして、上方の舳先には、とがった、陰核が作られる。

これが、生命発生の、基本仕様である。

それでは、男の場合は、どうなのであろうか。

それが、女の変形になるのである。

割れ目を閉じ合わせることから始まる。
その跡が、見える。
睾丸を包む、陰嚢の、袋の真ん中に、肛門からかけての、一筋の縫い目がある。
それは、何と、ペニスの付け根にいたり、ペニスの裏側、亀頭まで至る。

蟻の門渡り、といわれる、部分である。

この筋こそ、生命の基本仕様に、介入して、カスタマイズされたことを、示す痕跡である。割れ目の。
誰が、それを、行ったのか。

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性について 32

受精卵がその発生プログラムを開始するとすべてのことは粛々と進行する。あるタイミングで特別なスイッチがオンになり、次の瞬間にはオフになる。そのかわり前の段階のスイッチオンに反応して、次のスイッチがオンになる。このカスケードは連鎖しながら各細胞に微小な変化をもたらす。スイッチがオンになる、とは特定の遺伝子が活性化されて細胞内に新しいタンパク質が出現する、ということである。スイッチがオフになる、とはそのタンパク質が分解されて細胞内から消えるということである。
福岡伸一

さて、受精後、約七週間を経ると、ある特別なタンパク質が作られる。
それは、細胞核の内部に入り込み、その中を拡散しつつ、自分の居場所を探す。

ここまでは、基本仕様である。

ここからが、初めて、行く先が分かれるという、岐路である。

染色体がXXならば、その岐路は、何の問題もなく、続行される。
だが、染色体XYならば、特別な状況が起こる。

その、特別な状況は、非常に険しい道のりである。
Y染色体の定めである。

SRY遺伝子が、活性化されると、SRY遺伝子のメッセージを伝えるべく、RNAが数多く転写される。
そして、その情報が翻訳されて、SRYタンパク質が作られる。

SRYタンパク質は、DNA結合能を持つ、特殊なタンパク質である。
それは、細胞核の内部に入り込み、拡散しつつ、結合すべき場所を探す。
その場所とは、ゲノムDNA上の、特別な配合である。

SRYタンパク質が、その配合に結合すると、配列の直後に位置する、遺伝子から、RNAの転写が開始される。
それが、更に翻訳されて、タンパク質が、作られる。

SRYタンパク質によって、スイッチが入る遺伝子は、複数あるといわれる。

つまり、情報が、増幅されるのである。
だが、科学では、未だ、SRYの指令を受ける、遺伝子は、解明されていない。
しかし、それが、行われる過程は、明らかにされつつある。

それを、ミュラー管抑制因子と呼ぶ、タンパク質の一種である。
それは、ミュラー管のみに、働くものである。

それは、生殖器を形成している、組織の中にある、細胞に、そのタンパク質を作らせるという、働きを持つ。

ミュラー管は、基本仕様に従えば、何事もなく、プログラムに添って、進行されるが、ミュラー管抑制因子を受け取った、ミュラー管の細胞群は、徐々に小さくなり、やがて消滅する。

こうして、基本仕様の、卵管、子宮、膣になるべき、細胞群を失った、女として、男が、誕生するのである。

そこからが、大変な活動なのである。

つまり、女を壊してしまったのであるから、それを、作り変えることになる。

膣が、開口する必要がなくなった、割れ目を閉じる作業が、はじまる。
肛門に近い側から、細胞と細胞の、接着を行う。
縫い合わせるわけである。

更に、男性ホルモンの生産と、放出である。

更に、ミュラー管抑制因子を作り出した細胞の近くに、別の細胞の一群がある。
この細胞は、SRYの指令を、受けて、テストステロンという、男性ホルモンを、作り出すのである。
それが、付近の細胞に、放出される。

胎児の、生殖器には、ミュラー管とともに、ウォルフ管が、平行してある。

ミュラー管も、ウォルフ管も、発見した人の名をつけたもの。

ウォルフ管は、テストステロンに、晒されると、分化、成長を始めて、精巣上体、輸精管、
精嚢など、精子の輸送を行う管を作る。

ウォルフ管の、奥には、原始生殖細胞が位置する。
この時点で、ミュラー管は、すでに、消滅している。
ミュラー管抑制因子に、晒されると、消えるからである。

基本仕様の場合であれば、卵細胞になるはずだったものが、テストステロンを、浴びることによって、原始生殖細胞は、精子細胞を作る、精巣になるのである。

原始生殖細胞は、左右に分かれた卵管の奥にあるはずだったが、精巣に変わると、徐々に下降をはじめる。

下降した精巣は、割れ目を閉じて、合わせた場所まで、下がる。
その部分は、女性器の、大陰唇を縫い合わせたものである。
こうして、陰嚢が、出来る。

ウォルフ管の、反対側は、外へ通じる出口であるが、精巣で作られた精子を、ウォルフ管が作り出した通路、つまり、精巣上体に入り、輸精管を経て、精子の貯留槽である、精嚢に入る。

