2008年08月12日

もののあわれ274

あやしう夜ふかき御ありきを、人々、「見苦しきわざかな。このごろ、例よりも静心なき御しのびありきの、しきるなかにも、きのふの御気色のいと悩ましうおぼしたりしに、いかでかくたどりありき給ふらむ」と、嘆きあへり。



あやしう深夜の、お出歩きを、女房たちは、みっともないことです。この頃、いつもより、そわそわして、お忍び歩きが続いていますが、昨日は、特に、ご気分がすぐれない様子でしたのに、どうして、ふらふらと、お出かけ遊ばすのでしょう、互いに嘆きあう。

あやしう
怪しい、出歩き。
不可解な、である。



まことに、臥し給ひぬるままに、いといたく苦しがり給ひて、ふつかみかになりぬるに、むげに弱るやうにし給ふ。内にも聞こしめし嘆くこと限りなし。御祈り、かたがたにひまなくののしる。祭り、祓へ、修法など、言ひ尽くすべくもあらず。「世にたぐひまなく、ゆゆしき御ありさまなれば、世に長くおはしますまじきにや」と、あめの下の人のさわぎなり。



お休みなさったまま、酷く苦しがり、二三日のうちに、大変な衰弱の様子である。
帝も、それを、聞いて、大変、限りなく、嘆いていた。
ご祈祷は、方々で、ひっきりなしの、大騒ぎである。
祭り、祓え、修法など、言い切れない有様である。
またとない、ご立派な方であるゆえに、長生きしないのではないかと、天の下、つまり、民が、騒ぐのである。


ゆゆしき御ありさまなれば
特別の立派なお方である。
通常ではない、御人である。



苦しき御ここちにも、かの右近を召し寄せて、局など近く賜ひて、さぶらはせ給ふ。惟光、ここちもさわぎまどへど、思ひのどめて、この人のたつきなしと思ひたるを、もてなし助けつつ、さぶらはす。君は、いささかひまありておぼさるる時は、召し出でて使ひなどすれば、ほどなく交らひつきたり。ぶくいと黒くして、かたちなどよからねど、かたはに見苦しからぬ若人なり。



苦しい中でも、あの女の、右近を、召しだし、部屋などを近くに与えて、お召し使えとされる。
惟光は、動顚し、狼狽するが、心を落ち着けて、右近には、拠り所もないと思い、色々と世話をして、お仕えさせる。
君は、少しでも、気分がよい時は、呼び出して、使ったりするので、次第に、御殿にも、馴染んだである。
喪服を、濃い黒で、固めて、器量などは、それほどではないが、見られないほどの姿ではない、若い女房である。


ぶくいと黒くして
喪服のこと。
特に、黒々とした喪服である。

かたはに見苦しからぬ若人なり
見られないという程の、器量でもない。若い人である。
その前に、かたちなどよからねど、とある。これは、器量は、それほどてもないという。



源氏「あやしう短かかりける御契りにひかされて、我も世にえあるまじきなめり。年頃の頼み失ひて、心ぼそく思ふらむなぐさめにも、もしながらへば、よろづにはぐくまむとこそ思ひしか、ほどもなく又たちそひぬべきが、口をしくもあるべきかな」と、忍びやかに、宣ひて、弱げに泣き給へば、いふかひなき事をばおきて、いみじく惜し、と思ひ聞ゆ。


源氏は、不思議に、短い縁にひかれて、私も、とても、生きていけないような気持ちだ。
長年の頼みの綱を、失い、心細く思うだろうが、それを、慰めるためにも、もし生き永らえたら、一切、面倒を見て上げようと思った。
しかし、自分も、間も無く、後を追いそうな、気がする。
残念なことだと、小声で仰り、傍目にも、弱々しく泣くのである。
言っても、甲斐のないことだが、たまらなく、悔しいと、思い直すのである。


よろづにはぐくむこそ
後の、すべての、面倒をみる。
通常は、育てるのである。

しかし、ほどなく又たちそひぬべきが
ほどなくして、我も、たちそひぬべき、か、である。
立ち添いぬべきか、とは、誰にか。それは、死んだ女にである。つまり、自分も、死ぬのではないかと、思うのだ。

それ程、源氏は、弱い男である。
女の死が、源氏には、耐えられない程の、恐怖になった。
死を知らない者である。


このような、源氏の、後に残された者に対する、思いをもって、本居宣長などは、もののあはれ、というものを、観たようである。
人と人の、慈愛の関係にある、もののあはれ、である。

人と人の、機微から観る、もののあはれ、というものも、ある。
心の、細やかさである。
それは、心を砕くこと、相手に、共感し、そして、その心を共生しようとする。

しかし、私は、それ以上に、紫式部の筆の、風景と、情景に、もののあわれ、というものを、観るものである。

確かに、我も世にえあるまじきなめり、と、痛烈な思いに駆られる。
それは、源氏の若さゆえであろうし、作者である、紫の思いでもあろう。
夫を、亡くした後の思いを、ここに、込めるのである。
人の死は、実に辛いものである。
その後に、残された者は、どのように生きればいいのか。
実際、我が身も、死にたいと思うのである。
しかし、生かされるまで、生きなければならない。

人の死を実感として、感じた作者の思いが、込められている。

人の死ほど、もののあわれ、を、感じるものはない。
どうしようもないもの、それは、人の死である。
その、死を、どのように、受け止めるのか。
それが、もののあわれ、という心象風景の、行くべき先であろう。



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神仏は妄想である 113

親鸞の信仰の深さは、賜りたる信仰という言葉に達した。
どこかで、聞いたような言葉である。

主イエス言う。
あなたが私を選んだのではなく、私があなたを選んだのである。

要するに、神への信仰も、実は、与えられてあるということである。

キリスト教に、似ていると、言われる所以である。

ユダヤ教にあった、イエスは、ユダヤ教における、救いというものを、見ていた。
しかし、親鸞は、どこから、救いという観念に、まみれたのか。

親鸞の年代を追ってみると、まず、出家して比叡山に入った時、9歳である。
平家が壇ノ浦で滅亡したのは、13歳。衣川合戦で、藤原三代の滅亡した時、17歳。鎌倉幕府が成立し、頼朝時代から実朝が暗殺された時、47歳。承久の変の時、49歳。
さらに、この間に、法然と共に、流罪となり、親鸞は、35歳から39歳の間、越後国府にあり。

亡くなる90年間のほとんど、半分は、内乱を見ていたことになる。
特に、源平合戦の後のことなど、身近に聞いたことであろう。
更に、自然災害などを、見ている。
内乱と、乱世の、思いに、あって、人間の様を、観続けたのである。

当然、人間とは何か、そして、仏教の教えを、信じても、互いに仏に祈りつつ、殺しあうという、人間の様に、救いというものを、考える以外になかったと、思える。
浄土信仰は、平安期からあった。
念仏信仰も、平安期からあった。
しかし、法然により、念仏一つで、善しと、宣言される、鎌倉仏教の、選択、せんじゃく、仏教が生まれる。

