2008年01月01日

トラック島慰霊の旅 1 平成20年1月23日

トラック諸島 慰霊の旅


慰霊の前日から、書くことにする。


朝から、横浜には、雪が降った。それは、十時頃まで、続いた。

しかし、寒さは、いつもより、感じない。それよりも、切なさと、悲しみが、心を覆う。


これは、思い出のせいだろうとか、思った。

札幌から、こちらに、内地に出て、十二年目を、向かえる。

ホームシックであろうか。

だが、雪深い、北海道には、戻りたくないのである。

雪の無い、冬の生活に慣れて、心地よく過ごしている。


何故、悲しいのか、切ないのか。


明日、トラック諸島に向かうのである。

グアムで、乗り返して、翌朝、チューク島に着く。

時間が無いので、すぐに、現地の漁師さんを見つけて、海上慰霊の話をつけなければならない。丸一日のみが、与えられた時間である。

一日のうちに、すべての、追悼慰霊の行為を終えるべく、即座に行動しなければならない。


サイパンの時もそうだが、観光地化された、場所に行くという、趣味も、楽しみも、無い。また、見出さない。

そんな暇は、無い。


確かに、バリ島や、タイのチェンマイに行くと、日常の瑣末な、出来事から離れて、自由な時間が出来る。それは、大変、心地よいものだが、観光地に行き、遊びたいという感覚は無い。


私には、何も魅力がないのである。

旅の目的が無いものは、全く、興味が無い。


トラック諸島も、慰霊の一点のみ。


バリ島で、トラック諸島に出かけたという、一人の女性に、話を聞くことが出来たが、それは、現地の様子であり、ダイビングの観光客が多く、食べ物は、不味いということだけだった。そして、すべて、ドルであるということ。