射精時に、精嚢は、0,8秒間隔で、強く収縮し、精子を射精管を通して、放出させる。

だが、この時点では、ペニスが、出来ていない。

ここで、解ることは、男は、女の体から、発祥しているということである。
更に、ペニスの作られ方を、みると、男は、女より、不完全であるということが、解る。

次に書くが、尿道は、尿だけではなく、精子も、運ぶ管であるということ。

女の尿道は、尿だけのもの。
男は、それを、兼ねているのである。

人間の、生命基本仕様が、女であること。
要するに、生物学的に、男は、女の、まがい物であるということである。

女に、なれなかった、女、それを、男という。いや、オスといっておく。女になれなかった、メス、それを、オスと、呼ぶ。


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神仏は妄想である 151

ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる。
道元

これは、実に美しい大和言葉である。

ただ、我が身も、心を離れ、忘れて、仏の家に、投げ入れて、仏の方から、来てくれる。これに、従うのである。力も入れず、心の働きもない。そうすれば、生死というものを、離れ、つまり、その観念を離れて、仏となる。
ということである。

いかがだろうか。
これには、騙される。
勘違いする。
読んだだけで、何か救われたような気持ちになる。

言葉の、恐ろしさを知らない人が、これに、やられる。

その気になるのである。

仏の方から、来てくれる。
どこかで、聞いたような、話である。
そうそう、念仏、浄土門の時に、話した、書いた。
阿弥陀仏が、救うというものである。
ただ、念仏することによって、弥陀の本願に、救われるという、ものである。

魔界の教えである。

すると、もっと、凄いのは、念仏しなくても、救われるという、考えである。
ちなわち、弥陀の本願は、一人が救われなければ、我が身の救いは、無いというのであるから、念仏しない者でも、救うということである。

このように、突き詰めてゆくと、とんでも、ハップンという、恐ろしい、境地に至る。
マジである。
マジで、そのように、考える。

三蔵法師玄奘の時までは、よかった。
辛うじて、救われない者もいる。
仏に成れない者も、いると、教えた。

要するに、馬鹿は、死んでも馬鹿ですという、教えである。
それが、どこで、どう間違ったのか、あるいは、変節したのか、アホになったのか、狂ったのか、皆救われる。皆、仏になるという、耳障りの良い言葉を、並べ立て始めたのである。

天台である。
中国の僧、天台チギという者。
つまり、解釈である。
解釈は、事実ではない。


栗田勇氏の、引用も、面倒になったが、面白い話が載っている。
カトリックの、徳の高い、修行僧や、神父は、医者にかからないというものである。
何故なら、病は、神が与えたもうたものである。
故に、それは、人為をもって、手を入れてはならないと、考えるというのである。

エホバの証人、ものみの搭という、カルト系キリスト教は、輸血を禁止する。
我が子が、手術をするのに、輸血を拒否するという、アホ、馬鹿、間抜けの、親がいる。
今は、法律で、未成年者の場合は、輸血が、出来るようになった。

さて、解釈を、持っての、教えとは、全く、筋違いになるのである。

おわかりか、皆様、宗教とは、如何様にも、解釈出来るということ。
気が狂えば、狂うほど、とんでも、解釈になるのである。
そして、それを、人に押し付ける。
信じさせる。

これは、暴力である。

神父は、神の意志ゆえに、病と、闘わないのである。
よろしい。
その本人がそれで、いい気分ならば、言うことはない。
何ゆえの、医学であろうか。
それを、考える。

あたかも、信仰深い、立派な態度に見えるようだが、単なる勘違いである。

助かるものなら、助かった方がいい。
二度とない、人生である。

前世というものがあろうが、この時、この私という、存在は、唯一の存在である。
二度と、この私という意識は、現れない。

道元は、生死を、離れたところに、仏というものを、置いている。いや、生死が、仏の命であるという。

一体、何を言いたいのか。
仏の境地とは、そういうものなのか。
あるいは、仏という存在が、生死を、超えたものなのか。

それでは、仏として、尊敬された、仏陀は、どうか。
死んだ。

今は、仏陀は、死んでいないのである。この世に、存在しない。
仏が、生死を、超えたものということは、証明出来ない。

思い余った末の言葉である。

信仰に、つきものな、我を、何かに、任せるという、境地を言うのだろう。
仏という、訳のわからないものに、我を任せて、どうする。

生死を離れ、仏となる。
それでは、道元は、仏になったのか。
何故、我、仏になれり、と、書かないのか。

ここに、道元の、不案内がある。
つまり、迷いである。

どうせ行くなら、我、仏となれり、でいい。


ただ、その道元も、矢張り、大和心に、戻っている。
次の、文である。

仏となるに、いとやすきみちあり。もろもろの悪をつくらず、生死に著するところなく、一切衆生のために、あわれみふかくして、上をうやまい下をあわれみ、よろずをいとうこころなく、ねがう心なくて、心におもうことなく、うれうることなき、これを仏となづく。又ほかにたずぬることなかれ。

