2008年02月06日

神仏は妄想である 55

あるいはキリスト教に話を転じれば、先にも触れたアメリカの「ラプチャー(携挙)」キリスト教徒を引き合いにだしてもよかった。彼らは、イスラエル人はパレスチナのすべての土地に対して神に与えられた権利をもつという、聖書にもとづいた信仰に支配されていて、アメリカの中東政策に重大な影響力をもっている。一部のラプチャー・キリスト教徒はさらに一歩進んで、核戦争を「アルマゲドン」と解釈するがゆえに、それを実際に待望しさえする。不安をかきたてられるほど一般によく知られた、彼らの奇妙な「黙示録」解釈によれば、アルマゲドンはキリストの再臨を早めるだろうというのだ。次に引用する、サム・ハリスの「キリスト教国への手紙」における身も凍るようなコメントに、私が付け加えるものは何もない。

したがって、もしニューヨークの市街が突然の火の玉に取って代わられたとき、アメリカの人口のかなりのパーセンテージが、そのあとに起こるキノコ雲のなかに、一条の希望の光を見ることになるだろう。なぜならそれは、いつか起こるだろうと思われていた最良のこと、すなわちキリストの再臨が、いままさに起ころうとしていると彼らに示唆しているからである。こういった類の信念が、私たち自身の永続的な―――社会的、経済的、環境的、あるいは地政学的にーーー未来をつくりだす上でほとんど何の助けにならないことは、疑いの余地なく明白だろう。もし米国政府の要人のうちの誰かが、世界はいま終末に近づいており、その終末は輝かしいものになるだろうと本気で信じていると想像してみてほしい。アメリカの人口のほとんど半数近くが、純粋に宗教的な教義にのみもとづいて、どうやらこれを信じているらしいという事実は、道徳的かつ知的な緊急事態とみなされるべきでろあう。

第8章 宗教のどこが悪いのか なぜそんなに敵愾心を燃やすのか?
信仰における「中庸」がいかにして狂信を育むか  より

知り合いの、カトリック信者の女性が、真顔で、キリストの再臨を望むというのを、聞いた時、私は、返答する、言葉がなかった。

それは、ノストラダムスの、1999年に、世が終わるという、妄想の解釈、による、終末思想と、同じ程度の、つまり、その程度のレベル、知的レベルであるということを、感じたからである。

早く、主が、来られることを。
何と言う、馬鹿馬鹿しい、ことか。
それも、聖書に、書かれてあるからである。
そして、その聖書が、どうのように、書かれたものであるかを、知らないのである。
聖書作者たちの、願望による、言葉である。

「私が雲に乗って来るのを、見るであろう」
雲に乗って来るのは、日本の神々であり、主イエスではない。
これは、冗談。

旧約聖書の、神が、雲に乗って来たことはない。
精々、芝の木の中で、光る程度であった。

それは、兎も角、何と言う恐ろしい、考え方であろうか。

聖書に、書かれてあるから、パレスチナ全土は、神に与えられた権利であるという。
こんな、無茶苦茶な、論法が通るとしたら、まさに、終末である。
つまり、解釈の仕様で、如何様にも、なるということである。

この無明は、悪魔的であるというより、魔界であり、破壊を、希求する、つまり、地球滅亡のシナリオである。

しかし、アメリカの様を、心配している日本ではない。

日蓮宗の一派は、国立戒壇をと、平気で言うのである。
つまり、日本の国教としての、宗教をと言うのである。

法華経を、奉じる、巨大新興宗教のみならず、日蓮宗は、日蓮の強情な教え、法華経のみ、正しいという、狂信に支えられて、一神教と、同じように、行為するのである。

一神教は、日本には、無いと、考えている人は、改めた方がいい。
日蓮は、すべての、他宗のみならず、日本の伝統である、古神道、神道までも、断罪し、一人悦にいって、法華経の行者と、任じたのである。

さらに、驚くべきことは、東から、仏の教えが、元に戻る。つまり、仏陀の地へ、行くとまで、妄想を、繰り広げたのである。

千葉の、寒村に生まれた、日蓮の、劣等意識が、ここまで、病んでしまったこと、気の毒に思えるが、鎌倉時代の、一現象として、見れば、納得がゆくが、それを、現代にまで、持ち越すのは、大きな無理がある。というより、誇大妄想に尽きる。

多くの新興宗教が、法華経を使用するのは、その、魔力であるから、認めるが、法華経が、誰によって書かれたのか。何を目的にしたのかである。

大乗経典という、文学である。
仏陀、最後の教えなどという妄想は、書いた本人が言うのか、後の人が言うのか。
何の根拠も無い。

更に、それは、漢訳されたものである。

ここに、大きな問題がある。
漢訳した者は、誰か。
何度も書いたので、省略するが、その、名訳に、迷ったのである。

妙法蓮華経、という、名訳を、作り上げた者は、誰か。

冷静に、判断して、南無「吾輩は猫である」とは、唱えない。
それと、同じことであると、言っても、理解出来ないだろうか。

したがって、自分のもつ宗教上の信念によって私のいう「時代精神」の啓蒙的な見解の一致のすぐ外側に出てしまう人々が存在する。彼らは、私が宗教的絶対主義の負の側面と呼んだものを代表しており、彼らはしばしば過激主義者と呼ばれる。しかし、この節で私が言いたいのは、穏健で中庸的な宗教でさえ、過激主義が自然にはびこるような信仰風土をつくりあげるのに手を貸しているということである。
ドーキンス

正気で、まともな人間を、狂気に駆り立てることが、できる、強い力は、宗教的な、信念以外にない。ということが、解るのである。

私は、再度、問う。
なぜ、人は、妄想の信念に、没頭するのか。
なぜ、知性と感性を、生かし、理性によって、行動しないのか。

人間の尊厳とは、何か。
人間であることの、最も大切な、知性を、何故、捨てるのか。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイ・ラオスへ 6

タイ・ラオスへ 6

10日の日に、新しいマッサージ店に、出かけた。
地元の人が来る店である。
一時間、150バーツと、安い。約、480円。

程よい、愛想のおばさんが、担当だった。
足から、よく揉み解す。実に、丁寧に、指圧する。
矢張り、タイマッサージは、足のマッサージが、主である。下半身は、実に、有意義である。ただ、肩が、惜しい。肩の凝りを取ることが出来れば、最高だ。

おばさんは、日本語を、三つ知っていた。
気持ちいい。ありがとう。痛い。
私とは、英語で話した。お互いに、あまりよく出来ない英語なので、通じるのである。

私は、そこに、二日通った。

足をよくよく揉まれると、全身の血行が良くなる。そして、体が、軽くなる。
ただ、今までのタイでは、肩凝りを、あまり覚えないほど、暑いのだが、ノーン・カーイでは、寒さで、肩が凝るのである。

最初と、最後に、お茶を出してくれる。
ジャスミン茶だと思う。

お客は、皆、地元の人である。
二回目の時、欧米人のおじさんが、フットマッサージをしに来た。
それ以外は、地元の人。

その後、部屋に戻り、暫く、休んだ。昼食も、買ってきた、パンなどを食べて過ごした。

持ってきた、西行の、歌集を読み始めた。
珍しいことである。
旅の間は、あまり、本を読まない。
読むより、見る方が楽しいのである。

ノーン・カーイは、見るものが少ない。
メコン河のみ、眺めていても、飽きない。

西行の歌は、素直で、解り易い。それは、万葉に続くものである。
私は、西行を、万葉の精化とみる。

万葉集が、西行で、一つ完成するのである。

西行は、生まれ持っての、歌詠みである。
小細工無しの、歌詠みである。
口から出る言葉、そのままが、歌になる。

23歳で、出家し、旅をして、歌を詠む。
日本の精神の底流に流れる、もののあわれ、というものを、歌で表現する。
いずれ、私の、もののあわれについて、の中でも、触れることになる。