現地の人の様子は、それでは、解らない。

島には、ホテルが、二つのみ。

別の島には、ホテルのような、宿泊施設があるのだろうが、そんなに、移動している時間はない。


出発前日の、悲しみと、切なさの理由は、ただ、慰霊する人々の声なき声を、感じているのではと、思うようになった。


月末の、支払い等のこともあるが、部屋から出ることさえ、億劫になる。

兎に角、胸が沈むのである。

心が、沈むのである。


戦争で、死ぬということは、何か。


そして、生きるということは、何か。


様々な、思想、哲学等、また、戦争肯定の思想もあり、その理屈も、知るものだが、矢張り、納得出来ないのである。

何故、戦争で、死ぬことになるのか。


誰のために。

彼らは、国のためにと、命を捧げたが、その国とは、誰か。

愛する、家族や恋人、友人、その他、縁する多くの人が住む国、日本のために、死ぬと、心に決めて、死ぬために、出掛けたのである。


それが、私だったらと、考えて、思考停止になる。


国の命令で、戦地に行け、そして、死ねと、言われて、さて、どうするのだろうか。

あまりにも、不本意で、不合理で、滅茶苦茶な、命令である。


徴兵制を言うだけで、侃々諤々の議論が起こる、国、日本である。

それでは、戦争で命を捧げた人を、損した人だと、思うのだろうか。

もう、関係ないのだと、思うのだろうか。


あの、時代に生まれたことが、不幸だったと、その一言で、片付けられる問題だろうか。


口を開けば、戦争反対と、言うが、それでは、その反対するために、何をしているというのだろうか。

世界の状況を、鑑みて言うとは、思えないのである。


湾岸戦争も、イラク戦争も、実際に起こっている。


日本の周辺には、核兵器を持つ国が、取り巻いている。

いずれ、核兵器が、日本に、再投下されると、私が言うのは、根拠がある。

この、今の日本人の、無意識である。


もう、そんなことはないだろうという、おめでたい、信仰である。

世界で、唯一、被爆した日本に、再度あるわけがないだろうと。

違う。

だから、あるのである。

原爆投下されたという、事実がある。

一番、原爆投下しやすい国になっているのである。


経済大国第二位の日本という国は、最も、テロリストたちの、狙いやすい国である。そして、再投下は、世界中を、震撼とさせる。

そして、最大のことは、キリスト教徒、イスラム教徒が、実に、少ない国である。

殺しても、世界を震撼とさせるのが、罪悪感は、少ない。


キリスト教国の中には、多くのイスラム教徒もいる。

同胞を殺す可能性が大きいのである。


それならば、最も適当な国は、日本である。


また、北朝鮮を見ても、アメリカと、取引するための、最後の手段として、日本攻撃がある。核兵器を使用して、その意思を示すことが出来る。

侵略の国、ロシアも、反日の国、中国も、日本を取り巻いている。


その民族性は、野蛮である。

自国民を、平気で殺すことが出来る民族である。それでは、他民族など、物の数ではない。


状況が、揃えば、いつでも、日本攻撃が、できるのである。


その時、国のためと、私は、命を投げ出すことが出来るのか。


そんなことを、考える間もなく、原爆によって、死ぬだろうが、もし、戦う必要があれば、殺される前に、相手を殺すと、銃を持つだろうか。


そんなことを、考えて、私は、トラック諸島の慰霊に向かうために、荷物の準備をする。


散華した、多くの霊位の声を聴くべくの、慰霊である。

死人に口なしという。

死者は、話さないという。

死ねば、終わりで消滅するめと、真顔で、言う者もいる。

それならば、なお、彼らの死は、何だったのか。


私は、散華した霊の声を聴く。

何故生きるのか。

死とは何か。

国を愛するとは、何か。


彼らの、思いを聴くのである。


人間の頭で、捏ね繰り回した、理屈を聞くのではない。

宗教や、哲学や思想の、言葉を聞くのではない。

実際、死を体験した、霊になられた、彼らの話を聞くのである。


私は、トラック諸島の慰霊のための、祝詞を書くことを、しない。

大祓祝詞を唱えるだけである。

私は、祝詞ではなく、話しかけるだろう。


清め祓いをするというのは、その場に留まり、無念の思いに、満ち満ちている霊位を、清め、そして、祓う。

清めは、その、満ち満ちる無念の思いを、浄化させ、祓いは、皇祖皇宗の元に、お戻しするという行為である。


しかし、靖国に行きたい霊位は、靖国に、故郷に戻りたい霊位は、故郷に、母の元に戻りたい霊位は、母の元に、である。

それ、以外の行為は、私には、出来ない。


宗教が言う、供養だの、天国にだの、極楽にだのという、妄想、妄語は、言わない。

供養の意味が違う。

天国や、極楽など、霊界には、無い。

あるという者は、嘘をついているか、勘違いしているのである。


霊界は、霊の世界であり、神も仏も無い。

在る訳が無い。


あると言う者は、人霊が、浮遊する人霊が、思い込んで言うのを、信じるからである。


人生は、後始末が、大切である。

しかし、戦争で、散華した人は、後始末が、出来ずにいる。


篤き思いにて、彼らに、哀悼の意と、追悼の意、慰霊の所作を行うことで、後始末として、貰いたいと思うのである。


彼らは、お隠れになったのであり、消滅したのではない。


イスラムの兵士は、アッラーのために、死ねば、天国にて、二十人の乙女が、待っていて、彼女たちが、世話をするという。

それは、現世の欲望を、来世にて、満足させえるという、実に、勝手なお話である。


それを、信じられるという、実に稚拙な、知能の程度である。


日本の伝統は、自然の中に隠れるとみる。

自然のうちに、あらゆるものが、隠れて在るということを、見抜いていた民族である。


それでは、行くのみである。



posted by 天山 at 16:38| トラック島慰霊の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トラック諸島慰霊の前に言う

戦争犠牲者、追悼慰霊の旅をする私は、太平洋戦争の様を、調べている。


この戦争は、日本が、追い詰められた故の、自衛の戦争であるという、良心的な、分析をする者もいる。それを、私も、支持する。しかし、その、犠牲者のことを思うと、矢張り、やり切れない思いを抱く。


