2008年08月04日

もののあわれ266

帰り入りて、さぐり給へば、女君はさながら臥して、右近はかたはらにうつぶし臥したり。源氏「こはなぞ。あなものぐるほしのものおぢや。あれたる所は、きつねなどやうのものの、人をおびやかさむとて、け恐ろしう思はするならむ。まろあれば、さやうのものにはおどされじ」とて、ひき起し給ふ。


部屋に戻り、ご座所に入って、手探りされると、女は、元のままに、横になり、右近は、傍にうつぶして、寝ている。
源氏は、どうしたのだと、問う。何と、馬鹿げた怯えよう。人の住まない所は、狐などが、人を脅そうとして、恐ろしがらせるのだろう。私が、いるゆえに、そんなものに、脅されないと言い、右近を引き起こすのである。


あな ものぐるほしの ものおぢや
ああ、なんという、怯えようだ。馬鹿げている。

狐が、人を脅すという、考え方が、面白い。
しかし、それは、戦後までも、続く、民間信仰の元になっていた。
お狐様である。
稲荷を、お狐さまと、呼んで、お奉りするのである。
更に、龍神や、天狗というものも、ある。

それを、迷信だと、笑えないのは、そういう、想念体があるからである。
例えば、稲荷信仰に、のめり込んだ者が、死後、稲荷の想念体を作るのである。龍神も、天狗も、同じである。


信じ込む念というのも、それは、広い意味での、物質である。
以下省略。



右近「いとうたてみだりにごこちのあしう侍れば、うつぶし臥して侍るや。おまへにこそわりなくおぼさるらめ」と言へば、源氏「そよ。などかうは」とて、かいさぐり給ふに、息もせず。ひき動かし給へど、なよなよとして、われにもあらぬさまなれば、「いといたく若びたる人にて、もものにけどられぬるなめり」と、せんかたなきここちし給ふ。


右近は、もうたまりません、気持ちが悪くて、つっぷしていましたと、言う。
お姫様は、怖がっておいでてしょうと、言うと、源氏は、本当に、どうして、と、仰りながら、手探りすると、息もしないのである。
揺り動かしてみると、なよなよして、正体も無いのである。
まるっきり、子供のようで、魔物に、生気を奪われたのだろうと、思うのである。


おまへにこそ わりなく おぼさるらめ
御前であり、女を敬称する。お姫様は、どうしているのでしょう、か。

いと いたく 若びたる人にて
とても、いたくは、同じく感嘆である。
子供のように。



紙燭もと参れり。右近も動くべきさまにもあらねば、近き御凡帳を引き寄せて、源氏「なほ、もて参れ」と、宣ふ。例ならぬことにて、おまへ近くもえ参らぬつつましさに、長押にもえのぼらず。源氏「なほもてこや。ところに従ひてこそ」とて、召し寄せて見給へば、ただみの枕上に、夢に見えつるかたちしたる女、おもかげに見えて、ふと消えうせぬ。



滝口が、紙燭を、持って上がった。
右近も、動けそうもない様子。
傍の御凡帳を引き寄せて、女を起し、源氏は滝口に、もっと、こちらに持って来なさいと、言う。
かつてないことと、お傍近くに、来られない様子である。
敷居にも、近づけないのである。
源氏は、もっと、近くに持ってくるようにと言う。
礼儀も、場所によるものだと、滝口に言うのである。
呼び寄せて、御覧になると、女の、枕元に、夢に見た、恰好のそのままの女が、幻に見えて、ふと、消えた。


例ならぬことにて おまへ近くもえ参らぬ つつましさに
かつてないことである。
御前に出るということは、出来ないという、礼儀である。
いつもは、人を介して、お話するという、決まりである。
身分制度は、厳しかったのである。
君なる方は、御付の者を通して、命を、下される。



昔物語りなどにこそ、かかる事は聞け、と、いとめずらかにむくつけけれど、まづ、「この人いかになりぬるぞ」と思ほす心さわぎに、身のうえも知られ給はず、添ひ臥して、源氏「やや」と、おどろかし給へど、ただひえにひえいりて、息はとく絶えはてにけり。いはむかたなし。



昔物語などには、このような話は、あるが、と、実に、奇怪で、気味が悪いのである。
何より、女は、どうしたのかと、思う。
自分のことさえ、考えられない。
寄り添い、声を掛けるが、すっかり冷え切って、息が切れている。
何とも、言いようがないのである。


いと めずらかに むくつけけれど
珍しく、むくつけ、奇怪である。

息は とく 絶えはてにけり
息が切れて、絶えている。


さらり、と、書くが、女は、死んだのである。

この、奇怪な物語は、何を伝えるものか。
名も知れぬ女の、死である。
ミステリーであるが、それは、物語の、ミステリーでもある。

先ほどまで、生きていた者が、今は、死んでいるという、設定は、残酷である。
それも、物の怪である。

作中の人は、物の怪に、無力である。



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神仏は妄想である 105

鎌倉時代に、法然は、男女平等を念仏によって、掲げた。

さらに、驚くべくことは、男女の差だけではない。
上下、貴賎の別なく、人は平等だと、説くのである。
これはまた、画期的である。

当時の、身分差別の激しい時代に、人は皆、平等であると、説くのである。

法然の元には、多くの、罪人が、集った。
罪人とは、ドロボーを始めとして、卑しい者たちである。

さて、実は、ここで、人間の平等というものが、いつから、日本の歴史の上で、成されたかということである。

それは、万葉集である。
上は、天皇から、下は、庶民に至るまで、すべての人を歌の前に、平等であるとしたのである。
日本の、平等主義の歴史は、実に古いものである。
しかし、それが、忘れられた。
鎌倉時代に、万葉集を知る人も少ないのである。

法然は、元の日本の平等主義を、念仏を通して、伝えたといえる。

法然が、現代に生きていれば、宗門ではなく、確実に思想家として、人間平等説を唱えていたであろう。

更に、救いは、誰もが、平等であるという、思想である。

陰陽師の、阿波之介という者が、自分の怪しげな占いや祈祷により、多くの女を囲い、酒池肉林の生活をしていた時の、ある日、人生の無常を感じて、法然の説法を聞くようになる。

法然が、弟子たちに、尋ねた。
阿波之介の念仏と、私の念仏とでは、どちらが、尊いのかと、すると、皆、お上人の念仏ですと、答える。それに対して、法然は、
「日頃、申していることが、まだ解らないのか。唱える念仏に尊いも、卑しいもない。念仏とは、阿弥陀様、お助けくださいという、その、一念しかないのだ。」
と、答えるのである。

どんな者でも、平等に救われる。それは、人間平等説の、高らかな、宣言であった。法然を慕うもの、その、法然の思想に、共感するのである。

そして、それは、悪人正機という、教えに結実してゆく。
それは、悪人こそ、救われなければならないのであるという、画期的な思想である。

この、考え方は、親鸞によると、思われる人がいるが、それは、親鸞ではなく、法然の考え方である。それを、親鸞が、継いだ。というより、師の教えとして、伝えた。

親鸞の弟子の、唯円による、歎異抄という、書は、名文である。
私は、この書を、高く高く、評価する。
世阿弥の花伝書と、共に、漢字かな混じり文では、傑作中の傑作である。

それにより、親鸞の思想のように、考えられるが、それは、法然のものであった。

何度も言うが、法然は、30数年間仏法を学び、智慧第一と、言われた程の者である。
つまり、仏法とは、彼自身であり、それを、離れて、彼の思想は、成り立たないのである。

