2007年12月01日

もののあわれについて179

かかるほどに八月にもなりぬれば、つれづれもなぐさめむとて、石山に詣でて七日ばかりもあらむとて、詣でぬ。宮、久しくなりぬるかなと思して、御文つかはすに、童「一日まかりてさぶらひしかば、石山になむこのごろおはしますなる」と申さすれば、宮「さは、今日は暮れぬ、つとめてまかれ」とて御文書かせたまひて、たまはせて、石山に行きたれば、仏の御前にはあらで、ふるさとのみ恋しくて、かかる歩も引きかへたる身の有様と思ふに、いともの悲しうて、まめやかに仏を念じたてまつるほどに、高蘭のしものかたに人けはひすれば、あやしく見下したれば、この童なり。

石山詣での、くだりである。

こうしているうちに、八月にもなりましたので、宮様の訪れもない、つれづれの、慰めに、女は、石山に詣でて、七日ほど、籠もることにしました。
宮様は、ご無沙汰久しくなったと、思われて、御文を、送られようとしますと、小舎人童が、「この前に、伺いましたところ、近頃は、石山に、お出かけされているという、話でございます」と、人づてに、申し上げますと、「それでは、今日も、日が暮れました。明日の朝、早く行きなさい」と、仰せになり、御文を、書かれて、童に、くだされました。

童が、石山に行きますと、仏の前に、女は、いませんでした。

都のことが、恋しくて、このような、参籠をするにつけても、変わり果てた身よと、思いますと、心悲しくなります。
心を込めて、仏を、念じていますと、高欄の下に、人の気配がします。
おかしいと、思い、見下ろしますと、この童がいました。

まめやかに
仏を、念ずるという。
心を込めてと、現代訳するが、それでは、足りない。
要するに、表現は、雅に、入ってきている。

いともの悲しうて
仏を参るのに、このような、意識であったというのが、面白い。
当時の、仏信仰の様が、見える。

最初に、つれづれもなぐさむとて、とある。
なぐさむ存在としての、仏であったというのが、真相である。

浄土宗、浄土思想の仏に、浸る様を、見るものである。

我を、慰める存在の、仏である。
そして、その心は、いともの悲しうて、なのである。

仏教というものの、一端を理解する上で、大切な、証言である。

空虚な心を、埋める存在としての、仏。
万葉時代には、無い、病である。
抑うつ状態である。

すでに、現代病の、抑うつ反応が、始まっていたのである。

この、いもの悲しう、という、感覚を、麻痺されているのが、現代であろう。
麻痺していることを、知らずに、また、それに気づかないように、忙しなく、生きる、生活する。そして、事の真相を、見ずに、終わるという、パターンが、人生であると、言えるのかもしれない。

和泉式部は、この、いともの悲しうものを、観た一人である。
一体、人生とは、何なのか。
万葉時代に、萌えていた、更に、燃えていた、命の讃歌。それは、どうしてしまったのか。

恋そのものに、ぶつけていた、生きるということを、何かで、複雑化してゆく様を、観る。

あはれに思ひかけぬところに来たれば、「なにぞ」と問はすれば、御文さし出たるも、つねよりもふと引きあけて見れば、宮「いと心深う入りたまひにけるをなむ、などかくなむとものたまはせざりけむ。ほだしまでこそおぼさざらぬ、おくらかしたまふ、心憂く」とて、


関越えて 今日ぞ問ふとや 人は知る 思ひたえせぬ 心づかいを

いつか出でさせたまふ」とあり。

思いがけない場所で、童を見ましたので、嬉しく「どうしましたか」と、尋ねますと、宮様からの、御文を差し出します。
いつもより、心急いて開けてみます。
「たいそう、信心深くして、お籠もりになられますのに、どうして、教えてくださいませんのか。私を、仏道の、妨げになると、思われないのでしょうが、後に残して行かれたのが、切なく思われます」


せきこえて きょうぞとふとや ひとはしる おもひえせぬ こころづかいを

逢坂の関を越えて、今日、お便りするとは、お思いになりましたか。
思ひたえせぬ
愛の思いの、絶えない、私のことを、知ってください。

山を、いつ、お出に、なられますか。と、書かれて、ありました。

ほだしまでこそ
妨げになるもの、という意味。

おくらかしたまふ、心憂く
後に残されことが、切ないという。

逢坂の関とは、心の状態である。
逢う為に、越える、心の、関である。
逢いたいと、思う心が、関を、押し切るのである。

空虚な、心を埋めるもの、それは、恋であった。





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バリ島へ 平成19年12月

バリ島への記事は、テラの会ホームページに掲載されています。

以下のリンクをたどって下さい。


「バリ島へ 平成19年12月」



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神仏は妄想である

ある新興宗教の、観音経というものを、見て、仰天した。
神仏混合どころではない。実に、稚拙で、お経や、祝詞の継ぎ接ぎであり、内容が、渾然として、こんがらかっている。