誰かを、悪者にして、その、怒りを、静めるということも、ある。

犯人探しである。

それは、出来る限り、しないと、思いつつ、矢張り、この戦争に関して調べてゆくと、一人の人物に行き当たる。

東条英機である。


最後には、徹底した精神主義にての、東条の行為に、私は、ドイツの、ヒットラーを見るのである。

どのように、良く解釈しても、彼は、誤っていた。


彼は、ある時、子々孫々に、政治家などになることのないようにと、呟いたそうであるが、それは、彼が、政治と、軍事に関わるということを、是とせず、非としたということである。

それならば、あれ程の、犠牲を出すことなくの、方法を取れたはずである。


実に、軽薄で、実に、愚かで、実に、無駄な、人生である。


絞首刑は、最もであった。


その、孫に当たるという者が、東条の行為を、正当化する云々を言うが、有り得ない。

完全完璧に、間違っていた。


御前会議という、天皇を前にしての、東条の傲慢は、極まりない。

実に、不敬である。


彼は、天皇さえも、自分の意思に従わない場合は、殺したのである。


それが、実に、よく、理解できた。

ドイツのヒットラーを、見る思いである。


自害せずに、絞首刑になるとは、また、実に、恥ずかしいことである。

自分が、言ったことを、忘れているのである。


捕虜になり、辱めを受けるより、自害せよとは、東条の言葉である。


そして、天皇に責任が及ばないように、と、自分が、すべての責任ある者のように、振舞ったということ、実に、偽善である。

最後まで、演じたのであろが、愚かである。


日本の法律で、A級戦犯などという、罪は無いが、彼は、最上級の、戦犯である。


天皇、日本国、日本人を、舐めている。


誰も言わないので、私が言う。

彼は、地獄が、住処である。


単なる、野心にのみ、行為したのである。

勿論、政治家というものは、皆々、野心に行為する。


本当に、何かを変えたいと、思えば、私のように、政治家にならず、実際的、行為を行うのである。

少しばかり、名が知れると、政治家を目指す。つまり、顕示欲である。野心である。


政治家になるなら、有名になればよい。

ただ、それだけである。


さて、トラック諸島のことである。


1943418日ソロモン諸島の、前線基地を視察の、山本五十六連合艦隊司令長官が、米軍戦闘機16機による、待ち伏せ攻撃にて、機上で、戦死した。


米軍の日本軍の、暗号解読の成果である。

情報戦による、日本の敗北を意味する。


実は、この年、二月に、ガダルカナルを撤退している。

その敗北を、ニューギニアで、埋め合わせしようと、したのである。

ニューギニアに、兵力の増強を始めて、それは、うまく進んだ。

しかし、最も、兵力を増強する必要のあった、ラエ、サラモアへの第51師団の輸送は、その三月、連合軍機の攻撃によって、阻止され、輸送船八隻、護衛の駆逐艦四隻を失うという、大損失を蒙った。