西行も 詠まざりしなり 東南の 国の風情を 我は詠むなり

メコン河 西行歌集を 詠ずれば 大和心に 流れも変わる

部屋の中で、辛吟して作る、藤原定家のような、歌詠みもいる。それも、ありである。
多くの日本古典文学は、定家によって、現代に、継承されている。その功績は、非常に大きい。そのような、文学者、歌人もいる。

そして、旅をして、歌を詠む、西行のような歌詠みもいる。

それぞれが、いい。

野中から、電話が入る。
ラオスからである。
ラオスの首都、ヴェンチャンから、バスで三時間の町に行き、そこから、山に向かい、中腹の村のゲストハウスにいるという。

子供服の、配布の状況を聞く。
ゲストハウスの、付近も、貧しく、ある二人の姉弟は、親を亡くして、村の老人たちによって、育てられているという。
子供服を、二三持って行き、まだ、必要かというと、必要だと言うので、皆持って行くと、村の人々が、待っていた。
そこで、皆、広げて、村の人に任せると、取り合うようにして、無くなったという。

持っていって、本当に、良かったと言う。
この上の村は、まだ、貧しい所だが、今回は、それ以上に行かないとのこと。

実は、ヴェンチャンから、バスで三時間の町は、欧米人たちで、大賑わいであるという。
麻薬と、セックスである。
勿論、日本人もいる。

警察官がいない、町だという。
取り締まる誰もいない。
そこで、皆、麻薬とセックスを楽しむために、その町に集うのである。

野中のゲストハウスにも、二組の、日本人がいた。
野中が、ノーン・カーイに戻ってから、色々と、話を聞くことになる。

子供服は、まだまだ必要であるらしい。
兎に角、物が無いという。
服の無い子は、裸であるが、暖かいから、救われている。

それでも、子供たちは、楽しそうであるとのこと。

あまりにも 貧しきゆえに 貧しさを 知らぬ子たちが 楽しく遊ぶ

私は、その電話を受けて、少しして、夕食のために、近くの、タイレストランに出た。
そこは、地元の人が、集う店だが、精一杯、欧米人向けにしているのが、解る。
メニューは、タイ語と、英語で書かれている。

私は、もち米と、野菜スープを注文した。
ところが、野菜スープは、塩が効いて、しょっぱいのである。
ダシの味がしない。
少しつづスープを飲み、もち米を食べる。
何とか、食べ終えて、早々に、店を出る。
45バーツ、約140円。
安いが、味は、酷い。

そのまま、メコン河のイミグレーションの通りの、店に買い物に行く。

二軒続けて、小売店がある。
同じような物を売っている。
私は、手前の店に入った。

ビールと、ピーナッツ、パンを少し買う。
突然、日本語が飛び出した。
その店の主人である。

八年間、日本に出稼ぎに出ていたというから、驚いた。
大阪、川崎などに、いたという。

その時に貯めた資金で、きっと、この店を開店したのだろう。

この地から、日本に出稼ぎに行くという。
驚きと、感激である。
出る時に、よろしくお願いしますと、声を掛けられた。
仕事の時に、覚えたのだろう言葉であろうか、驚いた。

私は、毎日、その店に買い物に行くことにした。

南国の 四季無き国の 夕風も 国思うべき 寒き風吹く

国境の 町は静かに 暮れ行きて 家路急ぐに 国境なし

どこで、どんな出会いがあるかもしれない。
それを、不思議と思えば不思議である。
ノーン・カーイは、どうですかと、尋ねられて、私は、いい町です、と答えた。
もう、来ない町かもしれないが、そういうことが、礼儀である。

河を見る。

ノーンカーイの 夜風に触れる メコン河 岸辺向こうに ラオスの灯あり

posted by 天山 at 12:22| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

神仏は妄想である 56

わが西側の政治家たちはR(宗教)という単語に言及するのを避け、その代わりに、自分たちの戦争を「テロ」との戦いとして性格づけており、まるでテロが独特の意志や心をもつ一種の霊ないし力であるかのようである。あるいは、テロリストを純粋な「悪」に衝き動かされた人間として性格づける。しかし彼らは悪によって衝き動かされているわけではない。そう考えるようどれほど誤って導かれていようとも、彼らは中絶医を殺すキリスト教徒の殺人犯と同じように、自分たちが正義であり、彼らの宗教が語りかけることを忠実に追求しているのだと感じることによって、衝き動かされているのである。
ドーキンス

彼らは、正義であると、信じるのである。
つまり、それは、宗教が語りかけることを、忠実に追求する。
問題は、何か。
どんな、悪事も、宗教の信条に従うということで、彼らの中では、肯定される。

世界に、正義の数は、宗教の数だけあるということだ。
近代法、云々の問題ではないということだ。
国家の法より、宗教の教え、教義を、主として、行動するのである。

ここで、注意深く、考える必要がある。
人間は、知性と、感性により、理性によって、行動する存在である。
しっかりと、その教育が、なされていれば、バランス良く、正義の、有り様を、考えることが、出来る者である。

しかし、宗教は、その人間に、早いうちから、子供の、柔軟な、脳の中に、ある一つの定義を、植えつけるのである。そして、それを、至上命令の如くに、教える。

人間の尊厳と、自由とは、何か。

ドーキンスは、続ける。

彼らは精神異常者ではない。彼らは宗教的な理想主義者であり、自分なりに理性的なのである。彼らが自らの行為を正しいと感じるのは、何らかの歪んだ性格のせいではないし、悪魔に取り憑かれたせいでもなく、彼らが生まれ落ちたときから、全面的かつ疑いを抱くことのない信仰をもつように育てられてきたからなのである。

恐るべき、洗脳である。
しかし、それを、宗教教育と、掲げて、善として、教える。
また、宗教教育の必要性を、善として、認める。
日本の場合も、宗教教育により、人間性を、高めると、考える人がいる。
宗教法人が、経営する、学校は、宣教、布教を、柱に、掲げて、行われる。

キリスト教精神に、基づきとか、仏法に基づきとか、それが、人間性を、あたかも、高める如くに、喧伝される。

長年、大学にて、キリスト教を講義してきたという、牧師、教授の、回想録を、読んで、驚いたことがある。
信仰に生きることの、大切さと、人間性を、聖書に基づいて、教えたこと、そして、学生たちが、聖書の神への認識を深めたことを、誇っている。
そこには、批判の精神、つまり、知性と、感性を養い、理性により、行動する人間を、育てたのではないということ。
キリスト教の神を、拝む人を、養成することに、賭けた人生であることを、言うのである。

悪意ある霊を、神と掲げる聖書の、霊を、拝む人を、養成できたことを、誇るのである。

日本人ならば、自分が、信じているモノを、人に、勧める、あるいは、押し付けるということは、基本的に、僭越行為であると、認識する、能力を、持つ。
それは、極めて、個人的な行為であると、知っている。

私の家の神があるならば、そよ様の家の神もあると、知っている。

郷に入れは、郷に入り、粛々と、他人の信仰に、抵抗せず、無視しない程度に、従う作法がある。

それが、実に、理性的な行為なのである。

―――これらの人々は、自分たちが信じていると言うことを実際に信じているということである。宿題として持ち帰るべきメッセージは、宗教上の過激主義を責めるーーーあたかも、それが、本物のまっとうな宗教が堕落してできたおぞましい変種ででもあるかのようにーーーのではなく、宗教そのものを非難すべきだということなのである。
ドーキンス

ヴォルテールがはるか昔に正しく理解していたように、「不条理なことをあなたに信じさせることができる人間は、あなたに残忍な行為にかかわるようにさせることができる」バートランド・ラッセルもそうだった。「多くの人間は、考えるよりも先に死んでしまうだろう。実際、彼らはそうしている」。

宗教の布教は、実に、暴力的である。精神的な暴力である。

キリスト教は、罪意識を、強調して、人を追いつめたところで、神の救いを説く。
日本の新興宗教の多くは、現世利益を強調する。

病にある人や、心弱い人を、狙って、布教活動をしていた、多くの宗教を、知っている。

兎に角、良くなる、回復する、開運する、道が開ける、運勢が向上する、ありとあらゆる、甘言を用いて、勧誘する。
天理、金光、大本はじめ、仏教系の新興宗教等々、更に、歪な新興宗教、科学的であると、喧伝する、新宗教、教祖の偽の、霊能力を全開しての、宗教とは、言えない、稚拙な教義を持つ新宗教等々。