それもこれも、救われるためである。

最初に、私は、何故、救われようとするのかと、言った。
何故、極楽に往生しなければ、ならないのかと、言った。
それは、時代性である。

今、親鸞の教えは、一つの情報である。
信仰を、考えるというより、生き方の、一つの情報となっている。
それも、時代性である。

日本人の七割は、宗教を信じないという、統計がある。
それを、嘆くのは、集金が出来ない宗教団体である。

実に、七割の人、宗教を信じないということは、宗教団体を信じないということである。それを、宗教団体は知らない。

日本人は、潜在的に、信仰深い民族である。
宗教という観念は、必要ない。伝統として、それを、持つのである。

心だに 誠の道に かないなば 祈らずとても 神や守らん
菅原道真

お天道様に、顔向けできる生き方をしていれば、神は、祈らずとも、守るのである。
それ、日本人の、真骨頂である。

宗教団体を信じていなくても、十分に生きられる。
それを、精神的に未熟だというのは、欧米の思想に侵されているか、または、会員を増やしたい、宗教団体である。

われらが心のよきをばよしとおもひ、あしきことをばあしとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことを知らざることを、おほせのさふらひしなり
歎異抄で、唯円が言う。
それは、親鸞が
なにごとも、心にまかせたることならば、往生のために千人殺せといはんに、すなはち殺すべし。しかれども一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わが心のよくて殺さぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人を殺すこともあるべし。
を、受けての、唯円の、思いである。

往生のために、千人殺せと言われても、殺す縁がなければ、殺すことは出来ない。また、殺すと、思わずとも、殺してしまう縁もある。
因縁である。
これが、賜りたる信仰に、行き着く。

絶対他力は、絶対帰依である。

それを、支えるのは、罪意識である。
そして、救われたいという意識である。

この、罪意識は、仏教によって、もたらされたものである。
そして、そこからの、救いという観念も、そうである。

仏教は学問としてあった。当時は、中国の書物をもって、ものならふ、学問と、言った。
学問は、定義と、観念の産物である。

その枠の中での、思索である。
だから、弥陀の誓願の、第18
もし我仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽し、我が国の生ぜんと願じて乃至十念せんに、若し生ぜずば正覚をとらじ。唯五逆と正法を誹謗することをば除く

親鸞は、この、最後の、唯五逆と正法を誹謗する者を、除くという言葉に、思索を深める。
皆、救うというのに、五逆と正法を誹謗する者は、除くというのは、如何なることかと。

これも、観念の中での、七転八倒である。

スポーツのルールのように、定められたことに、疑問を生ずるということ。
スポーツなら、理解するが、人間の生きることになると、定義され、定められるのいうのは、国家以外に、必要ないことである。

皆、救われるという、悉皆成仏という思想は、最澄の天台のものである。
すべてのものに、仏性があるという、とんでもない勘違いの思想である。

大乗の唯識を、極めた三蔵法師玄奘の、法相宗では、無性の人ありとする。つまり、仏に成れない人ありと、する。
大乗仏教が、すべての人を救うというのは、実は、嘘なのである。

真面目な者、細部までに、拘り、仏典の細部に滞る。
結局、仏典にも絶望を感じて、物思いを捨てて、行き着くところ、賜りたる信仰になった。
つまり、弥陀の本願という、定義に、振り回されて、それも、人の創作したものである、それに、くたくたにされたのである。

このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり
歎異抄

ついに言ったのである。
もう、念仏を信じても、信じなくても、皆々、好きなようにしてください。

行き着くところに、行くと、そういう言葉になる。
好きにいたせ、である。

それを、深いとか、親鸞の心の広さである等々、解釈するのは、勝手であるが、必ず、絶対他力は、そこに行き着く。

つくべき縁あればともなひ、はなるべき縁あれば、はなるる

親鸞は弟子一人もたずさふらふ

縁があれば、そうなるし、無ければ、そうなる
親鸞は、弟子一人も、持たない

無かったものを、在ると信じて、考えていたのであるから、最終的に、それらを、すべて捨てることで、元に戻り、自己回復するのである。

親鸞は、和讃を多く詠んだ。
和歌の形式である。

大和の歌道の形式で、その、思索の様を歌った。
結局、大和心に、抱かれていたのである。

仏法という、旅をして、故郷に戻ると、故郷の山は、川は、変わらずに、迎えてくれたのである。
さて、親鸞は、それを自覚していたとは、思われない。
どんなに、七転八倒しても、いつも、故郷である、天地自然は、抱いていた。
人間の観念遊びも、その前には、無に等しい。

仏法という、ルールの中で、よくやったと思う。
鎌倉仏教は、日本の思想史の、始まりである。

日本には、思想がないと言う者、大勢いたが、実に、見事に、思想を成したのである。

日本の思想史を、書き表す若者の、出現を待つ。

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2008年08月13日

もののあわれ275

殿のうちの人、足を空にて思ひまどふ。うちより御使ひ、雨の脚よりもけに繁し。おぼし嘆きおはしますを聞き給ふに、いとかたじけなくて、せめて強くおぼしなる。大殿もけいめいし給ひて、おとど日々に渡り給ひつつ、さまざまの事をせさせ給ふしるしにや、廿日あまりいと重くわづらい給ひつれど、ことなるなごり残らず、おこたるさまに見え給ふ。


御宅の人々は、足も地につかない様で、おろおろとする。
宮中から、お使いが雨の脚よりも、更に、しきりに来る。
主が、お嘆きになっているとのことで、まことに、恐れ多く、しいて、元気を奮い起こす。
大臣たちも、世話をし、大臣自身が、おこしになって、色々なことを指示されるかいもあり、二十日ほど、重く、おわずらいになっていたが、余病も出ずに、快方にお向かいした様子である。


けいめいし給ひて
これは、経営である。
意味は、精出して励むという。

ことなるなごり残らず
別の病気などは、無かった。

おこたるさまに
善い方向に向かった。
病が、怠るのであるから、病が無くなるのである。



けがらひ忌み給ひしも、ひとつに満ちぬ夜なれば、おぼつかながらせ給ふ御心わりなくて、内の御とのい所に参り給ひなどす。大殿、わが御車にて、迎へ奉り給ひて、御物忌み、何やと、むつかしうつつしませ奉り給ふ。我にもあらず、あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしはおぼえ給ふ。



穢れを、忌み、ちょうど一緒に済まされた夜が、お所上げである。
ご心配あそばす、主のお心も、恐れ多く、宮中の私室に、お上がりなさる。
大臣は、自分の車で、お迎えなさって、御物忌みや、何やかにやと、厳重に、慎みを、おさせになる。
まったく、夢のようで、別の世界に、生き返るような、気分であった。

あらぬ世によみがへりたるやうに
別の世界に、生まれ変ったような、気持ちである。


穢れとは、死の穢れである。
三十日目に、病気も、治ったのである。
それは、死の穢れも、終わる日であった。


当時の人は、実に、素直であったと、思う。
そのようなものと、言われれば、そのような、気持ちになるのである。
情報量の少ない時代である。
それを、察する記述である。



九月廿日の程にぞ、おこたりはて給ひて、いといたくおもやせ給へれど、なかなかいみじくなまめかしくて、ながめがちに、ねをのみ泣き給ふ。見奉りとがむる人もありて、「御もののけなめり」など言ふもあり。


九月二十日の頃に、御全快なさり、とても、酷くおやつれになったが、かえって、素晴らしく美しく、とかく、外をぼんやりと、眺めては、声を上げて泣いている。
それを、見かけて、怪しむ女房もあり、御物の怪ゆえだろう、などと言うのである。