人間は、決して、客観的というものの見方は、出来ない。
あくまでも、主観の内にある、客観である。
自分の内にあるもの以外の、いかなる、考え方も、考えることは、出来ない。
法然に、神学の考え方をせよと、言うことは、出来ないのである。

さらに、私は、それを、時代性とか、時代精神と言っている。
その時、のみだから、また、その人だから、考えられた思想である。

弥陀の本願にまで、疑いを持ちつつ、弥陀に縋るという、考え方を、選択した、その法然の心の内に、私は、共感する。

男女平等、更に、人間平等、そして、更に、悪人も、善人も、同じく、弥陀の救いにあるという、当時としては、大変な思想を、展開したといえる。

織田信長によって、近代というものが、拓かれたというならば、法然によって、20世紀後半の、平等主義が、すでに、拓かれたという。

しかし、だからといって、弥陀の救い云々が、現実的であるかということは、別物である。

当時の救いの観念が、いつの時代にも、普遍的なものであるかといえば、違う。

私は、空也などの、ひじり、聖たちの、多く、一遍に至る、念仏行者の、活動や、行為は、念仏という、方便を通して、つまり、定義としての、ものだと、考える。

一つの、定義なくして、行動行為は、成り立たない。
念仏が、方便であるということは、弥陀の本願というものも、方便である。

方便とは、とりあえず、ということである。
弥陀の救いが、確実であるということを、前提にして、置く。

我なるものを、見つめる、一つの手立てとして、念仏を、方便とする。
法然は、信じた。それは、法然の長きに渡る、仏法という世界が、法然自身となっていたからである。

しかし、法然の思想を、取り入れるが、念仏により、救われるという、思想は、取り入れずともよい。

何故なら、方便だからだ。

何々と、仮定しての、思想であり、哲学であり、更に、主義であり、主張である。

この世に、確定したものは、何一つ無い。
科学で実証されたものも、確定しているのではない。それは、進化しているのである。
すべて、とりあえず、なのである。

人生は、その、とりあえず、の中を、生きるということである。

法然が、行き着いた、念仏は、生きている時の、念仏は、どんなに信心が、深くても、どうしても、「飾りがある」ということだった。

自己を観察することから、自己を、徹底して、観照するという、もの。
限りなく、客観というものに、近づけてゆくが、我を失う我など無いのである。
我という、主観にある、我のみが、我を認識する。

無我の境地というが、無我の境地を得れば、精神疾患である。
我を失わず、我というものを、ぎりぎりのところまで、突き放すという、心的状態を、無我というなら、理解する。

仏法というもの、実に、思索的であるが、魔境に陥るのである。
悟りとは、悟らないことである。

悟らずに、弥陀の本願に救われるという、教えは、ぎりぎりの、客観性である。
それ以上になると、アホになる。

悟りとは、理想的境地であり、決して、辿り着けない境地である。
そんな、悟りの境地というものは、無いからだ。

歎異抄で、唯円が、親鸞の独白を書く。
煩悩具足のわれらは、いずれの行にても生死を離るる事あるべからざるを、哀れみ給いて願をおこし給う本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみ奉る悪人、もともと往生の生因なり。よて善人だにこそ往生すれ、まして悪人は、とおおせ候いき。

悪人は、成仏など出来ない。そして、その悪人とは、すべての人間のことである。すべての人間は、弥陀の願を頼み、往生するしか、ないのだという。

私は、そこまで、自分を悪人だと、意識するという、病理を突き止めたいが、それを、深みとして、受け取る仏教家たちである。

何度も言うが、何故、罪の意識を持ち、何故、弥陀に救われなければならないのか。
何故、往生しなければならないのか。

人類の歴史の中で、救済観というもの、いつから、持つようになったのか。
何ゆえに、それが、必要だったのか。

それは、きっと、この世を認識する言葉、厭離穢土であろう。
キリスト教などは、原罪という、妄想の罪意識である。
実に、宗教とは、救われないものである。

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2008年08月05日

神仏は妄想である 106

なにごとも、心にまかせたることならば、往生のために千人殺せといはんに、すなわち殺すべし。しかれども一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わが心のよくて殺さぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人、千人を殺すこともあるべし。
唯円 歎異抄

何事も、心の思うがままに、出来るならば、往生のために、千人を殺せといわれれば、殺すが、しかし、一人も、殺す因縁がなければ、殺すことは出来ない。それは、我の心が善であるからではない。殺せといわれなくても、百人、千人殺すこともある。
と言う。
つまり、人殺しも、因縁なのだという。

親鸞の教えを、書き綴った、名文である。

何故、このような言葉が出るのかは、親鸞の生きた時代を見ることである。

親鸞が出家して、比叡山に入ったのは、9歳の時、養和元年、1181年。
平家が壇ノ浦で、滅亡した時、13歳。
衣川で、藤原三代が滅亡したのは、17歳。
鎌倉幕府が成立し、頼朝を経て、実朝の暗殺された時は、47歳。
承久の変の時は、49歳。
内乱を見続けてきたのである。
更に、天変地異もあった。

人間とは何か。すべての宗教はこの問いを根本にもつが、とくに内乱とひきつづく乱世は、この問いを強く迫ったにちがいない。社会と人間のあらゆる矛盾が露呈するからである。そのなかでも最大の矛盾は、殺生をきびしく戒めた釈尊の教えを信じながら、陰謀や殺人や内乱のくりかへされてきたことであろう。こういう存在にとっても、救いはありうるのか。それとも末法の世と言われるとおり、人間にはただ絶望だけがあるのか。これが親鸞の抱かせられた精神の主題である。
亀井勝一郎 日本の精神史

時代は、いつも、激動の只中にある。
危機意識をもてば、いつの時代も、激動である。
平和ボケといわれる、現代の日本も、激動の時代の只中にある。

宗教は、その中にあって、何を提供できるのだろうか。
法然を、見て、親鸞を見るが、結論から言う。
彼らの、思想は、その後、見るも無残に変節した。

既成の、仏教団体の、伽藍と、形式を廃して、ただ、信心のみに、焦点をあてたのだが、それが、今では、既成仏教団と、同じく、伽藍と、形式に堕して、平然としている。

時代は、いつも、激動だと言った。
宗教家は、いつも、開祖の心を、思い、いつも、新鮮でなければならないが、浄土宗も、浄土真宗も、御覧の通りに、形骸化した。

後に、昭和歎異抄という、本を書いた、元浄土真宗の僧侶を紹介するが、内側から、徹底的に、宗門を批判している。

あらゆる、新興宗教も、必ず、伽藍を作り、要するに、立派な建物を作り、形式を作り、信者を、雁字搦めに、縛り、金を平然として、集める。

その、建物が立派であれば、あるほど、アホな人々は、納得して、金を教団に運ぶ。
そして、本部の地を、聖地というから、笑う。

要するに、人は、目に見える形で、安心するのである。
人は、見た目が九割であるというように、見た目からしか、入ることが出来ない。

ある教団の本部を見て、実に立派な建物であるが、その雰囲気、専門用語で言えば、波動の寒々としたものを、感じて、ゾッとしたものである。
その先は、信者でなければ、入られませんと、言われて、引き返したが、その中に、入る意欲は、なかった。

仏教とは、名ばかりで、教祖一家を、神のように崇めている。
驚いたのは、天狐が、教団をお守りしていると言う。
狐が、気の遠くなる年月、修行して、天狐になるという。あまりに、馬鹿馬鹿しくて、話にならない。狐に、守られていると、言うのであるから、狐の霊が、主導している、教団なのだろう。