これを、仏というと、明確にした。

それは、悪を行わない。
生死に、執着しない。
みんなのために、哀れみ深く。
上を敬い、下を憐れみ。
すべてのことを、厭わない。
願う心もなく、心に思うこともない。
憂いに沈まずにいる。
それを、仏だというのである。

願うことなく、心に思うこととは、妄想である。
それでは、仏という妄想を捨てるべきである。

何も、仏になる必要はない。
大和心を、生きればいいのだ。

おほいなる やわらぎの こころ である。
大和心を、仏であると、最後に、締めくくる。

それでは、次に、道元の、大和心に至る道を見て、道元を終わることにする。

結局、仏教の究極が、大和心であるということ、実に、明確である。
道元、辞世の句である。
また見んと おもいし時の 秋だにも 今夜の月に ねられやはする

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ベトナムへ 2

1954年から、1975年の十年間の、ベトナムでの、死者数は、米軍が、58000名強、ベトナム側は、300万人である。

名高いベトナム戦争の、犠牲者である。

アメリカ人が、一人死ぬと、ベトナム人が、50人死ぬのである。しかし、ベトナム人の犠牲者は、民間人も含むので、更に多いはずである。

ベトナム戦争の大義は、ドミノ理論であった。
つまり、南ベトナムが、共産主義の手に落ちると、タイ、インドネシア、フィリピン、日本などの、アジア諸国が、ドミノゲームのように、次々に倒される危険がある、というものである。

1954年、ディエンビエンフーで、フランスが大敗して、北が勝利した時、アメリカ政府は、アメリカ在住カトリック教徒の、ゴー・ディン・ジエムを担ぎ出し、北緯17度線を、軍事境界線として、ベトナム共和国を急遽設立し、ジエムを大統領に据えた。

そして、南と、北を、ジュネーブ協定で、分離を認めさせたのである。

それはまた、北の、急進を好まない、中国の考えとも、一致した。

一方、ホーチミンは、この戦争を、植民地から、ベトナム民族を解放する、民族解放の戦いと、意味づけた。

さて、この、ホーチミンとは、今のホーチミン市のことである。
つまり、人の名を冠して、名づけられた町である。
昔は、サイゴンと、言った。
サイゴン陥落とは、ベトナム戦争終結の言葉とされた。

私は、ホーチミンに出掛けた。
現在のベトナムを、理解する上で、ホーチミンについてを、語ることが、必至である。

ホーチミンは、1890年5月19日に、ゲアン省ナムダン県キムリエン社、つまり、キムリエン村で、生まれた。
本名は、グエン・シン・クンである。

父は、グエン・シン・サックといい、彼は、第三子である。
父のサックは、村で寺子屋の先生をしつつ、勉強を続けて、1901年に、科挙に合格する。
科挙とは、官使東洋試験である。

だが、サックは、フランスが祖国を植民地にしたことを、憤慨する、愛国者であった。
それゆえ、フランス保護の下にある、官使の生活に馴染むことが出来ず、結果、アルコール依存症が原因で、トラブルを起こし、失職する。

クンは、父親の窮状を助けるために、フランスに渡り、定期航路の雑用係りに就いて、ベトナムと、フランスを往復しつつ、父親に仕送りを続けた。

そして、父の愛国の精神を受け継ぎ、フランスにて、祖国の独立を要求する、運動に参加するようになる。

1919年、ベルサイユ講和会議にて、アメリカの、ウッドロー・ウイルソン大統領に直訴しようと、ベトナム人の祖国解放のための八項目要求、という請願書を作成した。
その時、ベトナムの代表として、ホーチミンが使用した名前が、グエン・アイ・クォックというもの。クォックとは、愛国者という意味である。

グエンという苗字は、ベトナムで、一番多い、苗字であり、ベトナム人の愛国者ということで、たちまち、ベトナムの人々の間に、知れ渡った。

そして、政治的活動をしているうちに、左化、左傾してゆくのである。
更に、フランス社会党の創設メンバーとなるが、フランス人の、植民地の惨状に対する理解の無さに、憤ることになる。
その時、レーニンの、植民地問題に関する理解ある論文を読み、急速に、共産主義に、親近感を抱くようになる。

更に、フランス共産党の創設に参加するということになり、その後、コミンテルンのメンバーとして、モスクワに移住するのである。

それから、ベトナム解放のために、本部を説得して、活動の中心を、中国に移すことになる。

ここで、問題は、民族解放を求める、愛国の精神が、それを、理解するという共産主義というものに、曳かれたのであり、共産主義に曳かれたのではないということである。
ここのところを、理解しないと、ホーチミンの主義を、理解出来ない。
共産主義が、主ではない。
民族解放という、愛国精神が、主体なのである。

色々な、研究家が、ホーチミンの思想について語るが、私は、ここのところで、明確にしておきたいと、思う。

方法の問題である。
主義の問題ではない。

自主独立、自主統治である。
それは、後でも語るが、ベトナムの今後の、民主化のために、必要なことである。
現政権である、ベトナム共産党の、共産共和国ではなく、民主共和国にならなければ、発展は無いのである。