右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に物語りなどし給ひて、源氏「なほ、いとなむあやしき。などて、その人と知られじとは、隠い給へりしぞ。まことにあまの子なりとも、さばかりに思ふを知らで、隔て給ひしかばなむ、つらかりし」と宣へば、右近「などてか深く隠し聞え給はむ。はじめより、あやしうおぼえぬさまなりし御ことなれば、「うつつともおぼえずなむある」と宣ひて、御名隠しも「さばかりにこそは」と聞え給うながら、「なほざりにこそ紛らはし給ふらめ」となむ、うき事おぼしたりし」と聞ゆれば、源氏「あいなかりける心くらべどもかな。我は、しか隔つる心もなかりき。ただかやうに人に許されぬふるまひをなむ、まだ慣らはぬ事なる。うちに諌め宣はするをはじめ、つつむこと多かる身にて、はかなく人にたはぶれごとを言ふも、所せう取りなし、うるさきこと多かる身の有様になむあるを、はかなかりし夕べより、あやしう心にかかりて、あながちに見奉りしも、「かかるべき契りにこそはものし給ひけめ」と思ふも、あはれになむ、又うちかへし辛うおぼゆる。


右近を呼び寄せて、お暇な夕暮れ時、世間話などをする。
源氏は、やはり、どうしても、変だと思う。
何故、誰なのかと、解かられまいと、隠していたのか。
本当に海女の子であるにしても、あれほど、私が恋しく思っていることを、察しないで、水臭くしているのは、辛かった。と、仰る。
右近は、どうして、そんなに隠し申しなさることが、ありましょう。
おなじみも浅く、いつの折にも、大したものではない、お名前を、お耳に入れましょう。
最初から、腑に落ちず、思いもかけない方ですので、夢でも、見ている気持ちがすると、仰って、あなた様が、お名前を隠していられるのも、たぶん、いい加減に、あしらっているのでしょうと、辛く思っていたようです。と、申し上げる。
源氏は、つまらない、意地の張り合いだった。
私は、そんなに、隔てを置くつもりはなかった。
ただ、こんなふうに、皆に、止められている、忍び歩きは、初めてのことだった。
主が、お叱りあそばすのを、はじめに、遠慮の多い、この身では、少し、誰かに、冗談を言いかけても、大袈裟に、受け取られて、取り上げられる、うるさいほどの、身分なので、あの、ふっとしたことのあった、夕べから、不思議に気になって、無理やりお会いしたことも、このような、宿縁だったのだろう。
懐かしくも、辛くも、思われる。


あはれになむ
この場合は、懐かしくと、訳してみる。
切なくでも、いい。



かう長かるまじきにては、などさしも心にしみて哀れとおぼえ給ひけむ。なほ詳しく語れ。今はなにごとも隠すべきぞ。七日七日に仏かかせても、誰がためとか心のうちにも思はむ」と宣へば、右近「何か隔て聞えさせ侍らむ。みづから忍び過ぐし給ひし事を、なき御うしろに、口さがなくやは、と思ひ給ふるばかりになむ。親たちははやうせ給ひにき。三位の中将となむ聞えし。いとらうたきものに思ひ聞え給へりしかど、我が身のほどの心もとなさをおぼすめりしに、命さへ堪へ給はずなりにしのち、はかなきもののたよりにて、頭の中将なむ、まだ少将にものし給ひし時、見そめ奉らせ給ひて、みとせばかりは心ざしあるさまに通い給ひしを、こぞの秋ごろ、かの右の大殿より、いと恐ろしき事の聞え、まうで来しに、ものおぢわりなくし給ひし御心に、せむかたなくおぼしおぢて、西の京に御めのとの住み侍る所になむ、はひ隠れ給へりし。



こんなに、短い縁だったのに、何故、あんなに、しみじみと、愛しく思われたのか。
もっと、詳しく、お話したかった。
今は、何も、隠すことはない。
名前を知らなければ、七日七日に、仏像を描かせても、誰の冥福を祈るのかと、心の中でも、思うと、仰る。
右近は、何のお隠し申しましょう。
ご本人が、仰らなかった事を、お亡くなりになった後で、口軽くしてはと、思っただけです。
ご両親は、もう、お亡くなりになりました。
三位中将と、申されました。
とても、可愛がりましたが、運の思うように、いかないことを嘆いていました。
ご寿命までも、思うに任せず、早く、お亡くなりになりました。
その後、ふっとした、ご縁で、頭の中将様が、まだ少将でいらした時に、お通いはじめて、三年ほどは、お情け深く、お通いなさいましたが、去年の秋ころ、あの、本妻の、右大臣様の方から、とても、恐ろしいことを申しておいでで、怖がりの性分ですので、わけもなく、怯えて、西の京に、御乳母が住んでいます所に、こっそり、忍ばれました。



それもいと見苦しきに、住みわび給ひて、山里にうつろひなむとおぼしたりしを、今年よりはふたがりけるかたに侍りければ、たがふとて、あやしき所に物し給ひしを、見あらはされ奉りぬる事と、おぼしく嘆くめりし。世の人に似ず、ものづつみもてなして御覧ぜられ奉り給ふめりしか」と語り出づるに、「さればよ」と、おぼしあはせて、いよいよ哀れまさりぬ。


そこも、あまりの、むさ苦しさに、住みづらくなりまして、山里に、引越しをなさろうとしましたが、今年からは、方角が悪いということで、方違えとして、妙な所にお出でになり、見つけたことを、嘆いていました。
普通の方とは、違い、ご遠慮あそばして、お慕い申していると知られたら、お会わせする顔もなくなると思いで、お顔には、出さないようにして、お迎えして、いらしたようです。と、話すのである。
それじゃあ、矢張りと、思い合わせて、益々、愛情が増すのであった。


この段では、哀れという言葉が、何度か、出てくる。
あはれ、ではなく、哀れと、漢字である。
あはれ、と、哀れは、違いがあるのかと、思えば、そうではない。

あはれ、も、哀れも、同じ意味である。
使い分けをしている訳ではない。
しかし、哀れの場合は、憐れに、近い感覚である。

ふたがりけるかた
方角が悪い場所である。
そして、それは、当時、たがふ、という、方違えという、方法を取る。
つまり、悪い方角に行く前に、その方角を、善い方角に変える意味で、悪い場所かせ、善い方角になる、場所へ、一端移り、そこから、悪いという、方角に向かう行為である。

陰陽道による。

源氏は、右京から、女の素性を、聞くことになる。
それを、聞いて、益々と、女を愛しいと思うのである。

頭の中将とは、源氏の妻の兄である。
また、面白くなってきた。

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神仏は妄想である 114

念仏申さんと思い立つ心のおこるとき

親鸞は、心の動機を言う。
そして、その、念仏申すという心の動きは、どこからくるのかといえば、賜りたるものという。

我の信仰ではなく、信仰するという心も、あちらから、つまり、弥陀の本願から出るものである。

主イエスも、やはり、私があなたを、選んだという。それも、賜りたる信仰に、昇華する。

主体は、客体になり、主体と、客体が、混合して、行き着くところが、これ、である。
これも、心身脱落である。
後で、道元のところで、書くが、皆、この、心身脱落をもって、よしとする。また、それを、求める。
心身を脱落して、弥陀の御手に委ねる。
神の御手に、委ねる。

信仰の行き着く先は、そこである。
それは、計らい、はからい、を、捨てた時に、現れる心象風景なのである。

これを、語ると、また、延々とした議論になるので、省略するが、計らい、というものを、排除して、成り立つという、宗教心情の、極みである。

勿論、計らいを、捨てたという、計らいは、残る。
だから、その、計らいというものも、捨てる。捨てて、捨てて、すべてを、捨てるという境地に至る。

そして、南無阿弥陀仏が、南無阿弥陀仏を唱えるという、境地に至る。

ホント、ご苦労さんなことである。

蒔きも、刈り入れも、捕ることも、造ることもせず、ただ、言葉の遊びに、始終して、救いだ、往生だという。
それを、今の今まで、している。
当時は、それが、学問であるから、その時代性、時代精神があったから、まだ、理解は、するが、現在、それも、情報の一つである。