どうして、このような、稚拙な文句に、信者が、気づかないのかといえば、単に、知識の不足だけではなく、基本的な、常識的教養を持たないからだと思う。

今、その経典を、ここに書くことは、控える。あまりにも、稚拙であり、また、ここに載せれば、弊害があると思う。

その、新興宗教は、ある、新興宗教から出た。その、大元は、大本教である。
大本教とは、様々な、新興宗教を産んだ、大元である。
つまり、魔界関与であるこというは、このように、証明済みである。

霊団の眷属が、分散したのである。

今は、霊的なことに、触れないが、宗教というものの、原始的姿を観た。

どんな、小さな宗教団体でも、唱える経典を作る。
多くが、既成の経典、特に、仏教経典から、借用する。

例えば、足裏診断で、詐欺罪に問われた、天の声の、教祖は、般若心経を、信者に唱えさせた。
勿論、般若経から出た、般若心経のことなど、知ることもない。
単に、適当に、説得力があるゆえの、盗用である。

現在使用される、般若心経は、玄奘三蔵法師の訳である。
それ以前は、クマラジュウ訳であった。

特徴は、玄奘は、観自在菩薩である。
クマラジュウは、観世音菩薩である。

玄奘は、自在と訳した。観世音とは、違う。
つまり、お経には、訳した者の、思想が入る。当然である。
玄奘は、自在というように、我が内に在るものと観た。
外に在るものではない。内にある存在である。

しかし、これは、梵語からの訳である。それを、漢訳した。
さらに、それを、日本では、漢読みする。要するに音読みである。訓読みすれば、大和言葉に成る。

これ程、不自然なものはない。
それを、読経するのである。

内容は、あたかも、深遠で、壮大な思想を語るようであるが、単なる、言葉遊びである。
大乗思想は、空の思想であるが、その空の思想とは、実に、妄想である。
この宇宙に、空という空間は無い。
宇宙を出て初めて、空という空間がある。

大乗の空観は、インドの言葉遊びに始終する。
それを、皆々、真理だの、なんだのと、勝手に解釈する。
大般若経を読まなければ、実は、般若心経も、理解出来ないはずである。

色即是空 空即是色
物即是無 無即是物である。

何のことは無い。
桃太郎や、浦島太郎の、物語も、読む側の問題である。つまり、解釈の仕様で、如何様にでも、なる。それと、同じである。

漢字の難しいイメージが、深遠さを、語るようだが、軽薄である。

仏典とは、多くの人によって、書き足し、次々に加えられて、膨大になっていった。
般若経というものも、八千の章があるという。
大乗仏典は、その般若経から、出た。維摩経しかり、法華経、華厳経である。また、それとは、異質な、浄土経典も、はやり、それを母体にしている。

そして、その元は、二世紀の、インド哲学というか、仏教学というか、何ともいえないが、龍樹・ナーガールジュナによって、説かれ、更に、五世紀の世親・ヴァスバンドゥによって説かれた、世界には、固定した実体は無いとした、あらゆるものは、空であるという、思想からである。

彼らの、死ぬまでの暇つぶしに、付き合う必要はないが、あまりに、人々が愚かに、唱える故に、書くことにした。

甚だしい場合は、浮遊する霊を成仏させるために、唱えるというものもあり、驚くのである。また、霊の供養のためにという場合もある。

更に、甚だしいのは、霊能者と言われる者も、平然として、唱えるのである。

唱える方も、解らない。唱えられた方も、解らないという、滑稽な展開である。
笑うに、笑えないのである。

更に、読経した後の、功徳という。
功徳とは、功績とか、お返しとか、褒美である。
そんなことが、ある訳が無い。

更に、日蓮などは、法華経でなければ、救われないというから、また、とんでもなく、おかしくなる。

経典は、あくまで、本である。
本を読んで。お勉強になるということは、理解するが、それが、唯一絶対のものとなれば、言わなければならない。

小説を読むと同じように、経典も、読むべきである。
何故なら、書かれたものである。
書かれたという、時点で、それは、過ぎ去るものである。
過去の、考え方である。

過去の考え方に、普遍的なものがあるというのも、一つの思想である。

書かれたものは、お話である。

更に、古いものであり、云々ということの、話は、何の真理も無い。
それが、妄想のものであれば、妄想に過ぎないのである。

更に言うが、漢訳されたということは、漢訳した人の思いが入り、書かれていないことまで、書き足すということもあるということである。
特に、仏典の場合は、そうして、書き足されて、膨大なものになったのである。

浄土経典などは、付き合い切れない程、アホらしい話が延々と続くのである。
そんなものを、死者に唱えて、成仏も何も、あったものではない。
有り難迷惑というものである。

