2008年07月23日

神仏は妄想である 143

道元の救いは、歌道にある。
それは、仏に至る道より、救われる道である。
何となれば、日本人として、本来の道、歌の道に、立ち戻ることが、出来たからである。

仏は、方便である。
勿論、道元は、そうは、思わない。仏への道、そして、坐禅こそ、唯一の仏陀への道と、信じる。


さて、禅思想が、老荘思想により、その言葉により、成った経緯をみる。

繰り返すが、中国に禅というものが、入って来たのは、六世紀の、達磨によってである。
そして、その禅というものは、インドにもともとあった、バラモンの修行法の一つ、ヨガである。

また、禅宗だけではなく、坐禅という修行法は、禅宗のみならず、多くの宗派で、取り入れていたものである。
しかし、不立文字という、禅の、以心伝心を主にするものは、中国禅からである。

勿論、不立文字であるが、語る語る、のであるが。

インドには、そのような、ヨガ、坐禅は無かった。
中国に来て、そのようになった。

そして、禅宗では、師資相承、ししそうじょう、というものが、重んじられる。
つまり、師匠から、認可を得るというものである。

禅宗が、釈迦の教えであり、インド起源のものである。
故に、インド僧である、達磨からの、相承を得ることが、必要だった。

しかし、禅宗ほど、中国的色彩の濃いものは、他の仏教に無い。それは、何故か。
老荘思想から、大きな影響を受けたからである。

勿論、現代の、禅家は、それを、認めないだろう。
更に、禅よりも、老荘思想の方が、遥かに、理想的なのである。
それは、絶対的な存在を、置かないからである。

中国では、宋時代以後、仏教といえば、禅と、念仏しか、残らなかったという、事実がある。

禅が、いかに、中国に合ったものであるかが、解る。
念仏については、単純な、念仏行により、救われるという、現世利益的にものにより、残った。


日本でも、簡単、単純、バカでも出来るという、念仏、題目が、大流行である。
今も、廃れることがない。
大衆は、簡単、単純で、明確なものほど、信じやすいし、騙されやすい。

浄土門と、題目宗で、日本の仏教は、語られるのである。
加えて、禅宗である。

日蓮宗系は、行者として、真言宗は、加持祈祷という、おどろおどろしいもので、見えない世界を、扱い、つまり、幽霊、悪霊、邪霊の類を、相手にして、何とか、人心を、掴む。
実際は、霊が、霊を、なにやら、あっちに行かせたり、こっちに、連れたりする程度なのであるが、知らぬ人は、奇跡のように、考える。

それらの、方法で、永遠に解決するなどは、有り得ないが、とりあえず、今は、何やら、少しは、良い方向に、改善されるので、人は信じる。そして、騙される。


実は、禅宗が、成立する前から、不立文字を、掲げる思想があった。
老荘思想である。

ばしめに、断っておくが、老荘思想も、一部のみが、正しくある。
言葉遊びに始終すると、誤る。
地の思想としては、非常に勝れたものである。
ただ、中国の思想家は、孔子をはじめ、平面思想である。
つまり、霊的世界を知らない。
知る術も無いのである。
それが、難点である。

道教で、扱われる、天という、善なるものも、悪霊、邪霊、迷い霊などと、一緒の空間にいるという、程度である。

中国思想の、天の思想は、平面である。決して、垂直には、働かない。
これを、前提に書くことにする。


世間の尊ぶものは書物である。だが、ほんとうに尊ばれているものは、書物そのものではなくて、そこに書かれている言葉である。しかし言葉もそれ自体が尊いのではなくて、その言葉のうちにふくまれている意味の方が重要である。だが、意味もまだ究極のものではない。意味が指向している事実こそ、最も尊いものなのではないか。
ところが、この事実というものは、言葉では伝えられないものである。言葉で伝えられるものは、その物の名と声にすぎない。名と声とは、はたてして物の真相を伝えることができるだろうか。
壮子 天道篇

