2008年06月24日

もののあわれ225

宮の御産屋、五日の夜、月の光さへことに澄みたる水の上の橋に、上達部、殿よりはじめたてまつりて、酔ひ乱れののしりたまふ。盃のをりにさしいづ

めづらしき 光さしそふ さかづきは もちながらこそ 千代もめぐらめ

中宮彰子の出産である。
一条天皇第二皇子の誕生祝の儀。
上達部、かんだちめ たちが、寝殿と東の対を結んで遣り水の上にある、渡殿の上で、酔い乱れて、大声で騒いでいる。
盃が、回ってきたてので、次の歌を、差し出した。

今夜の望月に、清新な光が加えられたような、若宮様誕生の、祝いの盃は、望月と同じように、欠けるところなく、皆様の手に渡されて、千代も、お祝い申し上げるのでしょう。

またの夜、月のくまなきに、若人たち舟に乗りて遊ぶを見やる。中島の松の根にさしめぐるほど、をかしく見ゆれば

曇りなく 千歳にすめる 水の面に 宿れる月の 影ものどけし
くもりなく ちとせにすめる みずのおもに やどれるつきの かげものどけし

次の夜。月が一点の曇りなく、美しい。若い女房たちが、舟に乗る。
中島の松の根元を舟が回る。それが、趣があり、美しい。

濁りなく、千年の長きに渡り、澄んでいる池の水に、映る月影も、穏やかである。

御五十日の夜、殿の「歌詠め」とのたまはすれば、卑下してありけれど

いかにいかが 数へやるべき 八千歳の あまり久しき 君が御代をば
いかにいかが かずへやるべき やちとせの あまりにひさしき きみがみよをば

五十日の祝いの席で、殿の「歌詠め」という命で、お目にかける歌は、詠めむと、遠慮していたが

これからの、幾千年という、若宮様の、御歳を、どのようにして、数え尽くすことができるでしょう。

いかにいかが
感嘆である。
長寿を祈る言葉は、特別に、祝いの際に使われた。
八千歳とは、大袈裟であるが、それほど、祝いの心深いと、表すのである。

殿の御

あしたづの よはひしあらば 君が代の 千歳も数も 数へとりてむ

殿様の御歌。道長の歌である。

あしたづ
鶴の別名

鶴のような、千年の寿命があれば、若宮の千年の御歳も、数えとり、遠い将来を、見届けることが出来る。

自分の娘が、天皇の子を産んだのである。
道長の安泰を、約束する。

誕生と、長寿は、共に、末広がりの祝いである。
それでは、逆に、死は、不幸中の不幸である。
しかし、それは、避け得ないことである。

死は、忌みことである。
誕生と死と、共に、考えるところに、もののあわれ、というものの、心象風景が、ある。

逃れられない、死というものを、いかに、受け入れるのか。
それを、その恐怖を、いかに、克服するのか。
いや、それは、克服するものではなく、受容するものであった。

人は、死ぬことによって、自然に帰ることができる。
その、自然に帰ることを、神になると言った。
自然は、神だったからだ。
神という文字に、観念がつく場合は、カミとしてよし。

何度も言った。
日本人の死生観は、死ぬことが、消滅することではなく、隠れることであったと。
自然の内に、隠れるのである。

それは、崩れることであった。
崩、神上がり、かむあがり
肉体が、崩れて、元に帰る。
その心は、山に帰る。さらに、天に帰る。

雲を見て、亡き人偲ぶ歌が多かったのは、万葉である。
自然に隠れた心は、雲や雨や雪になった。
自然のすべてになった。

風吹けば、風に。雨降れば、雨に、亡き人を偲ぶよすがとした。
それ、もののあわれ、である。

死というものを、受容する、もののあわれ、という、心象風景は、日本にしかない、考え方である。

そして、誕生も、晴れの心であるが、その心には、もののあわれ、というものが、流れている。
晴れの場である。
そして、晴れのみが、人生ではない。だから、晴れの日は、晴れを、思う存分に祝うのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれに第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。