しかし、実際、日本仏教では、それを、唱えて善しとしているのである。
マジである。

信じられないの一言。

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バリ島へ 平成20年5月

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バリ島へ 平成20年5月


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バリ島へ 1 平成19年12月

バリ島へ


バリ島は、雨期の時期である。

しかし、雨降らず、兎に角、暑いと聞いていた。

本当に、暑かった。

特に、観光の中心である、クタ、レギャン地区は。暑い。


ウブドゥに行き、朝夕の涼しさに、ホッと一息ついた。


今回のツアーは、コンサートツアーである。

総勢、六名。

123日の、朝の便が、二時間遅れで、12時過ぎに、飛び立った。

前日、成田空港内のホテルに、泊まった。

朝、8:30集合であるから、横浜からだと、朝、早すぎると、前日から、泊まることにした。


ソプラノ辻知子、ギタリスト千葉真康、カウンターテナー野村さん夫妻、そして、イダキの野中と、私である。


今回の、旅行記は、コンサートと、バリ島の伝統、宗教に関して、少し、詳しく書くことにする。


3日の夜に、デンパサール空港に到着し、ホテルに向かう。

そして、翌日は、フリータイムで、ゆったりと、過ごした。

5日の、朝、10時に、ウブドゥに向かう。


途中、ゴアガジャという、洞窟、ウブドゥの段々畑を見て回り、ホテルに向かった。

12年前に、ゴアガジャに行った私は、あまりの、観光地化された様に、愕然とした。

すべて、整然と、されて、あの、野ざらしのような雰囲気はなく、少し、寂しい気持ちがした。それに、入館料も取られた。トイレも、有料になり、ガイドによると、また、値上がりするという。

1000ルピア、約、12円が、2000ルピアになるのだ。


ホテルに向かう。

コテージになっているホテルである。

一棟、一棟の部屋で、家庭的な雰囲気のホテルであり、皆、大層、気に入った。


到着すると、すぐに、テラハウスの共同オーナーである、クミちゃんが、来た。

すでに、バリ島に来ていた、ヒロ君、クミちゃんの叔父さんにあたる、マディさん、そして、クミちゃんの、旦那の弟、車の運転をしてくれる、親戚の叔父さんと、総勢5名である。