ダンピールの悲劇と言われる。


この時、米軍、豪軍の戦闘機は、漂流する日本兵を、数日かけて、機銃掃射を繰り返して、出撃した魚雷艇が、海上を捜索して、日本兵を、射殺した。


漂流中の、無抵抗の日本兵を、射殺するというのは、戦争犯罪である。


ニューギニア戦線では、米軍の攻撃に、次第に、日本軍は、後退する。

何より、悲劇であることは、食料などの、補給がされず、多数の将兵が餓死したのである。


ニューギニア第18軍の戦没者は、約10万人である。そのうちの、約9万人が餓死である。


銃撃されて、死ぬのではない。餓死で、死ぬのである。


霊など、存在しないという者に言う。

その場に、行けと。

その場に行って、霊の存在の無いことを、確認せよと。

餓死した者の、霊の苦しみは、未だに、終わらないのである。


その場に、行けば、喉が渇き、兎に角、無性に、物が食べたくなるのである。

一時的に、霊が憑依する。


トラック諸島慰霊に、一ヶ月を切った夜、私は、多くの香りで、目覚めることになった。

そして、激しい、怒りと、悲しみである。

切なくなった。

それは、線香の匂いと、様々な花の匂いだった。


しかし、私は、霊能者ではない。

その姿を見ることはなかった。


何故、私のところに、コンタクトするのかは、私が、単に慰霊に行くからである。その、思い、すでに、飛んでいる。ただ、私の思いに、感応しているのである。

霊は、思いをのみ、受け取るのである。

その存在を知る者に、思いを送るのである。


勿論、私は、私の妄想であると、心得ている。


私の心が、トラック諸島に、広がっているのである。その心に、感応するのである。それは、私のみのもの。それを、信じて貰う何物も無い。故に、妄想である。


さて、海軍は、ソロモン諸島の、確保に、固執していた。

この地域が、突破され、ラバウルが、占領されると、連合艦隊の、最大の拠点である、トラック諸島が、米軍大型爆撃機の、行動範囲に入るからである。


そして、山本五十六の戦死である。


1943年の5月には、アリューシャン列島の、アッツ島が、全滅する。

敗戦に向かって、一直線に進んだ。

12月は、タラワ島、マキン島の全滅。

翌年、クェゼリン島、ルオット島の全滅である。


19439月の、御前会議は、茶番であった。

9月は、イタリアが、連合国に降伏したのである。


以後、無謀な戦いが、続く。


御前会議で、決定した、絶対国防圏の強化が、進まない。

それは、海軍が、トラック諸島の、確保を依然として重視し、圏外に位置する前方要塞の放棄に、踏み切れなかったからである。


米軍が、前方要塞に進軍し、全滅する。


その頃になると、海上輸送の、低下が、甚だしい。

船舶の喪失が、急増して、兵員輸送用の、輸送船すら、不足するのである。


1944年初頭、大本営は、中部太平洋の、防備強化を決定した。

3月から5月にかけて、サイパン、トラック諸島、グアム、硫黄島、ペリリュー島への、緊急優先輸送を開始した。


1月から、6月にかけて、中部太平洋に、輸送された兵士は、42千名。

このうち、潜水艦などによって、沈没した人数は、12千名。うち、戦死者は、3600名である。


1944年、米軍は、2月に、マーシャル諸島の、クェゼリン・ルオット島に、さらに、ブラウン環礁に上陸し、全滅させる。


217日から、18日にかけて、米軍の機動部隊が、トラック島を攻撃して、日本軍は、航空機270機、艦船40数隻を失うという、大損害であった。

これにより、トラック諸島は、完全に米軍に掌握された。


このような状態でも、大本営は、インパール作戦を開始したから、愚かである。

それが、タイ・ビルマ戦線である。


トラック諸島には、艦船だけではない。民間船、つまり、輸送船200隻あまりも、沈んでいる。

乗組員は、生き残ることは、出来ない。海底に、残されたままである。

地上戦の場合は、生き残ることもあるが、海上である。


イルカの背に乗って、助かるということは、ほとんどない。

全員、死亡である。


戦後、僅かばかりの、遺骨が、収集された。

後の遺骨は、今も、海底にある。


そして、世界のダイバースポットとなり、ダイバーが、日本軍の兵士たちの、遺骨を見るために、海に潜る。

それが、私の父や兄弟たったらと、思うと、ただ事では、いられない。


今、何故、追悼慰霊なのか。

心、斜めに構えている者には、決して、解らない。


靖国神社に参るが、遺骨眠る場所に、追悼慰霊には、行かない。

靖国に、戻られる霊は、少ない。

行き場を失っている。

故郷にも、帰られない。

行き場を失っている。

各々の信仰する、宗教の天国や、極楽にも、行くことが出来ない。

行き場を失っている。


そこに、漂うばかりである。

気を失ったままに、漂う霊もある。


追悼慰霊とは、彼らを、目覚めさせる行為である。

霊的存在であることを、目覚めさせる行為である。


多くの人類が、殺されてきた。