言葉というものは、不可分であるはずのものを、分別して、破壊するというのである。

つまり、言葉は、対立を生む。
白といえば、白ではないもの。真といえば、偽というもの、など。

道元が言う、弁道という、弁とは、物を分けるという意味である。
そこで、もう、道元の、言葉の世界の浅いことが、解る。
いかに、名文といえども、単に、物を分けて、考えるということなのである。

仏と、仏でないもの、である。
仏の家に、投げ入れて、という時、仏の家ではないという、モノがあると、いうことである。
道元は、それを、知っていたのか。


さて、言葉という、人為的な行為は、無限であるべき自然に、限定を与えて、更に、有限化するという致命的、欠陥を持つのである。

言葉には、一定の枠、つまり、意味というものがあり、その枠で、事実を捉えようとする時、それは、言葉の枠の内であるということ。限定され、有限化された内であるということ。


そこで、壮子は、
弁ずるは黙するにしかず
知る者は、言わす、言う者は、知らず
という、名言を残す。

正に、禅が言うところの世界である。
しかし、禅は、壮子の、そこまでは、至らない。

更に、
聖人は不言の教えを行う
と言う。
仏陀と、同じではないか。


それでは、老子は、どうか。
禅家を、揺るがす程の、思想である。

道の思想。
仏に至る道の、何ほどもないこと、明白である。
少し、寄り道するが、老子を見ることにする。

本居宣長、松尾芭蕉も、老荘思想を、通して、大和心に、目覚めたことを、付け加えておく。だが、宣長は、唐物を、嫌った。老荘思想により、より明確に、大和心に、目覚めたと言う。

ただし、私は、違う、
万葉集により、開眼した。

それまでも、老荘思想を、眺めていたが、万葉集の大和心は、正に、
力むことなき、人間の生きる、そのままの、原風景であった。

万葉の、歌道は、老荘思想も、超える。
超えるとは、素であるということ。
言葉に関する、屁理屈もない。
音を、素直にして、息遣いに、歌を詠んだということ。
いずれ、書く。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ253

修法など、またまたはじむべき事など、おきて宣はせて、出で給ふとて、惟光に紙燭召して、ありつる扇御覧ずれば、もて慣らしたる移り香、いと染み深うなつかしくて、をかしうすさび書きたり。


心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕がおの花

病気平癒の祈祷などを、よくするように、命じて、お立ちなさる。
その時、惟光に、紙燭を持ってこらせ、先ほどの、扇を、御覧になると、移り香が、染み込み、懐かしく思われる。
一首の歌が、美しい筆により、書き流してある。

推量ながら、あるいは、と、存じますが、白露に光る夕顔の花、光輝く、あなた様は、もしや・・・

いと染み 深う 懐かしくて をかしう すさび書きたり
深く染みて、人恋しく思うような、美しい、流し書きである。

心あてに
もしやと、想像するに
それか とぞ 見る
あなたは、あのお方では、というのである。

光源氏の君ではないか、と。


そこはかとなく書きまぎらはしたるも、あてはかにゆえづきたれば、いと思ひのほかに、をかしうおぼえ給ふ。惟光に、源氏「この西なる家は、なに人の住むぞ。問い聞きたりや」と宣へば、例のうるさき御心、とは思へども、さは申さで、惟光「この五六日ここに侍れど、ばうざの事を思う給へあつかひ侍る程に、隣の事は、え聞き侍らず」など、はしたなやかに聞ゆれば、君「憎しとこそ思こたれな。されど、この扇の、たづぬべきゆえありて見ゆるを、なほ此のわたりの心知れらむ者を召して問へ」と宣へば、入りてこの宿守りなるをのこを呼びて、問ひ聞く。


何気なく、無造作に、書き付けてある筆は、上品で、奥床しい。全く意外で、興深く感じられる。
惟光に、この家の西の隣に住む人は、何者か。聞いてみたことはあるか、と、問う。
いつもの、好色な心とは思うが、それは隠して尋ねる。
ここ五六日、この家におりますが、病人の事を、気にしていまして、隣のことは、知る暇もありませんでした。と、答える。
けしからんと、思っているのか。だが、この扇が、詮索すべきもののような、気がするのだ。怒らず、この辺の事情を知る者に、訊いてくれ、と言う。
惟光は、奥に入り、家番の男を呼んで、尋ねる。


