2008年02月01日

神仏は妄想である 50

科学者として、私が原理主義的な宗教を敵視するのは、それが科学的な営為を積極的に堕落させるからである。それは私たちに、おまえは心変わりしてはいけない、知ることが可能な興味深い事柄を知ろうと思ってはいけないと教える。そして科学を破壊し、知力を減退させるのだ。
ドーキンス

更に、悲劇的な、天才科学者の、話が載っている。
結果的に、聖書の、毒に、負けて、原理主義的行為により、夢と希望と、科学、証拠、そして、理性を投げ捨てたのである。

ドーキンスは、言う。
彼の、なすべきは聖書を投げ捨てることだけだった。と。

原理主義的な宗教は、おびただしい数の、無辜の、善意で情熱のある若者の心を荒廃させることに専心している。非原理主義的で「分別のある」宗教は、そんなことをしていないのかもしれない。しかし、そうした宗教にしても、子供たちがきわめて幼いときから、「疑うことのない無条件の信仰が美徳である」と教えることによって、原理主義者に好都合な世界をつくっているのである。

原理主義とは、知性を捨て、感性を鈍らせ、そして、理性をなき物にするのである。

単なる、作り話に、すべてを、懸けるという、愚劣さである。

それは、あまりにも、稚拙で、愚かな行為であるが、本人たちは、全く意に介さず、黙々と、進む。
偏狭というより、魔の世界へ、進む。
霊学から、言えば、魔界に、進むのである。

この世に、絶対ということは、無いと、言う、イエス・キリストの言葉さえも、神のみは、絶対であるという、解釈に立って、原理的教義となる。

この世に絶対的なものは、無いとは、神というものも、絶対という観念は無いということである。
しかし、このように、書くこと自体が、観念である。
だから、神という言葉自体に、どうしようもない観念まみれの、観念がつくということである。
日本人の、生活観の中には、宗教以前に、自然というものが、厳然としてあった。
それは、観念ではない。
しかし、言わせると、アニミズムと言われる。精霊信仰というらしいが、それも、別物である。
在って、在る物、自然との、共生であり、共感である。

それを、アニミズムという、言葉、つまり、観念を作るという、欧米の思想である。

日本人は、それ、アニミズムを突き切っていた。
自然の物に、精霊ではない。
自然の物、そのものが、本質である。

その物が、本質であるという、物の見方は、世界広しといえども、日本だけである。

精霊ではなく、物に、心が、着くと、観たのである。
つまり、物は、心に相当した。

目の前に在る物は、心である。と、観た。
その心に、対座したのが、古神道と言われる所作である。
所作とは、作法である。

目の前の木は、私の心である。
そうして、その心である、木に対して、注意を払い、特別な場を作り、結界という場である、それを、張り、褒め称える言葉を、述べた。祝詞である。
我に、我を、褒め称えた。

古神道の、所作は、皆、ここから、生まれでたものである。

自然は、我であるから、我の如くに、大切にするのである。

日本人が、持つ自然に対する考え方が、他民族と、違うのは、それである。
勿論、今は、それが、廃って、久しい。
回復を、願うが、果たして、それを、教え伝えるべき人は、いるのか、私には、解らない。

最後に、自然に帰結する、日本人には、原理主義というものが無い。あるとすれば、自然のみであり、それは、尽きることの無い、自然であるから、すべてが、自然に隠れてしまうのである。
死を、隠れると、看破した、日本人である。
それを、宗教観と、言うなかれ、それは、自然観なのである。
日本人には、自然観のみしかない。

万葉集には、恋の歌が、八割である。
それは、恋が、性という、人間の自然と、直通していたからである。
性が、人間の自然であったことを、教えるものである。

神道という言葉さえなかった時、仏教、仏の道と、対して、果たして、我が国の、ものを、何と言うのかと、考えた。
孝徳天皇が、初めて、神の道、神道という言葉を使用したのが、始まりである。
仏も、異国の神として、取り扱った。
そして、我が国の神である。
実際、そんな意識もなかった。

この国に、以前からある、所作を、呼ぶために、唯神、かんながら、神の道を、名乗ったのである。

神の国という言葉も、鎌倉時代を、待たなければならなかったのである。
それ以前は、そんな意識も無い。

自然に対する所作を、改めて、云々する必要がなかったのである。
仏の観念が、そのように、神観念を生ませることとなる。

日本語も、兎も角、日本人の精神というものも、純粋培養されたものである。
島国であったから、それが、可能だった。
それを、最大限に生かすことが、日本の再生と、回復を、促す。

それは、日本の原理主義に陥ることではない。
世界に向けて、日本の精神の有り様を、提示することである。
そこで、共感を得られることが、世界に貢献することになる。

日本人の自然観が、偏狭な、宗教観、宗教感覚を、緩和するからだ。


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タイ・ラオスへ 1

タイ・ラオスへ行く。

出発の前日、関東に大雪が降った。
高速道路が通行止め、電車や、飛行機も運転見合わせということで、翌日のことが、心配になり、横浜駅から、成田エクスプレスで行くことにした。

翌日は、午前中まで、通行止めだったようで、列車にして、安心だった。

この時期は、それほどの混雑なく、スムーズに出国手続きが済む。
私の荷物は、子供服が、二袋で、後は、持ち運びの鞄に、自分ものを入れて、機内に持ち込む。
子供服は、向こうで配ると、無くなる。
暖かい国に行くので、夏物の薄い着物なので、鞄で十分に間に合うのが、いい。

一万円が、バーツにすると、3005バーツになることを確認する。

飛行機は、時間通り、飛びたった。
丁度、夜であるから、寝ていればいい。
バンコクまで、七時間と少しである。
到着は、現地時間の、11:30頃になる。

バンコクでは、以前泊まった、安いホテルを、二泊予約していた。
スクンビット通りにあるが、地図に、名前の載っていないホテルである。
一泊二千五百円で、朝食付きである。二人で、その値段である。
泊まれれば、いいのである。

バンコクは、雨だった。バンコクの雨は、初めてである。

バンコクの 夜は雨なり 涼しくも あり新鮮な 街並み光る

タクシーに乗り、ホテルに到着した。
以前に泊まった時にもいた、無愛想な女が、いた。
イサーン出身である。つまり、私たちが、向かう、イサーン、タイ東北部の出である。

野中が、あれが、イサーンだと言う。つまり、あのような、無愛想な顔が、イサーンの顔だという。

12日間の、旅の始まりである。
バンコクの夜には、興味がないので、ホテルの部屋のビールを飲み、飛行機のせいで、すぐに酔うので、そのまま、寝た。

日本時間より、二時間遅れが、タイの時間である。
深夜十二時は、日本では、二時である。
三時頃に寝たから、日本時間では、五時である。

朝は、八時に目覚めた。
私は、すぐに、一階のレストランに似せたような、オープンカフェに出た。
無愛想な女から、チケットを取りに行く。
ナンバーと、訊くので、私は、キーを見せた。
朝食券二枚をくれた。

若い男がいた。
前回は、おじさんだったが・・・
コーヒーを頼む。
たまごは、どうすると訊く。
スクランブルで、ソーセージにした。

トースト二枚に、それらが付いてくる。
私は、タバコを吹かして、コーヒーを飲んだ。
コーヒーは、何倍お替りしてもいい。

他の客は、すべて、欧米人である。
若い欧米人は、カップルで、年老いた欧米人は、タイの女を連れている。
中には、中年のおじさんも、タイの女を連れていることもある。

二杯目を飲み終わる頃、野中が、降りてきた。
次第に、ホテル周辺が、騒がしくなる。朝の、状態である。

野中は、周辺に出掛けると言う。私は、この辺りにいると、言った。
行きたいところは、無い。

夜は、チェンマイから、野中の友人の、タンニャが、バンコクに来ることになっている。逢えると、いいと、野中が言う。
お客と、ベトナムに行くらしい。

部屋に戻り、野中が、ディジュルドゥを担いで、出て行った。
私は、部屋で、のんびりと、イサーンの空港、ウドーン・ターニと、その後行く、ノーン・カーイについて、調べていた。