人間の妄執というものは、とんでもないことだと理解出来るのは、共産国で、細々と、続けられる信仰を見る時である。

ロシア正教会を、みる。
聖職者ではない。
彼らは、同性愛の隠れ蓑にし、更に、一人の女では、収まらない者が、聖職者となり、幾人もの女との、関係を持ち、子までなすという、彼らのことではない。また、同性愛を、否定するものでもない。

宗教を否定する、国家にあっても、民衆が、信仰を必要とすることである。

どんな状態下にあっても、祈るものを、欲するという、悲しみである。
私は、これは、人間の歴史の定めだと、思っていた。

いつか、私は、何故、人は、祈るのかと、疑問を投げかけた。
そして、人は、何故、救われたいと思うのか。
そして、その救いというものは、何か。

何故、いかなる理由があって、救いを、求めるのか。
すべて、観念による。

何一つ、実体は無い。

キリスト教国の、政治を見ると、キリスト教徒の団体が、政党を、作る。それが、最も、現実味があり、宗教活動より、政治活動の方が、実際的である。
そして、さらに、イデオロギーというものが、なければ、成り立たない、人種というものがいるのである。

どうしても、言葉で、語るというものが、必要な者がいる。
また、最初に、思想である、イデオロギーである、言葉が必要だと言う。
それから、事が始まるのである。

それを、多く負うのが、宗教である。
哲学や思想も、それらに、理由される。
キリスト教神学は、ギリシア思想を持って成った。カトリシズムである。そして、それに、対抗し、批判して、プロテスタントがある。
両者共に、着かず離れず、良い距離感覚をもって、相対している。
勿論、地域によっては、紛争が絶えないところもある。

最初の一人の言葉から、離れて離れて、それらの言葉を利用して、自分の思想を、築き上げるという行為を、思想というのであれば、それはそれでいい。

マルクス主義など、信じてない者が、それを、利用して、共産主義革命を推し進める。実際、共産主義というものも、宗教と、変わりなく、妄想である。
宗教と、同じ根から、出ている。

人類が、アフリカの数百人から、始まったように、それらも、そのようである。

それが、人類の、進歩発展である。

ただ、宗教には、もう一つ、霊性とか、見えない空間を、作り上げるという、不思議がある。単なる、イデオロギーに終わらない、妄想に、大きく依存する。

往生して、極楽浄土に行く、神の国、天国に入る等々。

その妄想のために、無用無駄な、祈りを成す。
更に、無明の世界に、身を入れてしまう。勿論、彼らは、無明などとは、思わない。それが、救いと信じている。

信じれば、すべて事が足りる。
信じることで、すべてが解決される。
つまり、信じる者は、騙されるからである。

天国に入る必要も、極楽に行く必要も無いとは、考えない。
宗教団体に入会しているのと、生命保険に入っているのと、何の変わりも無いことを、知らない。
宝くじを買って、すでに当たったと思い込めば済む。

真剣に信仰に賭ける人は、すべての思考を停止して、教団に我が身を、預け切る。
私が恐れるのは、この思考停止である。

安心立命を、得るのではない。思考停止を、得るものである。
さらに、悪いことは、妄想の教義というものを、覚えて、あろうことか、それを、人に説くという、傲慢不遜な行為を、繰り返す。

一人で、していれば、事足りるのであり、一人でしているなら、私は、それを否定しない。

蜃気楼にあるところに、皆さん一緒に行きましょうと、言う、宗教の有り方に、誤りを見る。

福音宣教だの、布教だの、折伏だのという、精神的暴力は、他に無い。
無明の闇に、人を引きずり込むという、その行為に、誤りをみるのである。

死ぬまで暇つぶしとは、言え、あまりに愚かな行為は、まさに、宗教の勧誘である。
誰のためにしているのか。
相手の救いと、幸せのためにしていると、芯から信じていることに、私は、驚嘆し、大きな危惧を覚える。

時代は、いつも、激動である。
そして、時代精神は、いつも、新しい。

宗教が、一つの情報として、処理される時、人類は、始めて、生きるということに、覚醒する。

今、中世ヨーロッパの異端審判というものを、思い浮かべると、なんと、おぞましい、愚かなことをというであろう。
では、今の時代も、後々から見て、なんと、おぞましい、愚かな時代であろうと、振り返ること、必至である。

まさに、宗教が言うところの、今、今に永遠があるという言葉を、使えば、今、目覚めるべきなのである。

神仏は妄想である、ということに。

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2008年08月14日

もののあわれ276

源氏「幼き人まどはしたりと、中将の憂へしは、さる人や」と問ひ給ふ。右近「しか。をととしの春ぞ物し給へりし。女にて、いとらうたげになむ」と語る。源氏「さていづこにぞ。人にさとは知らせで、我にえさせよ。あとはかなくいみじと思ふ御かたみに、いと嬉しかるべくなむ」と宣ふ。


源氏は、小さな子を見失ったと、頭の中将が惜しく思っていたが、その子は、と、お尋ねになる。
右近は、はい、昨年の春に、お生まれになりました。
女の子です。
それは、たいそう、可愛いお子です。と、言う。
源氏は、どこにいるのだ。皆に、知らせず、我に預からせてくれ。
あっけない、しみじみとする女君の、お形見に、なんて嬉しいことだろう。と、仰る。

あとはかなく いみじと思ふ
後はかなく、その後は、儚いのである。あっけないと、訳すか。どうも、違う。
矢張り、後は儚くなのである。
いみじと思う。しみじみと、思う。いや、それも、感じが違う。矢張り、いみじと、思うのである。

いと らうたげ
よく出てくる、表現である。可愛らしい。
これは、らう たげ、であろう。
文法解釈ではない。


源氏「かの中将にも伝ふべけれど、いふかひなきかごと負ひなむ。とざまかうざまにつけて、はぐくまむ咎あるまじきを、そのあらむ乳母などにも、ことざまに言ひなして、ものせよかし」など語らひ給ふ。右近「さらばいと嬉しくなむ侍るべき。かの西の京にて生ひ出で給はむは、心苦しくなむ。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこになむ」と聞ゆ。



源氏は、あの中将にも、知らせても、いいが、かえって、怨みをかうこともあろう。
あれこれにつけて、私が、育てるのに、不都合はないだろう。
その、乳母などにも、言い繕い、連れておいで。と、言う。
右近は、そうなりましたら、どんなに、嬉しいことでしょう。
あの、西の京で、成人するには、お気の毒です。
きちんと、お付申す者がいない、あちらに、いますと、と、答える。


いふかいなき かごと負ひなむ
あえて、益のない、無用な、怨みを買う。
つまり、何故、女を死に至らしめたのか、と。

とざまかうざま
あの女の子でもあり、更に、中将の子であれば、源氏の姪に当たることになる。
妻の兄の子である。
それを、あれこれにつけて、と訳す。



夕暮れの静かなるに、空の気色いとあはれに、おまえの前栽かれがれに、虫のねも鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵にかきたるようにおもしろきを、見わたして、「心よりほかにをかしきまじらひかな」と、かの夕顔のやどりを思ひ出づるも恥ずかし。

この、風景の様、そのままに、二人の心の、風景なのである。
それが、物語の、核心に迫る。
風景描写が、単なるそれではなく、心の模様なのである。


静かな夕暮れの時、空の景色は、あはれに、この、あはれは、趣き深くとか、心に染み入る空ということになる。
庭の、植え込みも、枯れ枯れして、虫の音も、嗄れ果てたという。
紅葉が、次第に色づく風情、絵に描いたように、美しい。
右近は、それを、じっと見て、思いがけず、良いお勤めだと、夕顔の宿を思い出すにつけても、顔の赤らむ思いがする。

