2008年08月08日

神仏は妄想である 109

真宗には智者も学者も輩出しているけれども、ああ言えば異安心、こう言えばお聖教に抵触すると、小さい凡智の神経を尖らして蝸牛角上の闘争をつづけているけれども、それは御教化を敷き写しをしているにすぎない、不思議の仏智と一体になっていないから、如来聖人の真意を読破することができない。
大沼法龍 昭和歎異抄

真宗に限らず、宗派の教学学者という者がいる。
実際、学問には、程遠いものであるが、学問の一つだと、思い込んでいるのが、実に、不思議である。
キリスト教神学にしても、学問の一つだと、信じて疑わないのである。

教学は、学問の分野に入れて、語るものではない。
何故なら、それらは、すべて、妄想の産物、創作想像の産物だからだ。
しち面倒な、言葉の数々を覚えて、教学試験などとやっている、宗教もあるが、笑いものである。

それらを、覚えても、何一つ、人生の役には立たない。いやいや、役に立つ者がいる。それを、生活の糧にしている輩である。

各宗教の大学などでは、堂々と、学問として、仏教学などを、講じているという、仰天である。

曹洞宗系の、ある大学に行っている、一般の学生から、聞くと、僧侶になるために、入学してきている者、多数。しかし、あれらの行状を見ていると、寺に金を出す者たちが、本当に、可愛そうである、いや、哀れであるという。
寺の住職を継ぐ者なのであるのか、低能と思えるほどの、頭でも、入学しているというから、呆れる。

要するに、惰性である。
血脈に継がせるということ、自体、すでに、崩壊である。

だから、と、大沼氏は書く。
新興宗教の荒波に巻き込まれている真宗の御門徒を、傍観するのみであって、救済することができない。信仰の悩みを開化するのではなく、絢爛たる儀式に眼を剥けさすことに腐心しているから、儀式が終われば淋しいから低級の物欲の宗教に狂わされてゆくのであります。

これは、昭和歎異抄の、はしがき、である。
それ以降の、内容については、甚だしく、真宗の専門的な、教義になるので、書くことができない。
それを、説明するだけでも、とんでもない、分量になる。

上記、冷静に判断すれば、実は、浄土真宗というものも、新興宗教である。
親鸞が起こしてから、どれくらいの、時間を経ているのか。
低級の物欲の、宗教に狂わされているというが、それは、お互い様である。

何の根拠も無い、戒名などをつけて、暴利を貪る。
ご供養と称しての、寄付や、献金からはじまり、何かにつけて、金を集める。
他の、新興宗教と、何ら変わらないのである。

ただ、このように、宗旨の教えに、憂いを持ち、宗派に、反省を促す者を、追放するという、浄土真宗の、その様が理解できるというものだ。

真宗の御門徒を、傍観するだけで、救済しないと言う。
ここで言う、救済とは、親鸞の、教えに対するものであり、救済観というものは、その、宗派によるものである。

実に、宗教家は、救うという言葉が、好きなようである。

門内にいては長いものに巻かれよで、体験を語ることさえもできない不自由さで、
気迫もなければ発展もない、ただ他力無力で安逸を貪り、死後の夢を見ているにすぎない。不思議の仏智に目覚め批判をし、鉄槌を加えても、無明の酒に酔いつぶれているものには悪口としか聞こえないのだから、どうせ弥勒の出世を待つまでは流転をつづけなければなりますまい。
と、言う。

禅宗の、真っ当に住職をしていた僧が、檀家ために、金のかからない、納骨堂の建設を始めると、まさに、金にならないと、住職を追放するという。
私は、実際、その住職が、貧しい人のために、葬儀の導師を務めたのを、見ていたことがある。

宗派にとっては、救いとなるような、僧侶を、宗門に従わないと、追放する、その根性は、どこからのものか。

組織になると、手のつけられない、団体になるのが、宗教団体である。

既成宗教も、新興宗教も、変わりない。

鎌倉時代は、真宗も、新興宗教であった。
さらに、道元の曹洞宗、日蓮宗も、そうだ。
実際、大乗仏教からして、新興宗教である。

大乗仏典を、検証して、その誤りを正すという者がいないのは、既得権益の旨味である。
安穏としても、檀家がいる限り、生活は、豊かで、何の心配もない。
信徒が、年金生活で、あくせくしていても、自分たちは、何の問題も無いのである。