1941年、ホーチミンは、30年ぶりに、祖国に戻り、祖国解放のために、指導力を発揮する。

1945年8月から9月にかけての、権力の真空の間に、一気に、独立を勝ち取るのである。

9月2日に、ベトナム民主共和国の独立を、一方的に宣言し、初代国家主席に就いた。

翌年、46年から始まった、第一次インドシナ戦争を指揮する。
54年、先に書いた通り、フランスに致命的な敗北を与えて、戦争に勝利する。

だが、大国が指導権を握る、ジュネーブ会議にて、北緯17度線を軍事境界線とされ、ホーチミンも、従わざるを得なかったのである。

その、カラクリは、東西冷戦が始まり、ベトナムも、その最前線の一つとなっていたからである。

そして、間も無く、ベトナム戦争が勃発する。
ホーチミンは、70歳を超えていたが、軍事問題では、最高指導者として、国民を鼓舞し続けた。

1969年9月2日に、亡くなった。

一旦、ホーチミンについては、置いて、おく。その思想については、実に謎に包まれているのである。


初めての、共産国に入国するという気持ちは、何とも言えないものだった。
事前に、ホーチミンには、公安や、私服警察などが、至るところにいて、見張りをしていると、聞いていた。
更に、路上では、喧嘩などしては、公安に捕まるということも。
また、観光客のための、警察も、緑の制服で、至る所にいるのである。

私が感じたのは、タクシーなどを頼む時も、私服警官のように人に頼むと、ボラれないで済むというものだった。
その人が、警官が否かは、確認できないが・・・

観光客のための、というより、それも、観光客を見張るというものと、考えて良いと思う。

道端で、一人の幼児を抱えて、宝くじを売る、女性に、縫ぐるみを差し上げた時、歩いていた一人の男が、俺にも、と言い、近づいてきたと、すると、至る所から、人が駆けつけて、縫ぐるみを下さいと言う。
その時、矢張り、人が集うので、公安、警察の人が、近づいて来たと、スタッフが言う。

すべての、縫いぐるみが無くなり、人も去って、安堵したが、集会が、禁止されているとのこと。
着物姿の日本人が、人を集めて、何をしているのか、ということになるのである。

ちなみに、最も、貧しい人は、宝くじや、ガム、ティッシュを売り歩く。
日本では、道端で、配られるティッシュである。

一度、私は、夜の食事をしてい時、物売りが、しつこくて、大声を上げて、怒った。
すると、あたり一面が、静まり返った。
皆、私を注目した。
これは、ヤバイと思った。

騒然とした雰囲気は、他の国では、見られないものだった。
私の、怒りまくりは、共産国では、ご法度である。

元々、声が大きい私だが、ホーチミンでは、怒るのを、抑えると、決めた。

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2008年09月03日

神仏は妄想である 152

道元は、深草安養院に、31歳から、34歳の、三年間にわたり過ごした。
その時に、道元の跡を継ぐ、三歳年上の、懐奘 えじょう、が、日本達磨宗の門人を引き連れて、入門する。正法眼蔵隋聞記を、著した。

1233年に、同じ地の、興聖寺に、僧堂を設けて、約十年、指導しつつ、正法眼蔵を書く。

しかし、比叡山の迫害が、激しくなり、越前、志比の庄の、寺に移る。

寛元元年、1243年、道元、44歳の年、吉峰寺で、執筆に励むのである。

そして、現在の、永平寺の土地に、新しく、伽藍を建てる。
寛元二年、七月、吉祥山大仏寺が開堂する。

ここで、厳格な、禅林の規則を定めて、寛元四年、六月、大仏寺を、改め、永平寺とする。

永平寺知事清規という、生活規則を、作る。

しかし、道元は、仏陀を知らないゆえに、厳しい修行を、続ける。
仏陀は、中道の心を説いた。
それは、出家者にもである。
偏った、修行は、するな。
疲れさせたり、行過ぎるなと、教えた、仏陀を知らない故に、健康を、害する。

建長四年、1252年から、具合が悪くなり、養生のために、京に上がる。

高辻西洞院の、俗弟子、覚念という者の、邸宅で、建長五年、八月二十八日、五十四歳にて、没する。
正式には、入寂である。

入滅ともいう。
滅とは、仏教では、安心の境地である。

最後の漢詩の、それを、ゲというが、その一節
活陥黄泉 である。
生きながら、黄泉に陥つ、というのである。

活陥成仏、ではない。
黄泉とは、我が国の、死後の世界である。

そして、辞世の句

また見んと おもいし時の 秋だにも 今夜の月に ねられやはする

またみんと おもいしときの あきだにも こよいのつきに ねられやはする

もう一度、見たいと思うであろう、秋の月である。
今宵の月に、ねられやはする、とは、何か。

ねられや は する
眠られる、のか、眠られないのか。
きっと、眠られるのであろう。
いや、文法では、ねられやの、や、とは、係助詞である。反語であり、疑問である。
すると、ねられようか、いや、ねられない、という意味になる。だから、月を眺めて、眠られないだろうと、言うのである。
眠られるだろうか、いや、眠られない。