国内線の格安チケットを予約していた。
ウドーン・ターニに、一泊するか、そのまま、ノーン・カーイに行くかと、迷った。
ノーン・カーイは、ラオスとの、国境の町である。
その距離感が、解らないから、迷う。

私は、8日にラオスに入り、翌日、ノーン・カーイに戻る予定である。野中は、そのまま、二三日、滞在する予定だ。

昼になったので、ホテルを出る。少し、その周辺を回った。
食堂に、日本語が多い。
驚いた。
これは、日本人が、多いということである。

一軒の、日本語で書かれた、タイ料理の店に入った。
タイ語、英語、日本語で、書かれたメニューがある。
私は、焼きそばを注文した。

待っている間、店にある、雑誌を手に取った。
日本語のものがあり、無料配布されているものを、取った。
開いた。
驚いた。
すべて、ピンク系の広告で、埋まっている。
オイルマッサージ、2000バーツから、2500バーツである。
それは、射精するまでのコースである。
オイルマッサージは、200バーツから、250バーツが、普通であり、その値段は、高級ホテルの、マッサージ並である。

出張もあるという。
ここまで、日本人が、多く来ているのだと、感心した。

焼きそばは、量が多くて、すべてを食べると、満腹を通り越した。
勿論、日本の焼きそばに似せたものである。
タイ料理は、野菜を半生で、平気であるから、戸惑う。
更には、すべて、生ということもある。

その雑誌を持って、ホテルの部屋に戻り、体を横たえた。
そして、寝た。

野中が、戻って、例の雑誌を見て、こんなもの、持っていると、勘違いされるよとの、アドバイスである。

タイの売春は、有名であったが、タイ政府が、牽制して、少し収まった経緯がある。
売春に準じる方法を、考えたのだろうと、思えた。

知り合いの男の子たちは、必ずタイでは、売春を一つの、目的にしていたものである。
私は、その度に、コンドームの使用を、勧めていた。

夕方、タンニャから、電話があった。
ホテル近くに来るらしい。
野中が、逢いに行くと言っている。
時間が、遅くなりそうだというので、私たちは、先に、夕食を済ますことにした。

夜になると、日本語の店が、続々と開店する。
私は、肉が食べたくなり、近くの、韓国料理店に野中と入った。
野中は、ビビンバを注文したが、私の焼肉セットの野菜を食べているうちに、腹が一杯になったようで、ビビンバをキャンセルした。というか、野中の注文を店の者が、忘れていたようだった。

二人で、ビール一本を飲んで、一杯になり、食べてすぐに、ホテルに戻った。

タンニャからの電話があり、野中が出て行った。
私は、ベッドに横になり、うとうと始めた。
野中が、鍵を持って出ないので、鍵は、開けたままである。

眠れず、これからの予定を考えていた。
野中は、十二時前に戻り、明日のタクシーの予約が出来たと言う。
ホテルに、十一時に来てくれる。
野中が戻り、安心して、私は眠った。
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2008年02月02日

神仏は妄想である 51

「旧約聖書」におけるもっとも過酷な罰は、神への冒涜に対して科せられるものである。それはいまでもいくつかの国で実施されている。パキスタンの刑法第295条C項では、この「罪」に死刑が与えられると規定されている。2001年の8月18日に、医学博士で大学講師のユニス・シェイク博士は、神を冒涜したかどで死刑を宣告された。彼が犯したとされる罪は、学生に向かって、預言者ムハンマドは40歳のときにイスラム教を創始するまではイスラム教徒ではなかったと語ったことである。

2006年にはアフガニスタンで、アブドゥル・ラーマンがキリスト教に改宗した罪で死刑を宣告された。彼は誰か人を殺したのか、誰かを傷つけたのか、何かを損壊したのだろうか?
いや、彼がしたことは、心変わりだけだった。心のうちで個人的に、心変わりしたのだ。彼は、自国の支配的な党派の好みではない、特定の思想を心に抱いただけである。そしてこれが、タリバンのアフガニスタンではなく、アメリカ主導の連立によってつくられたハミド・カイザルの「解放された」アフガニスタンで起こったことだということを思い出してほしい。ラーマン氏は結局は死刑を免れたが、「裁判に耐えられる精神状態てせはない」との理由で釈放されただけである。しかも国際的な強い圧力がかかってやっと、そういうことになったのであった。彼は現在、イスラム教徒の義務をなんとかして果たそうとする狂信者に殺されるのを避けるために、イタリアに亡命中である。

第8章 「絶対主義の負の側面」より

更に、驚くべきことは、
思い起こしてほしいのだが、背教は、特定の人物や預言者を実際に傷つける罪ではない。それはジョージ・オーゥエルの「1984年」の用語を使えば、純粋な思考犯罪であり、イスラム法のもとでのその公式な罰は死刑なのである。サウジアラビアで1992年9月3日に実際に執行された一例をあげれば、サディク・アブドゥル・カリム・マララハは、背教と冒涜の罪を法的に宣告されたあと、公開斬首された。

驚くべき、絶対主義の様子である。

勿論、イスラムだけではない。キリスト教国にも、冒涜罪はある。
書き始めると、キリが無いので、省略する。

「旧約聖書」という、暴力は、とてつもないほどのものである。
何故、そのようになってしまうのか。
「偏狭な頑迷さ、非情な残忍さ、負の意地悪さ、背筋が寒くなるほどに思い起こさせるものである」と、ドーキンスは言う。

更に、思い起こして欲しい。
イスラム教の派閥争い、イスラム対キリスト教、イスラム対仏教、キリスト教の派閥争い。ヒンドゥー教対イスラム等々、すべての、争いの元は、宗教である。
何故か。

それらは、支配者層の、一部による、偏狭な支配欲によるものである。
神の名を語り、自分の支配欲を、満たす行為としか、判断できないのである。
いつまで、このような、愚昧な、行為を続けるつもりであろうか。

「旧約聖書」の神権政治のもとでの生活がどのようなものであったかについて、それが現代に再現されたらどんなに恐ろしいことになるかがわかるというものだ。と、ドーキンスは言う。

宗教、神、仏とは、皆々、これらに似る。
平和な宗教などというものは、無いのである。

それは、作られた物語の、思い込みによって成る。それを、信じ切って、膨大な、暴力的な妄想に、浸るということである。
そこには、これこそが、唯一の、絶対のとの、冠がつく。
一つを、断定するという、大きな誤りに、身を沈めるのである。

故に、言う。
これのみに、よるという、宗教は、皆、同じ根にあると。

イエス・キリストは、ユダヤ人であるが、多くのキリスト像は、白人として、描かれるという、不思議である。
その、白人優位の考え方が、キリスト教を持ち上げ、ついには、白人のキリスト教となり、それを、正義として、色付き人間に、十字架を拝ませるという、暴挙に出る。
アメリカ大陸を見れば、解る。

アメリカという国でさえ、清教徒たちが、インデアンを、皆殺しにして、作り上げた国である。さらに、それ以前の、スペイン植民地化政策では、一億もの、人間を殺して、キリスト教を、拝ませるのに、成功した。
あまりにも、驚くべきことで、それらは、忘れ去られたようになっている。

どれとぼの、民族浄化、それは、宗教浄化なのであるが、多くの人を、殺しつくしたのである。
何度も言うが、共産主義と、宗教が、殺した人の数は、星の数ほどである。

真っ当な神経を、持っていれば、冷静に、判断できるというものであるが、妄想に、囚われたら最後、知性も感性も、そして、理性も、失うのである。

神、仏、というもの、確実に、妄想である。

ドーキンスは、科学者として言う。私は、霊学の立場から言う。

我は神、とか、仏とかと、言う場合は、それは、霊である。
霊が、それを、名乗るのである。
そして、それを、名乗る霊というものは、ほとんどが、魔界のもの。つまり、霊界とは、別空間の、魔物である。
別次元でもある。