人の弱みに、付け込むという、実に、卑劣な、方法を、持って、差し出がましく、やって来る。
勿論、それに、騙される人多数。

甚だしいのは、最初から、戦う姿勢で、論破するという、折伏などと称する、狂信の新興宗教もある。

私は、歴史上、仏陀が、最も宗教的人間だと、知っている。
それは、生き方指導、生活指導を、説いて、地に足のついた、人間愛を、行為したからである。
仏という、オリジナルを、想定して、それを、目標に、生き方指導を、繰り返した。実に、平和的に、である。
それは、人間に対する、深い洞察力である。
限りある、人生を、味わい深く生きるべく、心というものの、有り様を、捉えて、生きる姿勢である。

仏陀を、支持出来る、大きな理由は、奇跡を、行わなかったからである。

更に、ここが、孔子との、分岐点であるが、鬼神を知らない孔子であったが、仏陀は、知っても、それを、知る必要を、説くことがなかった。
霊と、霊界についても、触れなかった。

それなのに、その生きる姿勢に、人は、心曳かれて、仏陀の元に集ったという、事実である。

人からの、恨みも、憎しみも、受け取らないという、平和的行為を持って、人の心に、語り掛けた。
それは、宗教行為ではなく、宗教的行為であり、伝統と、なった。
仏教とは、伝統なのである。
いずれ、また、書くので、以下省略する。

宗教上の信念は、それが宗教上の信念であるという理由で尊重されなければならないという原則を受け入れているかぎり、私たちは、オサマ・ビン・ラディンや自爆テロ犯が抱いている信念を尊重しないわけにはいかない。ではどうすればいいのか、といえば、こうして力説する必要もないほど自明なことだが、宗教上の信念というものをフリーパスで尊重するという原則を放棄することである。それそこが、私がもてるかぎりの力をつくして、いわゆる「過激主義的な」信仰に対してだけではなく、信仰そのものに対して人々に警告を発する理由の一つなのである。「中庸な」宗教の教えは、それ自身には過激なところはなくとも、門を開けて過激主義を差し招いているのである。
ドーキンス

加えて、私の霊学の立場は、この世の宗教の信念というものは、霊界とは、全く関係ないということである。

以下省略。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイ・ラオスへ 7

タイ・ラオスへ 7

12日、野中から、明日帰るとの、電話あり。
私も、一人で三泊した。
今日で、四泊目である。

朝は、日本に電話をしてみた。携帯電話から、簡単に掛けられるのである。
本当に便利になった。

朝は、ゲストハウスのコーヒーと、ゲストハウスの前にある、手作りジュースの店で、絞りたての、みかんジュースを買う。
その店の、女主人は、全く愛想が無い。憮然としている。
10バーツを置いて、みかんを指すと、憮然として、絞ってくれる。
小さなビニール袋にいれた、ジュースを持って、部屋に入り、ストローで飲む。
みかんは、日本のみかんと、同じである。ただ、種が入っている。

ゲストハウスにある、コンピューターで、インターネットを見る。
ホームページを確認するが、日本語で、打ち込むことができない。
30分程見て、20バーツを払う。

今日は、川沿いの、お土産小路に行き、何か、買おうと思う。
基本的に、人に、お土産などは、買わない。観光旅行ではない。必要な物を、買う。

この、お土産小路には、面白いおばさんがいる。
ギターを持ち、肩のところに、マイクをつけて、歌うのだ。マイクは、効いていない。単なる飾りである。
その歌である。
ただ、アァー、アァーと、それを、繰り返すのみ。
ギターも、形だけ。それだけの芸で、勝負である。

今日で、三度目である。
私を見ると、笑顔になる。
初めて、5バーツを缶に入れる。
すると、即座に、その、小銭をポケットに入れる。

タイの、物貰いは、曲者が多いと、聞いていた。
それで十分、生活出来る。さらに、良い家に住んでいる者も、いるという。

だが、彼女は、一発芸での、勝負をしているから、大したものだと思う。
アァーアァーである。
それで、お金を得られるとは、玉である。

それとは、別に、カラオケを背中に背負って、歌う、目の不自由な、男がいる。それが、また、旨い。上手である。
最初は、歌のテープを流しているのかと、思った。しかし、本当に、歌っているのである。
感激した。

小路には、同じ物を売る店が多い。
そこで、同じ物の値段で、違いを見て歩く。
小物入れが、一つ10バーツである。それを、見た。6つで、55バーツ。それが、50バーツの店がある。
行きつ戻りつして、私は、6つで、50バーツの店で、買った。
店員が、一つ得だと、身振りで言う。その通りである。

私は、それを、薬入れにするために、買った。ただ、余れば、誰かに、お土産として、上げてもいい。

その途中で、昼の食事を買う。
フランスパンの、サンドイッチを買う。
25バーツである。きっと、食べきれない量だと、思う。
途中、中国系のスーパーに立ち寄り、色々と見て回る。
日本のダイエーのような、安売りの店である。
サンマの缶詰を買ってみた。10バーツと、安い。そのまま、缶に、サンマと、書いてある。興味である。そして、水を二本買った。

部屋に戻り、パンと水で、昼の食事をする。
そして、サンマの缶詰である。
開けて、爪楊枝で、サンマを引き上げてみた。小さい。それが、3つのみ。後は、汁である。
これだけかと、考えた。
少し考えて、タイの食事は、ご飯に、汁を掛けて食べるのが普通である。つまり、身は、3つでも、汁で、ご飯を食べるのだと、納得した。

味は、悪くない。しょうゆ味である。

フランスパンの方は、矢張り、半分で、十分だった。

ハムと、干し肉と、玉ねぎが、挟んであった。それに、小さな袋の、タレをつけて食べる。そのタレが、特性で、辛い。ところが、それが、美味しく感じられた。
魚醤に、辛子などを入れて作る。
それぞれの店で、少しつづ、その味が変化する。それが、面白い。

食べてから、私は、少し体を横にした。

夕食のことを、考えるから、また、面白い。

旅は、食べることである。
ただ、私の場合は、安くて、現地の物という、定義であるから、高級料理店には、行かない。また、行けない。

ノーン・カーイでも、高級ホテルは、ある。
そこに行けば、それなりのメニューがあるだろう。
だが、行く気にも、なれない。

以前、チェンマイのホテルで、日本食のレストランに行った。
日本並みの料金である。
味は、駄目。
完全に、駄目。それで、料金は、現地の価格の何倍である。
二度と行かないと、決めた。
それは、現地の物で、食あたりしたせいで、ホテルの和食と、思ったのである。
しかし、それ以後は、止めた。

さて、ここで少し、イサーンと、タイとの、相違を見ることにする。

それは、信仰形態である。
ゲストハウスの近くにも、お寺があり、中でも、僧を養成するお寺もあった。
小僧さんたちを、多く見た。
また、地元の食堂に、托鉢に来ている、小僧さんたちもいた。
おおよそ、仏教徒であろうが、他の地域と、その温度差が違うと感じた。
熱心さが違うのである。
それ程、強い意識は無い。それでは、元からの信仰があるのかといえば、そうでもない。

バンコクの空港などでは、僧が、警備の者に、何か尋ねると、帽子を脱いで、対応するほどの、姿勢だが、それ程のものはないようである。
そして、仏教の前の、ピーという精霊信仰である。
あるにはあるが、それ程、熱心ではない。
ゲストハウスの、玄関の横にも、ピーの、祠があったが、一度も、そこに、供え物を置いたのを、見ていない。