その本部の建物の、上空に、教祖一家が、霊界なるものを、作り上げているのであろう。そこが、極楽だと、信じ切って。死んでも、救われないとは、このことである。
教団の信者は、死んで皆、教団本部の上空の幽界に入るのである。
哀れなり。

さて、親鸞の考えたところのものを、見渡す。

信仰にとっての最大の敵は、信仰する者同士の内部にある。或いは自己の内部にある。そこに生ずる破戒、あるいは自己崩壊はくりかへされていきた。それだけではない。仏教徒が仏教徒とが血を流しあい、迫害し、裁いてきたではないか。法然とともに流刑に処せられた親鸞は、この事実を忘れることが出来なかった。
亀井勝一郎

親鸞は、法然の教えを信じて、地獄に落ちてもいいという。何故なら、地獄こそ、一定住みかであるという。
これ程の、罪の意識、罪悪感というものを、親鸞は、何故、持つに至ったのか。

僧侶で始めて、妻を娶る親鸞である。
既成仏教団の、僧たちは、激しく攻撃したであろう。
ただし、彼らは、女犯を犯さなかったのではない。秘密裏に、女を囲う者、多数。
表向きは、独身を通すが、裏では、やりたい放題である。
その点から言えば、親鸞は、真っ当であった。

愛欲の大海に、沈みと、告白しているのである。
ただし、その自白に、酔うことが、なければ、良いのだが。

ここで、歴史を、逆戻りして、罪悪感、罪の意識というものが、仏教とともに、入ってきた、観念だということである。

日本の古神道には、清き、明るき、直き心のみがあった。
更に、ツミという言葉は、恵みの言葉だった。
海神、山神、わだつみ、やまつみとは、自然の恵みである。

ところが、漢語の罪という言葉は、全く、予想外の意味があった。

その罪は、仏教で規定されていた。
例えば、五逆といわれる罪は、殺生、盗み、邪淫、妄語、飲酒である。
出家者になれば、膨大な罪がある。

上記の、五つの罪さえも、誰もが犯す危険のあるものである。
乱世の世で、殺生などは、当たり前である。
邪淫を犯さない者はいないだろう。
そして、飲酒となれば。
在家信者にも、それは、要求された。

その、記された、罪から、罪意識が、更に、深まる。
そして、親鸞のように、罪人、罪人と、繰り返し言うことになる。

キリスト教も、兎に角、罪意識を抱かせる。
意識していなかった、ものまで、罪の意識を抱かせる。
そして、懺悔である。
ありもしない、原罪という、罪が、主イエスの十字架によって、赦されたという、誇大妄想を、展開し、信じる者を、雁字搦めにして、支配するという、手である。

更にあくどいことは、密室で行われる、人のセックスというものを、罪の意識に、育て上げるという、巧妙な手である。
人間の、真っ当な欲望を、罪と定めるという、狂いは、如何ともし難い。

古神道を、はじめ、多くの民族宗教、あるいは、伝統は、欲望を、恵みと、捉える。
それが、真っ当な感覚である。

宗教は、人間が犯すであろう、罪を、これでもかという具合に、探し出すのである。
それは、凡ての信者を、徹底支配するために、利用される。

親鸞は、
念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。
と言う。歎異抄

念仏するのではない。
念仏しようと思う心に、すでに、弥陀の本願である救いが、あるというのだ。

そして、もうひとつは、賜りたる信心である。
こちらが、信仰する、信心するのではない。
その、信心さえも、あちらから、与えられるものであると、言う。

人間が抱く様々な妄想のなかで、最も惑はしにみちたものは何か。妄想は煩悩に発するにちがいないが、煩悩から離れようとする信仰自体のうちに、実は最も深い妄想がひそんでいるのである。
亀井勝一郎

信仰という、ゲームと、考えうるとよい。
自分の心を、弄ぶという、実に愚かな、思考や、思索を、繰り返す。

例えば、罪の意識を、持って繰り返す、セックスほど、すこぶる快感なものはない。
何も、道具は、いらない。ただ、罪の意識さえあれば、通常のセックスの、何倍もの効果のある、性を楽しめる。

思索も、ある一線を超えると、堕落になるのである。

前頭葉の発達した、人間が考え出した、最も面白い遊び、それが、宗教である。

スポーツの楽しさは、ルールの中にある。
ルールのない、スポーツはあり得ない。

人間を、ある枠に収めて、そこでの、七転八倒を、楽しむという、実に、複雑怪奇な、遊びを、考えたものである。

それを、思索と呼ぶのか、私には、解らない。

言葉の遊びというものを、考え出した人間の性になったようである。
哲学とか思想も、然り。

私見である。
死ぬまでの、暇を潰すに、まあまあ、手頃なのかもしれない。


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もののあわれ267

頼もしく、いかにと言ひふれ給ふべき人もなし。法師などをこそは、かかるかたの頼もしきものにはおぼすべけれど、さひそ強がりたまへど、若き御心にて、いふかひなくなりぬるを見給ふに、やるかたなくて、つといだきて、源氏「あがきみ。いきいで給へ。いといみじき目な見せたまひそ」と宣へど、ひえいりにたれば、気配ものうとくなりゆく。



力になる人、どうしたらと、相談できる人も、いない。
法師などは、こんな場合は、力になる人と、考えてもよいが。
あれほど、強がっていたが、まだ、お若い方ゆえ、むなしく死んでしまったことを、御覧になると、堪え切れず、じっと抱きしめて、あがきみ、生き返ってくれ。いといみじき目な見せたまひそ、と、思う。
しかし、冷え切った体は、気配もの、うとくなりゆく、のである。


いといみじき目な見せたまひそ
酷い目にあわせないでくれ。
うとく なりゆく
疎ましくさえ、思われる。遠くに、去ってしまった、感覚である。



右近は、ただあなむつかしと思ひけるここち、みなさめて、泣きまどふさまいといみじ。南殿の鬼の、なにがしのおとどをおびやかしけるたとひをおぼしいでて、心強く、源氏「さりともいたづらになりはて給はじ。よるの声はおどろおどろし。あなかま」と、いさめ給ひて、いとあわただしきに、あきれたるここちし給ふ。



右近は、怖いという気持ちが、消えて、泣きうろたえるのである。
何とも、なだめようがない。
源氏は、南殿の、鬼の、某大臣を、脅した話を、思い出し、気強くなった。
源氏は、いくらなんでも、このまま、亡くなるということは、あるまい。夜の声は、大袈裟に響く。
静かにと、たしなめるが、まことに、慌しい成り行きとなり、茫然自失である。


このところを召して、源氏「ここにいとあやしう、物におそわれたる人の悩ましげなるを、ただ今、惟光の朝臣の宿る所にまかりて、急ぎ参るべきよし言へと仰せよ。なにがしアジャリ、そこにものするほどならば、ここに来べきよし忍びて言へ。かの尼君などの聞かむに、おどろおどろしく言ふな。かかるありき許さぬ人なり」など、みの宣ふやうなれど、胸ふたがりて、この人をむなしくしなしてむ事の、いみじくおぼさるるに添へて、おほかたのむくむくしさ、たとへむかたなし。


滝口を呼んで、源氏は、ここに、いとあやしう、物の怪に襲われた人がいる。今すぐに、惟光の朝臣の宿所に行き、急いで来るようにと、隋身に言いつけよ。惟光の兄の、アジャリが、そこにいるならば、ここに来るようにと、こっそり申せ。あの、母の尼君の耳に、入らぬように、仰々しくは、言うな。忍び歩きを、喧しく言う人だから。
と、言いつつ、胸が一杯で、この女を、このまま、亡くしてしまったら・・・と思う。
加えて、辺りの、気味の悪さである。