霊に関しても、私の、妄想であると、判断されても、善し。

傲慢な、有神論者より、謙虚な無神論者の方が、真っ当である。

物事を、捉えるのに、様々な、方法がある。
360度の、ものの捉え方がある。
更に言えば、360掛ける360度まで、広がる。そうして、ゆけば、無限大に、広がる。
その、広がりを、認められる人によって、平和が、保たれる。

科学は、宇宙の、ほんの少しを、知っただけであるが、それでも、妄想より、すば抜けて、優れている。それは、証拠による、客観性があるからだ。
そして、新しい発見により、以前の考えが訂正されると、以前の考えを、見事に捨てるのである。

しかし、宗教は、絶対に、そのような、柔軟な姿勢は無い。

他宗教を、攻撃する者に、平和主義はいない。
さらに、選民意識を持つ、宗教は、世界の、平和の障害であり、世界の、害毒である。

支配欲が、頂点に達すると、すべて、唯一絶対の神を、祭り上げる。
それを、人々に拝ませて、更に、絶対支配を目指すのである。

敗戦後の、日本に来た、GHQは、真っ先に、神社の調査を開始した。
まず、精神的支柱となる、神社の教えを、破壊しようとした。
しかし、神社に行くと、神主が、ただ、棒を振るだけで、人は、手を打ち、礼をするのみである。説教も無い。
調べ進めて、何も無いと、判断した。

日本人の、精神的支柱を、探し当てることが、出来なかった。

聖書に、匹敵する、書物は無い。
教祖や、教義も無い。

彼らの、理解する、範疇には、入らないのである。

破壊しようにも、何を、どのように、破壊するのかが、解らない。
結果は、セックスと、スポーツと、マスコミである。
アメリカ型の、思想教育である。

敗戦によって、穴のあいた、日本人の心に、アメリカ型が、スッポリと、入った。ああ、簡単なことだったと、思ったことだろう。

そして、乗り込んできたのが、プロテスタントのキリスト教布教である。
ボランティア活動と、共に、アメリカから、一斉にやって来た。
勿論、戦争前から、それらの、布教の心意気は、旺盛だった。それが、敗戦によって、ここぞと、ばかりに、乗り込んだ。

勿論、聖書絶対主義である。
聖書の神を、唯一の神として、教える。
日本人に、新しい罪意識を、教えて、そこからの、救いを説くという、傲慢である。

その罪意識は、すべて、人間の生きる欲望を言うから、笑う。
日本の伝統は、欲望を、恵みと、捉えるのである。

もう、その手には、乗らない。

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タイ・ラオスへ 2

タクシーが、時間通りに来たが、昨夜の人ではないという。用事が出来て、替わりに来たという。メータータクシーなので、安心して乗る。

高速道路を通り、その料金を払った。
そして、メーターは、200バーツと少しである。ところが、300バーツと言う。
私が、メーターを指して言うが、野中が、帰りの客がいないと、困るんだって、という。
帰りの客がいないことは、無いと思うが、面倒なので、300バーツを払う。
まあ、チップだと、思えばいい。

タイの民間機は、実に、適当である。
搭乗手続きをすると、三時間遅れであると言う。
前回も、チェンマイで、遅れて、日本行きの便に乗られないかもという、事態になったが、本当に、当日になってみなければ、解らない。

決して、信じてては、駄目である。
勿論、帰りも、三時間遅れだった。
結果、四時間を、空港で、過ごすことになる。

新しい空港、スヴァルナプ空港は、国際線、国内線と、入り乱れている。
私たちは、いつも、一階のロビーで過ごす。
人が少なくて、心地が良い。ただし、冷房は、きつい。全体に、冷房が行き渡り、下手をすると、風邪を引く。
私は、外に出て、暑い風を楽しみ、タバコを吹かすのが、好きだ。

漸く、時間になり、搭乗口に行く。
ところが、時間になっても、誰もいない。
また、遅れているようなのだ。
結局、30分過ぎで、案内が流れた。

座席は、自由席である。
私たちは、一番後ろの席に座った。結構、席が空いている。私は、途中で、隣の空いている席で、体を横にした。
一時間程度で、ウドーン・ターニに、到着した。

空港から、国境の町、ノーン・カーイまでの、バスがあるというので、それに乗ることにした。
約、一時間である。丁度良い。

ミニバスに乗り込んできた、最後の方々が、日本人の、榊原夫妻だった。
私の後ろの座席に座った。
老後をタイで、暮らし、ビザのために、一度海外に出るということで、ラオスを選んだという。

その榊原さんとの、話で、様々な情報を得ることになる。

四方山話から、ラオスの話になった。
山の上に行くほど、信じられないような生活の様であること。日本の戦後の生活より、悪いという。
私たちが、子供服を持ってきたというと、それは、何よりだという。
裸で生活している、子供たちが大勢いる。それは、貧しさゆえである。

私は、日本の戦後より悪いと、聞いて、少し考えた。
日本の戦後は、最低最悪である。
それより、悪いということは、どういう事態だろうと。
もし、そんな所に、私が行けば、あまりのことに、また、アホなことを、考え始めるだろうと、思えた。
つまり、支援活動の拡大である。
果たして、私個人に、それ程の、能力があるのか。
これは、宿についてからも、考え続けた。

そして、私が、戦争犠牲者の追悼慰霊から、この活動が始まったと言うと、榊原さんは、是非、戦場に掛ける橋という、映画で、有名になった、カンチャナブリーに、慰霊に行って欲しいと言った。
日本兵だけではなく、多くの捕虜を犠牲にした、橋の建設である。
泰緬鉄道である。

榊原さんは、慰霊ではなく、見学に行ったが、花などを持たなかったことを、後悔したと言う。
せめて、花でも、供えてくれば良かったと。

日本軍慰霊塔には、日本語、英語、マレー語、タミル語、ベトナム語で、慰霊の辞が、刻まれているという。

戦争とは、愚かなものだと、言ってられない程の、悲惨な犠牲を出したのだ。

連合軍共同墓地にも、日本人として、追悼慰霊に、行くべきであると、思う。

榊原さんの、お話は、随分と、私に、多くの思索を与えてくれた。

バスは、ノーン・カーイの国境まで来た。
そのまま、国境を通る人もいる。
私たち、榊原さんは、ノーン・カーイに、宿泊する予定である。
皆、バスを降りた。

ソンテウや、トゥクトゥクを探すが、見当たらない。
夜であるから、知らない場所に降ろされると、不安になる。

私が、ミニバスの運転手に行った。
ホテルに行きたいと。
すると、運転手が、オッケー、送るよ、と言う。

すると、降りた人の中で、町に行く人が、また、乗り込んだ。
タイ人もいた。彼らが、先に行き先を言うので、そちらに向かった。そして、欧米人たちである。最後が、私たちであった。

街中の、中流ホテルである。
私たちは、そのホテルの、コテージを取り、榊原さんは、ホテルを取った。
荷物を置いて、一緒に食事をすることになった。

一泊、600バーツの部屋である。約、二千円。
ベッドが、二つある。
私は、二泊を、そこにした。その後は、ゲストハウスにする予定だった。

榊原さんとの、食事で、ラオスのことを、多く聞いた。
その時点で、私は、ラオス行きを、断念していた。
瞬時の決断である。

行けば、とんでもないことになるという、直感である。

バリ島、タイ北部、トラック諸島である。そして、ラオスとなれば、私の個人活動は、限界である。
相当な、支援金が、必要である。

榊原さん夫妻は、明日、ラオスに出るという。
私のことを、尋かれて、野中だけが、ラオスに入りますと、答えた。
私は、この町で、ゆっくりしていますと、いうことにした。