この月を、眺めて、静かに、眠りに入りたいものである。そう思いたいが、どうも、迷いがある。ねられやはせず、だったのではないか。何故、やはする、と、なったのか
勿論、や、と、せず、となると、意味合いは、変になる反語の反語、疑問の疑問である。
しかし、詮索するのは、止める。

大和心に、抱かれて、道元は、我が人生、その戦いの人生を、見つめた。

母の胸に、抱かれたかっただろう。
早くから、親に死に別れて、どれほど、辛い思いをしたのか。

求めるところは、母の胸であり、あの、尊敬すべき、父である。

親の懐に、抱かれる、安心の境地は、事実である。

妄想の、存在は、そこにはない。

誰か知る
かの道元の
胸の内
作為を超えて
親の元へと

私は、道元の生き方を、尊敬する。
敬意を表する。

一筋という道を、見つめて、ひたすらに、生きた。
そして、我がために、書き続けた。
我が、読むべきものを、書き続けた。

一番の、読者は、私なのである。

私が、私に読ませたいが、故に、渾身の力をもって、書き続ける。

それを、大和心という、親心が、抱き寄せてくれる。
そこには、父あり、母がいる。

父と母の存在は、事実である。
これに、適うものなどない。

たとえ、アホでも、馬鹿でも、間抜けでも、親がいる。

道元を、死の世界へ、導いたのは、仏でも、勿論、神でもない。
父と母である。

仏への道を、一筋に、歩むべくして、歩み続け、最期の時は、父母の胸に抱かれて、逝くのである。
それは、信じるというものではない。
事実である。

今夜の月に ねられやはする
私見である。
道元の、月は、最後に、父母となった。
父と母の、傍で、眠りたい。
それで、いいではないか。

心理学という、未熟な学問があるが、それでも、相当な、人間の心の世界を、観るものである。
道元の、仏は、父母に、至ったのである。
あれほど、身を清く生きたのは、父母への、思慕である。
誰も、それに、気付かないほど、仏教、禅というものに、迷うのである。

道元の、著作に、一言も、父母のことが、無い。
何故か。
触れられない程、恋しい人であった。

孤児の、心境の解る者は、それを、知る。

実は、鎌倉仏教の開祖で、父母のことに触れたのは、親鸞のみである。
父母のために、念仏しないという、歎異抄の言葉である。
自分が、成仏したなら、真っ先に、父母を、救うでろあうという。
そこが、愚かである。
自業自得なのである。
誰も、救うことは、できない。また、仏にする事も、できないのである。
仏陀は、そう、言った。

法然も、道元も、日蓮も、父母のことは、言わない。
以下、他の、開祖も、言わない。

彼らの、仏の実在は、父母であった。
私は、それを、知る者である。

皆々、若い、青臭いのである。
それで、いい。

父母無くして、我の存在があったか。
木の股から、誰が生まれる。
人は、母の股から、生まれるのである。

仏陀も、女の股から、生まれた。

道元を、終わる。

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性について 33

割れ目を、閉じてしまえば、出口がなくなる。
ペニスは、どうして、作られるのか。

尿路の形成についても、女の構造の、基本仕様なのである。

ミュラー管は、膣、子宮、卵管を作る。
そして、ミュラー管と、平行に走る、ウォルフ管は、男では、精管になるが、女では、無用である。

だが、一つだけ、用途がある。
それが、尿路の形成である。

ウォルフ管の開口部に近い場所に、そこから別の分岐路が奥へと陥入をはじめ、通路を形成する。
これが、尿路、尿道である。

この、通路は、膀胱という、貯水槽を作り、上へ伸びて、後に、腎臓となる細胞になる、地点まで、達する。

膀胱から、腎臓までの、尿路を、輸尿管という。

さて、この女の、ウォルフ管は、尿道との、分岐以降は、使用用途がないゆえ、退縮していく。

男の場合は、精管になる。

尿路は、精管から派生し、出口付近では、尿路は、精子の通り道として、使用される。
尿路が合流した、女のウォルフ管の出口は、割れ目になって、外に通じる。男の場合は、割れ目を、肛門の側から、縫い合わせて、膣口を閉じたゆえに、左右の、大陰唇を閉じ合わせた、陰嚢、玉袋を作ったのである。

そして、男の場合は、ウォルフ管を完全に縫い合わせると、尿も、精子も、出るところが無くなるので、尿と、精子の出る通路が出来る、細い空洞を残しつつ、割れ目を閉じていったのである。

このとき、使用された、組織は、女の小陰唇である。
小陰唇は、柔らかい、海綿状の組織で出来ている。
その、網目の毛細血管に、血液が流れれば、海綿体は、膨張して、大きくなる。
それが、ペニスである。

さて、内部に、細い管を作りつつ、小陰唇を左右に、縫い合わせると、三角形の突起に、突き当たる。

小陰唇を縫い合わせた、棹は、最後に、三角形の突起を拾い上げて、その先に、乗せた。そして、その下に、通路を空けた。テストステロンの作用が、これらの企画に、影響を与えて、細胞の増殖を促進し、造形を太く、長くした。
これが、ペニスである。