絵に描いたように、美しい。とは、おかしな表現である。
絵に描いたものより、目の前にある、風景の方が、実である。
つまり、美しいという、実感を、絵に描いたようにと、例えでいる。

更に、この風景の中に居る、二人の風情である。
しみじみとした、情感が流れる。

心より ほかに をかしき まじらひかな
まじらひ、お勤めすることが、をかしき、ことなのだ。
結構な、勤めである。


そして、
かの夕顔の やどりを 思ひ出づるも 恥ずかし
何故か。何故、恥ずかしいのか。

住まいが、貧しいからか。
女が、一人で、いたからか。
女が、情婦のようだからか。
親が、出世しなかった故に、女の立場も、良くなかったからか。
身分の低いままで、死ぬまで、そのままである、女というものの、定めにか。

さて、私にも、解らない。

すると、先ほどの、風景が、見える。
夕暮れの静かなるに
空の気色 いと あはれに
虫のねも 鳴きかれて
紅葉の色づくほど
絵にかきたるやうに おもしろきを

源氏の、身分と、右近の、身分とが、風景の中で、平等なのである。
もののあわれ、というものは、平等に与えられているのである。

万葉の歌のように、民も、主も、平等なのである。
歌道が、もののあわれ、というものに、支えられているのである。

風情の前に、人は、平等である。
例えば、仏陀の説く、平等などと、比べると、実に自然な、平等感覚である。
自然の前には、皆、平等なのである。
大和心というもの、自然の前に、平等であると、言うのである。
しかし、それを、あえて、言わない、言葉にしない。
しかし、言葉にしないから、無いというのではない。
観念というものを、置かない中に、日本の伝統というものがある。

観念としてしまうらば、嘘になる。
その、嘘になるということを、知っていたのである。

欧米の思想などは、足元にも、及ばない、実に、無いというべき、思想が、流れていいる。

もののあわれ、というもの、言葉で、語りきれない。
だからこそ、それは、事実であり、それ以外の何物も無いのである。

それは、感じるものである。
つまり、感性である。
感性の、ありようを、言葉にすれば、堕落する。

すべて、風景を、語ることで、それを、完結するのである。

以下省略。

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神仏は妄想である 115

さて、ここで、浄土門が言うところの、深みについて、みてゆく。
それは、宗教における、深みでもある。
一体、何を深みとか、深さというのかである。

念仏門の教義に「指方立相」と呼ぶものがある。「方位を指差して相を立する」というのであるが、その方位とは西方を意味する。詮ずるに浄土が西方に在るということと、そこに仏や聖衆の相を見るというのである。その西方浄土は何処に在るかといえば、この穢土を離れること十万億土の彼方だといわれる。
柳宗悦

指方立相、しほうりつそう、である。

密教の曼荼羅でも、西は、阿弥陀如来が、描かれる。

何故、西かといえば、太陽が沈む方角であり、その連想から、人が死ぬと、西へ向かうと、想像されたというのである。

浄土を西方に見つめるのは、かくして人間の心理的な必然さに依るといえよう。人間が往生を遂げて落ち着くべき行き先、仏の来迎にあずかって歓喜するその場所が、西方の国土にあると考えるのは極めて自然ではないか。
柳宗悦

続けて、柳氏は、だがそれにしても浄土を方位で決定するとは何故なのか。方位即ち空間性に仏土を観ずるのは、正しく深い見方であろうか。という。

そこから、更に深みに至り、相対的な、西や相に何の無上な意味があるのかと、なる。

「西方」が立派な一つの宗教的教義たるためには、そこに何か絶対の意味がなければならならぬ。いやしくも浄土の方位である限り、究境の方位と考えるべきであろう。もしそうなら西は単に東に対する西というが如き粗笨なものではあるまい。
柳宗悦

絶対の西なら東に向くもそこに西がなければならぬ。何処を向くも、向くところ一切が西だという意味があってよい。単に東に対する西であるとか、西は東とは異なるとかいうだけなら、浅い西、言葉の西に過ぎまい。真に浄土を求むる者にとって、行く手は、皆西であるはずである。東も西、南も西、北も西である。もし東に向いてそこに西がなくば、浄土を切に求めている者の理解とはいえぬ。どこに行くも、行く処悉く西を指すに至って、始めて浄土への回向がある。
柳宗悦

私は、若い頃、こういう文を読んで、深いと、感激していたが、何のことは無い、屁理屈である。
深みと、思われる、論述は、目くらましのようである。
一から万事が、このような、お説になるのである。
何とでも、言えるということである。

だから何処も西ならざるはなしである。そういう西にして始めて仏土たることが出来る。

このように、しゃーしゃーと、言ってのけるのが、宗教の面目であり、議論の議論であり、理屈の理屈である。
これに、今の今まで、騙されてきた。
それを、深さだと、感じ取らされてきたのである。

更に、進んで
我々はそれが宗教の西だということを忘れてはならぬ。・・・浄土とはかかる中土の意味なのである。中土とは西と東の中間にある国土という意味では決してない。東西を絶した「中」が、西方の真相である。
と、なる。

西方浄土が阿弥陀仏の住処だという場合、弥陀は中に居る仏なのである。中にいるものが弥陀である。否、中仏を弥陀と呼ぶのである。実は如何なる仏もその本質は「中」である。大日如来のみが中に位するのではない。
柳宗悦

これを、そのまま、深みと信じて、納得していた時代があるということである。

これは、インド魔界の、理論の典型である。
このようにして、目潰しをする。
意味の無いところに、意味を見出そうとするのが、哲学である。
そして、哲学ならば、それで善し。しかし、宗教である。勿論、宗教も、哲学である。が、哲学に、もう一つ、余計なものが、つく。それが、信である。

法然は、疑いつつ、念仏すると言う。
親鸞になると、信が、必要条件である。

この姿勢に関しては、また、検証するが、兎に角、それを、思索の深みとするのが、今までの、既成の浄土門の教えである。

西は、単なる東西南北の西ではなく、仏のいます国であるから、それは、中であるという。西という言い方は、方便である。と、そういうことである。

何とでも、想像を妄想を逞しく出来るという、宗教の面目である。

恐れ入るとしか、言いようがない。
この、言葉の手品に、騙されて、おおよそ、800年ほどを過ごしてきた。
そして、まだ、このような、言葉遊びに始終している、宗教家の面々である。
一歩も、進歩していないのである。

そして、極めつけの、言葉である。
仏は、我が内にあると、なる。
人間本来、仏性をもっている。曇りがあるから、それが、見えない。
大乗起信論から、それが、出でいる。

おおよそ、すべての宗教の行き着く先は、人間は、神の子であり、仏性を宿している、である。

大層な議論の後で、それを言う。

キャッチセールスも、その方法を使い、人を騙す。

さんざんに、迷わせて、最後は、あなたは、仏であり、神である。

読みやすい、新興宗教の本を、何冊が読むと、そのような、耳障りのよい言葉の羅列である。
宗教は、進歩したか、生成発展してかといえば、全く、滞って、何も、進歩していない。
千年前の人間より、少しは、賢くなっているはずだが、宗教になると、全くといってよいほど、愚かである。