この巻の、マライマックスであるが、淡々として、筆が進む。
女が死ぬという、大事である。
しかし、源氏は、おろおろするばかりである。

若気の至りの行為であったが、その、結末としては、あまりに、気の毒である。
物の怪に、憑かれて、死んだということは、なにを意味するのか。

そして、その、物の怪の正体とは、である。

それらが、また、順々と語られるのである。
今度は、回想風になってゆく。

しかし、その前に、源氏の姿である。


夜中も過ぎにけむかし、風のややあらあらしう吹きたるは。まして松のひびき木ぶかく聞えて、けしきある鳥のからごえになきたるも、ふくろふはこれにやとおぼゆ。うち思ひめぐらすに、こなたかなたけどほくうとましきに、人声はせず。などて、かくはかなき宿りはとりつるぞ、と、くやしさもやらむかたなし。


夜中も過ぎたようである。
風が、少し強く吹き出した。
まして、松風の様は、茂ったさまの響きである。
異様な鳥が、生気の無い声で鳴く。フクロウとは、この鳥なのかと、思わせる。
色々と思ってるみるに、ここもかしこも、人気もなく、不気味で、人の声も聞こえない。
どうして、こんな所に、泊まったのか。そう思うが、誰のせいにも出来ない。


かくはかなき宿りは とりつるぞ
どうして、こんな宿を取ってしまったのか。泊まったのかと、自問自答する。
後悔するのである。



右近はものもおぼえず、君につと添い奉りて、わななき死ぬべし。またこれもいかならむと、心そらにて捕らへ給へり。われひとりさかしき人にて、おぼしやるかたぞなきや。灯はほのかにまたたきて、母屋のきはに立てたる屏風のかみ、ここかしこのくまぐましくおぼえ給ふに、ものの足音ひしひしと踏み鳴らしつつ、うしろより寄りくるここちす。「惟光とく参らなむ」とおぼす。ありか定めぬ者にて、ここかしこ尋ねける程に、夜のあくるほどの久しさは、ちよを過ぐさむここちし給ふ。


右近は、正体もなく、君にぴったりと、添ったままである。
震えて死にそうである。
女ばかりか、この女も、どうなるか、解らないと、上の空で、つかまえている。
自分一人が、醒めていて、途方にくれる。
灯は、微かにして、母屋の境に立てた、屏風の上、その他あちこちが、暗いのである。
何か、足音が、ミシミシと踏み鳴らし、後から、寄って来る感じがする。
惟光よ、早くと、思う。
お使いが、あちこちと、探している間と、夜の明ける間の、長いことは、千夜を過ごすような気持ちである。


われひとり さかしき人にて おぼしやる かたぞなきや
自分一人が、さかしき人、賢い人であるが、ここでは、しっかりしている、と読む。
自分だけが、その状況を、明確に意識し、認識しているのである。
それだけに、恐怖もまた、強いのである。

一体、何事が、起こったのかという、奇怪な気持ちと、事後の収拾である。
もう、手出しが出来ないのである。

ちよを過ごさむ
千代を、過ごすような気持ちである。

この夜の、出来事は、源氏を、しばし、悩ませることになる。

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2008年08月06日

もののあわれ268

からうじて鳥の声はるかに聞ゆるに、「命をかけて、何の契りにかかる目を見るらむ。わが心ながら、かかるすぢにおほけなくあるまじき心の報いに、かく来しかた行く先のためしとなりぬべき事はあるなめり。しのぶとも、世にあること隠れなくて、内に聞し召さむをはじめて、人の思ひ言はむこと、よからぬわらはべの口すさびになるべきなめり。ありありて、をこがましき名をとるべきかな」と、おぼしめぐらす。



ようやく、鶏の声が、遠くに聞こえた。
君は、心の内で、命まで、賭けて、なんの因果で、このようなことになったのか。我が心の内からとはいえ、この道の、不謹慎な欲望の、応酬で、過去や、未来に例となるような、事件が起こったのだ。
隠しても、実際に、起こったことは、隠せない。
いつかは、主のお耳に入ることだろう。そして、世間の思惑、噂になり、更に、賎しい童たちの、噂の種になる。
挙句の果て、愚か者と、言われることだろう。と、考え続けるのである。


かく来しかた行く先の ためしとなりぬべき事は あるなめり
過去や、未来の、例になるだろう。

しのぶとも 世にあること隠れなくて
隠しても、隠くすことは、出来ない。


かろうじて惟光の朝臣まいれり。よなかあかつきと言わず、御心に従へる者の、こよひしもさぶらはで、召しにさへおこたりつるを、憎しとおぼすものから、召し入れて、宣ひ出でむことのあへなきに、ふとものも言はれ給はず。



やっと、惟光の朝臣が、来た。
夜中でも、朝でも、御意に背かない者が、今夜という今夜に限り、お傍に、いず、その上、お召しに、遅れたことを、けしからんと、思いつつも、呼び寄せて、お言葉に、されようとするが、情けない話になので、急に、口が、利けないのである。


右近、太夫のむはひ聞くに、初めよりの事うち思ひ出でられて、泣くを、君もえ堪へ給はで、我ひとりさかしがり、いだき持給へりけるに、この人にいきをのべ給ひてぞ、悲しき事もおぼされける。とばかりいといたく、えもとどめず泣き給ふ。


右近は、太夫が来たことを知り、初めからのことが、思い出されて、泣く。
君も、我慢出来ずに、一人、気丈に、抱かかえていたが、惟光に、ほっとされて、悲しい思いが湧きあがる。
しばらくの間、止めようもなく、お泣き続けになるのである。


ややためらいて、源氏「ここにいとあやしき事のあるを、あさましと言ふにも余りてなむある。「かかるとみの事には、読経などこそはすなれ」とて、その事どももせさせむ、願などもたてさせむとて、アジャリものせよと言ひやりつるは」と宣ふに、惟光「昨日山へまかりのぼりにけり。まづいとめづらかなる事にも侍るかな。かねて例ならず御ここちのものせさせ給ふ事や侍りつらむ」源氏「さる事もなかりつ」とて泣き給ふさま、いとをかしげにらうたく、見奉る人もいと悲しくて、おのれもよよと泣きぬ。



しばし、気を静めてから、源氏は、ここに実に、意外な事が起こり、大変なこと、いや、それ以上のこと。
こんな急なことは、読経などするのが、よいとのこと。
そんなことも色々しようと、願も立て、アジャリも、来るようにと、言っておいたのだ、と仰る。
惟光は、昨日、山に参りました。
何にせよ、不思議な事件でこざいました。
前々から、ご気分の悪いことでも、ありましたか。
源氏は、そんなことは、なかったと言う。
そして、泣いた。
実に、美しく、可愛らしい。
それを、見ている惟光まで、悲しくなり、自分も、声を上げて泣いた。

泣き給ふさま いとをかしげにらうたく
泣き姿が、大変に、をかしげに、見えるという。
作者が、それを、強調する。

しかし、不思議なことに、源氏の姿形が、どこにも、書かれてないのである。
ただ、美しいの、一点張りである。
何故か。
美しいという、物指しを、読む者に、丸投げしているのである。

