2008年06月20日

もののあわれ221

やよひばかりに、宮の弁のおもと、「いつか参りたまふ」など書きて

うきことを 思ひみだれて 青柳の いとひさしくも なりにけるかな

宮の弁のおもと、とは、中宮の女房である。
紫の、宮仕えは、寛弘二年、1005年12月29日である。
この歌は、その翌年、実家に戻っていた歌である。

いつ、お戻りですかという、女房の書き物に。

いやなことを思い悩み、お里に下り、随分と長い時が立ちましたね。

うきこと
憂きこと。嫌なこと。

青柳は、いと、にかかる、枕詞。

返し 歌本になし

かばかりも思ひ屈じぬべき身を、「いといたうも上衆めくかな」と人の言ひけるを聞きて

わりなしや 人こそ人と いはざらめ みづから身をや 思ひ捨つべき


歌本になし、とは、書写した者の注である。

このように、思い悩み、崩れそうになる、私。それなのに、「ひどく、高慢な振る舞いをする」と言う、女房たちがいると、聞いて。

しかたのないこと。あの人たちは、私を、人並みの者と、言わないでしょうが、私は、駄目な者だと、自分で、自分を見捨てられは、しない。

みづから身をや 思ひ捨つべき
自分を捨てられるものか。

宮仕えに出でも、紫は、よく実家に帰っていたことが、非難された。
面白い話がある。
彼女は、顔を、見られることが、嫌だったという。
兎に角、人の前に出て、顔を晒すことに、耐えられなかったのである。
今風に、言えば、実に、シャイだったのだ。

上衆、じやうず
傲慢である。

実家に帰ることが、勝手な振る舞いと、思われたのである。
こういう、誤解は、いつの世もある。

わりなし 
理屈では、どうにもならないこと。
しょうがない、ということを、どう、受け止めるかで、悩みの解決の、糸口が、見えてくる。
人生には、どうにも、しょうがないということが、溢れている。

薬玉おこすとて

しのびつる ねぞあらはるる あやめ草 いはぬにくちて やみぬべければ

薬玉とは、菖蒲、蓬を、五色の糸で通し、玉にしたもので、五月五日に、これをかけると、邪気が祓われると、人に贈ったり、肘にかけたという。
また、簾、柱にもかけた。
今は、こどもの日であり、その所作が、残っている。
菖蒲湯などで、邪気を祓うというのは、今でも、続いている。

隠れていた、菖蒲の根が、今日は、引き抜かれて、姿を現している。そのように、私もいいまでは、好意を現さずにいましたが、このまま、何も言わずに、朽ちてしまいますので、今日は、あなたへの、思いを、お見せする次第です。