真っ暗闇の街中である。
ホテルの明かりだけが、異様に、輝く。
そして、夜が、以外に寒いのである。

夫妻に別れて、部屋に入った。

部屋も、寒くて、野中が、窓をすべて閉めた。
そこで、明日、ゲストハウスを探し、明後日、そちらに移り、野中も、明後日、ラオス入りすることにした。

疲れたのか、すぐに、眠った。

翌朝の、朝食の時に、榊原夫妻に会った。
すでに、町を散歩していた。これから、ラオスに向かうという。
野中に、向こうで、会うかもしれませんねーと、話している。

私は、食事を終えて、野中と、散歩がてら、ゲストハウスを探すことにした。
料金は、おおよそ、400、300バーツの部屋である。

メコン河に向かって歩いた。
イミグレーションの建物の前に出た。この建物も、日本の援助によって、建ったものである。
その、界隈には、多くのゲストハウスがある。
私たちは、その、一軒、一軒を見て回った。
部屋の中に、シャワー、トイレのある、ゲストハウスを選んだ。始めは、400バーツの部屋を紹介されたが、野中が、二階の300バーツの部屋もあると、言うので、そちらを見せてもらい、300バーツの部屋に決めた。約、千円である。
私は、帰る日まで、そこに、滞在することに
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2008年02月03日

神仏は妄想である 52

タリバン支配下のアフガニスタンでは、同性愛に対する正式な罰則は、囚人の体の上に壁を倒して生き埋めにするという、趣味のいい方法による処刑だった。こうして罰せられる、同性愛という「犯罪」それ自体は個人的な行為で、成人どうしによって合意の上でおこなわれ、ほかの誰にもいかなる危害も与えないものである。これもまた、宗教絶対主義の古典的な特徴といえよう。
ドーキンス

英国でも、同性愛は、1967年まで、犯罪的行為だった。

宗教ほど、差別を好むものはない。
同性愛の、問題は、象徴である。
兎に角、宗教は、人を差別する。
その最もたるものは、他宗教に対してである。

偏見と、誤解に満ちて、差別を、繰り返すという、愚劣。

イスラムの、ムハンマドが、たまたま、好色で、何人の女を、妻にしたというだけである。それで、異性愛は、良し、しかし、同性愛は、駄目ということである。
旧約聖書の、神は、生めよ増やせと、一夫多妻を奨励する。
勿論、甚だしい、男尊女卑である。

女は、男の付属物であり、家畜と、同じように、勘定した。

同性愛を、禁じた、キリスト教国で、同性愛が、実に盛んであるということ、皮肉である。

歴史上、同性愛で、結ばれた、軍隊が、最も強いということが、知られている。
例えば、アレクサンダー大王である。
支配者が、恐れることは、同性愛の団体が、最強になることを、知っている。それらが、謀反を起こすと、国が転覆することもある。

「アメリカのタリバン」の同性愛に対する態度も、宗教的絶対主義を典型的に表すものと言える。
ドーキンス

リバテイー大学の設立者、ジェリー・ファルウェル牧師の話に耳を傾けてみよう。「エイズは単に同性愛者に対する神の懲罰というだけではない。それは同性愛に寛容な社会に対する懲罰なのだ」こういう類の人々について、私がまず気づくのは、彼らの見上げたキリスト教的慈愛である。

道徳を狭い宗教的観点のみ理解し、同じ絶対主義的な信仰を共有しないどんな人間からも、脅かされるように感じるような種類の・・・
ドーキンス

私見である。
エイズという、病を、同性愛に、結びつけて、差別の対象とする、意欲のある者たちが、いるということである。
それでは、鳥インフルエンザを、誰のせいにするのか。

神の怒りによって、起こった病と、言うのであろうか。

宗教指導者は、霊能者と同じで、何とでも、言う。
すべて、主観であるから、何とでも、言える。
実に、馬鹿馬鹿しい。

「キリスト教徒の政治活動を支持するカトリック教徒」という団体の会長であるゲイリー・ポッターはこんなことを述べている。「キリスト教徒がこの国の支配権を得た暁には、悪の教会はなくなり、ポルノが自由に配布されることも、同性愛者の権利について語られることもなくなるであろう。多数派のキリスト教徒が権力を得たのちは、多元主義は不道徳で邪悪なものとみなされるようになり、国家は、誰に対してであれ悪をなす権利を許さないであろう」。「悪」は、この引用できわめて明らかなように、人に悪い結果をもたらす行為をおこなうことを意味していない。それは「多数派のキリスト教徒」の好みではない私的個人の思考や行動を意味しているのである。

恐るべき、傲慢極まりない、宗教的独善である。
こういうことを、平然として、述べることが、出来るという、アメリカである。

好みというが、それも、教えられたものであり、個人的意見ではない。
ある、一定の指導者の、好みを、全員の、好みにするというものである。

すべてを、神の意にという信仰は、実は、すべてを、宗教指導者に、託すという、自己放棄を言うのである。
これは、恐ろしい、混迷である。

この世の、迷いは、宗教が、与える教義である。

更に、驚くべきことは、神の代理として、人を裁くという、暴挙である。

ウェスト・パプテスト教会のフレッド・フェルプス牧師も、同性愛に対して強迫観念的な嫌悪をもつ有力な説教師の一人である。マーティン・ルーサー・キングの未亡人が死んだとき、フレッド牧師は彼女の葬儀を阻止するピケを組織し、こう宣言した。「神はゲイおよびゲイを容認する人間を憎む! ゆえに、神は憎むべきコレッタ・スコット・キングをいまや地獄の業火で責めさいなんでおり、そこで苦しみはけっして止まず、火はけっして消えず、彼女の苦しみの煙は永遠に立ち上りつづけるだろう」。

フェルプスは、1991年以来、米国、カナダ、ヨルダンおよびイラクで、「エイズを与えた髪に感謝しよう」といったスローガンを掲げて、二万二千回の反同性愛デモを組織している。
さらに、特定の、死亡した、同性愛者が地獄で焼かれる日数が、自動計算機で、表示される、サイトを作っているという。

これは、狂信である。
完全に、魔神に、やられている。

ちなみに、私の経験と、心理学的考察によれば、同性愛を、嫌悪する、その強さほど、その人が、同性愛に傾くという、事実がある。
我が内にある、同性愛傾向を、極端に恐れていると、解釈できるのだ。

ここで、言いたいことは、このように、傲慢に成るという、事実である。
何故か。
信じる者は、強くなるが、それは、傲慢になるということと、同じだということである。

実に、野蛮でもある。
死者を、裁くという行為を、平然として出来るのである。死者を裁くのは、神のみであると、彼らは、言っているはずであるが、それを、忘れるほど、傲慢に成る。

同性愛に対する態度は、宗教的な信念によって吹き込まれた道徳心がどのようなものであるかについて、多くのことを明らかにしてくれる。同じように示唆に富んだ実例を提供してくれるのが、妊娠中絶と人間の命の尊厳というテーマだ。
ドーキンス

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タイ・ラオスへ 3

メコン河の流れは、雄大である。
たゆたう、如くに流れている。
向こうには、ラオスが見える。

8日、私は、野中をラオスの、国境まで送った。その足で、ノーン・カーイの町を巡った。といっても、トゥクトゥクの男が、回ると言うのだ。
観光見物は好きではないが、連れまわされた。

市内見学を終わると、二時間が過ぎていた。
本当は、一時間のはずである。
すると、トゥクトゥクの男が、二時間だから、一時間、200バーツで、400バーツだと言う。
その通りであるが、私の約束したのは、一時間である。