国王の肖像も、他の地域より、少ない気がした。

勿論、道路を車で走ると、国旗と、王旗が、たなびいている。これでもか、というほど、掲げられてある。

お寺には、必ず、国王の、出家した時の写真もある。

だが、少し違う気がする。
まだ、私の、滞在期間が、短いせいもあろうと思う。

イサーンの人々は、生活することに、追われて、そこまで、手が回らないのではないかと、思えた。つまり、余裕を持てない。
日々が、戦いである。生活との。

また、中国系の活躍が、目覚しく、それに、飲み込まれているのかもしれない。
ゲストハウスには、国王の写真も、仏教関係のものも無かった。

ラオスから、1975年に亡命して、ワット・ケータという、異色の寺院を作った、ルアンブー・ブンルア・スラリット師の寺院を見た。
仏教というより、ヒンドゥーの影響が強く、驚いた。
色々な、像を見た後、寺の中に入った。
一階は、仏陀の像があったが、二階に上がると、そこは、ヒンドゥーの世界である。
仏陀を、ヒンドゥーの一部と、捉えていると、感じた程である。

また、メコン河に、生息する、魚の一種である、パヤナークという長い魚の像が多く、信仰の対象となっている。

七頭の、パヤナークの像の下に、仏陀を置いている像などは、明らかに、仏陀の保護として、扱われている。
日本で言えば、八大竜王のようである。

きっと、生命力が、旺盛なのであろう。
町の至るところにも、パヤナークの、像があるのだ。

ピーという精霊信仰より、パヤナーク信仰の方が、勝っているようである。

原始信仰を観る時、その地の、生き物に、一種の呪術的なものを、投影する。
メコン河、周辺は、この、パヤナーク信仰が、それに当たるのだろう。
ラオスの方は、どうかと、興味がある。

中国寺院もあり、私は、そこに行かなかったが、道教、儒教のものだろう。

ビルマ、タイ、ラオス、カンボジアは、仏教が主である。
しかし、歴史を見ると、侵略、戦争の跡が多い。
歴史家は、マンダラ型の、国家という、表現を使う。
王室を中心に置いた、マンダラである。

それが、紆余曲折を経て、現在に至る。
後で、それについてを、書くことにする。

兎も角、イサーンは、他のタイと、違う雰囲気があるということだ。

ピーの、祠は、ほとんど見ないといってもよい。
ただ、面白いのは、祠があり、仏陀が置かれている前に、髪の長い、女の像があり、それが、何を意味するものかが、よく解らない。
野中が、ラオスでも、それを、多く見たという。
何でも、仏陀を、助ける者のようである。
仏陀に、乳粥を差し出した、スジャータという、娘かとも思ったが、違うらしい。

タイの仏教は、小乗であるが、多分に、ヒンドゥーの影響を受けていると、思われる。
恐るべし、ヒンドゥーの魔力である。
posted by 天山 at 12:23| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月08日

神仏は妄想である 57

キリスト教は、あるいはイスラム教でも事情はまったく同じことであるが、疑問を抱かない無条件の信仰こそ美徳であると、子供たちに教える。こと信仰の問題に関しては、自分が信じていることを論証する必要はない。もし誰かが、それは自分の信仰の一部であると宣言すれば、その社会の残りの人間は、同じような信仰をもっていようが、別の信仰をもっていようが、あるいは無宗教だろうが、根深い慣習によって、疑問を発することなくそれを「尊重」するよう強いられる。ただしそれは、世界貿易センタービルの破壊、あるいはロンドンやマドリードの爆破事件などにおける大虐殺という形でその信仰が表明される日がこないかぎりのことである。そういう事態が起きたいま、この過激主義が「真の」信仰からの逸脱であると説明するために、聖職者や「共同体の指導者」(ついでながら、誰が彼らを選んだのか?) たちが雁首を揃えて、自分たちにはかかわりないという大合唱がなされている。しかし、もし信仰が客観的な正当化の理由を欠き、何が逸脱かについていかなる明白な基準ももたないのであれば、そもそも信仰の逸脱なるものがなぜ存在するのか?
ドーキンス

この疑問に、明確に答えられる、聖職者、及び、指導者は、いない。

テロリストたちより、よほど、性悪なのは、彼らだからである。

自分たちの、手は、一切、汚さなくていいのである。皆、信者が、それを、行う。

サリンを、撒かせた、教祖は、たらふく食い、居眠りをして、最悪の、事態を引き起こした。その、教祖と、何ら、変わらない。
恐るべき、悪人である。極悪人とも、言う。

3月6日、エルサレムのユダヤ教神学校に、パレスチナ人が、侵入し、銃を乱射して、8名が死亡、約10名が、負傷した。
政治の問題ではない。
宗教の問題である。

二月下旬に、イスラエル軍が、ガザ地区に、攻撃して、120名が、死んだ。それの、報復である。

更に、同じ日に、バグダッドでも、連続テロにより、55名が死亡。
問題は、宗教である。

さて、日本は、それらを、遠い話と、聞いている。
しかし、もし、本格的テロ攻撃が、開始された場合、特に、世界的メッセージをテロリストが、発する場合、日本攻撃が、最も有効であることを、知っている。
何故か。
日本には、同胞が、少ないからである。
大規模テロは、同胞をも、巻き込むのである。
それを、最小限に食い止める大規模テロは、経済大国、日本である。

大規模テロとは、核兵器を使用する、テロである。

万が一、それが、実行されると、即座に、中国、北朝鮮、ロシアが、日本攻撃を開始する。

日本人は、大陸の人種の、野蛮さを、知らない。

話を戻す。

本当の意味で有害なのは、子供に信仰そのものが美徳であると教えることである。信仰は、それがいかなる正当化の根拠も必要とせず、いかなる議論も許さないという、まさにその理由によって悪なのである。
ドーキンス

宗教の蒙昧は、救いようが無いのである。
例えば、鎌倉仏教の、日蓮である。
他宗を、すべて、排斥して、これのみ、正しい、これのみ、唯一の、仏法として、法華経を、掲げた。
それは、真っ当な、批判ではない。
単に、あちらではなく、こちらである、という、挿げ替えを行っただけである。

そっちを、拝めば、不幸になる。こっちを、拝めば、幸せになる。という、程度の、認識である。
それが、今では、大聖人と言われる。

法然、親鸞が、島流しにされたのは、単に、既成集団の、嫉妬であるが、日蓮の場合は、混乱を、招くとの、良識ある、僧侶たちの、排斥である。
それを、御受難として、捉える。

勝手な解釈、勝手な妄想は、宗教家の、独断場である。
何ほどの、艱難辛苦も、法華経がためり。
今、日蓮が、法華経を、云々しなければ、日本は滅びる、云々。

手が付けられない。

キリシタン弾圧当時の、キリシタンと同じく、盲信、妄信、狂信の様である。

死ぬまでの、暇つぶしに、心の大半を、それに占領されて、人生の真実を、見ずに、死ぬという、あまりにも、愚昧な行為を、犯す。

他宗教を、鼻でせせら笑うという、傲慢極まりない人格を、養成されて、自己陶酔に、浸るという様、憐れである。

それは、一神教すべてに、言えるのである。

子供に、疑問を抱かない絶対的な美徳であると教えることは、彼らにーーー手に入れることがむずかしくないいくつかの他の要素が与えられればーーー、将来のジハードまたは十字軍のための潜在的な凶器となるべく育つ素地を与えることにほかならない。殉教者の天国を約束されることによって、恐怖に対する免疫力を与えられた正真正銘の狂信者こそ、長弓、軍馬、戦車、クライスター爆弾などとならんで、武器の歴史において高い地位を占めるに値するものだ。もし子供たちが、疑問を抱くことのない信仰という高い美徳を教えられる代わりに、自らの信念を通して疑問を発し、考えるように教えられれば、自爆者はきっといなくなるだろう。
ドーキンス

信仰とはきわめて危険なものになる可能性を秘めたものであり、罪もない子供の抵抗力のない心に、意図的にそれを植えつけるのは重大なまちがいである。
ドーキンス

私は、ドーキンスが、いいたかったことの、すべてを、上記の言葉にみる。
21世紀を、生きる子供たちに、幸せでいて欲しいと願えば、ドーキンスは、渾身の力を込めて、それを、説こうとするだろう。

