2008年08月19日

性について 19

快感と、快楽は、違う。
快感は、他の動物にもあるが、快楽を享受できるのは、人間だけである。

快楽とは、高等な、快適気分である。
快感とは、本能が満たされた時、まっとうされた時に感じる、快、であり、まっとうされない場合は、不快、となる。

快楽は、生理的な快感を超えて、幸福感を伴う。
これは、大脳化ゆえである。
つまり、脳が介入して、精神的快感というものに、変容するからだ。

単純であった、快感情報が、大脳化によって、情緒溢れる、快楽の世界を生み出す。
快楽主義者というものが、いるほどである。
これは、精神性の高さである。

何故、宗教が、快楽を制したか。また、罪意識を、植え付けたか。
個々人の、快楽を許すと、支配するのに、障害が出るからである。
禁欲という、掟によって、思考を停止させる。

信じきると、思考が停止し、兵隊のように、上官の命令だけに、従うようになる。
実に、恐ろしい、洗脳である。

話を続ける。

動物の脳には、神経と神経をつなぐ、シナプスが存在する。
シナプスで、情報を受け渡しするのが、神経ホルモンであり、そのホルモンが、快感を誘うものであれば、その神経を、快感系と、呼ぶ。

その、ホルモン、快感物質が、脳に現れるのは、脊柱動物である人間である。

脳が、感覚し、行動に命令を出す。
そのために、脳内の快感物質の一つに、麻薬物質がある。
これが、人間の最大の特徴であると、私は、思うのである。

自分の脳で、快感物質である、麻薬物質が、作り出されるという、驚きである。

それは、感性によって、なされる。
その、感性の、働きを、感受性という。

忍耐力、創造力を駆使する時に、脳内の麻薬物質が、威力を発揮することが、明らかにされている。

また、脳内麻薬物質と、免疫系との間にも、直接的な関係があり、免疫細胞が、DNAにより、究極的に、副腎皮質刺激ホルモンとか、ベータ・エンドルフィンを、作るということも、照明されている。

快感中枢の発見は、1954年であり、麻薬レセプターが、脳内にあることが発見されたのは、1973年のことである。

この、神経系のシナプスに介在するホルモンが、ドーパミンであることが、発見された。

快感神経には、鞘、がかぶっていない、というものも、特徴の一つ。
鞘、をかぶっていると、漏電する。そして、情報電流が、早く流れ処理が、非常に早くなる。

しかし、鞘を、持たない、快感神経の伝達速度は、毎秒、0,5メートルである。つまり、快感は、ジワーッと、込み上げるのである。
ドーンと、快感がくるのは、オーガズムの時だけである。

だから、セックスが楽しいものになる。
ジワーッとくる、快感を楽しむことが、出来るのは、人間だけである。

一変にくる快感は、交感神経性反応である。
それが、何度も繰り返されれば、命が、いくつあっても、足りない。

ゆっくりと、くる快感は、副交感神経が反応し、それは、ストレスを解消させ、やすらぎ感が、優位になる。
その時に出る、脳波は、アルファ波である。

ゆらぎ、という、大和言葉に、表される、感覚。

その時に、神経伝達をする、ホルモンである、快感物質が、爽快な感覚をもたらす。
中脳に、発した、快感神経は、性欲、食欲中枢のある、視床下部をかすめて、怒り、警戒、探索という、攻撃性と関係が深い、扁桃核と、そして、学習記憶の、海馬に、線維をのばして、上昇する。

この、視床下部、扁桃核、海馬は、古い皮質に属する。
他の動物と、同じである。つまり、大脳辺縁系の本能が満たされるという、素朴な、快感である。

だが、人間は、さらに、新しい皮質系へと、上昇し、精神活動と、関係の深い、大脳新皮質系に、快感情報を、放射状に、広範囲に、広げるのである。

豊かな、セックスは、脳内に、麻薬物質を、作り出すといえる。
その、努力をせずに、薬物の麻薬を、取り込むという、暴挙は、実に、愚かである。

それは、脳内で、作り出すことの出来る、脳内麻薬を、作り出せなくなるということになる。
脳も、適応するものであるから、他から、麻薬物質を、取り込むと、麻薬物質を、作り出すのが、難しくなる。

安易に、薬物による、麻薬物質を、取り込むと、精神が荒廃し、脳内の機能も、混乱し、果ては、機能不全に陥る。
更に、他の脳内の機能が、不全になると、人格まで、破壊することになり、そうなると、廃人同様になる。

薬物麻薬を、用いて、セックスをすると、最初は、絶大な快感を得るが、次第に、量を求めるようになる。慣れるからである。
そして、通常の、人間らしい、セックスでは、満足しなくなり、最も人間の根源的な、快感感覚を、破壊してしまうのである。

自分で、脳内の麻薬物質を作るには、いくら作り出しても、いいのである。
それが、自然な麻薬効果なのである。

よりよい、セックスにより、麻薬物質を出して、有意義なセックス生活を送ること、それが、生きるということでもある。
性欲が、本能ではなくなり、実に、人間性溢れる、存在の確たるものになる。
快楽、それは、人間性の回復となるものである。



posted by 天山 at 00:00| 性について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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