宗教の、発生は、それに大きく負う。

追悼慰霊の行為にあった。


目に見えない存在をもって、宗教的行為が、成された。

しかし、現在、宗教を見渡して、それをするもの、皆無である。

いやいや、供養をしています。追悼をしています。と言うだろう。それが、すべて、生きている側からの、満足感であるということに、気づかない。

死者を扱う宗教の、欺瞞は、計り知れない。


ローマ法王が、スペイン統治の南米の一億人を殺した、追悼慰霊をするなど、見たことも無い。

精々、信者の戦死者を、追悼する程度である。


それでは、日本仏教団体は、どうか。

農協さんのように、安楽な旅は、するが、金にならない、追悼慰霊、あるいは、供養などしない。

それでいて、したり顔で、お釈迦様の、教え云々と言う。呆れる。


皆々、宗教の大嘘に、気づくべきであろうと、思うが、騙されたいという方が強く、皆々、騙されて、念仏したり、題目を上げて、地獄行きの行為を、続けている様、つくづくと、哀れである。


しまいに、お遍路さんである。

弘法大師と同行二人で、四国を歩くという、おめでたさである。

自分を見つめる旅とは、笑わせる。

四国を、歩いて、自分など、見つめられる訳が無い。

それなら、隣近所の、ゴミ拾いでもした方が、実りある。


実に、愚かなことである。


さて、私は、心の命ずるままに、追悼慰霊を行為する。


トラック諸島全域を、追悼慰霊し、清め祓いを行う。


そして、霊位に、言う。

靖国に行きたい人は、靖国に。故郷に戻りたい人は、故郷に。母の元に戻りたい人は、母の元に。

天国や、極楽に行って下さいとは、口が裂けても、言わない。

霊界に、そんな場所は無い。


さらに、次元の別にする、世界へ、お戻りくださいと言う。


清め祓いとは、日本の皇祖皇宗に、お願いして、その、御霊を、御霊に、ある、悪しきものを、清め、祓い、本来の姿に戻ることをいう。

ただ今、皇祖皇宗を、総称して、天照御大神と、お呼びする。

これは、伝統行為である。


追伸

当初は、予算の関係で、海上慰霊を考えていなかった。

現地日本人の方が、慰霊の手配などを手がけていることは、知っている。しかし、私一人では、金額的に無理である。

そこで、同行の野中が、現地の漁師さんに、お願いするといいのでは、という話になり、現地で、交渉し、海上慰霊も、行うことにした。

浜辺で、トラック諸島全域に渡る追悼慰霊と、思ったが、矢張り、海上まで出て、行為することにした。

海上慰霊をし、浜辺での追悼慰霊を行うということになる。


ある夜、お香の匂いと、次に花々の匂いがして、目覚めた。

いいようもない、気持ちがした。

すでに、霊位にある方々が、コンタクトをしてきていると、感じた。

その場に行くこと自体に、慰霊の行為がある。

すなわち、家から出掛ける時から、慰霊の行為が、始まるということである。

思念は、時空を超える。しかし、その場に出掛けるという行為が、この次元に留まる霊位には、絶大なる影響を与えるのである。

こちらが、それに掛ける、様々な苦労を伴っての行為であることが、彼らの慰めになるのである。

この世は、行為の世界である。

だから、私は、行くのである。

posted by 天山 at 16:37| トラック島慰霊の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トラック島慰霊の旅 平成20年1月23日

今、再び、何故、追悼慰霊なのか。


トラック諸島、現在のチューク島への追悼慰霊が、来週に迫った。


私の、親族が、なくなっている訳ではない。しかし、私は行く。

私の父の兄たちは、多く戦死している。しかし、もう、彼らが、どこで、亡くなっているのかを、知らない。

私は、具体的な、所属部隊も知らない。


せめて、生前の祖母に、聞いておけば、よかったと思う。しかし、もうそれは、いい。これから、出来る限りの場所に行き、追悼慰霊をする。


こういう活動をしていると、様々な情報や、話を聞くことになる。


バリ島。

バリ島には、現在、テラハウスを、建設中である。

最初に、バリ島に出かけたのは、今から、13年前である。

そして、昨年、久々に、バリ島に出かけて、その変化に驚いたものだった。


テラハウスは、借地である。

私の、お弟子さんの婚家先の、土地である。

当然、その家族の皆様との、付き合いも、はじまった。


いつも、そこに、お爺さんがいる。

言葉は、かわさないが、会釈する。向こうも、会釈をする。

昨年の四月、初めて、その家庭で、夕食をいただいた。

その時、お爺さんは、黙って、私たちの座に加わり、座っていた。

何も、言わない。


実は、つい最近、この話を聞いた。


バリ島にも、戦争時代の、記録が、残されている。

第二次世界大戦である。

日本の占領地に、バリ島もあった。それは、知っていたが、具体的なことは、知らなかった。インドネシアという、大枠で、考えていた。つまり、バリ島の人とは、それほどの、関係はないと。