今夜の、コンサートの打ち合わせをした。


テラハウスにて、開催する。

その前に、マディさんの家で夕食を、頂くことになった。

有り難い。


観光旅行では、民家で、食事を頂くことなどないから、皆、喜んだ。

私と、野中は、四月にも、マディさんの家で、食事をしている。


バリ島では、開演時間が、夜7:30が普通であるということから、私たちも、それに習った。


6時に、クミちゃんの家に到着して、家族の皆さんに、挨拶する。

お父さん、お母さん、お兄さんと、お嫁さん、お祖父さん、そして、家のサンガである。

家の敷地の中に、サンガの一角がある。

日本で言えば、神棚や、仏壇の部屋ということになる。

そこで、皆、祈りの挨拶をする。


そして、早速、建てている最中の、テラハウスに移動した。

クミちゃんの家の、隣であるから、家を抜けて、すぐである。


何と、屋根の骨格が、出来上がって、二階には、屋根の瓦が、積み上げてある。これが出来ると、いよいよ、一階の壁を作ることになる。

進み具合は、遅いが、着々と進んでいる。

作業は、皆、近所の人々である。のんびりと、進んでいる訳である。


一階にホールという計画を、変更して、二階を、多目的ホールにすることにして、壁無しの、オープン作りである。

バリ風の、会堂の作り方だ。

一階には、部屋が6つ出来る。それが、ゲストハウスとなる。


本日のコンサートは、一階を使用する。

すでに、舞台のような場所が、用意されていた。といっても、後ろに、ビニールシートがかけられて、小さな電球の、縄で、飾られている。

床の周囲には、蝋燭が、置かれていた。

バナナの葉で、包まれた蝋燭である。

夜の闇が、楽しみである。


床には、バナナの皮の、ゴザが敷かれて、家の外には、イスが用意されている。

オープンで、周囲は、森であるから、何とも、バリ島風の、舞台である。


食事の前に、リハーサルをすることにした。


私も含めて、歌い手は、声の響きが、気になった。

ところが、辻知子が、歌い出すと、風が響くのである。


声楽家という歌い手は、ホールという閉じられた場所で歌うということが、当たり前になっている。

野外で、歌うということは、考えないだろうし、考えられないのである。しかし、特別に、張り上げることなく、声が響くのである。


次の、カウンターテナー野村さんも、然り。

そして、私の声も、然り。


つまり、出来ないということを想定していない、故の、効果である。


どこでも、歌えるという、藤岡宣男の精神が、そのまま、再現されたのである。

藤岡宣男も、どんな場所でも歌うという、域であった。


何度も言うが、張り上げない歌い方である。

静かに、語りかけて歌っても、発声により、響くのである。


何故、小鳥の鳴き声が、響くのかということを、考えると、よく解る。


発声の、技巧が、どうのこうのと言う者は、まず、無理である。

歌の心を伝えたいと、思う者には、オープンであるということが、マイナスにならないのである。要するに、それを、プロと言う。


今回の、伴奏は、ギターである。

千葉の、ギターも、響いた。


アカペラ半分、伴奏半分であり、ギターソロもある。


リハーサルを終えて、客によって、響きが、吸われることもないのであると、思うと、このコンサートは、大きな、チャンスと、確信であった。

新しい、コンサートの形である。


そして、何より、虫の音と、鳥の声と、歌の共演である。

蛙の鳴き声も、鶏の鳴き声もある。

自然のオーケストラの中での、歌となる。


自然の贅沢なホールで、歌うのである。


リハーサルをしていると、自然に人が集ってくるというのも、面白い。

子供たちも、やってきて、見ている。

本番では、子供たちが、噂を流したのか、大勢やってきた。


長期滞在の日本人にも、情報が流れて、来てくれたのが、嬉しかった。


リハーサルを終えて、マディさんの家に行く。

その頃から、お客が、集い始めた。

何とも、適当な雰囲気がいい。


待つことが、苦痛ではない、自然が在る。

いつ、始めても、いいような雰囲気でもある。


厳密さを求める日本人の、良さも、いいが、適当な曖昧さも良い。

コンサートを楽しむということは、そこに、来ること、去ることも、楽しむことなのである。


実は、その秘密は、バリ島の伝統、宗教性にもある。

厳密ではない。

何となくという、曖昧さの中に在る、日本語にすると、たゆたう、心である。

これが、私の古神道と、バリ島の宗教感覚の、共通性を思わせた。

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2007年12月02日

神仏は妄想である 2

観音様という、菩薩がいる。
架空の存在である。

仏陀在世当時の、修行者だという説もあるが、作り事である。

観音様には、様々な観音様がいる。
私は、その一つも否定はしない。
ただ、観音経という、お経から出たものであり、その実体は無いということである。

観音経は、大乗仏典の、法華経の中に入っている。
妙法蓮華経観世音菩薩普門品、かんぜおんふもんぼん、である。
現在使用されている、法華経の漢訳は、名訳である、鳩摩羅什、クマラジュウの訳である。

勿論、別の訳のものもある。
例えば、正法華経とか、添品妙法蓮華経というものである。

この、妙法蓮華経に、帰依するという、南無妙法蓮華経というのが、題目である。
念仏は、阿弥陀に帰依すると、南無阿弥陀仏と、唱える。

一つは、お経に帰依するといい、一つは、観念に帰依するというから、おかしい。

兎に角、鳩摩羅什という人は、文学の天才であった。
内容より、素晴らしい漢訳をした。
読経するには、最高の訳をしたのである。
その人の話を書けば、先に進まないので、省略する。

日蓮は、すべての、宗派を否定し、妙法蓮華経により、救われると、説いた。
非常に排他的で、非寛容である。ただし、内輪には、大変、寛容で、やさしい。

御伽噺のような、法華経を、格調高く訳した、鳩摩羅什の訳に、取り込まれたのである。

その姿は、一神教に似る。
私は、すべての宗教を否定する。しかし、日蓮のように、だから、これによって、救われるというものを、提示しない。
後々に、本当のことを、書く。

さて、私の前に、仏教の様々な仏を、徹底否定した人がいる。
江戸時代の、儒者である、山方播桃、やまがたばんとう、である。
著書の、夢の代、という本に、霊魂の否定、神、仏の否定、更に、仏教批判を展開している。
仏教に、教義なるものは、皆無であるが、彼は、仏教の教義を、徹底否定し、批判した。

日本の生んだ、天才的思想家としての、一人であるといっても、過言ではない。人が知らないだけである。

観音、薬師、地蔵、阿弥陀等々を、坊主の作り事と、断定したのである。
確かに、それは、作り事である。

ただ、日本に、仏教が入ってきた時に、教えより先に、仏像製作が行われた事実がある。つまり、造形の方が先になった。
それを、拝む行為としての、仏教であった。
要するに、像を拝む宗教だった。

教義等々は、後の話である。

実は、観音様というのは、仏教のものではなかった。
西アジアで、拝まれていた神の一つであった。それが、変形して、仏教に取り入れられたものである。

現在、日本で、拝まれている、仏教系の、帝釈天や、弁天様なども、インドの神々である。
混在しているのである。
要するに、適当なものである。

観音様というものは、その像を通して、認識された。
つまり、人間の芸の技である。
・・・のような、美しい観音様、である。
この、何々のように、美しい観音様と、人間の想像の産物である。

それでは、観音経では、観音を、どのように説明するのか。
ただ、一心に観音を念ずれば、すべての問題は解決し、観音の力によって、奇跡が起こるという。念彼観音力、ねんぴかんのんりき、である。

例えば、こうである。
もし是の観世音菩薩の名を持する者あらに、たとい大火に入るとも、火も焼くこと能はず、是の菩薩の威神力によるが故に、もし大水の漂はす所となるも、その名号を称せば即ち浅き所を得ん。
というのである。
火にも、焼かれない。水にも溺れないという。