いつまでも、そうして、騙されるには、訳がある。
それは、宗教が死というものを、扱うからである。

死ぬという、絶対なものに、立ち向かうものが、宗教以外にないと、思っているのである。
そして、賢者も、それが、宗教の役割であると、認める。

まやかしである。

日本には、死に向き合う、辞世の句という作法があった。
日々、辞世の句を詠むという、作法があった。
それについては、別に書いている、もののあわれについて、を、参照していただきたい。

死は、自然の内に隠れるという、古神道の考え方を、仏教の言葉遊びに、移行して、迷いに迷うようになるのである。

無神論者だった人が、死ぬ間際に、洗礼を受けましたというのが、キリスト教徒の、布教の手にするが、たまたま、錯乱して、洗礼を望んだのであり、死の恐怖から、逃れるために、選んだのであろう。
そういう人は、日本の伝統を知らず、また、学ばずに生きてきたのである。
実に、哀れである。

洗礼を、受けて、死んだら、天国へ行くと、思う心が、更に、哀れである。
天国という、空間は、霊界には無い。
勿論、西方浄土の、仏の国という、空間も霊界には無い。
極楽も無い。

あれば、キリスト教霊界であり、仏教霊界であり、それは、三次元と、四次元の隙間にある。

次に、浄土門の信仰の深さというものを、法然、親鸞、一遍の姿勢で、見ることにする。

posted by 天山 at 00:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

もののあわれ277

竹のなかに家鳩といふ鳥の、ふつつかに鳴くを聞き給ひて、かのありし院に此の鳥の鳴きしを、いとおそろしと思ひたりしさまの、おもかげにらうたく思ほしいでらるれば、源氏「年はいくつか物し給ひし。あやしく、世の人に似ずあえかに見え給ひしも、かく長かるまじくてなりけり」と宣ふ。


竹の中で、家鳩が、変に鳴く声を、君が聞かれて、あの泊まった院で、この鳥が鳴くのを、ひどく怖がった女を、思い出し、それも、可愛く思うのである。
源氏は、年は、幾つだったのか。珍しく、普通と違い、ひ弱に見えた。
このように、長く生きられなかったからか、と、仰る。

おもかげに らうたく
可愛い、面影である。

この話は、物語には、無かった話である。

当時、鳩を家で、飼っていたのだろう。
野生の鳩は、河原鳩という。



右近「十九にやなり給ひけむ。右近は、なくなりにける御めのとの、捨ておきて侍りければ、三位の君のらうたがり給ひて、かの御あたり去らず、おほしたて給ひしを、思ひ給へ出づれば、いかでか世に侍らむとすらむ。いとしも人にと、くやしくなむ。物はかなげに物し給ひし人の御心を、頼もしき人にて、年ごろ、慣らひ侍りけること」と聞ゆ。


右近は、女が、十九におなりでしたと、言う。
右近は、産みの親の、御乳母が、後に残して、死にましたので、三位の君様が、可愛がりくださりまして、お姫様の、傍に離れず、お育て下さいました。
それを、思うと、どうして、生きていられるでしょう。
いとしも人に
親しく、仲良くしていた人である。
いとしも人にと、悔しくて、なりません。
頼りなさそうなお方でしたから、頼む人として、長年、お傍に仕えました、と、申し上げる。



源氏「はかなびたるこそは、らうたけれ。かしこく、人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづからはかばかしくすくよかならぬ心慣らひに、女は只やはらかに、とりはづして人にあざむかれぬべきが、さすがにものづつみし、見む人の心には従はむなむ、哀れにて、わが心のままにとりなほして見むに、なつかしくおぼゆべき」など宣へば、右近「このかたの御好みには、もて離れ給はざりけりと思ひ給ふるにも、くちをしく侍るわざかな」とて泣く。



源氏は、頼りなさそうなのが、愛らしいものだ。
利口で、人の話を聞かないのは、決して、好ましいものではない。
私自身、はきはきせずに、きつくない生まれゆえ、女は、ただ、優しくて、うっかりすると、男に騙されてしまうような、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞くことが、可愛いものだ。
自分の思う通りに、性格を、直して、暮らしたら、仲良くしてゆけるだろうと、思うと、仰る。
右近は、そうした、お好みでしたら、ぴったりと合ったお方でした、と、思います。それにつけても、残り惜しいことでした。と、言って泣くのである。


源氏が、好む女の風情を語る。
興味深いものだ。
されは、作者の求める、女の姿なのであろう。
自分も、そのような、女になりたいと、思ったのか。

女は、ただ、優しくて、男に騙されてしまいそうな、風情であり、それでいて、慎ましく、男の言うことを、聞いてくれる。
冗談じゃないと、今の、女は、言うだろうか。
男の、思い通りになど、なるものかと。それも、いいだろう。男を、思い通りにしてやる、という、女がいても、いい。
皆々、勝手にすると、いい。



空のうち曇りて、風ひややかなるに、いといたくながめ給ひて、

源氏
見し人の けぶりを雲と ながむれば 夕べの空も むつまじきかな

と、ひとりごち給へど、えさしらへも聞えず。「かやうにておはせましかば」と思ふにも、胸ふたがりておぼゆ。耳かしがましかりし砧の音をおぼし出づるさへ、恋しくて、源氏「まさに長き夜」と、うちずんじて、臥し給へり。


空が、曇ってくる。
風も、冷たくなり、非常に辛く、しんみりとする、物思いに沈む。

あの人の、亡骸を焼いた煙が、あの雲かと思い、眺めている。この夕空も、実に、親しいものである。
けぶり、とは、亡骸を焼く、煙である。
雲を、亡き人の形見と、見る行為は、万葉からの伝統である。

独り言を言う。
右近は、それに、答えることもできない。
そして、こうして、お二人で、並んでいたら、どんなにか、幸せかと思うと、胸が、一杯になる。
君は、喧しかった、砧の音を、思い出し、恋しくてたまらず、まさに長き夜、と、口ずさむ。
そして、お休みになった。


まさに、長き夜とは、白楽天の詞にある、言葉である。
八月九月正に長き夜
千声万声やむ時なし

漢詩の教養は、当たり前である。
当時の正式文書は、漢語で書かれた。
平仮名は、女、子供の文字とされていたのである。
物語も、女、子供のものとされていた。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 116

大無量寿経に「それ彼の名号を聞くことを得ることありて歓喜踊躍し、乃至一念せん。当さに知るべし、この人は大利を得るとなす、即ちこれ無上の功徳を具足するなり」とある。

これを、一念無上の文、といい、一念は一声のことである。

念仏をもって無上となすなり。概に一念を以って一無上となす、当に知るべし、十年を以って十無上となす、また百念を以って百無上となし、また千年を以って千無上となす。
法然 選択本願集

ここでも、思案の深さについての、云々がある。
つまり、多念か一念かである。
また、それが、行と、信かとの云々である。

行とは、多く念仏を唱えるということであり、信とは、一念の念仏に、重きを置くかということである。

常念仏の生活こそは、念仏行者の生活である。不断念仏であり、多念仏である。生涯を念仏に捧げるのであるから、おのずから多念の行となるのである。即ち専修念仏こそを、念仏行というのである。
柳宗悦

しかし、そこから、一念念仏という、考え方も生まれる。

むしろ念仏を念仏たらしめるものはその純度にあるともいえよう。数ではなく質が肝心である。たとえ一念といえども十全の念仏たるなら、概に往生が約束されたものといえよう。念仏を横断面に見るなら数の多念となろうが、これを縦断面に見るなら、質の一念となろう。この一念は結晶された多念ともいえる。一念に念仏の念仏があるのである。ここで一念義へと考えは進んだ。
柳宗悦