相手が、確認しなかったことも、悪い。また、私が、一時間を過ぎたことを、言わなかったことも、悪い。

私は、男に、譲らず、あなたの、ミステイクだと、繰り返した。
相手も、よく解らないと、英語で言う。

最後に、私は、200バーツを出し、そして、100バーツを、チップだと言って、渡した。
男は、どうしても、400バーツが欲しいらしいが、私は、平然として、ゲストハウスに入った。
暫く、男は、留まっていたが、そのうちに、エンジンを掛けて、行った。

こういう場合は、相手の言いなりになるという、方法もあるが、私は、これからのために、妥協しなかった。
実際、私は、市内見学は、ほどほどで、良かったのだ。
日本人の悪い癖で、ついつい、相手に、乗ってしまう。

トゥクトゥクとは、バイクの後部に、二人用の座席を作って、お客を乗せるものである。
男は、街中の人ではなく、観光客専門の者だったと思う。
つまり、20バーツや、30バーツの、仕事はしない。大物を狙うのだ。

それっきり、その男には、会わなかった。

ゲストハウスで、過ごす一人の時間が、始まった。

まず、食べ物を、どこで食べるかである。
ゲストハウスの付近には、多くの食べ物屋がある。
地元の人を対象にした、食堂、欧米人向けの食堂、レストランである。

私は、地元の人の行く、食堂に出掛けることにした。
メコン河沿いにある、オープンハウスの食堂である。

店先で、鶏肉、豚肉、ソーセージ、その他を、焼いている。
ここ、ノーン・カーイは、鶏肉の産地であるという。

私は、もち米と、サラダを頼んだ。
と言っても、言葉が通じないから、指で指して、欲しいものを、言う。
もち米は、竹の米びつを指し、サラダは、店先にあったものを、指した。
この、サラダが好きになる。名前を、後で知る。

もち米は、日本の赤飯を食べる感じに似る。もち米だけ食べても、十分だ。

食べ終えて、清算すると、45バーツである。約、150円。

夜のために、店先で焼いていた、鳥のモモ肉を買う。
ついでに、豚のソーセージも買う。手作りである。

一度、部屋に戻り、体を横にする。
食べた後は、休むに、限る。

実は、私は、タイパンツと、Tシャツで、過ごしていたが、何となく、寒く感じていた。
それで、注意深く考えてみると、この地の、気候が、今までにない、ものだと気づく。

つまり、24時間のうちに、日本の四季があるのだ。信じられないようだが、まさしく、そうなのだ。

明け方の寒さは、冬である。そして、次第に、春に向かう。正午を過ぎると、夏になるのである。そして、夕方は、秋である。

その証拠に、人々の服装を見る。
一番、手っ取り早いのは、子供たちである。
皆、てんでに、季節の服装をしている。
ある子は、夏服、ある子は、冬服というように。

翌日の、朝は、格別に、寒かった。
Tシャツで、下に降りると、ゲストハウスのオーナーが、防寒服を着ていた。そして、私に、そんな格好で、大丈夫かと言うのである。

タイという国は、どこもかしこも、暖かい訳ではない。

時間差によって、温度の幅が、実に大きいのである。

ここは、ラオスとの国境に、位置する、タイ東北部、イサーンである。
風の強いのは、川風のせいである。

他のタイの人は、イサーン人を、やや軽蔑するように、イサーン人と呼ぶ。
これには、長い、物語がある。
18世紀末から、20世紀初頭にかけてのことである。

最初に、インドシナ半島で、植民地化を進めたのは、イギリスである。
次いで、フランスが、東から、半島を狙った。フランスは、アヘン戦争後、中国と条約を結び、中国進出を本格化させる。そのための、拠点をベトナムに求めた。
1847年、逮捕された宣教師の釈放を求めて、ダナン港を攻撃する。さらに、ダナンの割譲を求めて、1856年以降、断続的に、攻撃が続く。
ついに、1862年、フランスは、コーチシナを獲得する。これが、フランスのインドシナ植民地化の、第一である。

さらに、フランスは、メコン川を通り、中国に進出するルートを確保することを、画策する。さらに、そこから上流は、カンボジアである。
カンボジアと、1863年に、保護条約を結ぶ。
しかし、タイ側は、カンボジアの宗主権は、タイにあるとして、保護条約に反発する。
だが、フランスは、ベトナムが、カンボジアに持つ、宗主権を根拠に、タイに譲歩を求める。これにより、1867年、タイ仏条約が結ばれ、タイとカンボジアの保護条約の破棄と、フランスのカンボジア支配権を、認めることとなった。

カンボジアを手に入れたフランスは、さらに、ベトナム全土を、保護国化したのが、1884
年である。

ベトナムを確保すると、次は、メコン河流域の、ラオスである。
紆余曲折を経て、1888年国境画定交渉を行い、タイの属国の、ルアンプラバーンの支配下にあった、シップソーンチュタイが、フランス領となる。
タイ族の居住地であったものの、バンコクとは、今まで関係が無かった土地である。

フランスは、さらに、メコン河の左岸(東側)の全域確保に進み、1893年、メコン左岸から、タイ軍を撤退させるよう、要求したが、タイが拒否したため、フランスは、軍事行動を起こす。
パークナーム事件と、呼ばれる事態である。

結果、タイ側は、フランスの要求を全面的に、受け入れる。
300万フランの賠償金と、メコン川左岸と、メコン右岸25キロ地帯と、カンボジア北西部の、非武装化と、徴税権喪失である。
これにより、メコン河左岸は、すべて、フランス領となり、メコン河が、国境線としての、機能を持つことになる。

ただ、フランスは、これだけに、留まらなかった。本当は、タイ全土を、植民地化したかったのである。
しかし、1886年に、ビルマ全土を植民地化した、イギリスがいる。
両国は、1896年、英仏宣言を発表して、チャオプラヤー川流域を、緩衝地帯とする。
この、緩衝地帯は、バンコクから、北部タイまでは、含まれていたが、メコン河流域の、東北部、マレー半島は、除外された。

東北部と、マレー半島に、英仏が、それぞれ、進出しあうことを相互に容認する内容である。

東北部とは、イサーンのことである。

1909年の、領土、割譲によるまで、東北部は、タイではなかったのである。
およそ、100年前に、現在のタイの地図に、入ったのである。
不運である。
その時、ラオスから、タイとなった東北部に、人々が、流れたという。
先祖に、ラオス人が、多いはずである。
posted by 天山 at 12:20| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

神仏は妄想である 53

ヒト胚は人間の生命の見本である。したがって、絶対主義的宗教に照らしてみれば、中絶は単純に悪である。つまりれっきとした殺人なのである。胎児の生命を奪うことにもっとも熱心に反対している人の多くが、成人の命を奪うことに人並み以上に熱狂的であるようにも思えるという、確証に乏しいことを認めざるをえない私の観察を、どう判断していいのか確信がない。(公正のために言うと、通常もっとも苛烈な中絶反対論者とみなされるローマ・カトリック教徒は、これに当てはまらない)
ドーキンス

私も、同じように、考えている。
そこで、次の記述である。

けれども、生まれ変わったキリスト教徒のジョージ・W・ブッシュは、現代の宗教的支配勢力の典型である。彼と彼らは、それが胎児の命(あるいは末期患者の命)であるかぎりは、人間の生命の熱烈な擁護者―――まちがいなく多くの命を救うことになるばすの医学研究さえ阻止することも辞さないーーーである。

最悪の、クライスターという武器で、平然として、人殺しを命ずる者が、胎児となると、突然、守れと、言う、矛盾。

イラクで、アメリカの若者が、どれほど、命を失ったのか。
まるで、感じていない様子である。

これ程の、矛盾を抱えても、平然としていられるというのは、ご病気ではないかと、私には、思えるのだが・・・

人格障害の中でも、嘘をつくことを、平然と出来る病がある。
彼の地の、大統領は、人格障害であると、断定出来るのである。しかし、それが、宗教的絶対主義から、出ていると、すると、あるいは、宗教、そのものに、病の、種があると、思うのである。