ところが、人は、観音様を唱えても、火に焼けるし、水にも、溺れるのである。
それに対して、宗教家は、言う。
観音様の、実相は、無想であると。
つまり、人の心の様を言うと。

信心が薄いから、云々という言い方もあるが、少し、知恵がつくと、うまく、逃げるのである。

確かに、観音というものは、人の心の在り様である。

火に焼かれても、水に溺れても、死んでも、無想であることを観ることが、観音を観ることだという。

実に、良い説明である。

とすれば、観音でなくても、いいのである。
何故、観音様を掲げるかといえば、人間は、弱い者だからである。
何かに、縋る、すがりたいという時に、目に見えるものが欲しいのである。

彼ら、宗教家は、何とでも言うことが、出来るというのが、ミソである。

実際、私も、観音経を上げることもある。
その、音が好きだからである。

その名を称するが故に即ち解脱することを得ん。
そのように、書かれている。
書かれているから、事実ではない。
要するに、そう思うことであるというのだ。

思い込みという、心の状態が、信仰というものを、確たるものにする。

一度、信じたものは、嘘と、解っても、捨てきれないというのが、人間の、悲しさである。たとえ、捨てたとしても、別の神様を拝みたくなる。
何かを、拝みたくてしょうがない人も、いるのである。

観音が、心の無相であれば、何も実体が無いということである。
また、観音自体も、無相である。
これは、つまり、大乗の教えの、空から、出るものだ。

空という、人知では、計ることが出来ない、境地、空間をもっての、解説である。何を、どのように、説明しても、成り立つという。

私は、宇宙の外でなければ、空という、状態は、無いと言う。

話を元に戻すと、観音というのは、我が内にあるものである。
我が内にあるものを、観音という、総称にするということである。
それは、観音でなくてもいいということだ。

何でも、いい。

昔の人は、言う。
いわしの頭も、信心から、と。

すると、キリスト教徒は、言う。
何でも、信じれば、いいというものではない。
正しい神のみを、信じることであると。
すると、イスラム教徒は、言う。それが、アッラーの神であると。

一向に、妥協しない、強い信仰というものが、それぞれで、出来上がっている。

私は言う。
そろそろ、そういう時代に、別れを告げるべきである、と。

妄想の観念に、心を捕らわれにしている様は、愚かである。

まず、ここに、気づくことである。
話は、それからである。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第1弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれについて180

近うてだにいとおぼつかなくなしたまふに、かくわざとたづねたまへる、をかしうて、


あふみぢは 忘れぬめりと 見しものを 関うち越えて 問ふ人やたれ

いつかとのたまはせたるは、おぼろげに思ひたまへ入りにしかば。


山ながら 憂きはたつとも 都へは いつか打出の 浜はみるべき

と聞こえたれば、宮「苦しくとも行く」とて、宮「問ふ人とか、あさましの御もの言ひや。


たづね行く あふさか山の かひもなく おぼめくばかり 忘るべしやは

まことや、


憂きにより ひたやごもりと 思ふとも あふみのうみは 打ち出てを見よ

「憂きたびごとにとこそ言ふなれ」とのたまはせたれば、ただかく、


関山の せきとめられぬ 涙こそ あふみのうみと ながれ出づらめ

とて、端に、


こころみに おのが心も こころみむ いざ都へと 来てさそひみよ

近くに住んでいましても、間遠くなりますのに、このように、お便りを、下さったことが、嬉しくて


あふみぢは わすれぬめりと みしものを せきうちこえて とふひとやたれ

お逢いすることを、お忘れになっていると、思いましたが、逢坂の関を越えて、お便りを、下さったものは、どなたでしょうか。

いつ帰るのかと、仰せになりますが、いい加減な気持ちで、お籠もりしたのではありません。


やまながら うきはたつとも みやこへは いつかうちでの はまはみるべき

山に籠もったまま、切ないことがあっても、このまま、都へ出るために、打出の浜を、見て帰ることが、ありましょうか。

と、申し上げますと、宮様は、「苦しくても、行きなさい」と、仰せになり、「問う人は、誰かと、おっしゃいましたが、何と、あきれた、物言いでしょうか。


うきにより ひたやごもりと おもふとも あふみのうみは うちでてをみよ

世を、いとって、ひたすら山籠もりを、と思われたにせよ、私に逢うために、山を出て、あふみの海を、見てくださいませ。

憂き度ごとに、身を投げると、谷が浅くなると、世間では、申しますけれど、と仰せになられましたので、
つまり、古今集の、読み人知らず
 世の中の 憂きたびごとに 身を投げば 深き谷こそ 浅くなりなめ 
を、踏まえたもの。

