2008年03月18日

もののあわれ

一夜の宮の気色のあはれに見えしかば、心からにや、それよりのち心苦しとおぼされて、しばしばおはしまして、ありさまなど御覧じもてゆくに、世に馴れたる人にはあらず、ただいとものはかなげに見ゆるも、いと心苦しくおぼされて、あはれに語らはせたまふに、宮「いとかくつれづれにながめたまふらむを、思ひおきたることなけれど、ただおはせかし。世の中の人もびんなげに言ふなり。

一夜の気配が、身にしみて、宮様の心が動いたのでしょう。
その後は、女の、身の上が心配になり、しばしば、お出かけになられました。
女の、様子を、見ているうちに、世慣れた女ではなく、ただ、いたく、心儚げに見えます。
それを、大変、気の毒に思われて、しんみりと、お話されました。
宮様は「このように、物思いをして、過ごしていられるのでしょうか。はっきりと、言うことは、できませんが、私のところへ、お出でください。世の中の人は、私が、通うことを、怪しからぬことと、言っているそうです。


時に参ればにや、見ゆることもなけれど、それも人のいと聞きにくく言ふに、またたびたび帰るほどのここちのわりなかりしも、人げなくおぼえなどせしかば、いかにせましと思ふ折りもあれど、古めかしき心なればにや、聞こえたえむことのいとあはれにおぼえて。


たまに、参りますので、人に見られることも、ありませんが、それでさえも、人はひどく、聞きづらく、悪し様に言ううえ、私としては、たびたび逢えず、家に帰るときの、辛かったこと。
人並みに、扱われていないようにも、思いました。
どうしようかと、考えていた日もあります。
それも、古風な、考えで、ありましょうか。
仲を絶って、しまうことが、いたく、あわれに、思います。


さりとて、かくのみはえ参り来るまじきを、まことに、聞くことのありて制することなどあらば、「空行く月」にもあらむ。もしのたまふさまなるつれづれならば、かしこへはおはしましなむや。人などもあれど、びんなかるべきにはあらず。


しかし、そう申しても、このように、いつも、通うわけにも、いきません。
誰かに、聞きとがめられて、止められたましら、あの
忘るなよ ほどは雲居に なりぬとも 空行く月の めぐり逢うまで
橘忠元

の、歌のように、逢えなくなります。
もし、つれづれの、暮らしをしているのなら、私の家に、お出でになりませんか。
人なども、おりますが、不都合なことは、起こりません。

これは、宮が、女を、家に引き取るということを、言う。
自分の家に、来ることを、打診しているのである。

いよいよ、物語は、核心に入ってゆく。


もとよりかかる歩につきなき身なればにや、人もなき所についいなどもせず。おこなひなどするにだに、ただひとりあれば、おなじ心に物語聞こえてあらば、慰むことやあると思ふなり」などのたまふにも、げに今さらさやうに慣らひなきありさまはいかがせむなど思ひて、「一の宮のことも聞こえきりてあるを、さりとて、「山のあなた」にしるべする人もなきを、かくて過ぐすも明けぬ夜のここちのみすれば、はかなきたはぶれごともいふ人あまたありしかば、あやしきさまぞ言ふべかりめる。

もとより、私は、このような、外出に、不似合いな身。人のいないところに、女をおいて、逢っていることは、しません。
仏へのお勤めをするのでさえ、ただ一人で、います。それと、同じ思いを、持って、あなたと、お話ができるのであれば、心が、慰められます。
などと、仰せられますが、本当に、慣れぬ暮らしができるのかと、考えます。
一の宮、花山院の、お話も、そのままになっています。
そうかといって、「山のあなた」に、導いてくれる人もいない、今。
明かりのない、暗闇に、住む気持ちがします。

「山のあなた」は
み吉野の 山のあなたに 宿もがな 世の憂き時の かくれがにせむ
古今集、読み人知らず より

つまらぬ、たわむれを言い、いい寄る男が、多いので、私を、あやしかる人と、申します。


さりとて、ことざまの頼もしき方もなし。なにかは、さてもこころむかし。北の方はおはすれど、ただ御方々にてのみこそ、よろづのことはただ御乳母のみこそすなれ。顕証にて出でひろめかばこそあらめ、さるべきかくれなどにあらむには、なでふことかあらむ。


さりとて、宮様以外に、頼る人も無し。
まあ、宮様の言葉に、従って、試してみましょう。
宮様には、北の方も、いられますが、ただ、いつもは、別々に、お住みになっています。
すべてのことは、御乳母が、取り仕切っていること。
露に、人に目立つことではないので、しかるべきところで、目立たぬようにとていれば、いいでしょう。

この濡れ衣はさらりとも着やみなむ」と思ひて、女「なにごともただわれよりはほかのとの思ひたまへつつ、過ぐしはべるはどのまぎらはしには、かやうなる所、たまさかにも持ちつけきこえするよりほかのことはなければ、ただいかにものたまはするままにと思ひたまふるを、よそにても見苦しきことに聞こえさすらむ。


そうすれば、多情だという私への、懸念は、晴れるでしょう。
と、考えて、女は、「何事も、すべて、自分の思い通りには、ゆかないもの。このように、過ごしながら、日々の慰めとして、たまたま、お出になるのを、待つということでしょう。
この他には、道はありません。
今は、もう、どのように、仰せられても、仰せのままに、従います。
宮様と、別々に住んでも、見苦しいことと、噂されているのです。


まして、まことなりけりと見はべらむなむかたはらいたく」と聞こゆれば、宮「それはここにこそともかくも言はれめ、見苦しうはたれかは見む。いとよく隠れたるところつくり出でて聞こえむ」など頼もしうのたまはせて、夜ふかく出でさせたまひぬ。格子をあげながらありつれば、ただひとり端に臥しても、「いかにせまし」と「人笑へにやあらむ」と、さまざまに思ひ乱れて臥したるほどに、御文あり。


まして、私が、邸に移りましたら、今までの噂は、本当だったと、人は、見るでしょう。それが、恥ずかしいのです」
と、申し上げますと、「それは、私の方こそ、とやかく、言われますでしょう。あなたのことを、見苦しいと、誰が見るでしょう。上手に、目立たぬことを、作って、お知らせしましょう。」
などと、心強く、仰せになり、夜明け近くに、お帰りになられました。
格子を、あげたままでしたので、ただ一人、端に臥して、「どうしようか」と考え、「人に、笑われるかもしれません」などと、様々に、思い乱れて、臥していますと、御文がありました。



露むすぶ 道のまにまに 朝ぼらけ ぬれてぞ来つる 手枕の袖

この袖のことは、はかなきことなれど、おぼし忘れでのたまふもをかし。


道芝の 露におきいる 人により わが手枕の 袖もかはかず



つゆむすぶ みちのまにまに あさぼらけ ぬれてぞきつる たまくらのそで

明け方の、露の降りた道を、辿りつつ、懐かしい、思い出の、手枕の袖を、濡らしつつ、帰ってきました。

この手枕の袖のことは、はかないことでしたが、お忘れにならずに、詠まれたのが、嬉しく思いました。


みちしぱの つゆにおきいる ひとにより わがたまくらの そでもかわかず

道の、芝草の露に濡れて、眠れずにいる人のために、私の、手枕の、袖も、涙で、乾くこともありません。


万葉では、恋歌を、相聞歌という。そして、死者への追悼を、挽歌という。
日本は、相聞歌と、挽歌の国である。
言うこともなし。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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