次に、ドーキンスは、世界的、聖者と言われる、マザーテレサについて、言及する。私も、ここまでは、言わないが、ここまで、言うのである。

カルカッタのマザー・テレサは、ノーベル賞受賞講演において実際に、「妊娠中絶こそ、最大の平和破壊者です」と言った。なぜなのか? このような偏った判断力しかない女性の発言を、どんな話題についてであれ、真面目に受け止めることがどうしてできるのだろう。まして、ノーベル賞に真面目に値すると考えることがどうしてできるのだろう? 聖人ぶった偽善者マザー・テレサに騙されたいという誘惑に駆られた人間は誰でも、クリストファー・ヒッチェンズの「宣教師の立場」―――マザー・テレサの理論と実践」を読むべきである。

霊学の立場から、言えば、中絶は、三ヶ月以内に行うべきであると言う。
つまり、霊体が、肉体に定着する前である。

日本の場合を見ると、中絶によって、子供を下ろした場合は、水子供養という、商売が、大流行である。
供養商売は、日本仏教の、得意分野である。

更に悪いのは、水子による、霊的障害を、云々する、霊能者の多数である。
何を、基準に、それを、言うのかは、解らない。多分、気分的なものだろうと、思う。

水子を供養して、息子や娘の、行状が、良くなった等の、話があるが、果たして、それが、どれ程、信憑性があるのだろうか。
それは、先祖供養にも、言える。

運が悪く、先祖の墓参りをしてから、とんとん拍子に、運が良くなり、商売はじめ、すべてが、好転したというが、果たして、たった、一人の経験談を、掲げて、先祖供養、絶対必要と、言えるものだろうか。

中絶した、女性の、弱い心を、弄ぶ、とんでもない、商売であると、言っておく。

更に、水子という、霊なるもの、勝手な、妄想の想念の、場合、多々あり。
胚を、流して、それが、どうして、一人前の、霊と、認定するのか、不思議である。

それならば、昔から、口減らしとして、生まれた子供を、すぐに、殺した場合の、多数の霊は、どうするのか。
人間の一生は、供養で終わるのだろうか。

アメリカのタリバンに話を戻して、妊娠中絶に手を貸す人間を脅迫するための組織である(オペレーション・レスキュー)の創設者、ランドール・チリーの言い分を聞いてみよう。「私、あるいは私のような人間がこの国の実権を握ったら、あなたたちは逃げ出したほうがいい。なぜなら、われわれはあなたたちを見つけ、あなたたちを裁き、あなたたちを処刑するからである。私は掛け値なしに言っているのだ。私は彼らが裁かれ、処刑されるよう取り計らうことをこれからも使命の一環としていく」。チリーがここで呼びかけているのは、中絶手術をおこなう医師たちであるが、彼を動かしているキリスト教的な霊感がどのようなものか、別の発言に明確に示されている。

私はおまえたちの上に、不寛容な波がどっと押し寄せることを望む。そうだ、憎しみは正しいのだ。・・・われわれが目標とするのはキリスト教国家の建設である。われわれには聖書に定められた義務があり、われわれはこの国を征服するよう神に命じられている。われわれは敵に自分たちと同等の時間を与えるつもりはない。われわれは多元主義を望まない。
われわれの目標は単純でなければならない。われわれは神の法、十戒にもとづいて構築されたキリスト教国家をもたなければならない。言い訳は無用だ。

キリスト教ファシスト国家を、望む者。そして、イスラム教ファシスト国家を、望む者。
これで、世界平和など、望むべくもない。

甚だしい程、馬鹿げたことであるが、現実である。

彼らは、違う意見を、持つ者を、平気で殺す。しかし、胎児や、胚を、流すことを、禁じるという、大きな矛盾である。

旧約聖書にある、ユダヤ十二氏族の、子孫というものは、余程、野蛮極まりない者なのだろう。
アブラハム、イサク、ヤコブの神という、旧約の神である。
ヤコブから、ユダヤ十二氏族が、現れる。

それらの、遺伝を受け持つ者、このように、野蛮極まりない者なのである。

そして、アラブの民は、アブラハムが、召使の、エジプトの女に産ませた、子供の、子孫であり、聖書にあるように、野蛮極まりない者と、言われる。
それが、イスラムの元。

多元主義を、排斥する、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教である。

世界が、国境により、区分けされているのではない。よく言えば、文明により、区分けされている。最悪に言えば、宗教により、区分けされている。

それらは、すべて、妄想の産物である。
胎児と、胚については、次に続ける。

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タイ・ラオスへ 4

タイ・ラオスへ 4

東北部、イサーンは、100年前に、タイになった。
それゆえ、そこに住む者は、複雑な心境を持つ。

最初のホテルの時に、レストランの女の子に、タイ人かと、尋ねると、全くのタイ人で、ラオ人ではないと、きっぱりと言った。それ程、タイ人としての、誇りがある。
彼女は、三代目あたりであろう。しかし、生まれながらのタイ人であると、信じる。

私が、ノーン・カーイで、探っていたことは、どうも、タイではないような気がするのは、何かということである。

微笑みの国タイという、イメージは、ここ、イサーンには、全く無い。

笑顔が、極端に少ないのだ。
さらに、言葉遣いである。
早口である。タイ人のように、ほんわかとしているものではない。
まくし立てるといった風である。

こちらが、笑顔で、近づかないと、笑顔にならないのである。
勿論、例外は、ある。ホテルや、ゲストハウスの人である。また、食堂経営の人。それでも、何度目かで、漸く、安心した、笑顔を見る。

警戒心が強いという訳ではない。そういう、体質なのである。
しかし、皆、人は良い。

イサーンから、バンコク、チェンマイに、出稼ぎに出る人が多い。彼らは、イサーン人と、呼ばれる。少しの、蔑称を込めてである。
書きたくないが、売春婦の、産地とも言われる。

無愛想であるということを、体験した。
マッサージは、安い。一時間、150バーツからある。約、400円と少しである。
ある、美容室兼用の、マッサージ店に行った。
タイマッサージを一時間、状況によっては、オイルマッサージを一時間と、決めて行った。

店に入ると、オーナーの女性が、カッテングの最中である。
私が、入ると、挨拶したが、一人の女の子は、入り口のソファーに、座り、動く気配無い。
少し、立っていると、オーナーが、英語で、マッサージと、訊く。
オーナーたけが、英語が出来る。

女の子に、何か言うと、その子は、やっと、立ち上がり、私を二階に案内した。
タイマッサージ、ワンアワーと、言うが、通じない。
時計を指して、二時間を示すのだ。
下手で、二時間もやられては、たまらないと、一時間を示すが、解らない。
その内に、下に戻り、オーナーが、やってきた。オーナーが、時間を確認して、女の子に言う。

漸く、その子の、マッサージが、始まった。
普通は、足から始めるが、彼女は、肩から始めた。
まずまずの調子である。

上手ではないが、その雑さに、私のようなコリを持つ者は、丁度いい。
下手に、やさしくやってもらうと、逆に、具合が悪くなる。

終わった。
そこで、物は試しと、オイルマッサージを一時間、頼んだが、言葉が通じない。
私は、全身を使い、表現したが、解らない。
後で気づくが、アロマだったのだ。

結局、オーナーの女性を呼んだ。
話はついた。
今度は、彼女の指示である。
服を脱げという。
私は、パンツひとりになった。憮然としているので、パンツもかと、仕草で表現すると、首を振る。要するに、無愛想なのである。

ところが、オイルマッサージの時に、彼女は、もう一人の女の子を呼び、二人で、するではないか。それが、また、上手なのである。
単なる、撫で回すものではない。コリを、取るのである。
これで、無愛想も、許せた。