返し

今日はかく 引きけるものを あやめ草 わがみがくれに ぬれわたりつつ

お返し
今日は、菖蒲の根を引いて、お言葉をいただきました。しかし、菖蒲の根が、水底に隠れて、濡れているように、私は、家に籠もって、涙に濡れてています。

みがくれ
菖蒲の根が、水に隠れている、水隠れと、紫が、家に籠もる、身隠れを、かけている、掛詞。

引き、みがくれ、ぬれ、は、あやめ草の、縁語である。


土御門院にて、鑓水の上なる渡殿のすのこにいて、高欄におしかかりて見るに

影見ても うきわが涙 おちそひて かごとがましき 滝の音かな

土御門院とは、道長の邸。
鑓水の上なる渡殿のすのこにいて
池に引き込んだ、細い流れ。

高欄に、おしかかり、見るのである。

鑓水に、写る姿を見るにつけ、辛い我が身の上を、思い、涙が鑓水に流れて、この涙のせいだと、恨むが如くの、滝の音。

寛弘五年、1008年の、五月五日は、土御門殿で、法華三十講の行事があった。
その翌日の歌である。

今年は、2008年である。つまり、千年前のこと。
今年は、源氏物語千年紀である。
つまり、この頃、紫式部は、物語を書いていたということだ。

物語の、雅な世界とは、裏腹に、彼女の心は、何によって、このように、切ないのであろうか。

何が、辛かったのであろう。

その時の歌が、後半に日記歌として、載っている。
今は、詮索せず、その歌の時に、観ることにする。

影見ても うきわが涙
影とは、水に映る、我が身の姿である。
うきわが涙とは、うきは、憂きであり、その涙である。

今で言えば、夫を亡くし、シングルマザーとなり、嫌な宮仕えをして、女房たちの、噂話にされ、寂しさと、切なさの、複雑な心境である。

この世は、すべて、人と人との、関係である。
人間関係が、その人の、心模様になる。
誰と付き合うかで、人生が変わってくるのである。

未完の膨大な物語を、書いた彼女は、一人、創作の世界に、没頭するを、得なかったのであろう。

と、すれば、世の憂き事は、実は、芸術活動の種なのである。

もしそれを、軽薄短小な言い方で、表現すると、世の中のマイナスイメージは、芸術という、プラスイメージに、変換できるということである。

ただし、才能が、必要である。
才能の無い者は、さて、どうするのか。
答えは、簡単である。
妄想の、宗教に、没頭するのである。
あたかも、それが、プラスイメージであるか如くに、である。

人間は、思い込みだけでも、生きられるということである。

私の言い方にすると、死ぬまでの暇つぶしに、好きなようにすると、いい、ということになる。
ただし、それを、人に強制するな、ということである。

布教、宣教、折伏、公宣流布など、するなということである。

その前に、自分の尻の穴を、綺麗に、拭くことである。
尻糞をつけるな、ということである。



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もののあわれ220

世の中の騒がしきころ、朝顔を、同じ所にたてまつるとて

消えぬまま 身をも知る知る 朝顔の 露とあらそふ 世を嘆くかな

長保二年の、冬から、疫病が流行して、翌年になっても、それが衰えず、死亡者が増え続けた。
世の中は、不安に覆われていた。その頃である。
この年の、四月二十五日に、夫が亡くなったのも、疫病によるといわれる。

この身も、いつ果てるかもしれないという儚い命であることを、知っている。
朝顔の花と、露が散る前に、多くの人が亡くなって逝く、この世の儚さを、嘆きます。

消える、は、露の縁語である。
縁語とは、消える、とくれば、露と、なる、結びつきである。

この歌と、同じ心を、今回の、ビルマと、中国の災害を見て、感じた。

戦争でなくても、こうして、多くの人の命が、消えて逝く。
その数の多さに、愕然とし、更に、子供たちが、死ぬということに、嘆きを超えた、悲しみと、哀しみを、感じ、さらに、もののあわれ、というものの、姿を観るものである。

消えぬまの 身をも知る知る
消える、とは、生きている間である。それも、儚いことを、知っている。
知る知るとは、そのまま、詠嘆である。

繰り返すほど、十分に解っているという。
それなのに、世の人は、手の施しようもなく、亡くなってゆくという、この世の姿を、どう、捉えたらよいのかと、深く嘆いている。

世を常なしなど思ふ人の、をさなき人のなやみけるに、から竹といふもの瓶にさしたる女房の祈りけるを見て

若竹の おひゆくすえを 祈るかな この世をうしと いとふものから

世を常なしと、思うのは、作者である。
そして、その子である。
なやみける、とは、病になったのである。
唐竹というものを、瓶に挿して、祈るのである。
これは、呪術のようなものであろう。

若竹のような、幼い、我が子の成長する様の、無事を祈るのである。
しかし、わが身は、この世を、住みづらい、厭わしい場所だと、思っているのだ。

複雑な心境である。


身を思はずなりと嘆くことの、やうやうなのめに、ひたぶるのさまなるを思ひける

数ならぬ 心に身をば まかせねど 身にしたがふは 心なりけり

我が身の上を、思うようにならず、不遇だと嘆くことの思いが、次第に、収まったり、激しくなったりする。そういう、我が心を、観て詠む。

数にも、ならぬ、我が身の願いを、思い通りにすることは、出来ないが、身の上の流れに従うのは、ただ、心のみである。

次の歌も、同じ心である。

心だに いかなる身にか かなふらむ 思ひ知れども 思ひ知られず

私のような者でも、どのような、身の上になったら、満足するのだろうか。どんな、境遇になっても、満足することはないのだと、知っている。しかし、諦めきれないことである。