ところが、違った。


その、お爺さんの、年齢以上の人は、男は、皆、日本軍の奴隷にされたというのだ。


バリ島・ウブドゥの男たちは、自分たちの作った米を、日本軍に渡すために、海側まで、徒歩で、米を運び、さらに、船に乗り、使用されたという。


タイ・ビルマ戦線、インパール作戦も、そうだが、現地の人たち、男たちを、荷物運びの、クーリーとして、兵隊の数より、多くの中国人、タイ人を、使用したという。


勿論、兵士たちと、共に、亡くなっている人もいる。


愕然とした。


実は、日本人と結婚する、バリ島の男が多いが、その内実は、親族に必ず反対する人がいるという。昔の日本軍の有様を知る人たちだ。


ただ、救われているのは、バリ島の人、バリニーズたちの、心情は、過ぎたことは、忘れるという。

私の、お弟子さんが、夫に、お爺さんは、日本人を、憎んでいるだろうとね、と、尋ねると、いや、忘れたと言う、と、答えたという。

もう、過ぎたことだから、と。


日本の感覚で、言えば、水に流すということだ。


そして、私は、言われた。

これから、活動するバリ島でこそ、戦争犠牲者の、追悼慰霊を、行って欲しいと。


お弟子さんの、ご主人の、知り合いの、お爺さん、また、年老いたお父さんに、奴隷として、働いた人が多くいたという。

今は、皆、亡くなっている。


日本兵に、肩を斬られて、体が、歪んだまま、生きていた人もいるという。


バリ島の、観光地にも、戦争の記念館がある。

そこに行く日本人に、ガイドは、決して、その話をしないと聞く。


黙して語らないのだ。


これも、私が、戦争犠牲者の、追悼慰霊をしてるということを、言うからの、情報である。


そうであったなら、バリ島でも、時期を見て、戦争犠牲者の追悼慰霊を、行いたいと思う。いまだかって、バリ島の犠牲者の慰霊などした、日本人はいない。


さて、私の、トラック諸島への、慰霊の情報で、遠い記憶を思い出した方も、多い。忘れた振りをしていたのだ。

思い出さないようにしていたのだ。


実は、という、前置きで、話が始まる。


もう、戦争が終わり、戦争体験者も、多く亡くなってる。

その、孫たちの時代である。

話を聞いていた孫たちに、尋ねるしかない。


バリ島で、日本軍の犠牲になった方々の追悼慰霊をすると、決めた。


日本政府は、政府開発援助として、毎年、インドネシアに、一千億近い、支援をしている。それは、あまり、知られていない。

また、博物館や、建物の玄関の、横に、日本政府によって、戦争保障の云々という、看板が掛けられている。ほとんどの日本人観光客は、それを、見落とす。


国と国の、間では、そのように話し合いが行われるが、市民は、知らない。

それを、知らせるべきであると、共に、日本人が、慰霊の行為を、すること。それに、尽きる。


死ねば、終わりで、死んだ者が、損だというなら、それは、話にならない。

死んだ者の、気持ちを代弁する必要がある。


神仏は、妄想だが、人が死ねば、霊になる。

その、霊位に対する所作が必要である。


すると、矢張り、こうしては、いられないのである。


謝罪外交と、保障外交に、日本は、明け暮れた。

それでも、まだ、足りないのである。

つまり、最も、大切なこと。

慰霊を、行わないからである。


国の要人が、花輪を持って、追悼の行為をすることも、必要であるが、実際的に、祈りを持って、日本人の祈りを持って、行う必要がある。


先祖祭りを大切にする、日本人である。ならば、あちらの国の人も、そうである。

篤き思いを持って、それを行う時、本当に、謝罪という、言葉の重さが、成就できる。


トラック諸島にも、現地の人たちがいた。

その人たちも、犠牲者であり、亡くなった方もいる。


日本兵だけではない。

日本人だけではない。


戦争で、犠牲になった、すべの方々の追悼慰霊なのである。