信徒たちの、生活と、大きく掛け離れたところにいて、のうのうと、仏の教え、救いの教えという、大嘘を説いているという様である。
更に、自分たちも、極楽に往生するか否かも、定かではない。

勿論、霊界に、極楽という世界は無いから、どうしようもないのだが。

大乗仏典の、大御所、竜樹などの著作を読めば、仏教で言う天上界とは、魔界であるとの、説を、知らないという、愚かさである。

第六天の魔王が支配する世界が、仏教の天上界である。

阿弥陀様のいる、極楽という、世界は無いのである。

観仏という、行法によって、極楽の様を、観るという、念仏行があるが、お経に書かれた、その様子を、目の前に、まざまざと見るという、修行である。
話にならない。
妄想の世界に浸れということである。

死んだら、そこに生まれると、信じよと言う。
あまりに、哀れで、ならない。

この方は、
死んで生まれるなら浄土宗、いま生まれた平生業成の浄土真宗であります。
と言う。

明らかに、法然の念仏と、親鸞の念仏を、区分けしている。

そして、延々として、親鸞の教え、浄土真宗の教義を、語る。
それは、それとして、善し。

私は、次に移ることにする。

ただ、要するに、教義の中の七転八倒であり、そこから、抜けていないのである。
親鸞が、作り出した、妄想、それを、信仰の深さと、解釈するのは、勝手なことだが、その中での、議論なのである。
議論のための、議論としか、思えないのである。

仏とは自覚覚他窮満、宇宙の真理を諦得し、無著無碍の境地、神通自在を得たから、常楽我浄の迷夢で我執をつづけ、流転をつづけている一切郡生を開覚せしめ、自分と衆生とが一体になろうと活動をつづけておられる方を、仏というのであります。

頑固明朗である。
頑固さが、明朗であるという。
ここまで、迷いを教えられ、仕込まれたら、元に戻らないだろう。

あくまでも、仏と、衆生を対立させ、その、一体を願うことが、救いだと、信じている。
それを、涅槃を願うとも言う。

宇宙の真理を、体得し、神通力を得て、自分と衆生が一体と、なるべく活動を続ける存在が、仏だと言うのである。

インドで、生まれた一人の人間の、物思いに、ここまで、酔うという、哀れは、ただ事ではない。これを、迷いと言う。

仏陀は、生まれて死んだのである。
そう、仏陀も、人間である。
超越した者ではない。
人生を思索し続けた人である。ただの、人である。だから、慕わしいのである。



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もののあわれ270

人々、「いづこよりおはしますにか、悩ましげに見えさせ給ふ」など言へど、御帳のうちに入り給ひて、胸を押さへて思ふに、いといみじければ、「などて乗り添ひて行かざりつらむ。いかなるここちせむ。「見捨てて行きあかれにけり」と、つらく思はむ」と、心まどひのうちにも思ほすに、御胸せきあぐるここちし給ふ。御ぐしも痛く、身も熱きここちして、いと苦しくまどはれ給へば、「かくはかなくて、我もいたづらになりぬるなめり」と、おぼす。



女房たちは、どこからお帰りやら。ご気分が悪いようです。などと、言う。
黙って、御帳台の中に、お入りになる。
胸に手を当てて思うと、どうにも、たまらなくなり、どうして一緒に乗ってあげなかったのかと、生き返ったとしたら、どんな気がしよう。見捨てていかれた、薄情者だと、思うだろう。心騒ぐ中にも、そう思われる。
胸がつまり、頭も痛くなり、熱もあるようである。
とても、苦しく、このように元気がないとは、自分も、死んでしまうのではないか、と思うのである。


かくはかなくて 我もいたづらになりぬるなめり
このように辛くては、我も、死ぬのかもしれない。

女の死に、自分の死を、考える。

心まどひのうちにも
心の、惑い、動顚である。


日たかくなれど、起き上がり給はねば、人々あやしがりて、御かゆなどそそのかし聞ゆれど、苦しくて、いと心ぼそくおぼさるるに、内より御使ひあり。きのふえ尋ね出で奉らざりしより、おぼつかながらせ給ふ。おほい殿の君だち参り給へど、頭の中将ばかりを、源氏「立ちながら、こなたに入り給へ」と宣ひて、みすのうちながら宣ふ。