だが、清算の時に、600バーツを請求された。少し、ボラれたのである。
約、2000円である。
勿論、そこには、二度と、行かなかった。

典型的な、イサーンの人を見た思いがした。

9日の朝は、ゲストハウスで、アメリカンスタイルの朝食を取ったが、100バーツである。お客は、ほとんどいない。330円の食事は高い。
向かいの食堂に入ると、その半額程度である。私は、一度で、ゲストハウスの朝食をやめた。

午前中、私は、メコン河を眺めて過ごした。

言葉が出るままに、歌を詠む。

何ゆえに 我タイにいる 日の本の 大義を求めて ここにいるなり

実に、傲慢な歌である。

川ひとつ 隔てた国を なんとする 国境なくば 親しきものを

老いの口 ラオス貧しく してありて 手出しできぬと 足を留める

東北を イサーンと呼んで 吐き捨てる 微笑の国も 差別ありてや

ひとりにて 出来ることなど 限られて 奉仕の心 萎える時あり

今回、持ってきた本は、西行の山家集のみ。しかし、読たいとは、思わない。
昼近くなると、気温が、ぐんぐんと、上がるのが解る。夏の気候である。

川沿いに、お土産小路がある。それが、延々と続く。
面白い。
その大半の品物が、中国産である。
後は、ラオス、ベトナム、イサーンの民芸品である。
値段を見て、日本円にして、歩くと、頭の体操になる。

これも、あまり書きたくないことだが、中国人が、おおよそ、席巻しているのが、解る。
大型の店は、中国人の経営である。
そして、丁度、中国のお正月の最中だった。
町の至るところに、新年を祝う言葉を書き付けた、旗や、幟が立つ。
ある、道路などは、すべて、中国の新年を祝う旗が、道に、横断幕になっているから、驚く。
中国人を、無視出来ないということだ。

ただし、それを言えば、日本も言われる。
電化製品、自動車、食品に至るまで、日本製品が、大半を示す。
驚くべき、席巻である。

そして、私は、一つの、問題の解決を見た。
何故、日本が多くの支援をするのかということだ。
つまり、日本企業の進出のために、日本政府が、支援して、後押しするというものだ。
現地で、作らせても、日本企業である。

税金というもの、そのように、使用されている。
大企業優先であることは、事実である。しかし、世界的企業を、育てるために、必要なことでもある。それを、国内の問題と、どう、折り合いをつけるのか、ということである。

ゲストハウスには、英字新聞が、多数ある。
それらに、目を通す。私の英語力では、読めないが、ジャパンを探す。無い。経済新聞のみに、日本企業の不祥事の記事がある。
それだけ。

陽気なドイツの、じいさんに、声を掛けられた。
寒くて、ゆかたを、羽織っていたゆえ、日本人と、理解された。
英語で、捲くし立てる。
解るか、と、言われて、頷くと、さらに、喋る。
日本とドイツは、世界で、最も強い国だと言う。
日本の、長崎と、東京に、カンパニーをやっている、友人がいるらしい。

このように、欧米人の、おじいさんが、実に、多い。そして、現地の、タイ女性を連れている。これも、老人介護の一つであろう。

オーストリアからの、老人にも、話し掛けられて、適当に、応えていた。彼らは、自分が、喋れば、満足するのである。どこの、国の老人も、一緒である。
posted by 天山 at 12:21| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月05日

神仏は妄想である 54

彼らにとって、問題ははるかに単純である。胚は「赤ん坊」であり、それを殺すのは殺人である、それだけのことだ。これで議論はおしまい。
ドーキンス

しかし、この絶対主義的な立場をとるとするなら、いろいろな問題が引き起こされることになる。手始めに、胚幹細胞を使った研究は、医科学にとって大きな可能性を含んでいるにもかかわらず止めさせなければならない。なぜなら、それは胚細胞の死をともなうからである。社会がすでに人工授精を受け入れていることを考えてみれば、その一貫性のなさは明らかだろう。

つまり、受精卵を、十数個も作るが、使用するのは、一個か二個である。他の受精卵は、殺される、という、表現が出来る。

さらに、アホなことに、その、受精卵を救えという、絶対主義的立場を取る者も、出始めたという。

強迫神経症である。

帰結主義者あるいは功利主義者なら、おそらくこれとは非常に異なったやり方で、中絶問題をアプローチするだろうーーーすなはち、苦しみの軽重を判定するのである。胚(胎児)は苦しむだろうか(おそらく、神経系ができる以前に中絶されればそうではないだろう。神経系ができているだけの月齢に達していてさえ、たとえば屠畜場の成牛ほども苦しまないことは確かだろう)? 妊婦、あるいはその家族は、もし彼女が中絶をしなければ苦しむだろうか? その可能性はきわめて高い。そしていずれにせよ、胚が神経系を欠いていることを考えれば、母親のよく発達した神経系のほうをとるべきではないだろうか?

絶対主義的宗教の、感情論によって、多くの無明が、まかり通るという、実際を、見るものである。

胚をわざわざ「赤ん坊」と呼び、それを守るために殺人をする用意のある人々がいる。
ドーキンス

胚は、殺すな、しかし、胚を殺す者は、殺すというのだから、話に、ならないのである。

人道的とか、道徳的とか、全く話しにならない、絶対主義的宗教の、有様である。

ドーハンスは、彼らの矛盾を、徹底的に、炙り出している。

アメリカは、キリスト教原理主義によって、中絶の反対、同性愛の、反対、等々、聖書主義にのっとって、判定する。
そして、それを、国家意識にまでも、高めようとしている。

そして、同じように、聖書主義にのっとっている、イスラムも、そうであるが、両者が、決して、和解しないのは、何故か。
不思議である。

問題の核は、聖書絶対主義にあるのだ。

さらに、イスラムは、イスラム帝国を、キリスト教徒は、世界のキリスト教制覇である。

妊娠中絶の、問題は、単なる、一つの、方法である。

そして、それを、誰が指揮するのか。
宗教指導者である。
彼らの、胸先三寸で、決まる。

宗教上の絶対主義がもつ負の側面を明らかにするなかで私は、中絶クリニックを爆破したアメリカのキリスト教徒と、アフガニスタンのタリバンに言及した。彼らの、とくに女性に対する一連の残虐行為については、あまりの痛ましさゆえに列挙することができなかった。
ドーキンス

聖戦主義者を突き崩す最良の方法は、イスラム教徒女性の反乱を引き起こすことだ。
ロンドン・インディペンデント紙の、コラムニスト、ジョアン・ハリ

旧約聖書の、女性蔑視は、半端ではない。
家畜以下の、存在である。

人間とは、男のことを言うのである。
つまり、女は、人間もどき、ということになる。
その、女性蔑視は、ただ事ではない。

勿論、ウーマンリブ行為などは、完全に、皆殺しにあうだろう。

「旧約聖書」の神は、おそらくまちがいなく、あらゆるフィクションのなかでもっとも不愉快な登場人物である。嫉妬深くて、そのことを自慢している。けちくさく、不当で、容赦のない支配魔。執念深く、血に飢え、民族浄化をおこなった人間。女嫌い、ホモ嫌い、人種差別主義者、幼児殺し、大虐殺者、実子殺し、悪疫を引き起こし、誇大妄想で、サドマゾ趣味で、気まぐれな悪さをするいじめっ子だ。
神がいるという仮説 より

日本のキリスト教、作家たちは、この、旧約聖書の神を、神として、受け入れ、それぞれが、旧約聖書について、非常に好意的に、書いているという、驚きである。
さらに、熱心に、その神に、祈りを、捧げるという、仰天である。
更に、驚くことは、日本の天照大神などを、神話、御伽噺の、神様と、信じきっていることである。しまいに、日本には、神不在などという、馬鹿げたことを、平然として言うという、様である。

日本に、このような、変な神観念が、なかったことが、実に、幸いであった。

旧約聖書には、近親相姦など、平然として行う人物が、登場するという、驚きもある。

兎に角、野蛮であるということは、疑い得ない。
それを、信奉している、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教である。