ただ、次のように、


せきやまの せきとめられぬ なみだこそ あふみのうみと ながれいづらめ

逢瀬を待って、せき止められない、この涙です。この涙が、琵琶湖の水になって、流れ出ることでしょう。

と書き、その端に、

こころみに おのがこころも こころみむ いざみやこへと きてさそいみよ

山籠もりの決意が、どのようなものであるのか、試してみましょう。
さあ、都へ帰れと、いらしてくだされば、その決意も、失せてしまうかもしれません。

いざ都へと 来てさそいみよ
とは、実に、痛快である。

さあ、都へ、帰りましょうと、来て、誘って下さい。

こころみに おのが心も こころみむ

試してみましょう、私自身をと、言うが、本当は、宮の心を、試したいのである。
ここまで、来て、くれるだろうか、と、思いつつ。

歌の、やり取りの、面白さを、充分に、楽しめる、日記である。

様に、文脈を、読むという、間を、読む、面白さである。

日本文学が、和歌を、母体にしてあるということ、確実である。
間合いを、読むとは、世界に、類が無い。
それは、和歌の省略による。

いざ都へと 来てさそいみよ
これを、説明するために、どれほどの、文章が、必要か。
長々と、その意味を、書き綴る必要がある。
しかし、日本人であれば、言わずとも、解るのである。