三角形は、チンチンの、亀頭である。

これが、女から男へと、カスタマイズされた、明々白日な、証拠である。

すなわち、生命の基本仕様は、女であるということ。
そして、それゆえ、女の方が、完全であるということ。
男は、不完全なものであるという、生物学的検証である。

人類の、進化の過程と、合わせて、考えると良い。

どこの、地域でも、長寿は、女である。
男より、五年から、十年以上長い。つまり、生命力が強いのである。

そして、それは、精力が強いということである。

一人の男が、二人の女を相手に、セックスをすると、とんでもなく、疲れる。
しかし、女は、三人相手にしても、たいしたことはない。

サンピーという、乱交があるが、その常識的関係は、男一人と、女二人である。

経験者からの、話を聞くと、体力だけではなく、精神的にも、気を使い、大変であるという。勿論、個人差があるから、楽しむ男もいる。

一日、別々の時間帯で、三人の女と、セックスは、出来るが、同時にするということは、大変な労力である。

何を言いたいか。
女の方が、強いということである。
セックスも、である。

更に、後で、性差による、脳の働きを見るが、そこでも、女の能力は、男より、現実的で、優っている。

では、男は、すべてにおいて、女より、劣るのかといえば、そうではない。

男は、その弱さゆえに、言葉という、観念を作り上げ、更に、欲望の強い女に、媚を売りつつ、支配者として、立ったという、歴史的事実がある。

ただし、権力者となった、男たちは、実に、男を愛したという、事実がある。
何ゆえか。
女は、信用出来ないからである。

女の操という、考え方は、後々のこと。
男は、女の膣に、飲み込まれてしまうという、恐怖をいつも、持ち続けていた。

女は、魔物だとは、宗教の愛好者がよく言うことである。
女の膣にかかれば、男の気など、いくらでも、抜くことが出来る。それを、智慧のある男は、知った。

知るということで、男は、女と、距離を置いた。

女を恐れるあまりに、少年を愛し続けた、男たちも、大勢いる。
宗教愛好者は、女を恐れて、いつも、少年の、お尻を使用していたのである。

更に、女色、にょしょく、にょじき、と言って、それを、罪と定めたのも、女の膣が、怖いからである。

女の膣の、感触を、ペニスで覚えた男は、そこから、離れられなくなる。
そして、捕らわれ、拘り、自縛する。

強きものは、女。
弱きものは、男。

女の解放か、はじまった、今、女が、男を買う、求める。
私のアドレスには、毎日、百件程の、あなたを、買いますという、案内が来る。
童貞募集というものまである。

セレブな人妻、経営者、その他大勢の、女たちが、男を漁り始めた。
男は、無料でいいですよ。
女の会員が、維持しています。

そこで、男たちは、どうしているか。
セックスは、御免だ。
ごく普通の男は、そのように思う。
少し、知能の低い男が、やって、金をもらえるぜ、と、チンチン立てっぱなしで、励むという。

兎に角、セックスペットがあれば、いいというから、時代である。
ついに、男が、女の、セックスペットにされるという事態である。

更に、である。
決して、女は、セックスペットの男の、子供は産まない。
精子バンクから、優秀な男の精子を買う。

あれ程、励んで、射精しても、それが、結果にならない、セックスを男が、繰り返すと、狂う。

この、進化を、誰が、どのように、導くのか、非常に興味がある。

しまいに、男は、いらない。
女だけで、子供を産むという、時代、世紀が登場する可能性もある。

精子を、複製して、子種をいつも、キープするという、女の作戦である。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ベトナムへ 3

成田から、ベトナム航空に乗り、ホーチミンに到着したのが、現地時間で、午後二時半である。
日本時間では、午後12時半。
二時間、早い。タイと、同じである。

バンコクに向かう人が、このベトナム航空を使う。

私は、ホーチミン三泊の予定である。

速やかに、入国審査を終えて、ベトナム、ホーチミンに出た。
ベトナム空港の前から、タクシーに乗る。

荷物を持って出ると、必ず、タクシー、タクシーと、近寄って来る者あり。
ハウマッチ。
15ドル。

ちょっと、待って、と、向こうにいる、お姉さんのいる、タクシー乗り場に行く。
ハウマッチ。
8ドル。

何で、15ドルと、8ドルなの・・・
勿論、8ドルの方に乗る。

ベトナムでは、ドルと、ベトナムのドンが、両方使えるのである。
これがまた、私の頭を、こんがらかせるのである。
一ドル、15000ドンである。
つまり、日本円の百円が、約一万五千ドンなのである。

これで、私は、老化防止をする。

タクシーに乗り、知った風に、行き先を告げる。
初めての、場所である。
一泊、22ドルの部屋のある、ホテルの名を告げる。

22ドルは、約2200円である。
そのホテルは、無かった。というより、名が変わっていた。
ある、旅行雑誌に、出ていたホテルである。
しかし、何とか、そのホテルであるということで、探し当てた。