これが、深みというものであろうか。
一念と、多念で、思索するという、姿勢である。

専門家は、弥陀の本願の十八願の、因文により、法然は「乃至十念」の言葉に、多念と見た。親鸞は、その果文により、「乃至一念」即ち、一念の信に重きを置いたと見る。

親鸞の思索の著しい点は、一念の深さに念仏の相を見たことにある。それ故信に充ちた一念に概に往生の業が果たされているのを感じた。誠に一念とはいえ、念仏の一切を集めた一念である。念仏の数ではなく質にその意義を見抜いた。それ故第十八願が一般に「往生の願」と呼ばれているのに、それを「信楽の願」といい改めた。念仏とは称名よりもまず信心を意味した。かくして称名は、むしろ報謝を意味する行として考えられるに至った。一念に信を決定すれば、概に成仏の位を得たのであって、爾余の念仏は報恩のための念仏であるとされた。
柳宗悦

ここで、親鸞は、賜りたる信仰という境地に、達したということになる。
念仏は、救われてあるということの、感謝の念仏なのである。
そして、絶対帰依である。

これが、深みであろうか。

私は、これを、迷いとみるものである。
経典の言葉の解釈を、深めているのであろうが、それは、単に、そこから、その中からでしか、思索の幅を広げることが、出来ないという、致命的、思索に陥ったのである。
それが、思索の深さであろうか。

ところが、一遍になると、更に、突っ込んで、報謝の念仏で、いいのかということになる。

念仏、それ自体が、報謝であるという、画期的な、考え方である。
一遍は、念仏を何々の目的としては、ならないという、境地に達する。
目的を前に置く、念仏は、不純であるというのだ。

念仏はただ念仏である。

一切の念仏は、各々が念仏自らの念仏とならなければならいない。それを指して当体の一念とはいったのである。それ故、念々が一念でなければならぬ。かかる一念には、もはや称える私もなく称えられる仏もない。そこに往生があるのである。それ故、念々の往生である。名号のほかに往生はなく、名号が往生なのである。
柳宗悦

一遍は
一念十念も本願にあらず
名号の所には一念十念という数はなきなり
と、言う。

法然は、多念を見て、親鸞は、一念を見て、一遍は、一念多念を見て、称えること、それが、往生だと、見た。
つまり、一遍は、称える行為に、往生を見たということであり、それが、祈りを上げる者に、一番相応しい姿である。

理屈を超えたのが、一遍である。

称えることのみに、往生がある。
どこか、遠い所に、極楽があるのではない。今、ここが、念仏を称える私が、極楽なのである。

私も、それに賛成する。

一遍が、捨て聖であること、十分に理解する。
そして、その教団は、今無い。当然である。
一人一代の信仰であり、一人一宗一派が、その信仰なのである。

思索の深さというのは、間違いである。
単なる、経典の解釈である。それを、信仰の深さ、思索の深さとするのは、誤りである。

法然は、念仏すれば、仏がその人を念じる。
親鸞は、念仏しなくとも、仏はその人を念ずる。
一遍は、仏か仏を念じている。

法然は、仏と人を対座させる。
親鸞は、仏からの願のみが、流れ来る。
一遍は、我とか、人というものが、消えて、仏のみになる。

その教え、親鸞ひとりがためなり、と言う言葉に、親鸞の信仰の深さがあるようなことを言うが、我一人という意識も、一遍には、無くなる。
理屈は、無いのである。

念仏の外の余言をば皆たきごとと思ふべし
と、一遍は、言い切る。

この一遍の信仰の、大元は、実は、大和心なのである。
浄土門を、格調高く押し上げたのは、日本の伝統なのである。
それは、元からあった、日本人の心象風景である、もののあわれ、というものである。
一遍は、念仏を通して、そこに、立ち戻ったのである。

もののあわれ、の他に、この世のことは、有り得ない。
だから、念仏が念仏するという、境地に達した。
我など無い。
あるのは、大和の山川草木にあるものである。
それは、心であった。
日本の心であった。

仏教が、ここまで、高みに至ったのは、日本人だからである。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

性について 16

睾丸には、二つの働きがある。
一つは、精子を作ること。
もう一つは、内分泌線として、働くこと。

精子は、細精官で作られ、精管を伝わり、体外に出される。故に、外分泌である。

内分泌物質のほうは、間質細胞が出し、対外に出ることなく、血液を通じて、全身を回り、その作用を表す。

精子は、減数分裂をして、遊離してくる細胞である。
その細胞は、まず、細精管の薄い膜を作る細胞、つまり、精子母細胞が、分裂して、精子細胞となり、それが、減数分裂をして、遊離して、精子となる。

多くの動物は、それが起こるのは、一年に、一二度の発情期のみ。
人間だけは、春動期を迎え、いったん、生成が始まると、休みなく続く。老年になって、止まる。

さて、それでは、精液は、どのように作られるのか。

副睾丸は、睾丸から出た細精管が巻き込まれた形をしている。
そして、そこが、主として、生成された、精子を貯蔵する。
そこでは、一種の分泌液を出す。

その、分泌液で精子は、運動し、成熟する。そして、受精する、力を得る。
副睾丸から、分泌する液は、精子の力を強める作用があるということだ。

そこでは、およそ、60日間運動し、30日間の、受精力があると、いわれる。

更に、副睾丸の精子の活力は、単に、副睾丸分泌液のみならず、性ホルモンが血液を介して、副睾丸に及んでいる。

副睾丸の中の精子は、適当な時に、射精されにければ、死んでゆく。
そして、自然に精嚢の中に入り、消滅し、尿の中に出るということは、ない。

射精の時、精子は、副睾丸から、その細精管のまわりにある、筋、平滑筋の運動により、精管を通り、精嚢へと、進む。
そこで、精嚢の分泌液が加わる。
それは、黄味を帯びたアルカリ性の液である。

そこから、前立腺に運ばれ、前立腺は、前立液を分泌し、運ばれた液と、まざる。

前立腺の液は、蛍光のある、薄い、一種特有の臭気がある。
栗の花のにおいに似るといわれる。

その反応は、やや酸性に傾き、カルシウム、クエン酸、リン酸に富む。
前立腺を指で押すと、前立液は、出るが、性行為の際には、盛んに出る。
それが、先走りといわれるもの。

精液には、尿道球部からの、球液も混じる。
精液は、色々な分泌液が集まって、精液と呼ばれるのである。

只今、巷で言われる、前立腺刺激ということについて、書く。
アメリカで、前立腺刺激のために、作られた、医療器具が、どういうわけか、日本では、別の目的に、使われている。
つまり、前立腺刺激による、快感を得るものというものである。

その手の、案内を見て、びっくりした。
男も、女のように、達するとか、男が、女になるという、謳い文句である。

そして、今では、その種類が、数多くある。
しまいに、女性用、オナニー道具も、男が、アナルに使うという、驚きである。

アナルの、マスターベーションを、アナニーというから、また、驚いた。
特に、ゲイの世界で、言われる。

それでは、前立腺というものを、みる。

前立腺はカルシウムや、クエン酸のほかに、リン酸酵素である、フォスファタースというものを、含んでいる。
それが、春動期から、急激に増す。
それは、睾丸内の、テストステローンの作用による。

男の、尿には、フォスファタースの量が、女、子供の比べて、三倍から五倍と、多い。
体から、それを捨てていると、思われる。
それが、前立腺の働きの一つ。

フォスファタースは、リンに関する代謝酵素であり、養素の一つである、含水炭素の分解、ビタミンをリン酸化するという、活性化をして、一括して、リン酸化という、活動をいたるところでしている。