いつの世も、同じ心を、人は持ち続けているようである。

満足感とか、幸福感というものは、人それぞれ違うのであるが、満足するということが、あるのだろうかと、問う。

寒ければ、暑さを望み、暑ければ、寒さを望む。
人間とは、愚かなものである。
しかし、その、愚かさを、また、愛しいものとして、生きるのである。

思ひ知れども 思ひ知られず
知ってはいるが、それを、納得するには、大変なことである。

我が身を、その心を、静めるのは、大変なことである。

いつの時代も、人は、我が身の心を、静めるために、苦労した。
その心に、付込んだのは、宗教である。
安心立命という、妄想を、教えて、更に、迷わせる。

宗教の蒙昧を、一巡りして、元の心の場所に戻ると、何のことはない。ただ、そのままに、生きるのみである。

信じる、信じる切るというが、実は、信じるということが、如何なることかを、知らないでいる。
そこで、七転八倒して、屁理屈の世界に没入するのである。

観念遊びや、言葉遊びをして、そのうちに、死ぬ。
死ぬまでの、暇を潰す行為なのである、信仰とは。

そういう意味では、仏教は、大いに貢献したが、元に戻ってみると、何も変わっていない。ただ、そのままを、生きれば、良かったということになる。

もののあわれ、というものを、そのままに、生きればよいのだ。
それ以外に、取るべき方法は無い。

人間の想像力は、芸術活動として、善しとしていれば、足りる。
芸術を、拝めば、狂う。

狂ったまま、死ぬのが、信仰というものである。
勿論、その、絶対的自己満足というものを、否定はしない。

真実というものが、あるとすれば、自分というモノが、存在するという、その一点のみである。
存在の確信のみである。
我の実存のみが、真実である。

世間は、虚仮というが、虚仮以外の、どの場所で生きるというのだろうか。
世間にしか、生きられないではないか。

這ってでも、ずってでも、生きなければならない、その場所は、虚仮であると、認識するのは、病である。

ここにしか、生きられないから、ここに、生きているのである。

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神仏は妄想である 99

念仏とは二つの段階が考えられた。一つは心に仏を観ずることである。即ち憶念であり、思念である。一つは口に仏を称えることで、六字の称名である。観仏にも色々あろう。三十一あるという仏の相好を想い浮かべることもあろう。仏の国、浄土の相を想い描くこともあろう。
柳宗悦

だが、無智な者、遅鈍な者はこの観仏に堪えることは出来ないという。
それゆえ、念仏は、下根の者のために、称名の道を教えた。
ただ、口に仏のみ名を称えるだけであるから、口業念仏という。
源信は、そのいずれも、勧めたが、彼は、観仏が、称名に優ると、考えていた。

観仏は、上根の者のする念仏であり、称名の念仏は、下根の者のする、念仏であるというのだ。
鎌倉初期まで、それを、誰も疑わなかった。
しかし、称名の上位を述べたのが、法然である。

低いとされた、称名念仏に、深い意味づけを、行ったのが、法然であり、それは、中国仏教にも無いものである。
法然の、創造である。

確かに、天台宗などでも、称名念仏の修行という、一つはあったが、それは、一宗になるようなものではなかった。

簡単に言えば、衆生とは、愚かで、修行など出来ない者であり、下賎の者であるという意識である。

下品、げぼん、の者とも、言う。
要するに、愚かなる大衆という意味である。

さらに、
口称に依ることは絶対の他力を立てることである。仏自らが、自らをして残りなく仏たらしめることである。口称の時、人は己を見てはならぬ。仏をのみ見つむべきである。自らに幾ばくの力があってか、仏の力を疑うのであろうか。余分に仏の力を仰げば、口称に何の疑いが起こるであろう。その口称すらも、自らの口称ではないのを、とくと省みるべきではないか。
柳宗悦