兎に角、二人で、泊まるダブルベッドの部屋が、空いていた。

東南アジアの国は、一部屋の料金である。
一人につきの、料金ではない。
一つの部屋についての、料金である。

日本の、ビジネスホテルの、シングルルームの広さの部屋だった。しかし、設備は、整っていた。
綺麗な部屋である。

しかし、後の、二泊は、他のホテルにしようと、思った。
もっと、安いホテルがあると。
その付近は、多くのホテル、ゲストハウスがある。

夕方の、ホーチミンである。

まず、用意するものは、水。
水を買うために、荷物を置いて、外に出る。
ホテルの前に、コンビ二がある。

ベトナム、ドンでの、買い物である。
空港で、一万円をドンに替えた。
約、150万ドン。

水は、五千ドンから、一万ドンまである。
一番安い、五千ドンの水を、二本買う。
そして、周囲の状況を見るのである。

コーヒーを飲むために、一件の店に入る。
ベトナムは、コーヒーの国であると、知ることになる。
ブラックコーヒー。
驚いた。
出てきたコーヒーの、味は、抹茶のようなもの。コーヒーのエキスのようなものである。
初めて、コーヒーのそのままを、味わった。
コーヒー本来の、甘さである。

非常に濃い。その濃い加減が、コーヒー本来の、甘さを引き出している。

私は、お湯を、貰った。お湯で、割るのである。
到底、飲めないのである。
濃すぎる。

ベトナムは、コーヒーの産地で、有名である。

茶の湯を、やっていたので、茶本来の味というものを、知っていたことが、幸いした。
苦味にある、甘味である。
そして、その、香り。
ベトナムでは、それが、当たり前のコーヒーなのである。

支払いの時、二人分で、三万ドン。約、200円である。

支払いの後で、私は、いつも、ドルに換算し、そして、日本円に換算した。ボケない、頭の体操である。

さて、ベトナムで、最初に食べたのが、フォーである。
米の麺による、スープ麺。
薄味で、実に美味しく感じた。
何も、味付けをせずに食べて、私は、十分だった。

最初は、レストランのような店で、食べたが、それからは、屋台、路上で店を出している所で、食べた。
一万ドン程度、つまり、75セント、約75円である。

朝の食事は、フランスパンと、玉子焼きで、二人で、八千ドン。
二人で、百円もしない、朝食である。

フランスパンは、どこにでも売っていた。
フランスの植民地時代に、ベトナムの食生活が、大きく影響を受けたのである。
一本の長さが、日本で売られているものより、半分である。
もう少し食べたいと、思う量だ。

泊まったホテルは、9月23日公園の近くで、有名なベンタイン市場にも、歩いて10分の場所で、ホーチミンの中心部である。
旅行誌では、フアングーラオ通り付近となる。

そこは、ホテルや、ゲストハウスが、混在している。
三泊の予定だったので、翌日からは、もっと、安いホテルを探し、二泊することにした。

ただ、小路を歩いて、とんでもない場所にも、ホテルがあることを、知った。
庶民の、買い物通りのような場所に、突然、ホテルがあるというもの。

細い路地に、所狭しと、肉や野菜、生活必需品が、売られていた。
観光客は、決して行かない小路を、私と、スタッフは、歩いた。

勿論、着物を着ているから、日本人と、すぐに解る。
ベトナム人は、笑わないと、知った。
特に、戦争体験者の世代は、ニコリともしない。
その、彼らに、微笑みをもたらしたものが、縫ぐるみであったという、驚き。

同じ路を通ると、私に手を上げたり、微笑む人が、現れた。
インターネットカェフに入ると、お姉さんが、何と、私の持ってきた、縫ぐるみを、二つ持ち上げて、私を歓迎した。
小さな、二つの縫ぐるみを、私の知らないうちに、持っていた。

一変に、無くなった時、彼女も、手を出していたのだろう。

それから、物売りのおばさんたちが、また、親切にしてくれるのである。

ホーチミンの人は、何かあると、必ず、二三人が、寄って来るようになった。
言葉は、解らないが、色々と説明してくれるのである。

ベトナムには、二度と行きたくないという人もいる。その気持ちも、解る。笑わないベトナム人は、怖いのである。
しかし、それも、打ち解けると、変わる。
ただし、二三日の旅では、それ以上を知ることはない。
だが、人間である。
タクシー運転手が言う。
良い人もいる。悪い人もいる。
どこも、同じである。

縫ぐるみと、衣服を街中で、配ったことで、次に行く時は、私を知る人がいるというのが、楽しみである。

ある小路の前で、衣服の大きなバッグを持った私に、やーというように、声を掛けて、案内する、屋台のおばさんがいた。
案内した先は、小路の中にある、小さなホテルである。
私が、ホテルを探していると、思ったようだ。
そんな、親切は、考えられないという、ベトナム人である。だが、矢張り、人情は、健全にある。

私の活動を見ていた、屋台のおばさんたちは、実に親切にしてくれた。

posted by 天山 at 12:36| H20.09 ベトナムへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