日は、高くなったが、起き上がりされないので、女房たちは、変だと思いつつ、食事をお勧めするが、君は、苦しく、心細くいらっしゃる。
そこに、宮中から、お使いが、ある。
昨日、お捜し出せなかったので、主は、ご心配あそばす。
大臣の家の若君方が、お出でになったが、頭の中将だけを呼び、立ったまま、こちらに、お入りくださいと、言う。
御簾を隔てたままに、おっしゃる。


源氏は、正式な衣装に着替えることも、できなかったのだ。
それ程、衝撃的事件だった。



源氏「めのとにて侍る者の、この五月のころほひより重くわづらひしが、かしらそり忌む事うけなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、このごろまたおこりて、弱くなむなりたる、今ひとたびとぶらひ見よと申したりしかば、いときなきよりなづさひし者の、いまはのきざみに、つらしとや思はむ、と思う給へてまかれりしに、その家なりける下人の病しけるが、俄に出であへでなくなりけるを、おぢ憚りて、日を暮らしてなむ取り出で侍りけるを、聞きつけ侍りしかば、神わざなるころいと不便なる事と、思う給へかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、しはぶきやみにや侍らむ、かしらいと痛くて、苦しく侍れば、いと無礼にて聞ゆること」など宣ふ。



乳母である者が、この五月から、重病でありましたが、髪を下ろし、戒を受けて、その効験で、生き返りました。
しかし、近頃、再発して、弱ってしまい、もう一度、見舞ってくれと申すので、幼い時からの、関係であり、臨終の時に、薄情者と、思われると、考えて、参りました。
すると、その家にいた、下人で、病にあった者が、外へ出す間もなく、急死してしまいました。
それを、恐れつつしんで、日が暮れるのを待ち、担ぎ出したことを、耳にして、神事の多いこの頃の事、不都合千万と、恐れ多く感じて、参内せずにいたのです。
今朝、明け方から、風邪でしょうか、頭が痛く、苦しいものですから、はなはだ失礼でしたが、申し上げる次第です。と、仰る。


いと きなきより なづさひし者の
幼き頃からの、親しんでいた者
神わざなるころいと 不便なる事と
神わざ、とは、神事である。九月は、神事が多い。
死の、けがれは、三十日間である。

無礼、ぶらい
ぶれい、ではない。礼無き様をいう。



中将、「さらば、さるよしをこそ奏し侍らめ。よべも御遊びに、かしこく求め奉らせ給ひて、御気色あしく侍りき」と、聞え給ひて、立ち返り、中将「いかなる行き触れにかからせ給ふぞや。のべやらせ給ふ事こそ、まことと思う給へられね」と言ふに、胸つぶれ給ひて、源氏「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬけがらひに触れたるよしを奏し給へ。いとこそたいだいしく侍れ」と、つれなく宣へど、心のうちには言ふかひなく悲しき事をおぼすに、御ここちも悩ましければ、人に目も合はせ給はず。蔵人の弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせ給ふ。おほい殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御せうそこなど聞え給ふ。



中将は、それでは、その旨を、奏上いたしましょう。
昨夜も、音楽の際に、しきりに、お捜しあそばして、ご機嫌、ななめに拝しました。
と、申し上げて、一度立ったが、また、引き返して、どうした、けがれに、出会いましたのやら。お話の内容は、事実とは、思えません。と言う。
源氏は、ドキッとして、詳しい内容ではなく、ただ、思いがけない、穢れに、出合ったとだけ、奏上してください。
まことに、申し訳ないことです。
何気なく、仰るが、ご心中は、言葉にもならない、悲しみが、込み上げてくる。
ご気分も、勝れず、相手の視線を、受け止めることもできないでいる。
中将と、同行して来た、蔵人の弁を、呼び寄せて、この事情を、奏上するように、しっかりと、仰せになる。
大臣宅にも、こういう事情で、参内できないと、お手紙など、差し上げるのである。

行き触れに かからせ 給ふぞや
穢れたところに、行きあったということ。

いとこそ たいだいしく
怠怠、である。
不心得、持っての他である。

ここで、源氏の、状況が、よく見えるのである。
その立場と、地位である。

蔵人 くらんど の弁
役職の、位である。
太政官の弁局の、中弁とか、少弁とかを、いう。
更に、蔵人を、兼ねる者である。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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