ただ往生極楽のためには、南無阿弥陀仏と申して、疑ひなく往生するぞと思ひとりて申す外には、別の仔細候はず
法然 一枚起請文

疑いなく、往生すると、信じれば、いいと言う。
更に、疑いつつ、念仏しても、救われる、ということになる。
それを、深さというのか、迷いというのか。

創作の経典の、創作の、阿弥陀如来を信じて、念仏して、救われるという、心理は、如何なるものか。

自己完結である。

妄想の、ユートピアを信じて、救われると、思い込んで、念仏するのも、我ではなく、仏であると、信じきって、念仏すれば、救われる。

救いとは、極楽に往生、つまり、生まれると、考える。

念仏を信ぜん人は、たとひ一代の法を能く能く学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智の輩に同うして、知者の振舞をせずして、ただ一向念仏すべし
法然 一枚起請文

ここには、全く、科学というものが無い。
実証ということは、無い。仮設である。その、仮説を、信じて、ただ、念仏すれば、救われると、信じて念仏せよと言う。

当時の人々には、通用するが、現代には、通用しない。

阿弥陀仏の、おわす、極楽浄土に、生まれるという、意味が無い。
何故、極楽に生まれるべきなのか、という、疑問に、答えられない。

ただ、信じて、善しとする。

それを、深めたのが、親鸞である。いずれ、親鸞について、書く。

かるが故に知んぬ。念仏は易きが故に一切に通ず。諸行は難き故に諸機に通ぜず。しれば即ち一切衆生をして、平等に往生せしめんがために、難を捨て易を取りて、以って本願とし給ふか。もしそれ造像起塔をもて、本願とし給はば、即ち貧窮困窮の類は、定めて往生の望を絶たん。しかるに富貴の者は少なく、貧賤の者は甚だ多し。もし智慧高才をもて、本願とし給はば、即ち愚鈍下智の者は、定めて往生の望を絶たん。然るに智慧ある者は少く、愚痴なる者は甚だ多し。
法然 選択本願念仏集

要するに、30年間、仏教を学んだ法然は、最早、仏教以外の、考え方というものを、知ることがなかった。
どうしても、仏教の中に、何かを見出さなければ、ならなかったのである。

宗教家の、多くが陥る、救い病である。
救済病である。

人間は、決して、物事を、客観的に、見ることは出来ない。
客観的に、物事を見て、判断するとしても、それは、その人の、主観の内で、行われる。
つまり、客観的という、主観によってしか、物事を、見ることが出来ないのである。
子供が、客観的に、物事を見ることが、出来ないと、同じように、大人になっても、それは、無理なのである。

文明から、離れて暮らす人々は、決して、文明を、理解できない。
どうしても、その場、生きる場からしか、物事を、判断することは出来ない。
同じように、我という意識以外から、我を、観るということは、不可能である。

主観を、深める、高めるしか、方法が無いのである。

法然は、仏教の内から、抜けられなかった。
そこから、雁字搦めにされて、その中からの、救いという観念のみにしか、広げることが、出来なかった。

人は、知ること、以外の世界を、知らないのである。

だから、謙虚に、成らざるを得ない。
仏教という、狭い世界の中で、蠢くことしか、方法がなかったのである。

法然は、大衆に、仏教の救いというものを、開示したという、点では、大いに、評価出来ると、言ったが、それは、その時代で、終わった。

一期のものであった。

更に、この、浄土思想が、多くの人を、抑鬱状態に、陥れたことを、観る。

罪の意識である。

どこの、宗教も、そうであるが、この罪意識というものが、強迫観念となる。
親鸞などは、その、最もたる人物である。

強迫観念から、抑鬱状態を、高じさせて、抑鬱状態が、当たり前のようになるのである。
つまり、念仏は、そのまま、抑鬱神経症のように、念仏する者に、覆いかぶさる。

現在なら、抑鬱剤一つで、解放する。


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