目覚めて、祈れ、と、イエスキリストが、聖書の中で言う。
それは、セクトの宗教団体の、言葉であるが、目覚めて、祈れとは、疑問を持ち、自分の信念を、よく見て、行為せよという、意味である。
つまり、人間の知性を、覚醒させ、感性を磨き、理性によって、行為、行動する人間たれ、ということである。

その一つ、たった一つに、宗教の教義等もあり、それは、信仰するものではなく、一つの知識として、活用するものであること。

この世に、絶対という言葉は無いとも、キリストは言う。
その通りである。
この世に、絶対という、モノは、無い。あるわけが無い。


posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイ・ラオスへ 8

夜に、もう一度、地元の人の行く、タイレストランに出向いた。

今度は、牛肉のミンチの炒め物と、もち米を頼んだ。
最初に、もち米と、大量の生野菜が出て来た。
生野菜は、水で洗っている。
少し心配だが、食べる。

ミンチの炒め物が出てきた。
何とも、不味い。
しょっぱいだけである。それを、生野菜と食べろ、ということなのだろう。
交互に食べる。
もち米だけは、美味しい。

生野菜は、キャベツ、ハニーレタスのようなもの、そして、いんげんの、生である。いんげんの生は、さすがに食べられなかった。

それでも、50バーツである。約、170円。
実に、安い。矢張り、地元のレストランである。

そのまま、日本で働いていたという方の店に行く。
ビールと、水を買う。
店番は、子供がいた。主人は、いなかった。

部屋に入ると、八時になっていた。

少し歌を詠む。

父母の 姿をみたり メーサイの 貧しき親の 生きる情熱

死にたくも 生きたくもあり この憂い 深き病に 陥る我は

さらにまた 旅行く空の あわれさに 流れる雲を 追い行く我は

通じぬは 言葉なりせば 同じ血の 人の思いは 通じぬわけ無し

微笑みは 国境越えて 共通の 人の心を 開く術なり

腹が、収まってきたので、ビールを飲む。
私は、酒を飲むためには、物を食べない。食べると、飲めなくなる。受け付けないのだ。
酒を飲んでいて、一口でも、食べると、もう、酒は、嫌になる。

一人で、夜を過ごすと、様々なことを、考える。
実にいい。

電話に、煩わされることもない。
好きなだけ、考えることが出来る。

世界の、グローバル化は、世界の縮小である。
世界の一地域で起こることが、即座に、世界に広がる。
世界は、狭くなっている。
一つの国の問題が、その国だけの問題ではなく、世界の問題になりえる。

そこに、大きく立ちはだかるのは、価値観である。その価値観を、宗教が、負う。
問題は、それである。
主義、イデオロギーというものも、宗教と同じである。

何とか、それを超えるべくの、働きかけが必要である。
つまり、それらを、包括して、超える行動である。

それが、人道支援である。また、そうでなければならない。
だが、それにより、逆に、宗教、主義の、偏狭さを、増す場合もある。それには、注意が必要である。
人道支援を受けて、その裏では、軍備を充実させるという国もある。

政府支援は、書いたように、大企業の世界化を、推し進めるものである。それも、よし。
それでは、私のように、個人や、民間の支援は、人と人の、結びつきを主にして、ある感情的、親密感を作るものである。

それが、後々に、日本と、その国との関係を良い方向に、向かわせると、信じる。
それが、大きな目的である。
私が言う、千年の日本のために、である。

国も、最後は、個人的感情に、動かされる。

良いことをするということには、やや、偽善的な感情の、抵抗感がある。
それは、私も、じゅうじゅう、承知している。

例えば、野中が戻り言う。
子供服を皆に、上げる。配布する時に、勇気がいったと言う。
つまり、良いことをしているという、偽善的感情である。
昔の、自分なら、鼻で、笑った行動であると。

しかし、実際に、それを実行して、相手が、非常に喜び、それが必要であることを、実感として感じて、それは、実に有意義なことであると、気づいた。

その子供服は、人から、貰ったものである。それを、ただ、渡すのみである。
こういう、旅の仕方もあると、思ったという。

日本人旅行者にも、多く出会ったが、もし、彼らも、子供服を持参して、村の人々に、配布したら、また別の付き合い、村人との、触れ合いが、出来たはずであると言う。
そして、それは、有意義なことである。

必要な物を、必要としている人に、支援する。
何の恥ずかしいこともない。

実際、野中に対して、村人は、その対応が、全く変わったという。
村を、見学するのに、抵抗がなくなった。
よそ者意識が、無くなったのである。
知り合いの関係になったという、僥倖である。

麻薬と、セックスを求める日本人旅行者に、新しい、旅の喜びを、伝えたいと、野中が言った。それだけではない、旅もあると。

使用しなくなった、子供服を持参して、配布するだけで、新しい関係が築けるのである。
そして、荷物は、そこで、無くなる。手ぶらになるのである。

私が、今回、ラオスに入らないということで、野中は、新しい体験と発見をした訳である。
ただし、私は、次には、タイを通らず、直接、ラオス入りして、支援活動をしようと、考えた。

無視、出来なくなったのである。

個人としての、活動を、これ以上に広げることは、無謀だと、思いつつ、矢張り、性格である。何とか成るだろうという、楽観である。

実は、寄付商売とか、NPO商売というものがある。
それで、殺された人もいる。
例えば、ベトナムで、学校建設をしていた、NPOの男が、行くへ不明になった。殺されたのだ。
彼は、ベトナムに、学校を作ると、日本にて、寄付を募り、一応は、学校を建てた。ただ、建てただけである。そして、更に、募金運動をして、金を集めた。
その地域の人には、実に、傲慢不遜に接していたという。
ところが、彼の本性が、ベトナム人に、見抜かれた。単なる、金目当ての、行動であること。学校を建てても、それは、使用されていないのである。
地域の人の、不信と、反発を招き、遂には、殺されるという事態になったのである。

こういう、団体は、多い。
表面は、確かに、ボランティア活動であるが、裏は、商売なのである。
金を、いかに、人から、巻き上げるかということである。
私は、それを、寄付商売と言う。

勿論、私も、その一人である。
ただ、寄付する人が、私と、行動を共にして、私の行動を確認すれば、いいことである。
ただし、同行であるから、私と同じように、安宿に泊まり、私と、同じ物を食べて、貰う。

ある団体は、その団体の施設に、人を招くが、高級扱いをする。
そんなことで、誤魔化されるのである。

そこの人と、同じように寝泊りし、同じものを食べることで、より、支援の様を理解すべきである。

そこで、初めて、支援することの意義と、現状を知ることが、出来るというものである。
posted by 天山 at 12:23| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

神仏は妄想である 58

バートランド・ラッセル「私が信じるもの」より

私は、自分が死んだら腐り、私の自我の何一つとして残らないだろうと信じている。私は若くはないし、人生を愛している。しかし私は、自分がこの世から消えてなくなることを考えて恐怖に震えるなどという人を嘲らずにはいられない。幸福にはかならず終わりがあるといっても、それが本物の幸福であることに変わりないし、永遠につづかないからといって、思考や愛がその価値を失うわけでもけっしてないのである。多くの人間が刑場で誇り高く振舞ってきた。きっと、同じ誇りが私たちに、人類が世界の中で占める地位についてどう考えるべきかを教えてくれるに違いない。昔ながらの人を導く神話のぬくぬくした世界に、科学によって開けられた窓から冷たい風が吹き込んで、たとえ私たちを震えあがらせたとしても、最終的には、新鮮な空気が活力をもたらし、広大な空間はそれ自体のすばらしい輝きをもつようになる。