性について 34

分子生物学からの、男女の生物学的、成り立ちをみた。

驚かれた方もいると、思う。
男は、女から出来たという、事実である。

勿論、これで、男と女の脳の仕組みについて、書きたいところだが、後日に譲る。

そこで、女のエロス、エロティズムというテーマに、移ってみたい。というのは、生物学的に、女が、主体であれば、その女のエロスに対する、情動がどんなものかを、知りたくなるのである。

ここで、明確にしておきたいことは、男と、女の世界は、それぞれ、固有の世界であるということだ。
エロスに対しての、情動は、あまりにも、乖離していると、私は、考えている。
溝が小さいが、それは、埋めることの出来ない、溝である。

端的に、セックスとは、勃起したペニスが、女の膣に入る、男のペニスを、膣に入れるという行為である。

よって、不能の男、つまり、インポテンツの男は、セックスが出来ないということになる。

勿論、例外はある。
性器結合だけが、セックスではないという、考え方もある。
それは、また別に論じることにする。

男には、不能があるが、不感症ということは、有り得ない。

そして、女には、不感症というものがあるが、性交不能ということは、有り得ないのである。

女の肉体は、いつでも、受け入れることが、出来るが、男は、勃起していなければ、挿入は、出来ない。
女は、どんな場合でも、男によって、肉体を開かれることが、可能である。

男は、勃起さえすれば、眠っている女とでも、死んだ女とでも、セックスは、可能である。
更に、男は、女を強引に、強姦することが、出来るが、女は、男を基本的に強姦することは、出来ないのである。

男が、その気にならなければ、女は、性的満足を得ることが出来ない。
それは、男の欲望が、攻撃的であり、能動的であるということである。逆に、女は、受身でいるしかない。
女が、攻撃的であるということは、男を、その気にさせるという、媚態のみである。

更にである。
セックスは、男の射精によって、終わるという、動かしがたい事実がある。
女が、エクスタシーを、感じなくても、男が、射精をすれば、セックスは、終わる。
更にである。
女が、満足しようが、しまいが、射精されてしまえば、女は、妊娠するという、生物学的、結果が、表れる。

男の性的満足が終わった後から、女の性的歩みが、始まるという、事実を無視出来ない。
女のエロスとは、何か。

男の、ペニスが、面に出ているということは、実に、男と女の関係に、不思議な、陰影を与える。

男は、物心ついた時から、ペニスを見て育つ。しかし、女は、ペニスが無く、膣は、体の中にあるという、決定的な、生物としての、違いがある。
これを、理解しなければ、話は先に進めない。

当たり前ということだが、その当たり前を、理解し、受容するには、時間がかかる。

女の子は、自分にペニスというものが無いということで、劣等感を抱くという、報告がある。

これから、女の性的役割が、受動態であり、女は、男の、能動態、つまり性的欲望の、客体になるという、事実が解る。

フロイトが言う、リビドーという観念は、性的欲望であり、それは、男に対するもので、女の、リビドーという観念は無い。

それでは、女に、欲望は無いとかといえば、そんなことはない。しかし、男の欲望とは、異質であるということだ。

男の欲望の元は、ペニスである。
ペニスの、リズムが、欲望である。

女の、セックスの主体性を、確立しようとすると、必ず、躓く。

女にも、色情狂という者がいると、言われるだろうが、女の色情狂の、裏には、不感症という、病理があるのだ。
奔放な性的行動を取る女は、その時期、不感症であると、言える。

奔放な女が、不感症ではないとすれば、そんな行為を、続けていれば、死ぬ。

男の、エロティズムを知る女は、レズにしか、見出せないはずである。
しかし、これは、特殊な場合であり、別に同性愛を書く時に、論ずることにする。

それでは、女のエロスに対する、本質的な、ものは、何か。

まず明らかなことは、女のエロティズムを支配する本質的な要素の一つが、自己の内部に欲望の芽を育てることではなくて、むしろ相手のうちに欲望を掻き立てることだ、ということである。まず相手の欲望を生ぜしめ、次いで自分もそれを共有する。だから女における欲望とは、一般に、彼女が相手の男の中に目覚めさせる欲望の函数である、と言うことも可能だろう。
澁澤龍彦

つまり、どんな、積極的な女でも、我が身を、客体化させて、はじめて、自身の欲望を達成させることが、出来るというもの。

女のセックスとは、だから欲望するものではなくて、本質的に欲望されるところのものである。
澁澤龍彦

女の、欲求不満は、一つの男の愛情と、その肉体と、ペニスによって、満たされる。しかし、男の場合は、そうではない。肉体の満足だけではなく、精神的、頭脳的な、満足を求めるのである。

それが、男と女の乖離である。

浮気は、男の性的特徴である。
どんなに、愛する女がいても、男は、別の女と、セックスすることが、可能である。
また、その、セックスは、愛する女とは、別のものなのである。
これが、男と女の、埋められない、小さな溝だと、私は言う。

セックス時における、男と、女の違いに、それが、明確にされる。
男は、眼を開いて、女の姿態を見て、興奮し、満足感を高めるが、女は、眼を閉じて、その快感に身を浸すのである。

これは、どうしようもない、溝である。

posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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