2008年06月26日

もののあわれ227

六月ばかり、なでしこの花を見て

垣ほ荒れ さびしさまさる とこなつに 露おきそはむ 秋までは見じ

六月の、撫子の花を見て。

垣根が荒れて、寂しさが募る、我が家の撫子に、秋には、涙をそそる露が、更に加わるのである。そんな秋まで、私は、生きていないであろう。

病にある時の歌である。
夫を亡くして、手入れもしていない、庭を見て、心細く思った心の様が、歌われる。

とこなつ、とは、撫子のこと。

実は、私は、この頃から、紫は、物語を書き始めたと、考える。

研究では、源氏物語の、原作は、長保三年、1001年から、三四年の寡婦時代に、書かれたといわれる。
すべての原稿が、原作として完成したのは、寛弘二年、1005年とされる。

病に、ありながらも、筆を執っていたのであろうか。

「物や思ふ」と、人の問ひたまへる返り事に、九月つごものに

花すすき 葉わけの露や なににかく 枯れ行く野べに 消えとまるらむ

「何か心配ごとでもありますか」と、人に問われた、九月のつごもりに。

すすきの葉の、間を分けて下の葉に、置かれた露が、草木の枯れた、野辺に消えずに残っています。その露のような私が、どうして、今日まで、生き残っているのでしょう。

消えつまるらむ
消えずに残る
それが、我が身の存在である。
一度、死というものを、みつめたようである。
末期の目という。
生きることと、死ぬことが、朧になってゆく。
何ゆえ、消えとまるらむ、のか。

ここで、下手な宗教家は、それには意味があり、云々かんぬんと、理屈を言うだろう。しかし、その、朧な感覚を、持ち続けて、更に、生きる時、もののあわれ、といいものの、姿が、また、朧に浮かび上がる。

この、感覚は、何であろう。
この、思いは、何であろう。
心狂おしく、湧き上がる思い。
創作の思いに、それが、昇華される。
ついに、物語に、手を染める。もののあわれ、というものを、見つめるために。

それは、我が心の内にある、もの、である。
その心の内にある、もの、から、私は、逃れられないのである。
もののあわれ、というものである。

和づらふことあるところなりけり。「かひ沼の池といふ所なむある」と、人のあやしき歌語りするを聞ききて、「こころみに詠まむ」といふ

世にふるに などかひ沼の いけらじと 思ひぞ沈む そこは知らねど

病にある頃。陸奥の新田郡にある、貝沼郷という所の池。不思議な歌語りがあるという。歌語りは、歌にまつわる話である。その話を、聞いて、詠む。

この世に、生きていて、何の甲斐がありましょう。生きているまいと思い、貝沼の池に、私なら、身を沈めるでしょう。その池は、どこにあり、池の底は、どんなところでしょう。

随分と、厭世的である。
これは、つまり、死にたいと思っているのである。
生きていたくない。
人生に、一度や二度、そのように思う時がある。
実は、心の健康な証拠である。

生きていたくない、しかし、生きたい、死にたい、しかし、死にたくない。
その、ブレの中で、弾けるものがある。
創意工夫である。
オリジナルである。

茶の湯の千利休が、茶の湯の奥義として、創意工夫を言う。
いつも、オリジナルであれ、ということである。そして、それが、生きるということ。
芭蕉の、俳句も、そうである。

守ることを、伝統と解釈するのは、間違いである。
守ることは、創意工夫することなのである。
型を学んで、形に、至る文化が、日本の文化と言われるものである。

今の言葉で、言えば、クリエイティブな創作作業こそ、生きるということなのである。
それは、どんな場所にあっても、出来ることである。

あの店は、一味違うラーメン屋だと、言われるラーメン屋にするために、どれ程の試行錯誤を繰り返して、ラーメンに取り組むか。
創意工夫を、ラーメンというものに、賭けるのである。
何に対しても、それが、出来る。
生きるということは、実に面白い。

また、心地よげにいひなさむとて

心ゆく 水のけしきは 今日ぞ見る こや世にかへる かひ沼の池

今度は、気持ちよさそうに、歌を詠んでみようと、思う。

心の、晴れ晴れする池の景色を、今日は、見ました。これが、捨てた世に、立ち返る、甲斐のある、貝沼の池でしょうか。

そうそう、それでは、一つ、気分を変えましてという、ことだ。
死ぬまで、生きるしかないのである。

そして、死は、必ず訪れる。
それまでの、暇つぶしに、物語でも、書きましょうか。
これである。
生きるという、心境が、最大限に高まる時。
ここには、理屈も、観念も、悲壮感も無い。

心に風が吹くのである。
どんな、風か。
もののあわれ、という風である。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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