もののあわれ、というもの、間合いにある。
つまり、言葉に出来ない、言葉にしない、間合いに、もののあわれ、というものを、観るのである。

埋め尽くさない言葉の世界の、間合いを、もののあわれ、と言う。


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バリ島へ 2 平成19年12月

食事は、自然に、大勢になった。

マディさんの家の、オープンな居間には、10名ほどが集った。

丁度、日本から来ていた、クミちゃんの、友人も、一緒になった。私たちのコンサートを聴きに来たというから、驚く。

バリ島で、ヨガの講習に来たそうである。何と、私たちと、同じ飛行機に乗っていた。


食事を終えて、バリコーヒーを飲み、開演時間の30分前に、テラハウスに行くと、すでに、お客さんが集っていた。子供たちもいる。近所の子供たちである。


私は、待たせるのも悪いと、野中に、イダキ演奏をしてもらった。

前座である。

どんどんと、人が増える。

今回は、クゥッ村の人を招いて、テラハウスのお披露目という意味のコンサートだっだが、日本人も、多く来た。


開演前だが、ギターソロ演奏も、開始した。


蝋燭の光が、また、何とも、風情がある。

舞台には、一つの裸電球である。そして、舞台のし切りに、小さな電球の縄である。

日本の田舎のお祭りという感じである。


いよいよ、開演時間になり、トップは、辻知子の、歌である。

バリ島の一角で、日本のコンサートである。不思議な感覚だった。


プログラムは、臨機応変にしようというアイディアで、進んだ。

通訳無しで、私は日本語で、進めた。


次に、カウンターテナーの野村さんの、アカペラ二曲である。

男の、高い声に驚いたのか、シーンと聴いている。


野村さんは、子供たちを意識してか、プログラムにはない、聞き覚えのある、歌を歌った。すると、子供たちが、小さな声で、反応した。


その頃になると、更に、お客さんが増えた。

用意していたイスが、一杯になる。

日本人の高齢の方も来た。

ハウスに、敷いたバナナの葉のゴザにも、人が一杯になった。特に、子供たちが、後ろに一杯になる。


私が、ギター伴奏で、二曲歌う。

虫の音をバックして、ギター伴奏である。

ところが、声が響くから驚く。

自分でも、その響きを、聴くことが出来た。


そして、再度、野中のイダキソロ、ギターソロと、続く。

ギターソロの、スペイン民謡になると、自然手拍子が入る。

矢張り、リズムと、テンポは、世界共通である。


闇が深くなると、蝋燭の光が、強くなる。


間合いに、子供たちの話し声が入り、何とも、楽しい。


再び、辻知子が、今度は、アカペラで、故郷、さくらを歌う。

バリ島で聴く、故郷と、さくらさくらは、また、格別である。

その、単純なメロディーは、バリ島の人の心も、動かすようだ。


日本人のお客さんは、じっと舞台を凝視している。

長期滞在の人は、懐かしい気持ちなのだろうと、察した。


また、野村さんが、ミュージカル曲を歌う。

英語の歌詞は、バリ島の人も理解する。


学校では、小学生から、英語か、日本語を選んで学ぶのである。

20代の人は、ほとんど英語を理解する。

それは、20年ほど前から、アメリカ人の女性が、無料で、ウブドゥの子供たちに、英語を教えたせいもある。

彼女は、今は高齢になったが、ウブドゥに住み続けて、村の人の世話を受けて生活している。


バリ島には、日本語学校も、多く出来たが、そこに行ける人は、お金のある人である。私は、テラハウスで、無料日本語講座も開催する予定である。

日本語を覚えると、仕事もある。収入も多くなるのである。

貧しい子供は、学校に行けない子もいるという。


例えば、マディさんの収入は、奥さんが働く、500,000ルピアであるが、教育費に、400,000ルピアが飛ぶ。

クゥッ村の男は、皆、絵描きである。そして、田んぼなどの、農作業をする。

絵は、売れなければお金にならない。

いつ、売れるか、解らない。

米は、自分で作るので、食べることは出来るが、それ以上の生活は、お金が必要である。

故に、奥さんが働く。


ちなみに、500,000ルピアは、約、6,000円である。

平均的収入は、日本円で、一万円程度である。

それでは、生活が、出来ない故に、チップで、補う。

私は、チップは、貰った人のものだと、思っていたが、違った。

同じ職場の人は、チップを皆で出して、それを、分け合うという。相互扶助である。


それで、驚くことは、10年前から、給料が上がっていないということである。しかし、物価は、二倍、三倍、それ以上になっているという。

ここに、大きな問題がある。

つまり、搾取である。

誰か。

経営者は、すべて、アメリカ、オーストラリア、ドイツ、中国、そして、日本人である。


安い労働力を使い、皆、ぼろ儲けをしている。

労働組合も無い。

結果的に、これは、政治の問題である。

しかし、これを書くと、終らなくなるので、後で、書くことにする。


いよいよ、コンサートも佳境である。

ギターソロで、再び盛り上げて、私が、万葉集の朗詠をした。

これは、クミちゃんが、日本人の人に、万葉集の歌を歌うといったというので、取り入れた。

二首を朗詠した。

持統天皇と、大伴家持の歌である。


それが、バリ島の夜に、ぴったりと合った。

虫の音の響きに、唱和した。


そして、最後に、バリ人も知るという、日本の歌である。

色々あったが、タイのチェンマイでも歌った、昴を歌う。


日本人歌手の歌を知っているバリ人は、多い。それも、日本語で歌うから、驚く。

長渕の乾杯を歌った、27歳の、ビーチを仕事場にしているガイドには、驚いた。

カラオケで、覚えるという。

日本では、流行しない歌も、バリ島では、流行っていたから、更に、驚いた。


コンサートが終ると、日本人の方が、挨拶に来てくれた。

バリ人も、名残惜しく、中々腰を上げない。

子供たちも、残っていた。


夜遅いと心配したが、クミちゃん曰く、眠くなったら、帰るから、と。

用意していたお菓子を食べて、子供たちが、輪になっている。


私も、そこに入り、一人一人の名前を聞いた。

誰かが、子供たちに、バリの歌を聴かせてと、言う。

恥ずかしがっていたが、二人の子供が、大きな栗の木の下でと、日本語で、歌うから、驚く。

学校で、習うという。

まだ、小学生である。

その子供たちは、翌日の、クゥッ村の集会所の、ガムラン、バリ舞踊の公演にも来ていた。外国人は、有料だが、バリ人は、無料である。


子供たちは、自然に伝統文化に触れて、やりたい子供は、見て覚えるという。

お金は必要ない。

誰もが、出来るのである。


入場料は、皆、村の資金になり、その伝統文化のために、利用する。

日本のように、家元などいない。団長がいて、取り仕切るが、皆、名誉職である。

それで、生活を立てることはない。

舞踊家はいるが、職業ではない。

それは、伝統なのである。

ただ、舞踊のみで、生活を立てる人も出ているようである。

posted by 天山 at 16:31| バリ島へ 平成19年12月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月03日

神仏は妄想である 3

仏典、大乗仏典というものは、次々と、書き足されていった。
要するに、様々な人の、意見が取り入れられて、しまいに、訳する者が、また、手を入れるという、とんでもないことをしているのである。
経典、果たして、そんなものが、経典と成り得るのか。
成り得ているのが、仏教である。
故に、支離滅裂になる。

しかし、宗教家というのは、本当に、おめでたいというか、抜書きして、勝手な解釈をする。
何とでも、言えるのである。
それが、ミソ。

例えば、禅というもの。
何とでもいえる。
言葉で、人を煙に巻くのである。

だが、これからの時代は、かろうじて、その、禅が、残りそうである。
後は、子供の遊びのようなものであり、時代に、対処出来ない。

禅というのは、言葉遊びの、骨頂である。

至道無難という禅者の歌。
草木も国土もさらに なかりけり
ほとけといふも なおなかりけり

どうであろうか。
つまり、すべての観念は無い。あるのは、仏のみであるという。
すべてが、仏であるというのだ。
絶対否定から、悉皆成仏、つまり、すべてが、仏であるという。

こういうのを、言葉遊びという。

いわばしる 垂水の上の さわらびの 萌えいずる春に なりにけるかも
志貴皇子 万葉集

なかりけり なおなかりけり
それも、観念である。
それでは、志貴皇子の歌は、どうか。
目にした、春先の様を、そのままに、歌う。どちらが、自然か。
これを、古神道という。
自然と共感、共生している。