兎に角、美しい、というのみ、である。
ここに、源氏物語の、テーマがある。
美とは、何か。
美によって、許されるもの。
すべては、美を超えないのである。

源氏は、その象徴である。

この大変な状況にあっても、源氏の美しさを、書くという、紫式部の根性である。
女の死など、物の数ではないというのよな。

源氏の、姿、有り様に、読者を、曳き付ける。

あさましと言ふにも 余りありてなむある
源氏の言葉で、事の重大さを、言う。
あさましいと言うにも、程がある、いや、それ以上に云々である。
あさまし
驚くべきこと、にも、余り有ること、である。

惟光は、あらかじめ、事の有様を、聞いていたと、思われる。
まづいとめづらかなる事にも侍るかな
大変、珍しい、不思議なことがあったのですね。
今までにない、事件である。

それにして、源氏の泣く姿に、貰い泣きするという、惟光である。
作者は、それを、源氏の美しさゆえだという。

物語は、源氏の顔が、見えずに進んでゆくのである。
それの方が、私は、不思議である。

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神仏は妄想である 107

信仰の最も重要な面は罪の意識の自覚にあることは言うまでもない。同時に隠れた自力性といったものが、ここに微妙に作用するのではなかろうか。たとえば罪の告白懺悔は尊いことかもしれないが、このときほど人間の「はからい」が巧妙にはたらくときはないのかもしれない。親鸞はそこに生ずる虚構をおそれたのだ。
亀井勝一郎

罪の自覚は、当然だと言う。
親鸞は、告白懺悔の虚構を恐れたと言うが、私は、それ以前に、罪の意識のあるのが、当然だということに、注目する。

宗教の救いというものは、人間の罪意識あればこそだと、暗黙の内に、了承されていることである。
おかしい。

我が身が、救いようのないほど、罪人であるという意識は、如何なるものか。
罪意識があるから、救われたいと思う。

何度も言うが、この自虐性が、問題である。

更に、
自己の計量したあらゆる救済観念を破壊すること、これが親鸞の戦いである。換言すれば、罪の自覚の深さに応じて、そういう救済観念の空しさを身に沁みて経験してきたということでもある。

自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。
歎異抄

自力の人は、他力の心が、欠ける。ゆえに、弥陀の本願には、適わないのである。

これは、観念の中の観念である。
確かに、親鸞の思索の深さというものが、表現されるというが、何ゆえに、ここまで、自己を追い詰めるのかといえば、罪意識である。

罪人意識に、陥り、抜け出せないでいる。しかし、これも、自業自得である。

歎異抄は、名文であり、日本文学の中でも、一際、冴える書である。
しかし、それと、宗教の云々とは、別問題である。
確かに、宗教的、云々があればこその、名文であろうが、そうだとすれば、これは、あまりに、無用な、悩みを、多くの人に与えた。
更に、現代までも、この親鸞の迷いに、導かれて、さすらう人がいる。

愛欲の大海に、沈む、つまり、セックスの欲求が、何故、罪の意識と、結びつくのか。
それを、罪意識だと、当然として、今までの解釈は、成り立つていた。
根本からして、それは、誤りである。

名利の山に、迷う。
何故、名声を求めてはいけないのか。
そのために、努力奮闘することに、人生の一つの道があるのだろう。

何をしても、人は、生きられるようにしか、生きられないのである。

救いを説く、仏教がもたらしたものは、救われないという、罪意識であり、それは、単に、その世界の中での、お遊びであるという。
つまり、観念遊びである。

罪意識という、迷いを与えて、そして、そこからの救いを説くという、ゲームである。

どんな救済観念も崩壊した極限を設定することによって、言わば自己のはからいの微塵も入る余地のない、絶対帰依の心をあらわそうとしたのである。悪人への同情でもあこがれでもない。崩壊しつくした人間と、弥陀の本願との、どん底における出会いに、信仰の純粋性を見ようとしたのである。
亀井勝一郎

上人の常の仰せには、弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり
歎異抄

親鸞一人のために、あの大願が発せられたということである。だが何がこのことをいわせるに至ったのか。まさに天地の間「唯我独悪」の切なる体験が、この言葉となったのである。一切の悪がこの自分一人の中に渦巻いているのである。だがそれは何を意味しているのか。一切の慈悲が自分一人の上に降り注がれているということではないか。・・・・
こんな驚きこんな感激が他にあうか。もう自分の往生に露塵ほどの疑いも残らぬ。誰を差し置くとも、この自分が浄土に生まれるのである。こんな歓喜が世にあろうか。地獄必定と分からせて貰えた者のみの味わい得る歓喜である。
柳宗悦

一体、誰が、こんな、妄想を、与えたのであろうか。
大乗仏典は、すべて、創作であると、今では、知られている。
当時は、そうではなく、すべてが、本当であると、考えた。
つまり、極楽も、地獄もあるものだと。

今では、仏典の多くが、検証されて、その有様が、解られてある。
妄想の、観念が、妄想の観念を生み、更に、誇大妄想が、加えられて、とんでもない、極楽往生の、思索の深さが、善しとされている。

人は、生きられるようにしか、生きられない。

つまり、時代性であり、時代精神である。
彼らを、責める訳にはゆかない。
その時代に、徹底して、生きたのである。

さて、それから、親鸞を支持した者たちが、浄土真宗という、集団を作る。
そして、現在までに至る。
その、宗教団体は、如何なるものか。

あの、時代に、宗祖が、悩み抜いた境地に、立って、信仰と成しているのか。それとも、既得権益のみに、汲々としているのか。

堕落の一言である。

更に、内の中に、反省を促す声も、聞かず、ただ、諾々として、伽藍と、形式に陥り、すでに、その心意気を失い。ついには、葬式のみに、生きる宗教となり、唾棄すべき、僧侶たちの、安穏とした様は、世の中の害毒である。
無きもしない、地獄、極楽を、説いて、信者を騙し、更に、脅迫して、強迫神経症を、引き起こさせるという、お粗末さである。

次に、宗門から、宗門を批判した、昭和歎異抄を書いた、大沼法龍氏の、文を、見ることにする。

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2008年08月07日

もののあわれ269

さ言へど、年うちねび、世の中のとある事としほじみぬる人こそ、もののをりふしは頼もしかりけれ、いづれもいづれも若きどちにて、言はむかたもなけれど、惟光「この院守りなどに聞かせむ事は、いと便なかるべし。この人ひとりこそ、むつまじくもあらめ、おのづから、もの言ひ漏らしつべき眷属も、立ち交りたらむ。まづ、この院を出でおはしましね」と言ふ。


なんといっても、年も取り、世間のことに経験を積んだ者なら、まさかの時に、頼みになるが、君も惟光も、若者である。
言う言葉がなかった。
惟光は、この屋敷の、留守番などには、話しては、いけない。あの者一人ならばいいが、何かの時に、つい身内の者に、喋ることもあろう。
なににより、この院を出ましょうと、言う。



源氏「さて、これより人少ななる所は、いかでかあらむ」と、宣ふ。惟光「げに、さぞ侍らむ。かのふるさとは、女房などの悲しびに堪へず、泣きまどひ侍らむに、隣しげく咎むる里人おほく侍らむに、おのづから聞え侍らむを、山寺こそ、なほかやうのこと、おのづから行きまじり、もの紛るる事はべらめ」と、思ひまはして、惟光「むかし見給へし女房の、尼にて侍る、ひんがしの山の辺に、移りし奉らむ。惟光が父の朝臣のめのとに侍りし者の、みづはぐみて住み侍るなり。あたりは人しげきやうに侍れど、いとかごかに侍り」と、聞えて、明けはなるる程の紛れに、御車寄す。