マーク・トウェインの言葉

死んでいるのは生まれていないのと何のちがいもないだろう。

上記、ドーキンスが、引用する。

死ぬことは、消滅すること。
何も無くなること。
死後の世界は無い。
等々、人間の死に関して、科学は実に冷静である。

死後の世界が無いということになれば、おおよそ、すべての宗教の意味は、消滅する。

死ねば、消滅する、無くなる、死後の世界は無い。
その通りである。

この次元では、その通りである。
次元を別にするのであるから、この次元にいたことは、消滅する。死後の世界というものも無い。
次元の違う世界は、死後の世界ではない。

次元を、別にした世界である。
その次元は、断絶している。
ただし、三次元に、二次元、一次元が、含まれているように、四次元には、三次元が含まれている。

霊学の、私の立場から言う。
次元の差は、隣にいても、永遠に遠い。

おおよそ、宗教、それに準じるものは、死後の世界や、霊について、云々する。

迷う先祖の霊が、子孫に助けを求めて、云々。
それにより、病も起こる。
先祖を供養することで、病が、癒えて、運も好転する。
実際、そういう体験をする者、宗教に多い。

奇跡もどきの、ことが、起こる。

眼が暗くて見え難いというようなのは、近親者の霊魂が霊界へ往ってまだ迷っておって、暗黒の冥府―――光の無いくらい世界―――に居る。そんな霊魂が暗い世界に向かって「救われたい」と念ずると、その「念力」すなわち精神波動が、丁度テレビ局の放送の電波みたいになってやってくるわけです。それで暗い精神波動を常に放送するわけですから、それを受信感応した人は光が見えないで暗く見えることになるわけです。
人生を支配する先祖供養 谷口雅春 成長の家創立者 より

もっともらしく、素直に受け入れると、本当だと、思う。
霊魂が、迷う。それが、救いを求める。そして、念ずる。それが、この世の人に、感応する。そして、病になる。

心理学、脳科学は、それに、答えを出すことが出来る。

それらは、すべて、主観である。客観性がない。
そのような、カラクリ、意味があるという、信念が、病を、癒すのである。

彼らは、病は、無いという。すべては、影だと言う。
人間、本来神の子であり、完全である。実相世界のみ、本当の世界である。この世は、仮りの世界である。

実相世界とは、霊界のことである。
あちらを、主、こちらを、従に、見立てる。
様々な、霊的現象を、元に、そのような、考え方を、作り出したのであろう。

否定はしない。
それも、一つの考え方である。

医学で、解決出来ないことは、霊魂による。
確かに、突然、病が、癒えるということもある。
先祖供養しなくても、癒えることがある。

神霊治療として、名を馳せる宗教団体もある。
すべて、霊障害であると、断定する。

否定はしない。

極めて、解り易く言う。
マイナス波動と、プラス波動である。
マイナス波動を、脳内に持つ人は、そのように、なる。それを、受ける、という。要するに、受信するという、言い方をする。

極めて、ありそうに思える表現、この世は、仮の世界で、霊界が、実相世界であると。

霊主体従と言い、霊が主で、体が、従だと、公言して憚らない、宗教である。

在り得ない。
体は、そのまま、霊である。
どちらが、主とか、従とかは、無い。

霊を、感じる、見る、とは、すべて、主観である。
その人の内で、起こることである。

磁気の乱れというものがある。霊的なものとは、磁気の乱れである。

霊学から言えば、霊的なものの、影響を、考えるが、この次元では、この次元の物事である。霊界を、関与させては、誤る。

次元違いは、隣にいても、永遠に遠いと、言った。

ちなみに、教祖で、最も、教祖たる、仏陀は、霊的なことを、一つも言わないのである。
霊界についても、触れない。
何故か。
必要ないからである。

この世で起こることは、この世で、解決するのである。
生老病死とは、この世の姿である。

暗い霊界で、救いを求めている霊とは、妄想である。
もし、そうであるならば、それは、宇宙の法則、自業自得であり、それを、解決するのは、その、霊のみである。

自ら、赴く所に行くのである。

病が癒えるのは、別問題である。
脳波による。
聖教読経して、癒えるとは、脳波の、心得の、変化である。
だから、否定しないと、言う。

寒い地方にいて、寒さからの、病にある人が、南の島で、暮らして、病が癒えるという。
環境を変えた、脳波の、変化である。

酷い肩凝りの人を、霊視して、肩に、きつねの霊がついていると、それを、取り除いて、肩凝りが治ればいいが、心臓病の前兆、それも、大きな心臓病の前兆である場合がある。
医学が、進歩しなかった時代なら、それは、通用するが、矢張り、心電図をとり、対処すべきである。

人間の、想像力とは、無限に広がる。
人道的問題はあるが、ヒトゲノム解読により、一生の病が、見て取れる。

霊学から、言う。
次元の違う、世界のこと、この世の云々に、堕落せしめては、誤るのである。
病の辛さにあるものを、見つめ続ける行為に、人間の尊厳がある。
決して、供養では治らない病を、彼らは、何と言うのか。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイ・ラオスへ 9

タイ・ラオスへ 9

12日である。野中がラオスから、戻る。
帰国の日が、近づく。

朝は、ゲストハウスの庭で、コーヒーを飲んで過ごした。
思いつく、歌を書き付ける。

一人の男が、私に話し掛けた。
アムステルダムから来た、中年の男である。

私に、何を書いているのかと、問う。
私は、日本の古い歌を、書いているというと、それは、何かと訊く。

英語で説明するのが、難しい。
要するに、日本の古い歌の形があり、それを書いているのだと言うと、シンガーかと、訊く。
歌手ではなく、ポエムだと言うと、少し納得したが、古い歌という、言い方を、アイドントノウと、言うのである。古い形式の歌の形と、説明すれば、よかったと、後で気づく。

彼は、奥さんと、タイを旅していると言う。
奥さんを連れて旅する人は、珍しい。
若いカップルや、子供づれは、いることは、いるが、中年は、現地の女、タイ人の女を連れていることが、多い。

私も、もう少し英語が出来ると、話し合いが、スムーズにゆくと思うが、あまり、覚える気は無い。
それに、不自由しない。

彼は、何か、色々と話したが、私の方は、ただ、相槌を打つ程度である。
何となく解るような、感じである。

タイ語も、あまり、覚えない。
覚えられない。
発音が難しすぎる。
語学というのも、才能である。私には、語学の才能は無い。

才能があれば、一度で、覚えるものである。

好きな料理の名前も、店の人が、私に教えるが、覚えない。
私の好きな、サラダは、パパイヤサラダで、甘酢のソースで作る。
ソムタムというが、覚えられない。
これも、野中に聞いて書いている。

注文するのに、身振り手振りでする。
店の人は、それで、何とか想像してくれる。
鍋を手で表し、火をポッポと、手で表現すると、それに似たものが出るというもの。それも、楽しい。

地球の歩き方の本を持って、料理の図を見せることもあるが、無いと言われることもある。
その土地の料理ではないということだ。
だから、間違いもある。地球の歩き方である。
でも、そんなことは、どうでも、いい。

少しの英語で、何か質問して、楽しむ程度が、私には、いい。

後は、向こうの人に、日本語を覚えて貰う。それが、いい。

一度、部屋に戻り、再び、食事をするために、出た。
近くの、食堂である。
現地の人の食堂だ。

店先で、色々な肉を焼いている。
私は、ソーセージと、例のサラダと、もち米を注文した。
相変わらず、指差してである。

それで、十分、満腹になる。
45バーツ。約、150円程度である。
実に、安い食事である。

もち米は、半分程、余したので、持ち帰る。
おばさんは、必ず、それを、袋に入れてくれる。

部屋に戻り、ベッドに体を、横たえる。

そうして、寝てしまった。

目覚めて、西行を読む。
感じた歌には、線を引く。
西行を読むと、歌が出来る。

歌詠みは 心素直に 誠なり 作為の技も 捨てて立つなり

そうしている内に、日本のことを、思う。

民族の 伝統卑下し どこへ行く 行き先無くし 喜ぶ愚衆

そうそう、ここで書くことが、あった。
丁度、ノーン・カーイでは、市議会議員選挙であった。
選挙運動が、行われていたのである。しかし、その様、日本と、全然違う。
日本では、何々党の誰々ですと、繰り返すが、こちらでは、音楽を流す、車に、写真を貼って回るのである。
その音楽が、演歌なのである。
それが、面白い。