何度も言うが、そこにある、霊性というものを、考える時に、それは、魔界からのものと、判断する以外にないのである。

ヨブ記という、章があるが、神への信仰の篤い、ヨブの話であるが、どうみても、サドマゾなのである。
苦しみを与える神、それを、一つ一つ、耐え忍ぶヨブ、そして、最後の最後に、祈りは、聞き入れられるという、オチである。

それは、信仰深い者の、話なのであるかと、疑うが、そのように、解釈するという、教会の教えである。
このような、感受性を持つ、民族というのは、矢張り、生きた動物を、生け贄として、神に捧げる民族の、感受性なのである。
ちなみに、日本には、生き血を流すような、生け贄の儀式は、無い。

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タイ・ラオスへ 5

タイ・ラオスへ 5

街角で、子供が、とうぎひの茹でたのを、売っていた。
値段を訊く。
小学生くらいの、男の子である。
トェンティと、指折り数えた。

私は、小銭を、差し出すと、10バーツ硬貨を、一つ取った。
テンだったのだが、まだ、英語の数が、よく解らないのだろう。

その、とうきびと、少し歩くと、焼き芋が、売っていた。
日本の、サツマイモと同じである。
一つの、値段を訊いた。
タイ語である。よく解らない。小銭を出すと、7バーツを取った。

それを、部屋で食べた。
旨い。
とうきびは、子供の頃に食べたものと、同じ、味だった。そして、焼き芋は、中が、黄色で、旨い。

タイだから、安心して、お金を見せることが、出来る。
財布の中味を見せることは、海外では、危険である。
しかし、私は、大半、こうして買い物をした。

皆、一々説明して、お金を取り出した。
小銭は、10バーツ、5バーツ、1バーツである。それを、私に確認させて、取るのである。

お札は、20バーツ、50バーツ、100バーツ、500バーツ、1000バーツである。

お札を、使うと、小銭が貯まるので、小銭も、使うようにする。
一番安い水は、ペットボトル6本で、20バーツである。
食堂の水は、大半が、10バーツである。

現地で、ろ過して作る水は、500ミリリットルで、6バーツである。
約、20円。

土曜の夜、私は、トゥクトゥクの運転手に、ナイトバーを紹介してくれと、乗り込んだ。
夜の街である。
ゲストハウスの、周辺も、夜になると、小さな電球が点滅して、それらしくなるが、ノーン・カーイの飲み屋街に、出てみたくなった。

普通では、面白くないので、レディボーイバー、ゲイバーと、言うと、驚いた。
しかし、二軒並びの、ゲイバーに、連れて行かれた。
ところが、ゲイは、一人もいない。

ビールを頼んで、少年たちと、話をした。
彼らは、体を売る、普通の少年たちである。
20歳から、27歳程度の、幅である。

だが、20歳の子は、17歳と、私に言う。後で来た子が、嘘をばらした。ただ、悪気ではない。彼らは、英語も通じないので、私の質問に、ちんぷんかんに、応える。

その、飲み屋街は、何と、三軒のみで、後は、二つのゲイバーの前に、レディバーがあるだけである。

私は、一時間ほどいた。
帰りの車を、どうするかと、考えていると、一人の男の子が、やって来た。
ボーイである。
一番、しっかりとした顔付きをしていた。

そのバイクで、ここまで、行ってくれるかと、ゲストハウスの、名刺を見せた。
すぐに、オッケーと、言う。

彼らが、付き合うのは、多く、欧米人である。一晩、最低、1500バーツのようである。
だが、ゲイは、一人もしないという。金を得るためだけに、体を売るのである。

バイクの後ろに乗ると、彼から話しかけてきた。
明日の予定を、訊く。
私は、リラックスタイムで、ゲストハウスで、休んでいると言った。
彼は、バイクで、町案内をしたかったようである。
ガイドで、金を得ようとしていた。

私は、もう、市内見学は、嫌なので、その話には、乗らなかった。

ゲストハウスに着いて、私は、100バーツを彼に渡した。
喜んだ。
二度と会わない相手であろう。

ビールを飲んで酔うのであるから、矢張り、異国である。一本飲むのに、やっとである。
しかし、日本酒を飲みたいとは、思わない。不思議だ。
矢張り、酒は、雰囲気で、飲んでいるのだろう。

ただ、ゲストハウスでは、私の話題が上っていたようだ。
トゥクトゥクの、運転手が、ゲストハウスのオーナーの知り合いで、私を、ゲイバーに連れたと行ったのだ。
そこで、私が、ゲイボーイを、連れてくると、思ったらしい。
勿論、部屋に、連れて帰っても、問題はない。
オーナーが、私が庭に入ると、何か言った。
よく解らない英語である。
すると、横から、英語の堪能な、お手伝いの、青年が出てきて、私が、男の子を、テイクアウトしたのかと、尋ねる。
ノーノーノーと、私が言う。
危ないことを、して欲しくないという、思いなのだろうと、思った。

最初の夜、私の隣の部屋で、欧米人の男が、女を連れて帰り、激しい行為を始めた。それは、朝方まで、続いた。
一度、目覚めて、朝、目覚めると、まだ、続いていたから、驚いた。

そういうことが、普通なのだろうが、まさか、ゲイボーイを連れ込むとは、考えていなかったようである。

私は、オーナーと、青年に、グッナイトと言って、部屋に上がった。
シャワーを浴びてすぐに寝た。

夜風は、冷たいが、私は、少し窓を開けて寝た。
野中がいたら、完全に閉めるたろうが、私は、どうしても、少し空けておきたいのだ。

翌朝、激しい、鳥の鳴き声で、目を覚ました。

すぐに歌が出た。

朝に鳴く 目覚めの一声 あざやかに 異国の鳥の その強烈さ

名も知らぬ うぐいすに似た 異国鳥 大和心を かきたてられし

私は、そのまま、浴衣を羽織り、階下に降りた。その鳥を、見たかった。しかし、鳥の姿は、見えない。

そのまま、ゲストハウスに置き付けの、インスタントコーヒーを飲んだ。
暫く、そうして、朝の気配を感じて、楽しんだ。

鳴く鳥も 涼しげにあり タイランド 吹く風薫 メコンの流れ

大陸は 国の境に 妙ありて 微妙な意識 聞けば驚く

その日の朝は、歌遊びをした。

国離れ 国見る目が さわやかに 国を思うて 何が悪い

川一つ 挟んで国境 作る人 その賢明さ 見事なりけり

旅人の 我は読むこと することなく ただ見つつと 見尽くすなりて

あまりにも 悲惨なるやと 語る人 それ聞く我は ラオスに入らず

ただ今は、日本にて、引きこもりが、多いと聞く。
家の中に、籠もっている。しかし、それとは別に、外こもりという、現象があるという。
つまり、一定期間働いて、そのお金で、タイに長期滞在するというものだ。

榊原夫妻も、そういう話をしていた。
ただ、その人たちが、年を取った時、どうするのだろうという。
若い時は、いいが、年老いてゆく。その時、彼らは、どうして、老後を過ごすことができるのかと。

非常に、難しい問題である。

日本に無いものを、求めて、タイに逗留する。
物価も安い。しかし、いつまでも、そうしては、いられないのではないのか。

次第に、タイも、物価が高くなっている。
榊原さんの知り合いも、タイに、家を持っているが、売りたくても、高くなって、売れないという。
持ったのは、いいが、手放して、日本に戻りたいと思っても、うまくいかないのだ。

そんなことを、考えていると、川柳が出て来た。

ひきこもる 男も異国で 女買う

更に、歌一首

ひきこもり 今外こもり タイランド 日本の男の 逃避行なり

posted by 天山 at 12:22| H20.02 タイ・ラオスへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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