源氏は、でも、ここより、人気の無いところはないだろうと、言う。
惟光は、いかにも、そうですが、あの元の家は、女房などがかなしに堪えきれず、泣き騒ぐでしょう。隣近所も、下々の者たちが、聞き耳を立て、評判になります。
山寺なら、このようなことは、自然にありましょうから、目立だないだろうと、思案し、
以前、懇意にしていた、女房が、尼になって住んでおります、東山の辺りに、移しましょう。惟光の、父の乳母だった者です。
老い崩れて住んでいます。
あの辺は、人目が、多いようですが、至って、静かな場所です。
と、申し上げて、夜明けの頃の、ざわめきに紛れて、御車を寄せるのである。

みづはぐみて
はなはだしく年を取る。
老いに崩れて。

いとかごかに
閑散としている。
静寂がある。


この人をえいだき給ふまじければ、うはむしろにおしくくみて、惟光乗せ奉る。いとささやかにて、うとましげもなくらうたげなり。したたかにしもえせねば、髪はこぼれいでたるも、目くれまどひて、あさましう悲しとおぼせば、なりはてむさまを見む、と、おぼせど、惟光「はや御馬にて二条の院へおはしまさむ。人さわがしくなり侍らむ程」とて、右近を添へて乗すれば、かちより、君に馬は奉りて、くくり引上げなどして、かつはいとあやしく、おぼえぬ送りなれど、御気色のいみじきを見奉れば、身を捨てて行くに、君はものもおぼえ給はず、われかのさまにておはし着きたり。



この女を、君は、抱けそうにもないので、上敷きにくるみ、惟光が、乗せた。
とても、小柄で、厭な感じもなく、かわいらしい。
髪が、こぼれ出しているのが、目に入ると、君は、涙が溢れ出し、何も見えず、たまらなく悲しく思い、その果てを、見届けようとするが、惟光が、早くお馬で、往来が、騒がしくならないうちに、二条の院に、お帰りくださいと、言う。
車には、右近を付き添わせて、乗せる。
惟光は、徒歩にて、君には、馬を差し上げ、指貫の裾をくくり上げて、行く。
実に、妙な葬送である。
源氏の、悲嘆する様を見て、我が身のことは、考えないのである。
源氏は、何も判断できず、我を失う有様で、二条の院に到着した。


かつは いとあやしく
実に奇妙で、ある。

われ かれの さまにて
我なのか、彼なのか、つまり、我を忘れる様。

あっけなく、物の怪により、命を落とした、夕顔の巻である。

これは、後の物語の、伏線にもなるのである。
当時の、死霊、生霊に対する考え方が、伺える。
それらは、物の怪なのである。

目に見えない世界と、関わって生きているということ、実感として、感じていた時代である。
医学というものが、なかった時代は、その死因なども、解らない。
急死の場合は、物の怪に、憑かれたと、考える。
そうして、原因として、納得していたのである。

現代でも、原因不明の、死というものがある。
どんなに、医学が発達しても、原因不明というものは、ある。

また、この時代は、そういう、目に見えない世界を相手にする、陰陽師という存在があった。それは、宮廷が認めた存在である。
陰陽博士とも言われた。

有名な、安陪清明なども、その一人である。
陰陽とは、中国の、陰陽五行からのもの。ただ、道教などの影響もあり、更に、元からあった、霊的所作を加味して、独特の修法を行ったものである。

更に、当時は、密教の影響により、加持祈祷というものが、当たり前であり、病快癒のための、加持祈祷は、貴族を中心に、多く行われていた。
これについては、このエッセイの主旨ではないので、省略する。

出来心での、行為で、女を死なせたという、源氏の、悲しみと、悩みが、はじまる。
我が身を責める日々である。
それが、どのような形で、新たに展開するのか。

物語は、どんどんと、進む。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 108

浄土真宗では読経、儀式に偏重して、実地の求道を軽視してはいませんか。僧侶が色衣を着て葬式をすれば、極楽往生をさしてあげるように自惚れ、遺族のものもそれで浄土往生をしたものと安心しているのは、自他ともに間違いいではありませんか。聖人の真意は、歎異抄に「親鸞は父母孝養のためとて一遍にても念仏まをしたること未だ候はず」と、改邪抄には「某親鸞閉眼せば加茂川にいれて魚にあたうべし」とありますが、今真宗では実地の求道は指導せず、流れを汲むものはすべて信後のものと看做して、読経、儀式が真宗の全部のように誤認してはいませんか。
大沼法龍 昭和歎異抄

浄土真宗の僧侶が、自らの教団に、徹底批判する最初である。

上記を、読むと、何も浄土真宗に限らない。
日本の仏教は、今、皆、そのようである。
開祖の心意気などは、皆無である。

これは、江戸時代の三代将軍、家光のキリシタン禁止のための、すべの国民を、寺に登録させる、つまり、寺の檀家にするという、政策の御蔭である。
それから、仏教の堕落が、はじまった。勿論、それ以前からも、堕落していた。

要するに、将軍が、寺の金集めを指定してくれたのである。
僧侶たちの、堕落は、計り知れないものがある。

僧侶も、妻を娶り、家族を持ち、更に、子孫のために、財産を残すべく、セッセと金集めに奔走するという。
仏陀が、聞けば、泡を吹くような、行状である。

在家と、出家の区別も無いのである。
どこに、仏陀の仏教があるのか。

大乗仏典が、いかに、嘘まみれなのかは、彼らを見れば、よく解る。

上記の、文は、誰が読んでも納得するものである。

読経と、儀式に、堕して、今も、平然として、仏教と名乗り、平然として、暮らしを立てているという、仰天である。

あまりに、平穏無事であるから、最早、宗派の教えも、何も、忘れているようである。

勿論、ごくごく一部には、少しは、真ともな僧もいるが、それとて、少しは、真ともに見える程、日本の僧侶たちは、堕落している。

信長ならば、一まとめにして、火を放つだろう。
私も、そうする。

大沼法龍氏は、真宗だけではなく、すべての宗派に対しても、同じように考えていただろう。

聖人は法然上人の膝元で、たのむ一念の時、立ちどころに他力摂生の趣旨を受得したと書いてありますが、一念をはっきり語るものがいない。聖人が「一念といふは信楽開発の時こくの極意を顕し、広大難思の慶心を彰す」といわれたのは、実時でも仮時でもない、開発したときの味である。溺れていたものなら、助かったという自覚がある、後生の苦になったものなら、開発したという体験がある。後生の一大事になっていないものが、読書して了解しているのだから、いつとはなしに獲信したというのは、話がわかっただけで調熟と摂取の分際がわからないのだから、摂取されてはいません。

後生の一大事になってないいものが、読書して了解しているのだから・・・

正に、今の仏教は、読書の仏教であり、ハウツー物の、仏教書を読んで、了解している者、多数であり、更に、それらを、書くのは、仏教家ではなく、様々な分野の人が書いているという、有様。
皆々、言葉の遊び程度で、それを呼んで、感動しました等々の、言葉は、単に、読んで了解したという、程度で、何も、開発したものではない。

少しは、解ったというだけで、得心していないというのである。
調熟と、摂取の分際がわからないのだから、摂取されていません、とは、専門的、浄土真宗の教義にあるから、これを、説明しても、どうしようもない。

面白いのは、法然を上人とし、親鸞を聖人としていることだ。
真宗は、親鸞が開祖であるから、当然、親鸞に重きを置く。

聖人は第十八願の成就文の聞即信の一念で、無量永劫の解決がつく、唯信独達の法門を発揮しておらるるに、真宗では十劫の昔に助かっていることを喜べと、十劫秘事の異安心を鼓吹しているのは、聖人の真意を知らないのではありませんか。