音量規制がないゆえに、大音響で演歌を、流す。
日本の演歌が、タイに流れたと言える。

今は無き 日本の演歌 ここにあり 流れ流れて ここに至れり

タイにては 演歌主流で 芸術と あいなりたりて 威風堂々

兎に角、演歌なのである。
最初に泊まったホテルで、流れていたのが、クラシック音楽であったのが、不思議な程であった。

夕方、野中が、戻るので、私は、ゲストハウスの庭で、コーヒーを飲みつつ、待った。

四時頃、野中が、戻った。

旅の相棒が、戻るのは、嬉しい。
早速、ラオスの話を聞く。

野中が、行った村は、バンビエンという村である。
その村の、山の中腹にある、ゲストハウスに泊まった。
バンビエンは、麻薬とセックスの町で、欧米人で、たいそう賑わっているという。

このエッセイを、ラオスの政府が読んで、麻薬撲滅に着手したら、面白いが、まず、読まないだろう。

勿論、日本人もいる。
以下、省略する。

部屋に戻っても、野中の話が、続いた。
これから、ラオスに支援活動をするか、否かと、私は考えたが、前に書いたように、することになるだろう。

日本の企業で、ラオスに、学校建設をしている、企業がある。
これからは、企業イメージを高めるためにも、企業の支援活動が、注目されるだろうと、思える。
だが、人と人の関係である。
建物だけを建てて、善しとするものではない。
如何に、人と人を結びつけるか、である。

野中が、今日は、一日何も食べていないと言うので、早いが、夕食を食べるために、出た。
一度、野中と、行った、店に向かった。

中国人が食べていた、鍋物が、食べたくて、指差し、注文した。
中国人は、正月のお祝いに、食事に来ていると、店の女の子が、教えてくれた。
二つのテーブルを使っての、大家族である。お土産小路で、店をしているという。

そして、私は、その家族が、食べていた、ソーメンのような、緬を注文した。彼らは、それを、そのまま食べているのである。
出てきたものは、ソーメンそのままである。

食べてみると、ソーメンである。
野中が、鍋の汁を入れて食べる。旨いというので、私も、真似をした。
日本のソーメンと、変わらない。

鍋は、野菜が多く、味が薄い。
それに、好みで、辛いソースをつけて食べるのである。

ほうれん草のような、野菜が多く、キノコ、マッシュルームのようなもの、である。
エビが多く入っていた。出汁にしているのだろう。しかし、どうも、海のものである。海は遠いから、輸送してきているのだろう。

店の人は、英語が全く通じない。野中が、タイ語で、話し掛ける。
女の子は、店主の娘だった。手伝っているという。高校生であり、お金があれば、大学に行き、コンピューターの勉強をしたいと言う。
大学は、地元の大学であり、この町から、出たくないと言う。この町が、好きなのだ。

タイ語で、話をすると、愛想が、良くなった。

その内に、欧米人のカップルが、入ってきた。
英語であるが、全く通じない。
彼らは、諦めたように、注文して、出て来たものを見て、ノーと、言っていた。想像していたものと、違うのであろう。
しかし、仏頂面をして、食べ始めた。

私たちは、それを見て、おかしくて、笑いたくなったが、我慢した。
男の方が、私たちを見て、肩をすくめ両手を上げる、仕草をする。

しかし、次に行った時、何と、英語のメニューを用意していたのである。
実に、素早い、反応だった。
ただ、野中が見て、変な英語だと言う。
ヌードルといっても、数多くある。どのヌードルなのかが、解らないという。
スープといっても、数多くある。どのスープなのか、これでは、解らないらしい。

そういえば、別の店で、フライヌードルという英語を見た。フライヌードルとは、どんなものか、興味がある。炒めた緬ということで、焼きそばのことか。よく解らない。
posted by 天山 at 12:24| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

神仏は妄想である 59

世論調査によれば、米国の全人口の約95パーセントが自分は死後も生き続けるだろうと信じているということだ。そのような信念を心のなかに抱いていると公言する人間がそんなにもたくさんいることに、私は驚きを禁じえない。
ドーキンス

つまり、ドーキンスは、死後の世界は、無いということなのである。
私の、霊学と、矛盾するか。
しない。
この世の延長に、死後の世界は、無い。
次元を、別にする世界である。
これについては、更に、後に、詳しく書く。
何故、ドーキンスが、上記のことを、言うのかは、以下である。

もし彼らが本当に嘘偽りなくそう思っているのなら、彼らはアンプルフォース修道院長のように振舞うべきではないだろうか? ベイジル・ヒューム枢機卿が自分が死ぬといったとき、この修道院長は彼のために大喜びした。「おめでとうございます。これは素晴らしい報せです。私もおともしたいくらいです」この修道院長は本当に嘘偽りなく信じていたように思われる。しかし、この例がまれで予想外なものであればこそ、私たちがそれに注目し、ほとんど面白がりさえする。ということになるのだ。―――実際にこの話は、若い女性が真っ裸で「戦争する代わりに愛し合おう」という旗印を掲げ、その横にいる人間が「これこそ、私が誠実と呼ぶものだ」と叫んでいる漫画を思い起こさせる。なぜすべてのキリスト教徒やイスラム教徒は、友達が死にそうだと聞いたときに、この修道院長と似たようなことを言わないのだろうか? 
ドーキンス

つまり、死後の世界、とりわけ、天国に入ると、信じる者は、死ぬことは、大喜びになること、間違いなしであろうと、言う。

なぜ、信仰をもつ人々は臨終の席で、このように語らないのだろうか? 彼らは自分が信じているふりをしている代物を実は一つも信じていない、ということなのだろうか? ペットとちがって、苦痛を感じないように安楽死させることが許されていない唯一の種がヒトである。ということを考えれば、もっともなことかもしれない。しかし、もしそうでなければ、安楽死や自殺幇助にもっとも声高な反対の声が宗教から出てくるのはなぜなのか?

信心深い人々がこの世での生にみっともなくしがみつくというのはまずありえないことと予想してしかるべきではないのだろうか? しかし、安楽死にはげしく反対する、あるいは自殺幇助を激しく批判する誰かに会ったとき、その人が信仰をもつ人であると判明する確立がかなり高いというのは、衝撃的事実である。表向きの理由は、あらゆる殺人は罪だということかもしれない。しかし、天国へ旅立つ時期を早めているのだともし心底から信じているならば、なぜそれを罪とみなすのだろう?

真っ当な、疑問であり、やや、意地悪な、疑問である。
信仰深い人に、限って、死を恐れるということ、あまりにも、多いのである。

歎異抄でも、親鸞が、本当は、弥陀の元に行けるという、死を、喜ぶはずだが、喜べないのは、何故かと、問う。
その訳は、罪人だからであると、言う。

唯円の文章は、名文であるから、原文を、載せたいが、あまりに、気の毒なので、省略する。

罪人だから、死ぬのを、恐れて、弥陀の元に行くことを、拒むという、どうしようもない、人間の罪深さであると、考えるところに、心の病がある。

思索を、深くすることは、よいことであるが、それに、酔うな。

死にたくないのは、死にたくないので、いいのである。
それを、罪深いから、そう思うのだという、自虐は、病である。

それとも、親鸞は、もっともっと、深く物を考えていたというのだろうか。
頭が悪かっただけである。

更に、ズレていたのである。
おおズレである。
頭が悪くて、ズレていたら、拘る拘る。そして、その思索に、振り回され、更に、出口を見出せず、一人相撲を取って、死ぬ。
ただ、自分を、大愚と、呼んだのであるから、まだ、救いがある。
その通りである。