国土も草木も、仏も無いなどという、浅はかな、歌は、読まないのである。
言葉遊びと、神、自然に遊ぶのとは、違う。
自然は、神であった、日本民族である。
そこに、あたかも、在るかのように、思想という言葉が、入ってきた。それは、文明の進化としては、善し。しかし、それを、信仰という形に、観念に、置き換えたところが、勘違いである。

それを、後押しした、哲学者、西田幾太郎がいる。

宗教的意識においては、我々は心身脱落して、絶対無の意識に合一するのである。そこには真もなければ、偽もなく、善もなければ、悪もない。宗教的価値というのは価値否定の価値である。

というのである。
呆れる。
加えて、無も無いと書けばよかったのに。

死ぬまでの、暇つぶしにはしては、凝っている。

こういうのを、西洋かぶれ、と言う。
西洋哲学の方法を、持っての、言葉遊びである。

それなら、道元に適わない。
道元の言葉は、見事な、実存哲学である。

その、道元も、仏の家に投げ入れて、と、仏の家の観念を持つ。
要するに、心身脱落を言うのであるが、心身を脱落して、どうするのか。

大悟するというのであろう。
天地宇宙と、一体になるのである。

こういうのを、アホ、バカという。
天地宇宙と、一体になり、糞小便、垂れ流して生きるのである。

それを、言うなら、いない方がよいということになる。

こういう、たわけたことに、真剣になる者もいるのである。

人は、生きられるようにしか、生きられない。

大悟する人は、大悟しか、生きようがないのである。
更に、悟るということも、観念である。
自己満足の、一点に尽きる。

ところが、禅では、考案といって、師匠から、師家から、問題を出されて、それに、答えて、悟りありと、認められるというから、また、笑う。

両手を打つ。どちらの手が鳴ったか。
右でも、左でもない。
心が鳴ったのである。

船が通る。
船が動いたのか、海が動いたのか。
心が動いたのである。

アホらし。

蒔くことも、刈ることも、捕ることも、作ることも、せず、言葉遊びである。そして、托鉢というから、さらに笑う。

生きている価値があるのか。
無い。
死ぬべきである。

坊主のところには、金が集る。
その、金を目当てに、また、それを持ち上げる、思想家がいる。
今は、宗教評論家である。

心の軽くなることを書いて、本を売る。
実に、宗教の堕落である。

舒明天皇の歌。
夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は 今夜は鳴かず 寝宿にけらしも
ゆうされば をぐらのやまに なくしかは こよいはなかず いねにけらしも

あるがままを、歌う。
自然と、共感、共生する。
何事も無い。
観念の遊びがない。

道元の歌。
峰の色 谷のひびきも 皆ながら 我が釈迦牟尼の 声と姿と

すべては、釈迦であるという。つまり、仏の姿であるという。
観念にやられたのである。
釈迦という、観念である。

私は、
今夜は鳴かず 寝宿にけらしも
である。

我が釈迦牟尼という、妄想は、無い。


posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第1弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

665日祭

あc悲しみは、時間を経ることによって、緩和する、それがまた、心の回復力であると思っていたが、違った。

私の悲しみは、日々深まり、益々と、悲しみを生きる。

これを、人に理解してもらうために書くのではない。
同じような人がいれば、共感が出来ると思う。

悲しくていいのだという・・・

このような悲しみを生きた人の歌や、文を探して読む。
色々と辿ったが、結局、立ち戻って、和歌の世界に、少しの共感を見出す。

万葉古歌
寂しさの 極みに耐えて 天地に 寄するいのちを つくづくと思ふ
さびしさの きわみにたえて あめつちに よするいのちを つくづくとおもう

建礼門院右京太夫
月をこそ 眺めなれしか 星の夜の 深きあわれを 今宵知りぬる
つきをこそ ながめなれしか ほしのよの ふかきあわれを こよいしりぬる

岡本かの子
歳歳に 我が悲しみは 深くして いよよ華やぐ いのちなりけり
さいさいに わがかなしみは ふかくして いよよはなやぐ いのちなりけり

花に置く 露に宿るか 面影を じっと探して 動かずにいる
太陽も 月も星もと 眺めつつ 名を呼ぶ我は やはり悲しも
湧き上がる 思い出のこと さらにまた あれもこれもと 捜す日の暮れ
悲しみに 涙も枯れて ただ思う いずれ死ぬべき その僥倖を
自作である。

建礼門院は、源平合戦で、愛する人を失い。その、弔いに生き続けた。
悲しみが、深いあわれに至った、その心境を憧れる。

大和言葉の、「あわれ」こそ、真実である。
最初は、慈悲に通ずる心であるかと、思ったが、慈悲という言葉でも、少し違うのである。
それならば、「あわれ」は「いつくしみ」に変容すると言う方がよい。

多くを語れば嘘になる。
以下省略。

悲しみの 涙も枯れて 生きること もののあわれを 生きることのみ 天山

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第3弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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