この、十劫の昔に、助かっているというのは、すでに、弥陀の本願が発揮されて、救われているということなのだろう。
素人の私にでも、解ることである。
要するに、理屈である。

ここで、少しばかり注目する部分がある。

聖人はあれだけ難信の法を説いておらるるのに、真宗の道俗は誰一人として語るもののいないのは実地の求道がなく、実地の体験がないから語り得ないのではないでしょうか。難信易行が宗の根基で、易信易行の宗旨はありません。

易行道というが、実は、難信だという。
難信であり、易行なのである。

信ずるのは、難なのである。しかし、方法は、易い。

次第に、専門的になるので、このくらいにして、おく。

大沼氏の言いたいことは、現在の浄土真宗の堕落である。
その、堕落をそのままにして、寺を我が子に継がせ、宗旨の理などは、度外視し、安穏としている組織に、渇を入れているのだ。
しかし、その渇も、効き目が無い。
全く、無関心を装っても、いいのである。それは、檀家がいるからである。何の心配もいらない。十分、生活してゆかれる。
金が必要になれば、何とかカントかと、名目をつけて、集金するのである。

それは、今では、すべての仏教団体に言えるのである。

こんな、いい商売は、ありませんと、平然として、料亭で、宴会をする僧侶たちである。
どこに、仏陀の伝えたものがあるのか。
仏教という、宗教の更に、宗派の、軌道に乗っていれば、いい。
教団上層部、指導者が、決めた教義を、唯々諾々と承知し、ただ、それを、猿真似のように、伝えていればいいのである。

ホント、こんな良い商売はない。

末法というのは、仏教家たちに言えることで、一般の人には、全く関係無い。
これほど、救われない集団も、いないが、救われていると、信じているから、終わっている。

その、救われているとは、単なる、妄想であることに、気付かない。

兎に角、阿弥陀如来というのは、架空の存在であり、人の創作したものであることは、明々白日である。
その、本願云々という、お話も、いつまで、続くものか。

最早、時代は、その妄想を抜けて進んでいる。
もっと、マシな、妄想が、闊歩しているのである。

愛と調和のエネルギーとか、ね。


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2008年08月08日

もののあわれ270

人々、「いづこよりおはしますにか、悩ましげに見えさせ給ふ」など言へど、御帳のうちに入り給ひて、胸を押さへて思ふに、いといみじければ、「などて乗り添ひて行かざりつらむ。いかなるここちせむ。「見捨てて行きあかれにけり」と、つらく思はむ」と、心まどひのうちにも思ほすに、御胸せきあぐるここちし給ふ。御ぐしも痛く、身も熱きここちして、いと苦しくまどはれ給へば、「かくはかなくて、我もいたづらになりぬるなめり」と、おぼす。



女房たちは、どこからお帰りやら。ご気分が悪いようです。などと、言う。
黙って、御帳台の中に、お入りになる。
胸に手を当てて思うと、どうにも、たまらなくなり、どうして一緒に乗ってあげなかったのかと、生き返ったとしたら、どんな気がしよう。見捨てていかれた、薄情者だと、思うだろう。心騒ぐ中にも、そう思われる。
胸がつまり、頭も痛くなり、熱もあるようである。
とても、苦しく、このように元気がないとは、自分も、死んでしまうのではないか、と思うのである。


かくはかなくて 我もいたづらになりぬるなめり
このように辛くては、我も、死ぬのかもしれない。

女の死に、自分の死を、考える。

心まどひのうちにも
心の、惑い、動顚である。


日たかくなれど、起き上がり給はねば、人々あやしがりて、御かゆなどそそのかし聞ゆれど、苦しくて、いと心ぼそくおぼさるるに、内より御使ひあり。きのふえ尋ね出で奉らざりしより、おぼつかながらせ給ふ。おほい殿の君だち参り給へど、頭の中将ばかりを、源氏「立ちながら、こなたに入り給へ」と宣ひて、みすのうちながら宣ふ。


日は、高くなったが、起き上がりされないので、女房たちは、変だと思いつつ、食事をお勧めするが、君は、苦しく、心細くいらっしゃる。
そこに、宮中から、お使いが、ある。
昨日、お捜し出せなかったので、主は、ご心配あそばす。
大臣の家の若君方が、お出でになったが、頭の中将だけを呼び、立ったまま、こちらに、お入りくださいと、言う。
御簾を隔てたままに、おっしゃる。


源氏は、正式な衣装に着替えることも、できなかったのだ。
それ程、衝撃的事件だった。



源氏「めのとにて侍る者の、この五月のころほひより重くわづらひしが、かしらそり忌む事うけなどして、そのしるしにや、よみがへりたりしを、このごろまたおこりて、弱くなむなりたる、今ひとたびとぶらひ見よと申したりしかば、いときなきよりなづさひし者の、いまはのきざみに、つらしとや思はむ、と思う給へてまかれりしに、その家なりける下人の病しけるが、俄に出であへでなくなりけるを、おぢ憚りて、日を暮らしてなむ取り出で侍りけるを、聞きつけ侍りしかば、神わざなるころいと不便なる事と、思う給へかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、しはぶきやみにや侍らむ、かしらいと痛くて、苦しく侍れば、いと無礼にて聞ゆること」など宣ふ。



乳母である者が、この五月から、重病でありましたが、髪を下ろし、戒を受けて、その効験で、生き返りました。
しかし、近頃、再発して、弱ってしまい、もう一度、見舞ってくれと申すので、幼い時からの、関係であり、臨終の時に、薄情者と、思われると、考えて、参りました。
すると、その家にいた、下人で、病にあった者が、外へ出す間もなく、急死してしまいました。
それを、恐れつつしんで、日が暮れるのを待ち、担ぎ出したことを、耳にして、神事の多いこの頃の事、不都合千万と、恐れ多く感じて、参内せずにいたのです。
今朝、明け方から、風邪でしょうか、頭が痛く、苦しいものですから、はなはだ失礼でしたが、申し上げる次第です。と、仰る。


いと きなきより なづさひし者の
幼き頃からの、親しんでいた者
神わざなるころいと 不便なる事と
神わざ、とは、神事である。九月は、神事が多い。
死の、けがれは、三十日間である。

無礼、ぶらい
ぶれい、ではない。礼無き様をいう。



中将、「さらば、さるよしをこそ奏し侍らめ。よべも御遊びに、かしこく求め奉らせ給ひて、御気色あしく侍りき」と、聞え給ひて、立ち返り、中将「いかなる行き触れにかからせ給ふぞや。のべやらせ給ふ事こそ、まことと思う給へられね」と言ふに、胸つぶれ給ひて、源氏「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬけがらひに触れたるよしを奏し給へ。いとこそたいだいしく侍れ」と、つれなく宣へど、心のうちには言ふかひなく悲しき事をおぼすに、御ここちも悩ましければ、人に目も合はせ給はず。蔵人の弁を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせ給ふ。おほい殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御せうそこなど聞え給ふ。



中将は、それでは、その旨を、奏上いたしましょう。
昨夜も、音楽の際に、しきりに、お捜しあそばして、ご機嫌、ななめに拝しました。
と、申し上げて、一度立ったが、また、引き返して、どうした、けがれに、出会いましたのやら。お話の内容は、事実とは、思えません。と言う。
源氏は、ドキッとして、詳しい内容ではなく、ただ、思いがけない、穢れに、出合ったとだけ、奏上してください。
まことに、申し訳ないことです。
何気なく、仰るが、ご心中は、言葉にもならない、悲しみが、込み上げてくる。
ご気分も、勝れず、相手の視線を、受け止めることもできないでいる。
中将と、同行して来た、蔵人の弁を、呼び寄せて、この事情を、奏上するように、しっかりと、仰せになる。
大臣宅にも、こういう事情で、参内できないと、お手紙など、差し上げるのである。

