2008年03月17日

もののあわれ186

かくて、晦日がたにぞ御文ある。日ごろのおぼつかなさなど言ひて、宮「あやしきことなれど、日ごろもの言ひつる人なむ遠く行くなるを、あはれと言ひつべきらむことなむ一つ言はむと思ふに、それよりのたまふことのみみむさはおぼゆるを、一つのたまえ」とあり。あなしたり顔と思へど、「さはえ聞こゆまじ」と聞こえむも、いささかしければ、女「のたまはせたることはいかでか」とばかりにて、


惜しまるる 涙にかげは とまらなむ 心も知らず 秋は行くとも

まのやかにかたらいたきことにもはべるかな」とて、端に、「さても


君をおきて いづち行くらむ われだにも 憂き世の中に しひてこそふれ

とあれば、宮「思ふやうなりと聞こえむも、見知り顔なり、あまりやおしはかり過ぐいたまふ、憂き世の中とはべるは。

うち捨てて 旅行く人は さもあらば あれまたなきものと 君し思はば

ありぬべくなむ」とのたまへり。

このようにして、宮様から、御文がありました。
日ごろの、ご無沙汰について、書かれてあり、「少し、おかしなことですが、常に語らっていた人が、遠い地へ、旅立つと申します。その人が、感動する和歌を、一首、贈ろうと思うのですが、あなたから、下さる和歌だけが、私を、感動させます。私の、代わりに作っていただけませんか」と、書いてありました。
得意げな、お顔をしていらっしやるのにと、思いました。
「代作のようなことは、出来ません」と、申し上げようとしましたが、されも、生意気だと、思われると、「仰せのような、見事な歌が、とせうして、詠めましょう」とだけ書いて、


おしまるる なみだにかげは とまらなむ こころもしらず あきはゆくとも

別れを惜しむ、私の涙の中に、あなたの、面影が留まって欲しいのです。私の心も知らず、秋が行くように、あなたが、私から、去って行きましょうとも。

真面目に書くことの、代作は、見苦しょうございます」と、しるして、その紙の端に、「それにしても、


きみをおきて いづちゆくらむ われだにも うきよのなかに しひてこそふれ

宮様を、残して、その方は、どこへ行かれるのでしょう。この私のような者でさえ、切ない人生を生きているのに。

と、書いて、差し上げますと、宮様から、「思い通りの、歌でした。と、申し上げるのも、物知り顔になります。しかし、お歌は、あまりにも、思い過ごしが、多いようです。「憂き世の中」と詠んでおられるのは、


うちすてて たびゆくひとは さもあらば あれまたなきものと きみしおもはば

私を捨てて、旅行く人は、どうでも、いいのです。
あなたさえ、私を、絶対のものと、思し召してくださるならば。
それなら、辛い人生を、生きられるでしょう。

と、仰せの、お返事がありました。

まめやかに はからいたき ことにも はべるかな

まめやか
細々しく。真っ当に。真剣に。本気で。等々の意味がある。

今でも、マメな人と、言う、言い方をする。
マメな人とは、細やかなことに、気づく人。気配りのある人である。

源氏物語での、まめやかな、人の心遣いに、もののあわれ、というものを、観た人は多い。

心を砕く人こそ、もののあわれ、というものを、具現化するとでも、いう。

人の心の、機微に触れることである。

もののあわれ、が、更に、深まるのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。