2008年06月27日

もののあわれ228

侍従の宰相の五節の局、宮の御前いと近きに、弘薇殿の右京が、一夜しるきさまにてありしことなど、人々言ひ出でて、日蔭やる。さしまぎらはすべき扇などそえて

おほかりし 豊の宮人 さしわけて しるき日かげを あはれとぞ見し

一条院の東の対に置かれた、藤原実成が献上した、五節の舞姫の控え所。
宮の御前とは、中宮彰子の御座所。
弘薇殿とは、一条天皇女御の女房の右京。
先日の夜、日蔭の、鬘、かずら、が、目立つ有様であること、人々が言う。
さしまぎらはすべき扇、とは、顔を隠すための扇である。それを、添えている。

宴、とよのあかり
宴会を、豊明節会、とよのあかりのせちえ、と読む。

宴に、奉仕した大勢の人々の中で、ひときわ目立つ、日陰の鬘の、あなたを、感慨深く、拝見しました。

寛弘五年、十一月の豊明節会の日の歌である。
その頃は、源氏物語の作者として、知られていた頃である.

宮仕えも、その才能を買われてのものである。
さしわけて あはれとぞ見し
格別に、感慨深くである。

この、あはれ、は、また格別であるという、あはれであり、心の許容範囲を超える、思いを、あはれ、と言うのである。

あはれ、という言葉が、いかに、多くの意味を持ち、また、多くの表情を、持っているかが、解る。
あはれ、という言葉を、限定して、定義できない故である。

はじめて内裏わたりを見るに、もののあはれなれば

身のうさは 心のうちに したひきて いま九重ぞ 思ひ乱るる

始めて、宮仕えに出た頃の歌である。
歌の題が
宮仕えを、もののあはれなれば、という。

感激、感動、そして、不安と、期待など、様々な思いの乱れ、入り交じった情緒である。

宮仕えに出ても、我が身の嘆きは、心の中に湧いて、宮中で、あれこれと、心が幾重にも、乱れることだ。

身のうき、とは、身の憂き、である。
不運な、身の上を、憂きことと思う。辛く思うのである。
宮仕えが、辛いのではない。彼女の、身の上の辛さである。
夫を亡くし、一人子を抱えての、不安や、動揺でもある。
九重とは、宮中を指し、また、幾重にもという意味でもある。

心のうちに したいきて
心の内に 慕いくる
その思いが、ついてくるのである。

この歌を、彼女の生きてきた、道のりを考えて、様々に、書き表すことが出来る。それをこの一首に、凝縮するのである。

まだ、いとうひうひしきさまにて、ふるさとに帰りて後、ほのかに語らひける人に

閉じたりし 岩間の氷 うち解けば をだえの水も 影見えじやは

宮仕えに出て、まだ新米で、故郷に帰り、その後で、少し話し合った同僚であろうか、人に。

岩間を閉ざしていた、氷が、解け始めたら、途絶えていた、水も流れ出ます。
そこに、影が映らないことが、ありましょうか。

つまり、それは、相手に対して、言うのである。
あなたが、打ち解けてくださるならば、どうして、内裏に出ないことが、ありましょうか。

宮仕えに出たのは、十二月二十九日のこと。
間もなく、里に帰り、春になっての、出仕である。
春になり、氷の解けることを、比喩にしている。

返し

みやまべの 花吹きまがふ 谷風に 結びし水も 解けざらめやは

返しが、きた。

山辺の花を、散り乱す谷風に、固く閉ざしていた氷も、解けないことが、ありましょうか。

それは、また、中宮の御心によって、あなたの心も、解けるでしょうと、言うのである。


正月十日のほどに、「春の歌たてまつれ」とありければ、まだ出で立ちもせぬかくれがにて

みよしのは 春のけしきに 霞めども 結ぼほれたる 雪の下草
みよしのは はるのけしきに かすめども むすぼほれたる ゆきのしたくさ

正月十日のこと。
「春の歌を、詠みたまえ」と言われて。
里に戻ったまま、出仕せず、身をひそめている家で。

吉野山も、今は、春らしく、霞がかかっています。しかし、私は、雪に埋もれて、芽も出せない、下草のようです。

吉野に、み、という接頭語をつける。
吉野山は、雪深く、春になっても、雪の降る場所として、歌に詠まれる。

この、私に、光を当てて、雪を解かし、芽を出させるものは、中宮の、信頼と愛情であろう。

宮仕えとは、中宮彰子に、仕えることであり、紫の、役目は、中宮の教養を高めることである。
多くの、女房たちが、集っている。
そんな中で、紫は、人に顔をみせることを、特に、避けたという。

結ぼほれたる 雪の下草
源氏物語を、書いた後の、彼女は、この言葉のような、生き方をしていた、また、好んでいたといえる。

芽も出せない、雪の下草という、心境である。

あの、世紀を超えて残る、物語を書いた者とは、思えない、謙虚さである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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