行き触れに かからせ 給ふぞや
穢れたところに、行きあったということ。

いとこそ たいだいしく
怠怠、である。
不心得、持っての他である。

ここで、源氏の、状況が、よく見えるのである。
その立場と、地位である。

蔵人 くらんど の弁
役職の、位である。
太政官の弁局の、中弁とか、少弁とかを、いう。
更に、蔵人を、兼ねる者である。

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神仏は妄想である 109

真宗には智者も学者も輩出しているけれども、ああ言えば異安心、こう言えばお聖教に抵触すると、小さい凡智の神経を尖らして蝸牛角上の闘争をつづけているけれども、それは御教化を敷き写しをしているにすぎない、不思議の仏智と一体になっていないから、如来聖人の真意を読破することができない。
大沼法龍 昭和歎異抄

真宗に限らず、宗派の教学学者という者がいる。
実際、学問には、程遠いものであるが、学問の一つだと、思い込んでいるのが、実に、不思議である。
キリスト教神学にしても、学問の一つだと、信じて疑わないのである。

教学は、学問の分野に入れて、語るものではない。
何故なら、それらは、すべて、妄想の産物、創作想像の産物だからだ。
しち面倒な、言葉の数々を覚えて、教学試験などとやっている、宗教もあるが、笑いものである。

それらを、覚えても、何一つ、人生の役には立たない。いやいや、役に立つ者がいる。それを、生活の糧にしている輩である。

各宗教の大学などでは、堂々と、学問として、仏教学などを、講じているという、仰天である。

曹洞宗系の、ある大学に行っている、一般の学生から、聞くと、僧侶になるために、入学してきている者、多数。しかし、あれらの行状を見ていると、寺に金を出す者たちが、本当に、可愛そうである、いや、哀れであるという。
寺の住職を継ぐ者なのであるのか、低能と思えるほどの、頭でも、入学しているというから、呆れる。

要するに、惰性である。
血脈に継がせるということ、自体、すでに、崩壊である。

だから、と、大沼氏は書く。
新興宗教の荒波に巻き込まれている真宗の御門徒を、傍観するのみであって、救済することができない。信仰の悩みを開化するのではなく、絢爛たる儀式に眼を剥けさすことに腐心しているから、儀式が終われば淋しいから低級の物欲の宗教に狂わされてゆくのであります。

これは、昭和歎異抄の、はしがき、である。
それ以降の、内容については、甚だしく、真宗の専門的な、教義になるので、書くことができない。
それを、説明するだけでも、とんでもない、分量になる。

上記、冷静に判断すれば、実は、浄土真宗というものも、新興宗教である。
親鸞が起こしてから、どれくらいの、時間を経ているのか。
低級の物欲の、宗教に狂わされているというが、それは、お互い様である。

何の根拠も無い、戒名などをつけて、暴利を貪る。
ご供養と称しての、寄付や、献金からはじまり、何かにつけて、金を集める。
他の、新興宗教と、何ら変わらないのである。

ただ、このように、宗旨の教えに、憂いを持ち、宗派に、反省を促す者を、追放するという、浄土真宗の、その様が理解できるというものだ。

真宗の御門徒を、傍観するだけで、救済しないと言う。
ここで言う、救済とは、親鸞の、教えに対するものであり、救済観というものは、その、宗派によるものである。

実に、宗教家は、救うという言葉が、好きなようである。

門内にいては長いものに巻かれよで、体験を語ることさえもできない不自由さで、
気迫もなければ発展もない、ただ他力無力で安逸を貪り、死後の夢を見ているにすぎない。不思議の仏智に目覚め批判をし、鉄槌を加えても、無明の酒に酔いつぶれているものには悪口としか聞こえないのだから、どうせ弥勒の出世を待つまでは流転をつづけなければなりますまい。
と、言う。

禅宗の、真っ当に住職をしていた僧が、檀家ために、金のかからない、納骨堂の建設を始めると、まさに、金にならないと、住職を追放するという。
私は、実際、その住職が、貧しい人のために、葬儀の導師を務めたのを、見ていたことがある。

宗派にとっては、救いとなるような、僧侶を、宗門に従わないと、追放する、その根性は、どこからのものか。

組織になると、手のつけられない、団体になるのが、宗教団体である。

既成宗教も、新興宗教も、変わりない。

鎌倉時代は、真宗も、新興宗教であった。
さらに、道元の曹洞宗、日蓮宗も、そうだ。
実際、大乗仏教からして、新興宗教である。

大乗仏典を、検証して、その誤りを正すという者がいないのは、既得権益の旨味である。
安穏としても、檀家がいる限り、生活は、豊かで、何の心配もない。
信徒が、年金生活で、あくせくしていても、自分たちは、何の問題も無いのである。

信徒たちの、生活と、大きく掛け離れたところにいて、のうのうと、仏の教え、救いの教えという、大嘘を説いているという様である。
更に、自分たちも、極楽に往生するか否かも、定かではない。

勿論、霊界に、極楽という世界は無いから、どうしようもないのだが。

大乗仏典の、大御所、竜樹などの著作を読めば、仏教で言う天上界とは、魔界であるとの、説を、知らないという、愚かさである。

第六天の魔王が支配する世界が、仏教の天上界である。

阿弥陀様のいる、極楽という、世界は無いのである。

観仏という、行法によって、極楽の様を、観るという、念仏行があるが、お経に書かれた、その様子を、目の前に、まざまざと見るという、修行である。
話にならない。
妄想の世界に浸れということである。

死んだら、そこに生まれると、信じよと言う。
あまりに、哀れで、ならない。

この方は、
死んで生まれるなら浄土宗、いま生まれた平生業成の浄土真宗であります。
と言う。

明らかに、法然の念仏と、親鸞の念仏を、区分けしている。

そして、延々として、親鸞の教え、浄土真宗の教義を、語る。
それは、それとして、善し。

私は、次に移ることにする。

ただ、要するに、教義の中の七転八倒であり、そこから、抜けていないのである。
親鸞が、作り出した、妄想、それを、信仰の深さと、解釈するのは、勝手なことだが、その中での、議論なのである。
議論のための、議論としか、思えないのである。

仏とは自覚覚他窮満、宇宙の真理を諦得し、無著無碍の境地、神通自在を得たから、常楽我浄の迷夢で我執をつづけ、流転をつづけている一切郡生を開覚せしめ、自分と衆生とが一体になろうと活動をつづけておられる方を、仏というのであります。

頑固明朗である。
頑固さが、明朗であるという。
ここまで、迷いを教えられ、仕込まれたら、元に戻らないだろう。

あくまでも、仏と、衆生を対立させ、その、一体を願うことが、救いだと、信じている。
それを、涅槃を願うとも言う。

宇宙の真理を、体得し、神通力を得て、自分と衆生が一体と、なるべく活動を続ける存在が、仏だと言うのである。

インドで、生まれた一人の人間の、物思いに、ここまで、酔うという、哀れは、ただ事ではない。これを、迷いと言う。

仏陀は、生まれて死んだのである。
そう、仏陀も、人間である。
超越した者ではない。
人生を思索し続けた人である。ただの、人である。だから、慕わしいのである。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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