血液中にある、フォスファタースは、男、女、子供でも、同じ量である。
増加した場合は、色々な腺に入り、中でも、前立腺に入って、調節されると、考えられる。

そして、前立腺の、フォスファタースは、血液には、入らない。
では、前立腺に、リン酸化合物が、蓄積されるかというと、少ない。
つまり、前立腺は、リン酸代謝に、関係しているといえる。

この、前立腺の働きが、解り、次に、勃起という、生理学的状態を、みることにする。

ペニスは、海綿体という、組織に富む。
海綿体組織は、動脈から、血液が入り、そして、その血液が、静脈から出てゆくのが、少ない時に、その容量を増す。
それは、海綿体の小動脈が、拡大し、海綿体毛細血管に、血液が増し、反対に、静脈は、常よりも、縮小するのである。
勃起である。

それでは、勃起神経はというと、亀頭刺激が、陰茎背神経を通り、脊髄の中枢まで、達する。そして、その上までゆく。
専門用語は、控えて、簡単に言う。
亀頭刺激が、神経を通り、伝達され、それが、また、戻り、海綿体の小塔脈と、毛細血管を、拡大させる。

勃起神経と、勃起中枢と呼ぶものが、働くのである。

ただし、勃起は、ペニスへの、刺激だけではなく、人間の場合は、主として、視覚と、触覚からの、刺激でも、起こる。

また、人間特有の、想像によって、生じる、性意、デザイア感覚によっても、起こる。

射精に関する、生理学的な、働きについては、また、書くことにする。

先に、前立腺刺激による、快感というものが、新しい性感として、男たちに、知られるようになったといった。
事実、大人のオモチャの世界では、一足先をゆき、百花繚乱の様子である。

私は、性というものに、ついて書いている。
この、人間の性が、今、正に、変容しようとしている。

ペニス刺激だけではなく、新しい刺激の、快感を発見したといえる。
ただし、それは、古い時代から、あったものであるが、今は、意識して、それが、行われるということで、それが正に、新しいというのである。

アナルへの目覚め。
前立腺への、目覚め。
人間の性欲というものが、本能ではないことを、証明する、発見である。
つまり、大脳化である。
それを、言いたいのだ。

posted by 天山 at 00:00| 性について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ278

かの伊予の家の小君参る折りあれど、ことにありしやうなる言伝てもし給はねば、うしとおぼしはてにけるを、いとほしと思ふに、かくわづらひ給ふを聞きて、さすがにうち嘆きけり。遠く下りなむとするを、さすがに心細ければ、おぼし忘れぬるかと、こころみに、空蝉「うけたまはり悩むを、言にいでてはえこそ、

とはぬをも などかととはで 程ふるに いかばかりかは 思ひ乱るる

ますだは、まことになむ」と、聞えたり。珍しきに、これもあはれ忘れ給はず。



伊予の介の家の、小君が、居候するときもあるが、格別に、以前のように、言伝もなさらない。
嫌な女と、思ってしまわれたのか、お気の毒なことだと、思っていたところ、ご病気であるとのこと。女は、矢張り、思い嘆くのだった。
遠い国に、下るとするが、心細くなり、お忘れになったのかと、試しに、空蝉は、ご病気と、伺っており、案じていますが、口に出しては、とても、言えないのです。

お尋ねすること、何故と、問うこともなく、月日を経ました。
どんなに、寂しく、また、辛い思いで、いられるでしょう。

ますだ、と申しますのは、本当のことで、ございます、
と、お便りを差し上げました。
珍しくあり、この人にも、愛情はなくなっていないのである。

ますだ、とは、ますだの池の、生ける甲斐なし、という意味。
拾遺集、
ねぬなはの 苦しかるらむ 人よりも 我ぞ益田の いけるかひなき
ねぬはな、とは、じゅんさいのこと。
苦しいと、口にする人より、私の方が、苦しさが、増す。生きている甲斐もない。
この歌が、基底にある。


要するに、小君が、源氏のところに来ても、以前のように、何も、言伝がないのである。そこで、女は、もう、嫌な女だと、思ってしまわれたのか、と、思うのである。

そこで、病にあると、聞き、文を差し上げた。


これもあはれ忘れ給はず
この、あはれ、とは、源氏が、この女を、忘れていないということ。
あはれ、を、女にかけている、というのである。
あはれ、の、心象風景が、さらに広がる。



源氏「生けるかひなきや、誰が言はましごとにか。

空蝉の 世はうきものと 知りにしを また言の葉に かかる命よ

はかなしや」と、御手もうちわななかるるに、乱れ書き給へる、いとどうつくしげなり。なほ、かのもぬけを忘れ給はぬを、いとほしうもをかしうも思ひけり。かやうに憎からずは聞えかはせど、け近くとは思ひよらず。さすがに言ふかひなからずは見え奉りてやみなむ、と思ふなりけり。


源氏は、生きるかいがないという言葉は、誰が言う言葉でしょう、と

空蝉の、この世は憂きものと知ったはず。
しかし、また、その言葉に、私は、死にたくなります。

たよりないことです、と、筆も、振るえるのである。
乱れ書きなさったが、それがまた、見事なものである。
矢張り、あの、もぬけの殻を、忘れていない。
ほしうもをかしうも思ひけり、である。気の毒のような、照れるような、気分である。
このように、如才なく、お手紙するが、関係が深く、近いとは、思わない。
といって、むげに、情け知らずとも、思われてしまわぬようにと、思うのである。

源氏の心境であるが、このような、部分が源氏物語の、難しさであり、よく解らないと、思われることである。
作者の思いも、どこかに入っている。
どこが、源氏の思いで、どこが、作者の思いなのか。
それを、考えつつ、読む。



かの片つ方は蔵人の少将をなむ通はす、と聞き給ふ。「あやしや、いかに思ふらむ」と、少将の心のうちもいとほしく、また、かの人の気色もゆかしければ、小君して、源氏「死にかへり思ふ心は知り給へりや」と言ひつかはす。

源氏
ほのかにも 軒ばの萩を むすばずは 露のかごとを 何にかけまし

高やかなる萩につけて、我なりけりと思ひ合せば、さりとも罪許してむ」と思ふ御心おごりぞ、あいなかりける。


あの、もう一方は、蔵人の少将を婿にした、と、お耳に入る。
これは、誤って関係した、女のことである。
変な話である。どう思うのだろうかと、少将の心中も、同情するのである。
それに、あの、女の心も知りたくて、小君を使いに出して、源氏は、死にそうなほど、焦がれている、私の気持ちは、ご存知ですか、と、言わせる。

わずかばかりも、軒端の萩を結ばなかったら、わずかばかりの、怨みも、言うことはできない。

背の高い萩に、結び付けて、人目を避けて、と、仰るが、ふっとそれが、少将の目に入り、源氏のものと、解ったら、いくらなんでも、許してくれようと、自惚れる。
あいなかりける。
作者の感想である。
つまり、自惚れることには、手がつけられない、というのだ。

かの片つ方、とは、伊予の娘である。
病気を、あなたのせいです、と、小君に言わせる。
夕顔の死に、心苦しく病になったことを、転化している、という、源氏の、浅ましさである。

この娘を、後に、軒端の萩、と、呼ぶようになる。
その娘が、少将と、結婚したと、聞くと、源氏は、それでも、文を渡すという、無節操ぶり。

もし、それが、少将に、見つかった時、源氏だと、解ってしまう。しかし、源氏ならばと、許されると、思う、源氏の自惚れを、作者も、呆れる。

創作している、作者が呆れるという、物語の手法である。
やることが、細かい。

物語を、本当だと、思わせる、手か。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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