惟光は、源氏の好色さを、知り、にべもない態度で、質問を聞いていたが、源氏が、強く言うので、しょうがなく、確かめるのである。

あてはかに ゆえづきたれば
上品で、奥床しい筆である。
ゆえづき
故があるような、と、私は、思う。
奥床しさは、故がある、と。深読みする。

はしたなやかに 聞ゆれば
取り付くひまもないように、である。
惟光は、源氏の、好色の興味深さを知っているのである。


惟光「やうめいのすけなる人の家になむ侍りける。をとこはいかなにまかりて、女なむ若く事このみて、はらからなど宮仕へ人にて、来通ふ、と申す。詳しき事は、しもびとのえ知り侍らぬにやあらむ」と聞ゆ。「さらば其の宮づかへ人ななり。したりがほに物なれて言へるかな」と、「めざましかるべききはにやあらむ」と、おぼせど、さして聞えかかれる心の、憎からず過ぐしがたきぞ、例の、このかたには重からぬ御心なめりかし。御たたうがみに、いたうあらぬさまに書き変へ給ひて、


よりてこそ それかとも見め たそがれに ほのぼの見つる 花の夕顔

ありつる御隋身してつかはす。

惟光が言う。
名誉職を勤めている家で、ございます。家番が申すには、主人は、地方に、下向いたし、家内というのが、年若く、趣味人で、姉妹などが、宮仕えをしていますと、申します。詳しいことは、下人のことで、よく存じませんでしょう。と言う。
それじゃあ、その宮仕えの人なのであろう。得意げに、馴れ馴れしく、詠みかけたもの。と、思われ、興ざめしそうな、連中ではないかと、思うが、目指して、歌を詠む心が、憎くもなく、放っておいても、いいとは思うが、女のことには、軽々しい性質なのであろう。
御懐紙に、すっかり違ったふうに、筆遣いを変えて

近づいてこそ、誰かと、解るものです。夕暮れに、ぼんやり見た花の夕顔では、解りません。

と、先ほどの、御隋身に、持たせた。

例の、このかたには重からぬ御心なめりかし
これは、作者の思いである。
例の、女に対する、癖が、出て、である。
軽々しい、気持ち。


まだ見ぬ御さまなりけれど、いとしめく思ひあてられ給へる御そばめを見すぐさで、さしおどろかしけるを、いらへ賜はで程へければ、なまはしたなきに、かくわざとめかしければ、あまえて、「いかに聞えむ」なと、言ひしろふべかめれど、めざましと思ひて、隋身はまいりぬ。


お会いした事もない、お方ではあるが、はっきりと、解る横顔であり、早速、言葉をかけたのだが、ご返事がなく、時がたったので、何やら、きまり悪いところに、使いが、わざとらしく来たので、いい気になって、何と申し上げましょうかと、騒いでいる。
隋身は、不快に思い、待たずに、戻って来た。


さしおどろかしけるを
早速、言葉を、つまり、歌を贈ったのである。

なまはしたなきに かくわざとめかしければ
ずくに、返事が来ないので、きまり悪いところに、使いが、わざとらしく来た。

あまえて
いい気になって、である。


御さきの松、ほのかにて、いとしのびて出で給ふ。半蔀はおろしてけり。ひまひまより見ゆる燈の光り、ほたるよりけにほのかに、あはれなり。

前駆の持つ、松明も少なく、こっそりと、お立ちになる。
西隣は、半蔀が、閉じていた。
戸の隙間から、漏れ出る、燈の光は、蛍より、微かであり、物寂しいものである。

ここでの、あはれなり、は、物寂しいと、訳する。
あはれ、という言葉の姿が、非常に幅広い、情景や、思いにあることが、解る。


ほたるよりけに ほのかに 
蛍の光よりも、微かであり、それは、あはれ、に、思われるのである。

この、夕顔の巻は、今で言えば、ミステリー仕立てになっている。
非常に面白く、興味深いので、全文を、掲載する。

当時の、物の怪を、理解する上でも、参考になる。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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