後の世の人、親鸞を、考えて、思索に、似たような、ことをするが、頭が悪ければ、そのままでいい。
それは、深さではなく、頭の悪さである。

征服王ウィリアムの時代、恐竜の時代、あるいは三葉虫の時代にいたとしても、私は私だっただろう。そこには何も怖れることはない。しかし、死んでいく過程は、運が悪ければ、苦痛に満ちた不愉快なものになる可能性も十分にあるーーー私たちは、虫垂炎を切除してもらうときのように、その種の苦痛を体験することからは、全身麻酔で保護されるのが慣わしになっている。―――
しかしもし医師が、あなたが苦しみながら死にかけているときにまったく同じ慈悲にもとづく処置を施せば、彼は殺人罪で起訴されるリスクを冒すことになる。私は自分が死ぬときには、虫垂炎の場合と同様、全身麻酔のもとで命を取り出してもらいたいと思う。

ドーキンスが、悟った者であること、明々白日である。

私は私だっただろう。
いつも、私は、私である。
いつの時代も、私は、私だった。
これを、悟りと言う。

死んでいるのは生まれていないのと何のちがいもない
マーク・トウェイン

科学者は、悟りと、遠いと、思う人は、考えを、改めるべきである。
科学者こそ、悟り得るのである。

私たちのなかに安楽死や自殺幇助に反対する者がいるとすればそれは、死を移行としてではなく終末として見る人間だろう。
ドーキンス

更に、ドーキンスは、死を恐れるのは、信仰を持った人間に多いという、事実を言う。

喜んで神の元に行けない人の群れ。信仰者の群れである。

勿論、妄想の天国であるから、そんな所は、霊界に無い。
この世から、おさらばするということは、虚無に帰すということである。
霊界は、別次元である。
この次元に無いということは、無くなるということである。
科学者は、冷静に、それを、知る者である。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第2弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイ・ラオスへ 10

タイ・ラオスへ 10

野中が、戻った翌日は、帰る日の、前日である。
13日の朝、3:40に、夢を見て、目覚めた。

象徴夢であった。

再び、眠り、朝日が出てから、起きた。

庭に出て、コーヒーを飲もうとした。
すると、一片の白い花びらが、落ちてきた。

名も知らぬ 白き花あり あわれなり メコンの風に 大和の心

野中は、眠っている。
若い人は、よく眠る。それは、体力があるからだ。眠るのも、体力である。
年を取ると、眠られなくなる。眠る体力が無いのだ。

寒さが、少し薄らいでいる。

白い花びらが、気になり、歌を詠む。

風に散る 一葉よりも 軽きもの 人の命の さらに軽きよ

散ればこそ 芽を出すものを 人の亡き 後は戻らぬ ことぞ悲しき

実は、私は、しばらく、20年ほど、歌を詠むことがなかった。
母に、歌を詠むことを勧めて、その母の歌が上手になってゆくのを、楽しんでいた。
小説を書くことを、楽しんでいたが、この頃になって、歌を詠むことが、多くなった。
これは、年齢なのか。
小説を書くことは、実に、体力がいる。職業作家には、なれないと、諦めていた。勿論、作家になるほどの、小説は、書いていない。
ただ、物語を作るのが、好きなだけである。下手の横好き、というやつである。

野中も、起きてきた。
一緒に、コーヒーを飲む。
明日の移動を、相談する。
空港のある、ヴドーン・ターニまで、行かなければならない。そして、バンコクへ行く。

トゥクトゥクの、おじさんに聞いてみることにした。
朝、ゲストハウスに顔を出す、おじさんがいる。

暫く、二人で、英字新聞を読む。私の場合は、眺める、である。
野中が、声を上げた。
新聞の一面に出ている記事を、私に示した。
何、セックス。
いや、トイレのことだよ。
野中が言う。
ついに、レディボーイのトイレが出来たって。
あるタイの空港に、レディボーイ用のトイレが、出来たということだった。

つまり、男、女、そして、レディボーイの、三つのトイレができたということである。

レディボーイの国、タイである。
野中は、翌日、帰る前に、その記事を切り抜いて、貰っていた。

トゥクトゥクのおじさんが、やって来た。
帰りのバスの時間を訊く。
予約して、乗るのだという。もう、チケットは、売っているというので、私たちは、すぐに、チケットを買いに出た。

風を切って、トゥクトゥクが走る。
この町に、再び来ることがあるのかと、自分に問うた。何とも、解らない。
二度と来ないかもしれない。

この地をも 旅の一つと 名残惜し 生きること旅 と思う身にも

帰国する こと惜しむ身も いざ心 立ててゆく明日 今日ぞ忘れぬ

チケットは、すぐに買うことが出来た。
何事も、早め早めが、いい。
下手をすると、乗れないこともある、と。
ゲストハウスに戻り、そのまま、食事に出た。

店先で、焼いている、地元の人の食堂である。
もち米、豚肉、鶏肉、春雨サラダを注文した。丁度、春雨サラダを作っていたので、それを、注文した。
サラダは、思った以上に甘かった。
メコン河を眺めての、食事である。

留め置きて 国境流る メコン河 心にかけて 忘ることなし

異国にて 風にあわれの あるものと 生まれし国を 誇りたるかな

二人で食べて、満腹した。75バーツ、約240円。
地元の食堂は、安い。
明日の朝も、ここで食べることにした。それが、最後のノーン・カーイの食事になる。

部屋に戻り、いよいよ、帰り支度である。
何とも、過ぎてみれば、早いことである。
毎日のことを、手帳につけているが、単に、メモである。つまり、人生は、数行で、書き表せるというもの。

生まれて、恋をして、老いて、死んだ。
仏陀は、ここに、病を入れた。恋は、入れない。
日本人の心は、恋を抜きにしては、語れないのである。
恋とは、大和心の、種である。

子供服が無くなったので、荷物が、減った。
買い物も、多くしていない。というより、私は、六個の小物入れのみ。野中も、キーホルダー付きの、小物入れを、五個である。

旅に余計な荷物は、実に余計である。大きな、バッグをズルズルと引きずり持つ人が多い。何をそんなに、持つのかと、不思議だ。
特に、暖かい国に出掛けるならば、ほとんど、荷物は、いらない。
毎日の、着替えを持つのだろうか。一度、人のバッグを、覗いてみたい。

野中が、ディジュルドゥを吹くために、部屋を出た。
私は、ベッドに横になり、ゲストハウスの本棚に置かれていた、更級日記を読んだ。奇特な人がいるものである。古典の更級日記を携えて、ここまで来たのである。
これを、置いていった人を、風情があるなーと、思いつつ、読んだ。

物語に憧れる、女の話である。
古典の日記ものは、大和言葉であるから、大和言葉を知りたければ、古典の日記を読めばいい。
ひらがなは、女文字といわれたが、日本の文学は、女房文学から、始まった。
世界最古の小説は、源氏物語である。
日記文学から、私小説文学へと、変転する。
小説は、爛熟期を過ぎて、衰退期へ。しかし、文字の廃れることはない。
日本の場合は、和歌と俳句の廃れることはない。
芭蕉が言う、不易流行である。

ふっと、タイの文学を思った。実は、何一つ、それを、知らない。
現代小説ならば、翻訳物で、二三読んだ程度である。
あとは、演歌の歌詞を、少し聞いた。
この、イサーンの、演歌の歌詞は、他に無い、激しいものがある。

例えば、流れる涙は、地に落ちる、私の血である、とか。

このタイ東北部、イサーンは、大地が乾き、風が強いのである。
私も、何度か、涙を流した。悲しくてでない。乾いた大地の風で、ある。
それは、また、この東北部の歴史の歩みにもあると、思う。

植民地時代の、歴史の風に、揺れたのである。
支配が変わるという意識は、島国の日本人では、理解し難いものがある。
大陸である。
国境という、微妙さの中にある地域は、いつも、揺れ動いていた。
そして、民族という意識である。
到底、私の及ぶところの、ものではない。

シャムという、国名から、タイに変更した時に、それは、タイ族の国であるという意識である。
立憲革命により、立憲君主制になり、人民党のピブーンが首相に就いてからの、1939年六月の、国家信条にて、民族名と、国名を一致させるということで、タイとなったのだ。
posted by 天山 at 12:25| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。