人の思いから、念というものが、発せられる。

それは、念として、単独で、行為するものである。それが、多くの積もると、想念となる。

もし、恨みや、憎悪の、想念ならば。

再び、人の心に、戦争の種を蒔く。


平和を願う行為の一つに、追悼慰霊の行為がある。

口先では、最早、駄目なのである。


生きている方は、忘れてくれるという。

しかし、死者は、口無しである。

その、死者の思念を、感じ取る行為が、追悼慰霊なのである。


日本の伝統には、鎮魂の作法という、特別な、死者に対する作法がある。

勿論、それを、私が行うのではない。

私が行えるのは、追悼慰霊である。


鎮魂とは、御霊、鎮めである。

これは、高い次元の霊的存在の介入なしに、行為できるものではない。


私がする、追悼慰霊は、亡くなった方々に、哀悼の念を持って望み、それぞれの、霊的次元に、お戻り願うことを行為する。


霊の存在を否定する人には、理解できない。

もし、霊の存在を否定するならば、死者は、そのまま、放って置けばいということになる。

死んだら、終わりであるならば、死者のための行為など、必要ない。

何故、古代から、死者に対する所作があったのかは、霊が存在するからである。


勿論、私は、霊の存在を否定する人に、霊の存在があるということを、説得するものではない。


心の命ずるままに、行為するのみである。


私は、知っているからである。

霊が、存在することを。

posted by 天山 at 16:36| トラック島慰霊の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 20

田川健三氏の、宗教を越える、を、読み続ける。

近代的技術や資本の論理による暴力に対して立ち向かい、反撃し、克服するには、彼らが考えてもいない数多くの水準にわたって深く鋭い洞察力を持つことが必要なのである。

いよいよ、宗教というものの、姿が見えてくるのである。
宗教的思考とは、このようなことを言うのである。
誇大妄想の、云々ではない。
そういう意味では、日蓮など、当時の不安感と、恐れによる予言、立正安国論については、実に、理解する。ただし、彼は、遂に、ただ、唱えるだけの、詭弁になったということである。
軽薄だったのは、誤った神や仏を拝むから、日本は滅びるといったような、短絡思考である。結果は、田舎者の、戯言になってしまったのは、劣等感のみの故であることが、判明した。
しかし、今も、その日蓮のように、法華経を奉じる国でなければ、滅びるという、アホがいるから、世話がない。
国立戒壇を設けよと言うから、頭の程度を疑う。
日蓮正宗の、信徒の団体である。ケンセイ会といったようであるが、忘れた。
会員獲得のための、行為で、警察沙汰になったのは、昨年である。

確かに相手は暴力なのだから、それに立ち向かうにはこちらも持続する力を持たねばならぬ。ただの知性からは力は出て来るまい。しかし、その力は深く鋭い洞察によって支えられねばならぬ。この洞察を知性と呼ぶか、合理性と呼ぶかといったことは本当はどうでもよい問題である。ただ、合理主義ではだめだったから今度は非合理で行こうかとか、知性ではだめだったから感性で、というようなことでは、初歩的な力にはなっても、問題のひろがりは見えてこないのである。

大半が、この程度のところで、何とか、議論を続けようとするが、それでは、駄目だと言う。
問題の広がりと、田川氏は、言う。
問題の広がりこそ、宗教の務めであるが、宗教は、全く、逆である。
問題を、逆に狭めるのである。
宗教家が、特に、巨大教団のトップが、いくら、メッセージを発しても、何の役にも立たないのである。
それは、偏狭だからであり、全く、自分の身には、関係ないからである。
痛みを知るはずの、宗教家が、実は、一番、大衆の痛みを知らないのである。

感性と感性でむき出しに押し合ったら、少数者の感性がいかに正しくとも、暴力的に押し流されてしまう。いわゆる近代的合理主義が何のかのと言っても強いのは、決して感性を無視してそろばんづくで押し通しているからではない。むしろ多数の者、あるいは少なくとも何らかの意味で立場の強い者たちの感性をうまく自分の側にひきつけ、彼らの感性を実現する合理性を作り上げてきたからである。そろばんやコンピューターが知性なのではない。むしろそろばんやコンピューターこそが多数の感性を代弁する。

実は、地球が危ないと言って、様々な試みが、開始されているが、嘘である。
本当に危機感を感じているならば、事は、もっと、迅速である。
環境云々という話は、実に、荒唐無稽なものである。
私に言わせれば、今更、何を言うということである。
一々、例を上げないが、嘘だらけである。

多くの取り組みが成されているというが、その実、何も意味無いことかもしれない。
矛盾するが言う。
地球が、謀反を起こせば、すべては、無に帰す。

植林、緑の運動等々は、素晴らしい。
水没する島を救えというのもいい。

だが、肝心なことは、地球、すなわち自然の働きに、適わないということである。
何も、自然破壊を推し進めてもいいと言うのではない。

後戻り出来ない程、自然を破壊して、何を言うということである。

霊学から言えば、自然破壊は、自然汚染であり、それは、汚れである。汚れは、穢れである。穢れは、清め祓いが必要である。
それを、せずに、自然を守ると言っても、詮無いこと。

これは、たった一つ例であるが、日本の伝統は、まず、穢れ祓いから、始まる。
穢れを起こした、私が、まず、身を清めて、それから、取り掛かるのである。
目に見えない、自然の脅威と、自然の恵みに報恩感謝の行為である。
もう、この辺から、意味が解らなくなるだろうが、言う。

自然というものは、目に見えないものである。
山川草木という、目に見えるものの、後ろにある、目に見えない働きが、自然である。
その、目に見えない自然に対して、執り行う行為を、日本の伝統は、受け継いでいる。

植樹する前に、何をするのか。
日本の伝統は、祝いの言葉を、宣べるのである。つまり、祝詞である。
寿ぎの言葉、つまり、言霊があってはじめて、その行為が、目に見えない自然を、動かすということである。

もし、宗教というものが、私の概念での、宗教というものがあるとしたら、それである。

アフリカの、マータイさんという、おばさんが、もったいない運動を展開していると、喧伝するが、彼女は、もったいないという、心を知るはずがない。
もったいない、という言葉は、世界に発信するものではなく、言語同断に、実践するものだからである。
それで、有名になっているとしたら、嘘である。

実に、実のものは、秘するものである。

あれには、作為がある。
勿論、喧伝することには、何も問題は無い。
勝手にやっていれば、よい。それなのに、誰かが、それを、宣伝する。おかしい。
ある宗教団体が、特に、彼女を取り上げている。

他人の苦痛を共感しうるようになるためには、深く鋭い知性が必要である。というよりも、深く鋭い知性ならばそのように共感して動き出す感性にまでとどくはずだと思う。深いところでは、感性は知性によって動かされ、知性は感性によって支えられる。両者は混然として共鳴する。

そして、いよいよ、本題に入ってゆく。

圧倒的多数の人間は、地球の裏側の人々の餓死と自分自身の生活とが、感性的にすぐにつながって自分の胃袋がおのずと働かなくなる、というような感性の鋭さは持ち合わせていない。

そのために、知性の働きが必要だという。知性によって、感性の幅を広げることが出来るという。
これが、宗教の根本命題である。

仏陀の悟りというものも、知性が、感性を無限に拡大したものである。

既成の宗教は、知性を抑制し、感性を取り押さえて、本当の自分に、どこかで、引っかかるようにして、神や仏を、拝ませる。
更に、人権まで、蹂躙して、平然として、神や仏の名によって、信徒を、兵隊のように、扱うのである。
そして、支配する者は、神も仏も、全く意に介さないという、仰天である。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第1弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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